どらごんたらしver.このすば   作:ろくでなしぼっち

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第19話:魔王軍幹部

――7年前――

 

 

「あーあ……これからどうするかね」

 

 いろいろあって……本当にいろいろあって俺はあの国を出ることになった。

 

(……『出ることになった』とか綺麗に言い過ぎか。俺はあの国を捨てて逃げ出したんだ)

 

 今頃、俺のことがセレスのおっちゃんに知られている頃だろうか。

 …………シェイカー家が取り潰しになった原因を作り、何も言わずにミネアを連れてこの国を捨てる俺を、親代わりだった兄弟子はどう思うのか。

 

「……そんな心配そうな声するなよミネア。お前がいてくれたら何があっても大丈夫だからよ。俺はお前がいてくれたらそれでいいんだ」

 

 俺を乗せて飛ぶミネアの頭を撫でながら。俺は偽りのない本音を語る。

 ……偽りなんてないはずだ。俺はミネアと一緒にいるためにずっと頑張ってきたのだから。

 

「……なんでそんな悲しそうな声するんだよミネア」

 

 その悲しそうな声は俺の心を見透かしているようで、ばつが悪くなる。

 

 

 

 だから、それに気づいたのはある意味必然だったのかもしれない。

 

 

 

「…………あれは、どう見ても魔王軍だよな」

 

 気分を紛らわそうと見下ろした大地。そこに蠢く『アンデッドナイト』と『ポイズンスライム』の群れ。軍として見るなら小規模から中規模って所だが、自然発生する野良の群れとして見るなら数が多すぎるし、動きが整然としすぎている。特に本能的な動きが多いとされるスライム系モンスターでこれは異常だ。

 

「懲りずにまたあの国を落としに来たってとこか。…………魔王軍の勝利は揺るがねーのに勤労なことだ」

 

 あの国が落ちれば確かに戦略的な意味は大きい。

 魔王軍と勇者の国の戦い。それが曲がりなりにも戦いになっているのは一方面だけに戦線が集中しているからだ。もしもあの国が落とされて戦いが二方面になれば持って半年と言ったところだろう。

 

(だけど……『騎竜隊』っていう最強の部隊があるあの国を狙うのは何でなのかね)

 

 確かにあの国には魔王軍と正面切って戦う戦力はない。『騎竜隊』は人類側の最強戦力の一つだが、それはあくまで局地戦での話。戦線が長く広がる全面戦争になれば勝ち目はないし、そもそも『騎竜隊』は魔王軍幹部との相性も悪い。

 だが、ベルゼルグが健在な限り魔王軍は大軍で攻めることが出来ず、精鋭同士の戦いになるならあの国はある意味ベルゼルグ以上に落とすのが厄介な国だ。あの国を狙うくらいなら同じくベルゼルグの隣国で戦力なんてないに等しいエルロードを狙えばいいと思うんだが……。

 

(…………まぁ、どうでもいいか。俺にはもう関係のない話だ)

 

 あの国を捨てた俺には眼下に広がる魔王軍なんて何も関係ない。このまま何も見なかったことにして飛び去ればいいだけだ。

 

 

 

 

 

「お前ら、魔王軍だよな? 悪いがここから先に行かせるわけにはいかねーな」

 

 …………なのに、何で俺は魔王軍の前に降り立ってるんだろう。

 

「シルバードラゴンに金髪の槍使い…………当たりだな」

「みたいだな。……おい、さっさと終わらしちまえ」

 

 ドラゴンを連れて降り立った俺を見ても驚いた様子はなく、2人の指揮官らしい男たちは何かを話している。

 そして、黒ずくめの鎧を着ている方が右腕で()()()()()()()()て、左手で俺を指差し――

 

「汝に死の宣告を。お前は一週間後に――」

「――『状態異常耐性増加』!」

 

