どらごんたらしver.このすば   作:ろくでなしぼっち

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第30話:それはまだ選べない

「よぉ、ルナ。相変わらず忙しそうだな」

 

 ギルドの受付終了時間間際。早いやつはもうギルドの酒場で夕飯を食べている時間に。ギルドの看板兼行き遅れ受付嬢のルナは、冒険者の相手こそしてないものの書類を前に忙しそうにしていた。

 

「そうでもありませんよ。バニルさんに釘を差してから目に見えて厄介な案件が減りましたし。今日はちょっと残業したくらいで帰れそうです。……今からダストさんが面倒な話をしなければ、ですが」

 

 やっぱ、旦那がルナに面倒な仕事回るように動いてたのか。旦那は好みの悪感情を得るためなら割とえげつないからなあ。同時にその好みの感情の関係上やりすぎないってか、潰れないように妙に優しい時があるのも確かだが。

 ただ、最近は俺とセレなんとかさんのやり取りをゆんゆんに見せたり、旦那らしくない動きがあるのはなんなんだろうか。旦那が俺に頼みたい言ってたことと何か関係あるのかね。

 

「別に面倒な話をしに来たわけじゃねえよ。仕事が早く終わんなら一緒に酒でも飲まねえかって誘いに来ただけだ」

「やっぱり面倒な話じゃないですか。そういうお誘いはよくありますけど、毎回断るの結構面倒くさいんですよ?」

 

 行き遅れと有名ではあるがなんだかんだで一番人気の受付嬢だ。この街の冒険者たちがサキュバスサービスのおかげでがっついてないとはいえ、ルナを狙ってるやつは結構いる。

 

「誘いがあるんだったら受けりゃいいのに。なんで断ってんだよ?」

「仕事が忙しいんですよ……。ゆっくりお酒なんて飲んでる暇ないのに、それほど仕事を忙しくする原因の冒険者の方に誘われても無理して付き合おうという気には……」

「……お前も大変なんだな」

 

 ルナにしてみりゃ自分を苦しめてる原因が何食わぬ顔で口説いてるって話なのか。そりゃ行き遅れだと旦那に愚痴ってるルナでも断って当然か。

 

「そういうことならやっぱ無理か?」

「はい、申し訳ないですが……」

「全然申し訳ないとか思ってないくせによく言うぜ」

 

 ま、別にダメで元々誘ってみただけだしいいけどな。ルナを誘ったのはついでみたいなもんだし。

 

「まぁ、ダストさんと2人で飲んで噂されるのは嫌ですからね。どこかの見通す悪魔さんにも凄くからかわれる未来しか見えませんし」

「あー……前者の何が嫌なのかは分かんねえが後者はすっげぇ分かるな」

 

 ルナは旦那のお気に入りだし間違いなくからかって羞恥の悪感情を搾り取ってくることだろう。

 

「つっても、別に今回はお前が来ても二人きりってことはねえけどな」

「あ、もしかしてゆんゆんさんやリーンさんも一緒なんですか? それなら多少なら付き合ってもいいかもしれませんね」

「いや? あいつらは別にこないはずだぞ」

 

 少なくともあいつらを飲みに誘った覚えは俺にはない。

 ……何故か、視界の端にゆんゆんとリーンが柱の陰に隠れながら俺の様子を伺っているのが見えるが。

 

「はぁ……じゃあ、キースさんとテイラーさん辺りが一緒ですか? テイラーさんだけなら付き合ってもいいですが……」

「残念ながらキースもテイラーも今日はさっさと寝るってよ」

 

 つまりはサキュバスサービス。

 

「となると……カズマさんやセシリーさんのどちらかですか? カズマさんはともかくセシリーさんは苦手なので遠慮したいんですが」

「お前、カズマを調子に乗せて働かせるの巧いもんなぁ…………。あのプリーストは俺も苦手だから安心しろ。ちなみにどっちも違うがな」

 

 てか、カズマはともかくセシリーと約束して飲みに行くとかドMじゃなきゃしない。

 

「他にダストさんが懇意にしてる人といえば…………例の小さな子ですか?」

「あいつに酒を飲ませるとか犯罪臭しかしねえな……」

 

 いや、ロリサキュバスが俺より歳上なのは分かってんだけどな。見た目的にと言うか……うん、想像するだけでやばい。家飲みならともかくギルドとか店じゃ無理だろ。

 

「……降参です。結局誰なんですか?」

「別にクイズしてたわけじゃねえんだがな。多分お前の知らない女だし」

 

 ギルドや街の中でちらっと見たことはあるかもしれないが、名前を知ってるほど関わり合いがあるとは思えない。

 

「…………女? ゆんゆんさんやリーンさん以外の女の人がダストさんと一緒にお酒を飲む約束をしてるって…………どう考えても美人局じゃないですか」

「何をどう考えたら美人局になるのかはっきり言ってもらおうか。ことと場合によっちゃ折檻してやっからよ」

 

 ゆんゆんの服以上に脱げやすそうなその服をひん剥いてやる。

 

