「どうしたんですか、ダストさん。起きてからこっちなんだかジャイアントトードがドレインタッチくらってるような顔してますけど」
朝の食堂。私とハーちゃんの前に座るダストさんは見るからに疲れた顔をしている。
「それどんな顔……いや、割りと的確な表現な気もするが。更に正確に言うならサキュバスに死にかけるまで精気を搾り取られた顔ってのが正しいな……」
「? サキュバスって、ロリーサちゃんに襲われたんですか?」
それとも昨日は地獄に行ったしリリスさん?
「サキュバスよりエロい存在に襲われたんだよ。お前のあの発言、本気の本気だったんだな……」
なんでダストさんはジト目で私を見ているんだろう。
「てか、そういうお前もお前で疲れてねえか?」
「……まぁ、ダストさんの変態さんっぷりを甘く見ていたと言いますか……なんで延長戦であんなに元気なんですか」
ハーちゃんにヒールかけてもらったけどまだちょっと腰が痛いし、体力的にも気力的にも起きたばかりだというのに6割くらいだ。
「お前のおかげで元気はなかったがな…………。俺は一応貴族の血筋でもとから性癖おかしいし、ちょっと拗らせてるからな。やり始めたら止まんねえんだよ。だから、延長戦仕掛けてきたお前が悪い」
「むー……でも、あそこで終わってたら子ども出来ないじゃないですか」
地獄に行くにはバニルさんの協力が必要だし、そうである限りそうそう気軽に行けるわけでもない。
バニルさんは私たちに子どもを作ってもらいたいみたいだし、協力してくれないってことはないんだろうけど、
昨日もバニルさんに頼んだのはダストさんだったし、多分これからも基本的にはダストさんが頼んでくれるんだと思う。ただそうなると、子どもを作る機会はダストさん次第になるから、どれくらいの頻度になるかは私には調整できない。
ダストさんの変態さんっぷりを考えればそう心配することないのかもしれないけど、チャンスを無駄にはしたくなかった。
それに何より。
「早く、子どもを作りたいですから」
そう決めてから。その気持ちは日に日に強くなっている。それはなんだか焦燥感にも近いもので、きっと妊娠が分かるまで落ち着くものじゃないという予感があった。
「…………、俺はもうちょい恋人期間を味わってからでもいいと思うんだがなー」
「? 別に子ども出来てても恋人続ければいいじゃないですか」
「いや、流石にそう言うわけにはいかねえだろ……」
「?? もしかして、子どもが出来たらすぐ結婚するつもり……とか?」
そんな、ダストさんが普通の人みたいなことを考えてるはずが……。
「なんでお前不思議そうな顔してんの? 流石の俺もガキ作ったら責任くらい取るっての…………って、なんでお前は信じられないって顔してんの?」
「ダストさんがそんなまともなことを言うなんて…………子どもができても自分の子どもじゃないって責任逃れするのがダストさんだと思ってたのに……」
「おっし、実はお前喧嘩売ってたんだな。いいぜ、そろそろ本気出して喧嘩してもいいころだと思ってたんだ」
まぁ、昔のダストさんならともかく最近のダストさんがそんなこと言うとは本気では思ってないんだけど。
「でも、責任取るって言ってもその理由のほとんどは私の周りの人が怖いからですよね?」
「否定はしない。爆裂娘とかマジで爆裂魔法撃ってきそうだしな」
ありそうだなぁ……最近はダストさん同様丸くなってるめぐみんだけど、爆裂キチは変わってないし。
「……ま、遅かれ早かれ責任は取るつもりなんだ。ちょっと早い気はしても俺にはお前しかいねえんだし。だからガキが出来たってんなら覚悟くらいするさ」
「…………、そうですね……」
ダストさんの言葉にきっと嘘は何もない。その言葉に甘えてしまえばきっと私は幸せになれるんだろう。
私にとってもダストさんにとっても大切な人を泣かせたまま。
でも、私はそれを認められない我儘娘に
…………甘えるのは、子どもを授かるまでだ。
「ん……あるじ? こども、できるの?」
「まだ出来てないけどね。でも早く作りたいと思ってるよ」
