テキはトモダチ   作:おかぴ1129

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9. 夜の密会の真相 〜電〜

「……」

「キャッキャッ……」

 

 私たちが覗く覗き穴のその向こう側では、集積地さんと子鬼さんたちが静かにゲームを楽しんでいた。

 

「司令官さん、中々来ないのです……」

「まぁ司令官はいつも夜遅くまで色々とお仕事してますからねー。青葉たちは素直に大淀さんからの連絡を待ちましょう」

 

 私と青葉さんは今、二人で資材貯蔵庫の天井裏にいる。そこで足元に開けられた覗き穴を覗きながら、司令官さんが資材貯蔵庫を訪れるのを今か今かと待ちわびていた。

 

 大淀さんと別れた後、私はそのまま演習場に赴き、そこで赤城さんにしごかれて疲れきっていた青葉さんに事の次第を説明した。

 

「青葉さん、電たちに力を貸して欲しいのです」

「ぜはー……ぜはー……す、すみません……青葉、今日はもう疲労困憊で……恐縮です……ぜはー……」

 

 最初、青葉さんは疲れきっていて私のお願いを聞いてくれなかったのだが、

 

「今、このことを知っているのは、電と大淀さん、そして青葉さんだけなのです」

「……」

「電たちに協力してくれれば……ひょっとすると司令官さんと集積地さんのスキャンダルの決定的瞬間を捉えることが出来るかもしれないのです」

「……」

「栄誉ある誇り高き大日本帝国海軍鎮守府の司令官と、その敵である深海棲艦との間に芽生えた許されざる恋慕……そして渦巻く欲望……」

「……」

「これは、帝国海軍はおろか日本全土を揺るがす大事件……」

「……」

「……いや、ともすれば全世界を巻き込む一大スキャンダルになるかもしれないのです!」

「喜んで力を貸しましょう。キリッ」

 

 と事の深刻さを若干大げさに説明してみたところ手のひらを返してOKしてくれた。よかった。青葉さんの助力が得られなければこの計画は頓挫してしまうところだった。

 

 その後、夕食時に青葉さんと大淀さんの3人で作戦会議を行った。場所は大淀さんとお昼を食べた間宮さんの個室。つまり今日は、珍しく集積地さんと別々に晩ご飯を食べたことになる。

 

「集積地さん、今日は電は一緒に晩ご飯を食べることは出来ないのです」

「そうか……残念だ……」

 

 集積地さんに一緒に食べられないことを伝えた時、彼女はとてもさみしそうにぽつりとそう言っていた。なんだか雨の日に見つけた、段ボール箱の中で震えている捨てられた子犬のように見えて……

 

『……ウソなのです! やっぱり電は集積地さんと一緒に晩ご飯を食べるのです!!』

『やったー! 一緒にイナズマと晩ご飯を食べられるんだな! ありがとうイナズマ!』

『大好きなのです! 集積地さん大好きなのです!!』

『私もだ! 私も大好きだイナズマ!!』

『集積地さん! 集積地さぁああああん!!』

『イナズマぁあ! イナズマぁああああん!!』

 

 とつい心の中で子犬と化した集積地さんを撫で回してもふもふし、抱き合って一緒に地面を転げまわってじゃれてしまった。集積地さんも尻尾をパタパタと元気よく振って、私にしがみついて頬ずりしてくれていた。

 

「イナズマ、どうした?」

「ど、どうもしないのです!」

「? まぁいい。じゃあ明日はいっしょにご飯食べような」

「はいなのです」

 

 でも最近は、集積地さんからナチュラルにご飯のお誘いを受けるようになってきた。それはとってもうれしい。とはいえ、今はその集積地さんを監視するという胸に痛い暴挙をしでかしているわけだけど……。

 

 しかし、私たちの足元にいる集積地さんたちに動きが全くない。監視しているこちらとしてはかなりヒマなのだが……

 