「えぇ……ダストさんがゆんゆんさんと仲良くしてる時点でアクセル七不思議に数えられてるのに、これ以上ダストさんに女性の知り合いがいるなんて信じられないんですが……」

「えぇ……って、こっちがえぇ……なんだが。なんで俺とゆんゆんが仲良いだけで不思議がられてんだよ。俺みたいなイケメンに女が集まってくるのは当然だろうが」

 

 集まってくる女の殆どが微妙に俺の好みから外れてたりするが。

 

「…………ソウデスネ。それで一体全体どこでその女性の方と知り合ったんですか?」

「なんで片言なんだよとツッコミ置いとくとして……どこでって言われると説明がめんどくせえな……」

 

 説明するとなるとあの武闘派王女のことも説明しなきゃなんねえし。ロリサキュバスの事を誤魔化すのより言い訳考えるのが面倒だ。

 

「まぁ、別に無理してまで聞きたいとは思わないからいいですが…………もし、私が行かなければその女性と二人きりなんですか?」

「多分、そうなるな。誘ったのはそいつだけだし、もともと俺の奢りでそいつの愚痴を聞いてやるって話だからよ」

 

 愚痴る場に上司を連れてくるとは思えないし、俺の知らないやつを連れてくるとも思えない。十中八九2人で飲むことになるだろう。

 

「…………女性と2人きりの状況が作れそうなのに、なんで私を誘ったんですか?」

「ついでだからお前の愚痴も一緒に聞いてやろうかって思っただけだよ。たまにはお前も旦那以外に愚痴りたいだろ?」

 

 それにあのねーちゃんはルナと相性良さそうだし、2人で愚痴りあえばストレスの発散が捗りそうだと思ったんだがな。

 

「なるほど。それではダストさん。そろそろ本音をどうぞ」

「ドラゴンハーフの受付を雇うという話がどうなったか教えてくれ」

「内緒です。……話は以上ですよね? 仕事の邪魔なのでさっさと飲みにでも行って下さい」

 

 いつもの三割増しなお仕事笑顔でルナに追い返されて。俺は仕方なく酒場のカウンターの席に向かった。

 

 

 

 

「……ったく、ルナのやつ。人があんだけ下手に出てんだからちょっとくらい教えてくれてもいいだろうに」

 

 カウンターに座って、俺は大きなため息をつく。

 この間ルナが旦那に話してたドラゴンハーフかクォーターの受付を雇いたいって話、どうなったか聞いてみたかったんだけどなぁ。

 

 ドラゴンハーフは人の姿になれる上位ドラゴンと人間との間に生まれる存在だ。ドラゴンが上位種になるにはどんなに早くても300年以上かかると言われている。そんな長い年月を生き抜いた上位ドラゴンと人間が結ばれる例なんて本当に稀有なことだった。

 上位ドラゴンがこの世界に存在していた時ですらそんな感じだったのに、今は上位ドラゴンが存在していない。

 上位ドラゴンと中位ドラゴンが揃っていなくなるという天災が起きてから100年。ミネアのような中位ドラゴンすら稀有とされる状況が続いていた。

 そんな状況じゃ新しくドラゴンと人間が結ばれることもあり得ないわけで、人間より寿命が長いとはいえ当時いたドラゴンハーフももうじいさんばあさんになってる。受付嬢を出来るくらい若いドラゴンハーフってなるとハーフ同士の子供に限られるから……もう稀有とかそういうレベルじゃないな。

 

 なぜ上位ドラゴンと中位ドラゴンがいなくなったかについては諸説あるが、一番有力な説は愚かな人間に呆れて見捨てたというもの。

 お伽噺のぼっち魔王が退位して今の魔王に代替わりした時。本格的に侵攻を始める魔王軍に対して、各国は勇者の国ベルゼルグに全てを任せ、何も協力をしようとしなかった。各国が協力して上位ドラゴンとドラゴン使いという最強の戦力を投入すれば魔王軍との戦いは終わっていたはずなのに。

 そんな、自国の事しか考えていない王族や貴族に呆れて頭のいい上位ドラゴンが見捨てて居なくなったというのは確かに説得力がある。実際俺も前まではそう思っていた。

 だけど……

 

(……本当に俺たちは見捨てられちまったのか?)

 

 確かに王族や貴族と言った奴らはクズばかりだ。比較的まともなこのベルゼルグでさえアルダープみたいな野郎がいたのを考えればその腐敗っぷりは分かるだろう。

 それでもあいつらを……ジハードとゆんゆんを見てると思う。俺やミネア以外でもあれほどの絆を結んでいる奴らがいる。王族や貴族がクズで溢れていようと、それを理由にして本当にドラゴン達が全ての人間を見捨てるのだろうかと。

 

 

「相変わらず、何か真面目に考えてるときは別人のようですね、ダスト殿」

「ん? レインか。時間通りだ……な…?」

 

 約束の相手、王女の付き人をやっているレインの声に振り返った俺は、その姿を見て言葉を失う。

 

「な、なんですか、ダスト殿。その信じられないものを見るような顔は。自分でも似合わないのは分かっていますから、出来ればあまり大袈裟な反応はやめてもらえると有難いのですが……」

 

