皆さんははたして、この拙作を覚えているのだろうか?
何回も書き直して、結局は自分なりに自然な文章になったと思います。
夜の帳が落ちる。
しかし、その日は雲もなく、海に近いため月や星の光が都会よりも届くために、学園の吹き抜けになっている競技用アリーナの中は夜目が利かなくても問題が無いくらいに明るい。
「…………」
そのアリーナの中央。先の事件などで修繕したばかりの人工芝の中心で千冬は空を見上げていた。
しかも、その恰好はジャージで、寝転がっている姿である。普段の彼女からすれば想像もつかない光景であった。
もっとも、私生活が意外と抜けている彼女の弟がそれを見れば逆に安心するような光景であったかもしれないが。
「…………」
千冬は何も言わず、ただ寝ころんだまま空を見上げ、考えていた。
昼間に行われた試合。結果だけ言えば、試合は引き分けで終わった。決着が云々の前に両者の機体が先に悲鳴を上げたのだ。
シールド残量はあるというのに、両者の機体は所々装甲が脱落し、武装に至っては既に再利用できるものの方が少ないまでに消耗していた。
そんな中で試合を続けるというのであれば、それはもう殴り合いくらいしか選択肢が無かったのである。
そんな状態では流石に試合を続行するわけにもいかず、やむなく引き分けという形でその試合は終わりを迎えていた。
「…………なさけない」
ポツリと、千冬はそんな言葉を漏らす。
それが自身の有り様を言っているのか、それとも試合に勝ち切れなかったことを言っているのかは本人にすら判断が付いていなかった。
『どうして襲撃の時にISに乗らない?』
試合の際のアミダの言葉が正確に思い出される。
その質問の明確な答えを千冬は未だに言語化できないでいた。
(私は責任者としての立場を全うしていた筈だ)
それらしい理由を思い浮かべる。だが、それはどこか自分に言い聞かせるようであり、言い訳がましく思えた。
『何故、委員会や各国のお偉方に自分の名を使って牽制をしない?』
(私は立場で他人を虐げる存在こそを嫌っていた。それをすれば、私は私でなくなる)
質問を思い出すたびに、やはりそれらしい理由が浮かぶがそれを口に出すことはできない。
『どうしてアンタは逃げなかった?』
「…………」
とうとう最後の問いかけには、何も言葉が出なかった。
思考の袋小路に入りかけた千冬は、柄にもなく昔に想いを馳せる。それは彼女の原点であった。
織斑千冬という人間が世界に対して初めて大きく影響を与えたのは、間違いなく白騎士事件がその始まりである。
今や政治家などの高官たちには公然の秘密扱いになっている、公に確認された最初のISである白騎士のパイロットは間違いなく織斑千冬だ。
当時、未成年であり、特殊な事情から両親が居なかった彼女は、あまり社交的な方ではなかった。その為、保護責任者をしてくれていた篠ノ之の家に頼ることも、彼女は自分からは決してしようとはしなかった。
当時を思い出し、どれだけ自分が不器用であったのかを今更ながらに思う。
何故なら自分で自分を追い込み、その結果が親友に乗せられて世界規模のテロに参加しているのだから。
動機と言えば、“力しか無い自分でも、たった一人の家族を守ることができる環境が欲しい”という実に身勝手かつ、分を弁えない理由なのだから笑えない。
しかも、その後はとんとん拍子で自身の思惑以上の結果が付いてきたのだから質が悪い。
「『どんな目標であろうと、周りの状況が変ったぐらいで目指せる程度のものならやめておけ。自分はもちろん周りも迷惑するだけだ』か…………その通りだな、まったく」
かつて、弟に向けた言葉を口にし、その滑稽さに千冬は自身を嘲笑うしかできなかった。
「家族を守りたくて振るった力で何が起きた?誘拐や脅迫、挙句の果てには弟自身が危険な立場に立つような状況を造り出しただけじゃないか」
笑った口が悲壮に歪んでいく。
「結局のところ、自分に酔っている小娘に過ぎんということか……」
「それは、誰の事だ?」
只の独白に対し、質問の声が投げ掛けられる。
急な事に、身体を起こす千冬。彼女の視界には、スーツを着た褐色の肌と白に近い色素の薄い髪が特徴的な青年――――オルガ・イツカが立っていた。
「君は……」
「こうやって、サシで話すのは初めてですね」
先ほどの問いかけと違い、どこか形式的な敬語を吐きながら向かい合うようにその場に腰を下ろすオルガ。
