シロツメクサの恋   作:ライジング

7 / 7
 劇場版の小説が面白すぎて頭おかしくなりそう。

 ネタバレは控えますが、新しい情報やあのキャラの意外な一面が判明したりと、映画だけでは知りえない要素てんこ盛りです。
 試合が文章化されているのも個人的にありがたいですね。すごく参考になります。
 他にもガルパンSSを書く上で知っておかなければならない細かな設定などが明らかになっていたりします。
 ガルパンSSを書くならば間違いなく必読の本でしょう。

 おかげで本作の今後の展開にも厚みが出せそうです。


⑦女心は複雑だけど男心も複雑です

 男の子の気持ちって難しい。

 妙子は心底そう思った。

 

 女心は度し難いとよく言うが、男心も大概だ。

 年頃の男子ともなれば、余計わからなくなる。

 まるで苦手な図形の問題を解くとき同じくらい難しい。

 

「家族でもわからないんだもんなあ」

 

 身内にも関わらずその心の奥底を見抜けないことに悔しさは募るが、繰り返し弟の機嫌を損ねてしまっている以上、理解力が足らないことを認めざるを得ない。

 

「みんなのアドバイスは全部使っちゃったし……」

 

 信頼するチームメイトの知恵を借りても奨真の心を開くことは叶わなかった。

 

 我が弟はよほど頑固で剛健な気質の持ち主に違いない。

 なんという強敵。

 まさか自分たちバレー部のスパイクのごとき攻勢でも打ち抜けない障害があろうとは。

 

 まるで八九式の砲弾が悉く弾かれたときのような心境に妙子は陥った。

 

「これは他の人から知恵を借りるしかないかな」

 

 別にバレー部の仲間たちを信用していないわけではない。

 しかし根性全開の作戦が通用しなかった以上、それとは異なる方向で攻めるしかない。

 

 そう、言うなればもっと男心をグッと掴むような、男の子がついつい喜んでしまうような作戦。

 

「男の子が喜ぶこと……はてなんだろう?」

 

 ここで真っ先に青少年が興奮するような桃色の発想が浮かばない辺り、妙子という少女はそのなやましい肉体に反して未だ無邪気であると言えた。

 実際に思い至ったところで実行する勇気があるのかも怪しい。

 

 日常的にやっている過剰なスキンシップは、あくまで幼少時の癖が抜けていないのと、生まれついた無垢の性格によるものだ。

 

 そんな彼女が男心を汲んだ作戦を思いつくというのは至難の技であった。

 

 なので、ここは素直に()()()に尋ねることにした。

 

 妙子はスマホを取り出し、電話帳の一覧を開く。

 画面にはチームメイトと友人たちの番号。

 そして自分と同じ通信手たちの連絡先が記録されている。

 

 サンダース戦にて無線の代わりに携帯電話で連絡を取り合ってから心の壁が取り払われ、以後プライベートでも別チームの通信手と気軽に会話をするようになった。

 

 その話し相手の一人に妙子は電話をかける。

 刃物を持ったウサギのアイコンをタッチし、目的の人物を選択。

 

 プルルと何度かコールが鳴ってから相手は電話に出た。

 

『は~い。優季で~す♪』

 

 電話越しから同級生である宇津木優季の独特な声が発せられる。

 

「おふぅ……」

 

 優季の声を聞いた瞬間、妙子は思わず陶酔に似た不思議な感覚に襲われる。

 至近距離で響く優季の蕩けた蜜のような声に、ゾクゾクと背筋に甘い刺激が走り抜ける。

 

 前から思っていたが、本当にかわいらしい声だ。

 一度聞いたら忘れられない、愛らしいような、色っぽいような、とにかく艶を含んだ声色。

 これもいわゆる美声というものだろう。

 耳と鼓膜を虜にする魔性の美声である。

 

 女の自分ですらこうして悩殺されてしまうのだから、男が優季と電話をしたら大変なことになるだろう。

 女子に耐性のない奨真だったら卒倒してしまうかもしれない。

 