 ――『それ』が発動する前に目の前の首無し騎士(デュラハン)が何者かを理解した俺は、間一髪で自分の状態異常耐性をあげる。ミネアの力を借りている俺はもともと状態異常耐性がクルセイダー並に高いが、そんなもの簡単に超えてくるのが目の前のデュラハンだ。

 

「ふむ……レジストされたか。流石は最年少ドラゴンナイトと言ったところか」

「手を抜いてんじゃねーよベルディア。一週間なんてけちなことしねえで、一ヶ月後くらいに伸ばせばお前の死の宣告なら耐性抜けただろうが」

「そうは言うがなハンス。期限を伸ばせば確かに成功率は上がるが、それだけ解呪される可能性も上がる。それに今の手応えだと一ヶ月でも成功するかどうかは微妙な所だ」

 

(『チート殺し』ベルディアと『死毒』のハンスだと……!)

 

 俺は自分の選択が完全に間違っていたことを理解する。やっぱり何も見なかったことにして飛び去るのが正解だった。もしくは恥も外聞なくあの国に逃げ帰って『騎竜隊』と一緒に戦うか。必要最低限の竜言語魔法は俺にもミネアにもかけて強化してるが、それだけで楽観できるような相手ではないのだ、この魔王軍幹部の2人は。

 

「そんなこと言ってウィズが結界破って来た時のことがトラウマになってるだけだろ?」

「そ、そんなことはないぞ。いや、確かに死を目前にした人間の破れかぶれは油断ならないと思っているが」

「やっぱり怖がってんじゃねーか。心配しなくても今の魔王城の結界を破れるやつなんていないから、安心して死の宣告バラまきゃいいのによ」

「べ、別に怖がってるから前線に必要最低限しか出ないとかそんなことはない。ただちょっと部屋でごろごろしたり、ボーリングするのに忙しいだけだ」

「なお悪いじゃねえか。…………真面目に魔王軍幹部やってんの俺とシルビアだけなの本当なんとこしろよ爺。シルビアのやつも『死魔』に顔をいくつか喰われてから目に見えて弱体化してやがるしよ」

 

 …………本当に、こいつら俺の思ってる2人なんだよな? 魔王軍幹部で億単位の賞金がかかってる人類の敵。話聞いてるとなんか普通のおっさんたちっぽいんだが。いや、内容はちょっと情けないだけで物騒なんだけど。

 

「お前とシルビア以外は魔王城に引きこもってばかりだからな。引きこもってないやつも温泉回りしてたりだし。シルビアもシルビアで美形ばかり食おうとしなければさっさと力を取り戻せるだろうに」

「全くもって同意だが、そう思うならお前もちゃんと働け。……魔王の娘(嬢ちゃん)が筆頭幹部になるって聞いた時は楽できると思ったのによ。どっかの誰かと引き分けちまってからは修業が忙しいって言って前線に出ようとしねえし」

 

 …………どっかの誰かって誰だろうなぁ。

 

「というわけでどっかの誰かさんよ。後数年は俺が中心で働かないといけなくなったんだ。責任取って死ね」

 

 あー、はい。やっぱり俺ですかそうですか。

 

(…………今からでも飛んで逃げるか?)

 

 不可能か可能で言えば可能だろう。ベルディアとハンスに基本的には飛び道具や飛行能力はない。精々ハンスがスライムとして自分の体の一部を投げてくるくらいか。ミネアに乗って逃げ出せれば逃げ切ることはそこまで難しくないはずだ。

 

 

「はぁ…………なんでこう、俺は貧乏くじばっかり引いちまうのかね」

 

 そんな理屈に反して。俺は槍を構え、二人の魔王軍幹部に改めて向き合う。

 

「ミネアは、アンデッドナイトとポイズンスライムたちを頼む。一緒に戦えれば良いんだが…………正直あの二人を相手にするには相性が悪い」

 