私たちの会話を横で聞いていたハーちゃんが首をかしげて聞いてくる。可愛い。
「あるじとラインさまのこども……たのしみ」
「ハーちゃんにとっては弟か妹みたいになるのかな? 私は一人っ子だからちょっと羨ましいなぁ」
お姉ちゃんかお兄ちゃんが欲しいとは里で一人ぼっちだった時によく思っていた。
妹や弟は手がかかる同級生がいて、その妹もいたりしてほしいと思ったことはないんだけど。
「ダストさんはどうですか? ダストさんも一人っ子でしたよね?」
「あー…………俺は別にそんなこと思ったことねーなー。なんだかんだでミネアが俺の姉みたいなもんだったし」
「なるほど。……ん? でも、ダストさんミネアさんがお姉ちゃんだって言ったらいつも否定してません?」
「姉みたいに思ってはいるが、お姉ちゃんぶられるとむかつくんだよ」
「なるほど。とりあえずよく分からないことはよく分かりました」
一人っ子には分からない感覚だなぁ……。
「つうか、今日からあいつも同じ家……いや城に住むんだよなぁ。嬉しいっちゃ嬉しいんだが、ぜってぇ姉風吹かせてうるせぇんだろうなぁ……」
「人化してる時のミネアさんはそんな感じですよね」
なんだかんだで今日までは紅魔の里に住んでいたミネアさんだけど今日からは本格的に一緒に過ごすことになる。
ダストさんの相棒で家族みたいな相手……仲良くしたいんだけど、なんかちょっとだけ私とは距離がある気がするんだよなぁ……。ハーちゃんとはすごく仲良くしてもらってるんだけど。
「そいや、溜まったポイントで覚える魔法は決まったか?」
「んー……ダストさんに最低限覚えたり強化した方がいいって助言された魔法は、私も取ろうと思ってたからすぐ決まったんですけどねー……それ以外ってなるとちょっと」
死んだ方がマシという思いをして手に入れた大量のスキルポイント。
テレポートの登録数や飛ばせる人員数の強化や、ダストさんがよく使っている竜言語魔法の『速度増加』と『反応速度増加』。この辺りは今後の冒険に便利だったりダストさんに追いつくために必須だったからすぐ決められたんだけど。
「全くねえのか? 俺も竜言語魔法ならともかく普通の魔法はお前に教えられることはないからな。竜言語魔法の攻撃魔法もそのうち覚えてもらおうとは思ってるが、それは急ぎじゃねえしなぁ……」
「覚えたいとは思ってる魔法はありますけど、それ覚えるには余ったスキルポイントは全く足りないんですよね」
あの魔法は最低でも50ポイントは必要だろうし。レベルの上げなおし1回だけじゃ足りない。
「余ってるポイント今いくつだ?」
「2回レベルの上げなおしして60ポイント稼いで、テレポートの強化と竜言語魔法2つ覚えて40ポイント使いましたから……20ポイントですね」
「竜言語魔法は1つ覚えるのに10ポイント消費だったよな。てことはテレポートの登録数と人員数の強化に20ポイント使ったのか。どれくらい増えたんだ?」
「登録できる場所が4つになって、一気に飛べる人数が5人になりました」
つまり一つと一人増えただけだ。
「20ポイント消費してそれかよ。そりゃ、わざわざ強化する冒険者がいないわけだ」
「ただでさえテレポートは覚えるのにポイント使いますからね。20レベル分のポイント使うくらいなら初期の登録数と人員数でやりくりしますよね」
裏を返せばポイントさえどうにかできるなら登録数と人員数を増やす意味は大きい。特に登録数は上手く使えば切り札に出来るはずだ。
「ま、とにかく20ポイントか。覚えたい魔法があるならそれを覚えられるポイントまで取っとく手もあるが」
「そうしようかなぁ……」
でも、あの魔法を覚えるのはもうちょっと後にしたいような気もする。こう、真打登場というか、あの魔法にふさわしいくらい自分が強くなってからがいいというか。
「スキルポイントはたくさん稼げるんだ。テレポートの強化もそうだが、普通じゃ覚えてもあんまり意味がない魔法を覚えたらどうだ?」
「普通じゃ覚えても意味がない魔法……」
そう言われて私は一つの魔法を思いつく。いつの日かまだ私が中級魔法しか使えなかった頃。魔王軍の幹部クラスの上級悪魔と戦うのに役立った、スクロールに宿っていた魔法を。
