テキはトモダチ   作:おかぴ1129

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『ケッコン協奏曲』3話の別ルートです。
電のプロポーズあたりから、事態が徐々におかしくなってきます。


3-β.戦慄と混沌のピンク鎮守府

 大淀さんの艤装とケッコンカッコカリ用の指輪が届き、キモいことこの上ない砲台子鬼さんがこの鎮守府の新しい仲間の一人となったあの日から、二週間ほど経過していた。

 

「大淀さん。無事、近代化改修、終わりましたね」

「はい。おかげさまで、装備できる艤装の数が増えました」

「しかし早かったですね〜」

 

 今日、大淀さんは近代化改修を受け、軽巡洋艦としては最大数の艤装を装備出来るようになった。改修内容もさることながら、一番驚いたのはそのスピード。彼女が艦娘としての活躍を許可されたあの日から、二週間しか経過してない。これは、この鎮守府始まって以来の快挙だ。

 

「それも、みなさんが演習に付き合ってくれたおかげです」

 

 私とともに執務室に向かう途中、大淀さんが微笑みながら、そんなうれしい言葉を言ってくれた。実際、この鎮守府の主要メンバーだけでなく、集積地さんや戦艦棲姫さんも彼女の演習に付き合ってくれ、各々の得意分野をしっかりと大淀さんに教えてくれていた。日本広しといえど、姫クラスの深海棲艦が演習をしてくれる鎮守府なんて、きっとここだけだろう。その意味では、大淀さんは、幸運の持ち主といえる。

 

「ところで、近代化改修を受けた感想はどうですか?」

「やはり身体が軽いですね。その分、たくさんの艤装を持てるんだと思います」

「なるほど」

「あとは、体の調子もとてもよくって。さっき試しに演習場で少し動いてみたんですけど、身体のキレというか……とにかく、機敏に動けるようになった感じです」

「いい傾向です。この調子でいけば、さらなる練度向上が見込めますね」

「ですね」

 

 『そしてあなたのケッコンも目前ですねぇぇええええ!!?』といじりたくなるのを、グッとこらえる。今は真面目な話をしているのだ。

 

「……ニヤ」

「? 赤城さん?」

「あ、いや失礼しました」

 

 その後もとりとめのない話をしながら執務室に向かう私達。

 

「そういや赤城さん」

「はい?」

「最近、みんなが妙にヤル気に満ち溢れてる気がするんですが……」

「……」

「何かご存知ですか?」

 

 みなさん、もっと自重しましょうよ……楽しみなのは分かるんですけど……。

 

 確かに大淀さんが演習を始めてからずっと、みんなの心の声は駄々漏れだった。大淀さんは気付いてなかったかも知れないが、演習中のみんなは、常に大声で心の声を叫びながら、大淀さんの演習に付き合っていた。

 

――はやく! はやく練度を極限まで高めてケッコンするのです!!

 

――早くケッコン!! うちの鎮守府のケッコンカッコカリ第一号は大淀で決まりだぜ!!

 

――オオヨド……愛する男のためにがんばるお前は輝いてるぞ!!!

 

――よくわからんけどとりあえずしばく!!!

 

――コワイカー!!!

 

 うん。天龍二世さんと戦艦棲姫さんの心の声は置いておいて……みんな大淀さんのため……というよりは、やっぱり色恋沙汰は気になりますよね。

 

 青葉さんは青葉さんで、演習には付き合わない代わりに、新しいカメラや機材の準備に大忙しだと聞いた。なんでも、ケッコンのその瞬間を、最高の機材で切り取りたいとか言っていた。先日、彼女の部屋を覗いたら、新しいデジカメだけでなくビデオカメラやテカテカした板、こうもり傘にライトを取り付けたような照明など、よくわからないものがたくさん増えていた。

 

――なんせこの鎮守府のケッコンカッコカリ第一候補ですからね!!

