どらごんたらしver.このすば   作:ろくでなしぼっち

31 / 92
第31話:ご飯とお土産とプレゼント

「すぅ……ダストさんのバカぁ、人でなしぃ…ろくでなしぃ……女ったらしぃ………どらごんたらしぃ…………」

「寝言でまで人の罵倒とかどうなってんだこの毒舌ぼっちは」

 

 最後は別に悪口でも何でもないが。あと、女ったらしには是非ともなりたいがどうやったらなれるんだろう。

 

(あんだけ怒ったというか呆れた感じで帰ったくせに、結局いつも通り潜り込んでくるのな、こいつは)

 

 隣で幸せそうにすやすや眠っているゆんゆんにため息をつきながら俺はそんなことを思う。

 本当毎晩のように潜り込んでくるがどんだけ一人で寝るのが寂しいんだか。こんなんでジハードが生まれてくるまでどうやって過ごしてたんだろう。

 もしくはそれだけジハードと一緒に寝たいんだろうか。それなら確かに仕方ないが。

 

「……あれ? ダストさん、今日は起きてるんですね」

「ん……ああ、ロリサキュバスか。そっか、もうそんな時間なんだな」

 

 いつものように、夢を見せに来てくれたロリサキュバスは俺が起きていることに少しだけ不思議そうな顔をしている。

 最近はアイリスとの特訓もないし、隣で寝てるゆんゆんの存在にもなれたしで普通に寝てたからな。今日に限って起きてるのはちょっとばかし不思議か。

 

「また何かあったんですか?」

「別になんかあったわけじゃねえんだがな…………ちょっと考え事だよ」

 

 昔のことを思い出したり、今の自分の現状を整理したり……柄にもなくそんなことを考えてたら寝そびれちまった。

 

「ダストさんが考え事……。今度はどんな手口で詐欺をするんですか?」

「ほっぺた死ぬほど引っ張ってやるからお前ちょっとこっち来い」

 

 俺が考え事している=詐欺ってどういうことだよ。

 

「ダストさんほっぺた引っ張る時は本当に手加減してくれないから嫌ですよー。それに、そんなことしたら隣で寝てる人が起きちゃいますよ?」

「ちっ……確かに幸せそうに寝てるジハードを起こしちまうのは可哀そうだな……」

「あ、そっちなんですね……。ゆんゆんさんは起きても大丈夫なんですか?」

「大丈夫も何も、別にこいつが起きても俺は痛くもかゆくもねえし」

 

 わざわざ起こしたり、気付いてることを伝える気はないが、自分が肩身の狭い思いをする理由まではない。起きたら面倒なことにはなりそうだがそれはそれだ。

 

「そういう所は相変わらずナチュラルでクズいんですね。最近はちょっとまともになったなぁって思ってたんですけど」

「んー……それ、カズマにも言われたんだけどよ。最近の俺って前よりまともになってんのか? 別になんか変わった気はしないんだが」

 

 ジハードと一緒にいるために留置所に入るような真似は出来るだけ避けてるのは確かにあるんだが。捕まらないことならわりとやりたい放題してるし。自分が前と何か変わったような自覚は全くない。

 

「生ゴミが燃えないゴミになったくらいにはまともになってる気がしますよ?」

「マジで日中どっかであった時は覚えとけよ」

 

 その時こそお前の無駄にもちもちのほっぺたを引っ張り倒してやるからな。

 

 

「それで、すぐに眠れそうですか? 眠れそうにないなら今日の夢はキャンセルになっちゃいますけど……」

「……微妙だな。ま、そこまで溜まってるわけでもねえし無理して見る必要もねえんだが」

 

 サキュバスに頼らなくても最近は夢見がいいしな。もちろんエロい夢が見れるならそれに越したことねえが。

 

「じゃあ、キャンセルってことですか?」

「そうするか。寝よう寝ようってしたら逆に寝れなそうだしな」

「そうですか…………」

 

 俺の言葉に目に見えて落ち込んでいるロリサキュバス。

 

「何をそんなに落ち込んでんだよ。別にキャンセルになったの初めてじゃねえだろ?」

「……だって、今日のお仕事ダストさんしか入ってなかったんですよ? それがキャンセルということは私はご飯抜きってことじゃないですか」

「あー……なるほど。そういやサキュバスにとっちゃこれは食事だったな」

 

 だからこそ普通の風俗に比べればはした金でサキュバスのサービスが受けられるわけで。サキュバスにとっての一番の対価は精気の方だ。

 

「ん? でもじゃあ休みのときとかどうしてるんだ? 仕事=食事なら仕事休んだら飯抜きだよな?」

「非番の日は他のサキュバス……先輩たちから精気も分けてもらえるんですよー。でも仕事が取れないサキュバスはごはん抜きなんです……」

「…………世知辛いな」

「はい…………精気が慢性的に足らなければ餓死して地獄に送還されちゃいますし……」

 

 華やかに見えるサキュバスの世界も実状は苦労にまみれているらしい。

 

「仕事取れないようなサキュバスだと地獄でも苦労しそうだよな」

「……それに関してはあんまり心配はいらないというか、一応地獄ではサキュバスクイーン、女王様のもとにいる限り、働かなくても餓死することだけはないので」

「? よく分かんねえが、働かなくても食べるもんには苦労しねえのか。じゃあ、なんでお前らは働かないと食べていけない地上にわざわざ来てるんだ?」

「それはもちろん地上の精気の方が凄く美味しいからですよ。地獄でも美味しい精気を貰う方法はないわけじゃないんですが、私みたいな下っ端サキュバスには絶対無理ですし」

 

 なるほどな。サキュバスにとっちゃ精気ってのは食事であり同時に娯楽でもあるのか。多少危険があって苦労があるとしてもそういう理由なら地上に出てくるのも理解できるな。

 サキュバスに限らず悪魔が召喚契約以外で地上にやってくるのはそういう理由なのかもしれない。

 

「というわけでごはん抜きは悲しいんですよ。別に1日2日抜いたくらいで餓死するなんてことはないですけど……」

 

