Fクラスのツワモノ   作:シロクマ

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ちょっとぐだぐだなとこを少しだけ直しました。
また時間あったら修正します。


やりどころの無い気持ち

「設備は交換しない。良い提案だろ、Eクラス代表さん?」

 

 

…本当に、面倒な事をしてくれる。

 

 

試召戦争がFクラスの勝利で幕を閉じてすぐ、雄二から発せられたこの発言に誰もが耳を疑った。

 

「そんな、どうして…?」

 

敗者である中林も困惑した表情を雄二に見せる。

 

教室の設備交換は試召戦争後、下位クラスが上位クラスに求める第一のものだ。

それを行わないとする雄二の言葉は、常識では考えられない。

 

 

「何でだよ雄二!?せっかく勝ったのに!」

 

明久も納得がいかないようで、猛然と抗議する。

 

しかしそれも、突然勢い良く開いたドアの音、そして現れた人物によって中断させられた。

 

「――決着は付いた?」

 

恐らく周りの喧騒が収まったのを見てやって来たのだろう。質問してきたわりには確信を持った声だった。

 

腕を組んでこちらを見てくるその姿は秀吉に瓜二つ。

 

この間文月学園にやって来たばかりの俺だが、既に同学年のデータを見て知っている。

 

 

「どうしたの秀吉、その格好は…そうか、やっと本当の自分に目覚めたんだね!!」

「明久よ、わしはこっちじゃぞ」

「あれ、秀吉が…二人?」

「それはワシの姉上じゃ」

 

 

2年Aクラス、木下優子。

 

さて、この木下優子がなぜわざわざFクラスに来たのか。

兄弟仲良く一緒に帰ろうとでも?

 

 

…答えは否。

 

「秀吉は私の双子の弟よ。私は2年Aクラスから来た大使、木下優子。 …我々Aクラスは、あなた達Fクラスに――宣戦布告します」

 

「「「えぇぇッ!?」」」

 

『…ハァ』

 

いい加減にしてくれ。

よりにもよってAクラス……嫌がらせかよ。

 

 

「どうしてAクラスがわざわざ僕達Fクラスに…?」

「最下位クラスだからって、手加減しないわ。容赦なく叩き潰すから、そのつもりで」

 

明久の質問に答える気は少しも無いらしく、用件のみ伝えると木下はすぐに踵を返して教室を出て行った。

 

 

――フッ。

 

『(…これもお前の作戦通りってか?)』

 

皆があっという間に消え去っていった木下に視線を釘付けにする中。

俺だけは、僅かに鼻を鳴らして口元に笑みを浮かべる雄二を見逃さなかった。

 

 

 

 

『そっか、先生は減点法で採点したんですね…なるほど。どおりで所々妙なとこでバツにされてると思った』

 

教室での一騒動もそこそこに、向かったのは職員室。

 

すでに放課後を回った現在の時間帯に目的の高橋先生が未だ机に留まっていたのは僥倖だった。

 

「…どちらかといえば、減点法が日本の基本的な採点基準ですが?」

『そうだったっけ…じゃあ高橋先生だけじゃなくて、他の先生も同じように採点するんだ?』

「当然でしょう」

 

何を言っているんだと片手を頭に添え、小さく唸る高橋先生がなんとも印象的だった。

 

『だとしたら、ここの数式は減点にならないんですか?けっこう途中式すっ飛ばしたのに』

 

「そこですか…確かに、教科書どおりの模範解答とはいえませんが…それでも結果的に答えに導いていますし、ここは2年生で習う範囲の問題ではないので採点は甘くなります。前の学校ではここまで習っていたのですか?だとしたら随分と進度が速いですね…前は私立の進学校にでも?」

 

『ん?いや、まぁ普通にアメリカの学校に』

 

「…あぁ、だから今まで加点法に慣れた生活を送っていたというわけですか。それならば先程の質問も納得がいきます。それと、そういった事は先に伝えてください」

 

『言い忘れてました、すみません。まぁ進学校かはともかく、けっこう自由で居心地良いとこでしたよ。だからってサボってたら容赦なく振り落とすような鬼畜な面もあったけど』

 

「…自主性を育てるには良い環境かもしれませんね。育つ前に脱落してしまう可能性も捨て切れませんが」

 

そういう奴もいたが、なんだかんだ言って真面目で要領の良い人間が多かったから、そこまで問題視する必要は無いだろう。

 

 

それよりも日本の高等学校の方がよほど変わっている。

…この学校だけが、かもしれないが。

 

テストの問題数が無制限だったり、生徒が授業でまだ習っていない範囲の所まで問題に出したり。

 

「にしても、何で習ってない範囲の問題なんか試験に出すかな。そんな問題、解ける奴なんか10%もいないだろうに」

 