 

 まぁ青葉さんが色めき立つ気持ちもわかりますしね……。

 

 そうこうしているうちに執務室に到着する。相変わらずヒビが入ったドアを軽くノックし、中の提督の返事を待った。

 

「とんとん。提督、入室していいですか?」

「赤城か。いいよー入ってー。大淀もいる?」

「はい」

「りょうかーい」

 

 提督の許可も受けたし、ドアを開くべく、私はしずしずとドアノブに手をかけた。

 

――俺達は天龍夫妻……

  フフ……コワイカ?

 

 ドアノブを握った時に聞こえる天龍組ボイスが何やらおかしなことになっている。これもケッコンカッコカリ指輪が届いたことで、皆が色めきだっている証拠なのだろうか……あまり考えないようにしつつ、私はドアノブを回し、ドアを開けた。

 

 執務室では、あの砲台子鬼さんがいつものごとく、天井に向かってパチンパチンとBB弾を射出している。

 

『……!! ……!!!』(ぱちんぱちん)

「……提督」

「おー赤城。大淀も待ってたよ」

「砲台子鬼さんは……何を?」

「上に青葉がいるんだよ」

 

 私は天井を見た。なんだか天井から冷や汗が垂れているような……そんな雰囲気だ……。

 

――……。

 

 しかし、毎度ながらよくこれを見抜くなあ提督と砲台さんは。

 

「あなたたちはどうして青葉さんの潜伏に気づくんですか……?」

「まぁ俺は昔、人間関係のるつぼにいたしね」

『……!! ……!!!』(ぱちんぱちん)

 

 意味が全く分かりません……。大淀さんに目をやると、彼女は執務室の片隅に移動し、そそくさとほうきとちりとりを持ってきて、床に散らばるBB弾を慣れた手つきで掃除し始めた。手際がよくて、なんだかBB弾の処理業務が常日頃発生しているような……そんな感じだ。

 

「大淀さん?」

「はい?」

「いつもそうやってBB弾を片付けてるんですか?」

「最近は多いですね」

 

 大淀さんは任務娘なのに……彼女はBB弾を掃除するためにこの鎮守府に赴任してきたわけじゃないんですよ提督……。

 

「いやじゃないんですか? 大淀さんはBB弾を掃除するためにここにいるわけではないんですよ?」

「まぁ当然の業務ですから」

「んー……」

「それに砲台さんって、見慣れると意外とかわいいですよ?」

「そそ。意外とね」

 

 まさかこの二人がここまで砲台子鬼さんに慣れ親しむとは……ペット感覚なのか?砲台子鬼さんを見ると、相変わらず一定のリズムでBB弾をぱちんぱちんと射出している。……でも、普通ペットってBB弾を撒き散らしたりはしないよなぁ……?

 

「大淀、ありがと」

「いえいえ」

 

 提督のねぎらいを受けた大淀さんは、ちょっとうれしそうな顔を浮かべながら掃除道具を片付け、そのまま自身の席へと戻った。提督と大淀さんの二人の仲が良いのはいいんだが……その中に砲台子鬼さんがいるのがなんとも違和感がある。

 

「ところで大淀」

「はい?」

『……!! ……!!!』(ぱちんぱちん)

「あとで少し出かけなきゃいけなくなった。突然で申し訳ないけど、準備しておいてくれる?」

「了解しました」

「あと砲台子鬼、そろそろ砲撃をストップしようか」

 

 ……何だこの光景……大淀さんも砲台子鬼さんに慣れている……砲台子鬼さんは砲台子鬼さんで、提督の指示を的確に守り、砲撃をやめ、いまはモールドから余計な圧力を抜いて、待機体勢にはいったようだ。ぷしゅーっという音とともに、砲台子鬼さんの身体の各部分から、勢い良く蒸気が噴出されている。

 

「ところで提督」

「んー? どしたー大淀」

「今日の外出ですが……」

「護衛の二人には伝えてる」

「了解です」

 

 話によると、二人はこの後すぐに外出する用が出来たそうで。帰りは夜になるそうな。晩ご飯には間に合わないが、食事は鎮守府で食べるらしい。

 