 不満そうというか悲しそうというか。とにかく微妙そうな顔をしているロリサキュバス。

 まぁ俺らにして考えるなら美味しい酒や料理を前にして御預けされてるようなもんだから無理もない。

 

「あー……じゃあ、俺の精気吸うか?」

「え? 夢のキャンセルをしないでもらえるんですか?」

「いや、夢の方はキャンセルってか、すぐに寝れそうにないから無理だけどよ。精気だけ吸わねえかって」

「…………じゃあ、一緒ですよ。前にも言ったと思いますけど、あのお店で働くサキュバスは仕事以外で精気を吸うのを禁止されてるんです」

「分かってるって。だから、『仕事として』俺の精気を吸わねえかって聞いてんだ」

 

 仕事以外で精気を吸うことが禁止されている。契約を遵守して生きる悪魔にとってそれは絶対だろうし、もしも破れば恐ろしい罰が待ってたりするのかもしれない。

 だが、『仕事』が『夢を見せる事』と限定してるとは限らない。限定していないのであれば『仕事』とは自分の行動に対して対価を貰えること全てが当てはまる。

 

「多分なんだが、あの店が仕事以外で精気を吸うことを禁止してるのは、冒険者との信頼関係のため、サキュバスがやりすぎないためだろ?」

 

 サキュバスが本気で誘惑すれば並の男性冒険者じゃ抗うことは出来ない。だから仕事以外で精気を吸う事を禁じて、仕事という契約でのみ精気を吸うことを許可し、その共存関係を維持する。

 

「俺がお前に何かしらの対価を払って『同意』を示して『仕事』として精気を吸うことにすれば大丈夫なんじゃないのか?」

 

 悪魔はそういう契約の抜け道が大好きだ。契約を遵守する悪魔だからこそ、そういう抜け道を利用するのが巧い。自分たちが作った契約であるなら、それこそそういう抜け道を用意してそうなもんなんだが……。

 

「…………確かに『仕事』としてなら夢を見せなくても精気を吸って大丈夫そうですね。取引したお金の分しか精気を吸えない決まりがあるんで、際限なくとはいかないですけど」

「やっぱりな」

 

 そういう決まりがあるなら抜け道を利用するのも見越しての禁止なんだろう。ロリサキュバスが知らないだけで他のサキュバスは普通に利用してそうだな。長くあの店で働いていたら自分で気づくなり冒険者に教えてもらうなりで、知ることになる抜け道なんだろう。

 ロリサキュバスはあの店じゃまだ新人に近い立ち位置だし、気づいてなかったみたいだが。 

 

「……いいんですか? ダストさんには全く得がない話ですよ? むしろ、お金を払って貰わないといけないから損をするのに…………」

「金ならカズマに貰った金がまだ結構あるから大丈夫だ」

 

 レインにゆんゆんやリーンまで奢ったがまだ結構な額が残ってる。

 

「ま、お前にはなんだかんだで世話になってるからな。飯抜きは流石に可哀想だからお前にも奢ってやんよ」

 

 いろいろ世話がかかるやつではあるが、こっちも同じくらいは世話になってる。

 

「…………そんな感じですぐお金使うからダストさんっていつもお金に困ってるんじゃないですか?」

「そうだな。じゃあ反省してやっぱ今の話はなしだ」

「ごめんなさい。本当はお腹ぺこぺこなんです。ここまで期待させてお預けは許してください」

「最初からそう言っときゃいいんだよ」

 

 俺の回りにいる女はどうしてどいつもこいつも一言多いのか。

 

 

「えっと……それじゃあ、指を貸してもらえますか?」

「指? まぁ別いいが」

 

 隣りに座ったロリサキュバスに向けて手を差し出す。

 

「では、いただきまーす……はむっ」

 

 そう言ってロリサキュバスは差し出した手を自分の口元に持っていき、そのまま俺の人差し指を咥える。

 チロチロと舌で舐められる感覚と吸われる感覚を指に感じて凄くくすぐったい。同時に俺の中から何かがロリサキュバスに流れていく感覚もあるが、指に感じる感覚に比べれば微々たるものだ。

 

「…………お前、何してんだ?」

「ふぁにって……んっ、……精気をもらってるますけど」

 

 一旦指から口を離してロリサキュバス。

 なんでこいつは『そんなこと聞くまでもないじゃないですか?』みたいな顔してんだ。

 

「お前、いつも客からそんな風に精気をもらってたのか?」

「いつもはお客さんを起こしちゃいけないから出来ませんよー。いつもは手で触れて貰ってます。先輩たちから貰う時はこうしてますけどね」

「…………じゃあ手で精気をもらえよ」

「出来ないことはないですけど…………こっちの方が吸うの早いですし、精気の美味しさも段違いで味わえるんですよ」

 

 『だから、ダメですか……?』みたいな顔してこっちみんな。

 

「はぁ…………ほれ。分かっちゃいたことだが、サキュバスって言うか、悪魔の感覚は人間とはぜんぜん違うんだよな」

「はむぅ……ふぉーれすねー。……んぅ、やっふぁり、らすとしゃんのせいきはおいしいれすね」

 

 マジでくすぐったいから咥えながら喋るのはやめろ。

 

 

 

「はむはむ……んゅぅ…んぅ……ふぁぁ」

「……………………」

 

 …………やっぱこれエロいよな。

 

 別にただ指を咥えて舐めたり吸ったりしてるだけだと言うのに。それをやってるのがちんちくりんなロリサキュバスだと言うのに。

 美味しそうにそれをやっているロリサキュバスを見ると妙なエロさを感じてしまう。

 流石はサキュバス……こんなちんちくりんでもここまでエロさを隠し持っているとは侮れない。

 

 

「だけど、こんだけエロいのにサキュバスって『女』じゃないんだよな」

 

 バニルの旦那やゼーレシルトの兄貴がよく言っている『悪魔に性別はない』という台詞。それを信じるなら下級悪魔であるサキュバスも性別がないということになるはずだ。

 

「ぅ……また否定も肯定もしにくいことを言いますね……」

「? その口ぶりは『女』じゃないわけでもないのか? でも、旦那や兄貴が嘘言ってるとも思えねえし…………実はサキュバスって悪魔じゃないのか」

「そんなわけないじゃないですか。正真正銘サキュバスは悪魔ですよー。ただ、『女性』じゃないと言うと語弊があるんです」

 

 悪魔に性別がなくて、サキュバスは悪魔で、でもサキュバスは女じゃないわけじゃない。謎掛けか何かか?