 ドラゴンとドラゴン使いのタッグは最強の組み合わせだ。ドラゴンはドラゴン使いの強化で強くなるし、ドラゴン使いもドラゴンの魔力を借りて強くなる。だからこそ一緒に戦えば敵なしに思えるかもしれないが、一概にはそう言えない。

 ドラゴンとドラゴン使い、その互いに補助しあう能力と反して、一緒に戦うには体格が違いすぎるのだ。だからこそ、大きな相手と戦うのであれば一緒に戦ってもその力を十分に発揮できるが、小さな相手……人形程度であればそうはいかない。

 人形程度を相手にするのであれば、それぞれ別の相手と戦うか、素直にドラゴン使いは下がって竜言語魔法での援護に徹するか。そういった方法が取られる。

 だが、今回の2人を相手するにはミネアは相性が悪い。ベルディアの剣技やハンスの毒は強化されているミネアの防御力や状態異常耐性を抜いてしまう。

 それでも俺が戦うよりかは勝率は高いだろうが、ミネアをそんな危険に付き合わせる気はない。これは俺のわがまま…………いや、単なる気まぐれなのだから。

 

「そんな恨めしそうな目をすんなよミネア。心配すんな、俺は一人で戦うのに慣れちまってるからよ」

 

 それに、数の差で言うなら魔王の娘と戦った時のほうが厳しかった。その時と比べれば数が半分になってるし、なんとかなるだろう。

 

(…………なんて自分を騙せれば気が楽なんだけどな)

 

 ステータスだけだった魔王の娘とその親衛隊と違い、この2人はそれに経験が伴い、厄介な特性まで持っている。俺以上に多くの死線をくぐり抜けてきた2人を相手に、一人で戦えば負けるのなんて見えている。

 

(それでもやるっきゃねーよな)

 

 何故やるしかないのか、なんてことは考えない。そんなことを考えても俺は答えられないのだから。

 

「ほぉ……一人で立ち向かうか。……ハンス、手を出すなよ。死したとは言え元は俺も騎士。同じ騎士を相手に2対1で戦うことなどできない」

「ちっ……また悪い癖が出やがったか。……好きにしろ。だが、さっさと殺せよ? ドラゴンが戦い始めれば目立つ。邪魔が入る前に終わらせろ」

 

 ミネアがアンデッドナイトやポイズンスライムの元へ向かうのを幹部二人は見逃して。一人残った俺を前にしてそんなやり取りをしている。

 

「……ミネアを見逃していいのか?」

 

 二人のやり取りを見る限りハンスの方は俺とは戦わないようだ。だとすればミネアの方を相手にするのが普通だと思うんだが……。

 

「あん? お前を殺しちまえばあのドラゴンはただの中位ドラゴンだろ? わざわざ強化されてる今を相手する理由なんてねえよ」

 

 何を当たり前のことを言っているんだという風にハンス。

 

「……ま、手を出さないって言うなら有り難いからいいんだけどよ」

 

 その冷静な状況判断能力や、倒されるだろう魔物たちの命を何とも思ってない様子には薄ら寒いものを感じずにはいられないが、これはチャンスだ。2対1ならともかく、1対1ならまだ生き残る芽はあるかもしれない。

 ……ハンスがこの状況にリスクが少ないと判断していることを思えば、その芽は小さすぎるものだろうが。

 

 

 

「それじゃあ始めるとするか、最年少ドラゴンナイト。遊んでやろう」

 

 剣すら持たず、こいこいと手招きするベルディア。その余裕に頭に血が上りそうになるが、今は冷静さを失う訳にはいかない。

 一度だけ大きく息を吐いた俺は、自分の最速を持ってベルディアへと迫り突きを繰り出す。

 

「速いな。だが、真っ直ぐ過ぎる」

 

 並の相手であれば一撃で終わる……たとえグリフォンであろうとも形勢を決めるだろう一撃をベルディアは最小の動きで避け、地面に挿していた大剣を返しの刃で寄越してくる。

 