千冬は彼の接近に気付かなかった事に、ようやく自身がだいぶ消耗していることを自覚しつつ、どうしてここにオルガが居るのかを考え始めた。
「…………君も、オーガスと同じで敬語が下手だな。今は周りの目もない。楽な話し方で構わない」
「ハハ、わりーな。気を使わせちまって」
悪びれもせず、どこか楽しそうに話すオルガに、肩の力が抜けたのか、千冬は先ほどの歪めたような笑みではなく、自然な微笑を零していた。
「君はどうしてここに?」
「いや、まだミカの奴が目を覚まさねーからな。普段アイツらがどんな所で過ごしているのか個人的に見学してた」
「…………無許可か?」
「その方が楽しいだろ?」
正直に言えば、オルガがIS学園内をうろつく事はよろしくは無い。だが、昨日のアクシデントで早々に学園から各国のVIPが退去し、中からではなく外からの警戒を厳重にしている今は、オルガのような部外者が隠れて敷地内を行き来するくらいは簡単だったりするのだ。
そして、その散歩とも探検とも言えない徘徊中にオルガは千冬を見つけ、なんとなく声をかけた。
もちろん、千冬が一般の職員であれば、オルガは早々にその場を離れていたが、彼女がアミダやナターシャと仲良く話し、自分たちが学園に居ることを把握している人間だからこそ声をかけたのだが。
「――――オーガスの方はどうだ?」
ちょっとした悪戯心に笑みを浮かべたあと、オルガの言葉にスルーできない部分があった千冬は問いを投げた。
昨日のアクシデント――――VTシステムの暴走事故が収束し、撤収作業をしている中、三日月はバルバトスを降りてすぐに気を失っていた。
操縦中に普通では考えられない量の鼻血を流し、ダメージを受けながらの戦闘の直後であったため、一時は騒然となった。だが、そこは流石に優秀な教員が即座に彼を回収し、敷地内の医療施設に送った。
その一連の流れを思い出しつつ、千冬は対面に座るオルガの返答を待つ。
「医者が言うには、外傷はないがどうして昏倒したのかは分からないって話だった。今はアトラが傍に付いてる…………まぁ、起きてきたら腹が減ったくらいは言うだろうな」
オルガの言葉から千冬は感じていた。彼が三日月に対してどれだけの信頼を寄せているのかを。なぜなら、説明の言葉には心配という成分がほとんどなかったのだ。
それを聞いていた千冬には、「こんなことでアイツはどうにかなるような奴じゃねえ」と言っているように聞こえた。
「こっちからも質問いいか?」
今度はオルガからの投げかけられた言葉に、千冬は首肯で先を促す。
「自分に酔っている小娘って、自分の事を言っていたのか?」
「…………私は君や、周りの人間が思っているほど上等な人間ではない」
先ほどまでの緊張や、袋小路に入った思考の時とは違い、今度はどこかすんなりと口から言葉が出てくる。
「自分ができることを精一杯やって、その結果がどうなるのか考えもしないで、只々周りに煽てられるままに生きてきた。おかげで、今では覚悟すらまともできていない自己を見つめ直すという体たらくだ」
自嘲しながら、視界をアリーナの吹き抜けの向こう側――――星が浮かぶ夜空に向ける。
「アミダに言われたよ。何故私は此処に居るのかと。どうしてその力を持て余しているのかと」
彼女の瞳はどこか濁ったようにオルガには見えた。
「答えられなかった。それも当然だ。状況に流されて此処にいる自分に、その問いの答えなど持ち合わせていないのだから」
「俺たちはアンタに頼った結果、色々と助かったけど、それはアンタの意志じゃないのか?」
真剣に話を聞いていたからこその疑問がオルガの口から洩れる。
「私にはもっと君たちに……いや、君たち鉄華団に限らず、IS方面においては色々とできた筈なんだ」
IS方面と千冬は口にしたが、それは今の女尊男卑の社会についても同じことが言える。極端に男性を虐げる女性たちは、結局のところ自分たちの性別以外にその場で社会的な武器になるものがないのだ。
そんな武器とも言えないものがまかり取る世の中なのは、男女関係なく刷り込まれた意識の問題が前提としてあるからだ。
『事が大きくなれば、織斑千冬や篠ノ之束が出てくる』
そんな都市伝説のようなぼんやりとした内容が、今の社会の形成の要因になっているのだから、この世の中がどれだけ歪なのかがはっきりとしている。
「その覚悟を持てなかった自分が恥ずかしいっ」
