魔法少女リリカルなのはViVid ~私兵の追憶~ 作:岸辺 翔
「Sir.Yes Sir!」
「脇があまいぞ。死にたいのか」
「Sir.Yes Sir!」
「返事が小さい」
「Sir! Yes Sir!!」
「胴ががら空きだ!」
「っ…………!!」
ドサ……と床に横たわる黒い影。
全身をユニットスーツ―――戦闘用の特殊着衣―――で覆い、更にその上からH型のハーネスをつけた彼は、白銀の髪を垂らす男の足元に転がっていた。
顔全体を覆うマスクから聞こえるぐぐもったうめき声になんの関心も無さそうに、男はヘルメット越しに頭を踏みつける。
「お前が相手をする奴は貴様を殺しにかかってくる。俺のように許してはくれんぞ」
「Sir……Yes Sir」
「わかったのならば立て。そして構えろ」
「……Roger!」
男が脚をどけると同時に、彼は跳ね上がるようにして立ち上がり両手を構えた。
これといって特異でもない、極普通のファイティングポーズ。だが彼の胸や胴には奇妙にも"銃の弾倉を入れるための着衣"が身につけられている。腰や太ももにも同じく、中身の無いからっぽのポーチやホルダーの類が装着されていた。
もしこれが実戦を想定しての訓練ならば、弾倉や道具は装備した状態で行われるはずだ。なのに彼が身に着けているのはそれらを収納するための着衣のみ……。訓練の光景としては少しばかり疑問すら覚える姿だった。
「いいか、お前は遅い。あいつにとってお前の動きなど止まって見えるほどに遅いだろう。だがお前はあいつの攻撃を避けられないほど遅くはない」
「Sir.Yes Sir!」
「相手から目を離すな。常に動きを見張れ。見失ったのならば気配をさぐれ」
「Sir.Yes Sir!」
「覚醒した奴の攻撃を受け止めたり相殺しようとはするな。絶対によけろ」
「Sir.Yes Sir!」
「相手はかの英雄の血族だ。未知の技を多用してくるだろう。だがお前は"世界を破壊にたらしめた狼"の弟子だ。相手にとって不足はない」
「Sir! Yes Sir!」
「よし、もう一本いくぞ!」
「Roger!!」
決して速くはない体のさばき。だが普通の人間という枠で考えれば、それは決して遅くはなかった。一般人ならば見るのが精一杯であろう、体の反応できない速度。だが、彼が相手をしようとする者はそれの数倍……いや、数十倍は速い。
もしもここが普通の―――なんの変哲もない世界ならば、彼はトップランクの格闘家になれるかもしれない。
だがここは違う。
"魔法"が存在し、それにより彼の到達できない速度で動く者がごろごろといる世界だ。
魔法を体に還元して戦うことのできない彼には、これが限界とも言えるだろう。
―――だが
彼を教導している男はかつて
その世界を危機から救った狼と呼ばれていた
銀狼なのだということを―――
我々は、忘れていはいけない。
※
「これ以上は……やめようや。ウチも君も、良い思いはできへん」
「………………Shut Up」
「なんでなん……? なんで君は、そうまでして……」
「…………」
ふらふらと、よろめきながら立ち上がる姿。
会場の巨大なモニターに映しだされたその姿には、もはや闘志と呼べるようなものはない。何かの使命感で動いているような……あるいは、何かで操られた人形のように両腕を構え直した。
顔を覆うマスクに付けられた部品は砕け、配線のようなものを覗かせている。頭を守るメットもヒビだらけになり、肩や膝に付けられた防具も、ボディラインをそのまま表していたユニットスーツもが、彼女の攻撃には耐えられず破損していた。
「なんで君がそこまでして粘るのかは知らへん。こうしよ。ウチが勝ったら満足行くまで相手したる。それでええか?」
「…………っ!」
ダンッ! と脚を踏み鳴らし、姿勢を整える。
彼女に否定の意を唱えるにはそれで充分だった。
「Master!」
マスクから聞こえるぐぐもった声は、セコンドに陣取る白髪の男に向けられていた。
男はタオルを顔にかけ、深く腰掛けた椅子の背もたれによりかかって寝ていた―――が。ゆっくりと腕を上げ、人差し指で宙を謎ると同時に男はタオルを首にかけ直した。
「Master……Much appreciated!」
それが合図だったのか、拳を作り平手を打つ。
今までとは違うその様子に彼女は警戒し、目に見えるほどの魔力を腕に集中させた。
