Fクラスのツワモノ   作:シロクマ

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学園長という協力者

始業式当日。

通り道に整然と並べられた桜の景色を楽しみながら、俺はゆっくりと学校へ歩みを進めていった。朝の早い時間を選んで登校したせいか、生徒の数もまばらで辺りには静かで落ち着いた雰囲気が形成されている。

もし遅くに登校していれば周りはもっと騒がしく、到底桜並木を愛でる余裕など作れなかっただろう。

そうした意味ではラッキーだったな、と満開の桜並木に対して柔らかく目を細めた。

 

見事にピンク色に染め上がったこの桜は毎年、この時期の生徒や教師を喜ばせているのだろう。

これだけ多くの本数では維持費も掛かるが、それを度外視しても良いと思えるほどの働きをしていると思った。

 

 

しかしそんな楽しみを奪う者が突如現れる。

 

目の前のスーツをきっちり着こなした筋肉質な先生が、封筒を手に仁王立ちしていた。

なんていうか、景観が台無しである。

 

 

 

「藤本、この中にお前のクラスが書いてある、受け取れ。確認次第すぐ…藤本!カバンにしまうな、確認しろと言ってるだろうが!」

 

手渡された封筒は文月学園のクラス確認のための手法だ。

正直手間とコストの無駄遣いだと思うのだが、この方法に何かしらの意味があるのだろうか。掲示板に張り出せばいいのにと疑問を抱くのは俺だけではないはずだ。

 

『は?いや、別に確認とかいいですよ。どうせ俺のクラスはもう決まってますから』

 

そもそもFクラスじゃなきゃ意味ないんだし。

 

「誰であろうがこの中身を見るのは義務だ。早く開けろ。生徒はお前だけじゃないんだ、あまり時間を取らせるな」

 

そう促され、しょうがなしに風を開ける。

 

その紙に書かれているのは――――F。

 

『ま、当然だな』

「藤本。書かれているのはそれだけじゃないだろう」

 

紙には一文字およそ1ミリ四方くらいのサイズでこう書かれていた。

 

 

【観察処分者決定。】

 

文字が小さい上に、観察処分者って何だいったい。

そもそもそんな制度があるなんて知らなかった…もう少しこの学校について調べておくべきだったと今更ながらに後悔する。

 

 

「それと学園長から伝言で、いますぐ部屋に来いだそうだ。観察処分者の説明もその時にしてもらえ。急げよ」

『学園長?あー…』

 

学園の不祥事隠蔽って、俺自身が単独で行うものと思っていたんだが…父さんが話でもつけていてくれたのだろうか。

 

学園長室…確かあそこらへんだったかな。

 

 

この学校の地理は2年前の学園の視察の際、既に頭に入れてある。当時の記憶は劣化することもなく俺の記憶に残り続けていた。これなら問題なく辿り着けるだろう。

 

早めに登校したせいか、時間もたっぷりと残されている事だしな。

 

 

あの父が【抜け目ない】と称するほどの人物……これは面会が楽しみだ。

 

 

 

************************************

 

 

 

コンコン。

控えめに、けれど静かな部屋には十分な程度にドアをノックした。

 

「藤本かい?さっさと入りな」

 

『失礼します。校門付近でこちらに来るようにとの伝言を伺ったのですが、用件とは何でしょうか?転入の手続きは既に滞りなく済ませたはずですし…』

 

自分から本題に入ることはしない。

聞かなかった俺が悪いのだが、父がどこまでを話しているのか分からないのだ。最初は少し下手に出るくらいがいいだろう。

 

「なに、転入早々Fクラスに配属された観察処分者の顔を拝みたかっただけさ」

 

随分上から目線だな。

学園の出資者の息子といえど、ひいきする気は欠片もないらしい。

 

もっともそれが教育者として正しい姿だし、他の生徒と平等に扱ってもらえれば俺としては特に不満は無い。

 

