シロツメクサの恋 作:ライジング
スマンできんかった。
でも次回はラブコメ全開の予定です。一応。
妙子への思いに、決して嘘偽りはない。
本気で恋をしている。
姉としても、女性としても、愛をいだいている。
妙子以上に美人な女性に出会っても、その心が変わることはなかったし、恐らくこの先も変わることはない。
奨真にとっての『女性』とは、妙子しかいないのだ。
それでも彼はその熱情を打ち明けることを恐れる。
たとえ血の繋がらない姉弟だとしても、『家族』という確固として目に見える関係性が彼を縛り続ける。
もしも彼の悩みを偶然知り、尚且つ理解のある、情に厚い人物がいたとしたらこう言うかもしれない。
『本気で好きなら姉弟とか関係ないだろ! お前の思いはそんなものなのか!? 世間の目なんて気にしてんじゃねーよ! 男を見せろよ! もっと熱くなれよ!』
最後がなぜ松岡修○なのかはさておき、奨真の態度はそう指摘されてもおかしくはない臆病風に吹かれている有り様である。
奨真自身もそう思っていた。
上記のセリフはほとんど自分に対して向けられた、もう一人の声である。
勇気がないのは承知だ。
世間の目を気にし過ぎているのもまた承知だ。
情けないのは、自分自身が一番感じている。
だが、そう自覚していても奨真は言う。
思いを告げることだけが正しいことなのか、と。
兄弟姉妹の禁断の恋。
その手の恋愛ものは世の中にいくらでも溢れている。
それこそ古今東西と、大昔からずっと語り継がれてきた、物語を読む人間ならば何度か目を通してきたテーマのはずだ。
そして人々は知っている。その手の物語のだいたいの内容、話の筋というものを。
血の繋がった近親、あるいは義理のどちらかだとしても、家族として暮らしてきた二人が互いに異性として意識することに、多くの場合葛藤し、悩み、そしてすれ違う。
もうそんなのお腹いっぱいだよ、と飽きるほど見てきたはずだ。
そしてまたこうも思う。
どうせ最後には「世間の目なんて関係ない! お前を愛しているんだ!」とか言って結局は結ばれるんだろ? はいはいお約束。
と冷めた感性で禁断の恋の末路を見届ける。
そこに感動を覚えるかは物語の出来次第だろう。
それほどまでに手垢のついたテーマであることには違いない。
恋愛ものの題材として選ぶには、いかんせん古臭すぎる。
しかし、それはあくまでフィクションとして見るからこそ軽く扱えるものだ。
もし現実に、自分がその立場になったとしたら……
──これほど厄介な恋は他にない。
この世の中で、近親同士で本気の愛をいだいている男女がどれほどいるだろう。
義理の家族になった男女がやがて異性として意識しだして、最終的に結ばれるというケースが、実際にあるだろうか。
すべてはフィクションの中での話だ。
フィクションでなければ成立しない話だからこそ、現実でそんな恋が本当に成立した際には……
待ち受けているのは無遠慮な好機の視線だ。
血の葛藤や世間体のしがらみを乗り越え、結ばれた男女。
美談だ。
だが現実にその美談を祝福してくれる存在が何人いることだろう。
理解を示してくれる優しき心がいくつあることだろう。
奨真は知っている。
そんな都合のいい話は、それこそフィクションの中にしか存在しないと。
考えすぎじゃないのか。
少し後ろ向きすぎやしないか。
もっと人を信じられないのか。
そんな言葉が脳裏を掠める。
もちろん奨真だってそう信じたい。この世は優しさと温情で満ちていると。
だがそれ以前に、彼は『社会の闇』をその身で知り過ぎた。
底辺の底辺というものを孤児時代に痛いほどに味わってしまった。
この世にどれだけ優しい人物がいたとしても、それに比例して歪んだ人間も存在する。
それだけは、どうあっても覆せない真実だ。
平穏の日々の裏で、吐き気を催す邪悪は今もどこかで悪事を働いている。
奨真は知っている。
その手の連中はどこまでも、人の弱みに付け込み、踏み込んではならない領域を侵食し、嬲り罵倒し、意地汚く付け回す。
弱者相手なら、いくらやっても許される、とでも言うように。
他人を苦しめることでしか快楽を得られない、救いようのない腐った魂。