「
「………………その自信がどこから来るんかはわからへんけど……お言葉に甘えさせてもらうで」
「
「ウチも全力や!」
彼女の姿が一瞬にして消えると、現れたのは彼の頭上からだった。魔力の覆う拳が振り下ろされると、防具であるはずのヘルメットは乾いた音と共に吹き飛ぶ。
だが―――彼の姿はない。
「っ……!? ウチの動きを読んだ……? けど、なにより……これは」
会場が静まり返った。
それは彼女の攻撃が速すぎたからではない。
ただ単純に、簡単なことだった。
「どこや! まさか棄権なんてオチやないやろな!?」
つい先程まで彼女と相対していた彼の姿が、どこにもない。
『おい……どうなってんだよ』
『逃げたんじゃねぇの?』
『逃げ出すな! ちゃんとやれ!!』
『恥をかかすな!』
観客席から確証のない罵詈雑言が飛ぶ中、彼女は異変に気づいた。
まず1つ。それは、姿が見えないどころか魔力の反応さえないということ。彼は魔法を使うそぶりこそ無かったものの、僅かながらにも魔力を伴っていた。
そして2つ目。今さっき彼女が吹き飛ばしたヘルメットが、消失しているということ。
歴戦の覇者である彼女だからわかる。あのヘルメットは魔力によって作られた防護装備ではなく、通常の物理装備だということ。つまりそれが無いということは、何者かがそれを持ち去ったということに他ならない。
「…………ええよ、付き合ったる。かくれんぼでもなんでも」
彼女はフィールドの中央に立つと、両手を下げて目を閉じる。カウンターと気配探知に集中しているのだろう。この技法を使うものは少なくない。
そうして刻々と時は過ぎるが、彼女にも……会場にも動きはない。審判が彼の不在で棄権扱いにするかとも考えたが、それは彼女によって制された。
確信しているのだろう。まだ敵はいる…………と。
「Hello.Fighter girl」
「―――!?」
ダァンッ!
会場に鳴り響いたのは、乾いた音。そして、彼女がなんらかの衝撃を受け、仰け反る景色だった。
何が起きたのかわからず呆然とする者もいれば、彼女に一撃を入れたことで湧き上がる者もいる。だがなによりも……彼女が一番驚いていた。
彼女には探知できなかった。攻撃される瞬間も、された後も。どこに相手がいて、なにをされたのかも。
だがダメージカウントはされる。後頭部強打による目眩と、今まで蓄積されたことのない4桁台のダメージ。その事実だけが、彼女に今の攻撃がクリーンヒットであったことを知らせていた。
「……………………ガイスト・クヴァール」
それが引き金になったのだろう。
彼女の腕に漆黒の魔力が廻ると、おもむろに腕を振りかざし―――フィールドをえぐりとった。
魔力分類で言うところのイレイザー。魔力によって物質そのものを消滅させるという、ごく一部のものにしか使えない特異魔法。それを予備動作すら必要とさせず、そして簡単にふるったのだ。
「……Danger Girl……?」
古いテレビが砂嵐を起こしたかのように、彼は姿を表した。まるで電子映像のようにノイズが入っている。
そうして現れた手に持っていたのは―――拳銃だった。淡く光を反射すシルバーのそれは、試合開始以前から彼の手にはなかったものだ。そして頭には吹き飛ばされたはずのヘルメットもある。
「……ガイスト―――」
再び彼女が消えたかと思うと、彼の背中へ迫る漆黒の鉄腕が現れた。
だが
「I know it!!」
ふらりと影が揺れると、後ろから迫る彼女の腕を掴み上げ―――フィールドの床へと投げ落とした。
間をおかず跳ねるようにして彼女は立ち上がるが、彼は特別な動きをするでもなく拳銃を構えている。彼女の技の威力を見てからでは頼りなくすら見えるその拳銃を、両手でしっかりと。
「
「……………………なんや、もしかして君……ウチのご先祖様関係なん……?」
「
「…………残念やけど。ウチはあの人やあらへん。けど……その願いは、ウチが受け止めたる!」
作者「やあやあお久しぶりです。岸辺です」
作「今回ね、やっと復帰しました。しばらくぶり!」
作「そしてゲストがいないんで、今回はちょろっと予告をして終わりですの」
次回予告
時は遡り数ヶ月前。
夜道に格闘家が襲われるという案件が頻発していた頃。
そこへわざわざ脚を踏み入れた少女と、その保護者のお話―――