「そういえば青葉さん」

「はい?」

「赤城さんとの演習はどうだったのです?」

「思い出すだけでも恐ろしいですねー……天龍さんはともあれ最近の赤城さん、妙に燃えてますからねー……」

「そうなのです?」

「ほら、先日中将さんがうちに来たじゃないですか。その時に海外艦の人に挑発されて、それでやる気がメラメラバーニングしたみたいですよ?」

 

 それは私も聞いた。後日赤城さんに話を聞いたところ、相手は長門さん陸奥さんと並ぶビッグセブンの一角なんだとか。

 

「青葉はお会いすることは出来なかったんですが……ぜひ取材してみたかったですねー。なんでも西洋の鎧兜に身を包んだ方だとか。天龍さんみたいに剣持ってたらしいですよ剣!」

「剣で戦う方なのです?」

「まぁ青葉はあの中将さんは嫌いなんで、中将さんも交えてってなると二の足踏んじゃいそうですけどねー」

 

 その海外の艦娘さんのことはさておき、青葉さんもあの中将は苦手らしい。そらぁ少し失敗しただけで思いっきり大声で怒鳴ってくる人だから、あまりあの人が好きだという人はいないだろう。中将さんのもとで働いている艦娘さんには同情というか何というか……

 

「なーんか気が休まる時間がなさそうですよね。うちの司令官と違って」

「なのです。というか青葉さん、人の心を読まないで欲しいのです」

「恐縮です」

 

 その点に関しては、司令官さんには本当に感謝している。あの中将の元でだったら、こんなに心穏やかに過ごすことは出来なかっただろう。集積地さんと一緒にクリームあんみつ食べたり、今こうやって自分の上司の監視なんかのんびり出来なかったはずだ。

 

「でも中将の配下の人たちは優秀な方たちばかりなんでしょうねー。実戦配備される新型艦は優先的に回されますし。資材も司令部から潤沢に回されてるみたいですし」

「うちとはえらい違いなのです……」

「うちは戦艦が一人もいませんからね……空母も赤城さんと鳳翔さんの二人だけですし……あっちは確か大和さんとか長門さんとか、一線級の人が多かったはずですよ?」

「なんでうちの鎮守府はこんなに艦娘が少ないのです?」

「司令官が建造をしたがらないそうです。『資材が減るから』とかなんとか」

 

 確かに建造を行えば資材は減ってしまうが……今なら集積地さんもいるし、そろそろこの鎮守府も戦力の増強を図ってもバチは当たらないと思うのだが……まぁ司令官さんには司令官さんの考えがあるのだろう。

 

「まぁーあの司令官があのままな限り、うちの鎮守府はずっとこのままでしょうねー。青葉としては、今のままのほうが好き勝手出来ていいですけど」

「それは同感なのです」

 

 暇つぶしがてら、そんな会話をしながら二人で集積地さんと子鬼さんたちを観察しつづける。集積地さんは、ずっとモニターを凝視していてまったく動きがない。しいていえば、時折小刻みに肩を揺らしたり、モニターを見ながら『バカなッ……シノギが……間に合わ……ッ!?』と悔しそうな声を上げているだけだ。

 

「……?」

『……』

 

 フと気づく。子鬼さんの一人がこっちをジッと見ている気がする。顔の作りが根本的に違うから目が合ってるかどうかは分からないが、どうもこっちに気付いている気がする。

 

「青葉さん」

「はい?」

「見つかったかも知れないのです」

「まさか……」

 

 こちらをジッと見ていた子鬼さんはやがて……

 

『ん? どうした?』

『キヤァァァア』

『どこか行くのか? もう遅いから、すぐに帰ってくるんだぞ?』

 

 と集積地さんと会話(?)を交わした後、とことこと歩いて私たちの視界から姿を消していた。

 

「いなくなっちゃいましたね……」

「なのです……」

 

 唐突に、静かだけど耳に良く届くピーピーという音が聞こえた。大淀さんとの連絡用に持ち込んだ小型無線機が鳴ったようだ。青葉さんがしずしずと無線機を取り、返事を返していた。

 