『どうしたの~妙子ちゃん。電話なんて久しぶりだね~』

 

「あ、うん。ごめんねこんな遅くに」

 

『いいよ~。今ね、皆でお泊まり会しててオールナイトで映画観る予定だったし~』

 

 だから大丈夫と語尾にハートマークがつきそうな間延びした声で優季が言う。

 感謝をしつつ、妙子は事情を説明した。

 

『はえ~。弟くんとどうやったら仲良くなれるか~?』

 

「うん。どうしても男の子の気持ちがわからなくて」

 

 相談相手に優季を選んだのは、彼女が唯一知り合いの中で異性との交際経験があったからだ。

 恋愛経験豊富な人間からなら、自分では気づけないありがたい意見を貰えると思った。

 経験者の言葉ほど信用できるものはない。

 

 是非、男心についてご教授願いたかった。

 

 ──因みに、優季が本当に異性と交際していたかは実際のところあやふやである。思い込みの激しい彼女が勝手に『付き合っている』と勘違いしていたのではないか、とチームメイトの友人たちは睨んでいる。

 

 そんなことも露知らず、師に教えを請うように妙子は優季の言葉を待った。

 う~んとね~っと甘ったるい間を置いてから優季は話し出す。

 

『そうだな~。やっぱり男の子は献身的な女の子に弱いと思うんだ~』

 

「献身的?」

 

『うん♪ お料理ができたりお裁縫が得意だったりすると男の子的にはやっぱりポイントが高いよねぇ』

 

「一応わたしも家事得意だよ?」

 

『だったらぁ思い切りアピールしていかなくっちゃ~♪』

 

「う~ん。いつもそうしてるんだけどな~」

 

 料理の献立にはいつも気を遣っているし、掃除もこまめにしている。

 お裁縫だって頼まれれば喜んでやってあげる。

 

『いつも通りのことしてても男の子は気づいてくれないよ~』

 

「そういうものかな?」

 

『うん。大事なのは《あなたのことが大好きです》って気持ちを込めて尽くしてあげることだもの。これだけ愛情込めてますって伝わるぐらいご奉仕してあげなくちゃ~』

 

「なるほど! でもわたしいつも愛情100%で尽くしてるよ!」

 

『や~ん♪ 妙子ちゃんたら大胆~♪』

 

 きゃっきゃっと盛り上がる二人。

 会話はだんだんと女子特有の姦しいノリに移ろっていく。

 それでも妙子にとって有益な情報はどんどん手に入った。

 

「つまり、男の子のために何か頑張って覚えたってことが重要なのかな?」

 

『そうそう~♪ わたし料理とか全然したことなかったけど、カレのためにがんばって覚えたんだ~。そのことをさり気な~く伝えると男の子はグッとくると思うよ~? 自分のためにそこまでしてくれたんだって』

 

 なるほど。さすが恋愛経験者は重視するポイントが違うと妙子は感心した。

 妙子が家事上手なのはすでに奨真も知っていること。要はそこにプラスアルファあると良いわけである。

 今日淹れてあげた紅茶のように『密かにこんなことも覚えたんだよ』という一面を見せ、尚且つ奨真のために習得したことが伝われば間違いなく男心に響くだろう。

 

 ケーキを焼いてあげるといいかもしれないなと妙子は早速プランを立てた。

 奨真は甘いものが大好きなのである。

 

「ありがとう優季ちゃん。おかげでいいアイディアが浮かんだよ」

 

『ほんと~? よかった~♪』

 

 無邪気に喜ぶ優季の弾んだ声に妙子は思わずホッコリした。

 本当に優季はひとつひとつの反応に愛嬌がある。

 こんなにかわいらしい女の子から逃げるだなんて、優季の元カレはさぞかし見る目がなかったに違いない。

 

『弟くんとうまくといいね~』

 

「うん!」

 

