Fクラスのツワモノ   作:シロクマ

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転入前の回想

 

 

藤本京、16歳。

 

 

この歳になって大学も見事卒業した。

 

 

そして現在、サマーバケーションも目前に控えた今、卒業祝いと称した父との親子水入らずの食事をしているわけだ。

 

 

少なくとも名目上は。

 

 

自分の肩書きは客観的に見ても十二分に評価されても良いものだと自負している。

だが実際に対面したこの俺に対する父の反応はといえば。

 

 

「…遊んでばっかりじゃダメだって言ったはずなのに、まったくしょうがない子なんだから」

 

『なぁ、開口一番息子にそれはひどいんじゃねーの』

 

 

見事にボロクソだ。

 

 

『もうちょっと褒めてくれても良いのに』だなんて、家族にそんな女々しい事を言うつもりはないが、なんか釈然としない。

 

『わざわざ貶すためにボストンまで来てくれたわけ?っていうか、貶されるような功績でもないだろ、俺の経歴って』

 

 

むしろ褒められて然るべきじゃね?と思うのだが。

 

 

「入学までのプロセスは上出来だったよ。完全に僕の期待以上だった。けど京の実力なら大学だってもっと早く卒業できたと思うけど?弁明もしないとこを見る限り、あながち遊んでいたのは間違いじゃないんでしょ」

 

そんなに大学は楽しかったのかい?と、仕方ない子だとでもいうように苦笑されて、何も言えなくなる。

 

 

確かにそれは否定できないが、それにしたって。

 

 

『相変わらず手厳しいよな…はぁ』

 

その容赦のなさに思わずため息が漏れる。しかし反面、相手はニコニコと足を組みながら余裕そうだ。

 

 

「ふふ。母さんが甘い分、僕が厳しくしなくちゃ釣り合いが取れないだろう?」

 

そんな釣り合いいらねぇ。甘い方に全力で傾いちまえ。

 

 

 

 

「―――さて」

 

 

次の瞬間、俺は久しぶりに味わった。本気で向き合ったときの緊張感が自分にどっと押し寄せてくるのが分かった。

 

 

 

 

「イジめるのはこれくらいにしておいて。本題に入るよ」

 

 

 

場の空気が一気に変わる。

 

 

それを全身で感じ取り、思わず笑みがこぼれる。

 

 

いつもの柔和な顔が、瞳が。

急に獰猛で冷酷な雰囲気を纏う、この瞬間が俺はたまらなく好きだ。

 

 

『やっとかよ、白々しい。わざわざ二人きりで食事会だなんて今までの経験上嫌な予感しかしねぇけど』

 

 

 

「文月学園だ」

 

 

 

刹那、俺の機嫌が急降下した。

 

 

 

『…いまさら高校通えってか、おい』

 

 

いくらなんでも、わざわざ大学飛び級させといてその暴挙はないだろう。

 

 

「もちろん2年生からの編入だ。理由は分かるな?」

 

 

『…試験召喚システム』

 

 

「まぁ80点って所かな。そう、科学とオカルト、ちょっとした偶然が重なって開発されたそれに、科学の分野でうちが技術提供しているのは既に知ってるだろう。正直当初は大した事業になるとも思わなかったけど。今じゃ世界での注目度はダントツだ」

 

『…そんで、身近でデータでも取ってこいって?』

 

「いいや。データは他の者が十分に取ってくれている。ただ、京には学園生活を送りながら……学園で起きた【事故】を穏便に片付けて欲しい。試験校だけあって、何かあったときの風当たりが強いんだ。それで研究が進まないのは我が社としても困る」

 

 

『その【事故】ってのは…つまりスパイとかテロとかって意味で?』

 

あの技術は軍事利用だって可能だからな…非現実的だが、そういった可能性だって十分ありうる。

 

 

「おそらくそういった時もあるかもね。大丈夫だとは思うけど、なんならその為の手駒も揃えてあげる。でも普段は主に不祥事の隠蔽の手助けとかになると思うよ」

 

『…………』

 

 

つまり面倒事を押し付けられるだけじゃねぇか!

