どらごんたらしver.このすば   作:ろくでなしぼっち

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第23話:夢魔

──ダスト視点──

 

「それでダストさん。結局忘れてることは思い出せたんですか?」

 

 夜。引っ越し作業も一段落ついて。新しい部屋で一息つく俺にゆんゆんはそう聞いてくる。

 

「うーん……もうちょっとで出てきそうなんだがな」

 

 あと一歩のところで出てこないというか。思い出そうとすればするほどなんか出てこなくなってるような気もする。

 こうしてなんとはなしにジハードの寝顔を眺めている方がよっぽど思い出せそうな、そんな感じだ。

 

「本当に大切なことなんですか? 思い出せないってことはそんな大事なことでもないんじゃ……」

「いや、大事なことなのは間違いない。忘れてるからってそれが大切じゃないってことはないと俺は思うぜ」

 

 俺にはもう姫さんの顔を思い出せねえが…………だからってあの人のことがどうでも良くなったなんてことはない。

 大切なことでも月日とともに思い出せなくなっていくことは増えていくし、一時的にド忘れすることだってあるはずだ。

 

「そういうものですかね」

「そういうもんだよ」

 

 だからこそ俺は──

 

「ところでダストさん。ロリーサちゃんっていつこっちにくるんですか? ロリーサちゃんのバイトって夜はやってなかったですよね?」

「…………………あ」

「その間は何ですか? もしかして忘れてたことってロリーサちゃんの事じゃないですよね?」

「そ、そんなわけねぇだろ?」

「そんなことあるんですね……」

 

 あるけど! だからってそんなドン引きした顔で俺を見るなよ! 仲間のこと忘れてるとか自分でもドン引きだけど!

 

「待ち合わせ場所に行くまではちゃんと覚えてたんだよ! それでリーンにロリーサに伝えてるか確認しようと思ってたんだ!」

「でも、結局確認するの忘れたんですよね?」

「…………、仕方ねぇだろ。いきなりお前とリーンが二人で話し出すし、その後はなんかお前らの様子が微妙に違うし」

 

 だから俺は悪く──

 

「言い訳はそれだけですか?」

「はい、それだけです」

 

 ──ないわけねえか。

 

「ま、まぁあれだ。俺は伝えてないけど、同室だったリーンがちゃんと伝えてるだろ。だからそのうちロリーサも来るって」

 

 だからきっと誰にも拠点の移動を伝えられず、誰もいない部屋で帰りを待つサキュバスはいないはずだ。

 あまつさえ、いなくなった仲間を泣きながら探すサキュバスなんて……。

 

「とりあえず、リーンさんに確認してきましょうか。もしもリーンさんが伝えてなかったら……」

「だ、大丈夫だって。一応確認するが、あの世話焼きのリーンが伝え忘れてるなんてこと……」

「でも、最近のリーンさんってちょっと落ち込んでましたし……。それにリーンさんってロリーサちゃんのバイト先知らないんじゃ?」

 

 なんでそんなこと言うの? 俺に罪悪感でも覚えさせようってのか。アクセル随一のチンピラ冒険者だと言われる俺がこのくらいのことで罪悪感覚えるとでも思ってんのかね。

 

「…………、さっさと確認に行くか」

 

 まぁ、うん。思いっきり罪悪感覚えてるわけだが。

 仲間のことだからってのもあるが、なんだかんだで俺もゆんゆんに更生させられてるのかもしれない。

 

 

「そうしましょう…………あ……」

「どうした、ゆんゆん」

 

 部屋を出ようとした俺についてくるかと思えば、ゆんゆんは部屋の中で固まっている。その視線の先に何があるかと思えば窓があるわけで。

 

「…………あ」

 

 その窓の先に何がある……誰がいるかと言えば、

 

「うっ…うぅ…………やっと見つけましたぁぁ…………」

 

 想像通り──それも最悪寄りの──泣いてるロリーサだった。

 

 