 

「えっとですね…………バニル様やゼーレシルト様のおっしゃる通り悪魔が本質的に性別を持たないのは間違いありません。と言うより、基本的には上位の悪魔に作られる悪魔に性別は必要ありませんからね」

「…………前にも聞いた気がするが、割と重要な事実をサラッと言うのやめろ」

 

 前に旦那に聞いた時、分裂するわけじゃないとか言ってたし、性別がない以上悪魔が増える方法は『自然発生』か『創作』、『転生』のどれかだろうと想像はついてたが。

 ロリサキュバスの話を信じるなら基本的な悪魔は『創作』で生まれるってことで良さそうだな。『自然発生』や『転生』で生まれる悪魔がいたりする可能性はあるのかもしれないが……まぁ、そのあたりは今は関係ない。

 

「多くの悪魔にとって性別は必要ありません。だから性別がない」

「……そういうことか。本質的に悪魔は性別を必要としない。けど、男を相手にするサキュバスには『女』があったほうが何かと便利だもんな」

「そういうことです。私達サキュバスやインキュバスと言った夢魔はその性質的に性別を持っています。また、上位の悪魔の方でも求める悪感情によっては後天的に性別を取得する方がいたりします」

 

 つまりは悪魔にとって性別はオプション的なものなのか。翼があるとか角があるとかそんな感じで性別を持っていると考えればいいのかもしれない。

 

「でも、そういう話ならなんでお前は微妙な顔してたんだ?」

 

 素直に女ですって言っときゃいいのに。

 

「想像がついているのかもしれませんが、悪魔にとって性別は個性です。そして悪魔が持てる個性はその階級によって制限があります。…………下級悪魔の中でも群を抜いてサキュバスやインキュバスが弱いのは最初から性別を獲得してるからなんですよ」

 

 真っ向勝負をするのなら駆け出し冒険者にすら負けるのがサキュバスだ。……真っ向勝負じゃないなら上級の冒険者すら手玉に取ったりするけど。

 ロリサキュバスはサキュバスの中でもバニルの旦那に特筆して憧れているし、強い旦那に対して弱い自分とその理由に思うところがあるのかもしれない。

 

「……とりあえず納得はできましたか? だったらまた精気を吸わせてもらいたいんですけど……」

「おう、よく分かったぜ。ほれ、ちゃんと味わって吸えよ」

 

 はむっとまた俺の指を咥えて精気を吸い出し始めるロリサキュバスを見ながら俺は少し考える。

 

(……後天的に性別を得ることが出来るなら旦那も一応『男』になることが可能ってことか?)

 

 本質的に性別を持ってる俺らとは感覚は違うんだろうが、理論上はそうだよな。

 このことをルナやウィズさんが知ればどういう反応を示すのか。それは少しだけ楽しみかもしれない。

 

 

 

「んっ…………ああ、もう料金分の精気を吸っちゃったんですね…………」

「ん? 思ったよりも早かったな」

 

 俺が旦那やルナのことを考えてる内にロリサキュバスは精気を吸い終わったらしい。指から吸えば速いとは言ってたが、もともと吸える量が少ないんだろう。

 

「はい……冒険者の人に負担をかけられないから通常料金だとこれだけしか吸えないんです……」

 

 …………凄く物足りなそうな顔してんじゃねえよ。本当にしょうがねえな。

 

「はぁ…………。今日だけだからな。金が許す限り吸っちまえ」

「……いいんですか?」

「いいも悪いもねえよ。お前さんは悪魔だろうが。悪魔ってのは欲望のままに生きるのが美徳だってされてんだろ? だったら俺の都合なんて考えないで、いいって言われたら喜んで吸っときゃいいんだよ」

 

 旦那なら絶対にそう言う。

 

「ダストさんって本当悪魔より悪魔っぽい考え方してますよね。…………だからバニル様と仲良くしてもらえてるのかなぁ」

「さあな。ま、少なくともお前が立派な悪魔になりたきゃもっと俺を見習ったほうがいいぞ」

 

 ロリサキュバスは悪魔って言うには身体も態度も小さすぎるからな。

 

「悪魔のお手本になる人間っていろいろ終わってる気がするんですけど…………」

「人間をお手本にしなきゃいけない悪魔もいろいろ間違ってる気がするがな」

「ふふっ……それもそうですね」

 

 そう言って花のように笑うロリサキュバスはやっぱり全然悪魔っぽくない。こいつはうまれる種族を間違えてんじゃないだろうか──

 

 

 

 

「とりあえず、今はお言葉に甘えて、おなかいっぱい吸わせてもらいますね」

 

 

 

 

 ──なんてことを思ってた俺を殴ってやりたい。

 

「ふぅ……こんなにお腹いっぱい精気を吸ったのは初めてです。ダストさんありがとうございます」

「嘘だろ……あんだけあった金がサキュバスサービス1回分しか残ってないとか……。お前の辞書には手加減って言葉がないのか?」

「ありますけど、ダストさんが好きなどけ吸っていいって言ったんじゃないですか。今さらそんな事言われても困りますよ」

 

 欠片も困ってない様子で、むしろ満足そうにぽこりと膨らんだお腹を撫でているロリサキュバスを見て俺は確信する。

 こいつは正真正銘の悪魔だ。腹ペコは可哀想だなんて同情なんてする必要なかった。

 

「でも、まさか本当にお腹いっぱいになるまで精気を吸えるとは思ってませんでした。お金はともかくサキュバスがお腹いっぱいになる精気は普通の成人男性5人分くらいですから」