いるとしたら、自宅で高レベルの家庭教師をつけているか、自分で先の勉強範囲を応用まで完璧に予習しきった人間くらいだ。

注目を浴びている学園とはいえ、学費の安いここに通うのは自宅から通う地域の人間が大半だ。そこまでの高等教育を施された人間が数多く存在するとも思えない。

 

 

文月学園は進路に沿ったテストを出す気は無いのだろうか。

日本史や英語などの暗記系科目ならまだしも、数学を自分で予習して理解を済ませるだなんて、ただの高校生に課すには酷ではないかと思い量ってしまう。

 

「こういった未履修の単元の問題は、単純に予習済みの生徒に対するボーナスポイントのようなものだと考えてください。それに、もし解けなければ飛ばして他の問題で点を補完すれば良いだけの話です、そこまで深刻に考える事でもありません」

 

『ボーナスポイント、ね。そういうとこで点数の差別化を図ってるってことかな』

 

引っ掛け問題ならまだしも、そういう方向性での差別化は紙とインクを無駄に消費するだけだろう。

なにせほとんどの生徒はスルーせざるおえないものなのだから。

 

 

…それにしても。

 

さっきから俺に向ける高橋先生のこの表情は何なのだろうか。

妙な顔で自分を見つめる高橋先生に気付き、俺はかすかに片眉を上げた後、原因を探ってみることにした。

 

『あんま見つめないで下さいよ。先生美人だから照れるじゃないですか』

 

「そうですか、ずいぶんと説得力に欠ける笑顔ですね」

 

『…そりゃ、冗談だし』

 

軽い冗談から入ってみたものの、こうも真顔で返されてはやり辛い。

からかう側としては、多少恥じらうか反発するくらいの可愛げが欲しいものだ。

 

『あの、マジでそんな怖い顔でこっち見ないで下さいよ。そりゃ、放課後に時間取ってもらって悪いとは思ってるけど…こういうのってあんまり時間掛けちゃ駄目でした?やっぱ学年主任って忙しかったり?』

 

「…いえ。Fクラスの生徒がわざわざ職員室に来てまで教えを請うのは珍しいので、少々戸惑ってしまいました。あのクラスに所属する生徒の大半は、テストは受けてもその後の復習やテスト直しをする習慣は持っていないですし…」

 

真っ直ぐ俺に見入っていた瞳が、不意に視線を外す。

まるで何かを迷っているような、決心がつきかねているような、そんな表情。

 

数秒の沈黙が流れるが、それすら待てないほど時間に余裕が無いわけでもない。

続きを催促するような野暮な真似をすること無く、相手が話し出すのをゆっくりと待った。

 

上手いこと適当な言葉を見つけ出したのか、高橋先生は踏み留めていた言葉をその口から再び巡らせた。

 

「――何より、回復試験時のあなたは態度もかなり悪かったので、ここまで熱心に採点したテストについて質問しに来るとは思いませんでした」

 

妙な顔の正体は、これか。

 

 

熱心になるのは当然だ。

俺の円滑な高校生活が懸かっているのだから。

 

『あれは先生がテスト中に話しかけてくるからじゃないですか。集中してるときに話しかけられるのってけっこうイラつくんですよ?』

「それはあなたの手が止まっていたからでしょう」

『ほら、いるじゃないですか。先に問題文を確認してから取り掛かる奴って。俺はそういうタイプなんですって』

「…良いでしょう、今回はそういう事にしておきます」

 

そういう事も何も、あれでも俺はそれなりに真面目に取り掛かっていたはずなんだが…もういいか。

 

 

 

その後も雑談も入り交じったテストの質疑応答を繰り広げ、テンポ良く会話の応酬が繰り広げられた。

どちらかというと雑談に主体が置かれているが、幸か不幸か、それを咎める輩はいない。

 

教養ある人間との雑談は耳に心地良い。無い人間に比べると、言葉一つで広がる世界が格段に違ってくる。

 

今までずっとそういう環境に身を置いていたせいなのか、やはり年上の人間との方が話が合うのだろう。

 

しかしこのおかげで、また目を付けられてしまっただろうか。

ものすごく不審なものを見る目でこちらを凝視されていて、どことなく居心地が悪い。

だがその表情を引き出してしまったのは、紛れも無い俺の失態によるものだ。

 

『(…なんか、どんどん化けの皮が剥がれてってるよな、俺)』

 

Aクラス担任である高橋先生には、俺の素行が悪いという認識をそのまま持っていて欲しかった。だがそれ以上に、今回の行動は必要不可欠だったのだ。

 

 

先の試召戦争で、予想に反して高得点を取った回復試験。

 