 普通の女子ならば身内同士の不和よりも、気になる異性の相手についての話で盛り上がるものだ。

 しかし優季は決してバカにしたり、適当に受け流すことなく真剣に話を聞いてくれた。

 心優しい彼女に妙子は改めてお礼を言った。

 

「優季ちゃんならきっとすぐに新しい素敵な彼氏ができるよ」

 

『えへへ~ありがとう~』

 

 心から思っているエールを優季に送る。

 

『じゃあ、そこで早速相談なんだけど~弟くんってどんな子~? イケメン~? かわいい系~? もしよかったら紹介して欲しいな~って……』

 

 プツン

 

「あ」

 

 無意識に電話を切ってしまった。

 自分でも驚く。

 慌てて〇INEで「ごめん、途中でスマホの電源切れちゃった」とお詫びのメッセージを送った。

 

 そしてかなり悩んだが、自慢したいという気持ちが勝り、愛弟の写真を添付して送信した。

 野良猫を撫でているところを隠し撮りしたお気に入りの写真だ。

 

「さて……」

 

 経験者からの話は聞けた。

 次はもっと恋愛に関して知識豊富な人物から話を伺うことにした。

 

 そう、()()()()()()()な。

 

 

 

「というわけでして、是非知恵を貸してください武部先輩!」

 

『もちろん! 男心ならお姉さんに任せなさい!』

 

 頼れる上級生、武部沙織の快活な声が電話越しに響く。

 

 一年生たちにとって沙織はまさに憧れの女性だ。

 彼女ほど女子力の高い女子高生は他にいない。

 そしてこと恋愛に関してこれほど頼りになる存在はいない。

 

 恋愛経験ゼロにも関わらず。

 

『なるほどぉ。弟くんはお姉ちゃんに素直になれないお年頃なのね』

 

「はい。そこが可愛らしくもあるんですけど、やっぱりもうちょっと甘えてきて欲しいなぁって……」

 

『わかった! 大洗の恋愛マスターであるわたしがアドバイスしてあげる!』

 

「頼もしいです先輩!」

 

 恋愛経験ゼロだけど。という言葉は呑み込んだ。

 早速、沙織のアドバイスが始まる。

 

『積極的にアピールするのが逆効果なら、逆にツレない態度を取ってみるのよ!』

 

「ええ!? ショウちゃんにそんなことできるかな……」

 

『そこは辛抱よ妙子ちゃん! いつもは優しかった女の子がある日突然冷たくなった途端、男の子は気づくの。《ああ、彼女は自分にとってなくてはならない大切な存在だったんだ……》ってね!』

 

「な、なるほど。さすが武部先輩です!」

 

『当たり前のように尽くしてくれていた女性がとつぜん自分のもとを去る……そんなときほど恋は燃え上がるのよ! そして仲直りすると二人の関係はさらに深まるの!』

 

「すばらしいです!」

 

 沙織のありがたいレクチャーが続く。

 

 男性の機嫌が悪いとき女性がすべき対応。

 さり気ない気遣いで信頼と愛情を得る方法。

 時には距離を置いて見守ること。

 そして傷ついたときには一番傍にいて優しく癒やしてあげる等々。

 

 妙子は圧倒された。

 さすがは恋愛マスター。

 一般的な男性心理だけに留まらず、男心のディープな部分まで知り尽くしている。

 なにより感心すべきは女性としての在り方。

 ここまで男性に尽くす姿勢を崩さず、女性としての理想像を目指す少女はなかなかにいない。

 まさに完璧な女子力の塊である。

 

 本当にどうしてこれでモテないのか。

 

『そして障害を乗り越えた二人は、永遠の愛を誓い合うのよ~! んぅやだも~!』

 

「武部先輩! とてもタメになる話ですけど脱線しています!」

 

 恋愛講座がだんだんと沙織の妄想恋愛劇場に転じ始めたところで妙子はストップをかけた。

 

