IS~鉄の華~   作:レスト00

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投稿できるうちにやっておきます。
今回は少し長めです。あくまで前話と比べたらですが。


三十九話

 

 

 準決勝第一試合が引き分けに終わるも、観客たちに不完全燃焼の気持ちを抱くものはいない。

 それは単にそれだけのモノを見せ、自身の誇るもの全てを魅せてきた四人が築いた証明であった。

 候補生、男性操縦者、開発者の妹、国家代表の身内という肩書だけでは測れない、各々が蓄積した経験と努力の成果が張子の虎ではないということの。

 

「やれやれ、こいつは見ていてまだ肝が冷えるな」

 

 準決勝二回戦目に向け、アリーナの整備が行われている中、観客たちは先ほどの試合の興奮から未だに冷めずにいた。

 しかし、別室で同じように試合を眺めていた名瀬は興奮というよりも、緊張した面持ちでそんなセリフを吐き出した。

 

「言いたいことはわかりますがね……」

 

 そのセリフに同調するように彼の隣に座るオルガが口を開く。その言い様から分かるように、オルガは名瀬の言いたいことを察していた。

 

「俺たちはまだまだ大海を知らないガキですよ」

 

 今回の試合と前日までに行われた試合の違いは、相手が格下か同格かという部分が大半を占めている。

 そして、自負として、これまで実際の戦争を経験したことによるアドヴァンテージは確実に存在すると、オルガを含め鉄華団のメンバーは思い込んでいた。

 それは何も根拠のない自信や慢心ではない。先日の無人機による学園の襲撃に巻き込まれた際、セキュリティ万全の施設への奇襲という稀有な事態に即座に対応できたのが、十歳前後の子供もいた鉄華団の人間であったという事実があったりしたからだ。

 そして、前日の予選でも一般の生徒では相手にならないことを三日月も昭弘もあっさりと証明してしまっていた。

 

「油断……というか、お前さんが言った通り、知らないってのは“おっかない”だろ?」

 

 今回の試合で、各国のエリートである代表候補生に昭弘は引けを取らない活躍を見せた。しかし、逆を言えばそれはあくまで『候補生クラス』なのだ。そして、候補生というのは一般人から見れば希少であるが、国から見ればスペアにすぎない。

 そして、そのスペアと同等の力を持っていると言ったところで、国が鉄華団に見い出す価値は所詮、『ISを男性が動かすことができるようになれる素材』でしかない。

 大人にも引けを取らない。この業界で、武力的な地位を確保する。そういった目論見を持っていたオルガは、自分が踏み込んだ世界の広さと高さを今日この日、本当の意味で実感した。

 

「……兄貴」

 

「あん?」

 

 厳しい言葉を受け、顔を俯かせたオルガに『鼻を折るのが早すぎたか?』と内心で過保護なことを考えていた名瀬。

 しかし、そんな彼の心配は余計なお世話もいいところであった。

 

「俺たちは今まで地べた這いずり回って、泥水啜って、仲間と敵の血で固めた道を歩いてきた」

 

 その言葉は懺悔にも、決意にも――――呪いのようにも聞こえる。

 

「でも、それでも、俺らは前に進むことを決めた。楽な道なんて選べるほど、自分たちが上等な生き方をできるとは思ってもいねぇ。だから、知らないことや、怖いことが足を止める理由になんかにゃならねぇ――――なっちゃいけねぇ」

 

 その部屋でその言葉を聞いていた名瀬以外の人間は、オルガのその悲壮ともいえる言葉に身を切られるような痛みを感じた。

 

「なんでそこまでお前が背負う?楽になりたくはないのか?」

 

「兄貴なら……沢山のかみさんのいる名瀬・タービンならわかんでしょ?」

 

 その返しに二人はにやりと口元を歪めた。

 

「「家族と笑えるならそれ以上はない」」

 

 口を揃えて出たその言葉に、二人の家長はクックッと笑いをかみ殺す。

 

「誇れよ、オルガ。立派になろうとする家族を――――そうあるようにできた自分を」

 

「皆と馬鹿笑いできた時にそうしますよ」

 

 崩れていた口調を戻し、オルガはそう返した。

 そんなやり取りが行われている中、恙無く終わったアリーナでは次の試合の準備が行われていた。

 

『皆様にお知らせします。先ほど行われた一年生の部、準決勝第一試合の引き分けですが、協議の結果、二チームを三位とし、次に予定されていた準決勝第二試合を繰り上げで一年生の部の決勝とします。これは両チームの選手も協議に参加した結果での進行になりますので、ご了承の方をお願いいたします』

