どらごんたらしver.このすば   作:ろくでなしぼっち

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第15話:彼女の英雄

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 『炎龍』。それはかつて最凶の大物賞金首として災厄をまき散らしていた火の大精霊。冬の大精霊と同格の力を持ちながら、慈悲など欠片もない凶暴な火の化身。

 最年少ドラゴンナイトによって討伐されたものの、本来人が抗えるような存在ではない。人の身で抗えるとしたらそれこそ、ドラゴン使いのような存在自体がイレギュラーなものか、女神に祝福されし勇者くらいだろう。

 あるいは彼女の親友のように人の身では敵わない存在を倒すための魔法、ただそれだけを極めたものなら、準備次第で討伐も可能かもしれない。

 

 だが、ここにいるのは最上級の魔法使い()()()()()()()それだけ()()()()()彼女と、その使い魔である人化した下位ドラゴン。本来真っ向から戦う力を持たないサキュバスに、休暇中のギルドのウェイトレスしかいない。

 復活した炎龍はもちろん、その取り巻きである大量のサラマンダーを相手にするにも厳しい戦力だ。せめて彼女の使い魔であるブラックドラゴンがその本来の姿ならまだ可能性があったかもしれないが、人化している姿では戦力としてはウェイトレスとそう変わらない。

 

 

 だから、彼女がここで取れる選択は限られている。テレポートで逃げるか、非戦闘員を逃がし勝てるものがくる時間を稼ぐか。

 そして、彼女の性格を考えればどちらを選ぶかなど決まりきっている。

 

 

「ベルk……フィーベルさん。今からテレポートでフィーベルさんを送ります。王都に炎龍復活の報を伝えてください」

「今、あなたまでベル子って呼ぼうとしませんでした?」

「気のせいです」

 

 この国の王都に着いたときに3つある登録先の一つを変更している。そこへ転移の魔法を使えば、非戦闘員であるウェイトレスを逃がすことは可能だろう。

 

「まぁ、伝えるのはいいんですが……それで何か変わりますか?」

「え? だって王都にはこの国最強の部隊である騎竜隊がいますよね?」

 

 騎竜隊はイレギュラーである人間のドラゴン使いとドラゴンたちで形成された部隊だ。部隊全員で挑めば炎龍相手でも勝てる可能性が高い戦力を有している。

 

「いますけど……あの人たちって災厄クラスの相手に出撃したことってないんですよ。それこそ以前炎龍が来た時もそうだったらしいですし」

 

 だが、それは犠牲を前提とした勝利だ。最高戦力であるドラゴンとドラゴン使い。それを失うことを恐れた国がどういう選択をするのか。それは歴史という形で示されている。

 

「……それでも、フィーベルさんを逃がさないとまともに戦うこともできませんし」

「逃がすために魔力を大きく消費して……ですか? 私は戦えないですが、騎士の妹です。曲がりなりにも冒険者ギルドで働いています。あの大精霊相手にそんな余裕がないのくらいは分かりますよ」

 

 彼女のウェイトレスを、非戦闘員であるフィーベルを逃がさなければまともに戦えないというのは間違っていない。戦えないものを守りながら戦えるような彼我の戦力差ではないのだ。

 そしてフィーベルのいうことも間違ってはいない。大きく魔力を消費するテレポートを使えば彼女は使える手の数を大きく失うだろう。使い魔が人化さえしていなければ回復する手段もあったが、人化している状態ではその回復も多くは望めない。

 そもそも、仮に人化していなかったとしても、まともに回復を許してくれるような相手でもないのだ。相手の攻撃は常に一撃必殺の威力を持ち、こちらが回復する間静観してくれるような甘さなどもない。

 

「だから、テレポートはいりません。その代わりに身体強化の魔法をください。それなら、テレポートよりは少ない魔力で……そして倒せる人を呼んでこれますから」

「…………危険ですよ?」

「炎龍相手に時間稼ぎするよりもマシだと思いますけど。それとも、一緒にテレポートで王都まで逃げますか?」

 

 そうすれば、少なくとも彼女たちは助かる。だが、炎龍たちが今向かっている先を、フィーベルの故郷の村を思えばそんな選択をとれない。

 あの村にいる彼らの存在を考慮すれば、何も心配する必要はないのかもしれない。だが、それで本当に何も犠牲が出ないという保証はない。

 