 もう充分過ぎるほどの知恵をいただいた。

 自分も恋愛経験ゼロにも関わらずまるで熟練の恋愛上手になった気分である。

 

「ありがとうございます武部先輩! 頂いたアドバイスのいくつかを弟に試してみます!」

 

『うん! がんばって!』

 

 このまま沙織をヒートアップさせると夜明けまで続きそうなので、ここでお開きにすることにした。

 

『……あ、待って妙子ちゃん。最後にひとつだけいい?』

 

「なんでしょう?」

 

 冷静になったらしき沙織が妙子を呼び止める。

 真剣で真摯な抑揚に妙子は思わず背筋を伸ばす。

 

『いろいろ言ったけど……妙子ちゃんはそのままでもいいんじゃないかな?』

 

「え?」

 

 沙織の言うことが妙子にはよく理解できなかった。

 

「それって、特別なことはしなくていいってことですか?」

 

『うん。妙子ちゃんはそのままでも充分魅力的な女の子だもの』

 

「でも……」

 

 それじゃ今までの話はなんだったんですか、という不満の声は呑み込んで妙子は耳を傾ける。

 

『妙子ちゃんの話を聞いて思ったんだけど、無理に何かしなくても弟くんは充分満足してると思うよ』

 

「そうでしょうか」

 

『うん。わたしにも仲のいい妹がいるんだけど、それよりもずっと仲よさそうだもん』

 

「え」

 

 沙織にそう言われると、妙子の体温が急激に上がった。

 

「仲、いいと思いますか?」

 

『うん! 聞いてたら微笑ましくなっちゃった!』

 

 異性同士の兄弟姉妹というのは普通、成熟していくと自然と心の距離ができてしまうものだ。

 しかし近藤姉弟にはまったくその壁は感じられないと沙織は指摘する。

 

『妙子ちゃんが気づいてないだけで、弟くんはちゃんとお姉ちゃんのこと思ってくれてるはずだよ』

 

「そう、でしょうか……」

 

 もし本当にそうなら、どうしてあんなにも素っ気ないのだろう。

 

 妙子の気持ちを察したのか、沙織は母性に満ちた声色で話す。

 

『たぶんね、弟くんは自然体の妙子ちゃんを望んでいると思うんだ』

 

「自然体?」

 

『うん。だって、長い休みには必ず実家に帰るぐらい家族思いなんでしょ? だったら弟くんが喜ぶのは、いつもどおりのお家の光景なんじゃないかな?』

 

「あ……」

 

 妙子は虚を衝かれたような気持ちになった。

 

 すっかり見落としていたこと。

 最も大切にしなければならなかったこと。

 それを、沙織の言葉でようやく思い出した。

 

 

 

『お姉ちゃん』

 

『なぁにショウちゃん?』

 

『ボク、この家が大好きだよ』

 

 幼い奨真が、やっと明るい笑顔を作れるようになった頃。

 幸福と喜びに満ちあふれた笑顔で、奨真はそう言った。

 

『この家の子になれて、すごく幸せ。だから……』

 

 ──ありがとう。

 

 万感の思いを込めた奨真の感謝の言葉。

 自分たちが『姉弟』になった始めの出来事。

 

(……そうだったね、ショウちゃん)

 

 妙子は心の中で愛弟に詫びた。

 

 沙織の言うとおり、特別なことなんてしなくてもいい。

 自分たち姉弟は、ただありのままでいればいいのだ。

 

 それが一番、自分たち()()にとっての幸せだから。

 

「武部先輩。ありがとうございます。なんだか、憑き物が落ちた気がします」

 

 純粋な感謝を送る。

 沙織がどうしてここまで後輩に慕われ、同級生たちに信頼されているのか、改めて実感した気がした。

 

 沙織は謙遜するように照れ出した。

 

『あはは。わたしとしては偉そうなことばっかり言っちゃった気がするけど、妙子ちゃんが元気になったら良かったよ』

 

