シロツメクサの恋 作:ライジング
なのでここから、少なくとも中間の話まではコメディタッチ強めを意識していく予定です。
少女たちの気合いの込もった声が夏の空いっぱいに響き渡る。
「もう一本! みんな真夏の暑さに負けず根性出していこう!」
「はい! キャプテン!」
そーれ! と快活なかけ声と同時に、凄まじいスパイクが海辺の空き地にはじけ飛んだ。
大洗女子学園バレー部の四人は今日も部活動再開の日を夢見て練習に明け暮れていた。
夏の日差しの中でも彼女たちの満ち満ち溢れる運動エネルギーは尽きる様子を見せない。
「それそれそれ~~!」
練習の勢いはさらに増していく。
そんな彼女たちの練習風景を通行人たちが興味深そうに眺めていた。
「すげーなー。なんかのパフォーマンスあれ?」
「なんかバレーボールっぽいことしてるけど、まさかね~」
少女たちの常識外れの運動能力は傍目から見ると、ほぼ超人が繰り広げる曲芸染みていて、誰もバレーの練習をしていると認識できなかった。
バレー部になぜ部員希望者が増えないのか。
超人少女たちは未だその真相に気づかない。
◇◆◇
「よし! みんなそろそろお昼にしよう!」
「は~い♪」
「お腹すいたぁ」
身体を動かし続ければ当然、腹は減る。
各々持参した弁当を屋外テーブルに広げた。
四人とも女子が食べるにしては結構な量である。
弁当箱のメニューも全員似通っていた。
夏バテ防止の生姜焼きのお肉に王道の卵焼き、からあげのお肉におにぎりや竜田揚げのお肉と野菜の煮つけ、ソーセージのお肉とサンドイッチになんとも贅沢な牛ステーキのお肉と新鮮なフルーツ。
そして、みんな大好きハンバーグのお肉。
半ばお肉だった。
「カラダを動かした後のお弁当はやっぱり格別ですねキャプテン♪」
おっとりした雰囲気と明るい金髪が特徴的な佐々木あけびはご機嫌にサンドイッチをはむはむと食べる。
子どものように無邪気な笑顔に反して、そのボディはとてもグラマラスだ。
「わざわざお弁当用意して遠出するのもいいですね。ピクニックみたいで」
アタッカーの河西忍は汗を拭きながら水筒の麦茶をグイッと飲んだ。
凛々しい見た目に似合ういい飲みっぷりだった。
そしてその肉体はボーイッシュな雰囲気にふさわしい慎ましやかなものだった。
「はむはむ! 長い休みこそ思いきり練習する時! 陸にいる間もこうして欠かさず集まって練習をしよう皆! むぐむぐ!」
キャプテンの磯辺典子はガツガツと肉を食べながら、改めてチームに気合いを入れさせた。
その小さな身体にはリーダーとしての貫禄がいっぱいに詰まっている。
自然と後輩たちの士気を上げる張りのある声だった。
「はぁ……」
しかしその日はただ一人、キャプテンの活入れに影響されず浮かない顔をしながら食事をする後輩がいた。
セッターにして部のエースの近藤妙子である。
「どうしたの妙子ちゃん? 溜め息なんかついて」
「今朝も少し元気なかったけど、何かあったの?」
「そうだぞ近藤。今日はらしくない動きが目立っていたし、体調が悪いなら無理せず言うんだぞ?」
妙子にいつもの明るさがないことで、チームメイトが心配する。
「みんな……ううん、体調は別に悪くないんだけど……」
「じゃあ何か悩みとか?」
「うん……そんな感じかな」
妙子はますます元気を失くす。
前向きな彼女がここまで落ち込むのは珍しい。
悩みがあっても表面に出さず、笑顔で乗り切るのが妙子という少女だ。
これは余ほど辛いことがあったに違いない。
三人はさらに心配した。
「近藤、悩みがあるなら言ってくれ。チームメイトの悩みはチーム全員で解決するべきものだ。じゃないとチームワークが乱れる」
「そうだよ妙子ちゃん。よかったら話してみて?」