「…………あった、『マジックキャンセラ』。20ポイント」
冒険者カードのスキル欄の中にその魔法はあった。
極めればあらゆる魔法を発動前に消し去れるという魔法。本当に極めれば爆裂魔法すら爆裂魔法の2倍の魔力消費で消し去れる……らしい。
「あー……魔法を消す魔法……だっけか? そのスクロールめちゃくちゃ高いよな」
「相手の魔法を問答無用で消しますからね。需要は多いですし、上級魔法以上を消せるスクロールは本当に貴重です」
「魔法を消す魔法ってなると便利だし20ポイントくらいなら普通に覚える魔法使い多そうだけどな」
「20ポイントで覚えた状態じゃ初級魔法くらいしか消せませんけどね。中級魔法を消すには更に20ポイント。上級魔法を消すには更に20ポイント必要です」
普通なら『マジックキャンセラ』をまともに使えるレベルにするには火力を捨てないといけない。基本的に魔法使いと言ったら火力担当だし、高レベルのパーティーでも普通は魔法使いに『マジックキャンセラ』を覚えさせたりはしない。
高レベルのアークプリーストなら魔法を跳ね返したり、発動後の魔法を一部消したりする事もできるだけに、魔法使いにその役目を求める所は稀有だろう。
「なんだその爆裂魔法並に実用的じゃない魔法は」
「さ、流石に爆裂魔法よりは実用的ですよ」
だからこそスクロールが高価でも売れるわけだし。
「極めれば対魔法使いとしては最高の魔法なんですよ? アークプリーストが使う『リフレクト』は『ライト・オブ・セイバー』や爆裂魔法は跳ね返せませんし、『ディスペル・マジック』は範囲魔法には相性が悪いですから」
「ふーん……まぁ、魔法使いのお前がそういうならそうなんだろうな」
色んな意味でコストパフォーマンスが悪いからある意味爆裂魔法並というのも否定できないんだけど。
「とにかく、この魔法を極めてみたいです。爆裂魔法を消すには全部で100ポイントくらい必要そうですけど」
「いやまぁ、レベル上げなおしで苦労すんのはお前だし止めはしないが……ポイントそこまで消費して覚える魔法か?」
「だってかっこいいじゃないですか! すべての魔法を消し去り、あらゆる魔法を使いこなす最強の魔法使い……それが私です」
「まだなってねえだろ。そういやこいつ紅魔族だったな……」
それに、めぐみんとの決闘に本当の意味で勝つには爆裂魔法をどうにかしないといけないし。爆裂魔法を消し去れるのは必須条件だ。
「あるじ、かっこいい!」
「ふふー、そうでしょ? ハーちゃんはそんな私の最強で最高に可愛い使い魔だからね」
「…………、まぁ、いいか。ジハードも嬉しそうだし。今の調子でいけば本当にそうなりそうだしな」
ダストさんに何故かあきれ顔でで見られながら、私とハーちゃんは今後の展望をわいわい話すのだった。
「あー……だりぃ…………そんな多くないって言っても、ずっと借りっぱなしの部屋の荷物は少なくねえな」
「冒険者らしく持ち運びしにくいものはあんまり買わないようにしてるんですけどねー。どうしても捨てられないものとか実家に送ったりもしてるんですけど……」
荷車を引くダストさんの愚痴に私はそう返す。なんだかんだとアクセルの拠点としてずっと借りていた宿の部屋。冒険中も面倒だからと借りっぱなしだったからか、いざ運び出すと荷物が結構な量になっていた。
引っ越しをするとなって荷車一つで済むと考えれば少ないのかもしれないけど、冒険者と考えればちょっと多すぎるくらいだ。
「まぁ、荷物の半分はジハード関係だししゃーないっちゃしゃーないが」
「あはは……ハーちゃんのご飯ってこうしてみるとすごい量ですよね」
荷車の後ろに足をプラプラさせながら座ってるハーちゃんのどこにこんな量が入るんだろうか。いや、竜化してる時のご飯だし人化してるハーちゃんで考えても仕方ないんだけど。
「バニルさんとはどこで待ち合わせなんですか?」
「さっきゼーレシルトの兄貴に聞いたら、街から出てちょっと歩いたらある丘だってよ」
「ゼーレシルトさんですか? ウィズさんは?」
