テキはトモダチ   作:おかぴ1129

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13. 友達が帰る日(前) 〜電〜

 重い瞼がなんとか開く。昨日の私は泣き疲れて眠ってしまったようだ。天井を見る。私の部屋だ。誰かが私の部屋に運んでくれたらしい。おぼろげな記憶の中で、誰かにおんぶされたような気がする……誰だろう?

 

 自分の布団の中に、もう一人誰かがいることに気付いた。自分の頭を真上から右に向ける。

 

「……集積地さん?」

 

 私の横では集積地さんが、とても穏やかな寝顔で眠っていた。メガネを外した優しい顔の集積地さんは、いつかのようにとってもキレイで……とってもつんつんしたくなる。

 

「……」

「スー……スー……」

 

 自分が置かれたこの状況の理解よりも、集積地さんの寝顔への好奇心を優先することにした。あの日のように、私は集積地さんのキレイなほっぺたをつんつんすることにする。

 

「つんつん……」

「スー……スー……」

 

 数回つついたところで、少しずつ集積地さんのほっぺたが赤くなってきた。なんとなく分かる。集積地さんは今、狸寝入りをしているようだ。鼻がぴくって動いたし。

 

「つんつん……つんつん……」

「んー……むむ……むー……」

 

 よし。もう少しで我慢できなくなるだろう。電、これよりつんつん攻撃からむにむに攻撃に移行するのです。集積地さんのほっぺたをつまんで上に引っ張り、むにむにと揉みしだく。

 

「むにむに」

「んん……んむむむむ……ッ」

「むにーん。むにーん」

「……だあッ!!」

 

 観念したようだ。集積地さんはカッと目を見開き、鬼のような形相で私をキッと睨んだ。あの時と同じでほっぺた赤いけど。

 

「お前はどうして……!」

「はいなのです?」

「初めて会った時から変わらず……ぷっ」

「……ぷっ」

「くくっ……なんで私のほっぺたをそんなにつっつく?」

「だって……ぷぷっ……ぷにぷにしてて気持ちいいのです……ぶっ」

「何が……ぷぷっ……気持ちいいだ……くくっ……」

 

 布団の中で、二人で顔を近づけて笑う。昨日あんなに泣いたからだろうか。不思議と涙は出てこない。それよりも今は、集積地さんと一緒にいられるうれしさで胸がいっぱいだ。

 

「イナズマ、おはよう」

「おはようなのです」

 

 今更な挨拶を交わす。なぜだか少し気恥ずかしい。うつ伏せになって枕に顔を埋めて、赤くなった顔を隠した。

 

「イナズマ。提督から聞いた」

「……」

「すまない。昨日はお前の気持ちをまったく考えてなかった」

「集積地さんは悪くないのです。……電がワガママだったのです」

 

 そうだ。集積地さんが帰る場所はここじゃないんだ。ここは、私の友達の家じゃないんだ。私の家に遊びに来た友達は、いずれ、自分の家に帰る。

 

「集積地さんは電の友達なのです。でも、いつかは家に帰る日が来るのです」

「うん」

「だから集積地さんも、きっと帰る時が来たのです」

「……」

 

 集積地さんは、何も言わず私を見つめていた。最近はずっと眼鏡越しだったから忘れていた。集積地さんの瞳は、澄んだブルーの美しい瞳だった。

 

「……いつ帰るのです?」

 

 昨日までの私ならあまり質問したくない一言が、するっと口から出た。昨日までの私は、集積地さんの気持ちを受け入れたくなかった。だから私はこのことを聞きたくなかった。

 

 でも今は違う。限られた時間を、集積地さんと精一杯楽しく過ごしたいから。最後は笑顔で集積地さんを見送りたいから。

 

「今日の朝10時にはここを出る」

「ずいぶん急なのです」

「遅れるとちょっと問題があるらしくてな。ならば帰ることが出来る今のうちにって話になった。アカギとテンリュウが私の故郷に近い海域まで送ってくれるらしい」

「そうなのです?」

「ああ。道中の護衛に二人が志願してくれた」

 