そんな人間は世の中にいくらでもいる。
どんなに願っても、そういった人種が潰えることはない。
そんな人種の蔓延る底辺から救い出されてからは、奨真の人生は光に満ち溢れている。
暖かい家庭がある。
気さくに遊べる学友たちがいる。
いざというとき力になってくれる、信頼し合った仲間もいる。
孤児だった自分がこれほどの幸せを得られたのは、まさに奇跡と言えよう。
だからこそ、ときどき怖くなる。
いつか、その幸せを壊そうとする悪意がやってくるかもしれない。
そういうことが、ふと起こる。
なんの前触れもなく姿を現す。
今ある幸せを根こそぎ奪い、また自分を腐敗に満ちた深淵に引きずり落とそうとするかもしれない。
そう考えると、怖くてしょうがなくなる。
身体を鍛えるようになったのは、そんな怖さを埋めるためだ。
いざ本当に排除すべき悪が自分たちに牙を剥いたとき、それを撃退できるだけの力を身に着けておきたかった。
妙子を守れるだけの強さが欲しかった。
……告白を躊躇う一番の理由。
最愛の女性をもしかしたら、そんな悪意の標的にしてしまうかもしれない。
仮に妙子にこの思いを打ち明けたとしよう。
妙子が受け入れてくれたとしよう。「わたしもあなたが異性として好きだよ」と。
これほど幸せなことはない。
……では、その後は?
本当にその幸せは続くのだろうか。
それこそ、物語のように『いつまでも幸せに暮らしましたとさ』が実現するとでも言うのか。
断言する。
それは絶対にありえない。
必ずどこかで、愛を育む幸福の隙間から、障害は生ずるだろう。
そのとき、はたして自分はその障害から妙子を守れるのか。
愛する人のためなら奨真は死力を尽くすだろう。
何ものだろうとこの幸せを壊させはしまいと息巻くだろう。
確信がある。
それは今もいだいている決意だ。
……しかし、妙子の心が耐えられるとは限らない。
奨真が最も恐れるのは、妙子が不幸になることだ。
それも、自分の手によって、自分のせいで、不幸に陥れてしまうことだ。
妙子は優しい女性だ。
それは奨真が一番知っている。
そして同時に弟に甘い。
弟の言うことなら大抵は受け入れてしまう。
弟からの愛の告白さえも、「拒んでしまったら可哀相だ」という姉としての温情で受け入れてしまうかもしれない。
その結果、彼女は延々と『義理の弟と結ばれた女性』としてのレッテルを貼られ、好機の視線に曝されるかもしれないのだ。
いかに隠し通そうとしても、思いもしない所から噂というのは生ずるものだ。
そして噂はいつだって、過剰な装飾をされて無責任に飛び交うものである。
絶対の平穏。絶対の幸福。
そんなものは、たとえ神だろうと約束できるものではない。
妙子に告白することは、そういったリスクを背負うということだ。
妙子が大事だからこそ、誰よりも愛しているからこそ、考えなければならない最悪のケース。
『心配ない。そんなことは決して起こらないさ。きっと周りは祝福してくれるさ』
などという甘い考えは決して許されない究極の選択。
奨真は所詮、一介の学生でしかない。
世界の運命を変える救世主でもなければ、巨大な悪を滅ぼすヒーローでもない。
義理の姉に恋をしてしまった、ただの少年だ。
できることは、限られている。己の限界を、弁えないといけない。己の器を、理解しなければならない。
無責任な行動をして、妙子を苦しめることなどできない。
だから彼は今日も堪える。
今すぐにでも伝えたいこの思いを、胸の内に閉じ込める。
最愛の女性の弟でいられる、この掛け替えのない『幸福』を守るために。
「……ふぅ」
一曲聞き終えたところで奨真はイヤホンを外す。
意識が暗い淵に沈み込んだとき、彼は音楽の世界に没頭する。
聞く曲はいつもプログレッシブ・ロックだ。
ヒーリング効果のある曲で心を癒すよりも、奨真はそういう荒唐無稽で挑戦的な曲を好んだ。
想像もつかない、先の読めない曲を聞いているうちに、意識は音楽そのものに向いていく。
未知の世界に自分も沈んでいきたいと思う。
彼の頭の中は今、完全にロック一色だった。
「~♪」
エアギターを弾きながら口笛を吹く。