「偉そうなんかじゃありません。武部先輩に相談して、本当によかったです」

 

 見落としていたことを思い出させてくれた沙織に妙子は今一度感謝する。

 そして本心から来る賛辞を送る。

 

「武部先輩みたいに素敵な人なら、いつか必ず素敵な恋人ができますよ」

 

『え! そう思う!? 本当にそう思う!?』

 

「はい。わたしが男の子だったら恋しちゃうと思います」

 

 華々しい出会いが沙織にあることを妙子は本気で願った。

 

『じゃ、じゃあ! ひとつお願いがあるんだけど!』

 

「あ、はい。なんでしょうか?」

 

 興奮気味に鼻息を荒くした沙織が言う。

 

『弟くんってどんな子!? イケメン!? かわいい系!? よかったら紹介して欲しいなぁ、なんて!』

 

 プツン

 

「あ」

 

 また無意識で電話を切ってしまった。

 すぐに〇INEで「すみません! 途中でスマホの電源切れちゃいました! 今晩はありがとうございました。おやすみなさい」とお詫びのメッセージを送った。

 

 そしてかなり悩んだが、本気で悩んだが、やはり愛弟を自慢したい気持ちが勝り、写真を添付して送信した。

 優季に送ったのとは別の、寝顔を隠し撮りしたお気に入りの写真だ。

 

 

 

「ふぅ……」

 

 夜も更けてきた。

 自分の中で結論も出たことだし、そろそろ眠るとしよう。

 寝間着に着替えて妙子はベッドに入る。

 

 横になりつつ頭に浮かべるのは、やはり愛弟のこと。

 

(明日には、ちゃんとショウちゃんの好きなお姉ちゃんの顔ができるかな?)

 

 少なくともすれ違うことは減る。

 そんな確信があった。

 弟の喜ぶ顔が見られることを願って、妙子は眠りに落ちていく。

 

 微睡みの中で、今日起きたことが反芻される。

 その中で印象深く残った出来事が再生される。

 

『ねえ、妙子ちゃんはどうしてそこまで弟くんのこと大事にしてるの?』

 

 相談相手になってくれた一人であるあけびは、純粋な疑問をいだいて妙子にそう聞いた。

 ただ弟がかわいいという理由だけでは説明のつかない愛情を、妙子から感じたのだ。

 

 あけびの問いに妙子は苦笑しながら答えた。

 

『だって、ちゃんと伝えないと、不安にさせちゃうから』

 

 弟が大好きな気持ち。

 弟を大切に思う気持ち。

 その思いは、いつだって全力で、言葉で、カラダで伝える。

 

 ──ショウちゃんは、わたしたちの家族だよ?

 

 決して一人じゃない。

 そのことを、奨真にわかって欲しいから。

 この思いは絶対に変わらないと、安心させてあげたいから。

 

◇◆◇

 

 同時刻。

 ウサギさんチームこと一年生の仲良しグループは夜通しの映画鑑賞会を始めるところだった。

 そこで優季が自分のスマホを皆に見せている。

 

「ねえねえみんな~。これ妙子ちゃんの弟くんだって~。結構イケてな~い?」

 

 妙子から送られてきた奨真の写真を友人たちに見せて回る優季。

 どれどれとチームメイトたちが興味深げに画面を覗く。

 

「へぇ~近藤さんの弟くんかぁ。確かに、ちょっとかっこいいかも」

 

 メンバーのまとめ役である澤梓は少し頬を赤く染めてそんな感想を口にした。

 

「うちのお兄ちゃんたちより優しそう!」

 

 その傍で桂利奈が元気いっぱいにコメントした。

 

「紗希はどう思う?」

 

 梓が横にいる丸山紗希に尋ねる。

 表情を変えないまま、紗希は無言で親指を立てた。

 彼女も好印象をいだいたらしい。

 

「真面目でいい子そうだね」

 

「え~でもパッとしなくない?」

 

