どらごんたらしver.このすば   作:ろくでなしぼっち

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第33話:地獄の公爵3

────

 

「なぜ……なぜ、バニル…様がこの場におられるのです!?」

「ふむ? どうした、死魔『殿』。汝は我輩と同じ七大悪魔。先ほどと同じように様付けなどする必要はなかろう」

「質問に答えてください!」

 

 焦った様子を演じて。この期に及んで『狂気』以外の感情を正しく持ちえない道化の悪魔は、けれどその疑問だけは本気で問う。

 悪魔王によって悪魔による地獄への転移は禁じられている。それを破ることは序列一位の悪魔であるバニルですら出来ない。

 

「これはおかしな質問だ。汝はその答えが分かっているのになぜ疑問に思っておるのだ」

「正気ですか!? 古龍と四大を司る女神に力を借りるなど!」

 

 ゆえに、バニル達がこの場にいれる理由は決まっている。

 エンシェントドラゴンと宴会芸の女神の力を借りて、バニル達は地獄へとやってきたのだ。

 

「『狂った道化』である貴様に正気かなどと聞かれたくはないがな。必要があったからそうしているまでだ」

「…………、私を殺すおつもりですか?」

「貴様はやりすぎた。死んでもらうつもりではある」

「っ……」

 

 同じ七大悪魔に名を並べる公爵級悪魔。けれど一席であるバニルと七席である死魔の間には比べるのも烏滸がましいほどの力の差がある。

 仮に死魔がレギオン全てを率いようともバニルは子どもの遊戯にしか感じられないだろう。

 レギオン。それは時を重ねればいつの日かバニルを超える可能性がある力だ。それこそ、ラインや契約するドラゴンたちを収集出来ていれば、遠くない未来に超えられたかもしれない。

 けれど、今、この状況において。バニルという絶対強者に死魔は抗う術を持たない。

 

「……同じ公爵級悪魔である私を殺せば問題がありますよ?」

「心配せずとも我輩は貴様を殺すつもりはない。この場において我輩は傍観者に徹しよう。…………貴様のような面白くもない狂った道化を殺して、あの性悪魔王に小言を言われるのはどう考えても割に合わぬ」

「では、死んでもらうとは? まさか、古龍や女神に私を? あなたが連れてきたというのを考えればあなたが手を出す以上に問題に……」

「…………やはりつまらぬ。感情の伴わぬ言葉ほど空虚なものはない。道化は道化らしく舞台で踊るがよい。それが嫌ならば『狂気』と『狂喜』のままに振舞えば多少は面白みがあるというのに」

 

 心底つまらなそうにバニルは息を吐く。

 

「駄女神に貴様を殺させるつもりはないし、エンシェントトカゲにも我輩から手を出させはせぬ。これでよいか?」

「バニル様自身も、女神や古龍にも手を出させない…………それでは私を死なせることができませんよ? それが分からないバニル様ではないでしょう?」

 

 今この場において死魔以上の力を持つのはバニルを含めて3つのみ。その全てに死魔を倒させないとバニルは宣言した。嘘をつけない悪魔にとってそれは絶対だ。

 

「ことこの場において我輩は全てを見通している。その上で我輩は貴様に死んでもらうと言っている」

「…………最年少ドラゴンナイトが私を倒せると?」

「この舞台の結末はもう決まっておるのだ。道化の演者はその役目を果たすがよい」

 

 分水嶺を越えた今。見通す悪魔にとってもはやこの舞台は消化試合に過ぎない。

 

「というわけだ。ダスト。後は汝の好きにするがよい。最高に痛快で愉快な舞台に幕を引くのだ」

「おう、ここまでお膳立てしてもらったんだ。今なら『奥の手』を切れる。……アクアのねえちゃん、リーンは任せたぞ!」

「はいはい、チンピラが何をしようとこっちは心配しなく大丈夫よ。だから、思いっきりやっちゃいなさい」

 

 アクアの結界に守られるリーン。その姿を確認したラインは相棒であるドラゴンたちの姿を見る。

 レギオンのアンデッドたちと魔力の奪い合いをするジハードにそれを補佐するミネア。それは一進一退の戦いで死魔が遊んでいるのがよく分かる状況だ。

 

 そして、だからこそ、その状況に勝ちを確信していた。

 