 

「ふぇぇ……宿に帰ったら私の荷物だけで、……ひっく……リーンさんの荷物はないし、……うぅ……ダストさんやテイラーさんの宿にも誰もいないし、……すん……捨てられたんじゃないかって……」

 

 ひとしきり泣きじゃくって。少し落ち着いてきたのか俺の胸で泣きながらもロリーサはぽつぽつとこれまでの流れを話し出す。

 

「俺がお前を捨てるわけねえだろ」

「……本当に?」

「当たり前だ」

 

 良い夢見させてくれるしいろいろ便利な存在のロリーサを捨てるわけがない。

 ロリーサの上位互換でいろいろ協力してくれるリリスって夢魔も知り合いにいるが、そいつはロリーサほど信用できない。

 何より──

 

「お前はダチで仲間で使い魔だ。そんな相手を自分の都合で捨てるほど俺は畜生になった覚えはねぇよ」

 

 たとえ俺が一番腐ってた時期でも。俺は自分の身内を捨てられるほどには腐ってなかったはずだ。

 

「すんっ……じゃあ、なんで私に拠点を移動するって伝えなかったんですか……?」

「ええっとだな……それには山よりも高く海よりも深い理由が……」

「ダストさん、伝えるのド忘れしちゃってたんだって」

「なんでお前は普通にばらしてんの?」

 

 人が口八丁で傷つけないように誤魔化そうとしてるってのに……。

 

「だって、ダストさんって搦め手より直球勝負の方が大体上手くいくじゃないですか。搦め手は最初は上手くいくんですけどすぐに化けの皮がはがれるというか」

「そ、そんなことはねえだろ……」

「そんなことありますよ」

 

 …………、そんなことあるな。カズマはその辺上手くいったり上手くいかなかったりの半々な感じな気がするが、俺の場合は最終的には痛い目見て終わるのばっかな気がする。

 悪党に痛い目見せるだけなら割りと上手くいくんだが、自分に非がある状況で搦め手使って上手くいったことは殆どない。

 

「じゃ、じゃあダストさんが私に伝えてくれなかったのは単純に忘れられてただけ……?」

「…………、悪い。いろいろあって思い出すのが遅れた」

 

 リーンとかアリスとかアリスとかアリスとか。

 

「いろいろ……ゆんゆんさん、具体的には何があったんですか?」

「一言でいうなら、ダストさんとリーンさんが仲直りした……かな? 正確には仲直りっていうのも違う気がするけど」

「だから、なんでお前は普通に答えてんの?」

 

 ロリーサもなんでゆんゆんに聞いてんだよ。

 

「そっか……だからリーンさんも……。良かった……皆さんに嫌われたとかそういうことじゃないんですね」

「お前みたいな奴を嫌いになるやつなんて相当な捻くれものくらいだよ」

「ダストさんはその捻くれものに微妙に該当してる気がしますけど」

「おいこら、ゆんゆん。俺ほど素直に生きてるやつはそうそういねえだろうが」

 

 その俺をして捻くれものとか。

 

「欲望には素直ですけど、善意を示すときは凄い捻くれものだと思いますよ? 最近は昔と比べればその辺も素直になってきましたし、大事なところは昔から外しませんけど」

「あ、それ私も分かります。ダストさんってそういうところありますよね」

 

 …………、そんなことあるのか? 自分じゃよく分かんねえが。

 

「てか、ロリーサいつの間にか泣き止んでんのな」

 

 なんか泣き止む要素あったっけか。時間経って落ち着いただけかね。

 でも、自分のこと忘れられてたって更に泣き出してもおかしくないと思うんだが。

 

「だって、忘れられても仕方ないって思うだけの理由がありましたから」

 

 まぁ、アリスが家主より先に住んでたとかは忘れるのも仕方ない理由だが……あれ? そのことロリーサに伝えてたか?