奨真が最も好きなバンドのファーストアルバム。その一曲目。
プログレ界に激震をもたらした、まさにプログレの代表曲。
初めて聞いたときの衝撃は忘れられない。
こういう音楽もあっていいのか、と。
そう感じたとき奨真は『心だけは自由でもいいんだ』と無条件で信じることができた。
「……」
そう、心だけが自由でいいのならば、このまま妙子を思い続けることも自由でいいはずだ。
その気持ちを明かさない限りは、それは奨真だけの問題だ。
再び口笛を吹く。タイトルでもある歌詞の部分には、特に力を入れる。
鬱屈したものをすべて吐き出すように。
以前、妙子に「なんでもいいから部活に入ってみたら?」と言われた。
そのときは、うまくはぐらかした。
もちろん、奨真にもやりたい部活はあった。
それは彼の口笛とエアギターが証明している。
ただ何となく、妙子に「
そして何よりも、かかるであろう莫大な費用のことを考えると、安易に口にできなかった。
できることなら、お世話になっているこの家でワガママは言いたくない。
「……いろいろ機材集めるとなると、バカにならないだろうからな」
そう思っていても、友人からお古の教本を譲ってもらってコードを一通り覚えた辺り、我ながら未練がましいと感じる。
(……高校に進学したら、アルバイト漬けの生活だな)
そう奨真は決めた。
そして間違いなく遠慮されるだろうが、可能な限り家に資金を入れ、少しでも母の助けになりたい。
それだけのことをしても返せないほどの恩を、奨真は受けているのだから。
当然のことだと思った。
……そして、できる限り早く独り立ちをして、妙子の傍を離れたかった。
もちろん恋した相手と会えなくなるのは辛い。
いつまでも妙子と一緒にいたい。その笑顔を見ていたい。
だがその気持ちに反することをしなければ、いつ自分の感情が暴走するかわからない。
今日だって危うく先走りかけたのだ。
妙子の柔らかな身体に抱きしめられて、フェロモンたっぷりの芳香を嗅いで、『男』が目覚めかけた。
……いや、そもそも実家に帰ってきてからというもの、ずっとそうだ。
年々、肥大化していく妙子への思い。
自分ですら怖いと感じる途方もない熱情。
抑えられるだろうか。
本当に一生、明かさないままこの思いを胸に秘められるだろうか。
本当に怖いのは、そうしてだんだんと『少年』から『男』になっていく自分自身かもしれない。
男の理性など、あてにならないものだ。
ちょっとした拍子で、状況次第で、欲する女を求める。
それも清い慈愛からではなく、爛れた欲望で。
そんな愛し方は嫌いだ。
穢らわしいとすら思う。
妙子を思う気持ちは、あくまでまっさらで、綺麗で純粋なままであってほしい。
そう思っているが……しかし保障などできない。
もし仮に──本当に仮に、自分ではなく妙子のほうから告白をしてきたとしたら。
『大好きだよ』
そう思いを告げられたら、今度こそ『男』の自分は我慢が効かなくなるかもしれない。
最後の砦を崩されるかもしれない。
最も……
「そんなこと、あるわけないけど」
自嘲気味にそう思っていると、玄関の扉が開く音が聞こえる。
慌ただしい足音から母ではないと判断する。
どうやら妙子がバレーの練習から帰ってきたようだ。
窓を見るといつのまにか夕暮れになっていた。
随分長い間、ロックに没頭していたらしい。
「風呂沸いてるって伝えてくるか」
猛暑の中での練習で汗まみれになっただろう妙子に、風呂を勧めるため部屋を出ようとする。
しかし、向こうから奨真の自室にやってくるらしき足音が聞こえる。
何をそんなに慌てているのか。
まさに疾走と言わんばかりの足音であった。
「おい姉貴、近所迷惑だろ。そんなにドタドタ走るなって……」
扉越しに注意を呼びかける前に、バタンッと勢いよく奨真の部屋に入ってくる体操服の妙子。
やけに真剣な瞳で、気合いの込もった顔つきに奨真はたじろいだ。
「な、なんだよ。どうしたんだ姉貴?」
「ショウちゃん!」
「お、おう」
「大好きだよ!」
「……は?」
奨真の頭の中で緊急警報が鳴る。
危惧していたことが現実になりやがった。理性やべー。
と。