「力になれるかはわからないけど、話だけなら聞くわよ?」
「みんな……」
仲間の優しさに妙子はじーんと瞳を感動の涙で濡らす。
「うん、じゃあ話すね。実は……」
「実は?」
三人はゴクリと唾を飲み込んで妙子の言葉を待つ。
「実は……かわいい弟が反抗期なんです!」
「……へ?」
妙子の告白に三人はしばし呆然とする。
てっきり重い悩みだと身構えていたのだが、聞いてみると思わず拍子抜けしてしまうような内容だった。「え? そんなこと?」と。
「え~と、近藤の弟って確かひとつ違いの?」
「はい! 自慢の弟ですキャプテン!」
「その自慢の弟が反抗期なの?」
「そうなの忍ちゃん!」
「どんな感じに?」
「お姉ちゃんに優しくしてくれないの! ひどいと思わないあけびちゃん!?」
妙子以外の面々は顔を合せた。
さて、どう反応したものかなコレと。
しかし悩みを聞くと言った以上、覆すわけにもいかない。
ただでさえ人数の少ないバレー部の間で不和を起こすのは好ましくない。
「うぅ~。ショウちゃんなんであんなに素っ気なくなっちゃったのかなぁ。昔はとっても素直なお姉ちゃんっ子だったのに」
しょぼんと落ち込む妙子に聞こえないように、三人は耳打ちをする。
「ねえ、近藤ってすごい弟好きなんだっけ?」
「ええ。普段からしょっちゅう弟さんの自慢話とかしてますね」
「なるほど。確かそういうの何て言うんだっけ? ブ、ブ、ブラ……ブラジャーコンプリート?」
「ブラザーコンプレックスですよキャプテン」
妙子が物凄いブラコンということは学園の間でわりと知れ渡っていることだ。
家族思いと言えば聞こえはいいが、妙子の場合そういった領域を越えた深い愛情を匂わせる。
小さい頃から母親の代わりに弟の面倒を見ていたという話は聞いている。
その特殊な家庭事情が妙子を過剰な家族愛に駆り立てているのか。
あるいはそれだけ妙子の弟が我を忘れるほどに魅力的ということなのか。
実際に会ったことはないのでその辺は聞いてみる他ない。
三人はとりあえず話だけでも伺うことにした。
もしかしたら本当に深刻なレベルの反抗期かもしれない。
だとしたらチームメイトとして、そして友人としてチカラにならねばなるまい。
「優しくしてくれなくなったって言うけど、それって冷たくなったってこと?」
「もしかして悪い同級生とつるんで不良になっちゃったとか?」
「学園の窓割って回ったり、盗んだバイクで走り出すの?」
「ウチの弟はそんな子じゃありません!」
あとセンス古い! と妙子は激怒した。
滅多に感情的にならない妙子がわりと本気で怒ったことでチームメイトは反射的に「すみません」と頭を下げた。
とりあえずグレたというわけではないらしい。
で、あるならば、この場合は妙子が大げさに悩んでいるということになる。
「弟さんってもう15歳でしょ? そのぐらいの歳の男の子なら、いつまでもお姉ちゃんにベッタリなのは『さすがに恥ずかしい』って考えると思うけど」
「むぅ。忍ちゃん、ショウちゃんとおんなじこと言う」
妙子的に受け入れがたい意見だったのか、ジト目で忍を睨む。
いやそんなに不貞腐られても、と忍は困惑の汗をかいた。
男兄弟のいない忍にはよくわからなかったが、少なくとも15歳の時期というのは男女問わず「一人前になりたい」という自立心や「自分は凄い」と根拠のない万能感をいだく。
忍もその頃は親に甘えたり、姉に頼り切るのは恥ずかしいと感じていたものだ。
「そういえばキャプテンにはお兄さんがいましたよね? お兄さんが15歳の頃って家族に素っ気ない感じでしたか?」
「ふむ」
忍が尋ねると典子は腕を組んで記憶を思い起こし始めた。
「確かにその頃はなんか冷たい感じだったかなぁ」
「やっぱり」