 あと、考えてみると当たり前だが、砲台子鬼さんはお留守番だそうだ。護衛にロドニーさんと戦艦棲姫さんもいるし、砲台子鬼さんは執務室を守る最後の砦だからか。

 

「そんなわけで砲台子鬼。留守番頼むよ?」

『……』

「お前さんは、貴重な鎮守府の守りの要だ。執務室のこと、頼んだよ?」

 

 提督はそう言いながら砲台子鬼さんの頭を鞘しく撫でていた。私からは何も聞こえないし、何も感じはしないが、ひょっとすると、提督と大淀さんは、砲台子鬼さんからの何かしらの意思表示を感じることができているのかも……

 

「提督。鎮守府のみんなは、このことは知っているんですか?」

「外出のこと? 突然のことだったから、他に知ってる奴はいないと思うよ?」

 

 ならば、皆には伝えておいたほうがいいのかもしれない。しかも外出はこのあとすぐだから、提督が伝える暇はないはずだ。ならば私から皆に伝えておいたほうが良さそうだ。

 

「なんでしたら、私からみんなに伝えておきましょうか?」

「そうね。お願いできる?」

「承知しました」

「あいー。よろしくー」

 

 何の感慨もわかない、提督のお願いの声を背中に受け、私は執務室のドアを危機開き、皆に伝えるべくその場をあとにする。

 

「とりあえず外出の件をみんなに報告しないと」

 

 鳳翔さんには、まず最初に伝えなくては……。提督と大淀さんたちは晩ご飯はここで食べるらしいが、それでも帰りは遅くなるかも知れないとのこと。鳳翔さんは、食べる人のことを最大限気遣ってくれる人で、いつも食べる人のタイミングに合わせて、おかずをほかほかあつあつの状態で準備してくれる。ならば、提督の外出の件は知っておきたいはずだ。

 

 私は食堂に向かうことにした。この時間なら、鳳翔さんがすでに晩ご飯の準備に勤しんでいるかも知れない。よしんばいないとしても、食堂ならそう遅くならないうちに、鳳翔さんの方から顔を出してくれる。ヘタに動きまわるよりは、食堂で待ち構えていた方がいいだろう。

 

 ……だが今、鎮守府が混沌渦巻く戦慄の事態に陥っていることに、この時の私はまだ気付いてなかった。

 

 食堂入り口に到着した私を待ち受けていたのは……

 

「あ、鳳翔さんと、天龍二世さんじゃないですか」

「ああ、赤城」

「コワイカ……」

 

 食堂入り口の扉を閉め、その隙間から食堂内部をジッと覗き見る、鳳翔さんと天龍二世さんだった。なんだか妙な光景だ。こんなふうにコソコソとしている鳳翔さんを見るのは初めてだ。性格こそ控えめな鳳翔さんだが、その佇まいは自信に満ち溢れ、いつも堂々としているのに。

 

「……鳳翔さん、何やってるんですか?」

「シッ……赤城、今食堂に入ってはいけません……」

「?」

「コワイカ……」

「静かに……」

 

 鳳翔さんは、頭にはてなマークが浮かんでいる私に対し、自分の人差し指を口にあて、シーッと言って音を立てるのを禁じた。その後、至極真剣な表情で振り返り、再び扉の隙間から食堂内を覗いている……

 

「……何なんですか?」

 

 天龍二世さんだけでなく、鳳翔さんまでがそんな行動をしていたら気になる……私は提督お出かけのことを伝えることよりも、鳳翔さんと天龍二世さんが心奪われているものが何かが気になった。二人にならい、私も扉の隙間に顔を近づけ、中の様子を覗くことにする。

 

「んー?」

 

 中にいるのは……

 

『どうしたイナズマ? 話があるというから来てみたのだが……』

『集積地さん……電と集積地さんが出会って、もうだいぶ経つのです』

『そうだな。お前には感謝してるよ。深海棲艦の私と……友達になってくれて』

 

 電さんと集積地さんのようだ。そこかしこに椅子はあるのに、なぜか食堂のど真ん中に立っている。集積地さんは電さんの方を向き、電さんはそんな集積地さんに背を向けて、窓の外を眺めて立っている。二人は一体何をしているのだろうか……