 

もはや苛立ちを抑えるのに必死だ。親じゃなかったらとっくに怒鳴ってる。

 

『…ちなみに残り20点は』

 

 

「あぁ、京の入るクラスはFクラスでよろしくってだけ」

 

おい。

 

 

『Fクラスってあの廃屋みたいな部屋の教室だよな』

 

「うん。頑張ってね」

 

 

『ってか、普通に試験受けたら俺確実Aクラスだけど?』

 

自分で言っといてなんだけど高校レベルとか鼻で笑って解けるぞマジで。

 

 

「そこは手加減でも名前書き忘れるでもして……ああもう機嫌直しなさい。あのね、京。僕が何の意図もなくそんな嫌がらせすると思うかい?」

 

『しないと言い切れるほど父さんは俺に優しくねぇよ』

 

 

「信用ないなぁ。―――要するに、社会の底辺っていうものを体験してこいって言ってるんだよ」

 

 

その意図とやらに、一気に虚を突かれた。

 

いつもの事ながら、話が突飛すぎて付いていけない。

しかしそんな俺に父はお構いなしに話を続ける。

 

 

 

「お前はいつでも人の上に立って生きている。そうなるよう育てたのは他ならぬ僕だし、自分でも自覚してるだろう?でもね、上ばっかり見てきた視野の狭い人間はいつか足元を救われる。躓いて二度と起き上がれなくなった人を、僕は何度も見てきた」

 

 

経営者としての父の才覚は目を見張るものがある。

 

実際、今まで平凡だったウチの会社がここ十数年で急成長を遂げたのは父の代になってから。

 

 

 

『…俺もいずれそうなるって?』

 

悔しいけれど、父がそういうのなら…きっとそうなのだろう。

 

 

 

「…さあ、ね。今までは問題なかったけど…ただでさえハーバードの気質にやられてるんだ。お前のそういう所、できれば早い内に治しておきたいって親としては思うわけさ。そのためにもFクラスっていう人材は最適だと思わない?」

 

おもちゃを見つけた子供のように、楽しそうに提案する父だが、俺の心は揺るがない。

 

『それが俺のためになるっていうならどこへだって行ってやるさ。せいぜい楽しませてもらうけどな』

 

 

今の俺に出来ることは、その手のひらで泳がされる事だけ。

 

断れるはずもない。

もとより選択権など用意されていないのだから。

 

「そう、良かった。…ただし間違ってもAクラスに行っちゃダメだよ?」

 

『あのなぁ…』

 

さすがに目的がはっきりしてるならば父さんの命令くらいきちんと聞く。

なのにそこまで念押しされるほど俺は信用がないのか。

 

 

「いや、分かってるなら良いんだ。

――お前にはずいぶん窮屈な思いをさせてきたからね…存分に、高校生活を楽しんでおいで」

 

 

『…楽しめるなら、良いけどな』

 

 

…いいように操られているって自分でも分かってるのに。

 

 

その最後の言葉だけは、なぜか優しくて。

 

こういうとこが憎めないんだよなぁ、とため息をつきながらも、どこか安心した気持ちになった。

 

 

器も度量もまだまだ敵わないけれど、いつかこの父親を越えてみせる。

そう胸に決意を刻み付ける。

 

そのために今は、ただその姿を追いかけ続けよう。

 

 

 

「といってもあと8ヶ月ほど時間に余裕がある。それまでは僕の手伝いを頑張ってもらうよ。あぁ、あと古典もちゃんと勉強しておきなさい。日本史もね。高校レベルまでは習ってないだろう?こっちでは役に立たなくてもあっちでは必要なんだから」

 

 

『…どうせFクラスなら関係なくね?』

 

「こら、そうやってふてくされないの。どんな知識であれ、ないよりはあるほうが良いって自分でも分かってるだろう?ちゃんとできたらご褒美もあげるから」

 

 

 

仕事の手伝いが出来るのは、素直に嬉しい。

 

だがいまいち喜べないのは、絶対俺のせいじゃない。

 

日本史はともかく、古典…未知の世界だ。

 


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