どらごんたらしver.このすば   作:ろくでなしぼっち

61 / 92
第17話:帰郷

「きれいですね……」

 

 火の精霊。まだサラマンダーにも炎龍にもなっていない属性だけ宿した魔力の塊。それが暖かな光の雪として舞う風景に私はダストさんの胸の中で心奪われる。

 

「これが、ダストさんが言っていた光景なんですね」

「アクセルで炎龍倒した時は夜だったからもっと幻想的だったけどな」

「そうなんですか? こんなに綺麗なのに……」

 

 今、ここにある光景も今まで私が生きてきた中で一、二を争う心奪われる光景なのに。

 

「ま、あの時より空を舞う火の精霊は多いから、これはこれで趣があんのかもな…………って、なんだよゆんゆん。おかしそうに笑いやがって」

「だって……ダストさんが趣があるとか似合わなくて……」

「うるせーよ。大きなお世話だ」

 

 くすくすと笑う私にダストさんは不貞腐れた様子でそっぽを向く。

 その様子がなんだか可愛くて私は笑いが止まらなくなる。

 

「ふふっ……でもこれより綺麗な光景だって言うなら今度炎龍を倒す時は夜の時に倒さないとですね」

「今度って……いや、確かにいつかはまた火の大精霊は復活するだろうが…………ま、いいか。お前がいてミネアがいてジハードがいて……負けるはずねえしな」

「はい、その頃には私ももっと強くなってますしね」

 

 自分の中に宿るダストさんの、ドラゴンたちの力を感じる。まだ慣れない力の奔流に私の体は悲鳴を上げているけれど、けれどその本質は傷つけるものじゃない。慣れさえすればきっとダストさんと同じように力を自由に使えるようになるはずだ。

 

「…………、私強くなったんですよね? ダストさんの隣に立てるくらいに?」

 

 厳密には今は少し足りないかもしれないけど。でも遠すぎた背中に追いつけそうな距離になったくらいには。

 

「…………、ああ。少なくともそれは保証してやるよ。今のお前は俺の相棒だ。ミネアやジハード……ドラゴンに負けないくらいのな」

 

 ドラゴンに負けないくらい。それはドラゴンバカなダストさんにとっては最大級の誉め言葉だ。

 

「そっか……そうなんだ…………」

 

 なんだか心がいっぱいになって。ダストさんの胸に頭をぐりぐりするように抱き着く。そうしないときっと私は泣くかにやけるか今よりも恥ずかしい姿を見せてしまうだろうから。

 

「ま、なんにせよ、リアンたちにこの光景見せられてよかったな」

「リアン? 誰ですかそれ?」

 

 それに、『たち』?

 

「ん? ああ、この槍……『子竜の槍』に宿ってる幼竜たちの中の一匹だよ。『共有』の能力を持ってる奴にそう名付けて、契約した」

「またこの人私の知らない所で強くなってる……」

 

 炎龍にドレインが効くようになった理由は、新しくドラゴンと契約したからなんだろう。

 『切り札』の話を聞いた時も思ったけど、この人ちょっと目を離したすきにすぐ強くなる。

 契約したドラゴンの力を借り強化するドラゴン使いの性質的に、きっかけ次第で時間が必ずしも必要ないってのは分かるんだけど。

 

「お前の気持ちはなんとなく察しちゃいるが文句は受け付けねえぞ。お前に『双竜の指輪』渡してる状態じゃ『切り札』も切れねえし」

「? そういえば死魔の時も思いましたけどダストさんはなんで『切り札』を使おうとしないんですか? それに私が指輪を使ってると使えないって──」

 

 『切り札』の存在を私は聞いているけど、それをダストさんが『死んでも使いたくない』理由は聞いていない。とある理由で地獄にあるバニルさんの領土に行くことになった時に、私を守るために手に入れた切り札とは聞いているんだけど。

 死魔との戦いの時や今回の炎龍戦でも使おうとしなかったあたり、大切な人を『切り札』を切らない限り守れないと判断したときしか使う気がないのはなんとなく察していた。

 

 そんな『切り札』を私がダストさんと力を共有してたら更に使えなくなる理由って……?

