IS~鉄の華~   作:レスト00

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読者の皆様お久しぶりです。
久方ぶりの更新になります。


今回、投稿するにあたり、自分はラブコメは書けねえなと悟りました。
なので、今作はどっちかというと戦闘と策謀よりの話になっていくと思います(今更感)


五十二話

 

 

 旅館のロビーの一角。普段はお客の休憩所に使用される複数の机とソファーは、和風なテイストの建物の邪魔にならないシックなデザインとなっている。

 普段であれば、一般客で賑わうその場所は生憎とIS学園の貸し切りという理由で今は閑散としていた。

 既に生徒は自由時間になっており、彼女たちにとってはそこで静かに過ごすよりは旅館のすぐ傍にある海岸に突撃していく方が重要らしい。

 もっとも、今はそこで今後の打ち合わせをしているビスケットと千冬にとっては好都合であったが。

 

「三日月と昭弘の二人は、明日のISの実習に合わせる形で此処に来ます。その際に、タービンズからのデータ取りを頼まれた試作品も幾つか搬入しますので、そのリストと同行者はこのデータを参照してください」

 

 口を動かしつつ、お互いにタブレットを操作し、データのやり取りを行う。

 淀みなく確認事項をチェックしていく二人の姿は、その場が旅館であることが違和感であるほどに真剣なものであった。

 そして、それから十分もしないうちに確認事項の全てのチェックが終わる。

 

(大したものだ)

 

 タブレットのデータを再度保存しながら、目の前で肩にかけたタオルで汗を拭うビスケットを千冬は内心で称賛する。

 元々、鉄華団のメンバーの中でも彼が裏方の事務作業を得意とし、普段から勤勉な姿勢を見せている事を千冬は真耶から聞いていた。

 しかし、実際に仕事の話をしてみて、千冬はその評価が言葉以上のものであると結論付ける。

 どちらかと言えば、こういった事務作業の苦手な千冬であったが、その彼女が不足も無く、むしろ自分が見落としそうな部分の補足まで添えてデータを作成していたのだから。

 これは元々ビスケットが、学のない小さな子供にも現代戦で通用するだけの知識や情報のやり取りについて、分かり易く説明していた経験の賜物であった。

 もっとも、真耶から普段の千冬がこういった仕事を苦手にしていることを聞いていたビスケットの事前準備も大きな要因であったりするが。

 

「えっと……それじゃあ、僕はこれで行きますね」

 

「ああ。真耶も妹さんたちも待っているだろう。早く行ってあげなさい」

 

 自分の横に置いておいた帽子をかぶり直しながら、ビスケットはそう切り出す。

 その一言で、自身が思考の海に浸りそうになっていたことを自覚させられた千冬は、ハッとしつつもキチンと返事を言葉にする。

 一度会釈してから、旅館の玄関に向かうビスケット。その後ろ姿をぼんやりと眺めながら、旅館の出入り口で“上着を脱いでから”外に出る彼を千冬は見送った。

 

「……自身の教え子を信用するのは当たり前ではあるが、怖いことに変わりはないな」

 

 ビスケットが上着を脱ぐと、その下はタンクトップとなっており、彼の首の付け根にある阿頼耶識のピアスが当然のように丸見えになっている。

 以前であれば学園の生徒には隠していた阿頼耶識。しかし、それは前回のタッグトーナメントの騒動の際に隠す意味が無くなっていた。

 VTシステムとの戦闘の際、多くの損傷を負った三日月。その時に多くの生徒が気付いたのだ。これまで装甲によって隠れていた三日月とバルバトスを繋ぐ阿頼耶識のケーブルを。

 そして、下手に隠すよりも事情を説明した方がいいと思った学園側と鉄華団の人間は、変な噂が流れる前に早々に阿頼耶識システムについてぶっちゃけた。

 口頭とテキストデータを参照しつつ、ホームルームで説明された直後、どの学年、どのクラスも教室内はお通夜のように静かになっていた。

 そして、当事者である三日月と昭弘の居る一組もそれは同様である。

 そんな中、その静粛を破ったのは、一人の生徒の言葉であった。

 

「ミカミカとアッキーは痛かったり、苦しかったりしない?」

 

 どこか間の抜けたような声音であるが、その芯に真剣さを含ませた言葉が教室内の全員が聞き取ることができた。

 

「……痛いのは最初だけで今は別になんともない」

 

「ああ。これがあって不都合な事は特にないな」

 

 簡潔に何でもないように答えた二人に、それを聞いた生徒――――本音は心配そうにしていた表情を破顔させ、安心したような笑顔を浮かべた。

 彼女はその場に居る全員が触れ辛い話題に対し、一番気掛かりな部分を訪ねることで、これからの彼らに対するしこりが起こらないように率先して動いたのだ。それが意図しての事かどうかは、当人にしか分からない事ではあったが。

 そして、それは事情を最初から知っている大人である教師には務まらない役であり、同じ同年代である彼女だからこそその効果は覿面であった。

 本当であれば、ホームルーム中に席を立った彼女を叱らなければならない千冬であったが、この時ばかりは内心で感謝しつつも席に戻るように口頭注意のみに止めた。

 

「……最近は生徒に助けられてばかりだな」

 

 旅館の一角で千冬はごちる。

 以前であれば、その事を情けないと思いつつ自己嫌悪に陥っていたかもしれない。だが、今の千冬には自身の周りに居てくれる人間がどれだけ恵まれているのかを噛み締め、その事に感謝するだけの心の余裕があった。

 

「散歩にでも行くか……」

 