 彼女は守りたいのだ。分不相応かもしれないが、一緒に旅した少女の故郷を。あの凶暴な大精霊から。そして──

 

(──あの人の隣に立ちたいから)

 

 まだ力が足りないのは彼女も分かっている。だが、勝てないからと逃げていたらいつまでもあの背中には追い付けない。

 そういう意味では炎龍はおあつらえ向きの相手なのだ。かつて最年少ドラゴンナイトによって討伐された存在で、その中でも最強に近い力を持つ炎龍は、彼女の目標をこれ以上なく示す存在だから。

 

「…………、分かりました。お願いします。あの人を呼んできてください」

 

 きっと、彼は炎龍の存在に気づき、既にこちらに向かっている。そういう意味では、今からフィーベルに身体強化のバフをするのは、少しの魔力で彼女を逃がすだけの意味しかない。

 だが、ただ逃げることと助けを求めに行くことでは、その心身に与える影響が違う。危険を伴うだろう村への道を少しでも無事に辿り着くよう、彼女はフィーベルにお願いし、いくつか魔法をかけた。

 

「任せてください。すぐにライン様を呼んできますから!」

 

 力強く村へと走り出すフィーベルをを見送り、彼女は一つ息を吐く。

 

「ライン様、かぁ……やっぱり、フィーベルさん、この国の人にとってダストさんは英雄なのかな? どう思う? ロリーサちゃん」

「あはは……ダストさんが英雄って言われても全然ぴんと来ないですけどね」

「だよね」

 

 彼女たちは英雄であった彼の姿を知らない。強いことは嫌というほど知っているが、結局は強いチンピラというだけだ。その正体を知っていても、それでイメージが変わるわけではない。

 

「ただ、英雄とかそういう人ではないですけど…………こういう時にすごく頼りになる人ではありますよね」

「…………、うん、そうだね」

 

 それが彼女たちにとっての英雄ではない彼のイメージ。全てを守る英雄などではないが、けれど、身内にはどこまでも甘いチンピラは、自分たちのピンチに絶対駆けつけてくれると。

 

 

「ごめんね、ロリーサちゃん。こんな危険な戦いに巻き込んで」

「巻き込まれてなんていませんよ? だって、ご主人様からの命令ですからね。ゆんゆんさんだけじゃどうにもならない状況になったら時間を稼ぐのが私の役目です」

「そっか……それじゃ、遠慮なく頼らせてもらうからね」

 

 彼女はまだロリサキュバスが何を出来るのかはっきりとは分かっていない。だが、彼が出来ないことをロリサキュバスに頼むはずない事も分かっている。彼が時間稼ぎをしろと言ったのなら、それは絶対に出来る事なのだ。

 

「じゃあ、行こうか、ハーちゃん、ロリーサちゃん。……何か作戦はある? ないなら私が前に出るけど」

 

 彼女の問いにふるふると首を振る使い魔と、意を決したように口を開くロリサキュバス。

 

「──私に考えがあります。……というか、私のできることを考えたらこれしかないと思います」

 

 

 迫りくる火の大精霊とそれに付き従う火の精霊たち。それを前にして彼女たちはただ時間を稼ぐための戦いを始める。

 

 

 

 

 

「…………これ、素直に王都に送ってもらってた方がよかったですかね……?」

 

 ゆんゆんたちと別れてから。フィーベルはずっと走り続けた。時間にして10分といったところ。距離としては半分行ったか行かないか。

 全力で走っても息がそこまで切れていないのはゆんゆんの身体強化の魔法のおかげだろう。荒くれものの冒険者相手をしている彼女だから、普通の婦女子と比べて体力があったのももちろん多いが。

 そんな彼女だが、先ほどまで村を目指して動いていた足は止まっている。それもそうだろう。

 

「こんなにサラマンダーが発生してるって聞いていないですよー!」

 

 彼女は今サラマンダーの群れに囲まれているのだから。

 いかに身体強化されていようと、その囲いを抜けるような動きが出来るのなら……そんな才能があったなら騎士や冒険者になっている。

 

(後ろから追われてたのが横から襲ってくるようになったあたりで嫌な予感はしてたけど……これ今もサラマンダーが発生し続けてるということ?)