 普段俺と会うときにレインが着ているのはぼさっとした感じの魔法服だ。そのせいか、顔立ちは整っているしスタイルも悪くないのにイメージとしては地味めの美人といったところだった。

 だか、今のレインが着ているのは黒のワンピース。派手すぎるとは思わないが、普段のレインなら絶対につけないって断言出来るくらいにはいろいろ装飾されてる(ついてる)し、いろいろ露出している(出ている)

 

「確かに似合っちゃいねーな」

 

レイン自身が持つ魅力や雰囲気と今着ているワンピースはお世辞にも合ってるとは思えない。レインが自信なさげにしてるのもあるんだろうが、服に着られていると表現した方がいい。

 

「そ、そうですよね……。それなのにイリス様もクレア様も悪乗りされて……」

「でもいつもより可愛いんじゃねえか。いつもは綺麗ってイメージだが、今日のレインは可愛く見えるぜ」

 

だが、だからこそと言うべきか。服に着られているレインはそのアンバランスさからかいつもよりも可愛く見える。アイリスや白スーツが着せたのならナイスだと言いたい。基本的には綺麗所が好きな俺だがこういうギャップは大歓迎だ。

 

「……そ、そうですか? それなら恥ずかしいのを我慢して着てきたかいがあります」

「ま、取り合えず座れよ。何を頼む? 今日は俺の奢りだからな、好きに頼めよ」

 

 そう言って隣に座ったレインにメニューを渡す。

 

「奢りって……本当にいいんですか? ダスト殿はいつもお金に困ってるイメージなのですが」

「否定はしないが今日は大丈夫だ。ま、男が奢るって言ってんだ。黙って奢られるのがいい女ってもんよ」

 

 例の件でカズマに結構な小遣い貰ったからな。ギルドの酒場じゃ一晩で使いきるのが難しいくらいだから大丈夫だろう。

 

 

「……あんなこと言ってるけど、どう思う? ゆんゆん」

「いつもどうにかして私達に奢らせようとしてるくせに……」

 

 いつの間にか近くのテーブル席に座ってるリーンとゆんゆんが恨み言言ってる気がするがスルー。あいつらは本当何やってんだろう。

 

 

「それじゃ……このネロイド割を頼んでいいですか?」

「おう、いきなりそれとは結構飲める口だな。俺は……クリムゾンビアでいいか。おーい、ベル子、注文いいかー?」

 

 頼むものを決めて俺は近くを歩いていたウェイトレスを呼び止める。

 

「……そのベル子って、もしかして私の事ですか?」

「おうよ。ガーター娘とどっちがいいか悩んだが、こっちの方が可愛いだろ?」

「取り合えず死んでもらえませんか? という感想は置いときまして、注文があるならとっととお願いします」

 

 そう言いながら俺にガーターベルトを脱がされた事があるらしいウェイトレスはゴミを見るような目で俺を見ている。

 可愛い名前着けてやったのに何が不満なのか謎だ。

 

 

「ダストさんのデリカシーのなさって凄いですよね。どうやったらあんなにデリカシーをなくして生きていけるんでしょうか?」

「人としていろいろ大事なものなくしてるんじゃない? もしくは最初から人間じゃないとか」

 

 お前らのその遠慮のない物言いもデリカシーないからな。後で覚えとけよ。

 

「このねーちゃんにはネロイド割を。俺にはクリムゾンビアだ。つまみは適当にオススメ持ってきてくれ」

「承りました。ネロイド割と水ですね。おつまみはコックにお任せで。一先ず以上でよろしいですか?」

「全然よろしくねーよ。なんでクリムゾンビアが水になってんだよ」

 

 前に変な女がバイトしてた時に酒が水になって出てきたことはあったが。…………今思えばバイトしてたのアクアのねーちゃんか。

 

「ゴミクズ男……もといダストさんにお酒は出せませんので……」

「あー……そういやギルドの罰則で俺に酒は出せないとかそんなこと言ってたな」

 

 まだそれ続いてんのかよ。最近の俺は無銭飲食もせずマジで大人しく生きてるってのに酷い話だぜ。

 …………まぁ、無銭飲食してないのはジハードの事があってゆんゆんがお礼代わりに飯を奢ってくれてるからだけど。

 

「いえ、ギルドの罰則はもう解除されたんですが、個人的に出したくないなぁと」

「いい加減にしねえとガーターベルトまた脱がすぞ」

 

 人のことゴミクズ男言ったり言いたい放題すぎんだろ。

 

「そ、そんな脅しには屈しませんよ?」

「単なる脅しだと思うなら別にそれでいいけどな」

「ぅぅ……確かにこの男はやると言ったらやる男だし……かと言ってお酒を飲ませても『すてぃーるすてぃーる』言って脱がそうとしてくるし……。出稼ぎに来て早三年、お母さん勇者の国は危険がいっぱいです……」

 

 なんでベル子は泣きそうな顔して遠い目をしてんだよ。なんか俺が苛めてるみてえじゃねーか。

 

「その……ダスト殿? 今日はそのあたりにしませんか? ベル子さんもきっと悪気はなかったんですよ」

「いや、悪気がないならなお悪いんだが……」

 