 やけに座り心地の良いソファーに名残惜しさを感じつつも、千冬はタブレットなどの余計な私物を片付けるために、自身の部屋へ向かうのであった。

 特殊な教育機関の実に学校らしいイベントが進む中、とある島ではある実験が行われていた。

 その実験はISの危険性を再確認し、その性能の限界を測るためのものであった。

 そして、その実験をモニターする場所では、オペレーターや研究者、更には軍服を着た将校までがその場には居た。

 

「今回の実験……ISの軍事装備の性能実験など、よく委員会は許可を下ろしたものだ」

 

「委員会は安全性よりも、自身たちが保有する力を我々にアピールするほうが重要なのでしょう」

 

 今回の実験に招待された軍人と政治家が言葉を交わす。

 その会話の中で、彼らは意図して「女性」と「男性」という単語を口走らないようにしていた。

 

「現場に出さないオブジェの発表に、大層なことだ」

 

「委員会はそれだけ鉄華団の動きを意識しているということでしょう」

 

「たった二機……いや、三機のISを男が使っているだけで、そこまで過剰に反応するとはな。奴らは軍人である我らよりも暇らしい」

 

 ISの台頭により、政治家や軍人の上層部の女性の割合が多くなっていた。そして、そういった人々の多くが男性を軽視する傾向にあり、軍内の男性が有利になるパイロットや兵士といった分野の規模を小さくしようとする、所謂軍縮を推し進めている。

 彼らはそれだけISという力に酔っているのだが、そもそも『ISの軍事利用の禁止』という世界共通の認識すら軽視しているのは、性別以前に人としての倫理観すら崩れてきているといっても過言ではない。

 

「この実験でポジティブな結果が出れば、いよいよ奴らは兵器を手放すように言ってくるだろうな」

 

「そこまでの阿呆は居ないと思いたいな」

 

「奴らは国ではなく、性別で人を区別……差別しようとしている人種だ。今更我らを人扱いなどするものか」

 

 投げやりな言葉を返す軍人から殺気が漏れ、政治家は底冷えするような寒気を覚える。兵器などなくとも、死の予感を体感できることを、この日初めてその政治家は体感することとなった。

 皮肉な事に、鉄華団の活躍は良くも悪くも様々な方面に波紋を広げ、刺激し、多くの団体や組織を刺激する結果となった。

 以前ラウラが義父である上官から言われた通り、世界は確実にその姿を変えていっている。

 そして、その変革は“起こそうとする者たち”よりも“それを利用しようとする者たち”の方が狡猾で、更にその波紋を大きくしていく。

 

「実験を開始します」

 

「搭乗者、機体ともにステータス正常値を維持」

 

「加速を開始。各部の負荷は規定値以内」

 

 オペレーターの発声と、その室内に設置されたモニター類が様々な情報を、その室内を満たしていく。

 それらは特に異常を伝えることも無く、決められたスケジュールをただ淡々とこなしていっていることを示している。

 それをどこか興味なさそうに見ている観客である一同。そこでその内の一人は気付く。

 薄暗くて気付き辛かったが、モニターの光が照らしだす観客たちが全員“男”で

あることに。

 

「サテライトと周囲警戒機から入電!大型の質量がこちらに向かって高速接近中!」

 

 その報告に、観客の軍属の人々は一瞬で意識を切り替えた。

 

「報告をもっと具体的に。接近するアンノウンの進行方向にあるのは何だ?」

 

 自身の部下ではないため、報告に自身が求めるものが無いことに苛立ちつつも、次に来る情報を待つ。

 

「進行方向には実験中のシルバリオ・ゴスペルと此処が直線状にあります!」

 

「っ!実験機に退避指示!此処に居る人員は即座に退避勧告。死にたくなければ今すぐに此処から離れろ!」

 

 普通であれば越権行為であるが、それで人員と国の資産が守れるのであれば後でいくらでも罰を受けるつもりで、その将校は声を張り上げる。

 

「待ってください!シルバリオ・ゴスペルに異常発生!通信途絶、更に機体出力が上がっていきます!」

 

 その報告が聞こえてくると同時に、モニターに映し出されるドローンからの映像に皆の目が釘付けになる。

 そこには頭を抱え苦しむような様子の後、突然糸の切れた人形のようにダランと手足を脱力させる銀色の機体が映し出されていた。

 

「トラブル?このタイミングで?」

 

「アンノウンがゴスペルに接触します!」

 

 その報告が告げられた瞬間、海から大きな柱が上がる。

 白く、大きく、一瞬で上空にまで巻き上げられた海水の柱はしかし、その根元から放たれた桃色の光の柱によりかき消される。

 

「なんだ?」

 

 呆然とする一同を代表するように誰かが呟く。だが、その疑問に対する回答を持ち合わせるものは誰もいない。

 そして、そんな中でも状況は進んでいく。

 突然出現したその光は、どこまでも天に伸びていくと思いきや、徐々にその柱が傾いていっているのだ。

 その先には、先ほどから微動だにしない銀色の機体が未だに佇んでいる。

 

「!!総員、衝撃に備え――」

 

 その光景の意味を察した瞬間、将校は叫ぶ。

 だが、それを言い切る前に轟音と熱がその施設を半壊し、幾人の命を飲み込むこととなる。

 

 

 世界のどこかで、誰かがその光景を笑った。

 

 

 

 

 





ということで、次回は一回学園側の状況を挟んでから、戦闘方面に移行すると思います。
色々と、リアルの方が忙しく、更新頻度が大分落ちているのですが、少しづつでも上げていくのでよろしくお願いします。


…………ぶっちゃけ、仕事のし過ぎで腰をヤリました。骨が歪んでました。
来年もよろしくお願いします。

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