 

「大丈夫だよ、ロリーサちゃん。ダストさんは確かに忘れちゃってたけど、それでもそれが大事なことだとはちゃんと思ってたから」

「だからなんでお前は人のプライバシーを普通にしゃべってんの?」

 

 なんなの? バニルの旦那リスペクトなの?

 

「……そうなんですか? ダストさん。私の事ちゃんと大切だって思っててくれたんですか?」

「さあな。たとえそう思ってたとしても忘れた免罪符にはなんねえよ」

 

 ダチを泣かせた時点でそんなもんは糞にも役に立たねえ。

 

「だから……悪い。許してくれとは言えねぇが、謝る」

 

 許せと言ってしまえば、それば命令になっちまうから。だから俺はただ頭を下げる。

 

「私からも謝ります。ロリーサちゃんのこと、来てないとは思ってたけど、それよりも他のことを優先しちゃってました」

「ふ、二人して頭を下げないでください! 私はもう納得してるし大丈夫ですから!」

 

 ゆんゆんにまで頭を下げられて気まずいのか。ロリーサはあわあわと慌てて俺らの頭を上げさせる。

 

「本当か? じゃあ今回の件は俺に対する貸しってことで一つ収めてくれ」

「……いいんですか? 悪魔に借りを作るなんて。別にそんなことしなくても真名契約がある限り私はダストさんに逆らえないのに」

 

 悪魔に借りを作ることの意味なんてロリーサに言われるまでもなく理解している。

 

「だからこそだよ。お前は確かに俺の使い魔だが……同時に仲間でダチだ。対等なんだよ」

 

 だからロリーサが何と言おうと今回のことは借りにする。こいつのご主人様やる上でも譲れない所だ。

 

「ええと…………じゃあ、ダストさんの精気をいっぱい吸わせてもらっていいですか?」

「そりゃ、俺は構わねぇが……」

 

 ちらりと、ゆんゆんの顔をうかがう。もともと俺としてはロリーサに精気を吸わせるのに抵抗はない。ただ、ゆんゆんのことを思えばちょっと思う所があるわけで……。

 

「別に私もロリーサちゃんがダストさんの精気を吸うのを全面的に禁止するつもりはありませんよ? まぁ、私の知らない所で気づかれないようにしてもらいたいとは思いますけど」

「それ無駄に難易度高くねぇか?」

 

 最近のこいつは大体俺と一緒に居るし、一緒に居ない間も俺が何をしてるかは把握してる節がある。

 

「そこはまぁ……ご主人様としてダストさんが頑張るということで」

「頑張ってくださいダストさん! 私の美味しいご飯の為に!」

「本当簡単に言ってくれるよな!」

 

 実際それしかねえんだろうが…………頑張るって言ったって何を頑張りゃいいんだ。

 

「…………、まぁいいか。なるようになんだろ」

 

 正直今考えても何かいい案が思い浮かぶ気がしない。今日は本当いろいろあって疲れた。

 だからまぁ、とりあえず今はこの言葉で。

 

「わが家へようこそ、ロリーサ。今日からここがお前の家だ」

「おかえり、ロリーサちゃん。これからもよろしくね」

 

「はい、よろしくお願いします。…………ただいま!」

 

 

 満面のロリーサの笑顔をもって。長かった一日は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

「ダストさん、朝ですよ? 起きてください」

「うぅ……死ぬほど疲れてんだ……起こさないでくれ……」

 

 朝。体を揺り動かすゆんゆんが起きる時間を伝えてくるが、今日の俺は起きる気が全くない。

 昨日、リーンとかロリーサとかアリスとかアリスとかアリスのせいで本当疲れてるから今日くらいはだらだらと過ごしたかった。

 

「起こさないでって……ご飯はどうするんですか?」

「持ってきてくれたら食うぞー……」

 

 まぁ、それでも体を起き上がらせるのは億劫だからゆんゆんが食べさせてくれるのが必須だが。

 