「だろうな……っ!」

 

 避けてからのカウンター。その動きを読んでいた俺は、大剣に槍の穂を合わせて弾き、その勢いを利用して大きく距離を開ける。

 

(一応最初の目的通り、相手の間合いは掴めたが……今の反応、相当厳しいな)

 

 今の突きは隙きの多いものだったしカウンターがくること自体は予想できていた。だが、剣を構えていなかった相手からの、しかも予想していたカウンターを防ぐのにギリギリというのは相当厳しい。

 

(下手には攻められねぇか……)

 

 槍は総じて見れば剣よりも優れた武器だ。間合いや突きの鋭さ、切り払いの速さなど、有利な点は多い。だが、一つ。防御の点で見るなら槍は剣に劣る。攻防優れた武器である剣に比べて、槍は攻撃に傾いている。つまり、自分より勝るやつを相手にするのであれば極力攻撃を受ける側になってはいけない。

 

(間合いを維持して戦えば、戦えないことはないだろうが……一撃を入れられるイメージがないな)

 

 ベルディアの大剣の間合いより、一応俺の槍の間合いの方が長い。ただ打ち合いをするだけなら続けることができそうだ。問題はそれじゃいつまでも勝てないってことだが。

 

「っ……話には聞いてたが、魔王軍幹部ってのは本当化け物じみてやがるな」

 

 それでもただ立っているだけという訳にはいかない。勝ちの目が見えなくとも、勝ちの目を探すために。俺はベルディアの大剣と打ち合いを始める。

 

「その歳でこの腕前…………貴様も十分化物だろう。たかが13歳の子供がウィズと同額の懸賞金を掛けられていると聞いた時は半信半疑だったが……魔王の娘(お嬢)を倒したことといい、俺の『死の宣告』をレジストしたことといい、確かにそれだけの実力はあるようだな」

「……魔王の娘は別に倒せてねーよ。相打ちだった」

「向こうはそう思っていないようだがな。実際、国を落としに行って戦果が敵の最高戦力と相打ちでは実質敗北だろう」

「…………なんか、恨まれてそうだな、魔王の娘に」

 

 さっきのハンスの話と合わせるとそんな感じだ。

 

「魔王軍筆頭幹部…………次期魔王の初陣に黒星をつけたのだ。当然恨まれるだろう」

 

 …………嫌だなぁ…………あいつとまた戦うとか考えたくないんだが。あの時はまだ魔王の娘に実戦の経験とかそういうのが足りてなかったみたいだからまだ勝負になったけど、次戦う時はそんなものなくなってそうだし。

 

「まぁ、そう気にすることでもない。貴様は今日ここで死ぬ。…………殺さねばなるまい」

「別にお前らならいつでも俺を殺せるだろ。そんな無理して殺さないでもいいんじゃねーか」

 

 そんでもって今日の所は俺とミネアを見逃してくれて、ついでにあの国を狙うことも延期してくれたら最高なんだが。

 

「今の貴様ならたしかにいつでも殺せるだろう。だが、未来は分からない。……正直驚いている。本気ではないとは言え、俺とこれほどの間打ち合える人間など数えるほどしかいなかったというのに」

 

 …………さっきまで余裕見せてたくせに、いつの間にかその余裕(ゆだん)なくなってやがる。こっちはまだ全然勝ちの目が見えてないってのに。

 

「というわけだ。貴様がまだ俺の手に負える今で殺してやろう。…………1対1でこれを使うのは随分久しぶりだ」

 

 何かがくるのを察した俺は打ち合いをやめて大きく距離を離す。だが――

 

「――判断は悪くない。だが、遅いな」

 

 ()()からの声。その声が届く前に、俺の体は頭部(かせ)のなくなったベルディアによって複数の傷がつけられる。

 

「ふむ……仕留め損ねたか。1対1で仕留め損ねたとなると…………もう覚えてないな」

 