 

 そうでなければ説明がつかない状況だ。後ろ、炎龍がいる地点だけでなくこの周辺全てがサラマンダーの発生する場所になっている。下手をすれば彼女の村も──

 

(──ダメ、悪い風に考えちゃ)

 

 こうなった以上、彼も異常には気づいている。それならきっとこっちに向かってきているはずだ。

 彼は恋人や使い魔を見捨てないだろうと、彼女はそう考える。考えて、そして思ってしまう。

 

(ゆんゆんさんたちと離れてこうしている私は、私を……あの人は助けてくれるんでしょうか?)

 

 フィーベルのいる状況は確かにピンチだ。彼女一人ではもうどうしようもない状況だろう。だが、それを言うならゆんゆんたちが置かれる状況も一緒なのだ。

 恋人や使い魔と、ただの知り合いのウェイトレスでしかない自分。そのどちらを急ぎ助けるのか。それは考えるまでもない気がした。

 だって彼は何度も言ってるのだ。自分はもう英雄ではなく、ただのチンピラなのだと。

 

 なら、ただの知り合いを助ける理由なんて──

 

 

「たすけて──」

 

 小さくこぼす言葉。それをかき消すようにサラマンダーが四方から彼女に向けて炎のブレスを吐かれる。

 

 

「たすけてよ! ライン様ああああ!」

 

 

 だから、彼女は力いっぱい叫ぶ。ブレスに負けないように。彼女にとっての英雄の名前を。

 助けなんて来ないと思ってても、それでも助けが来るとしたら彼しかいないと思っていたから。

 

 

 

「──なんだよ、ちゃんと助けてって言えるじゃねえか」

 

 だから、それは彼女にとってありえない事で、そして必然だった。

 

 白銀の龍から飛び降りた金髪の槍使いは、その槍、子竜の槍を振るい、彼女に迫るブレスを一瞬で蹴散らす。

 そして降り立った勢いそのままに彼女を囲むサラマンダーの群れを一撃で霧散させていった。

 

「……ライン…………様?」

「よぉ、ベル子。無事みてえだな」

 

 英雄と称されるにふさわしい動きで彼女を助けた彼は、けれどいつものチンピラのような笑みを浮かべている。

 

「なんで……?」

「なんでって……何の話だ?」

「なんで…………何で私を助けたんですか?」

 

 彼には彼女よりも大切な人がいて、彼女を助けてる余裕なんてないはずなのに。余裕があったとしても、普段彼に対して口の悪い自分をわざわざ助ける理由なんて──

 

「はぁ? 助けてって言ったのはお前だろうが。知り合いに助けて言われてるのを見捨てられるほど俺も人間やめてるつもりはねえぞ」

 

 チンピラであってもそれくらいの良識はあるつもりだと彼は言う。

 

「……じゃあ、私が助けてって言わなかったら助けてくれなかったって事ですか?」

「…………さあな。お前が助けてって言ったから俺は助けた。それでいいだろ」

 

 それはなかった結果なのだから。

 

(……でも、ミネアさんが飛んできたタイミングはぎりぎりでしたよね)

 

 それはつまり彼女が助けを呼んでから判断すれば間に合わないタイミングということで…………彼が最初から助けるつもりだったに他ならない。

 

「んだよ、ベル子。変な笑いしやがって」

「くすっ……いえ、ライn……ダストさんは素直じゃないんだなぁって」

「あん? それをお前が言うかよ。素直じゃないって言うならお前もだろうが」

「いえいえ、私はちゃんと素直に『たすけて』って言えましたから。ダストさんとは違いますよ」

 

 あれほど言えなかった台詞。けれど、本当に追い詰められた時、その台詞は思っていた以上に簡単に言えた。

 その理由はきっと自分が思っている以上に単純で、けれど認められれないものだったからだろう。

 

「んだと……っと、そんな呑気に喋ってる場合でもなかったか。ミネア!」

 

 彼の呼び声に相棒のドラゴンがその巨体を降ろす。その背に一瞬で飛び乗ったと思ったら、彼はその手を彼女に伸ばしていた。

 

「ん! 何してんだベル子。早く手を出せ」

「えっ、あ、はい……っきゃぁ!?」

 

 訳も分からず言われた通り手を出した彼女はいきなりの浮遊感に驚く。それがドラゴンに乗せられたのだと気づいたときには、その体は彼の前に抱きかかえられてた。

 

「ちょっとばかし急ぐからな。乗り心地には期待すんなよ」

「は、はい……って、きゃあああああああ!」

 

 目まぐるしく変わる景色と体にかかる風圧。自分が飛ばされて落ちるんじゃないかという感覚は、けれど彼が乱暴ながらもしっかりと支えてくれてるのが分かったことで気にならなくなる。

