どらごんたらしver.このすば   作:ろくでなしぼっち

42 / 92
ダストとゆんゆん 前編

──ゆんゆん視点──

 

 

「『エクスプロージョン!』……はぅ」

 

 

「相変わらずめぐみんの爆裂魔法はすごい威力だよね。……相変わらず撃ったら倒れるけど」

 

 山全体を震わすような爆裂魔法を撃った親友兼ライバルは、満足した表情をして完全無欠に倒れている。

 

「一応今は手加減して撃てば倒れないこともないのですよ?」

「だったら手加減して撃ってくれないかなぁ……めぐみんの身体は小さいほうだけどおぶって帰るのけっこう大変なんだからね」

 

 髪を伸ばし、綺麗な女性と言えなくもないくらいには成長しためぐみん。同年代の女の子の中では小柄な方だけど、軽いと言えるほど小さくはない。

 毎日背負って街中を歩くのはそれなりに大変ではあった。

 

「嫌ですよ。手加減して撃ったらなんか消化不良でむしゃくしゃするんです。それこそ街中でぶつかった人に片っ端から喧嘩を売ってしまうくらいには」

「……なんで私の親友と悪友はこんなに喧嘩っ早いんだろう」

 

 リーンさんもあれで結構手が出るの早いからなぁ……主にダストさんとキースさん相手だけど。

 

「類は友を呼ぶってやつじゃないですか。……って、いつまで見てるんですか。いい加減起こしてくださいよ」

 

 倒れながら偉そうに文句をいう親友に一つため息を付いて私はその身体を背負う。

 

「それじゃテレポートで帰るよ、めぐみん」

「ええ。……それではエンシェントドラゴン、また明日お願いします」

 

 背中にいるめぐみんが私達の目の前にいる爆裂魔法の標的を見上げながら言う。

 

『……いい加減飽きてくれてもいいのだが。我といえどそなたの爆裂魔法は痛いのだ。……具体的に言うと人化してる時に箪笥の角に小指をぶつけたくらいに』

 

 確かにそれは地味に痛い。めぐみんの爆裂魔法受けてそれで済むのは凄いとしか言いようがないけど。

 

「お断りします。というかなんですか、私の爆裂魔法を受けてそれだけとか喧嘩売ってるんですか。いつか命の危機を感じるような爆裂魔法を食らわしてあげますよ」

 

 めぐみん、これ絶対本気で言ってるなぁ……。普通に考えたら人間には不可能なはずなんだけど、めぐみんの才能と負けず嫌いな性格を考えたらいつか本当に達成しそうで怖い。

 

『楽しみにしておこう。……ところで発育のいい方の紅魔の娘よ』

「? なんですか、エンシェントドラゴンさん」

「発育が『いい方』ということは『悪い方』がいるということですね。おい、発育が悪い方の紅魔族がどこにいるか聞こうじゃないか。というかなんでゆんゆんも普通に返事してるんですか! いつもは私が勝負を挑まれてますがこっちから喧嘩を売ってもいいんですよ!」

 

 なんか後ろでライバルが叫んでるけどスルー。どうせ力入らなくて何も出来ないし。

 

『我への願いを言っていない人間はそなただけだ。いつまでも保留にされてはドラゴンの名折れだ。なんでもいい、我に願うが良い。我の力で叶えられることであれば叶えよう』

「なんですか、ゆんゆんはまだ願いを言ってなかったのですか?」

「うん……特にお願いしたいことってないし」

 

 以前の私だったら『友達がほしい』ってお願いしてたんだろうけど。そのお願いを叶えてくれる人はもう別にいる。

 

「なんでもいいと言ってるんですから適当に言えばいいじゃないですか。カズマなんかエンシェントドラゴンの爪を貰ってましたよ。それを売り払って魔王討伐報酬と同じくらいのお金を手にしてました」

 

 ドラゴンの素材ってすごいお金になるらしいからなぁ。しかもエンシェントドラゴンってなるといくら出しても構わないって人いるんだろう。

 ……というかカズマさんあなた今どれだけお金持ってるんですか。

 

「えっと…………本当にどんなお願いでもいいんですか?」

 

 まぁ、爆裂魔法の的になって下さいなんていう頭のおかしいお願いをこうして律儀に叶えてくれてるのを考えれば、本当に可能であればどんな願いでも言っていいんだろうけど。

 