 感心している様子のベルディア。興味深そうな……あるいは楽しそうとも言えるベルディアに反して、俺は心底焦っていた。

 

(…………完全に超えられた)

 

 自分の速さを。自分の予想を。

 

 頭部を投げることでデュラハンであるゆえのハンデをなくしたベルディア。その動きは、俺の対処できる速さを完全に超えていた。致命傷こそ避けられたが、次も避けられるかは分からない。続けられればどこかで終わるのは目に見えてた。

 

「…………こっちは攻撃当てられる気がしないのに、向こうは確実にこっちを削ってくる。これ詰んでねーか?」

「詰んでるな」

 

 …………そんな簡単に言わないでくれませんかねベルディアさん。いや、実際詰んでるんだろうし質問したのは俺だけど。

 

「抵抗しないなら苦しまずに殺してやるがどうだ? 勝負の決まった戦いをネチネチと続けるのは性に合わないのだが」

「…………まだ、決まってねーよ。手はないわけじゃない」

 

 確かに最初に決めた勝利条件を満たすって意味なら詰んでる。

 だが、勝利条件を変えるのなら、勝てないことはない。

 

(…………でも、それは最後の手段だ)

 

 今はまだ諦める時じゃない。ハンスも言っていたがドラゴンが戦っているのは目立つ。誰かが助けに来てくれる可能性は0じゃないのだ。騎竜隊の誰か…………セレスのおっちゃんあたりが来てくれるならまだ可能性は残っている。

 

「そうか…………なら、俺は苦しまず死ねるよう、本気で行ってやろう」

 

 

 

 

 そこから先は一方的な戦いになった。俺は攻撃を当てることが出来ず、相手は確実に俺の命を削ってくる。

 だが、それでも俺は一縷の望みをかけて致命傷だけは避けることを…………時間を稼ぐことを繰り返した。

 

(…………他力本願なことこの上ないけどな)

 

 でも、それはある意味それはドラゴン使いの本質だ。一人では何も出来ない……ドラゴンと一緒になって初めて意味を成す、それがドラゴン使いという存在なのだから。

 

「楽しいな最年少ドラゴンナイト。人間相手にここまで粘られたのは初めてだ。その槍の腕、かつての勇者、ベルゼルグ2代目国王に迫っているのではないか」

「楽しいのはお前だけだろうが首無し騎士。…………もしも、俺が最強の槍使いだと言われたベルゼルグの2代目国王と同じくらい強けりゃとっくの昔にお前を倒してるよ」

「ふっ……ちがいない。だが、お前が今のまま強くなっていけば、そうなる可能性もあるだろう。勇者となり魔王を倒す…………貴様にはその可能性がある」

 

 ベルディアはそれを本気で言っているのだろう。だからこそ、俺を殺そうと本気で来ている。

 

「…………強くはなるかも知れねーな。だけど、俺が勇者になることはない。俺がなれるのは――」

 

 続けたはずの言葉。だがそれは声にならず、ただひゅうひゅうという息の漏れただけの音になる。

 

「ちっ……外したか。おい、ベルディア止めを刺せ。どうせ放っておいても俺の毒で死ぬだろうが、こいつはドラゴンナイトだ。万一がある」

 

 俺の心臓を狙ったんだろうか。外したというハンスの腕は俺の右胸を貫いている。その上、触れただけでも死ぬと言われるハンスの毒が俺の体を蝕んできていた。

 

「…………ハンス。手を出すなと言ったはずだが」

「文句は言わせねーぞ? 俺も言っただろうが、さっさと終わらせろと。てめぇがチンタラやってるから時間切れなんだよ」

 

 そう言ってハンスが指差した先には俺らに向かって飛んでくるミネアの巨体。俺が時間稼ぎをやっている間にミネアはアンデッドナイトやポイズンスライムたちを倒したらしい。

 