 

「えっと……ダストさん? どこに向かってるんですか?」

「村だよ。流石に炎龍のいる戦場にお前を連れてけないからな。……ま、村の方もちょっとした戦場になってるが、セレスのおっちゃんやフィールの姉ちゃんが戦ってるから守ってもらえるだろ」

「はぁ、義兄とお姉ちゃんがですか。今日が結婚式だったのに大変ですねぇ」

 

 流石にこの状況では結婚式は延期だろう。被害によっては無期限延期になるかもしれない。彼女はそう二人に対してご愁傷さまと思う。

 

「見てるこっちも大変だったぜ。セレスのおっちゃんがタキシードで戦うのもあれだが、フィールの姉ちゃんなんかドレス姿で剣持って振ってたからな」

「お、お姉ちゃん……」

 

 男勝りというか……男より男らしいと評判の彼女の姉だが、流石にドレス姿のまま戦ってるのには苦笑いしかでない。結婚することになって少しはおしとやかになったかなと思ったが、全く全然欠片もそんなことはないらしい。

 

「……って、あれ? そういえば私炎龍が復活したって伝えましたっけ?」

 

 話の中にあった炎龍の名前に気づき彼女は首をかしげる。

 

「炎龍の魔力や存在感は強烈だからなぁ……死魔みてえに隠蔽なんて欠片もしない奴だし。……一度は戦った相手で、忘れられるような奴でもない。村からでも気づいたぜ。多分、王都の方も炎龍の復活自体は気づいてるだろうな」

「……それでも、この国は何もしないんですね」

「多分な。炎龍がいる限りは動けないだろうよ」

 

 村で戦っている騎竜隊の隊長が、その存在に気づきながらも村でサラマンダーの相手をしているだけなのを考えてもそれは確かだろう。

 

 

 

 

「あー……そういや、さっきの話だがな、ベル子。お前が助けてって言わなかった場合の話だがな」

「? はい」

 

 それがどうかしましたかと、フィーベル。

 

「それでも、俺はお前を助けただろうよ」

「…………それは、理由を聞いてもいいですか?」

「頼まれたんだよ、セレスのおっちゃんにお前を助けてくれってな」

「…………そうですか」

 

 結局、彼にとって彼女はそれだけの存在なのだろう。父親代わりの相手に言われたから助ける、ただそれだけの。

 

「それで気づいたんだよ。親で兄代わりのセレスのおっちゃんの義妹ってことは…………俺にとってもお前は義理の妹みたいなもんだってな」

「……えっ…………?」

「だからまぁ……お前がピンチの時は俺は助けるだろうさ。家族を見捨てるなんて目覚めの悪いことはしたくねえからよ」

「…………だったら、遅いですよ。ギリギリだったじゃないですか」

「悪い。まぁでもゆんゆんの強化魔法は受けてんだろ? あいつのことだから身体強化と一緒に炎耐性も上げてると思うんだが」

 

 ゆんゆんであれば、そうしているだろうと彼は言う。あいつが一般人を死の危険に遭わせることをよしとするはずがないと。

 

「……そういえば『ファイアシールド』とか言ってたような?」

「じゃあ、仮にブレス食らってても即死はしなかったろうさ。というわけでギリギリだけどギリギリじゃなかったってことで許せ」

「まぁ、そういうことなら…………そもそもテレポートを断って走って村に向かうことを決めたのは私ですしね」

 

 自分が決めたことの責を誰かに……それも助けてくれた人達に押し付けるほど恩知らずではないはずだと彼女は思う。

 それでも憎まれ口をたたいてしまうのは、彼が『ダストさん』だからだろう。

 

 

 

 

「あのですね、ダストさん。私にとっての英雄は……私が助けてほしいと思う人は小さいころからずっとライン様なんです」

 

 あの日、グリフォンによって殺される運命を助けてもらった日から。彼女の英雄はライン=シェイカーというただ一人のドラゴン使いに決まっていた。

 

「だから、ダストさんになったあなたに助けてなんて言いたくなかったんですよ」

 

 もう英雄ではないという彼に。ただのチンピラであるという彼に。

 

「……じゃあ、なんでお前はあの時の『たすけて』なんて言えたんだ?」

 

 誰かではない、あの時フィーベルは確かにラインへ助けを求めたのだ。ダストになってしまったラインへと。

 