 俺になら何言ってもいいとか思ってんじゃねえだろうな。

 

「うぅ……」

 

 もう一度ベル子の様子を見るが、泣きそうになってるのは演技……ってわけでもなさそうか。

 ……ったく、リーンやゆんゆんならこの程度で泣いたりしねえのになぁ。めんどくせぇ。

 

「……わーったよ。今日の所はレインに免じて酒は諦めてやる。その代わりクリムゾンネロイド持ってこい」

「……いいんですか?」

「よくねーけど、ベル子に泣かれても困るしな」

 

 リーンやゆんゆんが近くにいるしルナもお仕事笑顔でやってくるだろう。面倒なことになるのは目に見えてる。

 それに、今日はレインの愚痴を聞いてやるって話だ。別に俺が飲む必要性はないし、ベル子が泣いちまったらレインも居心地がくなっちまう。

 

「ってわけだ。注文は以上だからさっさと持って来い」

「……分かりました」

 

 俺の言葉にベル子はまだ何か言いたそうにしていたが、結局言葉が見つからなかったのか、そう言って厨房の方へ戻っていく。

 

「わりぃな、レイン。雰囲気悪くしちまってよ」

「いえ、ダスト殿と一緒に飲むと決まってからこれくらいは普通に予想していたので」

 

 気にしてないのはいいんだが、それはそれでどうなんだ。

 

「何ていうか……ダスト殿は不器用ですよね。多少なりとも器用に振る舞えばもっと生きやすいでしょうに」

「かもな」

 

 昔も今も。俺の生き方はどうも極端過ぎる。かと言って今更今の生き方を変えようとも思えない。昔に戻るのは絶対勘弁だし、カズマみたいに要領よく生きられる気もしないからな。

 自分に正直に、自由に生きていくだけだ。

 

「だからこそ、ダスト殿の良さは近くでずっと一緒にいる方にしか分からないんでしょうね」

「俺の良さ……ねぇ。なんだよ? レインにはそれが分かるってか?」

「全部を分かっているとは言いません。でも……真剣に戦っているときのあなたが凄く格好いいのは知っていますよ?」

 

 そう言ってレインは潤んだ瞳で俺を見つめてくる。

 

 

1:これ行けるんじゃね?

2:あー……そういうことか。

 

 

 ただでさえ好みの女。それがいつもと違った格好をしていて、その上こんな感じで見つめられてたら、普通はクラっと来るよな。

 

「そういやレイン。今日はなんでいつもと違う格好してるんだ? なんかイリスやクレアがどうの言ってたが」

「…………嫌ですよ、ダスト殿。今は他の女性の話は……」

「前にイリスがなんか言ってたよな。色仕掛けで籠絡がどうのこうの」

「……………………」

「……ま、無理すんなよ。今日はそういうの含めて愚痴を聞いてやっから」

 

 本当、レインは苦労してんなぁ。姫さんに振り回されてた頃の俺を思い出すぜ。

 

「はぁ…………失敗ですか。女性慣れしてないダスト殿なら私でもいけるかもしれないと思ったのですが……」

「実際前までの俺なら余裕で陥落してたかもな」

 

 前までならレインの様子がおかしいのには気づいてもそのままコロッと行ってただろうな。

 

「前までって…………何かあったのですか?」

「あー…………まぁ、そのことについてはノーコメントで」

 

 どっかのぼっち娘が毎晩潜り込んでくるお陰で女の色香に耐性出来たからな……。ゆんゆんは俺が気づいてないって思ってるらしいし、あいつが近くにいるこの状況じゃ話せないけど。

 

「ま、俺のことはどうでもいいだろ。色仕掛けしてこいってのがイリスの命令か?」

「命令……と言うほどでもないのですが、私がダスト殿と飲みに行くと知ると、私が着ていく服を選んだりして、それとなくそのような願望を呟いてまして……」

 

 生真面目なレインは主の願いを叶えようと無理して頑張ったってわけか。

 

「本当、大変でしたよ……。私が男の方と飲みに行くと知ったクレア様も一緒になって服を選び始めて…………私は着せ替え人形にされた気分でした」

「そりゃご愁傷様。……ま、イリスと白スーツの気持ちも分からないではないけどな」

「分からないでもないというのは?」

「レインは素材はいいのにいつも地味めな服着てるだろ? 式典とかじゃちゃんとした服着てんだろうけどさ。もっとおしゃれすればいいのにってあいつら思ってたんじゃねえか?」

 

 今回着ている服は変化球気味だが素材の良さはちゃんと伝わるようになってる。選ぶ方も楽しんでただろうなって伺える服だ。

 

「なんにせよ、好きでもない男を口説かねえといけないとか本当苦労するな」

 

 自分の身になってみれば本当勘弁して欲しい話だ。仕事でカズマパーティーの女やセシリーを口説けとか言われたら絶対前金だけもらって逃走するぞ。…………いや、別に俺はあいつらほど酷くないけど。

 

「そっちの方は大変は大変ですが、そこまで嫌というわけでもないので別に……」

「え? レインって俺に惚れてたのか?」

 