「ダメだこの人。昨日はちょっとまともな人っぽかったのにろくでなしモードに入っちゃってる」

「お前も昨日は疲れただろ……せめて朝くらいはベッドの中でゆっくりしようぜ……ぐぅ……」

「確かにダストさんやハーちゃんと一緒にうとうとするのは凄い幸せだから魅力的な誘いなんですけどね。でもそれと同じくらいリーンさんやロリーサちゃんたちと一緒に朝からご飯も捨てがたいんですよ」

「だったらお前だけ飯食って来いよ……」

 

 そんでその後飯持ってきてくれれば完璧だ。

 

「それじゃ、ダストさんと一緒に食べられないじゃないですか。それじゃリーンさんやロリーサちゃんと一緒でも嬉しさ半減ですよ」

「…………、そうか。それじゃ俺は寝るな」

 

 なんでこいつはそんな恥ずかしいことぽんぽん言えんだろう?

 

「なんで今の話聞いて寝るんですか! ここは『しょうがねぇなぁ』って言って起きる所ですよ!」

「俺はそんなアクセル随一の鬼畜男が言いそうな事言って起きるほど甘くねぇぞ。寝ると言ったら意地でも寝る」

 

 …………、まぁ、おかげさまで眠気は吹き飛んでるからマジで寝るのには時間かかりそうだけど。

 

「むむむ…………ん? ダストさんの顔ちょっと赤いような…………って、布団を頭まで被らないでください! もしかして恥ずかしいから起きないんですか!?」

「ふっ……今更俺がそれくらいで恥ずかしがるわけねぇ…………って、こら! 布団はぎ取ろうとすんな! ジハードが起きるだろうが!」

「ハーちゃんも起きないといけないんだからちょうどいいです! 本当に起きてください!」

 

 必死の抵抗もむなしく、被っていた布団は無惨にも空を飛び、俺とジハードは朝の冷たい空気にさらされる。

 双竜の指輪をつけるようになってからゆんゆんの力も結果的に上がってるから、寝てる状態で立ってるゆんゆん相手に単純な力勝負は分が悪い。

 

「うぅ……さむぃ……」

 

 冬を越え春になって久しいが空の上だからか。朝の空気は思ってた以上に冷える。眠気まなこのジハードも暖を求めて俺に抱き着いてきた。

 

「起きて着替えたらそんなに寒くないですよ」

「…………、着替えたらって……お前寝間着より露出多い気がするんだが……」

 

 以前よりはマシになったが、相変わらずゆんゆんの服は黒くて胸が大きく出ている服だ。寝間着が多少子供っぽいのもあって、肌色は寝てる時より起きてる時の方が多い。

 

「じゃあ、今度露出の少ない普段着買いに行きます?」

「…………、いや、今のままでいい」

 

 今のゆんゆんの格好は眼福だし。清楚系なら白のワンピースたまに着てるから補充できてる。

 

「ですよね。ダストさんが喜ぶと思ってこの格好なんですから、変なこと言わないでください」

「男が喜ぶ服をわざと着るとか…………優等生だったお前のセリフとは思えないな」

 

 昔のこいつはなんか騙されて露出多い服着てたような節があったが。多分どっかの誰かに露出増やせば友達が増えるよとか言われたんじゃないかと思ってる。

 

「優等生とか関係なく、好きな人に可愛いって思ってもらいたいのは女の子なら皆そうですよ?」

「そうかよ。…………はぁ、しょうがねぇな、起きるかジハード」

「ん…………おはよう、あるじ、らいんさま」

「はい、おはようございます」

 

 抱き着き目をこすっているジハードごと起き上がる。探すまでもなくゆんゆんは目を開けたその先にいた。

 

「………………」

「? どうしたんですか、ダストさん。ぼーっとして、まだお寝坊さんなんですか?」

「…………、いや、なんでもねぇよ」

 

 もう見慣れた顔のはずなのに。朝日に照らされたゆんゆんにドキッとしてしまった。

 