 朝10時……残された時間はもう残り少ない……少しだけ胸が痛む。困った。もう泣かないはずだったのに、目に涙が溜まってきた。

 

 そんな私を見かねてなのか……集積地さんが布団の中の私の左手を取って、ギュッと強く握ってくれた。

 

「見送りだが、お前も一緒に来てくれ。提督から許可はもらってある」

「電も? いいのです?」

「お前にも見送って欲しいんだ。……お前と、少しでも一緒にいたいんだ」

 

 そういう集積地さんの目は、澄んだブルーの瞳からじわりと涙を滲ませていた。

 

 そっか。集積地さんと離れるのが悲しいのは、私だけじゃなかったんだ。集積地さんも悲しいんだ。よかった……。

 

「分かったのです! 電も集積地さんを護衛するのです!」

「ホントか? 本当に私を送ってくれるか?」

「はいなのです!」

「ありがとう! ありがとうイナズマ!」

 

 集積地さんは私の返事を聞いて、涙目だけどくしゃくしゃな笑顔になって、私にお礼を言ってくれた。私の手を握りしめ、鼻声になって喜んでくれた。

 

 よかった。集積地さんが喜んでくれるなら、私も同行しよう。私だって、集積地さんと少しでも一緒にいたいし。……でも。

 

「本音をいえば……ちょっとだけ不満があるのです……」

「? ど、どうした?」

「最後にもうちょっと……長く一緒にいたかったのです」

「……私もだ」

「集積地さん……」

「イナズマと夜通しゲームして、いなずま社長にボンビーをなすりつけまくりたかったな」

「集積地さんっ!!」

「ハハっ……」

 

 二人でお互いの手を取って喜んでいたら、『ぐぅ~……』とお腹が鳴った。それも二人同時にだ。

 

「ぷっ……腹が減ったのか?」

「集積地さんだって……ぷぷっ……」

「しまらないな」

「しまらないのです」

 

 もっと2人でお布団の中でもぞもぞしていたいけど、さすがにこうお腹が空くと……仕方がないので、起きて二人で朝ごはんを食べに行く。

 

「イナズマ」

「はいなのです」

 

 もちろん、いつものように手を繋いで。

 

「じゃあ朝ごはん食べに行くのです!」

「ホウショウの朝ごはんも今日で終わりか〜……」

 

 集積地さんはそう残念そうに言っていた。実は鳳翔さんは、集積地さんが一番最初に名前を覚えた人なんだそうだ。

 

「それだけお味噌汁が美味しかったんだよ」

 

 そこは命の恩人として、冗談でも『お前だイナズマ!』と言って欲しかったのだが……まぁこればっかりは仕方ない。鳳翔さんのお味噌汁はそれだけ美味しい。

 

「おはよう!」

「おはようなのですー!!」

 

 手をつないだまま、二人で食堂に入った。食堂内には、集積地さんが大好きなお味噌汁のよい香りが漂っていて、その香りを吸い込んだだけでお腹が空いてきた。

 

「ぁあ、電さんに集積地さん。おはようございます」

「鳳翔さんおはようなのです!」「おはようホウショウ!」

「ふふっ……息ぴったりですねぇ」

「「えへへ〜」」

 

 鳳翔さんに私たちの仲を褒められ、二人して顔がほころんでしまう私と集積地さん。鳳翔さんが準備してくれた献立は、ご飯とお豆腐のお味噌汁、そして焼き鮭と玉子焼き。集積地さんが初めてここでご飯を食べた時のメニューだ。鳳翔さんから朝ごはんを受け取った私たちは、ご飯がのったお盆を手に、初めて二人でご飯を食べた時と同じ席に座った。

 

「変にこったものより、この方がいいのかなーと思いまして」

 

 とっても優しい笑顔でそう言った鳳翔さんは、私たちがついたテーブルに熱いお茶が入った急須を持ってきてくれた。

 

