シロツメクサの恋 作:ライジング
ずっと昔から片思いしている義理の姉になんと告白された。
今どきのライトノベルのタイトルで普通にありそうだな、と奨真は思った。
ちなみに彼の好きなラノベは『まあ、いいじゃん』の後書きで有名なあの名作である。
図書館にあったものを偶然読み、ものの見事に嵌まった。
プログレを聞くようになったきっかけだったりする。
ともあれ……
ずっと夢見ていたことが突然に現実となった。
なんと自分たちは両想いだった。
いろいろ葛藤はあったが、今は嬉しさが心を満たしている。
しがらみに縛られていた熱情は瞬く間に決意に彩られる。
妙子も同じ気持ちなら、もう迷うことはない。
いろいろ障害はあるだろうが、きっと乗り越えてみせる。
手と手を取り合って同じ人生を歩んでいこう。
これぞまさにハッピーエンド。
短い間でしたが、ご愛読ありがとうございました。
(……なんてご都合的なことがあってたまるか)
奨真はすぐに冷静になった。
いくらなんでも唐突過ぎる。
今日もいつもと代わり映えのない日常だった。
そこから愛の告白という衝撃的展開に繋がる要素がどこにあるだろうか。
断言。
まったくない。
バレーの練習で何があったか知らないが、恐らく奨真が期待しているようなことを言っているわけではないだろう。
奨真は正気に戻った。
「帰ってくるなり何を言っとるんだ」
ただいまも言わず、開口一番「大好き」などと言う姉に対して出てきたのはそんなツッコミだった。
冷却された喜びは、急速に呆れに変わっていた。
そんな澄ました顔をした弟に、妙子は、
「言葉どおりだよ!」
と意気込んだ顔つきを変えずに言う。
一瞬ドキリと、淡い期待感が懲りずに少年の中で芽生える。
冷ましたはずの熱がまた温度を上げていく。
言葉どおり。ということは本当に……
「『弟が大切』って気持ちを直球で伝えているんだよ!」
「……」
またもや冷めていく熱情。
今度は氷よりも尚寒々しく、吹雪すら起きそうなほど冷え冷えと。
うん、そうだと思ったよ。
わかっていながら少しでも「もしかしたら」と甘い希望をいだいた自分を奨真は恥じた。
「大好きだからねショウちゃん!」
「はいはい……」
ときめくことを言われても、奨真の心はもう動じなかった。
所詮それは『弟としての好き』であり、含むものは一切ない。
「いつまでも大好きだからね!?」
「わかったわかった。ありがとよ」
もはや適当に流す。
言われれば言われるほど、恋する少年としては虚しくなる。
「ショウちゃんがどんなに悪い子になっても、世界の敵になったとしても、お姉ちゃんだけは絶対に味方だからね!?」
「いや、最初のはともかく世界の敵になるレベルってどんだけ悪いことしてんだよ俺」
ブギーでポップな自動的存在と会わせたいとでも言うのか。
「本当に悪い人になっちゃってもお姉ちゃんは信じ続けるからね! 絶対に優しい子に戻ってくれるって!」
「悪い人になる前提みたいなこと言うな」
「絶対に絶対に見捨てたりしないからね!?」
「もういいっつの! 念押しすぎて逆に不安になってきたよ!」
「不安なの!? お姉ちゃんがギュッてして安心させてあげよっか!?」
「汗臭いからヤダよ」
真夏の中で相当な練習をしたのだろう、今は乾いているが、妙子の体操着にはたっぷりと汗が含まれている。
口ではそう言う奨真だったが、しかし本当にイヤというわけではない。
妙子の汗なら別に気にしない。
むしろ女性フェロモンをたっぷり含んだその状態で抱きしめられたら、抑えが効かなくなってしまいそうだ。
もちろんそんな変態染みたことを堂々と言えるわけがないので、素っ気ない言葉で妙子を制した。
「うわあああん! やっぱり反抗期だよおおおお!!」