「結局、どうなっていようと、私にとってあなたはライン様ってことなんでしょうね。私にとっての唯一無二の英雄」

「…………だから、俺は英雄のラインじゃねえよ。ただのチンピラのダストだ」

「それでも、私の英雄はあなただってことです。例えあなたがライン様じゃないのだとしても、あなたはあなたじゃないですか」

 

 誰もが認める英雄であるラインでも。

 誰もがあきれるチンピラであるダストでも。

 

 そのどちらであろうと、彼女の英雄は『彼』なのだ。

 

「……落ちぶれただけの男に何を期待してんだか」

「ダストさんが落ちぶれちゃってるチンピラなのは否定しませんけど…………でも、私のことはいつでも助けてくれるんですよね?」

 

 彼は言った。家族を見捨てることはしないと。ならば、彼女にとって彼が自分を助けてくれる存在なのは間違いないのだ。

 

「助けるって言っても、最優先ってわけじゃねえぞ。俺にはお前より大切な奴がいるんだ」

「知ってますよ。それでも、きっとあなたは私を助けてくれます。……国の英雄だったライン様なんです。その助けの手が狭いわけないじゃないですか。チンピラのあなたが大切にしてる人くらいみんな守れますよ」

 

 だから大丈夫です。あなたは間違いなく私の英雄です。

 

「…………そんなんでも、英雄って言えるのか?」

「言えますよ。少なくとも私は私を助けてくれるあなたを英雄だって思いますから」

 

 それは誰が何と言おうと彼女にとっての真実だから。例え英雄本人が否定しようと変わらないし揺るがない。

 認めてしまえば自分は何を悩んでいたのだろうとバカバカしくなるような真実だ。

 

「…………国の英雄になんて戻れる気はしねえ。だけど、それくらいならいいのかね。誰かの英雄にくらいにはなっても」

「いいも悪いも、私がそう言ってるからそうなんですよ。あなたは私の英雄なんです」

 

 英雄とは自称だけではありえない。何の功績もなく英雄や勇者だと自称するものを誰が認めるものか。

 

 勇者が足りない実力を勇気と運で補い偉業を成し遂げたものに与えられる称号ならば、英雄とはその圧倒的な実力でそのものにしかできない偉業を成し遂げたものに与えられる称号だ。

 

 だから、彼女にとって彼は間違いなく英雄なのだ。彼女を助けるのは彼以外いなく、彼女の命を救うという彼女にとって一番の偉業を何度も成し遂げているのだから。

 

「そうか…………そんなもんなのかもな…………」

「ただ、なんですけどね」

「ん? なんだ?」

「なんとなく、ダストさんは戻るんじゃないかと思ってるんですよ」

「戻るって何にだ?」

「この国の英雄にですよ。本当に何となくなんですけどね」

「なんだそりゃ」

 

 根拠も何もない予想。けれど、彼女はどこかでそれを確信していた。彼女の英雄はこのまま堕ちた英雄のまま終わる男ではないと。

 

 

 

 

「そろそろつくな。準備しとけよベル子」

「はい。……でも、本当によかったんですか? ゆんゆんさんたち、大丈夫でしょうか?」

 

 自分を送っていく時間があったのかとフィーベルは問う。

 

「炎龍が相手だ。時間を稼ぐのもきついだろうな」

「じゃあ……」

「それでもあいつらなら大丈夫だよ。今のロリーサの能力なら炎龍相手でも時間稼ぎができる。問題はブレスだが……そっちは散々ゆんゆんに対策を教え込んだからな」

「……信じてるんですね」

 

 炎龍を、最凶の存在を相手に時間稼ぎを成功させると、彼の口ぶりは欠片も疑っていない。

 

「信じるさ。ロリーサは時間稼ぎをしろって言った俺の命令に了解って答えたんだ。使い魔の答えを主が信じないでどうする」

「じゃあ、ゆんゆんさんは……?」

 

 使い魔じゃない彼女を信じる理由は何かとフィーベルは問う。だけど、その問いに彼が答えることはなく、ただ少し顔を赤くしていた。

 

(……理由を言ったら惚気になるって思ったんですかね?)