「……毒は入ってないだろうな?」

 

 あの時の再現のつもりだろうか。集積地さんがそんなことをつぶやいた。口から盛大にヨダレを垂らして、うつろな眼差しで朝ごはんを眺めながらだけど。

 

「うっく……」

「ぷぷっ……」

「ぅぅぅぁぁぁぁ……」

「ぷっ……鳳翔さん……」

「はい?」

「あの時の鳳翔さんの気持ち……今なら分かるのです……ぷっ」

「でしょ? ぷぷっ……」

「?」

 

 やっとあの時の鳳翔さんの気持ちが理解できた。こんな『私、お腹が空きました!』『美味しそう!!』と全身で訴えかけているくせに、口では『毒は入ってないだろうな?』と精一杯の抵抗を見せようとがんばっている集積地さんのその姿は実に面白い。

 

 ひょっとすると、こちらに『食べてもいい?』と確認するための儀式なのかもしれない……私の妄想の中で集積地さん、子犬になってたから。

 

「ぅぅぅぁぁぁぁ……」

「ぷぷっ……」

「?」

 

 この状態の集積地さんにいつまでもおあずけを食らわせておくのも忍びない。そろそろ食べよう。

 

「「いただきます!」」

 

 二人で息ぴったりに両手をパシンと合わせた後、私はお味噌汁を一口いただく。鳳翔さんの優しいお味噌汁の味が口いっぱいに広がって、それだけでまたおなかがすいてきた。

 

 集積地さんは……やっぱり最初にお味噌汁を飲んでいた。やっぱり鳳翔さんが作った朝ごはんの一口目はお味噌汁が一番いい。

 

「だな。同感だ」

「集積地さんもそう思うのです?」

「思う。ホウショウの料理の中では味噌汁が一番好きだ」

「電も大好きなのです!」

「あー! 二人だけでご飯食べてるクマ!!」

「おいお前ら! ずりーぞ! 俺達も誘えよ!!」

 

 静かにお味噌汁を堪能していると、食堂の入り口の方が賑やかになった。球磨さんと天龍さんの二人が朝ごはんを食べに来たらしい。二人は私たちを見つけるなり大声でこちらに呼びかけ……

 

「お、おはようなのです!」

「こっちにこい。みんなで食べよう」

 

 鳳翔さんから朝ごはんを受け取った後私たちのテーブルについた。天龍さんはお誕生日席ではなく私の隣りに座り、球磨さんは集積地さんの隣に座っていた。球磨さんが隣に座った途端に集積地さんは『いたっ』と言っていたから、ひょっとするとアホ毛が刺さっていたかも知れない。私が見てないところで。

 

「いや、それはないだろ電……」

「人の心を読まないでほしいのです……」

「いや実際刺さってたぞイナズマ」

「集積地さんも!?」

「球磨のアホ毛をなめちゃだめクマ」

「球磨さんもなのです!?」

 

 天龍さんと球磨さん。とてもにぎやかな二人が合流しただけで賑やかで華やいだ食事になった。静かに食べるのもいいけれど、みんなでワイワイ言いながら食べるのも楽しいな。

 

 でも今日だけは、少しだけしんみりとしてるけど。

 

「そういや最近、集積地と子鬼たちが一緒にいるとこ見ねーな。もっきゅもっきゅ」

「アカギと一緒にいるな。昨晩はアカギと一緒に寝たはずだ。最後だしな」

「そっか……ずずっ」

「まぁ一航戦の仲間みたいなもんだから仕方ないクマ。集積地にとっての電みたいなもんだクマねぇ。もっきゅもっきゅ……」

「だな」

 

 子鬼さんたちは、最近は赤城さんとよく一緒にいるようだったのは聞いていたけど、そこまで仲良くなったんだなぁ……。

 

「だけどさー。今日帰っちまうのかー……つまんねーなー……」

「ありがとう。私もここまでお前たちと仲よくなれるとは思ってなかったよ」

「ここの一員みたいなもんだから、いなくなると寂しくなるクマねぇ」

「そう言ってくれると私も嬉しい。来た甲斐があったよ」

「電のおかげだクマ。帰るときにちゃんとお礼言っとくクマよ?」

「ああ」

 