「はいはい。こちらブルーリーフです」

『ブルーリーフ。こちらOH! YODOです』

「はいはい。よーく聞こえてますよーOH! YODOさん」

 

 コードネームでお互い呼び合ってはいるが……無線の相手は大淀さんだ。ブルーリーフなんてそのまんまなコードネームもいささか問題だが、大淀さんのコードネーム『OH! YODO』なんかは、ホントもうどこがコードネームなのかと突っ込みたくなる。でも大淀さんは至極真剣にこのコードネームを使うと張り切っていたので、私としては何も言うことが出来なかった。別に誰かに聞かれて困る無線というわけではないんだし、コードネームなんかにしなくていいと思うんだけど……まぁいいか。

 

『ブルーリーフ、ただいま目標デッドフィッシュがそちらに向かいました』

「ぉお、やっと目標が動き出しましたかー。待っていた甲斐がありました」

 

 トコトコという小さな足音が私たちに近づいてきた。音のした方を振り向いてみる。

 

「キヤァアアア」

「ひやぁあっ!? ……子鬼さん!?」

 

 びっくりした……さっきの子鬼さんだ。この天井裏の隠し部屋を見つけて登ってきたようだ。この暗闇でこのキモい顔は心臓に悪い……

 

「ここまで登ってきたのです?」

 

 私の質問には答えず、子鬼さんはぴょんと私の肩に飛び乗ってきた。子鬼さんはとっても可愛らしいのに、その外見はやっぱり何度見ても……いやかわいそうだ。口には出さないでおこう。

 

『それでは私も後ほどそちらと合流します。ブルーリーフとライトニングは引き続き監視を』

「恐縮です! OH! YODOの合流をお待ちしてます!」

「司令官さんがやってくるのです?」

「そうです! 執務室を出たみたいなので、もうすぐこっちに着くと思いますよ!」

 

 という青葉さんの言葉が終わるか終わらないかというところで、資材貯蔵庫の扉が開くゴウンゴウンという地響きにも似た音が天井裏に鳴り響いた。

 

「あれ? 司令官はもう到着したのかな?」

「来るの早くないです?」

「それだけ集積地さんに会うのが我慢できなかったのだとしたら……」

 

 物騒なことを……執務室からここまで小走りでやってくるぐらいに、司令官さんは集積地さんとのつかの間の享楽を我慢できないというのか……

 

『おーい集積地ー』

『なんだ今日も来たのか。昼に言っただろ? 私は最近お前のせいで寝不足なんだぞ?』

『そう言わずにさー……相手してよー』

 

 司令官さんと集積地さんの、どう聞いてもいかがわしい内容としか思えない会話が聞こえてきた。本当に二人はいかがわしい関係なのか、その真相を知らなければ……私は覗き穴に顔を近づけ、緊張でバクバクする胸を抑えながら二人を見守った。青葉さんは……

 

「これは……これはスクープですよっ……明日は号外を配らなければ……ッ!!」

 

 と私とは違うベクトルのどきどきわくわくを感じながら二人を見守っていた。覗き窓にカメラのレンズを押し当てて、シャッターチャンスのその瞬間を収めるべく……口からよだれを垂らしながら見守っていた。

 

 青葉さんと共に二人の様子を改めて観察する。集積地さんは変わらずゲームをやりつづけ、司令官さんの方を見ていない。司令官さんは……ひょこひょこ歩いて集積地さんとの距離を少しずつ縮めていた。先入観があるためか、心持ち司令官さんがへっぴり腰に見える。

 

「そうですか? 青葉にはみなぎってるように見える気がするんですけど……」

「せ、先入観のせいだと思いたいのです……」

「なんかこう……かくかくって」

「やめてほしいのですっ!」

 

 私に負けず劣らず、今の青葉さんも頭の中がショッキングピンクに染まっているようだ。そんな私達のピンクフィルターを通して観察されているとも知らず、私たちの足の下では、司令官さんと集積地さんの情事が今まさに始まろうとしているのか……。

 

『頼むよー……溜まってるんだよー……』

 

 これはまたどストレートな……司令官さん、どちらにせよもう少しオブラートに包んだ言い方というのを考えた方が良いと思うのです……それではムードもへったくれもないのです……

 

『何が溜まってるだまったく……眠いのに毎晩お前に付き合わされるこっちの身にもなってみろ』

『お前しかいないんだよ……』

『まぁ、お前の気持ちは分かるがな……』

 

 ぇぇえええ!? 司令官さんだけでなく集積地さんも悶々として持て余してるのです!?