 

『お前と仲良くなれて本当によかった……』

『集積地さん……』

『これからも仲良くしてくれ。ずっと友達でいてくれ。イナズマ』

『電は……イヤなのです』

『え……』

 

 電さんが集積地さんの方を振り向いた。真っ赤な顔で両手をギュッと握りしめて、何か固い決心を秘めた眼差しで集積地さんを見つめているのがよく分かった。まさかとは思うが……

 

『集積地さんと友達はもう……イヤなのですっ!』

『え……も、もう私とは、仲良くしてくれないの……か……?』

『違うのです! 集積地さんとは、もっと仲良くなりたいのです!!』

 

 え……ちょっと待って下さい。これってまさか……

 

『しゅ、集積地さん!!』

『……!? は、ハイ!』

『電と……け、ケッコンしてほしいのですッ!!!』

 

 電さん本気ですか……? いや相手が深海棲艦さんだから心配してるんじゃなくて、そもそもあなたも集積地さんも女性でしょうに。

 

『イナズマ……!!』

 

 あなたもあなたで、なに憧れのバレー部の先輩から告白された女子中学生みたいな顔して感激してるんですか集積地さん。あなたもう大人でしょ。そこは大人の余裕で電さんのプロポーズを受け流して下さいよ。両手で口押さえて涙目でうるうるしてるヒマがあるなら、早くそのプロポーズをうまくを受け流して下さい。

 

「電さん、大胆ですね……」

「コワイカ……」

 

 こっちの二人は二人で、ほっぺたを少し赤くしながら、電さんと集積地さんの行く末を見守っている。その様は、まるでかわいい後輩同士の告白を見守る、先輩OLのようだ……あ、いや、以外とその例えは例えになってない気が……

 

『イナズマ……私は……!』

『集積地さん!!』

『私は……イナズマ……ッ!』

 

 なんだかこの果てしない異空間についていけない……天龍二世さんはとりあえず置いておいて、鳳翔さんも熱い視線を投げかけていて、この空間の中で間違っているのは自分なんじゃないか……そんな気さえしてくる。

 

 ここで、『例えば私だったら……』と無駄な妄想をしてみる……

 

『ろ、ロドニーさん……私は、私はあなたを……』

『あ、アカギ……私も……お前の事が……』

 

 ……ないわー。提督以上にないわー……。想像以上にげんなりする。

 

 ロドニーさんと私なら、もっとこう……

 

『アカギィィイイイイイッ!!!』(どーんばーん!!!)

『ロドニーさぁあああんッ!!!』(ぶおーんぶおーん!!!)

『『ゲフゥウッ!?』』

 

 ……これだ。先日の稽古のような、本気の潰し合いによる相互理解。これが一番しっくり来る。この時点でどこか間違ってる気もするが……愛情表現が死闘ってのが、我ながらドン引きだ。だからといって電さんと集積地さんのような甘々な関係になるってのも、なんだかなぁ……。いやちょっと待て。なんでこんなこと考えてるんだ私は。

 

「えーと……鳳翔さん」

「はい?」

「提督たちは今日、夕方まで出かけるそうです」

「あら。では四人とも晩ご飯はお外ですか?」

「いえ、こちらで食べるとか」

「わかりました。ではお帰りになるまで、四人の分は取っておきますか」

「お願いします。特にロドニーさんと戦艦棲姫さんの分は確実に……」

「あのお二人はたくさん食べてくれますからね……ニヤニヤ」

 

 煮えたぎってきた頭を冷静にしたくて、私は改めて鳳翔さんに提督たちの外出の件を伝えた。鳳翔さん、なんだかほっぺた赤くして、ニマニマしてるなぁ……いくら鎮守府のオカンといっても、やっぱり鳳翔さんも女の子だということか……

 

「えーと……赤城はそのことを伝えに来てくれたんですか?」

「ええ。いささか妙な現場に出くわしてしまいましたけど……」

「純愛ですよねー……」

 