 ちょっとしんみりだけどにぎやかな朝食を済ませた後は、集積地さんの希望で一度執務室に顔を出すことになった。今日の出発の段取り確認のこともあり、私と天龍さんもそれにくっついて行くことにする。

 

「球磨は赤城と子鬼たちを待つクマ」

「分かったのです」

「球磨は見送りはしないクマよ? またいつか会えるクマ」

「そっか。……クマ、ありがとう。お前がちょくちょく子鬼たちの面倒を見てくれてたのは知ってる」

「あんなほっとけないナリをしてる子鬼が悪いんだクマっ。いいからさっさと行くクマ」

 

 集積地さんと握手を交わした球磨さんは、そのままぷいっとそっぽを向き、私たちに背を向けて手のひらをピラピラさせていた。言葉の端々はとってもぶっきらぼうだったけど、私には分かる。球磨さんもさみしいんだ。だけど、集積地さんに余計な心配かけないように、わざとぶっきらぼうに答えてるんだ。だって。

 

「集積地」

「ん?」

「風邪ひいたらダメクマよ? またいつでも遊びに来るクマ」

「ああ。ありがとう。球磨も元気で」

「……クマ」

 

 球磨さんは窓の外を眺めていたけど、窓に写った球磨さんの顔は、涙でくしゃくしゃになってたから。

 

 鳳翔さんにも別れを告げた後、私たち3人はそのまま執務室に向かう。

 

「イナズマ」

「はいなのです?」

「……ん!」

「分かったのです!」

 

 もちろん、二人で手を繋いで。もうすぐ離れ離れになるから、その分今だけはずっとくっついていられるように。

 

「お前ら、ホント仲いいな〜」

「「えへへ〜」」

 

 執務室の前に着いたら、やっぱりヒビが入ったままになっているドアを叩く。昨日の私の盛大なノックのせいなのか、ちょっとヒビが大きくなった気もするが……

 

「とんとん。司令官さん、電なのです」

「集積地もいるぞー」

「俺も一緒だー」

「はーいおはよー。そのまま入っといでー」

 

 私たちのノックに返事を返したのは、司令官さんの覇気のない声。変わらない。本当にいつもと変わらない鎮守府だ。

 

「集積地さん」

「ん?」

「ドアを開けて欲しいのです」

「私がか?」

「はいなのです」

 

 ちょっと思うところがあって、集積地さんにドアを開けてもらうことにした。あることの確認なのだが……私に従い、集積地さんは頭にはてなマークを浮かべながらドアノブに手をかけ、ノブを回した。

 

「……うわっ!?」

「どうした集積地!?」

 

 そしてその途端、集積地さんはドアノブから手を離してのけぞった。

 

「い、いや……なぁテンリュウ。お前、今別に何も言ってなかったよな?」

「だな。何も言ってねぇな」

「だよな……そうだよな……」

「?」

 

 ドアノブに手をかけた途端、天龍さんのスゴミが聞こえるのは私だけではなかったようだ。このドアノブは、なぜか天龍さんの意識を吸収して自動天龍ボイス再生機としていつの頃からか機能しているらしい。私の気のせいではなかったようで一安心だ。

 

 集積地さんは再度勇気を振り絞ってドアノブをひねり、ドアを開けていた。早くドアノブから手を離したかったからだろうか、少し強く開かれたドアは、ドバンと壁にぶち当たって大きな音をあげていた。

 

「だからもうちょっと静かにドアを開けなさいと何度も……」

「す、すまん……テンリュウが……」

「? 俺とドアに何の関係があるんだよ?」

 

 知らぬは本人ばかりなり。……天龍さんがドアノブ触ったらどうなるんだろう?