「あたしが話しかけても『寄るな。我が右腕に宿りし暗黒邪竜がお前を喰らいかねない』とか『これより暗黒邪竜のダークネスエナジーを封じ込める儀式に入る。決して黒き闇の結界に近寄らぬことだ、血を分けし我が妹よ』とかワケのわからないこと言って部屋に入れてくれなかったしなぁ」
「あの、キャプテン、それは……」
俗に言う『他人とは違う俺カッコイイ病』ではなかろうか。
「妙子ちゃんの弟くんもそんなこと言うの?」
「ううん。そんな恥ずかしいことショウちゃん言ったりしないよ~」
恥ずかしいとか言われちゃったよキャプテンのお兄さん、と忍は内心で同情した。
「まあでも、しばらくするとまた普通に話すようになったし、近藤の弟くんも時期が来れば素直になるんじゃない?」
「そうでしょうか……」
「うん。むしろ今は逆にあたしにベッタリでうざったいくらいだもん。昔の話持ち出すと『ヤメロォ!』って悶えるからそこは楽しいけど」
やめてあげてくださいよーと忍はますますキャプテンの兄に同情を深めた。
「キャプテン。わたしは今ベッタリして欲しいんです。というか四六時中ベタベタしていたいんです」
こりゃ重症だ、と忍は妙子の闇の深さを思い知った。
こうなってくると、その弟がどんな人物像なのか気になってくる。
「弟さんってどんな子なの?」
よく日常会話で「弟はかわいい」「弟はかっこいい」「弟は天使」「弟は小悪魔」といった類の惚気は耳にタコができるほど聞いてはいるものの、溺愛による過剰装飾の話題ではどんな少年なのか特定できそうにない。
「写真があるよ。見る?」
弟について尋ねられたことで機嫌を良くした妙子はノリノリでスマートフォンの画面をタッチする。
「これがショウちゃんだよ!」
画面上の写真に三人の目線が向く。
自宅のソファーで小難しそうな本を読んでいる少年が映っていた。
そこそこ整った顔立ちをした中性的な少年。
なるほど、確かに愛着が湧きそうな人相ではある。
しかし、明日にはどんな顔をしていたか思い出せなくなるような、無個性な顔でもあった。
良くも悪くも『普通』という感じだ。
忍はそんな感想をいだいた。
「わぁ、弟くんかわいい~♪」
一方、あけびにとっては好みのタイプだったのか、丸い瞳にキラキラと星のような光が瞬いた。
妙子が「でしょ~?」と盟友を見つけたように喜ぶ。
普段から何かと気の合う二人だったが、似た感性を持っているのかもしれない。
「そして表情別バージョン!」
変なスイッチが入った妙子はそのまま写真をスライドさせる。
二枚目の写真には、顔を真っ赤にして慌てふためく少年が映っていた。「なに勝手に撮ってんだよ!」という声が聞こえてきそうだ。
あ、これは確かにかわいいと忍もつい思った。
女性の嗜虐心を煽るような反応だ。
もし一緒に育ったりしたら、妙子ほどではないとは言え、必要以上にからかってやりたくなっていたかもしれない。
「や~ん、弟くんカワイイ~♪」
「でしょ~!」
あけびに至っては愛らしい小動物を見たときのようにたるんだ表情を浮かべている。
妙子はますます得意げになった。
「ショウちゃん写真映るのが苦手でね、集合写真のときとかもこんな感じにカチカチになっちゃうの。カワイイでしょう~♪」
「カワイイ!」
趣味が似通った二人はますます盛り上がる。
「あんまりカワイイ反応するもんだから、こうしてやりました!」
三枚目の写真は、妙子が蕩けた顔で弟を抱きしめている所を自撮りしたものだった。
ボリュームたっぷりの乳房に弟の顔が完全に埋もれてしまっている。
うわーすごいなー。オッパイで人の顔って隠れるんだー、参ったなーと忍はサスサスと意味もなく自分の胸に手をスライドさせた。
表情は笑っているが、瞳は虚ろだった。
「いいな~。わたしも弟がいたらこんなスキンシップしてみたいかも~」