 

 

「──で? そこのバカップル二人? そろそろいいかしら?」

 

 呆れたような声に冷や水を掛けられて。私は幸せと思考の海から意識を浮上させる。

 

「あ、アリスさん!? いつからそこに……!」

「いつからも何もちょっと離れてただけであんたらイチャイチャしだした時からいたわよ。いい加減イチャイチャ終わってるかと思って帰ってきたのに……」

 

 そこには声から想像される通りのアリスさんの姿。心底面倒くさそうな様子で何か石のようなものをこっちに投げてくる。

 

「……っと、重! なんだこれ? 赤い……宝石じゃねえな。綺麗だが磨いても光る感じはしねえ」

 

 私を抱きながらダストさんはアリスさんが投げてきたものを器用に片手で受け取る。

 その石のようなものは岩とは言わずとも手のひら台の大きさでもなく、密度にもよるけど10キロくらいはありそうだった。

 ……割とダストさんが受け取れてなければ大惨事な気がするんだけど、アリスさん私たちを殺そうとしてないよね?

 

「精霊石よ精霊石。大体の魔道具の原動力になる。知らないの?」

「いや、それくらいは知ってるが…………いや、マジか? こんな大きな精霊石なんて見たことねえぞ」

 

 精霊石。それはその内に精霊を吸収する石だ。大体の魔道具にはこの石が使われていて、吸収された精霊を全て吐き出すまで火をおこしたり冷気を放出するための原動力なる。

 家の中で火をおこすための魔道具や魔道冷蔵庫、ウィズさんが発明したくーらーとかにも使われている。……ちなみに普通の魔道具は精霊石だけを交換することで長く使えるものなんだけど、ウィズさんが発明したくーらーにはその機能を付けておらず、そのまま業者に大量発注してバニルさんがひどい目を見たのは懐かしい話だ。

 

「でも、本当に大きいですね。紅魔の里でもこんな大きな精霊石見たことないですよ」

 

 おかしな魔道具しか作れないことで有名なひょいざぶろーさんは置いとくとしても、魔道具を作らせれば紅魔の里の右に出る所はない。

 当然大きな精霊石とかも集まりやすい所だったんだけど、そんな里の長の娘である私でも、今ダストさんの手にあるものほど大きな精霊石を見たことはなかった。

 

「確かに魔王軍でもこんな大きな精霊石は見たことないわね。ちょっと自然にできるとは思えない大きさよ。合成すれば作れないこともないでしょうけど、こんな大きさの精霊石を必要とする魔道具なんてない。それこそ、デストロイヤーみたいな巨大な人工物の動力源にだってなれるかしら」

 

 あれはコロナタイトが動力源だったけどとアリスさん。

 単純なエネルギー源としてみればコロナタイトに大きく落ちる精霊石だけど、精霊石の有用性はその万能性だ。火の精霊を宿せば熱源に、氷の精霊を宿せば冷却源になる。

 流石にデストロイヤーの主動力にはならないだろうけど、火の精霊を限界まで宿せばサブ動力くらいにはなるのかもしれない。

 

「で? アリス。この人工物としか思えない精霊石をどこで見つけたんだ?」

「あの辺。小さいサキュバスに聞いたけど、炎龍がいたあたりらしいわね」

「…………、何が言いたい?」

「これ以上何か言う必要を私は感じないけど?」

 

 ダストさんが気付き、アリスさんが思っている事。

 

 精霊石の特性。それは精霊を吸収しため込むこと。つまり精霊が形を成したサラマンダーや炎龍にとって核として機能するということで。

 そんな精霊石が炎龍がいたところあった……おそらくは炎龍の核だったんだろう。だからこそ、ダストさんやハーちゃんのドレイン能力に対抗する耐性があった。

 

 そしてその精霊石が人工物としか思えないほど大きかったということは……。

 

「…………、いや、流石にそれはねえだろ」

「そ。あんたがそう思うならそれでいいんじゃない。私としてもあんたにどうこうしてもらいたいわけじゃないし。私はただ見つけた精霊石とこれをプレゼントしに来ただし」

 

 そう言ってアリスさんはまた何かを投げてくる。

 

「ん……? なんだこれ?」

 

 それが何か今度は全然分からないんだろう。さっきの精霊石よりは大分小さいそれを透かして見てダストさんは首をかしげている。

 

「も、もしかしてそれ伝説級の超レア鉱石コロナタイトなんじゃ……」

 

 まだ起動はしていないみたいだけど、その特徴はコロナタイトそっくりだ。

 デストロイヤーの動力源。起動すれば永遠に燃え続けると言われた理想のエネルギー。

 

 そして、扱い方を間違えればすべてを吹き飛ばす爆弾。

 