(…………場所が変わったからかね)

 

 多分それ以外に理由はない。だが、俺みたいな奴を好きになるのが不思議なくらい、ゆんゆんがいい女だってのは改めて実感させられた。

 

「紅魔族ってやっぱ趣味が悪いんだな」

「なんでいきなり私の一族の悪口言うんですか。いえ、確かに私以外の紅魔族の趣味と言うかセンスはあれですけど」

 

 お前も十分悪いけどな。それ言うと面倒なことになるの見えてるから言わねえけど。

 

「ま、あれだ。さっさと飯食いに行こうぜ。その後ならダラダラしてもいいんだろ?」

「良くないですけど…………でも、確かに昨日は疲れましたもんね。私も今日はゆっくり過ごしたいです」

 

 アリスのせいで精神的に疲れたのはもちろん、物の整理でも疲れたからな。

 

「だろ?」

「はい、というわけでダストさんも朝ご飯作るの手伝ってくださいね?」

「…………、そういや、待ってても飯は出てこないんだったな」

 

 その辺りはやっぱり宿暮らしが良いんだよなぁ……。食べに行ってもいいんだが、それはそれで面倒だし。出前取るにしても空まではきてくれねぇよなぁ。

 

「そういうことです。大丈夫ですよ、ダストさんには野菜洗ったりとかさせませんから」

「むしろ料理してるお前を眺めるくらいしかしたくないんだが」

「却下です」

 

 めんどくせぇ……。

 

「ん、あるじ? わたしはなにすればいい?」

「んー……ハーちゃんには野菜を切ってもらおうかな?」

「まかせて」

 

 仕事を与えられて嬉しいのかご機嫌な様子のジハード。その調子で俺の仕事も奪ってもらいたい。

 

 

 

 

 

 

「……って、なんだこれ。誰が作ったんだ?」

 

 城の食堂。面倒だなと思いながらやってきたってのに、既に机には無駄に豪華な朝食が並んでいる。

 

「んー……リーンさんでしょうか? でも、昨日一緒に作るって約束してたんですけど……」

「じゃあ、リーンはねぇだろ。あいつがそういう約束破るわけがねぇ」

「ですよね」

 

 でも、だとすると誰が作ったんだ? キースはありえない。ミネアもねぇな。テイラーは作るの自体はあるかもしれないが、こんな豪華な食事作れるほど器用じゃない。

 

「…………まさか、アリスか?」

「ん? 私がどうしたのよ?」

「おわっ!? いきなり現れるんじゃねぇよアリス!」

 

 いつの間に来たのか、アリスが眠たそうな顔で後ろにいた。

 

「うっさいわね……。で? 私がどうしたって?」

「いや、なんでもねぇ。その様子からしてお前はなさそうだ」

「そ。……ん、ご飯できてんのね。先にいただくわ」

 

 誰が作ったのかなど興味なさそうに。アリスはさっさと席に着き食べ始める。ひとのこと言えた立場じゃないが、この女には協調性と言うものが欠片もない。

 

「アリスさんも違うと…………本当誰なんでしょうか?」

「ロリーサも違うだろうしなぁ…………あいつが料理してるのなんて見たことねぇし」

 

 でも、他の可能性がないとするとロリーサになんのか?

 

「とりあえず、先に来ている人に聞いてみましょうか」

「そうだな。リーンとロリーサは見当たらねぇし……いるのはテイラーとキースか」

 

 となると、聞くとしたらやっぱテイラーだな。

 

「よぉ、テイラー。おはようさん。この飯誰が作ったか分かるか?」

「ダスト、ゆんゆん、ジハードか。おはよう。この朝食の事か…………俺は説明するのも嫌だからな。この阿呆に聞け」

「なるほど。犯人はキースか。テイラーのその様子からろくなことしてねぇな」

 

 一体全体何をやらかしたのか。

 

