『お、目ぇ覚めたか。良いタイミングだな』
そして試験ももうじき終わる頃合だ。この時間で目覚めてくれてよかった。
「え…私、一体…その、あなたは―――」
女子生徒はボーッと天井の一点を見つめるかのようにどこか浮かれているようだ。
それでも意思の疎通は可能なようで、俺はとりあえず自己紹介から会話に入ることにした。
『俺は京。藤本 京【ふじもと けい】だ。藤本でも京でも好きに呼んでいーよ。お前はえっと、姫路で良いんだよな?』
「あ、はい。姫路瑞希といいます」
このときようやくフルネームを知ることができた。
呆けているかと思っていたが、思考能力はきちんと働いているようだったのでそのまま説明を続ける。
『姫路瑞希か。ん、よろしくな瑞希。とりあえず現状の説明だけど、見て分かるようにここは保健室だ。お前、試験中に倒れたからここまで運ばれたんだよ。ちなみに途中退室は0点だってさ、残念だったな』
「振り分け試験…。そう、ですか。0点…仕方ないですね」
『同情はしない。体調不良を言い訳にしてたらきりがねぇし、運が悪かったと思って割り切るんだな』
「はい。途中退室の件は試験要綱にも記載されてましたし、熱を出した私に責任がありますから」
仕方ないと容易に受け入れる瑞希の様子を意外に感じる。
普通の女の子ならこの現状を少しくらい嘆くだろう、というか最悪泣き出すかも、と覚悟していたが良い意味で裏切られた。
そのある種の達観した精神の持ち様に俺は少しだけ好感を抱く。
『まぁたとえFクラスでも住めば都っていうし。これからよろしく頼むな』
「…え?これから、って」
『あれ、言ったろ?途中退室は0点。だからお前を保健室に連れてきた俺も0点。よってFクラス確定ってわけだ』
予定通りに事が運んで俺は嬉しいよ。暇すぎていっそのこと問題きちんと解いちゃおうか悩んじゃってたし。
俺の目論見は無事成功し途中退室者となった。試験が終わるまで帰宅は認められなかったという点は誤算だったが。
結局やることも無く手持ち無沙汰になってはいたが、保健の先生と談笑しながら時間を潰せたのだから、試験を受け続けるよりは良い結果になったと言えるだろう。
だから姫路が倒れたのはラッキ「ごめんなさい!私のせいで…っ!」…あ?
「私が倒れたから、だから藤本君までっ」
…律儀な奴だ。
でも大丈夫だ姫路、それ勘違いだから。
というか邪な気持ちを持って助けている身としては、そこまで恐縮されても困る。
『あー…いや心配しなくても俺、試験全然解いてないから。元々Fクラス落ちるのは決まってたから。だから泣くな。落ち着け』
「で、でもっ!」
『あのな、俺は元々問題を解く気が無かった。だからお前を運ぶのは途中退室の大義名分になった。つまり利害の一致なわけ。OK?』
「…分かりました。その、わざわざ運んでくださってありがとうございます」
少し考え込むような仕草をしたあとにふぅ、と息を吐いてお礼を述べられた。
そうやって、仕方ないと割り切った顔をしてくれる瑞希に苦笑する。
『お礼なら俺より、倒れたお前にすぐ駆け寄ってきた奴に言ってやれ。打算もなしにあーいう事ができる奴は貴重だぞ?』
バカそうだったけど。
『俺が運ぼうとしてもすげぇ勢いで食い下がってきたし。大事に思われてんだな、お前』
「あぅ…吉井、くん」
『吉井くんって…姫路が寝言で何回も呼んでたあの吉井くん?』
まるで悪夢を見てるかのような険しい顔して呼ぶもんだから何事かと思ったら。
そうか、あの男は吉井っていうのか。
ボフっ!
少し目を離した隙に、いつの間にか姫路の顔が今以上に赤くなり、頭から湯気が…え、湯気って大丈夫なのか。
あ、倒れた。
『面白いリアクションだけど…大丈夫か、この子』
面白い以上に、不安だ。
このまま放っておいても大丈夫なのかと懸念するが、とりあえず後のことは保健の先生に頼むことにしよう。
そうして、クラスメイト第一号との会話は幕を閉じた。