「…………、マジか」

「マジっぽいです……」

「扱い方は気をつけなさいよ? 下手に起動させたらこの辺一帯吹き飛ぶわ。特に火の精霊とか近づけちゃダメだからね」

「火の精霊が漂いまくってる上に火の精霊が宿ってる精霊石があるこの状況でそれを言うか」

「だ、大丈夫ですよダストさん。例え起動してもランダムテレポートで飛ばせば……!」

「それどっかで聞いた話だから却下。とりあえず起動する前にゆんゆん……は、まだ無理か。アリス、魔法で凍らせてくれ」

「はいはい、貸し一つね。『カースド・クリスタルプリズン』」

 

 慌てる私とは対照的にダストさんと冷静にアリスさんへ頼みコロナタイトを凍らさせた。

 

「お前がまいた種をなんで借りにしないといけねーんだ。…………で? 精霊石とコロナタイト。どっちも貴重な鉱石なわけだが……なんで俺らにくれんだ?」

 

 コロナタイトをどこで見つけてきたのかとダストさんは聞かないのかな。まぁ、さっきまで山奥にいたって言ってたし、この国について別れた時も『探してくる』と言っていなくなったのを考えれば想像はつくんだけど。

 

「あら、前に言ったじゃない。希少な資材集め手伝ってあげるって。それをバニルに渡せば凄い屋敷を作ってくれると思うわよ?」

「…………借りにしろってことか」

「そういうこと。精霊石とコロナタイトで貸し+2ね」

 

 バニルさんとウィズさんに屋敷を作ってもらう話は聞いていたけど、アリスさんとも何か話していたんだろうか。

 苦虫を噛み潰したようなダストさんとしてやったりなアリスさんの顔が対照的だ。

 

「でも、本当にいいんですかアリスさん。こんな大きさの精霊石にコロナタイト…………売れば何エリスになるか」

「売るって……どこに?」

「あ…………」

 

 考えてみればアリスさんは魔王軍筆頭幹部で次期魔王。当然合法な手段で人間の国での売買は出来ない。小さな取引くらいなら出来るかもしれないけど、コロナタイトや大きな精霊石の取引となると億単位の話だ。どう考えても無理だろう。

 かといって魔王軍サイドは現在散り散りだ。精霊石やコロナタイトを正当な値段で買い取れるような資金を持ってる集団がいるかは怪しい。

 

「バ、バニルさんとウィズさんの所とかは……?」

「バニルは買い叩かれるのが見えてるし。ウィズは多分高く買い取ってくれるけど……それやったらやっぱりバニルが面倒そうなのよね」

 

 どうしよう……凄く想像つく。

 

「てなると、魔王軍再起の時まで私が持っとくのも考えたけど……いつ爆発するか分からないもの持ってるのもあれだしね。精霊石は持っとくの手だけど、ま……炎龍討伐の報酬みたいなもんだし私が貰うわけにはいかないでしょ」

「いつ爆発するか分かんねえもん適当に投げんじゃねえよ。てか、精霊石が炎龍討伐報酬なら貸しは一つだけな」

「私が見つけなればあんたたちスルーで騎竜隊に回収されてたでしょ? 貸し二つよ」

 

 ちっと舌打ちするダストさん。私もだけどダストさんもアリスさん相手だと口喧嘩じゃ勝てなそうだ。

 割と好き放題してるし出来てるダストさんがこれだけ言いくるめられる相手は他だとセシリーさんくらいだよね。

 いやアリスさんは理詰めなのに対してセシリーさんはあれだからタイプは全然違うんだけど。

 

 

「てわけで。貸しも作れたことだし私はそろそろ修行に行くわ。捕まえたグリフォンの調教も足りないし」

「調教って……お前魔獣使いにでもなるつもりか?」

「魔王軍はもちろん親衛隊を再結集させるのにも時間かかりそうだし、それもありかもしれないわね」

 

 あくまで立て直すまでの間とアリスさん。

 まぁ自分自身もおかしいレベルで強いアリスさんだけど、その本領は一緒に戦う存在がいてこそだもんね。能力的に魔獣使いというのは間違っていないのかもしれない。

 …………いや、人類最大の敵に本領発揮されても困るんだけど。

 

 

「てわけでアイリスー? 城までは連れて行ってあげるから、一緒に帰るわよ?」

「うぅ……帰らないとダメですか? 私もうあの宰相様と腹の探り合いするの嫌なんですが……」

「そんな相手をお付きの子だけにさせるわけにはいかないでしょ。あの男の相手はあんたら主従が揃ってないときついわよ」

「……? あれ? あの男ってアリス様もあの人と話したことがあるんです──って、分かりました! 素直に帰りますから引っ張るのはやめてください!」

 