 はい。わかりました。間違ってるのは私です。私でもういいです。

 

「提督たちの外出の件は承知しました。わざわざ伝えに来てくれてありがとう赤城」

「いえ……」

「真面目で任務に対し誠実……そんなあなたが、私は好きですよ?」

「はぁ……?」

 

 まぁ弟子として、戦闘の師匠に愛されるのは素直にうれしいけれど……いちいち言われなくても、鳳翔さんの愛情には気付いてますよ? と私が口を挟もうとしたら、鳳翔さんは突然ハッと口を押さえたあと、顔を真っ赤っかにして両手をぱたぱたわちゃわちゃと上下に振り始めた。なんだか心の内をポロっとこぼしてしまいパニックになってしまった、女子中学生のような……。

 

「あ、いやあの、別にそういう意味ではないですよ赤城?」

「はい?」

「い、電さんの純情さにあてられたとか、そうではなくて、弟子とか、教え子とか、そういう……」

「……分かってますよ?」

「あ、そ、そうですか……それなら……」

 

 なんでそこでちょっと残念そうにしょんぼりしてるんですか鳳翔さんッ! あなた私の師匠なんですから、もうちょっとしっかりして下さいッ!!

 

 一体どうした? なんだこの食堂を包み込む魅惑のマリッジ・ピンクは? ケッコンカッコカリ指輪の存在が、皆にそうさせているのか? 電さんと集積地さんはいずれそうなりそうだったから別にいいとして……いやよくないけれど……まさか鳳翔さんの頭さえ魅惑のマリッジ・ピンクに染まりつつあるのか?

 

 こうやって私が混乱していると、唐突にガラガラっと食堂入り口のドアが開いた。

 

「ひゃいッ!?」

 

 つい変な声を出してしまった私と鳳翔さんを、開いたドアの向こう側から、電さんと集積地さんが見ていた。

 

「あれ? 赤城さんと鳳翔さん……いたのです?」

「え、ええ……」

 

 いつものように手をつないでいる二人だが……なんか二人とも顔が赤い。そして瞳がうるうるしている。

 

「え、えーと……電さん……?」

「はいなのです?」

「し、集積地さんも……」

「? どうした?」

「えーと……お二人は、中で……何を?」

 

 聞きたくない……聞きたくないけど、それと同じぐらい、さっきのプロポーズの結果がすんごい気になる。私の意識は『聞くなッ!』という声と『聞け!!』という相反する欲望が葛藤しているが、私の口はそれを無視して、つい二人に確認してしまった……。

 

 私の問いを受けた二人は、急に俯いた後、そぉーっと互いの様子を伺い……

 

「……!」

「……!」

 

 目が合った途端、急に恥ずかしそうにそっぽを向いて、

 

「「今は……ひ、秘密だ……」なのです……」

 

 と声を揃えてポソポソと答えていた。うわー……これは集積地さんきっと、さばくことが出来なかったんだなー……いや、本人さばく気もなかったんだろうなー……。よく見たら、二人の頭から湯気が出てるもんなー……そして湯気に負けないぐらいたくさんのハートが、二人の頭からぽやんぽやんいくつも浮かび上がってるもんなー……

 

「集積地さん……」

「イナズマ……」

 

 かと思えば、今度はお互い手をギュッと握りしめて、うるうるした瞳で見つめ合いはじめた。……アカン。これはアカンで。そら私も龍驤さんバリのエセ関西弁を、心の中で口走るでぇ。

 

 不意に、ちょんちょんと私の袴の裾が引っ張られる感触があった。よく見たら、私の足元からハートがふわふわと浮かんできて、私の顔ぐらいの高さのところでパチンとはじけている。なんだこれは。見たくない……でも確認しなきゃ……薄目を開けた状態で、私は自分の足元を確認してみた。

 

「……天龍二世さん!?」

「コワイカ……」

 

 足元にいたのは天龍二世さん。私の袴の裾を小さい手でちょんっとつまみ、くいくいっと引っ張っている。私の気のせいだと思いたいが、顔が少し赤くなってる気がする。まさか天龍二世さん……