 

 

 

 

「さーてと…………どうする? テイラー。割とピンチな状況だと思うんだが……」

「どうするも何もないだろう。俺が時間を稼ぐからお前は助けを呼んで来い」

 

 リリスの館。出産の時を迎えたゆんゆんがいる部屋の前で。もしもの時の為に控えていた二人は冷や汗を浮かべる。

 

「中の奴を逃がす…………って、今更無理か」

「そうなるな。逃がすにしてもこんな状況は想定していない。正確にはこんな状況にならないために護衛の悪魔がいたはずなんだが……」

 

 迫るのは一体の悪魔。それは明確な殺意を持って現れ、そしてそんな相手がここにいる理由はそう多くない。

 

「護衛の悪魔たちが戦った気配はなかったぜ?」

「ということは、あの悪魔はそう言うことだろう」

「ローグ系の悪魔って事か? もしくは気配遮断系の特殊能力持ちか」

 

 護衛の悪魔の目を盗んだということならそうなる。そしてそんな悪魔が今彼ら二人の前に現れているということは……。

 

「おそらくは後者だろうな。…………、どうやら、俺らは障害と思われていないようだ」

「ま、俺がテイラー並に強いアーチャーならどうにかなったかもだけどな? わざわざ護衛との戦いを避けたって事は、戦いに自信があるタイプじゃないんだろ」

「それは楽観が過ぎるが…………まぁ、戦闘能力より隠密能力に特化したタイプなのは間違いないか」

 

 それでも、二人を相手にして瞬殺できる程度の力は持っているのだろう。そうでなければ、わざわざ護衛の悪魔の目を盗んだ意味がなくなる。

 

「テイラー。俺が助けを呼びに行く案はなしだ。ここで戦えば助けを呼びに行かなくても護衛の悪魔には気づいてもらえる。…………あんま俺を見くびるんじゃねぇよ」

「…………、そうか。だったら、仲間を守るためだ。一緒に命を懸けてもらうぞ」

「おう、ダスト並のろくでなしだが、リーダーにだけ命掛けさせるほど俺は薄情なつもりはないぜ?」

「ああ、知っている。じゃなければお前やダストとずっとパーティーを組んでなどいないさ」

 

 そして、だからこそ、テイラーはキースを逃がそうとしたのだろう。

 

「問題は、俺らが二人で戦っても欠片も時間稼ぎ出来なそうなことか」

「仮に護衛の悪魔に気づいてもらっても瞬殺されては意味がないな。何かいい手があればいいのだが……」

「ダストじゃあるまいしそんな都合のいい手はねぇよなぁ……。護衛の悪魔、俺たちの所にもつけててもらえばよかったぜ」

「護衛に回せる戦力が限られている以上、穴があるのは仕方ないだろう。ここにはゆんゆんたち以外にも守るべき存在がいる」

 

 それは男性冒険者が守ってあげたい悪魔不動の一位。

 

「…………、よし、テイラー。俺ちょっと自分の限界超えるわ。…………綺麗なサキュバスの姉ちゃんや、可愛くて守ってあげたくなるサキュバスちゃんのためにも!」

「気持ちは分かるが、そんな理由で限界を超えるな。せめて仲間の為にとか取り繕え。…………気持ちは分かるが」

「やっぱりお前も男なんだな」

 

 死を前にした会話としてはあまりにも軽いやり取り。けれど、これも彼らには必要なやり取りなのだろう。

 ただでさえ、実力の足りない状況。そんな状況で恐怖で実力を出し切れないなどあってはならないから。

 (自分)を犠牲にしようとも、彼らは大切な仲間を守らないといけないのだから。

 

「ちっ……俺好みの悪感情が食えると思ったのにもう立ち直ったのか。ただでさえ自分に益のない戦いだってのに、この程度の役得も満足にないってやってられないな」

 

 イライラした様子で悪魔は二人を殺そうと構える。自分の意向と違えどそこは悪魔。上位の悪魔の命には従い目的を果たさなければいけない。

 

「こうなったら、殺す瞬間の悪感情を楽しむしかねぇか。あーあー、めんどくせぜ。あの道化、公爵にまでなってんのに人質を確保しとけとか慎重すぎんだよ」

 