「う~ん。わたしもパスかな。悪い子じゃなさそうだけどね」

 

 あやとあゆみは比較的に厳しめの評価だった。

 

「なんか冗談通じなそうっていうか、堅物な感じしそう」

 

「ちょっと失礼だよ近藤さんの弟くんに」

 

 失言をこぼすあやをさすがに窘める梓。

 そんな梓を見て、あやは意地の悪い笑顔を浮かべた。

 

「あれれ~? もしかして梓こういうのがタイプ?」

 

「な、なんでそんな話になるの!?」

 

「え~そうなの梓~?」

 

「妙子ちゃんに紹介してもらう~?」

 

「もう~! やめてったら!」

 

 まるで小学生のようなからかいを受けて、梓は怒りと恥ずかしさで顔を真っ赤にした。

 

「まあ、でも武部先輩だったら一発で惚れちゃいそうだけどね」

 

「ああ、そうかも」

 

「ありそう!」

 

 あやが何気なく口にしたことに周りも同意する。

 

「若い男の人見たら誰にでも恋しちゃいそうだもんね武部先輩」

 

「いや、そこまで肉食系じゃないでしょあの人は」

 

 本当に男性に見境のない女性だったら今頃彼氏の一人ぐらいはできているだろう。

 夢見がちであることは否めないが、恋愛に関してはどこまでも真剣な人だ。

 

「じゃあ試しに武部先輩にこの写真送ってみようよ」

 

「ああ~それいいかも~」

 

「だったらさ、いっそ戦車道の皆に送って意見聞いてみよ!」

 

 とんでもないことを言い出した友人たちを前に梓は冷や汗をかく。

 

「え? いやいやダメだよ。そんな勝手に人の弟さんの写真を拡散したりしちゃ……」

 

「え~ダメなの~? もう送っちゃった~」

 

「ああ! もう!」

 

 時すでに遅し。

 天然の優季によって奨真の写真は大洗戦車道履修者の全員に送信された。

 

◇◆◇

 

 同時刻。

 西住みほは寮部屋で一人、ボコの秘蔵DVD映像を鑑賞していた。

 

「ボコ~がんばって~!」

 

 深夜なので声は小さめにして愛するボコにエールを送る。

 電気を消した部屋でひたすらリンチを受けるクマのぬいぐるみを眺めている姿は、端から見ると闇を感じさせるものだったが、みほ自身はたいへん明るくエンジョイしている。

 

 ボコを見ている瞬間はみほにとって、まさに至福の時間だ。

 辛いときはいつもボコの姿に心を救われてきた。

 趣味の少ないみほにとって、ボコとは掛け替えのない存在。

 この触れ合いは誰にも邪魔をさせない。

 もし邪魔する者がいるとしたら容赦なくパンツァー・フォーである(謎)。

 

 ボコに触れているときの西住みほはテンションがハイになっている状態だ。

 ゆえに普段と違う一面が表出するのも致し方ない。

 普段は大人しい少女も愛する存在のためなら軍神にも鬼神に変貌する。そういうものである。

 

 この場に居座る者がいたとしたら、誰も今のみほに話しかけることはできなかっただろう。

 しかしそこで命知らずと言わんばかりに携帯が鳴る。

 

「むむ」

 

 至福のボコタイムを阻害するのは何やつか。

 西住流特有の眼光をむき出しにして、みほは携帯を取る。

 相手によっては容赦なくパンツァ・フォーである(謎)。

 

 名前の欄には「宇津木さん」と表記されていた。

 かわいい後輩の一人だ。

 もちろんひどいことなどできるはずがない。

 許そう。

 

「宇津木さんから連絡来るなんて珍しいなぁ。なんだろう?」

 

 テンションがハイになっていたみほは一瞬にしていつもの大人しい少女に戻る。

 

 メッセージを開いてみる。

 まず目に入ったのは歳の近そうな少年の写真。

 そしてこんな文章だった。

 