 

 執務室には相変わらず死んだ魚の眼差しの司令官さんと、その隣で大淀さんがパソコンを開いて何かをぱちぱち入力していた。ホント、集積地さんが帰るということ以外は、いつもの鎮守府と変わらない。

 

「司令官さんおはようなのです!」

「はいおはよう。集積地と天龍も」

「今日のお見送りの段取りを聞きに来たのです」

「ああ。……大淀、紙出してちょうだい」

「はい。かしこまりました」

 

 大淀さんがパソコンをマウスで操作し、何か書類を印刷していた。執務室のすみっこにある印刷機から一枚の書類が3部印刷され、それを私たちに配ってくれる。

 

「今日の外出の概要だ。このまま10時になったら出発する」

「ちゃんと電の名前も入ってるのです!」

「集積地からのたってのお願いだからな。まぁ言われんでも連れて行くつもりだったけど」

 

 ちらっと集積地さんの顔を見た。ほっぺたを赤くして、口笛を吹くそぶりをしていた。

 

「ひゅ〜……ひゅひゅ〜……」

「ちゃんと音が出てないのです」

「う、うるさいっ」

「んで悪いんだけど、集積地が乗るボートに俺も乗るから。ちょっと重いだろうけど、がんばって曳航してね」

 

 集積地さんは陸上型の深海棲艦だ。だからきっと集積地さんはボートみたいなのに乗って、私たちがそれを曳航する形になるだろうとは思っていたけど、司令官さんも来るのは予想外だった。

 

「司令官さんも来るのです?」

「ああ。こう見えて一応責任者だからね。こういう場には顔を出しとこうかなと」

「前線だぞ? 大丈夫か?」

「大丈夫でしょ。なぁ集積地?」

「大丈夫だ。私達は手出しはしない」

「だそうだ。大丈夫じゃない? 知らんけど」

 

 司令官さんの言い方はいつものこととして……集積地さんがそういうのならきっと大丈夫だろう。

 

「まぁ念の為に白旗は持っていっとこうか。お前らも、出発の時の武装は最低限にしなさい。護衛とはいえ、余計な刺激はしないに越したことはないからね」

「了解だ」「分かったのです」

「あとはまぁ……出発は10時厳守で。それ以外に何か質問はある?」

 

 私は特にないけれど……と思ったら、集積地さんがジャージのファスナーを開けながら話し始めた。なんだかその仕草が妙に色っぽく見えるのは、きっと集積地さんがキレイな人だからだろう。

 

「提督、私の部屋は……」

「部屋っつーか資材貯蔵庫だが、あのままにしとこうかなと。みんなの憩いの場になっちゃったしな。だから片付けはいらんよ」

「そうか……では忘れないうちに、このジャージの上下は返そう」

 

 あ、なるほど。だから集積地さんはジャージを脱ごうとしているのか。ファスナーを完全に開き肩を出したところで、司令官さんがそれを制止していた。

 

「いや、それは上げるよ。うちに来た記念に持って帰ってよ」

「……いいのか?」

「お前さんも、せっかく電が作った名札がついたジャージだから愛着あるだろう?」

「……そうだな。ありがとう」

「あと天龍が子鬼に進呈した眼帯もそのまま持ってていいから。取り上げちゃったらかわいそうだ」

「じーん……提督ー。お前、イイ奴だったんだなぁ……」

「取り上げちゃうと、うちの天龍が泣いちゃうからな」

「前言撤回だ。お前、あとではっ倒してやる」

「あら怖い」

 

 改めてジャージのファスナーを上げた集積地さんの左胸には、以前に私がつけた『しゅうせきち』という名前の名札が輝いていた。時計を見る。あと1時間もない。

 

「んじゃ、出発までは自由時間ってことで。お前さんたちは間宮でも行ってクリームあんみつでも食べといで。10時には出発出来るように、準備だけは進めておきなよ」

 

 と司令官さんは、私たちに間宮さんのチケットをくれた。私たちはそれに素直に従い、3人で間宮さんでクリームあんみつをいただくことにした。

 