 公爵級の悪魔とは地獄において他と隔絶する力を持った絶対強者。そんな存在が人間相手に人質を取るなど本来あり得ない。

 

「……ま、ドラゴン使い相手だって考えればそれくらいでちょうどいいのかもしれないがな」

 

 ドラゴンとドラゴン使いは悪魔と神々、両方にとっての天敵。神魔の大戦において幾度も煮え湯を飲まされた相手と考えれば、例え実力差が歴然であろうと慎重すぎることはないのかもしれない。

 それにしても、上位ドラゴンとも契約していないドラゴン使い相手と考えれば違和感はぬぐえないが、どんな思惑であれ、命令は絶対だ。

 

「というわけだ。お前らに恨みはないが狂った道化様の命令だ。最年少ドラゴンナイトとかいう奴の女を連れて行かないといけないんでな。邪魔するなら死んでもらうぞ?…………邪魔しなくても俺の食事の為に死んでもらうが」

 

 悪魔の鋭い爪が迫る。それは宣言通りあっさりと二人の命を奪うだろう。

 

 

「最年少ドラゴンナイトの女……ですか。あの子を連れて行かれたら困りますね」

 

 その刃が届いていたらの話だが。

 三人目の声とともに連続で放たれた『カースド・ライトニング』を避けるために、悪魔は攻撃をやめ距離を取る。

 

「お前、何者だ……? いきなり出てきた?」

「申し訳ないですが、悪魔に名乗る名前はありませんよ。まぁ、紅魔族の長たるものにして、竜騎士の義父となるものとだけ答えておきましょうか」

 

 二人を守るように前に立った黒髪紅眼の男は悪魔にそうとだけ答える。

 

「紅魔族の長たるものって…………ゆんゆんの親父さんかよ!」

「…………、なるほど。ダストやリリスさんが()()()()()を想定して手を打っていないはずもないか」

 

「お前が地上の面白種族だってのは見れば分かる。俺が聞きたいのはどうやって俺に存在を気づかせなかったかだ」

「さて、その辺りは悪魔であるあなたの方が詳しいのでは? ここはあなた方にとっての敵の居城。この館の主が誰か考えれば分かるでしょう」

「リリスの館…………夢幻の女王のトラップか」

 

 ここは夢を司るサキュバスの女王の庭。どこまでが現でどこからが夢か。彼女が望めばその境界は曖昧になる。

 

「そういうことです。さて、種明かしがすんだところで改めて戦いますか?」

「…………いや、いい。別に死んでも人質を確保してこいと命令されてないからな。命令に従ったが失敗して撤退する」

「賢明ですね」

「あの女の夢の罠の中で戦うだけでも面倒だってのに、ただの人間とは言え凄腕()()を相手にするのは無理だろう」

 

 そう言って悪魔はあっさりとその姿を消す。

 

「ふぅ……引いてくれましたか。流石にあの数の悪魔を相手にするのは私たちだけではギリギリ。正直、助かりました」

「あの数って……もしかして見えてた悪魔以外にもいたのか?」

「みたいだな。そして、こちら側の味方も族長以外に最低一人はいるようだ」

「流石はテイラーさん。ライン……ダストさんがパーティーのリーダーを任せるわけだ。ええ、姿は見せてませんが私の妻も控えていますよ」

 

 それがリリスの館における最終防衛ライン。紅魔の族長夫妻とリリスの罠がゆんゆんたちを守る最後の砦だった。

 

「ダストが俺やキースだけにゆんゆんたちの最後の守りを任せるのは少し違和感があったが、こういうことだったのか」

「…………、俺やテイラーだけじゃゆんゆんたちを守るのに役者不足だってことか」

 

 実際、事実として二人だけではリリスの罠を合わしても、ゆんゆんたちを守るのは難しかっただろう。少なくとも──

 

「それは間違っていませんが満点の回答でもないですね。ダストさんが守りたかったのはあなたたち二人も含まれているのですから」

 

 ──テイラーとキース。そのどちらか、あるいは両方は命を落としていただろうから。

 

「だったら一緒だぜ、族長さん。結局俺らはダストに信頼してもらえるほど強くなかったって事だ」

「実際、それだけの実力を持っていなかったのは事実だが…………悔しくないと言えば嘘になるな」

 