 その巨体からは想像できない速さで近づいてきたミネアは、その速さを殺さずにハンスを大きな爪で攻撃する。

 

「ちっ…………こうなるからさっさと仕留めろって言ったってのに」

 

 俺の体から腕を抜いて。ハンスはミネアの攻撃を避け、ベルディアと並んで俺らから距離を取る。

 

「ベルディア、2人がかりでさっさと殺すぞ。ここまできて取り逃がしたんじゃ爺やオカマになんて言われるか。向こうも二人になったんだ文句はねーよな」

「…………分かっている」

 

 

(…………ああ、もう終わりだな)

 

 この傷は致命傷だ。胸に風穴が空き、死毒まで食らったんじゃ、今すぐ治療を始めても生き残る芽はないに等しい。

 

(…………だから、もう仕方ないよな)

 

 たとえ今すぐに助けが来たとしても俺は死ぬ。……ミネアと一緒に生き残るという勝利条件はもう満たせそうにない。

 なら、もう勝利条件を変えるしか俺達が勝つ事はできない。

 

「……ミ、…ネア。おまえ……『竜言語魔法』がきれかかってるじゃねーか……」

 

 掠れそうになる声に力を入れて。俺はミネアに語りかける。

 …………これが、最後の話になるのだから、情けない様子は見せられない。

 

「『筋力増加』……くふっ…『速度増加』――」

 

 何度か血を吐きながらも、俺は一つずつ自分が覚えている『竜言語魔法』をミネアにかけて強化していく。

 

「おい、ベルディア。何を突っ立って見てやがる。中位ドラゴンでもドラゴン使いに強化されたら上位ドラゴン並だ。掛け終わる前にさっさと殺すぞ」

「そう思うなら自分で行けばいいだろう。俺は止めはしない。だが、俺はその必要性はないと思うぞ」

「ああ? てめぇ、何を言って……」

 

 

「よし……これでいいな…。ミネア、俺が戦ってい…る間にちゃんと逃げろよ? 強化されてるお前一人なら…逃げられるはずだか…らよ……」

 

 全ての強化を終えて。俺は最後にそう言ってミネアの頭を撫でてやる。

 あー……やっぱりミネアのさわり心地は最高だ。できることならずっと撫でていたかった。

 

「ハンス。二人がかりだ。あの男を全力で殺すぞ。……油断はするな」

「? お前ら狂ってんのか? せっかく強化したドラゴンは戦わせなかったり、正々堂々いつもうぜえくせにいきなり物分りいいこといい出したり」

「言っただろう、俺は『死を目前にした人間の破れかぶれ』を恐れていると。もう一度言うぞハンス。油断はするな。すれば喰われるのはこっちだ」

「…………分かんねえな。あんな死に体の何を怖がってんだ」

 

 

「……じゃあな、ミネア。…今まで…ありがと、…よ」

 

 最後の別れを済ませて。俺は魔王軍幹部の二人へと向かって前に出る。

 

「……『筋力増加』」

 

 流れでる血と毒によって力の入らない体を竜言語魔法で無理やり動かす。

 

「…『速度増加』『反応速度増加』」

 

 本来なら戦えるはずのない体で俺は駆ける。ただ1つの勝利条件――ミネアが生き残る――を満たすために。

 

「『状態異常耐性増加』『自然治癒増加』」

 

 一撃でも多く。一秒でも長く。ただそれだけを思って死にゆく体を動かし続ける。

 

 

「――――っ――――っ!」

「――――」

 

 驚愕するハンス。

 笑っているベルディア。

 

(…………ダメだな。もう耳が聞こえねーや)

 

 まぁ、別にもう聞こえなくてもいいか。どうせやることは何も変わらない。

 

 

 

 ベルディアの大剣が俺の腕を切り裂く。だが腕は落ちていない。返しの刃でベルディアの体を槍で貫く。

 ハンスの手が俺の肩を掴み毒が広がる。だが動きに影響はない。返しの刃でハンスの腕を切り落とす。

 