 すごく嫌がってるアイリスちゃんの首根っこを掴んでアリスさんはグリフォンに乗って王都の方で飛んでいく。

 

 …………、魔王軍のお姫様が勇者の国のお姫様の首根っこ捕まえて引っ張っていくって、いろいろ大丈夫なんだろうか。いや同じパーティーにいる時点であれだし凄い今更過ぎる話だけど。

 

 

 

「うぅ……あやうくせっかく増えた残機が減るところでした……」

 

 そう言ってふらふらと私たちの元へやってくるのはロリーサちゃんだ。戦いが終わったからか今はサキュバスの正装から村娘の格好へ戻っている。

 

「おう、ロリーサ。騎竜隊のブレス掃射に巻き込まれないですんだか」

「…………すみましたけど、あそこにあのままいたらやばかったですよ」

「つっても、残機が減るだけだろ? 炎龍のブレス食らったらオーバーキルだろうけど」

 

 ダストさんの言う通り、騎竜隊のブレス掃射の威力は炎龍のブレスほどじゃなかった。今の私なら問題なく切り抜けるられるレベルだと思う。もともとブレスに耐性のある魔族や魔物がいるし、魔王の加護を受けた魔王軍なら全滅せず耐えられるかもしれない。

 

(でも……対人類最強っていうのは間違いない、か……)

 

 四方全てを制圧する範囲攻撃。私やダストさんのように個々に耐えられる人はいるかもしれない。それこそエンシェントドラゴンのブレスすら耐えたダクネスさんなら物足りなく感じるくらいだろう。でも、味方全てを守り切れる人はきっといない。アクアさんならもしかしたらというくらいだ。

 

 たとえ紅魔の里やアクシズ教団でも真正面からぶつかれば壊滅的な被害を被るだろう。

 …………、まぁこの二つの集団はまずまともにぶつからないの分かり切ってるから心配はいらないんだけど。

 

「残機が減るだけって……ダストさん簡単に考えてないですか?」

「簡単ってか……バニルの旦那とかアクアのねーちゃんと喧嘩してよく残機失ってるが元気してるし」

「バニル様と一緒にしないでください! 数えきれないくらい残機あるバニル様と多くても二、三くらいの残機しかないサキュバスじゃ残機の重みが全然違うんですよ!」

「お、おう……分かったから鬼気迫った顔で迫ってくんな。悪かったよ、確かに旦那に慣れすぎて感覚がズレてたらしいのは認める」

「むー……まぁ、バニル様を基準にしてたらそうなるのも仕方ないのも分かるんですけどねー……。でも炎龍相手に時間稼ぎさせられたのに、そんな適当な反応だとストライキも辞しませんよ」

 

 そう言ってぷくぅとほほを膨らましているロリーサちゃん。

 

「悪かったよ。……ん、そういや戦いが終わったら精気好きなだけ吸っていいって約束したっけか。吸いたきゃ今吸っていいぞ」

「え? いいんですか? 体、大丈夫です?」

「多分大丈夫だと思うぞ。だるいが体が傷ついてるわけじゃねえ。エンシェントドラゴンの時みたいに死にかけたわけじゃないからな」

「そうなんですか? それじゃ、遠慮なく──」

 

 と、ロリーサちゃんは私を抱きとめるダストさんの右手とは反対である左手を手に取り、

 

「──はむ」

 

 そのまま自分の口へと運んで指を咥える。

 

「……………………」

「相変わらず、この感覚はくすぐったいってか、力抜けるってか、気持ちいいんだが微妙な感覚だな……って、なんだゆんゆん。変な顔して黙って」

 

 指を咥えて咥えられて。普通じゃありえない行為をしているのにダストさんもロリーサちゃんも特にぎこちない様子はない。それはつまりこれは日常的な行為ってことだ。

 

 恋人である私の前でやっても特に問題ないと()()()しているくらいに。

 

 これがサキュバスであるロリーサちゃんにとって単なる食事行為なのは分かる。ダストさんも感覚がおかしくなってるのか、そういうつもりがないのは様子を見れば分かった。

 でも、だからってこれはない。必要なのは分かるから行為自体を禁止は出来ないけど、だからと言って堂々と私の前でするとか二人とも感覚がおかしくなってるとしか言いようがない。

 だから私はダストさんに背を向ける。

 

「……んっ!」

 

 そして私を抱きしめてくれていた右手を掴み、その指……私と同じ指輪がついてる薬指をロリーサちゃんと同じように咥える。

 

「…………、何やってんだお前?」

 

 呆れたような、あるいは呆気にとられたようなダストさんの声。

 でも、私にはその問いに答えられない。だってそうだ。私の口は今ふさがってるんだから、答えられるはずがない。

 

「顔真っ赤にして……恥ずかしいならやるなよ」

 

 だから、別に恥ずかしすぎて頭がくらくらしてるから答えられないわけじゃない。頭はこう、ちゃんとしっかりしているんだから。

 

(…………、でも、なんで私ダストさんの指咥えようと思ったんだろう?)