 同じパーティーの仲間なのに。一緒に最前線で戦えないどころか、女子供と同じ守る対象と考えられているのはどうしようもなく悔しい。

 

「その悔しさを忘れない事です。あなたたちはまだ若い。上を目指し続ければ今の私程度なら越えられる日が来るでしょう」

「だと……いいけどな」

 

 ゆんゆんにしろ、ダストにしろ、キースやテイラーにとって二人は同じパーティーでありながらどこまでも遠い場所にいる。

 その背に追いつくことは難しくとも、その背を守らせてくれるくらいには強くなりたいと思う。

 

「しっかし、族長さんもいいタイミングで出てきたよな? 一体いつから隠れてたんだ?」

「いつからと言われれば2か月くらい前からですが」

「…………は?」

「…………、前々からいたような感じは話を伺って感じてましたが……」

 

 自己紹介をなどした覚えがないのに、族長がキースやテイラーのことを普通に知っている風なのを考えれば、そう考えるの自然だ。

 

「いやいや、何で2か月も隠れて過ごしてんだよ!?」

「昔から言うでしょう。『敵を騙すにはまず味方から』と」

「言いませんよ。いえ、確かに一理ある言葉ですが」

「おや? 紅魔族特有のことわざでしたか。王都でなら割と通じるのですが……」

 

 王都は『チート持ち』と言われる元日本人が多いからある程度そう言った文化が広まっている面もあるが、異世界の文化を常識レベルで受け継いでいるのは紅魔の里くらいだろう。

 

「それにしても限度があるというか……」

「それに、こればっかりは紅魔族の特権ですからね」

「「特権?」」

 

「ピンチの場面にかっこよく助けに入る。この特権を守るためなら2か月くらい隠れて過ごして当然ですよ」

 

 『やっぱ紅魔族って頭おかしい』。二人揃ってそう思ったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

「流石に簡単にいかないみたいですね」

 

 切り落としたはずのゴーレムの腕。それが時を経たないうちにくっつき治る様子を観察しながらミツルギは状況を考察する。

 

「この剣……魔剣グラムなら問題なくあのゴーレムを切れます。けどあの巨体相手だと倒しきるのは難しいです」

 

 おそらくは回復するためのコアのようなものがゴーレムの中にある。それさえ破壊できればミツラギでも倒すことは可能だろう。

 だが、ゴーレムの巨体を考えればそれを引き当てる確率は低い。一つだけなら運が良ければどうにかなるかもしれない。けれど、それが複数ある場合やゴーレム内を移動している場合、線の攻撃しかないミタラギには分の悪い相手だ。

 

「いえ、切れるのなら十分です。可能な限り切り刻んでもらえば、後は私がどうにかします」

「……策があるんですね?」

 

 その状況を正しく理解しながら、リリスは冷静の勝ちの目を見つける。

 

「タイミングは任せます。…………力を貸してください」

「『魔剣の勇者』だなんて持て囃されても、本当に大切な方に一番大切な場面で当てにされなかった力でよければ、いくらでも貸しますよ」

 

 それは自虐でありながら厳然たる彼の今の立ち位置。

 勇者になりそこなった魔剣使いは、けれど前を見て相棒の魔剣を構える。

 

「あの男たちに借りを返し……追いつかないといけないですから」

 

 勇者に届かなかった、ただの魔剣使いの男は、けれどそう評されるに相応しい剣戟を重ねてゴーレムを切り刻む。

 彼の剣戟にゴーレムはその原型をとどめず、巨体を横にした。

 

「やっぱり、倒しきるのは難しいか…………あとは任せていいんですよね?」

「ええ、任せてください」

 

 うごめくゴーレムの部品たちは、予想にたがわず元の形に戻っていく。

 その前に立ちリリスは意識を集中させ、

 

「ゴーレムの()が壊れている今なら、あなたに力が届きますね? ナイトメア」

 

 ゴーレムを操っている精神体へと魔法を発動させる。

 

『…………やっぱり、リリスちゃんは強いね』

「本来、私とあなたは同格。ただ一人で悪夢という種族を背負うあなたと私の間に力の差はないのですがね」

 

 単純な力比べではリリスの力がナイトメアに及ぶかは五分五分。これほどあっさり決まるものではない。

 それなのに()()結果になったのは、リリスに守るものがあったからか。もしくは……

 