「ちなみに赤城さんと子鬼さんたちはまだなのです?」

「そろそろ食堂で朝ごはん食べてるんじゃない? 知らんけど」

 

 先に集積地さんの出発準備を済ませ、そのまま間宮さんで3人でクリームあんみつを食べる。司令官さんが事前に連絡をくれていたようで、司令官さんのおごりでクリームあんみつにサービスで抹茶アイスが乗せられていた。それを一口食べた集積地さんは、

 

「もっと早く食べたかったなぁー……」

 

 とぶつくさ言いながら美味しそうに食べていた。

 

「また食べにくればいいのです!」

「そうだぜー。資材貯蔵庫もそのままにしてあるんだ。いつでも来りゃいいじゃねーか」

「来れるかどうかは分からないが……そうしようか。次に来た時は毎日食べよう」

「間宮さん大喜びなのです!!」

 

 最後の間宮さんを堪能し終わったあと、時間的にちょうどよい頃合いになったので、そのまま出撃ドックに向かう。

 

「集積地さん」

「ん?」

「ん!」

「ぁあ」

 

 もちろん、手を繋いで。今度は集積地さんより早く催促することが出来た。

 

「お前ら、ホントに仲いいのな」

「「えへへ〜」」

「もう付き合っちゃえよ」

「「ぇえッ!?」」

 

 い、いやその……確かに集積地さんは好きですけど、電は普通に男の人の方が……いやでも集積地さんなら……と私が少々血迷って困惑していると……

 

「冗談だよ本気にするなよお前ら……」

 

 と天龍さんはものすごく呆れた顔でこっちを見ていた。集積地さんも顔がちょっと赤くて取り乱している。

 

「い、いや私は普通に男が好きだから……いやイナズマは好きだが……」

 

 悪い気はしないのですけど、そこは大人の余裕で笑っていて欲しかったのです……。

 

 出撃ドックに到着すると、そこにはすでに司令官さんと大淀さん、そして赤城さんと子鬼さんたちが到着していて、私たちのことを待っていた。司令官さんは手に大きな紙袋を持っていて、赤城さんが持っている矢筒に入っている矢は、いつもよりも本数が少ない。

 

「子鬼さん!」

「キャッキャッ……!!」

 

 子鬼さんたちは、赤城さんと一緒に集積地さんの艤装のそばで待機していた。そういえば、子鬼さんたちは集積地さんの艤装の中に入るんだっけ。

 

「アカギ……昨日は子鬼たちと一緒にいてくれてありがとう」

「いいんですよ。一航戦の仲間ですから。ですよね子鬼さん?」

 

 少しだけ目が赤く腫れている赤城さんは、微笑みながら子鬼さんにそう声をかけていた。それに対して子鬼さんたちも『ぅぉぉおおおお!!』と地響きのような声をあげている。うれしいのはこれでもかというぐらいに伝わってくるけれど、子鬼さんってこんな声も出せたんだ……

 

 集積地さんが子鬼さんたちに頷くと、子鬼さんたちは一人、また一人と集積地さんの艤装の中に入っていった。確か全部で10人ぐらいいたはずなのだが、あれだけの人数の子鬼さんが約一名を除いて全員集積地さんの艤装の中に戻っていった。今更だけど、集積地さんの艤装ってどうなってるんだろう……?

 

「おっ! お前は俺達と一緒にいるか?」

「キャッキャッ!」

 

 たった一人、天龍さんの眼帯を受け継いだ子鬼さんだけが私たちと一緒にいるようだ。その子鬼さんは、天龍さんに捕まってしばらくゆらゆらされた後、天龍さんの拘束を自力で解いて赤城さんの肩に飛び乗っていた。

 

「あっ! 姐さんじゃなくて俺の肩に乗ってもいいんだぞ?」

「フフ……コワイカ?」

「うるせー!」

「子鬼さんと赤城さんもとっても仲良しなのです!」

「だな」

「なんだよ俺だけ一人じゃねーかよー!!」

「天龍。寂しいなら、俺と手つなぐ?」

「うるせーよ……」

「あら怖い」

 

