試召戦争~F対E~決戦前夜
「ほら、約束してた全校生徒の成績データだよ。受け取りな」
そういって手渡されたのは何の変哲もないUSBメモリ。
強いて言うならば、きつねと思わしきキャラクターストラップが付いているという事くらいだ。
『何です、このきつね』
「おや、知らないのかい。如月グランドパークのマスコットキャラクター。結構ここらじゃ人気なんだけどね」
激しくどうでも良いわ。
特に意味があるわけでもない付属物に、脱力しかける。
「そのUSBメモリだが、いっとくけれど校内で見る事は禁止だよ。
誰かに見られるヘマはしないと思うが、一応念のためにね。コンピュータ室は生徒の個人的な出入りは禁止しているから問題ないが、ノートパソコンを持参してきたって駄目だ。そんなもんはどのみち没収されるのがオチだしね。約束しな」
この情報自体が機密というより、俺がこの情報を持っているという事実が問題になる。
この約束は、それを阻止するための念押しなのだと理解したあと、少し含みを持たせて頷いた。
『見られるねぇ…でも、そうですね。この学校ちょっと安心できないし、それぐらいが調度良いのかも』
「一体何のことを言ってるんだい、お前さんは」
『正規の物以外に、死角の至る所に隠しカメラが設置されてましたから。あれって学校は把握してるんですか?』
今言った監視カメラ然り、校内を見回った際に周囲を一応念入りに調べてみたのだが、いくつかの不審点が見つかった。
誰の仕業かまでは特定しきれないが、懸念していたスパイの可能性は高い。
…それとも学園のあら捜しが目的か。
いずれにせよ、警戒心は高めておくべきだ。
そんな俺の心境とは異なり、学園長は意にも介さない様子で話題に関心を持たなかった。
「監視カメラねぇ…大した事でもないと思うが、用心するに越したことはないかね。一応気をつけておこう」
まるで今の件をさほど重要視していないようだ。
何か思い当たる節でもあるようなその表情に疑念が湧くが…まぁ、何も言わないなら別に構わない。
自分で探す。
俺はそれでいい。こんなことで貸しを作りたくもないしな。
USBメモリを左手で弄びながら視線を学園長へと向ける。
「じゃ、これありがたく受け取っときますね。せいぜい有効活用させてもらいます」
「好きにしたらいい。…そうだ、そんなものより、あたしはあんたに聞きたい事があるんだがね」
『何ですか』
「Fクラスだよ。こんな早くから戦争始めるのには一体どんな動機があるのかと思ってね」
その手には先ほど雄二が持っていた、試召戦争承認許可の嘆願書。
やはりこの時期から戦争を始めるというケースはまれのようだ。
それがどうしても注目を集めることになる。
…だから嫌なんだよ。
『…幸運にも姫路瑞稀という戦力に恵まれたからでしょうね。他クラスにその存在が知られる前に叩きたいってとこかな?』
明久の願いを聞き入れたってのも少なからずあるが、雄二の元々の思惑はこんなものだろう。
『使える戦力ってのはお前さんも同じなんじゃないかい?』
『どうでしょうね。今回は操作練習くらいの気持ちでしかやる気無いし、そもそも試召戦争に関して俺は素人だから、役に立たないんじゃないかな』
「圧倒的な点差があれば、技術もカバーできるさね。どれくらい取る気かは知らないが」
『Fクラスとしてふさわしい点を取るつもりですよ。それらしくしてなきゃ、入った意味がない』
相手が思っているであろう懸念を言葉の端々に読み取り、俺は一蹴する。
「ほぅ。本気を出せば英雄扱いだってされるだろうに、意外と欲がないねぇ」
『俺、人の力を当てにする奴って嫌いなんですよ。努力もせずに楽したいみたいな連中なんて、特にね』
「なるほど、それはアタシも同感だ」
――何で俺達がこんな教室で暮らさなきゃいけないんだ。
――授業料だってAクラス連中と何一つ変わらないのに。
彼らの言い分は教室で愚痴として蔓延していた。
しかし、そんな事を仲間内でぐちぐちと並べ立てるくらいなら努力すれば良いだけの話だ。
なんで悔しいだとか、もっと努力しようだとか思わないのか。それが不思議だった。
努力はしない。けれど結果は欲しい。上位クラスの奴らが羨ましい、妬ましい。
こんな考えにはとてもじゃないが賛同できない。
だから、不満を口にしつつもゲームで遊んで楽しむ余裕を持っているあいつらを助けてやりたいとは思わない。