 

「あなたもこの魅惑の異空間に囚われたのですか!?」

「……」

 

 ……アカン。アカンで。みんながこのマリッジ・ピンクに染まりつつあるでぇ。天龍二世さんはさっきまで私の裾をちょっとだけつまんでいただけなのに、今は甘えるように私の足に抱きついて、頬を寄せている……おかしい。そもそも天龍二世さんは、天龍さんとすでに夫婦になっているはずだ。……いやそもそもそれ自体がすでにおかしいのだが。

 

「あらあら……かわいい私の弟子も、ついに天龍二世さんのお嫁に行く時が……」

 

 やめて下さい鳳翔さん!! 既成事実にするつもりですかッ!!

 

 そらぁ確かに天龍二世さんは、ともに『あなたと空を駆け抜けたくて大作戦』を頑張った一航戦の仲間ですから、私だって嫌いではないですし、むしろ好きですよ? でもそれは、仲間としての好きというか戦友としての好きというか……いやいや待て待て。なぜ私はここまで慌てているんだ。いけない。私の頭もこの魅惑の異空間に囚われ始めている……。

 

「あ、あの! 皆さん!!」

「? 赤城さん? どうしたのです?」

 

 ダメだ。一刻も早くこの場から離れなくては。私の頭もだいぶこの空気に毒されてのぼせ上がっている。このままでは私も、ここにいるみんなと同じく……

 

『ろ、ロドニーさん……私は、私はあなたを……』

『あ、アカギ……私も……お前の事が……』

 

 いやいやいやいやありえません。こういうことを考えてしまうこと自体、私の頭がゆだっている証だ。離れなくては……一刻も早く、この場から離れて自分を取り戻さなくては。

 

「私は戻ります!!」

「どうしたのですか? 具合でも悪いのですか?」

「あ、いや、決してそういうわけでは……!」

「そうですか? さっきから顔が赤いですよ?」

「え、えっと……その……」

 

 鳳翔さんに余計な心配をされ、その弁明を必死に考えるが……困ったことに、うまく言い訳が出来ない……と私が四苦八苦していたら……

 

「んー……」

「!!??」

「熱は……」

 

 鳳翔さんが、私のおでこに自分のおでこをピトッと合わせ、私の熱を優しく測ってくれた。……あ、いや、測った。ひんやりとした鳳翔さんのおでこがちょっと心地よく……あ、えっと、冷たい。私の目の前にある鳳翔さんの顔はとてもキレイでちょっといい匂いが……あ、ちょっと待って違う。えーと、息遣いを感じるほど、距離が近い。

 

「ひ、ひやぁあッ!?」

「赤城?」

「や、やめてください鳳翔さんッ!」

「え……でも、ちょっと熱あるっぽ……」

「大丈夫です! 大丈夫ですから!! 触らないでくださいぃいッ!?」

 

 茹だった私の頭が過剰反応し、つい大げさに反応してしまった。悲鳴を上げて鳳翔さんから顔をそむけ、後ずさりした私を、鳳翔さんが悲しげな眼差しで見つめる。お願いですから。お願いですからそんなしょんぼりした顔をしないで下さい鳳翔さんッ!!

 

「赤城さん、大丈夫なのです?」

「本当に体調が悪いんじゃないのかアカギ?」

 

 やめて下さいッ!! 新婚ホヤホヤのカップルからうるうるした瞳でそんな風に言い寄られたら、私の頭がさらに茹だるじゃないですかッ!

 

「コワイカ〜……」

 

 あなたもいつの間に私の肩に乗ったんですか二世さん!! だから私の顔に頬ずりするのはやめて下さいッ!!