 

「これは大スクープですよ。深海棲艦サイドには男性がいるということですかね」

「わからないですけど、少なくとも男の艦娘は聞いたことがないのです……」

『んー……分かった。とりあえず待ってろ。大統領を倒すのはまた明日にする』

『ありがと。んじゃその間にお茶でも淹れて待ってるわ』

『うう……ライデン済まない……今晩はお前と一緒に大統領を倒せると思ったのだが……』

 

 ぇぇええええ!? ついに始まるのです!? 始まっちゃうのです!? お茶を淹れに行ったのだろうか……司令官さんは私たちの視界から消え、残された集積地さんは一通りゲームの操作をした後、ゲーム機の電源を切ってコントローラーを片付けていた。

 

 これはヤバイ。覚悟はしていたつもりだったが、いざ始まるとなると、私の心臓の鼓動が痛いほどに突き抜けてくる。身体が震えてくるし、手に力が入らない。覗き穴を覗いていられない。私は顔をそらし、深呼吸して努めて冷静になろうとしたが、バクバクがそんなことで収まるはずがない。

 

「集積地さん、ハンモックに寝っ転がりましたね」

 

 なんで青葉さんはそんなに冷静に見てられるのです!?

 

「青葉さんは緊張しないのです!?」

「スキャンダルには慣れっこですからねー。恐縮です」

「はわわわわわわわ……寝そべるってことは、夜戦の準備万端ってことなのです?」

「恐らくは。準備万端とはいかずとも、やる気満々といったところでしょうか……やはり気持ちは分かるというのはそういう……でもハンモックで夜戦となると大変じゃないですかねぇ?」

 

 それ以上は言わずもがな……しかし本当に二人がそういう関係だったとは……なんだかショックだ……両思いというわけでも片思いというわけでもなく、ただただ爛れた関係だったとは……そしてその片方が私の友達だったとは……

 

「……あ、司令官が戻ってきますね」

 

 はわわわわわわわ。見たくないけど見たいような……恐る恐る覗き穴を覗こうとして、やっばりやめて……そんなことを何度か繰り返す。でも結局2人の様子が頭に入らない。

 

「大丈夫ですよ電さん。まだ集積地さんに動きはないですから」

 

 中々心の踏ん切りがつかない私に代わり、青葉さんが二人の様子をものすごくざっくりと教えてくれる。青葉さんなりの気遣いなのだろうか。ものすごく曖昧な説明のおかげで、二人のイメージが曖昧になってくれる。

 

 覗き穴は覗けない私だが、二人の会話は聞こえている。肩に乗っている子鬼さんの妙な声は少々邪魔だが……

 

『はいおまたせー。お茶請けは俺が買ってきた裂きイカだよー』

『お茶請けというよりツマミだろうそれは……悪いがアルコールなんて飲めないぞ私は』

『無理に飲ませたりしないよ……飲めない奴に飲ませても面白くないでしょう』

『そんなもんなのか?』

『そうよー』

 

 なるほど。司令官さんにはとりあえず、飲ませてぐでんぐでんになったところを無理矢理……という趣味はないようだ。ということはやはり……

 

「中々冷静に分析してますねぇ。司令官との将来のためですか?」

「青葉さんはあとで確実に轟沈させるのです」

「恐縮です。……あれ?」

 

 青葉さんが変な声をあげた。まさか夜戦が始まったのか……

 

「青葉さん?」

「あれ? ちょっと……湯呑みが……」

 