「5人分つっても、元が影響でないくらいの量での話だろ? 別にそれくらい余裕だろ」

「いえ、死ぬまで吸ったとして5人分です。私はまだ未熟ですし普通のサキュバスより吸える精気は少ないですが、それでも普通の人ならとっくの昔に死んでるくらい精気を頂いたんですが……ダストさん平気そうですよね」

「全然平気じゃねーよ。明日からどうやって暮らしていけばいいんだ」

 

 一応明日は午後からゆんゆんとクエストの予定入れてるけど。その金はギャンブルに全部つぎ込む予約してるし。

 

「……本当に平気そうですね。やっぱりダストさんって人間じゃないんじゃ……」

「体の方も一応妙にだるいぞ。金がなくなったことに比べればどうでもいいレベルだが」

 

 というか、やっぱりってなんだ、やっぱりって。俺は正真正銘人間だっての。

 

「精気も普通の人に比べて凄く美味しいですし、精気の量は人としておかしいレベル……。普通の状態じゃありえないと思うんですけど」

「理由はどうでもいいだろ。お前らサキュバスにとっちゃ俺が都合のいい餌ってだけだ」

 

 多分、前に死にかけた時、ミネアの魔力や生命力を限界まで与えられ続けた影響だろうが。俺の目が普段から赤くなってるのと同じ理由だろう。

 

「それもそうですねー。これでダストさんがカズマさん並みにお金持ちだったら最高だったのに……」

「おう、俺は金なんて持ってないから今度からたくさん精気を吸いたい時はカズマに頼めよ。多分あいつは今みたいな吸いかたしたら喜んで精気と金を提供してくれるぞ」

 

 あいつ否定してるけどロリコン気味だからな。ロリサキュバスにさっきみたいな吸いかたされたら死ぬほど喜ぶに違いない。

 

「夢じゃなくても喜んでもらえますかね? それなら、カズマさんには恩がありますしやりたいですけど……」

「そこは心配しなくても大丈夫だろうよ。少なくとも嫌がる男はいねえだろうし」

 

 ロリサキュバスは成長が未熟なだけで見てくれが悪いわけじゃないからな。喜ぶかどうかはロリコンかどうかが影響してくるが嫌という男はいないだろう。

 

「ただ、そういう吸い方を他の男にもしてるってのは内緒にしとけよ?」

「? どうしてですか?」

「男ってのは自分が女にとって特別でありたいって思うもんだからな。独占欲って言っちまってもいいのかも知れねえが」

 

 別に男に限った話じゃないかもしれないが、少なくとも男ってのはそんなところがある。

 

「えっと…………私サキュバスですよ? 流石にそんな風に思うのは難しいんじゃ……」

「お前は見た目は清楚系ロリだし経験少なさそうだからな。サキュバスって言ってもそういう幻想抱く男はいるぞ」

 

 常識的に考えれば男の性を吸って生きるサキュバスに独占欲ってのも馬鹿な話ではあるんだが、男はそういう所は都合よく解釈しちまうもんだからな。むしろサキュバスだからこそ独占したいって思っちまうのが男だろう。

 

「そういうものなんですか。…………私にとっては皆さん大切なお客さんなんですけどねー」

「そういう職業意識も大事なんだろうがな、男を相手にする仕事してんだから男心を手玉に取るくらいはしないと一番にはなれねーぞ」

 

 むしろサキュバスってのはそういう悪魔のはずなんだが……この街に住むサキュバスだからなのか、こいつだけなのかは微妙だがいろいろズレてんだよなぁ。

 

「勉強になります」

「でも、実際お気に入りの客とかいねえのか?」

「精気が美味しいですしいつも指名してくれるからダストさんはありがたい常連さんだとは思ってますよ?」

「いや、そういう話じゃなくてだな…………精気とか仕事とかそう言うの抜きにしての話だ」

 

 商売女と客の恋愛話って結構聞くんだがな。寝てる相手に夢を見せるだけのサキュバスサービスでそんな話が生まれるかどうかは微妙な所だが。

 

「そういうのを抜きにすると判断基準が殆どなくなっちゃうんですが…………それだとカズマさんですかね。さっきも言いましたけど恩がありますから」

「仕事に失敗して退治させられそうになった所を助けてもらったんだっけか。カズマは普段はアレだけどやる時はやる奴だからなぁ」

 

 そうでもなきゃあの問題児3人を抱えて生きていけるはずもない。俺がカズマの立場だったら3日で失踪してる自信がある。

 

「ま、カズマなら文句ねえな。うまくいった時はご祝儀よこせよ」

「なんでそんな話になってるのかとか、なんでダストさんが保護者面してるんですかとか、なんで私がご祝儀渡す方になってるんですかとか、ツッコミきれないんですが……」

 

 きっちりツッコミいれてんじゃねえか。相変わらず無駄に律儀なやつだ。

 

 

 

「はぁ……なんかお腹いっぱいなのも相まって疲れてきました。一旦お店に帰って報告もしないとですし、そろそろ帰りますね」

「おう、そうか。…………マジでその金全部持って帰るのな」

 

 俺のほぼ全財産が……。

 

「えっと…………悪魔の契約は絶対なので返せはしませんけど、何らかの形で還元しますから…………もしかしたらサービスとは別の契約を結んでもらうかもしれませんけど」

「金が返ってくるならなんでもいいからマジで頼むぞ……」

 

 別にすかんぴんなのは今に始まった話じゃねえが、一応いい事したはずなのに金が一気に無くなるのは納得出来ないからな。

 

「善処します。……じゃあダストさん、またのご利用お待ちしてますね」

「金がねえからすぐに利用できるかどうかは微妙だけどな……ま、善処はしてやるよ」

 

 俺の言葉に気まずそうな苦笑いを浮かべながら。ロリサキュバスは月明かりの中を飛んで帰っていく。

 あいつは前に飛んでる所をセシリーやクリスに見つかって痛い目見たとか言ってた気がするんだが学習しないんだろうか。セシリーがアルカンレティアに行っててアクセルにいないとは言え神出鬼没のクリスはいるかもしれないのに。

 

「…………ま、俺が気にすることでもねえか」

 