 

 その放送に合わせるように、アリーナの電光掲示板に『決勝戦』と『三日月・オーガス、ラウラ・ボーデヴィッヒVS織斑一夏、凰鈴音』という文字が映し出された。

 当初こそ困惑していた客席であったが、アリーナの格納庫から、それぞれのチームが機体を纏い、姿を見せたことにより、すぐにその声は歓声へと様変わりする。

 

『いい、一夏?アンタはできることを精一杯やりなさい。妙な色気を出すんじゃないわよ』

 

『うっ……意外とお調子者だから図に乗るかもしれない』

 

 アリーナを満たす歓声をBGMに、一夏と鈴音は秘匿回線で試合前の最後のやり取りをしていた。その姿には以前の蟠りは鳴りを潜め、チームと呼べるものにはなっていた。

 もっとも出来の悪い弟を嗜める姉という雰囲気でもあったが。

 

(そんな言葉が出てくるだけ、昔とは大違いね……まぁ、意識するなって方が無茶か)

 

 一夏からのどこか謙虚な言葉に、鈴音はそんな感想を持つ。

 そして、一夏が意識的にか、無意識的にかは定かでないが、先ほどからチラチラと視線を送る先に彼女も意識を向ける。

 そこにはトリコロールの装甲の中で、相変わらず野菜の種を齧る三日月の姿があった。

 

『オーガス。一応言っておくが先日のような戦い方はするなよ?』

 

『えっと、“相手の身にならないような勝ち方”はしない……だっけ?』

 

『うむ。ここはあくまで学び舎で、兵士の戦い方を学ばせてしまうのは競技者を目指す者たちには有害かもしれないからな』

 

 一夏と鈴音と同じように三日月とラウラも秘匿回線を使い、試合前の最終確認を行っていたのだが、その内容はとても相手に聞かせられるようなものではなかった。

 因みにラウラの言った“先日のような戦い”というのは、三日月が相手に何もさせずに武装を破壊し一方的に蹂躙するという、試合とは呼べないナニカの事であった。

 その一方で、ラウラの試合運びは実に優秀なものであった。

 というのも、彼女は試合の中でまだまだ不慣れな一年生を相手に、機体の操縦を完熟させるように戦っていたのだ。

 相手の機体や操縦者の戦い易い間合いに機体を寄せ、そして相手が動きやすいように位置取りをする。

 時々、支障にならない程度に被弾してやり、最後は相手の苦手な分野を教えるように隙を突き勝利する。

 そういった教導に近い試合をしたラウラは、周りからの顰蹙を買うかと思われたが、それ以上に得ることの方が重要であったため寧ろ対戦相手から感謝されていたりする。

 そしてそれは教師陣からも高評価であったのだが、かつてラウラを“同じ方法で鍛え続けた”どこぞの元教官が悶えそうになっていたのは完全に余談である。

 

『……でも、ウサギの人、今回の相手ってそういうのがいるほど弱いの?』

 

 三日月の率直な疑問であった。前日までの予選では、対戦相手は初心者丸出しの生徒も少なくない人数がいた。しかし、今目の前にいるのは二人とも量産機ではなく、専用機に乗っているのだ。

 そんな相手に手加減が本当に必要なのか、三日月には理解ができなかった。

 

『ふむ。とうとう今日まで私の名前を覚えられなかったな。まぁ、それはさておき――――』

 

 どこか不服そうな感想を漏らしたのち、ラウラはクスリと笑いを漏らすと、秘匿回線越しに三日月に告げる。

 

『――――自己判断で、派手にやって大丈夫だ。遠慮は失礼になるし、なによりイベントは参加者もギャラリーも楽しんでこそだ』

 

 その彼女の表情に三日月は、(シノやユージンも偶にあんな顔してたっけ)と悪戯好きの身内の表情を思い出す。

 そんな個々のやり取りに関係なく時間は流れる。

 そして、“世界初と二人目”の試合を見ようと、アリーナの観客席に立ち見の生徒たちが現れ始めた頃に試合を開始するカウントダウンが始まった。

 

『ピーーーーーー!』

 

 開始の電子音が流れた瞬間、三機がお互いの前方に向かって躍り出た。

 

「さっきの試合は参考になったわ!はっきり言ってタッグよりもこっちのほうが私らしい!」

 