私が荷造りしてる間にダストさんにはウィズ魔道具店やテイラーさん達の元に行ってもらったんだけど、ウィズさんには会えなかったんだろうか。
いつもならこの時間はゼーレシルトさんはロリーサちゃんと同じバイトから帰ってきた時間らしく、休んでいる時間だ。店番をしてるゼーレシルトさんが近所の子どもに戯れられるのはもう少し後の時間のはずなんだけど……。
「城造るのに疲れて寝込んでるってよ」
「そういえば昨日ちょっと顔色悪かったような……」
なんか顔色が白いのを通り越して薄くなってた気がする。
「今度何かお礼の品持っていきましょうか……」
「そうだな。新鮮な串焼きでも持っていこうぜ」
「?? 串焼きに新鮮も何もないと思うんですけど」
「そうか……お前は幸せな奴なんだな……」
「え? え? なんなんですか、その反応。私何も変なこと言ってませんよね?」
温かい串焼きを持っていこうとかそういう話ならまだ分かるんだけど。
「いいんだよ。串焼き屋のおっちゃんに頼めば腐りかけの肉を安くで譲ってもらえるとかそういう話は知らなくていいんだ」
「知らなくていいとか言いながら普通に言ってるじゃないですか」
というか、そんなこと頼めるんだ。なんだか常連さんみたいなやり取りでちょっとだけ憧れるかもしれない。
「なんでこのぼっち娘は目を光らせてんだ……」
「別に光らせてませんよ?…………ところで、それって何回くらい通ったら頼んでいいんですかね?」
「試す気満々じゃねえか! いや、金は別に困ってねえんだから普通に頼めよ。だいたい、あれ3回に1回は腹壊すぞ」
「食べるのはダストさんに任せますから大丈夫ですよ」
「何が大丈夫なのか欠片も分からねぇ……」
「私が大丈夫ですよ?」
「そうだなお前は大丈夫だな! とりあえず今度ベッドの上で覚えとけよ!」
そっちは私も子どもが出来るなら望むところなんだけど…………言ったらダストさん捻くれそうだからこのまま黙っとこうっと。
「なんでこのぼっち娘は嬉しそうに笑ってんだ……」
「ダストさんと話すのが楽しいからに決まってるじゃないですか」
そんな何でもない話をしている間に。私たちはアクセルの街を出て、バニルさんと待ち合わせしてるという丘まで辿り着く。
「おせーぞ、ダスト! いい加減待ちくたびれる所だったぜ」
「そーかよ。じゃあキールは帰っていいぞ。テイラーは待たせて悪かったな」
「だから俺はキースだ! って、マジで俺とテイラーに対する態度の差は何なんだよ」
「日頃の行いだろう。ダストは多少まともになったんだ。キースもダストの半分でもいいからまともになったらどうだ」
「…………、ダスト以下みたいに言われんのはマジで納得いかねえ……」
丘にはもう、みんな揃っているらしく、バニルさんやテイラーさん、キースさん、そして──
「ん……ゆんゆん久しぶり。隣国から帰ってきて以来だっけ?」
──リーンさんの姿があった。
「そういえばそうですね。すみません、ちょっと最近レベル上げとかで忙しくて……」
「いいよ、いいよ。私も同じような感じだし。それに一度も顔出してないダストに比べたら……」
顔出すって言ってたのに、結局ダストさん行ってないんだ。気持ちは分からないでもないけど、それでリーンさんがどれだけ傷つくか……。
(…………、ううん、今の状況じゃ、どっちにしろ傷つく……か……)
目をそらせる分、行かない方がマシだったかもしれない。
でも、もう逸らしてはいられない。これから私たちとリーンさんは一緒に住むんだから。
嫌でも変わってしまった関係と変わらなかった関係の差を見てしまう。
「リーンさん、ちょっといいですか?」
「ちょ、ちょっと、ゆんゆん? どうしたの?」
少しだけ強くリーンさんの手を引いて皆と距離を取る。リーンさんは戸惑いながらも逆らわずついて来てくれた。
「これだけ離れたら聞こえないかな。…………リーンさん、大事な話があります」
「う、うん。どうしたの? やっぱり、その指輪のこと……?」
「いえ、これはあんまり関係ありません」
関係がないわけじゃないけど、この話の主題じゃない。