『構わぬ。不可能であれば不可能と言おう。……と言っても、我に不可能なことなどあまりないが。具体的に言うと20個しかない』

 

 むしろその不可能な20個が気になる……。

 

「ゆんゆん、もしも願い事か思い浮かばないのでしたら私の願いを代わりに叶えてもらいませんか? 実はドラゴンの角は最高品質の杖の素材になるらしくてですね……」

「うん、めぐみんが喋ると話がややこしくなるからちょっと黙っててね」

 

 背中でなにおー! と騒ぐめぐみんはいつものことだからどうでもいいけど、願い事は本当にどうしよう。正直私が今欲しいものとか言われても全く思い浮かばない。

 逆に不満に思ってること解消するお願いをしてもいいのかな?

 

「それじゃあ──」

 

 そこまで考えた私は、一つだけ思い付いた願い事が叶えられるかどうかだけ聞いてみた。

 

 

 

 

 

 

「ゆんゆん……本当にあんな願いをエンシェントドラゴンにするつもりなんですか?」

 

 アクセルの街。カズマさんの屋敷に向かう私に背中にいるめぐみんがそう囁くように聞いてくる。

 

「んー……どうだろう? なんとなく思い浮かんだお願いがあれだっただけで、本当にお願いするかどうかは分からないよ」

 

 ダストさんに対するこの気持ちが何か。私はまだ分からない……ううん、自信が持てないから。

 

(めぐみんなら、私のこの気持ちが『そう』なのか分かるかな?)

 

 だってめぐみんは、カズマさんのことを『そう』だとはっきりと言っているから。

 

 

 

「ねぇ、めぐみん。私ってダストさんのことが好きなのかな?」

「……はい? いきなり何を言い出してるんですか?」

 

 勇気を出して聞いたのに親友の反応は冷たかった。

 

「えっと……だから、私ってダストさんのことが好きなのかなぁって……」

「すみません、質問の意図が読めません。一体全体あなたは何を言いたいのですか?」

「だから、私がダストさんのこと好きなのかなって!」

 

 何が言いたいも何もそれが聞きたいだけなのに。

 

「……ゆんゆん、あなたは馬鹿ですか? 街中でそんなこと叫んで」

 

 気づけば周りの人たちは叫んだ私の事を興味津々といった感じで見ている。そして私が何を叫んだかといえば……。

 

「あ、あ…あ……わあああああああああ!」

 

 街の人達の視線に耐えられなくなった私は、カズマさんの屋敷まで一直線に走って逃げだした。

 

 

 

 

「──しかし、ほんとうにそのままの意味でしたか。何かの謎かけかと思ったんですが」

 

 カズマさんの屋敷の庭。めぐみんを降ろして息を整える私にめぐみんはそう言う。

 

「謎かけって…………どうして謎かけなんてしないといけないのよ」

「それくらい突拍子もない質問だったんですよ」

「……やっぱり私がダストさんの事好きかもしれないって意外すぎる?」

 

 私が里にいる時言ってた好きなタイプとダストさんって真逆だもんね。

 

「いえ、意外も何も私はゆんゆんはダストみたいなタイプと付き合うと思ってましたし。驚いたのは未だに好きかどうかも分かってなかったことですよ」

「…………、そんなに私ってダストさんが好きそうに見える?」

「見えるというか、恋愛感情無しにあんな態度を取ってるなら私はゆんゆんに『尻軽女』の称号を与えないといけません」

「そこまで酷くないよね!? ねぇ、めぐみん冗談だよね!?」

 

 ダストさんに対する私の態度はあくまで悪友に対してのものだし。

 

「ゆんゆんは『尻軽女』の称号を手に入れた」

「手に入れてない! 手に入れてないから!」

 

 ダストさんといいめぐみんといいなんで私をチョロいとか尻軽にしたがるの!?