 司令官さんの誘いをきっぱりと断った天龍さんは、そのままへそを曲げた五歳児みたいな顔をして白旗を持っていた。自分のことを慕っていると思っていた子鬼さんが迷わず赤城さんの肩に乗っていたのがなんだかとてもショックだったようだ。口をとんがらせて『なんだよちくしょっ』と悪態をついていた。やっぱり天龍さんも寂しいんだろうな……。

 

 大淀さんが、自身の腕時計をチラッと見ていた。つられて私も、ドックの時計を見る。時間はそろそろ10時。

 

「提督、そろそろ」

「ほいほい。んじゃみなさん、行きますか」

 

 この司令官さんの言葉を受け、私たちは水面に立ち、主機に火を入れた。エンジンの音がドック内に鳴り響き、ドック内がにわかにうるさくなってくる。

 

「オオヨド」

「はい?」

「お前にも世話になった。本当にありがとう」

「いえ。あなたがうちに来てくれて、本当に楽しかったです。私も集積地さんには、色々とお世話になりました」

 

 集積地さんは司令官さんが待つボートに乗る前に大淀さんに声をかけていた。その後、大淀さんに耳元でボソッと何かをつぶやいた集積地さんは、そのままいたずらっぽい笑みを浮かべながら足早にこっちに来て、ボートに飛び乗っていた。

 

「ぇえッ!? な、なんで……バレ……ぇえッ!?」

「見てれば分かるよ!」

「あの……あの……!!」

「オオヨド! がんばれ!!」

「……はいっ! 集積地さん、ありがとう!!」

 

 どうやら集積地さんは、大淀さんに何かエールを送っていたようだ。顔を真っ赤にした大淀さんは、涙目だけど満面の笑みで、集積地さんに感謝を述べていた。

 

「大淀への挨拶はもういい?」

「お前もそろそろ真面目に身の振りを考えた方がいいんじゃないか?」

「どういうことよ?」

「灯台下暗しってやつだよ」

「?」

 

 そしてそれは、なんだか司令官さんも関係あることのようだ。天龍さんに送った言葉を司令官さんにも送ったほうがいいのかも知れない。知らぬは本人ばかりなり。

 

「……まいっか。んじゃ行こう。しゅっぱーつ」

「「「了解!!」」」

 

 司令官さんは頭にはてなマークを浮かべながらも、私たちに出発の合図を出した。その合図に従い、私たちは主機の出力を上げ、集積地さんと司令官さんが乗るボートの曳航を開始する。出撃口から外に出て、私たちの全身が太陽に照らされたとき……

 

「あ!」

「キヤァァアアアア!!」

「戦闘機なのです!!」

 

 戦闘機が3機、大空を舞っていた。今日は雲ひとつない、とってもいいお天気。真っ青な大空に、戦闘機のカーキ色はよく映えて、とてもキレイに見えた。

 

「……鳳翔さんですね」

 

 赤城さんがそういい、食堂の方を指差した。食堂の建物の屋上で、鳳翔さんがこちらに向かって満面の笑みで手を降っていた。

 

 鳳翔さんの戦闘機たちは、私たちの頭上で見事なアクロバティック飛行を行っている。その様子は本当にキレイで、曳航中の私たちと集積地さん、そして赤城さんの肩に乗る子鬼さんの目を釘付けにした。

 

「……鳳翔さん、ありがとう」

「ホーショー!! 最高のおみやげをありがとー!!!」

「キヤァァアアアアアア!!!」

「またお前の味噌汁、飲みに来るからなー!!!」

「キヤァァアアアア!!!」

 

 集積地さんが精一杯に張り上げた感謝の言葉が鳳翔さんに届いたかは分からない。でもきっと届いてる。鳳翔さんは集積地さんに答えるように大きく右手を振っていた。そしてそれに呼応するかのように、3機の戦闘機もまた、大空を華麗に飛び回っていた。

 

 

 

 

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