 青葉さんの様子がなんかおかしい。気になる……

 

「どうかしたのです?」

「いや、あの……」

 

 一向に説明しようとしない青葉さんに業を煮やした私は、おっかなびっくり薄目で覗き穴を覗き込んでみた。覗き込む時に肩の子鬼さんが『キヤァアア』と悲鳴を上げながらコロンと肩から転げ落ちていたが気にしない。

 

「あれ?」

「電さんも気づきました?」

「湯呑みの数が……多いのです?」

「ですよねぇ?」

 

 司令官が準備して持ってきたお茶が入った湯呑みは、司令官さんと集積地さんの分の2つあれば事足りるはずだ。にも関わらず、そこには5つの湯呑みが準備されている。

 

「まさか……司令官さんは……」

 

 過去の事件と照らし合わせ、私がその理由を思いついたときだった。

 

『それにしても湯呑みが多いな。2つあればいいだろうになぜ5つ?』

『そういうわけにはいかんのよ。お客さんは俺以外にもいるわけだし』

『お前以外?』

 

 集積地さんからの疑問にそう返答した司令官は、上を見上げて……いや正確には、自身の頭上から司令官さんたちを観察している、私と青葉さんたちの方に顔を向けた。

 

『なあ青葉?』

「ギクゥウッ!?」

『電も』

「ドキィイイッ!?」

 

 瞬間、私の心臓が震えて縮こまった。まさかずっとバレていた!? そ、そんなはずは……

 

「あ、青葉さん、どうするのです!?」

「あ、青葉もどうすればいいのやら……!?」

「おまたせしました。OH! YODO、合流……しまし……た?」

 

 タイミングよくコードネームOH! YODOこと大淀さんが私たちに合流したが……つい今しがた驚愕の事実を突きつけられた私たちに、大淀さんを歓迎する余裕はない。

 

「? ライトニングさん?」

「はわわわわわわわわわわ……ばれていたのです……」

「うう……なぜいつも司令官は青葉の潜伏に気付いて……」

「?」

 

 私達の失態を見ながら首をひねる大淀さんにも、司令官さんの洗礼は容赦なく降り注ぐ。

 

『そろそろ大淀も合流したかな?』

「ぇえ!?」

『いい加減、下に降りてきなさいよ。お茶もあるしお茶請けもあるよ?』

「そんなバカな……提督……バレ……ぇえ!!?」

 

 司令官さんの言葉を受け、大淀さんは昼間のように両目をぐるぐると回しつつ、両手で頭を抱えてうろたえ始めた。今日だけで大淀さんのいろんな顔を見られてラッキーだけど、そんなことを冷静に考えてられる余裕は今の私にはなかった。

 

『おーい早くおいでー。お茶冷めちゃうよー?』

「うう……仕方がないのです……」

 

 仕方がない……完全にバレてしまっている以上、隠れ続けることは意味がない。それに……

 

『別に怒ってないから。3人とも早く降りて来なさいよ』

 

 司令官さんのこの言葉は信用出来る。この人は確かに覇気がなくて無責任だが、その分穏やかで人当たりもよく、声を荒げて怒ることなんてない。降りて行っても大丈夫だろう。

 

「青葉さん、大淀さん。観念して下に行くのです……」

「ライトニングさん、私はOH! YODOです」

「うう……スキャンダルが……ピュリッツァー賞の夢が……き、恐縮です……」

 

 約一名、変な反応をしているが気にせずに下に降りることにしよう……私たちは、肩身の狭い思いを感じながら下でお茶を準備している司令官さんと集積地さんの元に降りていった。

 

 集積地さんと司令官さんの元に降りてきた私たちを出迎えてくれたのは、困惑と驚愕の入り混じった顔であんぐりと大口を開けている集積地さんと、相変わらず死んだ魚の眼差しで喜怒哀楽のどれとも判別のつかない微妙な表情の司令官さんだった。

 