 

「こ、これ以上私を惑わせないで下さいぃいいいッ!?」

「あ、アカギッ!?」

「赤城さんっ!」

「ああっ……私の、大切な赤城が……!!」

「どさくさに紛れて変なことを言わないでください鳳翔さぁぁあぁぁんッ!!」

 

 私は肩に天龍二世さんを乗せたまま、逃げるようにその場を走り去る。ダメだ。この鎮守府はピンク色の瘴気に汚染され、マリッジ・ピンクの異空間へと変貌してしまった。この場にいてはいけない……このままでは、私までこの空気に毒されてしまう……

 

「ハァ……ハァ……」

「コワイカ〜……」

 

 私は走る。肩に乗ってる天龍二世さんが、私のほっぺたに頬ずりしてきているのも気にせず、ひたすら走る。角を曲がって……廊下をまっすぐ走り……そして執務室の前に来た。

 

「ハァー……ハァー……」

 

 私の狙いはただひとつ。この状況下でまったく狼狽えてなかった、鉄の精神の持ち主といえる存在……たくさんのハートを周辺に撒き散らしながら、今度は私の頭をなでなでしている天龍二世さんと違い、とても頼もしいあのお方……。

 

――……!! ……!!!(ぱちんぱちん)

 

 砲台子鬼さんの元にいて、その鉄の精神の元、提督が戻ってくるまで執務室にこもり続けることだ。

 

「砲台子鬼さんッ……!!」

「コワイカ……」

「助けて下さい……私を、この魅惑のマリッジ・ピンクから……!!」

 

 一縷の望みをかけ、私はドアノブに手をかけた。

 

――うう……ひぐっ……俺の名は……バツイチ天龍……

 

「ひいッ!?」

 

 天龍さんのボイスがバツイチ天龍になっている……だと……ッ!? つまり天龍さんと天龍二世さんは、すでにリコンしているというのか……!? ということは……天龍二世さんは……ケッコンしようと思えば……ゴクリ……ドキドキ……

 

 ……ダメです! 一航戦・赤城!! この魅惑の瘴気に飲まれてはいけません! 気を強く!! 強く持つのです!!

 

 私は軽く深呼吸をし、落ち着いてもう一度ドアノブを握る。

 

――ひぐっ……俺は……お……俺の名は……ひぐっ……

 

 聞こえない! リコンの悲しみにとらわれる天龍さんの声なぞ、私には聞こえない!! 私は勢いよくノブを回し、そしてドアを急いで開いた。

 

 ドバンという音とともにひらくドア。そしてその向こう側に佇むのは……

 

「砲台子鬼さん!!」

『……』

 

 鉄の精神をもつ砲台子鬼さんだ。私がこの執務室を離れた時とまったく変わらない出で立ちで、寡黙にこの執務室を守り続ける、この鎮守府防衛の最後の砦。私はこの時、砲台子鬼さんのことを、はじめて『頼もしい』と感じた。

 

「砲台子鬼さん! 助けて下さい!!」

『……』

「皆が……皆がピンク色なんです!!」

『……』

 

 私は、私のほっぺたに今も頬ずりしている天龍二世さんを気にせず、涙目で砲台子鬼さんに救いを求めた。あなたなら……あなたなら、私を守ってくれるかもしれない。寡黙にこの鎮守府を守り、今も黙って執務室に佇み続ける沈黙の守護者……あなたなら、私を助けてくれるかも……!!

 

 砲台子鬼さんは、私の叫びを微動だにせず……というか元々あまり動く方ではないけれど……ジッと私の叫びを聞いてくれた。そして……

 

『……』

「キヤァアアア?」

『……!!!』(ぱちんっ)

「コワイカッ!?」

 

 私の肩に乗り、頬ずりすることで私の乙女心を蹂躙し続ける天龍二世さんに対し、BB弾で砲撃してくれた。被弾した天龍二世さんはBB弾が痛いのか、私の肩からパランスを崩して床に落っこち、そしてコロンと床の上で一回転して仰向けの大の字になっていた。

 

「砲台子鬼さん!!」

『……』

 

 なんと頼もしい……私の願いを聞き届けてくれた砲台子鬼さんは、今はその体中のモールドから誇らしげに圧力を抜き、そして静かに私を見守ってくれている。

 