「なんで俺が悪いみたいな話になってんだよ! 俺は何も悪いことしてないぞ! むしろいいことをしたはずだ!」

「はいはい。じゃあとりあえず、お前がやらかしたことを言ってみろ」

 

 内容によっては空から突き落とす場所を海のど真ん中から湖のど真ん中にしてやらないこともない。

 

「だから俺は悪いことしてねぇって! 倒れてるメイドさんを助けて連れてきただけだ!」

「つまり誘拐してきたと。そんで帰してほしくば飯を作れと脅したのか」

「キースさん……流石にそれは…………」

 

 流石キース。流石の俺もそこまでは欲望に正直なれないぜ。

 

「してねぇよ! 本当に倒れてて、何処にも行く所がないって言うから、それじゃあ家で働きませんかと誘ったんだよ!」

「それが本当だとしても家主に相談なく人雇うなよ。…………てか、うん? 倒れてたってどこに倒れてたんだ?」

 

 今現在この城に出入りするには空を飛ぶ手段が必要だ。それを持ってるのは俺らとアリスくらいで、当然キースは持っていない。ミネアが協力するにしても俺が『竜化』させてなきゃ飛べねぇし。

 

「どこって、扉の外だよ。昨日ドラゴンたちが降り立った場所があっただろ? 朝の散歩で行ったらそこで倒れてたんだよ」

「なるほど。こいつアホだわ。テイラー、こいつ今度海のど真ん中に落とすけどいいか?」

「好きにしろ。今回ばかりは本当に俺も呆れている」

 

 だからテイラーは飯に手を付けてない風なのか。気にせず完食してるキースは本当大丈夫か?

 

「いや、待て。テイラーだけじゃなくダストもその反応ってもしかして俺やらかしたのか? なぁ、ゆんゆん、俺は一体何をやらかしたんだ? ちょっと困ってるメイドさんを連れてきただけだよな?」

「えっとですね…………空飛ぶ城で行き倒れてるメイドさんってどう考えても普通じゃないんですが…………所謂不審者を家に勝手に入れてご飯作らせるってキースさん頭大丈夫ですか?」

「…………………………いやいや、あんな美人が不審者なわけないだろ?」

 

 つまり、見た目に騙されて怪しさを完全に無視したと。誘拐よりはましだが欲望に正直すぎて引くわ。多分ゆんゆんと付き合う前の俺も騙されるだろうから強くは言えねぇけど。

 

「で? テイラー、その怪しいメイドさんは今どこにいるんだ?」

「そこの扉の先。厨房の中のようだな。昼の準備をしているそうだが……」

「お前がそのメイドさんを放置してるってことは…………強いのか」

 

 真面目なテイラーが家に入り込んだ不審者を放置するはずがない。となると、テイラーが自分では対応できないと判断したって事だ。

 

「そうなるな。そこのアリスさんほどじゃないが、それに近い強さはあるとみている。そして底の知れなさは仮面の人の雰囲気に近い」

「マジで面倒な不審者じゃねぇか……」

 

 単純に強いだけならどうとでもなるんだが……。

 

「と、とりあえず私はミネアさん呼んできますね!」

「頼む。……とりあえず、テイラー。別にいきなり襲ってくるってことはないんだよな?」

「おそらくは。こちらが怪しんでいるのに気付いている様子だが、それでも丁寧な姿勢は崩さなかった。…………俺らが取るに足らない強さと判断したからかもしれんが」

 

 面倒なこと言うなよ……。

 

「ま、まぁいざとなったらアリスもいるしどうにかなるだろ」

「別にいいけど、その場合は貸しだからねー。ごちそうさまっと」

 

 なんでもかんでも貸しにすんじゃねえよ!