どちらかといえば、負けて自分の弱さとだらしなさを自覚すればいい。
…ただ一つ気が引けるのは、瑞希の事くらいか。
瑞希は体が弱くて、明久はそのために試召戦争を仕掛けようとした。
矛盾しているけど、他の連中はともかくそいつらの思いには応えてやりたいとも少しは思う。
しかし雄二は例え今回勝利したとしてEクラス設備で満足はしないのだろう。
【「まずは手始めに、Eクラスを叩く」】
…行くところまで行かなきゃ気がすまないんだろうな、ああいうタイプは。
そしてどこかで敗北し、また同じ事を繰り返す。再びFクラス、なんて事もなりかねない。
とりあえず俺に出来るのは、今回の試召戦争であくまでFクラス並の戦力として戦いに貢献する事。
今はそれくらいしか出来ないし、他の事をする気にもなれない。
「お前さんが絡んでいないってんなら、あそこには問題のあいつらのしわざってとこか」
あいつらという事は複数名か。瞬時に思いついたのは明久と雄二。
学園長である彼女の耳にまで届くって、どんだけ問題児なんだ、あいつら。
『…これまた、ずいぶん得意苦手の激しい奴らだな…』
その後学園長室を後にして無事帰宅した俺はすぐさま机に備え付けてあるパソコンを立ち上げて、手に入れた成績のデータを開き、その中身に対する感想を呟いた。
とりあえずはクラスメイトのFクラスと明日の敵となるのEクラスから見ているのだが…Fクラス、ひどい。
中には一教科4、500点を取っている人間もいるが、あくまでそれは一教科。
最下位クラスなだけあって、戦力は乏しい。
そのひどい中でも比較的マシなのが理系科目か。
これなら雄二が数学勝負と言ったのは正解といえる。
…他の生徒の成績まで把握していたのか、単なる運か、そこまでの判断はしかねるが。
しかしそれでも相手は一つ格上のEクラス。一人一人なら大差ないが、クラス単位となるとその差は大きく開く。
やはり勝負の分かれ目は瑞希になるだろう。
瑞希が回復試験を受けるまでに雄二がやられなければ、Fクラスの勝ち。
それまで耐えられなければ負けを迎えるだけ。
そんな、至極単純な勝負だ。
油断してくれていた方が勝率が上がるというわけか。
…情けないが、スペックの低いFクラスでは現状、これくらいしか作戦らしきものを立てることが出来ない。
だから雄二は俺に釘をさしたんだろう。
俺が挑発する事によって、相手が本気でかかってこれば、こちらの勝率が下がるのは明らかだから。
しかし挑発の1つくらいで1個上のクラスに勝てないのなら、先がないから最初から諦めた方が良いのでは、というのが俺の心情だ。
『――ま、こんなもんか』
両クラスの成績は把握した。
点数上限が無い上に自分がテストを受けていない今、生徒達がどのくらいのレベルなのかいまいち掴めないが、まぁ実力差が分かっただけでも良しとしよう。
あとはAクラスからDクラスのデータだ。
残りで気になるのはやはりAクラス。
出席番号順のデータを順に吟味していく。
Aクラス…やはりトップクラスだけあって平均得点が高い。数人見ただけで、一教科平均300点以上の人間がざらにいる。
その中でも一際高得点をたたき出している人物を発見。思わず手を止める。
『こいつが学年一位か。霧島翔子…へぇ、女なん……はっ?』
霧島翔子――きりしましょうこって…こいつまさか!?
同姓同名の赤の他人かと思いきや、左隅に載っている顔写真は真実を浮かび上がらせる。
そんな、成長はしたものの昔の面影を残した顔立ちに、俺は自分に言い訳をする機会を失ってしまう。
『…偶然、か?』
思わずデスクチェアから立ち上がり、画面を凝視する。
…翔子がこの学園にいるなんて聞いてない。
その場に呆然と立ち尽くすが、無理やり思考から彼女を追い出す。
そしてとっさに取り出して握り締めた携帯電話を数秒見つめ、思い直したように、元の場所にしまいこんだ。
目的を見誤るわけには行かないのだ。
俺の目的はあくまで、試験召喚システムのデータを円滑に取る事だ。そのための不穏分子を排除する。
ただ、それだけ。
それ以外は学園生活を高校生らしく楽しめばいい。
それだけだと思ってたのに、これか。
『…いい加減忘れたいってのに』
この気持ちは、いつまで俺の心に入り込むつもりなのだろう。
ケイくんは翔子に片思いしてました。
玲だって出したいけどまーだまだ先のことになりそう。