 横で幸せそうに眠ってるゆんゆんの存在と一緒だ。いちいち気にしてたらろくに寝られもしねえ。

 

「つーか、こいつは本当にぐっすり眠ってやがるな」

 

 叫んだりはしてないとは言え普通に喋ってたんだが。どんだけ熟睡してんだか。男の隣でこんだけ熟睡とか隙がありすぎだろ。

 

「…………、俺も寝るか」

 

 守備範囲外の寝顔をいつまでも見てても仕方ない。ロリサキュバスに精気を思いっきり吸われた影響かいい感じに疲れてるし、ジハードの最高の感触もある。今眠ればきっといい感じに眠れるだろうしな。

 

「じゃ、おやすみさん。明日は起こすの頼むぞゆんゆん」

 

 朝起きれなかったら、ゆんゆんに飯を奢ってもらえないし、金のない今の俺じゃ死活問題だ。

 俺のためにちゃんと起こせよ、ゆんゆん。

 

「んぅう……やっぱりこの人ろくでなしですぅ……くぅ……」

 

 妙に的確なゆんゆんの寝言を子守唄代わりにしながら、俺は深い眠りについていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそぅ……ゆんゆんのやつ人のこと起こしていかないとか人でなしかよ」

 

 何か金になりそうなことがないかと街を歩く俺は、薄情にも俺を起こさなかったぼっち娘の愚痴をこぼす。

 昨日のことを根に持ってるのかどうかはしらないが、おかげで俺は朝飯をまだ食えていない。と言うよりもう昼に近い時間でこのまま行けば昼飯すら抜きになっちまう。

 午後からはゆんゆんとクエストの約束してるし夕飯はゴネればなんとかなりそうだが、飯抜きでクエストはきつい。

 

 ちなみに、なんとか残ったサキュバスサービス代を使えば朝昼と言わず3日分の飯代くらいにはなるが、当然使う気はない。

 

「ゆんゆんさんの何が人でなしなの? ダスト君」

「おう、聞いてくれるか。…………って、ダスト『君』だと……?」

 

 俺を君付けで呼ぶやつなんて20年超えた俺の人生の中でも3人しかいない。一人は死んでるし一人は故郷にいるから、今ここで呼ぶ可能性があるやつは旅に出てたあいつしか……。

 

「ただいま、ダスト君。お姉さんに会えなくて寂しかった?」

「なんでお前帰ってきちゃったの?」

「流石にその反応はお姉さん酷いと思うの!」

 

 振り返って目に入った想像通りの姿。金髪碧眼の暴走プリーストセシリーに俺は大きなため息をつく。

 

「ねえ、ダスト君。なんで私はため息までつかれてるのかしら? 真ヒロインの帰還なのよ? 泣いて感動する場面だとお姉さん思うんですけど」

「場外ヒロインが何を言ってんだか……。俺の真ヒロイン枠はミネアとジハードだけで埋まってるからお前の入る所はどこにもねえぞ」

 

 ネタ枠が帰ってきたからってどこで泣けばいいんだ。

 

「だいたい、お前は別に俺の真ヒロインじゃないだろ。爆裂娘のところ行って来い」

「もちろんめぐみんさんの真ヒロインでもあるけど、ダスト君の真ヒロインでもあるつもりよ?」

「…………ちなみにお前が真ヒロインやってるやつ全員上げてみろ」

「めぐみんさん、ゆんゆんさん、イリスさん、ダスト君にミツラギさん……まだ続くんだけど全部言わないとダメ?」

「言わなくてもお前のダメさは分かったからもういい……つーか、一人名前間違えてんぞ。魔剣の兄ちゃんの名前はミツラギじゃなくてミタラシだろ」

「そうだったかしら? ん……とりあえず覚え直したらわ。魔剣の勇者様の名前はミタラシさんね」

 

 ったく、真ヒロインを自称するならちゃんと名前くらい覚えといてやれよ。

 

「……で、お前マジで帰ってきちゃったのか」

「うん。アルカンレティアでの用事は全部済ましてきたわよ」

 

 確かこいつはゼスタが捕まったからその代わりの最高司祭を決める選挙に行ってたんだっけか。

 

「結果はどうだったんだ?」

「無事次期最高司祭の座を勝ち取ってきたわよ。トリスタンは強敵だったわね……」

「マジか…………」

 

 こいつが次期最高司祭とかアクシズ教徒大丈夫…………に決まってんな。ゼスタの時点であれだったみたいだし。

 

「? でも次期最高司祭がこっちに戻ってきて大丈夫なのか? アクシズ教団の取りまとめ役いないとまずいんじゃねえのか?」

「ああ、それは大丈夫よ。あっちの取りまとめはゼスタ様がちゃんとしてくれてるから」

「…………は? ゼスタが捕まって代わりの最高司祭が必要だから選挙したんじゃなかったのかよ」

「そのつもりだったんだけどね。ゼスタ様ったら裁判長をトリスタンのパンツで買収して裁判で無罪になっちゃったのよ」

「そのアクシズ教徒の裁判長は今すぐにクビにしろ」

 

 というか、どんな司法取引だ……。

 

「? よく裁判長がアクシズ教徒だって分かったわね」

「アクシズ教徒じゃなければ逆に絶望だからな……」

 

 アクシズ教徒以外にそんな司法取引に乗るやつがいるとは思いたくない。

 

「ちなみに裁判長は女性だから安心してね」

「欠片も安心できねえよ!」

 

 流石に女とか予想g…………いや、俺の目の前に居るやつ考えたら予想できてしかるべきなのか…………もうやだアクシズ教徒。関わり合いになりたくなさ過ぎる。

 

 

「ま……とりあえず、ゼスタが復帰できたんならひとまずアクシズ教団は大丈夫そうだな」

 

 あんな奴らでもいなければ魔王軍が調子に乗るからな。現状優勢を保っているとは言えアクシズ教団と紅魔族がこの国を守ってると言っても過言じゃないんだから。

 …………あいつらがいるから執拗に魔王軍が攻めてくるという話も聞いたことはあるがそれは今は考えない。

 