「そっか。…………ん、じゃあ何?」
私からダストさんと婚約しましたという話をされると思ってたんだろうか。リーンさんは見るからに安堵した表情で聞いてくる。
帰ってきた日にこの指輪はそういうのじゃないって言ったんだけど…………やっぱり、信じてなかったんだろう。
信じられないけど信じたくて……リーンさんの気持ちは痛いほど想像できた。
だからこそ、私は今リーンさんに言わないといけない。
「はい。…………リーンさん。私、リーンさんに譲られるのは今日で終わりにします」
「…………、ごめん、何の話?」
「あの日、リーンさんに許してもらえたから私はダストさんに告白できました。黙って告白するなんて裏切りはどうしてもできそうになかったから」
たとえ、嫌われたとしても。あの日リーンさんに伝えないという選択はなかった。
ダストさんを好きになったこと自体がリーンさんに対する裏切りだとしても。それ以上の裏切りは私が私であるために出来なかったから。
「だから、何の話を……」
「ありがとうございます。私、リーンさんに譲ってもらえたから幸せになれました」
「…………。そっか何の話かはよく分かんないけど、ゆんゆんが幸せならよかったかな」
本当に。今の私は幸せだと思う。こんなに幸せでいいんじゃないかと不安になるくらいには幸せだ。
でも、きっとこの幸せは時限式だから。リーンさんが譲ったことを後悔するときにハッピーはベターになる。そしてそれは今を続ければそう遠くない日に来る。
だってそうだ。私がリーンさんの立場だと考えれば…………そんなの長く堪えられるわけがないから。
「はい。この幸せを私はなくしたくありません。だから……リーンさん。決着をつけましょう。前にも言った通り、私は譲られたまま終わらせるつもりはありませんから」
あの日リーンさんに譲ってもらえたから、私はダストさんに告白出来て、そして付き合うことが出来た。
もしもあの日、リーンさんが譲らなければ、もっと違う今になっていたはずだ。
だって、誰の目から見ても、ダストさんにとってリーンさんは大切な存在だから。それが恋かどうかは私にも分からないけれど。
「…………なに? ゆんゆんは私にダストへ告白して玉砕しろって?」
「そうですね。その可能性ももちろんあります。…………いえ、はい。私としてはその結果が一番うれしいのは否定しません」
でも。もしもリーンさんが本気を出すなら。私が玉砕する可能性だってある。
あるいはダストさんが私とリーンさんでハーレムだーと最低のこと言う可能性も。
「けど。例えそうだとしても。今を続けることよりはマシだって私は思うから」
今の関係のまま。リーンさんがダストさんに優しくされる。それはきっと何よりも残酷なことだから。
「…………大丈夫だよ。多分そう遠くないうちに私はダストとゆんゆんの前からいなくなるから。だから、……うん。もう決着はついてるんだよ」
それはきっとダストさんも想像している未来。想像して、仕方ないと思っている事。
「それが嫌だから、私は決着をつけようと言ってるんですよ。恋人を作って大切な親友をなくす…………そんなの嫌です」
そして、ダストさんも本心ではそんな未来を望んでないはずだ。どんな形であれ、ダストさんはリーンさんとずっと一緒にいたいって、そう思ってる。
「あの……ゆんゆん? 自分が酷い我儘言ってるの分かってる? わりとダスト並に最低のこと言ってるよ?」
「分かってますよ。でも、それでも親友が泣いてるのを『仕方ない』で終わらせるくらいなら、自分の我儘で泣かせたいんです」
物わかりのいい優等生では何も変わらないから。だから私は最低最悪でも我儘娘になる。
「本当、酷いよ……残酷なくらい。そんなのただの独善だよ……」
「そうかもしれません。でも、私はそうじゃないって信じてます」
だって、私はあの日のリーンさんの言葉を覚えているから。あの日のリーンさんに言葉に嘘はないって分かってるから。
「何を根拠に、そう信じられるの?」
「だって、言ったじゃないですか。リーンさん、例えダストさんのことは譲れてもラインさんのことは私にも譲りたくないって」