 

「とりあえずキースとアリスはそのうちしめるとして…………一応友好的だってんなら話聞いてくるか」

 

 いきなり戦闘になる可能性がないわけじゃないが、その場合はアリスに泣きつこう。それにいきなり実力行使するような奴が朝食を作るなんて悠長な事するとも思えない。

 

「本当不審者とかないって! それに俺あのメイドさんアクセルのどっかで見たことある気がすんだよ!」

「だからどうしたすぎる……」

 

 まだ空から降ってきたとかの方が怪しくねえぞ。

 

「ふむ……その話俺は聞いていないな。キース、見たというのはどこでの話だ?」

「え? あ、あぁ……どこでだったかな…………なんか祭の時だったような…………」

 

 テイラーとキースの話を後ろに俺は厨房への扉を開ける。トントントンという音は本当に昼食の準備をしているようで、その音を作っているのはメイド服姿の──

 

「おや、おはようございます、ダスト様」

「誰かと思ったらリリスかよ!」

 

 ──上位の夢魔。地獄の旦那の領地で出会ったリリスと名乗る悪魔だった。

 

「どうかなされましたか? いきなり叫ぶのは紳士としてあまりよろしくありませんよ?」

「いや紳士になった覚えは欠片もねえから。てか、マジで何でここにお前がいるんだ」

 

 リリスは旦那の領地で娼館の主をやっていた悪魔だ。いろいろと協力してくれるし、俺やゆんゆんに手を出さないという契約もさせている。

 だが、それでも俺はこの悪魔のことを信用できない。悪意は感じないんだが、テイラーが言ってたように底知れなさは旦那並だからだろう。そして旦那と比べても生粋の悪魔、おそらくは俺が知ってる中では一番悪魔らしい悪魔だ。

 

「この間、ダスト様がおっしゃいましたよね? 『炊事洗濯しなくていい宿暮らしが気に入ってた』と。それならば、私がそのような生活ができるようサポートさせていただこうと思いまして」

「マジでメイドしに来たのかよ…………で? 求める報酬は?」

「もちろんダスト様の精気です」

「はぁ…………だよなー…………」

 

 そんで信用できない一番の理由がこれだ。このロリーサとは比べるまでもなくいろいろ立派な夢魔は俺のことを狙っている。

 …………性的な意味で。

 

「ダスト様が嫌なのでしたら他の報酬でもよろしいですよ?」

「夢魔のリリスが精気以外の報酬でいいって…………なんか嫌な予感がするな」

「いえいえ、本当に他意はありませんよ。私が地上に来たもう一つの目的を手伝っていただけないかと、そういうお話です」

 

 悪魔は基本的に嘘はつけない。だっていうのになんでこう旦那と言いリリスと言い言ってることが胡散臭いんだろう。

 

「もう一つの目的…………ってか、そっちが本命だろ?」

「ええ、まぁ……バニル様からの指示ですので」

「旦那の?」

 

 わざわざリリスを呼び出しての任務ってなんだ? そう何度も行ったわけじゃないが、それでも旦那の領地においてリリスがそれなりに偉い地位にいるのは想像がついている。単純な強さでは地獄においてそうでもないリリスだが、弱肉強食の世界で強者に位置する何かを持っている悪魔だ。

 

「はい。誰でもいいから『悪魔の種子』について調査しろと」

「って、誰でもいいのかよ! わざわざリリスを呼び出すからすげぇ大ごとかと思ったのに」

 

 本当なんでこいつが来たんだよ。

 

「はい。誰でもいいということは私でもいいということですので。ダスト様の家のメイドをしたかったので来ちゃいました」

 

 来ちゃいましたじゃねえよ……立場とこっちの迷惑考えろ。

 

「しっかし……『悪魔の種子』? なんだそれ?」

 

 聞いたことのない言葉だが。言葉の語感的に悪魔に関連する…………悪魔化させるものとかか?