「えへへ。ショウちゃんはとっても抱き心地がいいんだよあけびちゃん?」
左様ですか、と忍は半ばどうでもいいように聞き流した。
特大果実に包まれた弟の表情は伺えないが、リンゴ色になった耳から何を思っているかはだいたい察せられる。
まー嬉しいだろう。たとえ相手が身内でも男の子ならこんなサイズに抱かれたら誰だって……。
「けっ。男なんてどいつもこいつも。けっ」
「し、忍ちゃん?」
「な、なんで急にヤサグレテるの?」
とつぜん人が変わったように荒みだした忍を心配する発育の暴力二名。
ちょっと身動きを取っただけで「たわわ」に波打つ四つのビッグサイズ。
忍は彼女たちと同級生である。
……同級生なのである。
「ふん、わからないわよ。持っている者に持たざる者の気持ちなんて……」
せめてもの誇りを守るため、忍は泣き顔を逸らし、敗北の涙を必死に飲み込んだ。
「ほうほう、弟くん結構ガッチリした身体してるね。バレー向きに鍛えられたいい筋肉だ」
一方、典子は容姿よりも身体つきに興味を示していた。
確かに、童顔に見合わぬ筋肉質なボディをしていることが私服の上からでもわかる。
これは普段から鍛えているタイプの筋肉だ。
「弟さん何かスポーツやってるの?」
「ううん。帰宅部だよ。でも学園艦の設備にトレーニングルームがあるみたいでそこで鍛えてるんだって。『健全なる魂は健全なる肉体に宿るから』って」
それは感心だ。
スポーツ少女である彼女たちは瞬く間に妙子の弟に対して好印象をいだいた。
「けど勿体なぁ。せっかくいい身体してるのに何も部活動してないなんて」
典子の発言に忍とあけびは同意した。
鍛えた肉体というのは、実戦の競技で使って初めて爽快感を得られるというのに。
「……部活に入ると、いろいろ費用がかかるからって言って所属してないんです。お母さんは『気にするな』って言ってるんですけど、どうもそういうところ気にする子で」
妙子は少し寂しげな苦笑を浮かべて答えた。
そういう話を聞くと少女たちは黙るしかなかった。
妙子の家庭状況が自分たちの家庭と異なることを考えれば、安易なことを口にできるはずもない。
「わたしが『何でもいいから部活入ってみたら?』って言っても『俺のことはいいからそっちはバレーに集中しなよ』ってはぐらかしちゃうんです。頑固なんですよねホント」
忍はなんとなく思った。
弟の少年は姉にバレーを続けて欲しいがために、自分の経済的負担をできるだけ減らそうとしているのではないかと。
もしそうなら、なんと健気なことか。
「弟くん、いい子……」
あけびも同じことを察したのか、ホロリとドラマチックな涙をひと粒流した。
話だけ聞けば、妙子の弟は不器用ではあるが姉思いの少年だということがわかってくる。
素っ気ない態度はやはり年頃特有のもので、その胸の内では家族に対する優しさが満ちているはずである。
いい弟さんじゃないの。
と忍は指摘しようと思ったが、妙子はあくまでも不満げな態度を崩さない。
身内からすれば、自分を押し殺して遠慮されるのは悲しいのだろう。
確かに、水臭いと思わなくもない。
「わたしとしてはもっと弟のワガママを聞いてあげたいの。そりゃ確かにいい子でいてくれるのは嬉しいことだけど──でも家族なんだから」
妙子のそのひと言には、なにやら言い表せない重みが感じられた。
「お母さんだって『もっと子どもらしく駄々こねればいいのに』って言うぐらいだし、やっぱり最近よそよそしい気がするんだ。寂しいよ、そういうのは……」
ここでようやく妙子の悩みの本質を理解したチームメイト。
なるほど。いくら家族に対する温情があるからと言って心の距離があるのは切ない。
妙子の弟は良かれと思ってそうしているのかもしれない。