「……あなたは戦うには優しくて幼すぎるのですよ、メア」

 

 スヤスヤと眠る実体なき幼女を抱きながら。リリスはこの友人をどう処遇してもらうか考えていた。

 

 

 

 

 

 

「『セイクリッド・エクスプロード』──!!」

「『ライトニング・ブレア』!」

 

 アイリスとアリス。二人の最大の攻撃手段が地獄の公爵を襲う。

 

「なるほど、聖剣使いですか。自分の『闇』は光が弱点ですから相性がいいですね」

 

 けれど、それを受けてなお闇を纏う悪魔は無傷でその場に立っていた。

 

「…………アリス様。流石にこれは力の差がありすぎるのでは?」

「地獄の公爵ってそんなもんみたいよ。悔しいけど()の私じゃ届かない存在みたいね」

 

 それでもいつかは超えるとアリスは思う。

 

「今の私では届かない。…………じゃあ、届く私になればいいということですね!」

「そうね、今は届かないかもしれないけどいつかは超えて見せる。とにかく今はどうにかして、あいつの闇を突破しないと。何かいい案はない?」

「? はい。ですから、あの闇を突破できる私になればいいということですよね?」

 

 それはつまり、この場で次元の違う相手の域まで強くなるという宣言で。

 

「…………本気で言ってる?」

「マジで言ってますよ?」

 

 一寸の曇りのない目をしてアイリス。…………むしろ楽しそうに目をきらめかせている。

 

「はぁ…………私も割と戦闘狂なのは自覚してるけどさ。あなた私以上ね」

「ベルゼルグは武闘派ですからね」

 

 それにしても限度があるだろうとアリスは思う。

 

「けど………、そうね。それが出来るなら一番手っ取り早いか」

 

 アイリスの案とも言えない無茶苦茶なそれは、けれど可能性がない訳じゃないとアリスは考える。

 地獄に来てアリスは地上にいたころとは比べ物にならないくらい強くなった。それは地獄が制限の緩い世界であるためで、地上で抑えれらていた力が扱えるようになったのが大きい。

 アイリスもまた地上で力を押さえられている存在だったのを考えれば、地獄に来たばかりのアイリスはそれを扱えてないだけのではないか。

 そして、抑えられていた力を解放したアイリスにアリスの強化能力を使えば……。

 

「アイリス。あなたはこの地獄において、今自分が思っている以上に強い力を秘めているの。それを制御する必要はない、ただ引き出すことだけイメージしなさい」

「イメージしろと言われても……」

「そうね、あの『天災』に届く力。そうイメージすればちょうどいいんじゃない?」

 

 机と椅子出して紅茶を飲みだしてる冗談みたいな悪魔。格の違う『天災』のような存在へと届く力をアリスはアイリスに求める。

 

「…………、なんとなく、イメージは出来ました。でも制御できる気がしません」

「さっきも言ったけど、制御はしなくてもいい。それは私がするから」

 

 イメージするのはどこかのドラゴンナイト。どこまでも強くなる力を制御してアリスを圧倒した存在。

 

「簡単に言いますね」

「さっきのあなたの言葉ほどじゃないけどね」

 

 勝ちの目はそこにしかない。ならそれに賭けるだけだ。

 

「案は決まりましたか? では、受けましょうか」

 

 ちょうど紅茶が飲み終わったのか。バリトと名乗る公爵級悪魔は机と椅子を片付けアリスとアイリスの前に立つ。

 

「あんたなら、私たちの攻撃無視してお茶続けると思ってたんだけど。随分殊勝じゃない」

「聖剣使いのお嬢さんが来た時点で分かってたことではあるのですよ」

「? まぁ、いいわ。あんたがどうしてようと、私たちがすることは変わらないんだから」

 

 中途半端な所で言葉を止めるバリト。その続きがいつまでも来ないのを確認したアリスは隣にいるアイリスの様子を見る。

 

「…………………………」

 

 目を瞑り自分の中へ潜っているアイリス。聖剣を介してバリバリと辺りに力をあふれ出している。

 そんな彼女にアリスは自分の強化の力を一点に集中して与え、

 

(っ!……自分以外の力を制御するってこんなにきついの!?)