『…先ほど頂いた紙にも同じようなことが書いてありました。観察処分者とはいったい?』

「教師の雑用係、バカの代名詞。著しく学習意欲に欠けるものに与えられる。生徒にとっては屈辱的な呼称だ。お前さんを含め、観察処分者は現在2名しかいない」

 

あのボロい部屋で学校生活を一日過ごすだけでなく、そんな称号までもらう羽目になるとは。

 

『2名というと…僕と一緒に途中退室した姫路さんですか?しかし、あの一回のテストで学力や学習意欲を判断されるのは少々心外ですね。編入試験では文句ない点数を取ったと思うのですが』

 

「もう一人の観察処分者は姫路じゃない、吉井明久という男だ。さすがにあたしもテスト一つでそんなもの決めたりしないさ」

『…………』

 

…ますます俺が観察処分者である意味が分からない。

 

 

両者の間に沈黙が流れた。俺はニコニコと効果音が付くぐらい良い笑顔をふるまい続け、相手はたまらずため息をついた。

 

「はぁー…もう化かし合いはこのくらいで良いだろう。あたしだって暇じゃないんだ、用件だけとっとと伝えよう。――話は大体あんたの父親から聞いた。そっちの提案はこちらとしても願っても無いことだ。いまいち頼りないが、お前さんの働きぶりには期待してるよ」

 

面倒なことは嫌いなタイプらしい。両者の心理戦は意外とあっけなく幕を閉じた。

 

『まどろっこしいことをしてしまいましたね。父からそちらとの折り合いの詳細を聞いていなかったもので。申し訳ありませんでした。無論、引き受けたからには役目はきちんとこなす所存ですのでお任せください。…ところで、観察処分者の説明をもう少々詳しくお聞かせ願えませんか?出来れば僕がそれになった経緯も教えていただけると嬉しいのですが』

「…とりあえず、そのうさんくさい言葉使いをさっさと止めてくれ。嫌でもあんたの親父を思い出しちまう。クソガキがそんなかしこまった口聞くんじゃないよ」

 

今の会話を聞く限り、この人と父は仕事関係以上に親密な気がする。

何か確執でもあるのだろうか?今度聞いてみるとしよう。

 

 

『…んじゃ、普通に話します。何で俺が観察処分者になんなきゃいけないんですか?振り分けテストが関係ないなら、代わりの理由っていったい何なんです?』

「関係ないのはあくまで途中退室であって、少なくともテスト内容が全科目白紙なんて人間は学習意欲が無いとしか思えないよ。これもあんたんとこの狐の陰謀かい?」

 

狐って、父さんのことか。…勇気あるな、このばあさん。

 

『あー…その、気持ちはよく分かるんですけど。仮にも息子の前で父の悪口言うのはどうかと思います。一応ほら、俺も表向きは見過ごすわけにはいかないし』

 

狐発言に共感してあげたいのは山々なんだけどな。

 

「ほぅ、あんたもけっこう言うもんだねぇ。それで?その実の息子にこんな汚れ仕事任せようなんて、あの男は何考えてるんだい?」

 

 

以前会話したときはもっともらしいこと言ってなんとなく懐柔されてしまったが。

 

後々考えてみると、こっちで工作員まがいのことをしていたほうがただ会社員として下積みを行うよりよっぽど会社にとって有益だというのが本音なんじゃないかな、多分。

 

それと、それをこなすだけの能力を持っていて信頼でき、気兼ねなく使えて合法的に送り込める相手というのが俺しか該当しなかったってとこだと思う。

 

なんか、良いように使われてんなぁ俺。

 

『ま、いろいろ…事情があるんで。多少のことは目をつぶってもらえます?』

「あたしに害が無きゃ、かまいはしないさ。それで、観察処分者についてだったね。さっき言ったように、観察処分者ってのはバカの代名詞。他の生徒からは軽蔑され、教師からは雑用係にされる最悪な称号だよ。そいつの召喚獣は教師同様に実体化できるが、召喚獣の受けたダメージを本人が直接受けることにもなるからたまったもんじゃない。ホント、どうしようもない性能さ」

 

『あの、それ一応うちの会社の技術なんですけど』

 

 

その技術創り出すのどんだけ苦労したと思ってんだこの野郎。

ホログラムが物理的干渉可能にするってのがどのくらい高度だか分かってんのか?あ?