 いつの間に俺はフラグを立ててたんだ……。

 

「いえ、女としてダスト殿に惚れているということは欠片もないんですが……」

 

 そう断ってからレインは俺の耳元に顔を近づけて続ける。

 

「(最年少ドラゴンナイトで王国一の槍使いであったダスト殿の才能は貴族として欲しいんですよ。あなた自身を引き込めれたら1番ですが、それが無理なら子供だけでもという貴族や王族はこの国に限らず多いのは知っていますよね?)」

「…………本当、貴族ってのは嫌なもんだな」

 

 俺がラインだった頃。まだ成人もしてない俺にそういう見合い話がたくさん合ったってのは知ってる。親代わりだったセレスのおっちゃんがそういうの全部断ってたらしいし、姫さんの護衛役になってからは大分少なくなったって話だったが。

 あの国を捨てて在野に下った俺がラインのまま過ごしてたらそういう面倒な話ばっかりだったんだろうな……。

 

「でも、レインは前、そういう色仕掛けで籠絡はしないって言ってなかったか?」

 

 なのになんで今さらアイリスのお願いを聞いたのか。

 

「前と今ではメリットとデメリットを比べてどちらに傾くかが違いますから。…………一応、今日の私の言葉に嘘はないんですよ?」

 

 そう言ってレインはいたずらが見つかった子供のような様子で微笑んでいる。

 ……あれ? なんだ、この空気。これはもしかしてもしかするのだろうか。苦節21年、ついに童貞を捨てる時が――

 

 

「わーっわーっ! 駄目ですってリーンさん! ギルド内で『ファイアーボール』はダメです!」

「止めないでゆんゆん! あの調子乗って鼻を伸ばしてるダストの顔が死ぬほどムカつくのよ!」

「気持ちは凄くわかりますけど! 私も気を抜いたら『カースド・ライトニング』唱えそうになるくらいにはムカついてますけど! 本当にやっちゃったら留置所にいれられちゃいますよ!」

 

 ……後ろが騒がしいな、おい。ルナはさっさとあいつら追い出せよ。ギルド内で魔法使おうとしてる問題児がいるぞ。 

 

 

「ダスト殿……」

 

 後ろが騒がしいのも気にせず。レインは隣りに座る俺をまっすぐに見つめて…………見つめて?

 

「ダスト殿、向こうに座っているぺんぎんの着包みに見覚えがあるのですが……」

「そっちかー。…………ああ、ゼーレシルトの兄貴のことか。やっぱ気になるよな」

 

 一心に見つめていたのは俺じゃなくて俺を挟んで向こうのカウンターに座ってるぺんぎんの着包み……もといゼーレシルトの兄貴らしい。

 

「ゼーレシルトって……やっぱり残虐公……ゼーレシルト伯なんですか? 領地から姿を消して行方不明と聞いてましたがこんな所でなんでお酒を飲んで……」

「不思議だよな。悪魔だから酒なんて飲んでも酔えないだろうに」

 

 というか、ぺんぎんの着包みが酒飲んでる姿はシュールすぎる。

 

「悪魔って、……え? ゼーレシルト伯って悪魔だったんですか?」

「え? 何を今更なことを言ってんだ? ララティーナお嬢様から何も聞いてねえの?」

「ダスティネス卿は悪魔だと知っていたのですか!?」

 

 あれー? これもしかしてバラしたらまずかったのか?

 えー? だって、ゼーレシルトの兄貴って普通にウィズさんの店で店番してたり、サキュバスサービスの番人みたいな感じで悪質な客に空中コンボ決めたりで全然隠れてる様子なかったんだが。今みたいに酒場で黄昏れてることも多いしよ。バニルの旦那みたいに公然の秘密みたいな感じだと……。

 

「えーっと…………今のは聞かなかった事に出来るか?」

「…………するしかありませんよ。ダスティネス卿が黙っていたことを告げ口のような形で伝えることは私には」

「すまん……」

 

 つまりはアイリスやクレアに対する隠し事が増えるわけで…………レインの心労の原因を増やしちまったか。

 

「お待たせしました。ネロイド割お一つとクリムゾンネロイドをお一つ。おつまみの若蛙の唐揚げはお詫びのサービスです」

「お、唐揚げはサービスかよ。ありがとなベル子。……っし、とにかくレイン。今日は飲め。飲んで嫌なこと全部吐き出して忘れちまえ」

 

 微妙に嫌な空気が流れた所でちょうどベル子が酒とつまみを持ってきてくれたことだ。

 レインにはたくさん飲んでいっぱい愚痴をこぼしてもらうとしよう。

 

 

 

 

「ダストどの~、きょうはありがとうございました~」

「お、おう。……本当に大丈夫か? 一人で帰れるのかよ?」

 

 飲み会を終えて。ギルドの外でレインを見送りに来たわけだが、レインは完全に酔っ払ってるらしく千鳥足だし呂律もなんかおかしい。

 

「だいじょうぶですよ~。てれぽーとでびゅ~んですから~」

「いや、それはそうなんだがな……」

 