それに疑問を持った俺はその原因を放っておく訳にもいかず、こうして採点者本人に真相を尋ねに来たというわけだ。

 

これからも俺は自分で点数を調節して生活していかなければいけない。

そのためには、望んだ点数が取れなければ困るのだ。

 

 

そういった事情諸々を含めて天秤にかけた結果、今の状況があるわけだが。

 

 

『(ま、後悔したってしょうがねぇよな。よくよく考えたら不真面目路線で行くより、教師陣には勉強に意欲的な態度を見せた方が後々便利かもしれないし。結果オーライってことで)』

 

そう思わなければやってられない。

 

 

 

 

「それにしても、Fクラスは忙しいですね。Eクラスの次はAクラスですか」

 

しばらくして新しく高橋先生の振ってきた話は、学園内で最も盛り上がっている話題であり。

 

そして俺が今、一番聞きたくないものだった。

 

『んな事言われてもなぁ…そこらへんの事情って、俺関係ないし』

「おや。今日の試召戦争では大活躍だったと聞きましたが?」

『時間稼ぎに貢献してやっただけですって。Eクラスはまだしも、Aクラス相手に勝てる可能性なんてほぼ無いのにな…マジめんどくせぇ。…Aクラスも暇人ですよね』

 

 

ふと。

言うつもりなど無かった挑発的な言葉が無意識に放たれ、内心自分でも驚いた。

 

けれど既に賽は投げられた。他の誰でもない、俺の手によって。

 

一度口にした言葉を引き返すことは出来ない。

 

何より、俺の本心を押し留めていた理性が役目を放棄したように、まるで機能してくれなかった。

 

 

迷惑です。

そう言外に含ませた口ぶりに、自分の受け持つ生徒達をからかわれて不快に感じたのか、高橋先生の睨みを効かせた目つきが俺に注がれる。

 

「暇人とは心外ですね。彼女らは彼女らで、この学園の秩序を保とうとする矜持があるのですよ」

 

けれど俺は、女性の視線一つ受け流せないような人生を送ってきたつもりは更々無い。

 

 

『矜持、ね……ノブレス・オブリージュを気取るにはお子様すぎるだろ、あれは』

 

宣戦布告してきた木下優子を思い出し、薄く口元に孤を描かせる。

 

 

大抵の人間は格下がどう生きようが、自分に害が無い限りは動かないものだ。やるにしても、せいぜい様子見が良い所だろう。

 

それを度外視して干渉してくる人間など、たかが知れている。

 

 

『一番上のクラスなら、堂々と構えてれば良いんだ。反抗してきたら慈悲も無く徹底的に潰せば良い。適当に軽くあしらってやっても良い。でも、上に立つものがいちいち自分から下の人間を相手取るなんて、そんなのは馬鹿げてる。時間の無駄でしかない』

 

 

わざわざそんな事をしたがる人間など、ただの享楽か自分の力をひけらかしたいだけの人間か。

どちらにせよ、力の使い方を間違えているように思えてならない。

 

「あ、あなたは…」

『ま、Fクラスの俺が言っても説得力無いですね、これは。そこそこに聞き流しといてください』

 

 

そう笑って冗談っぽく微笑むも、取り繕ったこの顔は完全に手遅れかもしれない。高橋先生の硬く張った表情がそれを物語っていた。

 

 

『時間取っちゃってすいませんでした。次に会うのは明後日の試召戦争のときかな?そんときは、またよろしくお願いします…それじゃ』

 

冷静さを取り戻したあとには手遅れだった。

無意識に、苛立ちを間近にいた彼女にぶつけてしまった。

 

『失礼しましたー…ハァ。何してんだよ、俺は』

 

傍を離れて職員室を出るまで感じた先生の視線に、思わず額に手を当て疲れたように息を吐いた。

 

『いくらなんでも、イラつきすぎだろ…』

 

それだけ、俺にとって翔子という存在が鬼門になっているという何よりの証拠だ。

 

どうしたら接触せずに済む。

明後日は休んでしまえば良いのだろうか?

 

いや、大した理由も無くそんなことは不可能だ。

 

そもそも学園の露払いという役割を放棄するなど問題外、そんな選択肢を選ぶ気は毛頭無かった。

 

 

 

俺は父さんに文句は言えても、逆らう事は出来ない。

彼にとって有益な人間であり続けなければならない。

 

 

あの狐に、一番の弱みを握られている限り。

 

だから今回の事だって簡単に私情を挟むわけにはいかなかった。

 

 

『もう、さっさと会っちまった方がいっそのこと楽なのかもな…ははっ』

 

 

呟いた言葉に笑ってしまう。

 

 

 

そんな勇気、無いくせに。

 

 

 


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