弟のその言葉は女の子の妙子には相当ショックだったのか、幼児のように泣きだした。
そのまま「うえーん」と涙を流しながら奨真の部屋を去っていった。
「……なんなんだよ、いったい」
あまりにも突拍子もないことを連発する姉に奨真はただ困惑した。
おかげで泣かせてしまった罪悪感もまるで湧かない。
「お~い、風呂沸いてるからさっさと入れよ~」
とりあえず、そう声だけかけておいた。
「入るうううう!」
一応向こう側から返事はきた。
家族として暮らし始めてから随分経つが、いまだによくわからないところがあるなと奨真は思った。
とりあえず妙子が入浴している間に課題を済ますことにした。
結局昼間は悶々として進まなかったのだ。
「ショウちゃん……」
机に向かおうとすると、また妙子は奨真の部屋にやってきて、ひょこっと顔を出した。
なぜか異様に顔が赤い。
発育良好の身体をモジモジとさせている。
「まだ何か用か?」
奨真が尋ねると、妙子は意を決したように頷いてから真剣な目でこう言った。
「……お風呂、一緒に入る?」
「入れるか!」
「うわあああん! 反抗期だあああ!」
顔を真っ赤にして断ると妙子はまた泣き出して部屋を去っていった。
「中学に上がるギリギリまで一緒に入ってたくせにいいい!」
「言うなソレを!」
身内以外には絶対秘密にしておきたい事実をさり気なく暴露する妙子に怒号を飛ばす。
違う。あの頃はまだ無邪気だったのだ。別に下心があったわけじゃない。妙子だって嫌がるどころかノリノリで入ってあんなところやこんなところを洗ってくれ……
「……はぁ。もう、なんなんだよ本当に」
バクバクと鳴る心臓を抑える。
バレーの練習で何があったかは知らないが、いくらなんでも挙動不審すぎる。
「何考えてんだ、この歳で一緒に風呂って……」
口にした途端、妙子と一緒に入浴する光景がついつい浮かんだ。
小学時代に拝んだ、中学生とは思えない妙子の見事なプロポーションは今でも鮮明に頭の中で思い描け……
「ふんっ!」
頭を机に思いきり叩きつけた。
「弟は姉にやましい気持ちをいだかない」
言い聞かせるように呟く。
これもラノベのタイトルっぽいなと思いつつ、そのまま奨真は煩悩を打ち消すため何度も頭を机に叩きつけた。
結局、また課題には集中できなかった。
◇◆◇
湯船の中で妙子は溜め息を吐く。
「うぅ。キャプテン。第一の作戦は失敗です……」
どうやって反抗的な弟を昔のように素直にできるか。
そのことをバレー部のチームメイトに相談し、そして貰ったアドバイスを妙子は早速実行していた。
まずは尊敬するキャプテンのアドバイス。
『とにかくストレートに素直な気持ちをぶつけるんだ! それが一番弟くんの心に響くはず! あとは根性次第だ!』
言われたとおり根性全開で心から思っている気持ちを伝えたが、弟の奨真はこれを軽くスルー。
昔なら『好きだよ』と言ってあげるたび花咲くように喜んだというのに。
「えへへ……」
愛らしい幼少時の奨真を思い出すと、妙子の顔はゆるゆると緩んだ。
しかし今の奨真が向けてきたのは『何言ってんのコイツ?』と言わんばかりの何とも冷めた澄まし顔。
妙子はまたズーンと落ち込んだ。
「うぅ。思春期の男の子はとっても強敵です」
正直な気持ちをぶつけても心に届かないとは。
しばらく離れている内に弟の心の壁はいったいどれだけ高くなってしまったのだろう。
それでも奨真が完全に冷たくなったわけではないと妙子は信じた。
こうしてわざわざ姉のために風呂を沸かしてくれたことがその証拠である。
しかもお湯の温度は妙子の好みに調整してくれていた。
「ふぅ~湯加減ちょうどいいよ。さすがショウちゃん」
練習の疲れが一気に溶けていくようだ。
奨真は直接言わなかったが、心地いい湯船に浸かっていると「練習お疲れ様」と言われているような気がした。