 こんな状態でテレポートが成功するんだろうか? スキルで習得している以上、魔力さえ足りてるなら成功するはずだが……。

 

「だすとどのはやさしいですね~……そんなふうにいつもしてたらもっとモテてるとおもいますよ?」

「俺が優しくすんのは俺自身が気に入ってる相手だけだよ。誰にでも媚び売るのは好きじゃねえんだ」

 

 カズマ然りバニルの旦那然り。レイン含めて、俺は自分が気に入った相手には優しくしようと思う。そうしたいって心の底から思えるんだから、そうしない理由なんて何もない。

 ムカつくやつには喧嘩売るし、気に入ったやつには出来るだけよくしてやる。ただそれだけの話だ。

 

「でも、ほんとうにすきなあいてにはいじわるしちゃうんですよね~」

「……お前、本当酔い過ぎだろ。さっさと帰って寝ろ」

「はい~。きょうはほんとうにありがとうございました。たのしかったですよ~。──『テレポート』」

 

 呂律が回らない口でちゃんと詠唱を唱えきって。レインはテレポートを発動させて姿を消す。

 

 

 

「…………あいつらは、まだ酒場にいたよな」

 

 レインの言葉に何かを思ったわけじゃないが、リーンとゆんゆんがまだ酒場で飲んでいたことを思い出す。

 

「酒無しでつまみだけだとちょっと足りねえな…………あいつらと一緒にちょっと食ってから帰るか」

 

 本当になんとはなしにそう思った俺は、またギルドの中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー……酔ったレインは色っぽかったなぁ……」

 

 テーブル席に座って。野菜炒めをを食べながら俺はさっきまで一緒に飲んでいた相手のことを思い出す。

 いつもはしっかりしてる女が、慣れない服を来ていることや酔ったことでいろいろと隙きができている姿は今思い出してもエロい。

 

「はぁ……結構今日は雰囲気良かったし行けそうな気もしたんだけどなぁ。……胸を揉んでみてぇなぁ」

 

 あの様子なら多分レインは本心では嫌でも『嫌がり』はしないだろう。ただ、理由が理由なだけに手を出す訳にはいかない。貴族のゴタゴタに巻き込まれるのは本気で勘弁だし、そんな理由で女に手を出すとか俺が嫌いな貴族そのものだからな。

 

「なぁ、リーン、ゆんゆん。どうやったら女の胸って揉めるんだ?」

 

 というわけで俺は一緒のテーブルで飯を食ってる二人にそう聞いてみる。守備範囲外と成長不良とはいえ性別上は一応女。いい方法知らないだろうか。

 

「…………。リーンさんの服って可愛いですよね。いろんな服を着てるのにどの服もセンス良いです」

「…………。ありがと、ゆんゆん。ゆんゆんの服も可愛いけど、いつも同じ系統の服ばっかりだもんね。たまには白系統の服とか来てみたら? きっと似合うよ」

「白…………でも、私そっち系の服を自分で選ぶ自信ないです」

「だったらあたしが一緒に選んであげるよ。ゆんゆんって可愛いしそれに似合う服選ぶのとかすっごく楽しそう」

 

「…………お前ら完全無視とか酷くね?」

 

 俺の問いを完全無視して女子トーク広げる仲間2人に俺はジト目をする。俺がレインと飲んでた時は後ろであーだこーだ反応してたくせに、ちゃんと話しかけた時は無視するとかどうなってんだ。

 

「「……………………」」

「やっぱ無視してていいからその生ごみを見るような眼はやめろ! 二人一緒だときつい!」

 

 ゆんゆんとリーン。それぞれと二人でいる時は割と見る視線ではあるが。同時にとなると想像以上の攻撃力がありやがる……。

 

「はぁ……最近は少しマシになったと思ったけど、ダストはホントどうしようもないね」

「はい……たまにいいとこあるなと思ってたらこれです」

 

 うんうんと頷きあう2人。

 何でお前らそんなに理解しあってんだよ。最近お前ら仲良すぎて怖いわ。主に俺の天敵的な意味で。

 

「それで、話は戻るんだが……胸を揉んでみたいんだよ。なんかいい方法教えてくれ」

「話戻すんだ……」

「リーンさん、あれですよ。これ多分話聞いてオチまで付けないと延々と繰り返すパターンですよ」

「めんどい事この上ないんだけど……ダストだししょうがないか」

「まぁ……ダストさんですしね……」

 

 だから何でお前らはそんなに2人で分かり合ってるんだよ? 俺だけなんか仲間はずれにされてる気分なんだが。

 

「それで? 胸を揉みたいってなに? 自分の胸でも揉んどきゃいいじゃん」

「一理ありますね」

「一理ないからな!? ついでに優しさが微塵もないぞ!」

 

 というか女の胸だって最初に言ってるだろうが。

 

「このチンピラめんどくさい」

「まぁダストさんですからね、仕方ないですね」

「…………お前ら流石に俺の扱いひどすぎね?」

 

 俺の扱いが悪いのはベル子しかりこいつらに限った話じゃないが。それにしてもこいつら2人の俺の扱いはおかしい。

 