「そうね。ただ、トリスタンが自分のパンツを勝手に取引に使われて怒ってクーデター起こしてるのが少し心配だけど」

「もうお腹いっぱいだからもうアクシズ教団の話はしなくていいぞ…………」

 

 というか、そういう状況でなんでこいつは普通に帰ってきてんだろうか。…………聞いたら『いつものことだもの』とか言いそうだから聞けないけど。

 

「つーかあれだ。旅から帰ってきたんだったら俺に渡すもんがあるよな?」

 

 もうさっさとお土産貰ってこいつとの話は終わりにしちまいたい。久しぶりにこいつのテンションは流石にきつい。

 

「んふふー、もちろん用意してるわよ。本家アルカンレティアで作られた最高品質の──」

「──言っとくがアクシズ教の入信書とかいらねえからな。貰っても投げ返すぞ」

「…………ダスト君はボケ殺しだと思うの」

 

 恨めしそうな顔して紙束もとに戻してんじゃねえよ。マジでそんなゴミをおみやげ言うつもりだったのか。

 

「んー……でも他のお土産で面白そうなもの特にないんだけどいいかしら?」

「おみやげに面白さなんて求めんのはガキだけだからいいっての。そうだな……なんか食いもんねえか?」

「それならお姉さん用に買ってきてた『ところてんスライムネロイド味』と『温泉まんじゅう改め聖水饅頭』があるわよ。どっちがいい?」

「甘いもんはそんな好きでもないからな……ネロイド味ならところてんスライムでいいぞ」

 

 いいもん買ってきてんじゃねえか。

 

「…………でも、ダスト君。聖水饅頭もすっごい美味しいと思わない?」

「食ったことねえから知らねえよ」

「じゃあ食べてみるべきじゃないかしら。きっと感動すると思うわ」

「…………お前、自分がところてんスライム食べたいから饅頭勧めてるだけだろ?」

 

 おう、全然誤魔化せてないから口笛吹きながら視線そらすな。

 

「ったく……だったら最初からどっちがいいとか聞いてんじゃねえよ」

 

 はぁとため息を付きながら俺は饅頭の方を受け取る。

 

「んぐ…………でもまぁ、そこまで甘いわけでもねえしまずくはねえな」

 

 どこらへんが聖水なのかは全然分からねえけど。それいったら温泉まんじゅうもどの辺が温泉か分からねえしどうでもいいが。

 

「でしょでしょ。お姉さんとしてその美味しさを是非とも知ってほしくて聖水饅頭をお勧めしたのよ? けして自分がところてんスライムを食べたかったからじゃ……」

「……やっぱこの饅頭返すからところてんスライムの方よこせよ」

「あ、謝るから! 見栄をはったのは謝るから! お姉さんからこの子を奪うのだけはやめて! この子は私の生きがいなの!」

「悲壮な声出してんじゃねえよ! なんか俺が悪い事してるみてえだろうが!」

 

 まぁ、客観的に見ればシスターが必死に守ろうとしている物を強奪しようとしているチンピラの図なんだが。

 実際はシスターのほうがアレ過ぎるし、街の連中も『ああ、あの破戒僧が帰ってきたのか』と遠巻きに見てるだけなので問題はない。

 

 

「はぁ……はぁ…………ダスト君、お姉さん強引なのも嫌いじゃないけど、こういうのは場所を選んでするべきだと思うの」

「はぁ…ふぅ…………うるせえよ。ただちょっとお前の大切なものを奪おうとしただけだろうが。誤解を招きそうな言い方するんじゃねえ」

 

 ところてんスライム争奪戦は防衛側の勝利で終わって。肩で息をしながらも軽口を叩くセシリーに俺はそう返す。

 …………くそぅ、別に本気でところてんスライム欲しかったわけじゃねえが、女に負けるとは。この街の女はどうしてこうどいつもこいつも手強いんだ。

 

「ダスト君の言い方のほうが何だか卑猥な気がするのは気のせいかしら……」

 

 それはお前の心が汚れてるだけだ。

 

 

「とりあえずお土産の件はこれでおしまいでいいわよね? だったらお姉さんがいなかった間に何か変わったことがなかったか聞きたいんだけど」

「お前がいなかった間に起きたこと?…………………………………………別に何もなかったぞ」

「その間は思いっきり何かあったって言ってない?」

 

 まぁ、思いっきりあったのは確かだが…………セレなんとかさんのことはこいつには言いたくねえしなあ。

 あの女がアクアのねーちゃんを泣かしたってセシリーが知ったらどんな行動に出るか。というかこいつがこの街に残ってたら俺もカズマも苦労しなかったんじゃないかという予感まである。下手すりゃアクシズ教徒総動員でセレなんとかさんが吊るされてたんじゃないだろうか。

 

(まだ、カズマが苦労してんだったら話しても良かっただろうが、この間一応解決してるしな)

 

 カズマの活躍?によってセレなんとかさんは今アクセルの牢屋の中だ。近いうちに王都に移送されるって話もある。一応は終わった話をわざわざ蒸し返すことはないだろう。

 ……話せばこいつが本気で怒るのは目に見えてるし、こいつにそんな顔はさせたくないからな。

 

「んー…………ま、いいかな。ダスト君が話さないってことは話さなくても問題ないってことなんだろうし」

「そうだな。むしろ話したら問題起きそうだから聞かないでいてくれ」

 

 ……本当ろくでもないことになりそうだからな。

 

 

「それじゃ、ダスト君。そろそろ行くわね。めぐみんさんとかゆんゆんさんとかにも挨拶してこないと」

「おう、さっさと行けよ。…………ただ、爆裂娘はどうでもいいがゆんゆんには多少大人しく接しろよ」

 

 いきなりお前のハイテンションは体に毒だからな。

 

「もちろんめぐみんさんにもゆんゆんさんにも大切に接するつもりよ?……んー、でも、私がいなかった間にもしかして結構面白いことあった?」

「面白いこと? いや、別に面白いことは特になかったと思うが」

 

 セレなんとかさんの事は今思い出しても胸糞悪いしな。

 

「そっかそっか。それじゃその辺りはゆんゆんさんに聞いてみようかな。それじゃあねー」

 