『妙子ちゃんの弟さんで~す。どう思いますか~?』

 

 恋愛沙汰に疎いみほには質問の意図がつかめなかったが、恐らく印象のことを聞いているのだと思った。

 

 とりあえず「優しそうな子だね」と無難な返事をして、再びボコの鑑賞に戻った。

 

 色気より食い気。

 花より団子。

 男子よりボコ。

 

 みほにとってこの方程式は崩れない。

 

「ボコ~がんばって~」

 

 再びテンションがハイとなるみほ。

 そこでまた携帯が鳴る。

 今度は出るまで鳴り止まない電話であった。

 

 西住流特有の眼光を煌めかせて携帯を取る。

 こんな遅くに電話をしてきて至福のボコタイムを邪魔するのは何やつか。

 相手によっては容赦なくパンツァ・フォーである(謎)。

 

 名前の欄には「沙織さん」と表記されていた。

 学園生活を変えるきっかけをくれた大親友の一人である。

 

 みほにとってボコと同列に並ぶほどの大切な人物。

 そんな彼女にどうしてひどいことができよう。

 許す。

 全力で許す。

 

「もしもし? どうしたの沙織さん?」

 

 ハイになっていたテンションは再び落ち着き、元の大人しい少女に一瞬にして戻る。

 

『……みぽり~ん』

 

 電話越しから沙織の弱々しい声がする。

 

『どうしよう~みぽり~ん……』

 

「さ、沙織さん? 何かあったの?」

 

 沙織の様子がおかしい。

 声だけでもそれがわかる。

 

 何か余程のことがあったのか、ずいぶんとテンションがおかしい。

 もし何か困り事があるのなら、親友として力にならねばなるまい。

 

 しかし「どうしよう」と口で言うわりに、沙織が本気で困っている印象は受けなかった。

 むしろその逆で、舞い上がっているような、浮き浮きしているような……

 

『あのねぇ、みぽりん』

 

「う、うん」

 

 何やら異様に熱を帯びた沙織の声色に、みほは動揺する。

 

『どうしよう。わたしね、運命の人見つけちゃったかも……』

 

「はい?」

 

 やたらと色っぽい溜め息をついて突拍子もないことを口にする沙織。

 みほはさらに困惑した。

 

 どう反応したらいいものかな~ボコ~、とみほは画面の向こう側に尋ねたい気分になった。

 もちろん、ボコは何も答えてくれない。

 異様に寂しくなった。

 

『や~ら~れ~た~』

 

 ただ、いつも通り敗北した姿を見ると心がホッコリした。

 

◇◆◇

 

「……ひっ!?」

 

 眠っていた奨真は、真夏にも関わらずとつぜん寒気を感じて目を覚ました。

 

「な、なんだこの悪寒……」

 

 なにやら胸騒ぎがした。

 まるで何者かにターゲットとして狙われ始めたような、そんな奇妙な心地がした。

 

 はて、自分は誰かの恨みを買うようなことをしただろうか。

 まったく身に覚えがない。

 

「おかしいな。なんでこんなに無性に危機を感じるんだろう……」

 

 奨真はその夜、謎の不安を抱えながら一夜を過ごした。

 

 

 

 まさか自分の写真が知らぬうちに姉の知り合いたちに広まっている上、一方的に運命の相手に認定されたことなど、考えに至るはずもなかった。

 




 おめでとう、奨真は婚活戦士にロックオンされた!

 美人で巨乳でムチムチボディで黒ニーソで料理上手で友達思いで面倒見もいい幼なじみ系現役女子高生。
 なんやこれ最強やん。

◇◆◇

 たくさんの評価とお気に入り登録ありがとうございます。
 メインキャラとのラブストーリーと違って、サブキャラとのラブストーリーではそこそこの評価しかもらえないだろうと思っていましたが、予想以上に多くの方に読んでいただけているようで感激しております。

 この場をお借りして感謝のお言葉を送らせていただきます。
 誠にありがとうございます。

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