 

 気にすることないのにとフィーベルは思うが、ただ彼女が彼の妹みたいなものならば、妹に恋人の惚気をするのは確かに気恥ずかしいかもしれないとも思えた。

 

「………………、妹、かぁ……」

「ん? ついたぞベル子。今から()()()が、何か気になることがあるのか?」

「いえ、私がダストさんの妹みたいなものなら、これから『お兄ちゃん』とか呼んだ方がいいのかなって」

「………………、じゃ落とすわ。おっちゃん! 後は頼むぜ」

 

 ぽいと、考えることをやめた顔で。本当にあっさりとフィーベルの()()()()()は彼女を上空から落とす。

 

「ちょっ、恥ずかしいのは分かりますけど、これはあんまりじゃあああああぁぁぁぁ──」

「──と。受け止め成功っと。お帰りフィーちゃん。ダイナミックな帰郷だな」

 

 一直線に落ちる彼女を難なく受け止めるのは彼女の義兄(仮)の男。女の子を容赦なく空から落とすろくでなしの育ての親だ。

 

「義兄。あのろくでなしを育てた責任取って今すぐ結婚取りやめてください」

「却下。あいつのろくでなしは間違いなく姫さんの影響だ」

「ぐ……まぁ、それはそうでしょうけど……」

 

 あとは単純に血筋か。母親はまともだったが、父親は彼と同じようなろくでなしだった。

 

「というか、サラマンダーと戦ってるって話でしたけど……」

「一応一段落はついたぜ? サラマンダーが発生してるのが村の外だけだったから被害もほとんどねえ」

 

 これが村の中から発生していたら大変だったろうがと義兄は言う。

 

「そうですか。それでお姉ちゃんは?」

「サラマンダーを追っかけて外に行った」

「…………ドレス姿で?」

「ドレス姿でだな。……ありゃ、もう使えねえなぁ。一応セレス家に代々伝わるドレスだったんだが……レンタル代フィール家も少しは出してくれねえか?」

「フィール家は没落気味でそんな余裕はないです。稼いでるんですからそれくらい甲斐性見せてくださいよ騎竜隊隊長さん」

「…………フィーちゃん、本当俺のこと嫌いだよな」

「嫌いではないですよ。まぁ、少し苦手意識があるのは否定しません」

 

 彼女の大好きな姉を奪っていく相手で、彼女の英雄の育ての親だ。いろいろと思う所があるのは仕方ない。

 

 

 

「……で? 俺らの英雄様はどんな感じだった? あの最凶の大精霊に勝てるって言ってたか? あいつ、いきなりミネアを竜化させて飛んでったからそのあたり聞いてなくてよ」

「そういう話は全然してないですよ?」

「…………大丈夫か? ミネアを人化、竜化させてんのには驚いたが、今のあいつの槍の腕で炎龍相手に勝てるか?」

「そう思うなら自分も行けばいいのに」

 

 最優のドラゴンナイト。そう呼ばれるこの男が最年少ドラゴンナイトに協力すれば間違いなく勝てるだろうにと彼女は思う。

 

「そういうわけにもいかないのさ。俺が行ったらあいつが英雄になれない」

「…………また、何か企んでるんですか?」

「またって……俺は企みなんかしたことないぞ? してるのはうちの宰相様だ」

 

 自分は無実だと手を挙げる義兄はこれ以上ないくらい胡散臭い。

 

「…………ライン様は英雄です。私のお兄ちゃんは、変な企みなんかなくても英雄なんです」

「ま、俺もおぜん立てなんてなくてもあいつはそうなると思うがな。創られた英雄なんかじゃない、本当の英雄にあいつはなるってな」

「そう本気で思いながら、変な企みに付き合ってるから義兄は苦手なんです」

 

 そういう所は本当に少しだけ嫌いかもしれない。

 

 

「ところでフィーちゃん」

「なんですか、義兄」

「……ラインのことお兄ちゃんって呼んでるのに俺は義兄っておかしくね?」

「別にライン様のことをいつもそう呼ぶつもりはないですし、義兄はどうあがいても義兄です」

「…………やっぱ、フィーちゃん俺のこと嫌いだろ?」

「そうですね、変な企みをしてる義兄は嫌いです」

「だから、変な企みをしてるのは宰相の野郎で俺じゃないんだって!」

 

 

 

 

(無事に帰ってきてね、ライン様……)

 

 騒ぐ義兄の言い訳を聞き流しながら。彼女にとって新しい家族で、そして唯一無二の英雄が無事に帰ってくることを願った。

 

 

 

 

 

「それはそれとして落とされた恨みはきっちり晴らさせてもらいますけどね」


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