 最後に小さく手を振ったと思ったら。セシリーはそのまま嵐のように去っていく。

 本当、息をつく暇のない女なこった。

 

「…………まんじゅう美味えな」

 

 とりあえず朝飯と昼飯の代わりが出来たのだけはありがたい。本当に久しぶりだがあの暴走プリーストが役に立ったな。

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしましたダストさん」

「おう、もぐ…むぐ……。ゆんゆんおせぇぞ…………って、お前は誰だ!?」

 

 饅頭をかじりながらクエストの集合場所で待っていた俺に掛けられるゆんゆんっぽい声。

 ゆんゆんかと思って振り返ってみれば、いつものゆんゆんの姿はなく、代わりにいるのは白いワンピースをきたセミロングの美少女。

 

(ここまでドストライクな見た目の女はゆんゆん以来だな……)

 

 あいつは苦労してナンパしたと思ったら守備範囲外でがっくりきたけど。この女の子はゆんゆんとはまた違う方向で完璧だ。

 でも、なんでこんなにかわいい子が俺に声かけてきたんだ? 俺の名前も知ってるみたいだし。

 

「誰って……私ですよ。何を言ってるんですかダストさん」

「『私』ちゃん? 紅魔族並に変な名前だな。まぁ、可愛いからいいけど」

 

 母さんも名前は変だったし名前が変なくらいは目を瞑るぞ。

 

「だから私ですって! ゆんゆんですって! ふざけてるんですか!?」

 

 …………ゆんゆんだと?

 その言葉に俺はもう一度謎の美少女の容姿を観察してみる。

 

 白いワンピースの服…………こんな服を見たことはないが、そういや昨日リーンとゆんゆんが白いワンピース買いたいとかそんな話してたか。

 セミロングの髪…………いつもの編んでる髪を解いて伸ばせばこれくらいの長さになりそうではある。

 目鼻立ち…………うん、目の色といいよく見ればゆんゆんっぽい気がする。

 胸の大きさ…………あ、これゆんゆんだわ。

 

「…………なんだ、ゆんゆんかよ。可愛い子と出会えたと思ったのに」

 

 お前は俺をどれだけ期待させた上で残念がらせるんだ。バニルの旦那かよ。

 

「なんであからさまにため息つかれてるのか分からないんですけど……」

「というか、なんでそんな格好してんだよ」

「あ、今日の朝リーンさんと買い物に行って選んでもらったんです」

「いや、あのな? お前、今からどこ行くか分かってんの?」

 

 ゆんゆんの格好を改めて見るがピクニックすら行くのに苦労しそうな服装だ。そんな服で今からどこに行こうとしているかと言えば……

 

「どこって…………討伐クエストですよね?」

「そう、それ。討伐クエストなんだよ。…………で、なんでお前はワンピースなんて動きにくい服で来ちゃったの?」

 

 杖を持ってる様子もないし。……流石にナイフくらいは服の下に持ってると思いたいが。

 

「だって、リーンさんに選んでもらった服可愛かったんです。ちょっと恥ずかしいけど女の子として可愛い服着たいのは当然ですよ」

 

 女の子としてとかどうでもいいから。冒険者としてすごい間違ってるから。

 

「……まぁ、一撃熊やグリフォンくらいならジハードがいりゃ済むし別にいいけどな…………服が汚れても知らないぞ」

「大丈夫です。服が汚れるのは全力で阻止します」

 

 いや、だったら着てくるなと。

 

「それよりダストさん、私に何か言うことないですか?」

「言うことと言われてもさっさと着替えて杖持ってこいよとしか言うことないんだが……」

 

 魔法使いが杖持ってこないとか舐めてるにも程がある。術者の技量にもよるとはいえ一般的には威力が半減するって言われてるのに。

 

「それは嫌です。……ほら、私に何か言うことあるんじゃないですか?」

「普通に拒否ってんじゃねぇよクソガキ。お前冒険者なめてんのか」

「ダストさんこそ女の子舐めてるんじゃないですか? そんなんだから童貞なんですよ」

 

 なんでこいつは怒ってる様子なんだ? 俺別に間違ってること言ってねえよな?

 

「もう……私は、私の格好に対する感想が聞きたいんですよ」

「なんだよ、だったら最初からそう言えよ。…………お前討伐クエストに行くのにその格好とか頭おかしいんじゃねえの?」

「『カースド・ライトニング』!」

 

 ドゴンと言う音とともに俺の後ろにあった木に黒い大穴ができる。……杖なし詠唱省略でこの威力とはやるじゃねぇか。

 

「……まぁ、ダストさんにそういう女の子の機微分かれって言うのが無謀ですしね。私の格好似合ってますか?……可愛いですか?」

 

 大きなため息を付いてそう聞くゆんゆん。

 

「なんだ、そういう話かよ。そんなもん可愛いに決まってんだろ。お前は見た目だけなら満点だし、リーンの服のセンスも100点だ。可愛くならないほうがおかしい」

 

 14歳の時点で俺の審美眼に合格出されたゆんゆんだ。そっから成長した今は見た目だけは本当に完璧だと言っていい。

 見た目だけは。

 

「……………………え? なんでそんな普通に褒めてるんですか? あなた本当にダストさんですか?」

「ダストさんだが…………なんだよ、なんか文句あんのか」

 

 せっかく人が褒めてやったってのに。

 

「いえ…………ダストさんにこう、まっすぐ褒められると調子が狂うといいますか…………そんな感じで女の子ナンパしてたら、ダストさん彼女が出来てると思うんですけど。顔立ちはわりと整ってますし、ダストさんの悪評を知らなければ騙される人もいるんじゃ」

 

 ところどころに棘があるのは気のせいか?