「ふふ」
思わずほくそ笑んだ。
奨真は昔のように素直に甘えてくることはなくなった。
しかし、その優しさと思いやりの心は今も消えていない。
「不器用だなぁ」
照れ屋で恥ずかしがりで、見えないところで誰かのために行動している。
そういうところは本当に子どもの頃から変わらない。
いつまでもあの頃のように、正直な子でいればいいのに。
妙子は過ぎ行く時間を切なく思った。
(……でも)
妙子は自分の裸体に視線を落とす。
もう子どもとは言えない身体つき。
それは、弟の奨真も同じ。
先ほど混浴に誘ったとは言え、一緒に入ることを恥ずかしいと思う辺り、確実に自分たちは大人になっていっている。
無邪気に一緒に入れる歳ではなくなった。
(ショウちゃんも、いつまでも子どもじゃない、か……)
弟を未だに幼児のように愛でる妙子。
そんな彼女に、同級生の忍は冷静に指摘した。
『男の子ってそんな風に子ども扱いされるのは嫌がるものじゃないかしら? 弟さんだって成長してるんだから、いつまでもお姉ちゃんに面倒ばかり見てもらうのは辛いんじゃない?』
言われてみれば、その通りなのかもしれない。
しかし妙子にとって、そういう関係は何年経っても不変だと思っていた。
確かに、奨真は少年から立派な青年に育っていっている。
かわいい弟から、逞しい弟になっていく。
それでも妙子にとっては、変わらず面倒を見てあげたくなる存在なのだ。
何がいけないのだろう。
この先もずっと『弟』を大切にすることは、そんなに悪いことか。
「……」
湯船の中に身体を沈ませる。
頭ごと湯に浸かる。
水中の音に耳を澄ましながら、妙子は考える。
──いつまでも、昔のままでいちゃいけないのかな?
自分の手を弱々しく握る手。
傷つき、光を失った瞳。
救いを求めるか細い泣き声。
『ぼくは、ここに……本当にここにいて、いいの?』
当たり前だ。
自分がいる限り、あの子にはあんな──あんな酷い目には、二度と遭わせない。
(だからこそ、わたしは……)
「ぷはっ」
湯船から顔を出し、呼吸をする。
難しいことを考えるのは苦手だ。
それよりも自分の心に従ったほうが、物事はいつだって上手くいった。
あの日もそうだった。
だからこそ、今の奨真との日常があるのだ。
大丈夫。
今は捻くれている弟だが、きっとまた昔のように仲睦まじく触れ合えるだろう。
まだ試していないアドバイスもある。
きっと弟の心を開いてみせよう。
「根性だぞ~お姉ちゃん」
そう言って自分を励ました。
姉弟はいつまでも仲良く。それが妙子の理想だ。
家族なのにすれ違う。
それほど、悲しいことはないから。
「今晩の夕食は何にしようかな~?」
力を抜いて、湯に身体を預けながら献立を考える。
自分の手作り料理を食べて機嫌をよくする弟の顔を想像すると、妙子も嬉しくなる。
その笑顔のためなら、どんなことだってしてあげたいと思う。
見れば見るほど、胸がポカポカと温かくなる。
「……む」
そしてその胸はプカプカと湯船から浮き上がってきた。
手で覆いきれないふたつの膨らみを、妙子は忌々しげに抑える。
「なんか、また大きくなってる気がする……」
小四になってから急激に膨らみ始めたソレは、いまだに成長を止める様子を見せない。
「こんなのバレーの邪魔になるだけなんだけどなぁ……」
困った顔を浮かべながら、妙子はプカ~っと浮かぶ巨峰を手で包み続けた。
弟が昔のように素直なままでいて欲しいのと同じく、胸も昔のようにペッタンコのままでいいのに。
妙子は切にそう思った。
◇◆◇
──同時刻、河西邸にて……
「ちょ、ちょっと、どうしたの忍ちゃん? いきなり壁なんか殴って」
「なぜか無性に腹が立ったのよ姉さん。何かしらねこの怒り……」
感想ご意見等お待ちしております。