観察処分者とかそんな罰ゲームみたいな感覚で使ってんじゃねーよ。

 

そう怒鳴りつけたくなったが、なんとか踏みとどまることに成功する。

 

彼女はこれから協力していこうとするいわばパートナーのようなものなわけで。

わざわざ関係を壊すような行為は避けるべきだ。

とりあえずこの罵声は心の中にしまっておこう。

 

 

「それで藤本、こっちとしても重要な仕事を任せるんだ。どんな人物なのかテストで見極めようとしたのに、当の本人は途中退室。テストだけでも採点しようとしたら全教科白紙。なめてんのかいあんた」

『いや、俺に言われても…』

 

「だからムカついて、あんたの父親に文句の電話を入れたんだ。そしたらいろいろはぐらかされた上、最後にゃ【存分にこき使ってくれて構わない、なんなら観察処分にでもしてやってくれ】だなんてぬかすもんだから、呆れたよ」

 

父さん、この処遇はあんたの仕業か。

 

『(いや、でも…悪くない)』

むしろ良い。

 

周りの好感度ダウンだとかダメージの還元だとか、そのデメリットをふっとばすくらい実体化っていうのは魅力的だ。

もともと戦闘が目的で作られたものだから、その力をリアルに行使できるなら俺の仕事とやらも負担が少しは軽くなる。

 

ぶっちゃけこの高校内での好感度とかどうでも良いし、痛覚もまぁ…そこまで気にはならない。あくまで感覚的なものだから、やろうと思えば我慢できる範囲のものだ。

 

 

「あたしに言わせりゃ、既に大学まで卒業した男がわざわざFクラスに入ろうだなんて正気の沙汰とは思えないね。理解に苦しむよ。いったい何しようってんだい?」

 

『…さぁ。俺ごときの浅い考えでは、父の思惑などとうてい理解できません』

「ふん、似たもの親子め」

 

それはちょっと心外だ。俺はあそこまで意地悪じゃないぞ。

 

「いいさ、少しくらいなら融通も利かせてやる。もちろん表向きはお前さんはただの生徒だ。目に見える特別扱いは不可能だけどね」

 

思わぬ幸運だった。

融通なんて言葉は知らないと一蹴するタイプかと思っていたが、仮にも不祥事の隠蔽を推奨する人物だ。

バレなければ良い、というスタンスなのかもしれない。

 

『早速で悪いんですが全生徒の成績…教科別の一覧表をください。誰がどのくらいの実力なのか知りたいですし、周りに溶け込めるようにしなきゃいけませんから』

「全生徒って…仕方ないね、用意しておくから放課後にでも取りにきな。他にはもうないね?」

『十分です。他に何かあったら俺に連絡って事で良いですか?』

「せいぜいこき使ってやるから覚悟しな」

『お手柔らかに頼みますよ。じゃあ、失礼しました』

 

あらかたの話を終え軽くお辞儀をしたあと、重厚で上等な作りの扉に手を掛け静かに閉じた。

 

『――ふぅ』

 

最初の邂逅としては上々だ。

人物把握はまだ完全にはつかめないが、それはまたじっくり観察していけばいい。

 

なにより、俺の目的は学園長の攻略ではない。あくまで興味本位であって、そんなことに根をつめるのもアホらしい。

 

とりあえずは仕事が円滑に進む程度に関係が良好であれば良いのだ。

 

 

…それにしても、Fクラスとはどんなクラスなんだろう。

 

単に頭の出来が悪いのか、勉強に対して努力を向けない不良なのか。

こればっかりは実際に目にしないと分からないな。

 

それでも、俺にとっては初めて交流するような人種に違いない。

そんな交流が、出来れば良い影響を及ぼす事を願って俺は教室に足を向けるのだった。

 




次話からFクラスとのからみを書きます。

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