 

 

「尻軽女ではないというのでしたらやはりダストのことが好きということですか?」

「えっと……まぁ、そうなんじゃないかなぁとは思う」

 

 ダストさんを救うためにキスまがいのことをしたけど嫌じゃなかった。それを理由に責任をとってもらおうと自然と思った。

 

 ……確かにこれで好きでも何でもなかったら尻軽言われても仕方ないかもしれない。

 

「何か引っかかることでもあるのですか?」

「うん。恋愛ってドキドキするものなんでしょ? でも私ダストさんと一緒に寝てても全然ドキドキしないんだよね。すぐ傍にいても落ち着いちゃうの。この前だってダストさんに後ろから抱きしめてもらったけどドキドキとかしないですごく落ち着いちゃって、もっと強く抱きしめて欲しいって…………なに? めぐみん、なんでそんなに不機嫌そうな目をしてるの?」

 

 めぐみんが何か言いたそうに私をジト目で見ている。

 

「惚気話がしたいなら壁にでも話しかけてくださいよ」

「壁は相槌うってくれないから嫌だよ! というか別に惚気話してるつもりなんてないから!」

「……相槌うってくれれば壁でもいいんですかこの子は。というかあれですか? 私は相槌をうってくれる壁ですか? そうですか、私の胸は壁みたいですか。いい度胸です。いい加減あなたとの自称ライバル関係にも飽き飽きしてきたところです。決着を付けましょう」

「誰も胸の話はしてないから! めぐみん落ち着いて! 最近何かあったの!?」

 

 流石にこの流れで胸の話になるのはおかしい。なにかトラウマになるようなことがあったんじゃ……。

 

「――はっ!…………す、すみません。この間カズマに夜這いを仕掛けた時のことを思い出していました。もう大丈夫です。話を続けましょう」

 

 ……何があったか気になるけど何があったかなんとなく分かるから聞かないでおこう。多分聞いても誰も幸せにならない。

 

「というかカズマにちょっと文句を言いたくなってきたので結論から言いましょう。…………あなたのそれは『恋愛感情』ですよ」

「そう…………なの? もしかしてめぐみんもカズマさんに対してドキドキしたりしないの?」

 

 世間一般で言う恋愛感情ってものは実は嘘だったんだろうか。

 

「いいえ、ドキドキしますよ。いつもというわけではないですが、少なくとも一緒のベッドで寝たり抱きしめてもらった時は凄くドキドキします」

「え? それじゃ何で私は…………」

 

 私のこれが恋愛感情だって言うならなんで私はダストさんにドキドキしないんだろう。

 

「単純な話です。ゆんゆん……手を出してない所を見ると意外にもダストもなんでしょうが……、あなたには下心がないんですよ」

「下心?」

「はっきり言うならエロいことするつもりがないと言っているんです。……想像したことすらないんじゃないですか?」

「だってダストさんって私の事守備範囲外のクソガキだっていつも言ってるし。童貞で彼女いないっていつも嘆いてるのに私には全然手を出してこようとしないし…………想像できるはずないよ」

 

 始まりがそうだったからか、考えてみればダストさんをそういう対象で見たことがない。それが長く続いたせいか次第に男としても見なくなっていった。

 それが変わったのは本当にここ最近。エンシェントドラゴンさんと戦ってダストさんが死にかけた時からだ。それにしてもダストさんの私への扱いが全然変わらないから、エッチなことをするなんて想像は完全に頭の外だった。

 

「基本的に思考がエロいゆんゆんが意識しないとは……相当あの男はゆんゆんのことを女としては扱ってなかったのですね」

 

 可愛いとかエロいとかは言ってセクハラはしてくるけど、同時に子供扱いもしてきて……ちゃんとした女としては全然扱ってくれないんだよね、ダストさんって。

 

「ところで、めぐみん? 基本的に思考がエロいってどういうことなの?」

「里にいた頃ただバイトしてただけの私が援助交際してると勘違いしたのはどこのどなたでしたかね?」

「うん、ごめん。謝るから先に話を進めよう?」

 

 ……でもあれはめぐみんの言い方も紛らわしかったと思うんだけどなぁ。

 

「今日も勝ち……と。で、話って何の話でしたっけ?」

「いつも思うけどめぐみんの勝ち判定はゆるゆるだよね。負け判定は厳しすぎるくらいなのに。……話はドキドキしないのにこれが恋なのかなぁとか、ダストさんが私のこと子供扱いばっかりで女としてはちゃんと扱ってくれないとか、そういう話だよ」

「ああ、そうでしたそうでした」

 

 うんうんと頷いてめぐみんは続ける。

 

「私だってカズマとそういうことをするつもりがないならドキドキはしませんよ。爆裂魔法を撃ってカズマに背負ってもらって帰る時、私はドキドキしません。ただ凄く落ち着いて……自分の全てをカズマに預けたくなるんです」

「…………、その気持ち、分かる気がする」

 

 

 ダストさんに頭を撫でてもらった時、私は凄く落ち着く。

 ダストさんに抱きしめてもらった時、私はダストさんに全てを委ねたくなる。

 

 きっとめぐみんが言ってる気持ちはそれと同じだ。

 

 

「ゆんゆん、想像してみてください。あの男と子供を作ると決めた上で、あなたがさっき惚気話でした行動をするのを。…………ドキドキするのではないですか?」

 

 ダストさんと子作りする? その上で一緒のベッド寝たり、強く抱きしめてもらう?