 

 頭はしっかりしてるはずなのに、なぜかその理由が分からなかった。

 

 

 

「おい、こらライ……ダスト。お前白昼堂々淫行してんじゃねえよ。捕まえられてえのか」

「左のこいつはただの食事だから。ゆんゆんは……俺もこいつが何を考えてるか分からん」

「はぁ……姫さん以外女っ気のなかったお前も変わったもんだ」

「あの人をそういうカテゴリに入れていいのか疑問なんだが…………いや、フィールのねえちゃんに比べれば確かに女だって意識はあったが」

「俺の嫁さんに文句でもあるのか?…………全く持って同感だからお前からもあいつに言ってやってくれ」

「なんでそんな人と結婚することになってんだよおっちゃん……」

「さてな。俺はお前らみたいなこんな所で惚気るのは出来ないからな。……とりあえずあれだ、あのブラックドラゴンはともかく、ミネ……ミアさんはさっさと人化させとけよ。建前で終わらせられるうちにな」

 

 そんな言葉の後、スタスタと去る足音を聞いて。私はようやく目を開け、口を離す。

 ライネルさんがいなくなったことにほぉっと息を吐き、そしてさっきまで自分がやっていたことを思いっきり見られたことに死にたくなった。

 

「ダストさん……記憶を消す魔法ってありません?」

「そんな都合のいい魔法はねーなー。記憶を操作する方法がねえわけではないが。つうか、記憶を消すって誰の記憶を消すんだよ」

「とりあえず自分の記憶だけは消したいです……」

 

 本当、なんで私あんなあんな恥ずかしいことしてたんだろう。

 

「まぁ……なんだ……。お前が何を考えてるのか俺には全く分からねえから慰めようがねぇな」

「慰められたらさらに死にたくなりそうなんでそれはいいです…………って、あれ? ダストさん、いつの間にまた髪の毛黒色にしたんですか?」

 

 さっきまでいつも通りのくすんだ金髪だったと思ったんだけど。今見れば紅魔の里を出発したと時と同じように黒髪になっている。

 

「…………、みたいだな。本当、何を考えてんだか」

「? もしかしてライネルさんが?」

「さあな、俺は気づかなかったから何とも言えねえよ。……ま、俺に気づかれず髪の色勝手に変えられるような奴もそうそういないだろうがな」

 

 なら、やっぱりライネルさん? 最優のドラゴンナイト。そう呼ばれるあの人ならダストさんに気づかれずに何かすることも可能なのかもしれない。

 

「ま、なんにせよ疲れた。この国の悪だくみにまで頭悩ませてたら持たないっての。……で、ロリーサ。お前はいつまで吸ってんだ」

「──ああっ! 好きなだけ吸っていいって言ったじゃないですか! 今回私頑張ったからもっと吸わせてください!」

 

 おいしいものを取り上げられたように、離されたダストさんの指を捕まえようとするロリーサちゃん。

 確かに今回ロリーサちゃんは頑張ってた。一番頑張ってたと言っても過言じゃないかもしれない。その報酬にサキュバスであるロリーサちゃんが精気を求めるのは当然の権利かもしれない。

 

 でも、それはそれとして。

 

ひふぁひ(いたい)! つふぁふふぉふぁやめふぇくふぁさひ(つまむのはやめてください)!」

 

 人とは感覚がズレているサキュバスの友達に、私は実力行使で常識と譲れないものを教えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー! いろいろあったけど楽しかったー!」

 

 炎龍を討伐をしてから数日。ライネルさんとフィーベルさんのお姉さんの結婚式が終わった翌日。紅魔の里へと向かう竜車に乗った私は今回の旅を振り返る。

 いろいろ大変なことがあったけど、それ以上に嬉しいがあった旅だった。まぁ、このまま無事に帰り付けたら、だけど。

 私の膝で眠るハーちゃんも幸せそうな寝顔だし、私たち主従にとっては文句なしで楽しい旅だったと思う。

 

「ご機嫌ですね、ゆんゆんさん。すごく充実された旅だったようで。……やはり、その指輪が一番の理由ですか?」

 