 

 本来なら致命傷……戦いを決めるはずの二人の攻撃。だが、今の俺を止めるものにはならない。

 死ぬことを前提にした竜騎士がこの程度の攻撃で止まるはずがない。

 

(…………どうせ、ミネアは逃げねーだろうしな。ミネアのために少しでもダメージ与えねーと)

 

 逃げろと言ったのに逃げない相棒の姿を横目にしながら。俺は命と引き換えにして魔王軍幹部へ攻撃を当てていく。

 

(本当は一緒に戦いたいだろうに、ちゃんと理解して待っててくれる。本当、俺には過ぎた相棒だったぜ)

 

 生き残って欲しいという俺の気持ちを。今の俺と一緒に戦っても邪魔になるだけということを。あの俺の家族であり相棒であるドラゴンは分かってくれている。

 

 

 だから、俺は今、命を賭けられる。

 

 

 

――――――

 

「はぁ……はぁ……やっと倒れやがった」

「だから言っただろう、死を目前にした人間は手強いと」

「死にかけただけで人間が全員こいつみたいに強くなられてたまるか。ちっ……腕生やすのも楽じゃねえってのに」

 

 悪態をつきながらハンスは切り裂かれた腕を生やす。デッドリーポイズンスライムであるハンスであれば傷をすぐ治すことが出来るが、それには多くのエネルギーを使う。消耗具合という意味ではハンスもベルディアも変わらない。

 

「……まだ息はあるようだな。どうする? シルビアに持って帰れば喜びそうだが」

「俺の毒を食らってる時点で食えるわけねーだろ」

「いや、割とあいつ好みの男だろうと思っただけだが」

「考えたこっちが寒くなるような事言うのはやめろ!……ったく、まだ息があるならさっさと殺しちまえよ。その死に体いつ動き出すか分かんねえから怖い」

「そうだな。本当ならもっと正々堂々と戦い決着をつけたかったが…………ここで情けをかけるのもこのドラゴンの騎士に失礼だろう。あのドラゴンも待っていることだしな」

「…………あのドラゴンはなんで待ってるんだ?」

「さあな。主の命令をギリギリの所で破らないためかもしれないし…………あるいは、まだこの男が起き上がると思っているのかもしれない」

 

 唸る巨体に2人はまだ戦いが続くことを理解していた。同時に危険は去ったとも。

 強化されているあのドラゴンは確かに強敵だが、いずれその効果はなくなる。二人で戦うのであれば効果がなくなるまで時間を稼ぐのも容易だ。

 

 

 2人のその考えはある意味正しかった。ラインという少年が稼いだダメージは少なくはないが、ミネアだけで押し切れるほど大きなダメージではない。

 

 

 

 だがそれはある可能性を考えなかった時の話だ。

 

 

 

「『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』!」

 

 強烈な退魔魔法。並の悪魔やアンデッドでは余波だけで消えかねない魔法を、ラインへ止めを刺そうとしていたベルディアは紙一重で避ける。

 

「最上級の退魔魔法だと…………てめえなにもんだ?」

 

 危うく浄化されそうになって荒い息を吐いているベルディアに変わって、ハンスは魔法を放った男に問う。

 

「初めまして魔王軍の皆さん……と言っても2人だけのようですが。わたくし、アクシズ教団、アークプリーストのゼスタと申します」

「…………ゼスタ? ゼスタだと!?」

 

 その名前に更に荒い息になってるベルディアに変わって、ハンスが驚きの声を上げる。

 

「こと、戦闘において、アクシズ教団で私以上のアークプリーストはいないと自負しております。――以後、お見知りおきを」

 

 

 

 ラインが命をかけて稼いだもう一つのもの――時間――は、アクシズ教、ひいては人類最強のアークプリーストを間に合わせ、形となった。


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