 

 

 ……………………………………………………

 

 

「ああああああああーっ!!」

「ゆんゆん!? いきなり木に頭をぶつけだしてどうしたんですか!? やめてください! 庭の木が折れるでしょう!」

 

 そんなこと言われても何かにぶつけないと恥ずかしくて私死んじゃう!

 私馬鹿なんじゃないの!? 同じベッドで寝るとか! 強く抱きしめて欲しいって言うとか!

 

「というかもういっそ殺して!」

「ああもう、この子は本当にめんどくさいですね! 今更自分がしてきたことの恥ずかしさに気づいたんですか!──カズマ! ダクネス! 来てください! この頭のおかしいぼっち娘を取り押さえますよ!」

 

 

 

 どうしようもない恥ずかしさに悶えながらも理解する。

 

 

 私はあのチンピラ冒険者のことが好きなのだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……おでこ痛い……」

 

 トボトボと街中を歩きながら私は膨らんだおでこを擦る。カズマさんのヒールで擦り傷は治ったけど、途中で抜け出したせいか腫れまでは治っていない。

 

「でも、あれ以上あの場所に居続けるのは無理……」

 

 屋敷の木を頭でへし折り、バインドを使われるまで暴れた私が、素直に治療を受け続けるのはいろいろ恥ずかしすぎる。木は絶対に弁償するとだけ言い残して逃げ出すのも仕方ないと思う。

 

「でも、そっか……私はダストさんが…………あぅぅぅ……」

 

 意識してしまえばもうダメだった。きっと今私の顔は真っ赤になっている。今すぐにでもベッドの中に潜り込んで悶たい。

 

(でも、ダストさん今日は一日部屋で寝てるって言ってたし……)

 

 今の状態でダストさんに会うのは無理過ぎるし部屋には帰れない。

 というか、なんで私はダストさんと一緒の部屋なんだろう。どう考えてもおかしい。

 

 

「はぁ……今更どうしようもないか。こうなったら落ち着けるまでリーンさんの所に…………っ!」

 

 そこまで口にして私は思い出す。

 

 私が好きだと認めてしまった人のもう一つの名前を。

 そして、その人のことを好きだと公言していた人がいたことを。

 

 

 選択肢は二つ。気づいてしまったこの気持ちを諦めるか。それとも──

 

 

 

 

 

 

 

 

「リーンさん、今大丈夫ですか?」

 

 リーンさんの泊まる宿の部屋。今はロリーサちゃんと一緒に住んでるというその扉をノックをして私は返事を待つ。

 

「ほいほい、ん? どったのゆんゆん?……って、ほんとにその頭のたんこぶどうしたの?」

「頭のたんこぶに関しては聞かないでください……」

 

 思い出したらリーンさんの部屋の扉を破壊しそうになるんで。

 

「そ、それより、大切な話があるんです。今、大丈夫ですか?」

「? まぁ、野菜スティック齧ってるだけで暇してるからいいけど。とりあえず入りなよ」

 

 リーンさんに促され、私は部屋に入る。

 

「あれ? ロリーサちゃんはいないんですね」

「うん、ダストとかキースの所行った後は喫茶店でバイトしてくるって」

「そ、そうですか。それならちょうど良かったのかな」

 

 リーンさんの口からダストさんの名前が出て一瞬心臓が跳ね上がる。

 けど、ロリーサちゃんがこの場にいないのは有り難い。今からする話は出来れば2人きりでやりたかったから。

 

 

「それで、大事な話って何?」

 

 ベッドに二人並んで座った所で。リーンさんがそう聞いてくれる。

 正直自分からは話せる気がしなかったのでありがたい。

 

「リーンさん…………私、リーンさんに謝らないといけないことがあるんです」

「謝らないといけないこと?」

 