「…………、それが……?」
「ダストさん、多分リーンさんの言う『ライン兄』に戻ってますよ? 全く一緒ってわけじゃないでしょうけど、すごく近くなってると思います」
隣国への旅で。ダストさんは何かを吹っ切っている。
「だって、ダストさん。曲がりなりにも自分が英雄だって認めてるんです。今もチンピラを自称はしても、英雄としての自分を否定しなくなりました」
「…………、ダスト……が……? 本当に……?」
「今でもろくでなしなのは変わらないです。でも、本当に最底辺のチンピラだったころと比べたら更生してると思います。腐っていただけの頃のダストさんとはきっと違う…………ラインさんの頃に戻ってる」
まだまだ更生しないといけない所は多いけれど。それでも、『一番の問題点』以外は大事なところを更生できたと思う。
リーンさんが好きになっちゃいけない『ダスト』さんじゃない。
リーンさんが好きでいてもいい『ライン兄』に。
「その上でもう一度聞きます。本当に私の独善ですか? 決着ついた事にしていいですか?…………あの日、私にも譲りたくないって言ったのは嘘ですか?」
「嘘じゃない! 嘘じゃないけど…………ダメだよ、ゆんゆん。私、どうすればいいか分かんない……」
揺れるリーンさんの瞳。そこに込められてる感情はきっと期待と不安……そして後ろめたさだ。
「いいんですよ。ゆっくり考えれば。別に今すぐ決着つけようって話じゃないですから」
これから一緒に暮らしたりクエストをこなしていく間に決めてもらえばいい。
「ただ、これからは私に遠慮しないでいいって……今日はそう言いたかっただけです」
「…………本当に? 嫉妬したりしない?」
「しないわけないじゃないですか。もちろん嫉妬しますよ。それとこれとは話が別です」
最近のダストさんはなんか無駄に回りに女性が多いし。リリスさんとかリリスさんとか。付き合う前は欠片も想像していなかったけど意外と私が嫉妬する機会は多かった。
「それでも、リーンさんに遠慮される方がずっと悲しいから」
嫉妬するような出来事も嫌だけど。それでもリーンさんが遠慮するよりはマシだと思うから。
「…………本当、ゆんゆんは強くなったよね」
「そうでもありませんよ。あの頃と自分自身はそんな変わってないと思います」
でも、あの頃の私と比べたら。
「ただ、あの頃より私は友達が……親友が増えましたから。私が強くなったと思うならきっとその理由の一つは間違いなくリーンさんのおかげですよ」
「そっか。…………こんなに強い恋敵を作ったのは私でもあるんだ。なら……仕方ないね」
そう言って疲れたように笑うリーンさんは、けれどどこか吹っ切れたようにも見えた。
「まぁ……うん。やっぱりまだよく分かんないけどさ。でも、ダストを避けるのはやめようと思う。それで本当にライン兄に戻ってるか確かめる。……とりあえずはそれでいいんだよね?」
「はい」
その中でリーンさんがどうしたいのか。心の底からの願いを見つけてくれればいいと思う。
『仕方ない』じゃない答えを見つけて欲しかった。
「ところでゆんゆん。その決着をつけるって話だけど、なんか期限とかあるの?」
「そうですね…………とりあえず私が子どもを産むまでには決着つけたいですね」
「なるほど子どもを産むまで…………………………え?」
「あ、リーンさん、バニルさんが呼んでるみたいですよ。行きましょうか」
「え、あ、うん………………いやいや、今それどころじゃないこと言わなかった!?」
「何を慌ててるんですかリーンさん。そんな調子じゃ空飛ぶ城を目撃したら心臓止まっちゃいますよ」
「絶対ゆんゆん誤魔化してるでしょ! 子ども産むってダストとだよね! さっきの話の流れでどうしてそんな話になるのよ!」
「えーと…………それはその…………海よりも高く山よりも深い理由がありまして………」
「それ全然理由ない! もしかしてそれもただの我儘なの!?」
ダストさん達の元へ小走りで戻りながら。私はリーンさんに最大の我儘をどう許してもらうか頭を悩ませるのだった。