 

 一瞬で暴発しそうになるそれを必死で制御する。

 

(あの男、なんでこれを平気な顔してやってんのよ、完全に化け物じゃない!)

 

 アリスやアイリスのことを散々化け物扱いしていたが、冗談じゃないとアリスは思う。

 力を制御するだけでなく、ここからさらに強化し力を引き出さないといけないのだから並大抵のことじゃない。

 

 けれど──

 

「アリス様……? 行けますか?」

「行けるわよ。…………行けるに決まってるでしょ!」

 

 ──あの男に出来てることを出来ないままじゃ、いつまでも追いつけないじゃない!

 

 負けるのはいい。でも、負けたままなのは許せない。

 だから、彼女は今ここで『壁』を超える。

 

「……行くわよ、アイリス。あなたの全部、あいつにぶつけなさい。足りない力と技術は私がなんとかするから」

「はい。勇者と魔王の血を引くもの。二つの力を合わせて届かせましょう」

 

「バニル様は全てを見通す悪魔。この地獄において見通せないのはあのお方の事のみ」

 

「『セイクリッド・エクスプロード』──っ!!!!」

 

 聖と魔。相反する二つの力。けれど本質を同じにする二つの力は交わり、一つの大きな力の奔流となりバリトへと迫る。

 

「そのバニル様が、勝つのに足りない戦力を寄こすはずがない。だから、分かっていたのですよ」

 

 聖剣から放たれたその大きな力はまばゆい光を伴ってバリトの『闇』にぶつかる。全てを飲み込むと評されたその黒い霞は、けれど、二人の放った光を飲み込み切らない。

 

「あなたたち二人の力は私という存在に届く」

 

 パリンとまるでガラスのような音が鳴り、

 

「あなたたちの勝ちです」

 

 全て飲み込む『闇』は破られた。

 

 

 

 

 

 

 

「五分だけ時間を稼いでください。それだけあればあの悪魔たち全部を吹き飛ばす爆裂魔法を唱えられると思います」

「…………行けるんだな?」

「私は最強の魔法使いですよ? さっきので分かりました。ここ……地獄でなら地上とは比べ物にならない最強で最高の爆裂魔法が撃てると」

 

 おびただしい数の悪魔たちを前にめぐみんはそうはっきりと言い切る。

 

「ですが、その力を制御するには無詠唱はもちろん、普段の改良した詠唱でも足りません。今この場で地獄仕様の爆裂魔法の詠唱を導き出します」

 

 そのための5分だとめぐみん。

 

「…………5分でいいのか?」

「忘れましたか? 私は紅魔の学校を首席で卒業した天才魔法使いですよ? お姉さんにも改変詠唱を即興でして驚かれたことがあるのですから」

 

 それは彼女が爆裂魔法使いを目指すきっかけの日のこと。幼い彼女は本来の詠唱よりも効率の良い詠唱をその場で生み出した。

 地上においてはそれ以上効率がほとんど変わらず、かっこよさ優先で詠唱を改変してきたが、地獄では違う。今まで以上に効率の良く詠唱を改変する必要がある。

 

「ま、めぐみんがそう言うならそうなんだろうな。にしても、流石にあの数はダクネスだけで時間稼ぐのは無理か」

「見ろカズマ! あのいやらしい顔をした悪魔たちを! きっとあいつらは数の暴力で私を押さえつけ、騎士の尊厳を辱めるつもりだろう。だが、安心しろ。私はお前以外の男に喘がされたりなど──」

「──うん、色んな意味で無理だな」

 

 通常運転のドМ聖騎士にため息をつくカズマ。『じゃあなんでお前興奮してんだよ』とかツッコミをいれようかと一瞬考えるが、どうせ喜ばすだけだとスルーを決め込む。

 

「てことで新人ちゃん。防衛の悪魔の指示を任せてもらっていいか?」

「え? あ、はい。多分、大丈夫だと思います」

 

 指揮を譲ることに思う所がない訳じゃない。けれど、自分がやれることはやり切り、それでもダメだったという自覚はあるし、この場において譲ることが最善手であるという予感もある。

 リリスからは悪魔たちを率いて守れと言われたが、それは一度失敗し終わった形だ。ここで譲っても言いつけを破ったことにはならないだろう。

 そもそも、あのサキュバスの女王は彼女の主同様命令という形を使わないため、結局はロリサキュバスの判断に任されている。

 