「うう……ごめんなさいなのです……」

「イナズマ!? 天井裏にいたのか!?」

「はいなのです……集積地さんが心配だったのです……」

「私が? なぜだイナズマ?」

「まぁ……その辺も踏まえて話を聞こうか」

 

 うう……説明すること自体が恥ずかしいけど仕方ない。私は、事態についていけず両目をぐるぐると回し続けている大淀さんと、ピュリッツァー賞という夢が打ち砕かれて失意のどん底にいる青葉さんに代わり、司令官さんと集積地さんの関係を疑ったことと、その真相を知りたくて今回、資材貯蔵庫の天井裏で二人の様子を探っていたことを説明した。

 

「ぶっ……私と提督がか……」

「まぁそんなことだろうと思ったよ。昼飯の時の電の様子、おかしかったしね」

 

 笑う集積地さんはまだいい。でも、口から魂を出していた司令官さんには、口が避けても『様子がおかしい』だなんて言われたくなかった。

 

「たったそれだけで見破ったのです?」

「いや? 大淀の様子もおかしかったし。なんか執務中にやたらとこっちの顔をちらちら見たり『集積地さんとはどんな感じですか?』て集積地とのことを聞いてきてたしね。んでピンときたっつーか」

 

 こんなセリフを司令官さんはいつもの表情でお茶をずずっとすすりながら吐いていた。なるほど。コードネームOH! YODOは自分が作戦行動中だという自覚が足りなかったようだ。そのOH! YODO本人は相変わらず目をぐるぐると回しながらお茶をすすり、『あつっ!?』と再び舌を火傷していた。大淀さん、あなたが任務娘じゃなくて戦闘も行える艦娘だったら、明日の赤城さんの対空演習に無理矢理付きあわせているところなのです。

 

「でもまぁいいじゃないの。心配してたってことは、それだけ集積地のことを大切に思ってるってことだし」

 

 司令官さんが、口に咥えた裂きイカをピラピラと上下に動かしつつ、そんな風にフォローを入れてくれた。それに対し集積地さんも、

 

「いや、私は別に何とも思ってないよ。でも確かに提督の言うとおりだな。イナズマ、ありがとう」

「ど、どうもなのです」

 

 とりあえずは二人の……集積地さんのお怒りにふれることがなくてよかった……。つづいて司令官さんは集積地さんに対し、

 

「ついでと言っちゃ何だけど、大淀と青葉のことも許してあげて。お前さんを大切な仲間だと思ってたゆえの行動だからさ。代わりに俺が提督として謝るよ。ごめんな」

 

 と集積地さんに頭をペコリと下げていた。集積地さんも別段機嫌を悪くした様子もなく、笑顔で……

 

「大丈夫だ。二人に対しても特に思うところはない。結局は私を心配しての行動だったわけだし」

 

 と気持ちよく二人を許してくれていた。青葉さんの目的が集積地さんの心配ではなくピュリッツァー賞だったということは伏せておいたほうが良さそうだ。

 

「……ハッ!! そ、それはそうと!」

 

 あ、大淀さんが復活した。いつものようにメガネをキラーンと光らせた、キャリアウーマンで一人前のレディーな大淀さんだ。

 

「ん? どしたの?」

「じゃあ提督! 毎晩ここに来て、集積地さんと何をやってたんですか?」

 

 たしかにその疑問に再びぶち当たる。あの、いかがわしい内容としか思えない会話は今も鮮明に思い出せる。二人は毎晩、ここで一体何をやっていたのか……

 

「……んーとな」

 

 んん? 司令官さんの様子がなんだか妙だ。ほっぺたが少しだけ赤くなっている。秘密にしておくことではないようだが、なんだかとても言いづらそうに口をもごもご動かしているが……

 

「提督、言ってやれ。別に隠すことでもない」

「んー……」

「本人たちはここにはいないんだから大丈夫だ。漏らす者もいないだろう。ここまで大事になってしまったし、イナズマたちには知る権利があるはずだ」

「まぁ……確かにそうねぇ……」

 