 

「はい。あらゆる生き物を悪魔へと『転生』させるものです。本来なら儀式魔術の必要な悪魔への転生を小さな道具一つで成し遂げます」

「ふーん、やっぱそういうものか。で? その物騒なもんの何を調べるんだ? 仕組みとか解明しろと言われても無理だぞ」

 

 手伝え言われても俺に専門的な知識はないし、どっちかと言えばゆんゆんの方が適任だろう。

 

「いえ、仕組みや出所についてはバニル様が心当たりがあるから調査はいらないと」

「そうか。ま、出所ならともかく仕組みを調べるだけならわざわざこっちに来る理由もねえか。てか、もしかして旦那も動いてんのか?」

「はい。あの方は部下よりも先に自分が動く方ですので。…………部下も必要あれば思い切りこき使われる方でもありますが」

 

 いい上司…………なんだろうか? まぁ、旦那のそういう所も俺は好きだが。

 

「で、わざわざこっち来てまで調査することってのは?」

「この世界においてどれだけ『悪魔の種子』が広がっているか。そしてそれがどのような層に広がっているか、です」

「…………広がってんのか? この世界で」

 

 生き物を悪魔化させる物騒なもんが?

 

「どれだけ広がってるかはまだ分かりませんが、ゼロではありません。実際、悪魔化して地獄に来る存在が最近急速に増えています」

「この間地獄行ったときにはそんなこと言ってなかったし、その後…………ってことは本当につい最近の話か」

 

 地上だとここ2、3日の話じゃねえか。地獄じゃ月単位の時間が経ってると考えても最近だろう。

 

「今はまだ多くに広まってはいないと思います。ですが、これからは分からない…………ダスト様にも気を付けていただきたいのです」

「ま、そういう話ならしょうがねぇな。旦那も絡んでるってんなら手伝ってやるよ」

 

 実際メイドさんがいるのは楽だしな。何よりロマンがある。

 

「ありがとうございます。……ちなみにですが、私をメイドとして雇う特典としてバニル様に頼らずとも好きな時に地獄に行けるようになります。お二人が子作りをしたいと思ったときはお気楽に声をお掛けください」

「お、おう…………そん時は頼むわ」

 

 …………あいつも乗り気だし、確かにそれは便利かもな。

 

 

「ダストさん! ミネアさんと廊下にいたロリーサちゃんも連れてきました! 大丈夫…………って、リリスさんじゃないですか! 不審者なメイドさんってリリスさんのことだったんですか!?」

「不審者? ゆんゆん様も酷いことをおっしゃいますね。悪魔ほど誠実な存在もないというのに」

「悪魔が誠実かどうかはともかくバニルさんやリリスさんの存在は凄く不審だと思いますけどね」

 

 まぁ、うん。旦那はともかくリリスは確かに不審だな。

 

「ふふふ、傷つきました。…………おや? 久しぶりに見る顔がいますね。どうやら、ダスト様と真名契約を結んでるようですが…………ふふ、羨ましい」

「ひぇっ! な、なんで……なんで…………!?」

「ど、どうしたのロリーサちゃん? すごい振るえてるけど……」

 

 リリスの顔を見て、遠目からわかるくらいに振るえるロリーサ。知り合いなのか? まぁ、リリスは上位の夢魔っぽいし、サキュバスの間じゃ有目ない存在なのかもしれない。

 

 

 

「あー! 思い出した! あのメイドさん!」

「……いきなり叫ぶなキース。それで? あのメイドをどこで見たんだ?」

 

 

「エリス祭だよ! 仮面の人が化けてた『サキュバスクイーン』! それにそっくりだ!」

 

「なんでここにクイーン様がいらっしゃるんですかー!?」

 

 

 

 

 

 

 

 始まりはいつも突然に。サキュバスクイーンであるリリスの到来から始まりを告げられたこの事件は。地上と地獄、二つの世界を巻き込んで大きくなっていく。

 その果ての分岐点であいつが選んだ結果がどうなるか。それはまだ誰も知らなかった。




度々名前が出ていたリリスがやっと合流です。
アリスやらリリスやら某戦闘員派遣コメディと名前がかぶっていますが他意はありません全くの偶然です。

次回、ちょっと時間が飛びます。

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