「私は、常連さんを……カズマさんを信じます」

 

 彼女は知っている。彼がやるときはやる男だということを。彼女の主同様、ここ一番では頼りになる存在だということを。

 

「ああ、信じて任せてくれ」

 

 彼は今代の勇者。

 

「今から五分ですからね! 頼みますよカズマ!」

「お前さっきから話に参加しないで考えてただろ! 地味に延長してんじゃねーよ!」

 

 魔王を倒した最弱職。

 

「それでカズマ、私はどうすればいい?」

「悪魔たちのど真ん中に突っ込んで『デコイ』でもやってろ。どうせお前の腹筋破れる悪魔はあの中にはいないだろ」

 

 駆け出しの街随一の鬼畜男。

 

 そして──

 

「な、なんだこいつら!? 攻撃が当たらない!?」

「これじゃまるで『死神エリス』が率いた天使どもじゃねぇか!」

 

 ──幸運を司る女神に並ぶ幸運値を持つ男。

 

 地上における制限は何も単純な力だけに及ぶものじゃない。ドラゴン使いや魔王の血族が持つ強化能力も制限されているし、見通す力の行使による運命改変への反作用もまたその制限になるだろう。

 そして、運命を改変し幸運を引き寄せるほどデタラメな幸運値もまた制限の対象となる。幸運を司る女神が、地上において変な目にあうことが多かったりするのはその制限の形の一つだ。

 地獄においては、その制限がほぼなくなる。つまりそれは、彼にとって()()()()()()()()()()()()()()が十全に発揮されるということで。

 

「凄い……カズマさんが率い始めてから、皆さん回避率が上がってます。何か策を伝えたんですか?」

「いや、別になんかしたって事はないんだが…………昔から俺がリーダーになった戦いは妙に回避率高くなるんだよな。よく相手から『チート乙』言われてたわ」

 

 それはカズマが元の世界でギルマスをやっていた時代の話。そして今の彼は異世界でレベルを上げ幸運値を上げまくっており、その幸運値を最も相殺していた頭がちょっと残念で凄く不運な宴会芸の女神も傍にいない。

 

「ま、なんにせよ、これなら5分くらい時間を稼げる…………てか、もう稼いだだろ、めぐみん!」

「ええ、出来ましたよ! けど、ダクネスは下げてくださいね! 流石の私もこの力を完全に制御するのは無理ですから、死にますよ!」

 

「は、離せ! ええい、味方の悪魔のふりをして私をどこに連れて行くつもりだ!?」

「味方の陣地ですけど?」

 

「──とか言われると思ってさっき飛べる悪魔さんに頼んで連れてきてもらった」

「上出来です!」

 

 ばさりとマントをなびかせ、めぐみんは地平を埋め尽くす悪魔の軍の前に立つ。

 

「我が名はめぐみん! 今代最強の魔法使いにして爆裂魔法を極めし者! 悪魔たちよ、全てを滅ぼす最強にして究極の魔法を受けるがいいです!」

 

 力強い詠唱とともに、めぐみんの持つ杖には恐ろしいほどの魔力が集まっていく。

 

 紅魔の歴史上もっとも強い魔力を顕現させた天才魔法使い。

 その才能全てを爆裂魔法へと費やした彼女は間違いなく最強の爆裂魔法の使い手だ。

 

「──『エクスプロージョン』っっ!!!!」

 

 そんな彼女の渾身の爆裂魔法は地平線全てを埋め尽くす悪魔たち全てを飲み込み、比類なき爆発を起こす。

 そして飲み込まれた悪魔たちは、巻き込まれ抉れた大地同様にその姿を失っていた。

 

「ふぅ……どうですか、カズマ。今の爆裂魔法は何点ですか?」

 

 全ての魔力と生命力のほとんどを吐き出し、いつものように倒れながら。

 間抜けな恰好には不釣り合いなほど清々しい笑顔でめぐみんは聞く。

 

「決まってんだろ?」

 

 そんな彼女にカズマは親指を立て、

 

「120点」

 

 誇らしそうにそう答えた。




次回、2章地獄の悪魔編クライマックス。

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