しかし、そんな若い内から自己犠牲的なことをしていると思うと見る側はいたたまれないに気持ちになる。
赤の他人である自分たちですらそう感じるのだから。
最初は「そんな悩み?」と思ったが、今では妙子の深刻な顔を見ていると同情の気持ちが湧いてくる。
仲間として、友人としてその悩みを解決させたいと思えてくる。
「わたし思うんだ。やっぱり弟はお姉ちゃんに堂々と『大好き♪』って言いながら思いきり甘えるべきだって!」
「いや、それはどうかな」
湧いた同情も一瞬、忍は冷静に妙子の発言を否定した。
仲の良い姉弟は確かに微笑ましいものだが、ものには限度がある。
15歳になっても姉にベッタリな男というのは、いかに容姿や内面が優れていてもさすがに引いてしまう。
「近藤の気持ちはよくわかった!」
「弟くんともっと仲良くなれるよう、わたしたち協力するよ!」
「あれ~?」
しかし典子とあけびは近藤家の姉弟仲を憂いているようで、その関係性を修復しようと奮起していた。
妙子の状況を切ないホームドラマのように思ったのかもしれない。
「キャプテン! あけびちゃん!」
そして二人の言葉で瞳を感動的に濡らす妙子。
三人の間で交差する絆と友情。
やだ、わたし蚊帳の外じゃんと忍は寂しくなった。
「……わたしも力になるからね!」
「ありがとう忍ちゃん!」
仲間外れはイヤなので忍も話に加わることにした。
バレー部はいつだって心がひとつでなくてはならない。
「そうと決まれば作戦会議だ! どうすれば近藤の弟くんが素直になれるか皆で話し合おう!」
キャプテンの典子がそう宣言すると後輩たちはいつものように「おー!」と腕を高らかに上げた。
もうこうなったらノリと勢いである。
「というわけで、弟くんのこともっと教えてくれる?」
「例えば弟くんって何が好きなの?」
「そんなのお姉ちゃんに決まってるよ!」
「いやいや、そこは趣味とか好物の食べ物とかの話でしょ」
好きなものが姉オンリーならばそもそも妙子が頭を悩ませているはずがない。
「ふぅむ、お姉ちゃん以外で好きなものか……」
まるで「姉以外の好みなどオマケ」とでも言わんばかりなことを口にして、妙子は腕を組み「うんうん」と頭を左右にひねる。
そうするたび腕で寄せ上げられた果実も左右に揺れる。
忍は意味もなく自分の胸を左右にさすった。
二の腕まで届きやしない。
「好きな食べ物はコロッケかな。わたしが揚げた挽肉入りのコロッケとか喜んで食べるんだぁ♪」
「なるほど。じゃあ今晩たくさん作ってあげればきっと嬉しくなって……」
「いやー実はですねキャプテン。実家に帰ってから毎晩出してあげているんですけど『さすがに飽きた』って昨日言われたところなんですよ♪」
「そりゃそうでしょ」
たまに食べるからこそ好物は輝くように見えるのだ。
食べ物は却下。
「じゃあ趣味とかは?」
「えーと、あまり話してくれないけど、確か音楽鑑賞だったかな。『動画サイトでいくらでも聞けるからコストがかからない』って言ってしょっちゅう聞いてるよ」
音楽鑑賞と読書は無趣味の範囲という意見もあるが、突き詰めていけばそれも立派な趣味だ。
「じゃあCDとかプレゼントしたら喜ぶんじゃない?」
「そうしてあげたいけど……でもどんなのが好きなのか知らないんだあ」
「音楽って言ってもいろいろジャンルあるしねー」
若い子ならば流行りのJ-POPが安定と思われるが、しかし中には静かなクラシックや渋いジャズなどを好む者もいる。
一概にこれがいいだろうとは決められない。
「確か……ぷろぐれ? の、クリムゾン? っていうのが好きだったと思うけど、よくわからないんだよね」
「ぷろぐれ? キャプテンは知ってます?」
「かいもくけんとうもつかない!」
「わたしも知らないかな」