 なんだか疲れたような様子のレインさんが私の言葉を拾ってそう言ってくれる。

 

「えへへ……まぁ、はい。これのおかげでおっきな悩みがなくなっちゃいました」

 

 ダストさんに隣に立つというどこまでも遠くに感じていた目標。それが私の努力次第で届く範囲に近づいたと思う。

 

「おめでとうございます。ダスト殿が相手だといろいろ苦労されるかもしれませんが…………それだけ幸せそうならきっと大丈夫なのでしょうね」

「はい、私は今すっごく幸せです」

 

 なんとなく、レインさんが勘違いしてるような気がするけど。それを否定する理由は私にはない。

 それに、完全に勘違いとも言えない気もしている。『双竜の指輪』はダストさんの両親が互いにつけていた指輪らしくて……形見でもあるそれを貰ったというのは()()()()()ことと遠い事とも思えない。

 

(まだ、決着をつけてないから、()()だと単純に喜ぶわけにはいかないけどね)

 

 でも、全部を否定する気にもなれない。手放しでは喜べなくてもこの気持ちはとても大切なものだから。

 私にとっても、きっとダストさんにとっても。

 

「そういうレインさんは今回の旅は…………って、聞くまでもないですよね」

 

 疲れた様子のレインさんと、疲れ果てて眠っているアイリスちゃん。アイリスちゃんたちにとって今回の旅がとても大変だったのは想像に難くない。

 アイリスちゃんが旅を楽しみたいと行きは馬車だったのが、帰りは竜車になってるのを考えればどれだけ疲れているのか分かるだろう。

 

「ええ、本当に疲れました……。ある程度覚悟はしていましたが……ベルゼルグの王侯貴族はかなり優しかったのだと実感しましたよ」

 

 勇者の家系であるベルゼルグ王家。その懐刀と言われるダスティネス家。ダスティネス家と並ぶ大貴族のシンフォニック家。王家と二大貴族というベルゼルグのトップ陣は善良だ。

 ……ちょっと二大貴族は性癖に問題があるみたいだけど、貴族なんてものはそんなものだと私も身をもって知ってる。

 着ぐるみ悪魔な残虐公ゼーレシルト伯も統治は善政そのものだったらしいし、やっぱり性癖さえ目をつぶれば善良な貴族が多いのかもしれない。

 

「ええと……どんな感じなんですか? この国の貴族は」

「そうですね…………以前のアクセルの領主。あの男が普通だと思っていただけたら」

「地獄ですか?」

「地獄ですかね……」

 

 むしろ地獄のバニルさんの領土の方が平和そうなのは気のせいかな。

 

「だからレインさんたちそんなに疲れてるんですね」

「いえ……まぁ、悪辣な貴族を相手にするのも疲れたのは確かですが、それだけなら私もアイリス様もここまでは疲れていないと思いますよ」

「? 他にも何かあるんですか?」

「今回の私たちの交渉。基本的にはあの国の宰相の方と行ったのですが…………これが狸か狐と思うような方でして…………アイリス様の直感と頭の回転の速さがなければ、まずいことになってたと思います」

「まずいことというと……?」

 

 今回の旅の目的は戦争を止めること。それが出来そうにない場合は威力偵察だったわけだけど。

 その前提の上での交渉でまずいことってなんだろう。

 

「戦争の大義名分を与えることになったかもしれません。そうなれば実際に戦争が起きた時、周辺諸国からの援助はかなり少なくなっていたでしょう。武力はあっても資金や資源に乏しいベルゼルグにとってこれはかなり大きいのです」

「それは本当にまずそうですね……。でも、一応そうなることは防げたんですよね?」

「ええ、一応4年期限ですが不可侵条約を結びました。あまり変わっていないかもしれませんが……ベルゼルグが疲弊から回復するまでの安全は保障されたと思います」

 

 もともと今すぐ戦争をするという話ではなかったし、それはライネルさんも言っていた。そういう意味じゃ状況が変わったとは言えないのかもしれない。でもそれが両国の同意となったのは大きな意味を持つはずだ。

 

「えっと……本当お疲れ様です」

「はい、疲れました。今回ばかりはカズマ殿を連れてきた方が良かったんじゃないかと思ってしまうくらいには疲れました……」

「カズマさん、そういうのは得意ですもんね」

 

 でも、いつもアイリスちゃんへのカズマさんの悪影響に頭を悩ませてるレインさんがそう言うって相当だなぁ。

 

 

「あ、そういえばレインさん。私聞きたいことがあったんです」

 