「いや……あんたのさっきの発言ほどじゃないと思うけど」

「むしろセクハラで訴えないだけ優しいと思います」

 

 それは一理ある。

 

「あんたが童貞こじらせてるのは今に始まった話じゃないけどさぁ……本当ダストのデリカシーってどうなってんのよ?」

「ああ? 俺は別に童貞じゃねえぞ? 自慢じゃないが、俺は夢の中じゃ数多の胸を揉んできた男だからな」

 

 18歳のゆんゆんを始め、ドラゴンハーフの少し年下の女の子とか凄い美女に人化した上位ドラゴンとか金髪碧眼の魔獣さんとか…………本当にたくさんの胸を揉んできた。サキュバスサービスには足を向けて寝れない。

 

「……本当にかけらも自慢じゃないですね」

「だっていうのに、俺は未だ現実で胸をもんだことがないんだよなぁ……夢と現実どっちの感触が素晴らしいのか比べてみたいんだが」

 

 何故俺みたいなイケメンが未だ経験がないのか謎すぎる。

 

「「夢のほうが素晴らしいから比べなくていいよ(です)」」

 

 だからなんでお前らそんなに息ぴったりなんだよ? いい加減俺疎外感で泣くぞ? 泣き虫ぼっちになるぞ?

 

「はぁ……つまり、あんたはとりあえず、夢と現実どっちがいいか知れればいいわけね。だったら、さっきの女の人に頼めば? なんかいい雰囲気だったみたいだけど」

「諸事情によりレインは無理。…………くそぅ……あんないい女なのに……マジでいけそうだったのに……」

 

 なんでレインは貴族なんだよ。…………貴族じゃなかったらそもそも俺なんて歯牙にもかけそうにないけど。

 

「別にレインさんに限らなくてもダストさんって女の人の知り合い結構いるじゃないですか。さっきもウェイトレスの人ともなんか楽しそうに話してましたよね」

「ベル子と楽しそうに話してるようにみえたならいいプリースト紹介してやんよ」

 

 散々罵倒されて、ちょっと言い返したら泣かれそうになって……踏んだり蹴ったりだったろうが。

 

「プリーストと言えばセシリーさんがいたじゃないですか。前普通に胸を触ってましたし、揉むくらいさせてくれるんじゃ?」

「なにそれ、ゆんゆん。それあたし初耳なんだけど。なに? ダスト、あのプリーストの人とそんな仲だったの?」

「…………俺にだって選ぶ権利くらいある」

 

 確かに顔も身体も悪くないのは認めるがな…………あいつの胸を揉むって想像しても欠片も興奮しねぇ。

 

「はぁ……あんたモテないくせになんでそんな文句ばっかりなのよ?」

「女に関しちゃ妥協したら負けだと思ってる」

 

 父さんみたいなろくでなしでさえ母さんみたいな名前が変な事以外完璧な美人と結婚できたんだからな。俺だって妥協せずに求め続ければ最高の女と付き合えるはずだ。

 

「あんた多分一生童貞だわ。はぁ……仕方ないっか。ごめん、ゆんゆん。悪いけどこいつに胸揉まれてくれない? 多分こいつ揉ませてあげないとこの調子でずっと文句たらたらだからさ」

「いえいえ……ここはダストさんと付き合いの長いリーンさんの出番ですよ」

「何が悲しくてクソガキとまな板の胸を揉まねぇといけねぇんだ。お前らの胸揉むくらいなら自分の胸揉んだ方がマシだろうが」

 

 揉むならやっぱレインくらいいい女の胸だよなぁ。ゆんゆんは身体はレイン以上にいいが守備範囲外でダメだし、リーンは胸以外は悪くないが肝心の胸が論外過ぎる。

 

「……帰ろっか、ゆんゆん。明日は一緒に服を見に行こうよ」

「……帰りましょうか」

 

 そう言って本当にいなくなる2人。

 

「あれ? ツッコミねえのか? こう……怒って喧嘩オチとかそんなのないのか?……おーい」

 

 呼んでも2人が帰ってくることはなく、俺の呼びかけは虚しく酒場に響く。

 

「あの……もう閉店の時間なんですが…………お勘定いいですか?」

「お、おう? ベル子か。勘定ってもうそんな時間かよ」

 

 見回してみればもう客で残ってるのは俺だけのようだ。まぁ、ギルドの受付時間が終わってからレインと飲みだして、それが終わった後からリーンとゆんゆんと食べだしたんだしそりゃそんな時間にもなるか。

 

「いくらだ? まぁ野菜炒めしか頼んでないからそんなしねえだろうが……」

 

 レインと飲んだ分は既に精算してるし。

 

「えーっと……三人分で4万エリスですね」

「………………三人分?」

 

 それってもしかしなくてもあいつらの分も入ってるってことか?