 以前私は、砲台子鬼さんのことを『端的に言ってキモい』などと失礼なことを言ってしまっていた。だが今、それを訂正する。彼は……砲台子鬼さんは、この鎮守府のピンク色の空間にも飲まれない鋼の精神力を持ち、寡黙で余計な言葉を発さず、そしてなによりも、その温かい眼差しで私のことを見守っている……

 

「砲台子鬼さん……」

『……』

「私は、あなたのことを……誤解していました」

 

 その、頼もしいお姿を拝見する。戦闘……それも砲撃戦に特化されたその身体は極限まで無駄を省いた、まさに機能美の極致。そしてそこから覗く、温かい眼差し……そして寸分の狂いのない砲撃の腕前……砲撃に特化するためすべてを棄てた、優しき紳士……

 

「私は……」

『……』

「あなたに守っていただくために、艦娘になったのかもしれません……砲台子鬼さん……」

 

 私の身体が、自然と彼との距離をつめていく。私の身体が、彼とのふれあいを求めている。あの砲塔に触れたい。彼の丸い身体を優しく撫でたい……そして、もしも彼が許してくれるのなら、彼と……ケッコ

 

『……!!!』(ぱちん)

「あだっ!?」

 

 不意に砲台子鬼さんのBB弾がおでこにヒットし、その痛みで私は我に返った。

 

「私は今……」

『……』

「一体……何を……?」

「キヤァアアア?」

 

 危なかった……この鎮守府を襲うピンク色は、すでに私の心のかなり深い部分まで侵食しているようだ。もし砲台子鬼さんの砲撃を食らわなかったら、私は迷わず提督の机の中にあるであろう、大淀さんへのケッコン指輪を砲台子鬼さんに進呈して、彼? 彼女? とのケッコンカッコカリを強行していたことだろう……

 

「ほ、砲台子鬼さん……」

『……』

「感謝します。おかげで、我を取り戻しました」

『……』

 

 しかし、なんという頼もしさ……このピンク色の空間において、自分が囚われないだけでなく、侵食が進みつつあった私のことも助けてくれるとは……。いや、私だけでない。

 

「こ、コワイカ〜……」

「天龍二世さん……」

「?」

「し、正気に戻りましたか……よかった……」

 

 先ほど砲台子鬼さんに砲撃された天龍二世さんも、我を取り戻したようで、立ち上がった天龍二世さんが再び私の袴にしがみついて頬ずりすることはなかった。

 

 恐るべし砲台子鬼さん……まさにこの鎮守府の守護神……。

 

『……』

 

 今もモールドから水蒸気を発し、余計な圧力を抜いている砲台子鬼さん。まさかこんなにも強い方だとは思ってなかった。いずれ手合わせをお願いしてみたい気もするが、それはまた別の話。今は……彼の庇護の元、なんとかこの時間を耐えぬくしかすべはない。

 

「砲台子鬼さん」

『……』

「申し訳ありませんが、ここであなたとともに、しばらくいさせてください」

『……』

「でなくては、私と天龍二世さんだけでは、きっとあのピンク色に囚われてしまう」

『……』

 

 ……返事がないのが不安だが、砲撃してこないということは、少なくとも拒絶はされてないということだろう。私は砲台子鬼さんの好意に甘えて、しばしこの場で籠城することに決めた。執務室の外にいると、きっと私は誰かに求婚してしまう。

 

 いっそのこと、砲台子鬼さんと共に鎮守府内を駆け、みんなを正気に戻すか……いやいや、そうして鎮守府内をうろついているうちに私たちがピンク色の瘴気に囚われ、再び砲台子鬼さんにプロポーズしてしまうかもしれない……それよりは、ここでこうやって、提督がやってくるまでじっと籠城していたほうがいい。

 

 そうして、私と天龍二世さん、そして砲台子鬼さんの三人による、執務室籠城戦が幕を開けた。提督と大淀さんたちが戻ってくるまで、私たちはこの場で、なんとしても生き延びます!!

 

「砲台さん! 天龍二世さん!!」

『……!!』

「絶対に……絶対に生き延びますよ!!!」

「コワイカッ!!!」

 

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