 アイリスちゃんに聞こうと思っていたことだけど、ぐっすり眠ってるみたいだし。

 この際だし聞いてみようと私は続ける。

 

「あの国のお姫様…………ダストさんのお姫さまってどんな方でした?」

「それなんですが──」

 

 

 

 

──ダスト視点──

 

「本当あいつは自由にやってんな」

 

 竜車の中から空を眺めて。その風景の中にはグリフォンに乗って竜車の上空を飛ぶアリスの姿がある。

 

「ん? なーにライン。あなたも飛んで帰りたいの? 竜化して飛ぼうか?」

「そんな気持ちがねえとは言わねえが……ま、この国にいる間は自重した方がいいだろうさ」

 

 炎龍の時にミネアを竜化させてるし今更っちゃ今更だが。

 

「そ。じゃあ紅魔の里についたらアクセルまでは飛んで帰ろっか」

「そうだな。俺にゆんゆんにジハードにロリーサ。大きいのは俺とゆんゆんだけだしそれくらいなら安定して飛べるか。アリスはグリフォンに乗ればいいだろうし、さっさと帰りたきゃテレポート使うだろうしな」

 

 アイリスたちの護衛は紅魔の里まで。だからそっからアクセルまでは適当にテレポートで帰ってもいいんだが、それもなんだか味気ない。

 アリスが飛んでる様子がなんか気持ちよさそうで悔しいし。

 

「あ、あの……ダストさん? 私は先にテレポートで帰してもらうってのはだめですか? ほら、ウェイトレスさんみたいに」

「あん? お前まだゆんゆんにびびってんのかよ。別にあいつはもう怒ってねえって」

 

 サキュバスと人間の感覚の違い。俺もロリーサに引きずられて感覚狂ってたが……あいつはそれを友達としてロリーサに教えただけだ。だから終わった後は驚くくらいにいつも通りだった。

 まぁ、多少は嫉妬的なもんがあったんだろうが……それを理由だとするなら温すぎるくらいだろう。

 

 ほっぺたを死ぬほど引っ張るのなんて俺がいつもやってることだしな。

 

 

「そうだといいんですけど…………うぅ、恋人もちの男の人に手を出して、その彼女さんに討伐されるのはサキュバスあるあるなんで……」

「あいつが友達を討伐することなんて死んでもないから心配すんなよ」

「理性では分かってるんですけどねー……ただ、ダストさんとの真名契約を始め、私結構やらかしちゃってる気がして……」

 

 これ、びびってるよりかは、ゆんゆん相手に後ろめたさ感じてるのか。

 

「ま、気になるんだったらその頬っぺた引っ張らせてやりゃいいんじゃねえの? あいつも結構お前の頬っぺたの感触気にいってたしな」

「ダストさん達は本当にちっとも手加減してくれないので嫌です。というかそろそろ私の頬っぺた伸びて戻らないんじゃないかって心配してるんですよ?」

「知らねえよ」

「知っててください!」

 

 と言われても……こいつの頬っぺた引っ張るの気持ちいいんだから仕方ないだろうに。

 

「酷く理不尽なこと考えられてる気がします……」

「気のせいだろ。俺は全くこれっぽっちも悪くないよなって考えただけだ」

 

 だからロリーサ。恨むなら自分のもちもち頬っぺを恨め。

 

 

「そういえばライン。帰郷した感想はどうだった?」

 

 ぷくぅと膨れてるロリーサとは裏腹に。ミネアはあっけらかんとそう聞いてくる。

 

「帰郷って言われてもなぁ……ぶっちゃけ帰ったって気がしねえんだよなぁ」

「それはなんで?」

「何でって言われても……」

 

 理由はいろいろある。

 実家のことや両親のことやおっちゃんの結婚のこと。本当細かい理由を探していけば数えきれないくらいあるかもしれない。

 ただ、その中で一番大きい理由は……

 

「……あの人に…………姫さんに会ってねえからな──」

 

 

 

 

 

 

────

 

「────。報告は以上だ」

 

 王城の一室。宰相の執務室でライネルは部屋の主にそう言って報告を終わらせる。

 

「ふむ……あれが一人で『炎龍』を倒しましたか。出来ればベルゼルグの王女と一緒に倒してもらえばいろいろ捗ったのですがね。そう全ては上手くいきませんか」

「一人ではないぞ。使い魔を抜いて考えるにしても紅魔の嬢ちゃんが一緒だった」

「あの里の族長の娘でしたか。次期族長であると考えても影響力は誤差でしょう。所詮あの里はベルゼルグの中でも異端……政治的な影響力はない」

「ベルゼルグの最強戦力……いや人類最強集団を相手によくそう言えるぜ」

 