言ってしまえば、千冬は矢面に立つことに疲れ、そして怖がっているのだ。自分の一挙手一投足が社会に大きな影響を及ぼしてしまうなど、質の悪い冗談にも程がある。
だが、それが実現してしまうのが今の世の中なのだ。
そして、そういう世界を一時でも、望んでしまった嘗ての自分に今更ながらに悍ましさを覚える千冬であった。
すべて言い終えたのか、数分その場に沈黙が降りる。
沈黙を破ったのは、オルガの声であった。
「アンタは切り捨てるだけで、何も守って来なかったのか?」
その言葉に千冬はオルガの方に顔を向けた。
「俺はこれまで敵も仲間も沢山殺してきた。それは直接手を下したんじゃなくて、たった一つの命令で多くの命を使い潰してきたんだ」
そのオルガの言葉は、自身も傍に居る千冬の身も切り刻んでいく。
「その事に後悔しちゃいけねぇとは思っていても、どうしても考えちまう時はある。もっと上手くやれたのにって」
オルガは自身の掌に視線を落とす。月や星に明かり照らされて見える手はペンだここそできているが、仲間内では綺麗な見てくれをしていると思った。
だが、その手は間違いなく、誰よりも赤く染まっている確信がオルガにはあった。
「でもよ。後悔をしても、悲しんでも、立ち止まることをしちゃあ、死んだやつもこれから死んじまうかもしれない奴らも犬死になっちまう。ならさ――――」
そこまで言うと、オルガは立ち上がり千冬に、その血に汚れつつも多くのモノを掴もうとする手を差し出した。
「どれだけ情けなかろうと何だろうと、最後まで精一杯背伸びして、できることをやるのは、何も間違っちゃいないんじゃねーか?」
とても青臭く、それでいて芯の通った言葉に千冬は思った。自分がうじうじしているのに比べ、彼は――――彼らは生きていく事に本当に真摯であると。
そんな、子供の青春のようなやり取りをしている中、ある一室では二人の男女が生まれたままの姿でベッドに横になっていた。
「……よく頑張ったな、アミダ」
二人の内、男性の方である名瀬は身を起こすと、隣で眠る女性――――アミダの乱れた前髪を指で軽く整えてやる。
そうすると、顕わになる彼女の寝顔。その穏やかな寝息をたてる彼女の目元には、涙が伝った跡が残っていた。
「――――――情けねえぞ、名瀬・タービン」
表情を歪め、自身を責める名瀬。その原因は自身の妻の一人であるアミダを泣かしてしまった事もそうであるが、なによりもそれを慰めてやることができていない事に対する侮蔑の感情から来たものであった。
彼女が泣いた理由。それは亡くしてしまった子供の仇を許し、そしてその事に対して納得しようとする自分の感情を抑えきれなかったことである。
千冬との試合で色々と吐き出したアミダではあったが、それがすべてではなかったのだ。
アミダの中にある“女性としての感情”は試合にぶつけた通りなのだが、“母親としての感情”はもっと黒く、ドロドロとしたモノである。
その相反する感情が抑えきれなくなり、彼女は試合後に、スクラップ寸前にした機体について整備員に謝ることもせず、只々名瀬を求めていた。
『女は、男っていう華を照らす太陽なのさ』
「なら、その太陽が陰った時、華は太陽に何をしてやれる?」
かつて彼女が言っていた言葉を思い出し、名瀬はそんな疑問をポツリと呟く。
特に喉が渇いたわけでもないのに、無性に飲み慣れた安酒が恋しくなる。だが、その部屋にはアルコール飲料は一滴も備わっていなかったため、ため息を零すことしかできない名瀬であった。
こうして夜は更けていく。
進む者もいれば、振り返る者、立ち止まる者もいた今回の騒動。
しかし、それでも世界はそんなことお構いなしに回っていく。
というわけで、今回の話で本当にタッグトーナメント戦完結です。
クソ長かった…………
軽く説明を入れますと、千冬もアミダも自分の気持ちに決着をつけ切ったわけではありません。なので、またちょくちょく女性として弱い部分も見せていくかもしれませんが、しっかりと大人として頑張っていく感じです。
次回からはやっと臨海学校編です。
それで一応アニメ一期という最初の目標にしていた区切りなので、なんとかそこまで書き切りたいとは思います。
……その先?ISの最終巻が出たら書くかもしれません(適当)
~おまけ~
今回のダイジェスト
千冬「私の影響力が強すぎるわぁ~。マジつらいわぁ~」
オルガ「ええから、働け」
名瀬「マイワイフが闇を抱えてる件について」
アミダ「( ˘ω˘ )スヤァ… 」