 なんだろうと首を傾げるリーンさん。きっと私がリーンさんに酷いことをするとは思ってないんだろう。その顔には負の感情は見えない。

 …………その信頼を裏切ることは辛いけど、ここで言わないのはもっと酷い裏切りだ。私は息を飲み込んで口を開く。

 

「リーンさんごめんなさい。……私、ダストさんのことを好きになってしまいました」

 

 リーンさんの恋を応援するって言ったのに。

 偉そうにダストさんに告白するときは相談してなんて言ってたのに。

 ……なのに、私はダストさんのことを好きになってしまった。

 

「あ、それ本当だったんだ。なんか街で噂になってるし、気になってたんだよね。……で? ゆんゆんは何を謝ってるの?」

「え!? 街で噂になってるってどういうk……じゃなくて、リーンさん、怒らないんですか!?」

 

 街での噂がすごい気になるけど、それを抑えて私はリーンさんの気持ちを確かめる。

 

「怒るも何も……ダスト好きになっちゃったんでしょ? むしろご愁傷さまというか……」

 

 ……リーンさんの可哀そうなものを見るような眼が痛い。

 

 

「あの……リーンさんはダストさんのことが好きなんですよね……?」

 

 そういう話だったはずなんだけど……。

 

「あたしがダストなんか好きになるはずないじゃん。あたしが好きなのはライン兄だよ」

「だから、ダストさんが好きってことですよね?」

 

 未だに認めたくないというかチンピラ過ぎて信じきれてないけど、ダストさんの正体はライン=シェイカーという隣国の元英雄だ。

 最年少でドラゴンナイトになった天才で、その上国一番の槍使いでもあったという元貴族。

 ……やっぱりダストさんとは違う人のこと言ってるとしか思えないなぁ。いや、ダストさんがドラゴンナイトなのは分かってるし、槍の腕前が凄いことも認めてるし、金髪で貴族の要素あるのも分かってるんだけど。

 

「違うよ、ゆんゆん。確かにダストの正体はライン兄だけど……でも今のダストは私が好きだったライン兄じゃない。だから、ゆんゆんが謝ることなんて何もないんだよ。これがダストじゃなくてライン兄が好きになったって言うなら決闘だけどさ」

「……本当にいいんですか?」

 

 確かにリーンさんが『ダスト』さんを好きだと言ったことは一度もない。でも……。

 

「いいよ。ダストはゆんゆんにあげる。でも、ライン兄はゆんゆんにもあげたくない。……あげちゃったらあたしには何も残らないからさ」

「正直私はライン=シェイカーだった頃のダストさんは知りませんから何とも言えないんですが…………ダストさんとラインさんってそんなに違うんですか?」

 

 なんでそんなに区別するんだろう。どんなに変わっても同じ人のはずなんだけど。

 

 

「ぜんぜん違うよ。ダストは今いる。ライン兄は過去にしかいない。…………ほら、ぜんぜん違うでしょ?」

 

 

「それじゃ、リーンさんは…………」

 

 思い出の中の人が好きって……今いない人相手に決して叶わない恋をしてるってこと?

 

「ゆんゆんがそんな顔しないでよ。確かに一時期はライン兄を好きでいること辛かったけどさ。……ゆんゆんと出会ってからはそうでもないんだから。あの馬鹿、ゆんゆんに出会ってから……特にジハードちゃんが生まれてからはどんどんまともになっていったでしょ?」

「……まぁ、マッチポンプをナンパと言い張ったり借りたお金を返してくれなかったり、女性関係とお金関係は相変わらずですけど、それ以外は確かにそれなりにまともになってる気はします」

 

 今にして思えば、私が出会った頃のダストさんは大好きなドラゴンと触れ合えずむしゃくしゃしていたんだろう。

 ハーちゃんが生まれてからは無闇矢鱈に自分から喧嘩売ることもかなり減っていった。……代わりに私と喧嘩すること増えたけど。

 無銭飲食もしなくなった。……代わりに私に飯食わせろと言ってくるけど。

 …………ま、まぁ、他人に迷惑をかけることは少なくなったし、比較的まともになっていったのは確かだと思う。

 

「そんなあいつ見てたらライン兄と二人で一緒に過ごしてた頃思い出せてさ…………結構嬉しかったりすることあるんだよ。…………たいていは馬鹿な行動にムカついてる気がするけど」