 

「俺は正直な男だからナンパするときも思ったことしか言ってねぇよ。お世辞とかは苦手だからな」

 

 というか、そういうのはもうほんとやりたくない。レインにも言われたがそういう所を器用に生きられれば楽なのは分かってるんだがそれ以上に嫌気がする。

 俺にはお世辞なんかよりマッチポンプのほうが性に合ってるんだろうな。

 

「あー……つまり可愛いとかそういうこと言ってすぐにエロいことしたいって言っちゃうタイプですね」

「…………そ、そうだな」

 

 …………ナンパの時はエロいことしてくれって言ってただけな気がする。そうか、流石に可愛いとかくらいは言うべきなのか。

 

「そっか……でも、私ってダストさんから見ても可愛いんですね」

「見た目だけはな」

 

 性格は可愛げが全然ねぇけど。何より守備範囲外だから手を出す気にはならないし。

 

「そっかそっか…………それじゃ、クエストに行きましょうか」

 

 そう言って笑うゆんゆんは本当に可愛くて…………

 

「…………なんでお前俺の守備範囲外なんだよ」

 

「はい? なにか言いました?」

「さっさと行くかって言っただけだよ」

「そうですか?…………ちなみダストさん。この服ダストさんのプレゼントってことになってますから。ありがとうございます」

「はあ?」

 

 こいつ今何を言った?

 

「いえ、ダストさんだけ私に誕生日プレゼントくれなかったじゃないですか。そのことをリーンさんが言ったら『この服をダストからのプレゼントってことにしとけば? あいつの借金につけとくから』って」

「それはプレゼントって言っていいのか……?」

「あ、でもダストさんが嫌だったら『私からのプレゼントってことにする』ってリーンさんは言ってましたよ?」

 

 ロリサキュバスの件がなけりゃ服の1つや2つ別にどうってことなかったんだがな……。

 

「いや……ですか?」

「…………嫌じゃねえから困ってんだろうが」

「はい? 今なんて……?」

「好きにしろって言ったんだよ難聴系ヒロイン」

「難聴系ヒロインってなんですか!?」

 

 いろいろ理不尽な現実と騒いでる面倒なゆんゆんを大きなため息で流して。俺は吐いたため息の代わりに饅頭を口に突っ込み、

 

「…………やっぱ饅頭美味えなぁ」

「人が話してる時に何を食べ──むぐっ!?」

 

 ついでにうるさいゆんゆんの口も饅頭で塞ぐ。

 

「あ、このお饅頭美味しいですね。アクセルじゃ見たことないお饅頭ですけどどこで買ったんですか?」

「セシリーのお土産だな。そういやあいつお前にも会いに行くっつってたがお前は何を貰ったんだ?」

「…………アクシズ教の入信書でしたね」

「お前アレ貰ったのかよ。…………まだ饅頭残ってるが食うか?」

「……いただきます」

 

 饅頭を食べてまた笑顔になっているゆんゆんを見て思う。

 やっぱりこの世界はままならないことばかりだと。

 

 

 

 

 

 

────

 

「セレスディナが捕まったようだな」

 

 ベルゼルグの城にも負けない大きな城にある部屋の中で。訪ねてきた父の言葉に彼女は苦笑とともに返す。

 

「みたいね。ま、死んではいないみたいだし、あの子のことだからなんだかんだで大丈夫だとは思うんだけれど」

 

 ただ、と彼女は思う。セレナ……セレスディナがあの街の攻略を失敗するとは思っていなかった。直接的な戦闘力こそ幹部には劣るものの、彼女の能力の厄介さは魔王軍の中でも指折りだ。最前線や王都ではなく駆け出しの街の攻略に失敗するのは誤算だった。

 

(『幸運のチート持ち』……思った以上に厄介なのかしら?)

 

 彼女は女神から幸運のチートを貰ったと思われる冒険者のことを思案する。彼女が警戒をしていたのは数多の幹部を葬ってくれた頭のおかしい爆裂魔と化物のような回復魔法と神聖魔法を使いこなす謎のアークプリーストだった。

 だからこそ彼女たちを無力化もしくはこちらに引き込めるようにセレナを送ったわけだが……形だけのリーダーだと思っていた幸運のチート持ちにセレナは捕まってしまったらしい。

 『幸運』なんて命中率や成功率には多少影響するにしても威力には全く影響しない要素。彼が冒険者である限り脅威にはなりえないと思っていたが、少しは上方修正しないといけないだろう。

 と言っても自分や父を倒せるような存在とはやはり思えない。搦手はなかなかにやるようだが、搦手で倒せるほど自分たちは甘くないのだから。

 むしろ彼女が警戒するのは──

 

「ねえ、父さん……いえ、魔王様。少しお願いがあるのだけれど」

「ふむ……それは娘としてのお願いか? それとも魔王軍筆頭幹部としての提案か?」

「両方かしらね。……今度の大規模侵攻作戦。ベルゼルグの王都とアクセルの街へのテレポートによる同時侵攻。元の作戦だと私は王都の方だったけれど、アクセルの方に行かせてもらえないかしら?」

「アクセル? 確かに王都の方は実質的には囮、最高戦力であるお前をアクセルに行かせる事は理にかなっているが…………あの街にお前の敵はおるまい。ベルゼルグの王女の強さに興味があると言っていたではないか」

 

 確かに彼女としてもベルゼルグ初代の再来と言われる聖剣の王女には興味がある。けれど今、いやあの時からずっと再戦しようと思っていた相手を見つけたかもしれないのだ。

 

「セレナの報告にあったのよ。『下位ドラゴンをつれた金髪紅眼の変なチンピラに絡まれた』って。あの街とベルゼルグの王都、どっちの噂が正しいか判断しかねてたんだけど…………私の勘が()()()だって言ってるのよね」

 

 

 幾たびの戦場で白星を重ね続ける魔王軍筆頭幹部、通称魔王の娘。チート持ち、アクシズ教徒、紅魔族と言ったベルゼルグの最高戦力でさえ、彼女が出陣した戦で勝利したことはない。

 そんな魔王になるのも近いと言われる彼女が唯一白星を取れなかった汚点。

 

「過去の清算が出来るチャンスを逃せるわけないわ」

 

 初陣にてドラゴンとたった2人で自分を退けた今代最強の槍使いにしてドラゴン使い。

 

「『ライン=シェイカー』……魔王軍最大の脅威は私が倒す」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。