「同感だが、あの男にオーガスの相手が務まるか?」

 

 鈴音は自身の機体―――甲龍の標準装備である大型青龍刀、双天牙月をそれぞれ一本ずつ両手に握り突貫する。

 それに応じるようにラウラも専用機、シュヴァルツェア・レーゲンの両腕に装備されたプラズマ手刀を展開した。

 

「信じて男を送り出すのが良い女じゃない!!」

 

「タッグを否定した貴様が言うのか?!」

 

 甲龍の持ち前のパワーが双天牙月の斬撃を、ラウラにとっての脅威に昇華する。

 その二刀流に、ラウラは冷静に対処していく。口では驚いたセリフを零しているが、焦ることが致命的になるのを知っている彼女の頭は常に冷静な観察をしようとした。

 

(刃に溶ける前兆は無し。耐熱コーティングは基本か。派手に扱ってはいるが、機体に負荷が掛かっている様子もない。中国はいい仕事をしたな。機体強度と運用方向、それを扱える操縦者にも恵まれた)

 

 機体のトルクで負けていることを察したラウラは即座に動く。

 両腕のプラズマを即座に消し、大型青龍刀を握る甲龍の腕を掴むと鈴音の意図した動きをずらす様に力を加える。

 

「――――この国ではこういうのを柔術というのであったか?」

 

「器用な奴っ」

 

 すると、甲龍は簡単にバランスを崩し、まるで空中で躓いたように前方に倒れこむような姿勢となる。

 

(追撃は――――っ)

 

 ラウラからはその瞬間、がら空きになった鈴音の背中が眼下にあり、そこに追撃を加えようとした瞬間、自身の背筋が粟立つのを感じた。

 その不快感が走った瞬間、機体を即座に操作しその場を離脱する。

 すると、不自然な風が巻き起こり、ラウラの頬を撫でた。

 

「避けた?今のを?!」

 

(不可視の攻撃?中国は本当にいい仕事をしたな…………だが、その装備が宇宙開発に有用なのか?)

 

 ある意味で一進一退の攻防を繰り広げる中で、男性操縦者同士の戦いも始まっていた。

 

(俺にできることは近づいて斬ること!ならその状況に持っていく工夫をする!)

 

(えっと……手加減して、様子見して、相手に合わせる……………面倒だな)

 

 試合開始から動かず、その場で突っ立っている三日月に対し、一夏は専用機である白式特有の機動力を“活かす”ために、地面のスレスレを飛ぶ。

 そして、三日月がバルバトスの両腕部に接合式となった滑腔砲を白式に向け、その弾丸を放った瞬間、一夏が行動を起こす。

 

「ここで!」

 

 飛ぶために前傾姿勢であった白式の背部を地面に向け、スラスターを内蔵した非固定浮遊ユニットの噴射口を吹かす。

 その平均的なISと比べ頭一つ分は抜きんでている推力は、アリーナのグラウンドを巻き上げ、即席の土のカーテンを生み出した。

 

「おー」

 

 その初めて見る使い方に、純粋な感嘆の声を漏らす三日月。

 その背後には、既に一夏が回り込んでいた。

 

「こっちだ!」

 

 咆哮一閃。

 掛け声と共に振り下ろされた斬撃は、普段の素振りと同じく篠ノ之流の基礎にしてもっとも無駄のない動き。

 

「あぁ……そういえば――――」

 

 量産機に乗る同学年や、この状況であれば上級生でも躱すことの難しいその攻撃は、しかし一夏にとって――――否、観客にとっても埒外の方法で防がれる。

 

「そういう剣って――――」

 

 それは三日月なりに、チームメイトのラウラを習った行動であった。

 相手の隙や目に付く箇所を指摘して攻撃する。それを真似して、三日月もそうしたのだ。

 

「――――――――へ?」

 

「――――“折れやすいから”あんまり使わないほうがいい」

 

 三日月の行ったことはシンプルだ。

 振り下ろされる雪片弐型の刀身の“峰”の部分を掴み、そのまま手にしたショートメイスで横から打撃を与えただけだ。

 そう、それだけでしかない。

 三日月からの善意のアドバイスと実演は、結果として白式の最大の特徴であり、唯一の武器を破壊するという結果を齎した。

 

 

 

 






ラウラというストッパーが働いた結果が雪片の破壊…………どうしてこうなった?!
ワンサマーの難易度が自然とルナティックになっていく不思議。



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