調べれば詳細はわかるだろうが、それでもそのジャンルの中から「これだ!」と思う一枚を探すのは難しいだろう。
となると趣味で責める作戦も却下だ。
早くも手立てがなくなった。
「うーん。我が弟ながらなんて無個性な子なんだろう」
「容赦ないわねお姉ちゃん」
しかし妙子の言うとおり、印象深く残る特徴を感じられないのも事実。
悪い子ではないと思うが、親しくなるには難がありそうだ。
というのが今のところ忍がいだく妙子の弟に対するイメージだった。
「う~んと……あっ! もうひとつ好きなものがあったよ!」
「なに?」
「オッパイ!」
「は?」
晴れやかな笑顔でとんでもないことをのたまうオッパイの持ち主。
「小さい頃一緒にお風呂入ってるときとかもよく触らせてあげると元気になったし、一緒に寝るときもオッパイで抱きしめてあげるとスヤスヤ眠ったし、部屋に隠してるエッチな本もそういうのばっかりだったし!」
「けっ! 男なんてどいつもこいつも……けっ!」
「忍ちゃん、ドウドウ」
ナチュラルに弟の恥ずかしい過去を暴露する妙子の横で、忍は再び荒んだ。
あけびが嗜めてくるが、彼女の爆弾レベルのサイズを見ると余計惨めになって泣いた。
「それだ近藤!」
「え?」
「その昔してあげたことを今してあげるんだ!」
「ええ~!?」
典子が口にしたアドバイスを聞いて妙子は顔を赤くして驚いた。
いや、いくらなんでもそれはどうだろうと忍も動揺した。
「キャ、キャプテン。で、でもこの歳になって弟と一緒にお風呂に入るのはさすがに恥ずかしいです……」
その辺は妙子もちゃんと羞恥心があるようだった。忍は安心した。
「身体にタオル巻くか水着を着ないと恥ずかしくてできません!」
一緒に入ること自体に抵抗はないのかと忍は結局呆れた。
やはりどこかズレた感性を持つ妙子に典子は立て続けに言う。
「だが近藤。人間誰しも、小さい頃のことを思い出せば懐かしい気持ちになって自然と心が穏やかになる!」
「はっ! た、確かに!」
「恥ずかしい気持ちはわかる。だがそれだけのことをしなければ弟くんの心を開くなんてできないんじゃないのか?」
「キャ、キャプテン」
「勇気を出すんだ近藤! 恥ずかしさを乗り越えた先には、きっと弟くんとの絆を取り戻した未来がある!」
「勇気を出せば……」
「あとは根性だ!」
「根性ォー!」
お馴染みの言葉が火種になったのか、妙子の目に迷いはなくなっていた。
「そっか。今でも充分愛情は届いていると思っていたけど……まだ足りなかったんだね!」
ゴゴゴと妙子の背後で気合いの炎が燃える。
「ありがとうございますキャプテン! 心の距離をなくすなら、まずお姉ちゃんのわたしが心の壁をなくさないといけなかったんですね! そのことに気づけました!」
「がんばれ近藤! 今のお前なら何も恐れるものはない!」
「はい! これまでスキンシップは結構控えめにしていたんですけど、これからはもう遠慮なく弟に全力でアタックしていきます!」
今でも控えめだったというのか。忍は末恐ろしさを覚えた。
「見ててください! 必ずや弟との絆を取り戻してみせます!」
「その意気だ近藤!」
「応援するからね妙子ちゃん!」
うおー! と士気を高揚させる妙子、典子、あけびたちの影で忍は完全に冷めていた。
もう勝手にやってくれという具合に。
これから妙子の弟はさらに過剰になった姉の溺愛ぶりに苦労することになるだろう。
だが同情など湧かない。
忍の中で妙子の弟はすでに『巨乳好きの女の敵』になっていたからだ。
「ふんだ。デカければいいってもんじゃないのよ。デカければいいってもんじゃ……うぅぅ」
大丈夫、きっとまだ成長の余地はあると自分を励ましながら、忍は膝を抱えた。
妙子やあけびと違って、膝が胸に埋没することはなかった。