 なんだか誰かに聞かれてはまずい話のようだ。司令官さんは帽子を脱いで頭をポリポリと掻いた後、周囲の資材に一通り目をやった後、私たちに死んだ魚の眼差しを向けて、いつもの調子でポツリと言った。

 

「赤城と天龍には言うなよ」

 

 そのセリフの後、司令官さんは真相をポツリポツリと話してくれた。時々扉の方に注意を向け、不意の来客がないことを確認しつつ……

 

 集積地さんがここに居を構えて、もう2週間ほどになる。その間、集積地さんは子鬼さんを使役して、この鎮守府にたくさんの資材を運んできてくれた。

 

「子鬼さんたちのおかげなのです!」

『キヤァァァアアア』

「でも電、不思議だと思わない?」

「?」

 

 私たち艦娘たちとは資材収集の効率が格段に違う集積地さん。その集積地さんが資材を集めているのなら、この鎮守府に貯蔵される資材の量は、それはもうものすごいことになっているはずだった。そして鎮守府運営に余裕ができ、今頃は新しい施設の建設予定や資材貯蔵庫の拡張予定など、潤沢な資材に物を言わせた設備投資を司令官さんは行うつもりだったのだそうだ。

 

 ところがである。今こうやって周囲を見回してみて私も気づいたのだが、資材が集まるスピードが思ったほど上がっていない。集積地さんが来る前と比べると、確かに資材が溜まるスピードは上がっている。だが、期待されていたほどではない。本当に微々たる上昇だった。

 

「言われてみれば、資材の量がいうほど増えてないのです……」

「だろ? 大淀に数字で見せられて俺もやっと確信が持てた。資材な、全然増えてないんだよ」

「そうなのです!?」

「なぁ大淀?」

「はい。確かに当初の期待値と比べると、本当に微々たる上昇でしたね。特にボーキサイトの量はまったく増えてません」

「!?」

「純粋に増加しているのは鋼材だけです。弾薬と燃料は微増という感じですが、増加量は誤差の範囲に収まってます」

 

 その原因は、赤城さんと天龍さんだった。二人は最近、毎日のように激しい演習を繰り広げている。そのおかげで資材の消費量がとんでもないことになり、集積地さんたちだけではスピードが追いつけないのだ。

 

 特に消費が激しいのがボーキサイト。天龍さんとの対空演習のおかげで、かなりの量のボーキサイトを消費しているらしい。

 

「天龍の対空戦の腕が上がった証拠と考えればまだ納得は出来るんだが……」

 

 そのことに気付いた司令官さんは、赤城さんと天龍さんにやんわりと演習を控えるように言ってみたらしいのだが……

 

――待ってろよ提督! 俺がこの鎮守府を落ちこぼれから救ってやるぜ!!

 

――提督! ロドニーさんに遅れを取らないよう、練度を出来る限り上げておきます!

  だから提督! 安心してください!!

 

 と実に清々しい笑顔でさらなる練度向上を約束され、資材の消費スピードがさらに上がってしまったという話だった。

 

「それで提督は毎晩私のところにそのことを愚痴りに来てたんだ」

「あ、なるほど……」

「私も資材がなくなる悲しみはわかるからな。こいつは共感してくれる仲間が欲しかったのだろう」

「……てわけ。だから、別に俺と集積地はいかがわしい関係じゃないのよ」

「んじゃ、色々溜まってるって言ってたのは、ホントにストレスだったのです?」

「うん。つーかグチだな」

「集積地さんに出してるってのは?」

「グチだな。毎晩毎晩、私にグチりにきてたんだ」

「集積地さんが寝っ転がって受け入れて……てのは?」

「私はだいたいハンモックで横になったままグチを聞いてたからな」

「司令官さんの加齢臭がどうこうってのは……?」

「こんなに遅い時間になるとね。おれ、いつも寝る前に風呂入ってるし」

「風呂に入る寸前にここに来てるわけだから、そらぁ体臭もちょっとはきつくなるだろうな」

 