 紅魔の里は最強集団というだけでなく、魔道具やマジックポーションの作成など他の追随を許さず小規模の集団でありながら経済的にも無視できない影響力を持っている。

 彼ら自身に政治的な意図がなくとも、為政者として彼らを無視できるものは少ないだろう。

 出来るのは何も分からない愚鈍な無能か。あるいは──

 

「あの里がベルゼルグの最大戦力である限り、ただの敵ですよ。そして、あなたたち騎竜隊の敵にはなりえない」

 

 ──利益を求めず、自分の目的以外は些末と切り捨てているものか。

 

「魔法抵抗力が高い俺ら騎竜隊は紅魔族の天敵だろうしなぁ……真正面からぶつかって負ける気は確かにしねえな」

「そういうことです。…………まぁあれとベルゼルグ王女に共闘させ炎龍を倒させる策はなりませんでしたが、あれが精霊石を核とした炎龍すら倒せるほど強いのは良い誤算です。『噂』はどうなっていますか?」

「お望みの通り、『シルバードラゴンを連れた金髪の槍使いが炎龍を倒した』って流れてるぜ」

「なるほど。順調にあれが『英雄』になる下地は出来てきていますか」

「おかげでお前以外の貴族連中はカンカンだけどな。ベルゼルグと不可侵条約結んでなきゃ今すぐ戦争仕掛けてたかもな」

「まぁ、そのための不可侵条約ですから。あれが『英雄』になる下地が整うまでかき回されたくありませんからね」

 

 本当に今回の交渉は有意義だったと宰相は思う。王女もそのお付きも優秀だった。

 自分たちの利益しか考えていない貴族の悪意の仕込みを気づいて潰し、こちらの用意したゴールへとたどり着いてくれた。

 王女はまだ粗削りなもののその才覚は圧倒的であり、お付きは王女の足りない経験を補っていた。

 

 いい主従だった。あれが政治へと本格的に関わってくるようになればベルゼルグは安泰だろう。

 

「……何笑ってんだよ」

「いえ、羨ましいと思っただけですよ。狂った王と腐りきった貴族しかいないこの国と比べてベルゼルグは実に将来有望だ」

「…………、一応俺も貴族なんだがな」

「おや、失礼。まぁ、本当にごく一部ですが善良な貴族もいましたね」

 

 だが一部にしかいない善良な貴族になど意味はない。小さな風じゃ吹き溜まりの瘴気は吹き飛ばせないのだから。

 

「なぁ宰相。俺はお前の悪だくみに付き合ってる。それがこの国の為になると思ってるからな」

「ええ、あなたには本当に助かっていますよ」

「だが、今回の悪だくみ……火の大精霊の発生地点を人工精霊石を使ってある程度操作して、復活したそれをラインに倒させる。上手くいったからいいが、下手すりゃあいつの故郷の村がサラマンダーに滅ぼされてたぞ」

 

 大量のサラマンダーは炎龍……人工の精霊石を中心に発生していた。もしも炎龍があの村にもっと近づいていれば、村の中からサラマンダーが発生し、ライネル達でも手が足りなかっただろう。

 ラインが到着するまでの間、時間を稼いだ存在がいたからあの村は無事だった。

 

「だからこそ、あなたたちの結婚式に合わせたのですよ。例え村が滅んでも大切な人くらいは守れるでしょう?」

「…………、やっぱお前も狂ってんな」

「ええ、この国を変えるためならいくらでも狂いますよ」

 

 小を殺して大を生かす。その考えを間違ってるとは言えない。

 だが、その選択に何も心を動かさないものを普通の人間と言えるだろうか。これで何も気遣いをしない冷血漢ならまだ理解もできるが、気遣い自体はしているのだからたちが悪い。

 

 

「この国には『英雄』が必要なのです。そのためなら私はいくらでも手を血に染めましょう」

 

 それが宰相──かつてラインからミネアを奪った男──の行動原理。

 ベルゼルグへと戦争を仕掛けるのもそのための手段に過ぎなかった。

 

 

 

 

 

「そろそろ、もう一つの報告をお願いしましょうか」

「ん? なんかあったっけか。今回の件はさっきので全部……って、ああいつもの報告か」

 

 

 

「ええ。もう一人の『英雄』…………いなくなった姫は見つかりましたか?」




二章の隣国編は終了です。
次回からはまたアクセルでの日常回になります。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。