 

「えっと…………都合が悪いならダストさんの分だけの精算もできますが……」

「…………別にいいぜ? 払えねえことはねえしな。今日くらいはあいつらを奢ってやるよ」

 

 特にいつもはゆんゆんに奢ってもらってることだしな。金がある時くらいは奢ってやってもいいだろう。

 

「ところでベル子。俺も悪いっちゃ悪いんだけどよ……そんなに怯えないでくれねえか? そんなふうにオドオドしてたらなんか俺が悪い事してるみてえじゃねえか」

 

 代金を払いながら俺はそうベル子にお願いする。

 実際俺が脅したのも悪いんだろうが、いつも冷たい目をしてくるベル子に怯えられてるとこっちの調子が狂うからな。

 

「だから、いつもみたいに言いたいこと言ってくれ。言われたら俺も多少は言い返すだろうが、本気でお前を害する気はねえからよ」

 

 酔ってたらその保証はないし、酔ってなくても多少のセクハラはするかもしれないが……力づくでどうこうするつもりはないからな。

 

「何故でしょう優しい言葉の裏側でろくでもないことを考えられてる気がします……」

 

 そう言ってベル子は大きく深呼吸をしてから続ける。

 

「それでは、遠慮なく言わせてもらいます。……私にはフィーベル=フィールって言う名前がちゃんとあるんです。ベル子なんて変な呼び方しないで下さい」

「やっぱりベル子じゃねえか」

 

 フィーベルならベル子ってあだ名おかしくねえだろ。

 

「違います! 愛称で呼ぶにしても普通はフィーの方です! 実際故郷じゃフィーって呼ばれてました!」

「はいはいベル子ベル子」

 

 しっかしフィーベル=フィールね……。昔はよく聞いた名前と名字だな。この国じゃ貴族以外は名字持ってないし、ベル子が貴族のようにも見えない。つまりは……。

 

「ところでベル子。お前の言う故郷って隣の国だろ? なんでこの街にいるんだ?」

 

 もしかして俺が知らない間にあの国でなんかあったのか?

 

「…………よく分かりましたねとか、なんであなたにそんなこと言わないといけないんですかとかいろいろ言いたいことありますが…………。出稼ぎにきてるだけですよ。ベルゼルグの方が賃金がいいから」

「ま、確かにあの国よりはベルゼルグの方が稼ぎやすくはあるな」

 

 それにあの国は貴族と市民の貧富の差が激しい。俺にはあんまり関係のなかったはなしだが、別の国に出稼ぎに出る奴が多いってのも聞いたことはあった。

 

「だけど、なんでこの街なんだ? 稼ぐだけなら王都のほうが仕事多いし賃金もいいはずだぞ」

 

 ベル子も見た目は悪くないし、王都でもいい感じで働けると思うんだがな。

 

「確かに最近はそれもいいかなと思っていますね。元々私がこの街で働き始めたのも最年少ドラゴンナイト様に会えるかもしれないって思ったからですし。前はこの街にいたって噂でしたが、今は王都にいるって噂ですから」

「……………………」

「あ、最年少ドラゴンナイト様のことは知ってますか? 私の故郷の英雄で『ライン=シェイカー』という名前なんですが」

 

 …………ここでその名前が出てくんのかよ。

 

「……やっぱり知りませんか? 私がこの街に来た時はそれなりに噂も聞けましたけど最近は全然聞きませんしね……」

「いや、名前くらいなら知ってるぞ。俺が冒険者始めたのはルナが受付始めた頃と大体一緒だからな。その頃は確かに最年少ドラゴンナイトの噂が結構されてた」

 

 あの頃は俺が炎龍を倒してすぐの頃だったから。ギルドの隠蔽のお陰で俺がそうだとバレることは少なかったが、噂自体は嫌というほど聞いた。

 

「……で? ベル子はその最年少ドラゴンナイトとやらを追っかけてこの街に来たのか?」

「はい。ダストさんは知らないでしょうけど、最年少ドラゴンナイト様は私の故郷の国では本当に凄い英雄だったんですよ。私と同じくらいの歳の子はみんな最年少ドラゴンナイト様に憧れているんですから」

「へー」

「なんですか、その適当な反応は! 本当に凄いんですよ! なんて言ったってあの魔王軍筆頭幹部、通称魔王の娘を契約したドラゴンとたった2人で退けた実績があるんですからね!」

「あー、はいはい凄い凄い」

 

 憧れの最年少ドラゴンナイト様がバカにされてると感じてるのか。どんどん怒っていくベル子を適当にいなしながら俺は思う。

 

(やっぱり、過去は捨てられねえのかねぇ……)

 

 結局求められるのは今のチンピラの俺じゃなくて過去の名前と実績だ。冷静に考えれば当然ではあるんだろうが、少しだけそれに寂しさというか虚しさを感じてしまう。

 別にラインがどうの言われてるだけで、ダストがいらないと言われてるわけじゃないのに。

 

 

(でも……あいつだけは『ダスト』がいいんだっけか)

 

 俺がラインの顔をしているのを嫌がって、俺がラインであることを認めないだなんていう物好きがいる。

 

 

「なぁ、ベル子。俺はどっちを選べばいいんだろうな?」

「いきなり何の話ですか!? と言うか、私はベル子じゃなくてフィーベルです! 呼ぶならフィーって呼んでくださいよ!」

 

 ダストとライン。もしくは誰かと誰か。

 当然ながらその答えがベル子から返ってくることはなかった。


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