 なんだか真相を聞いてがっくりきてしまった。そんなことだったのか……私の不安とか心配とか、そういうことで消耗した私の体力を返して欲しい。集積地さんに何もなかったのは安心したけど。いかがわしかったり力ずくじゃなくてよかったけど。

 

「ほっ……よかったです提督……安心しました……」

 

 同じように心配していた大淀さんも安心したようで、やっといつもの大淀さんに戻っていた落ち着いた様子でお茶をすすり、心から安心したような一息をついていた。

 

「ん? 電は分かるけど、どうして大淀がそんなに安心してるの?」

「ち、鎮守府の風紀上、見逃せない問題だったからですっ!」

「なるほど。まぁそうね。爛れた関係ってのはね……」

 

 死んだ魚の眼差しで大淀さんを見つめる司令官さんに対し、大淀さんは顔を真っ赤にして頭から湯気を出しながら怒っていた。大淀さんが安心する理由……なんとなく風紀とかとは無関係な気がしてきた。

 

 こうして、集積地さんと司令官さんのドライな友達関係疑惑事件は幕を閉じた。真相は赤城さんと天龍さんに頭を悩ませた司令官さんが、自分の気持ちを一番理解してくれそうな集積地さんにグチを毎晩こぼしていたという、なんとも締まらない結果だった。

 

「それはそうと、お前たちには一応罰が必要だな。特に青葉」

「はい!? 青葉だけですか!?」

「うん。おじさんとちょっと夜の散歩しに行こうか」

「し、司令官……こ、この夜に若くてかわいい女の子とふたりきりで夜のお散歩だなんて、風紀上まずいのではないでしょうか……ガクガクブルブル……」

「いいから行くよ。これ命令だから復唱してちょうだい」

「うう……あ、青葉はこれより、司令官と二人っきりで、夜のお散歩に行きます……恐縮です……」

 

 不安そうな青葉さんの復唱が終わるやいなや、司令官さんは立ち上がり青葉さんの手を取って無理矢理立ち上がらせると、

 

「んじゃ行こうか。大淀、あとよろしくー」

「了解しました。お気をつけて」

「いやぁぁああ! 恐縮ですー!!」

「取って食いはしないから安心しなさいよ」

 

 と二人で資材貯蔵庫から足早に出て行った。この時、青葉さんがどんなお仕置きをされていたのかは後日判明するわけだが、それはまた別の話。

 

「イナズマ」

「はいなのです?」

「私を心配してくれてありがとう。やっぱりお前は、私の友達だな」

 

 青葉さんと司令官さんが貯蔵庫から出て行った後、私は集積地さんからこんなことを言われた。その時の彼女の顔は、本当に心からうれしそうな、満面の笑顔だった。

 

「電こそごめんなさいなのです……」

「謝る必要なんかないよ。私のことを心配してくれたんだろう?」

「そう言えば聞こえはいいのですけど、のぞき見してたことは違いないのです」

「そうですね……集積地さん、私からも謝らせてください」

「いや、オオヨドもどうか気にしないで欲しい。私を仲間だと思ってくれているがゆえの行動だったと私は思っている」

 

 集積地さんは、そう言いながら私たちに右手を差し出してきた。以前に手をつないだ時と同じく、集積地さんの右手はとてもしなやかでキレイな手だった。

 

 私は、その集積地さんの手をとり、手をつないだ。集積地さんの手は以前と変わらずとてもあたたかくて、つないでいる私の心をぽかぽかと温めてくれた。

 

「助けてくれたのがお前で、連れてきてくれたのがこの鎮守府でよかったよ。正直不安だったけど……お前たちと仲良くなれてよかった」

「電も、集積地さんと仲良くなれてよかったのです!」

「ありがとう。これからもよろしくイナズマ!」

「こちらこそよろしくなのです!」

 

 大淀さんが微笑みながら見守ってくれている前で、私と集積地さんはお互いに握手し、その手を上下にブンブンと振った。その時の集積地さんの手のぬくもりは、以前につないだ時よりも……昨日までのぬくもりよりも、もう少しだけあたたかかった。

 

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