「まともになってもダストさんの馬鹿な行動は全然減ってませんもんね」

 

 …………かっこいい所もそれなりに増えてる気もするけど。

 

「それにあたしだっていつまでもライン兄に囚われてるつもりはないんだから。ライン兄より強くてかっこ良くて優しい人を見つけたら、ちゃんと区切りをつけるよ」

「最年少ドラゴンナイトで火の大精霊を撃破した凄腕の槍使いより強い人なんて……人間だと片手で数えるくらいしかいないと思うんですけど」

 

 というか私は最高品質のマナタイトを大量に持っためぐみんしか知らない。

 

「ライン兄よりかっこ良くて優しい人なら結構いるんだけどねぇ……強いってなると難しいよね。ライン兄より強くてカッコ良い人なんてあたしは一人しか知らない」

「一人いるだけでも十分すごいですよ。この際少しくらい優しくないのは目を瞑ったらどうですか? 付き合ったら優しくなってくれるかもしれませんし」

 

 本当に私が言うのはどうかと思うけど。出来ればリーンさんには過去に囚われず新しい恋をしてもらいたい。

 過去の人を想って報われない恋を抱き続けるなんて、そんなの辛すぎるから。

 少し前の私ならともかく、今の私はそれが想像できてしまうだけに、本当にそう思う。

 

「ないない。そいつって筋金入りのチンピラだしさ。…………あたしと一緒にいても腐っていくだけだもん」

「リーンさん……」

 

 あなたはやっぱり……。

 

「てことだからゆんゆん、あたしのことは気にしないでいいから。あんな馬鹿なチンピラ、ゆんゆんの好きにしていいよ」

 

 そう言ってリーンさんは私に優しく微笑んでくれる。

 

「あの……っ! リーンさんさえ良ければ私はリーンさんと一緒でも……っ!」

 

 けど、その微笑みがどこか寂しそうに見えてしまって…………私は思いついたことを叫ぶ。

 

「ダメだよゆんゆん。……あたしはそれでも幸せになれるかもしれないけど…………ゆんゆんは違うでしょ? ゆんゆんは友達増えてもまだまだ寂しがり屋なんだからさ」

 

 私の考えの足りない叫びをリーンさんは優しく否定してくれる。

 

 変わらない微笑みは、けれどやっぱり寂しそうで…………リーンさんが私のために自分の想いを諦めようとしてくれているのが分かってしまった。

 

「ご、め……っ…ごめん……なさい……っ…………ダストさんのこと好きになってごめんなさい……っ…」

「ああもう……だから何を謝ってるのよゆんゆん。ゆんゆんは何も謝ることないんだって。ほら、泣かない泣かない」

 

 リーンさんは優しく私の頭を抱えて、撫でてくれる。

 

「ごめんなさい……っ…ごめ…っ……なさい。リーンさんの気持ちを知ってるのに、諦められなくてごめんなさい……っ」

 

 諦める。その選択肢はあったはずなのに。でも私の中にはなかった。

 謝って許してもらう。そんな自分にとって都合のいい選択肢しか私は選べなかった。

 

 そして今、私は本当に許されそうになっている。

 だから今、私は罪悪感で潰されそうになっていた。

 

「ほんとゆんゆんは泣き虫だよね。これでいざという時は芯の強い所見せるっていうんだから…………勝てないなぁ……」

 

 その声が少し震えてることに気づいた私は、言葉にならない謝罪を繰り返す。

 

 

 

「ゆんゆんが謝ってばかりだからあたしは感謝の言葉を言ってあげるね」

 

 私の頭を撫でながら、リーンさんは震える声で、けれどはっきりと言葉を紡ぐ。

 

「あたしのために泣いてくれてありがとう」

 

 違います。リーンさんが優しすぎるから泣くしかないんです。

 

「あの馬鹿のこと好きになってくれてありがとう」

 

 なんで、ありがとうなんて言うんですか。裏切りなのに……リーンさんには怒る権利があるはずなのに。

 

「ちゃんと伝えに来てくれてありがとう」

 

 伝えに来たのは、ただ楽になりたかっただけなんです。裏切ることは出来ても裏切り続けることはできなかったから。

 

 

 

「ゆんゆんと親友になれて本当に良かった」

 

 

 私は当分泣き止めそうになかった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。