どらごんたらしver.このすば   作:ろくでなしぼっち

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第8話:見習い主とドラゴンバカ

――ゆんゆん視点――

 

「んぅ……ダメだよめぐみん……私達女の子同士だよ……んにゃむにゃ…………ん? うーあー…………夢かぁ」

 

 目を開ければ見知った天井。私は今さっきまでの光景が夢だったということを理解する。…………まぁ、冷静に考えればあんな夢ありえないんだけど。私とめぐみんがその……あれなことするなんて。

 

「隣にめぐみんが寝てるわけじゃないし完全に夢だよね。…………って、あれ?」

 

 ベッドにある空白。自分の横に広がる風景に私は違和感を覚える。少し考えればその違和感の正体はすぐに分かった。寝る前と今でそこにある風景が変わっていたから。

 

「……ハーちゃん?」

 

 一緒に寝ていたはずの使い魔。ブラックドラゴンのハーちゃんがいなくなっていた。

 

 

 

 

「いつかやるかもと思ってたけどこんなに早く行動に移すなんて……」

 

 ハーちゃんがいないと気づいた私はスキルを発動させて冷静にいる場所を探した。

 『使い魔契約』のスキル。バニルさんに教えてもらったそのスキルは、契約を結んだ使い魔の大まかな感情や意志を察することが出来て、離れていてもどこにいるのかをすぐに探すことが出来るすぐれものだ。

 かつては多くの魔法使いや魔獣使いが使っていたという話だけど、今ではアークウィザードやモンスターテイマーの人でも使う人はほとんどいない。特に魔法使いの間では使い魔を飼っているなんて物語の中での話になってるし、こんなに便利なスキルがあるなんて私は知らなかった。便利なのにどうして廃れたのかをバニルさんに聞いたらモンスターを従えるだけならもっと効率の良いスキルがあるからとか。

 

 そんな感じで覚えたスキルのおかげでいなくなったハーちゃんの場所はすぐに分かった。と言うよりスキルがなくてもすぐに見つけたと思う。だってその場所は私がハーちゃんが生まれてからずっと警戒していた所だったから。

 

「まぁ、馬小屋にいるってことは売り払うとかそういうつもりじゃないとは思うけど…………人の部屋に入って人の使い魔連れていくとか普通に犯罪だよね。本当にダストさんはどうしようもない人だなぁ」

 

 ハーちゃんが生まれてからこの一週間。ダストさんがドラゴンのこと好きらしいってのは薄々と言うか普通に分かってたことだ。わざわざ安い宿から私が泊まっている宿の一階にある馬小屋に停まるようになったのも、私一人じゃハーちゃんの面倒見きれるか心配だからって話だし。

 多分今回も私みたいにハーちゃんと添い寝がしたくてハーちゃんを連れて行ったんじゃないかと思う。だからと言ってそれが許されるかと言われたら全然違うけど。

 

(せめて一言でも言ってくれたら………………日頃の恨みから普通に断るだろうけど……ハーちゃんの匂いが移った枕を貸すくらいはしたのに)

 

 勝手に連れて行かれたんじゃ情状酌量の余地ははない。ハーちゃんのことで色々世話になってるけどそれはそれこれはこれ。私がハーちゃんの主だってことをダストさんにはっきり言わないと。

 

「ダストさん? 入りますよ?」

 

 こんこんと宿側にある馬小屋の扉を叩く。ダストさんが泊まっている馬小屋の区画は宿に一番近い所だから起きているならこれで気付くはずだ。

 

「…………物音もしないですしやっぱり寝てるみたいですね」

 

 スキルではっきりと感じるハーちゃんの気配と馬小屋から物音がしないこと。想像通りダストさんはハーちゃんと添い寝してるんだろう。…………私は起きたらすごい虚しさを感じたと言うのに羨ましい。

 

「まぁいいです。寝てるならハーちゃんを取り返して帰るだけですし」

 

 ダストさんと朝早くから喧嘩してたら宿の迷惑になる。文句をいうのは朝ごはんを食べてからでもいい。

 そんなことを思いながら私は静かに馬小屋の扉(馬小屋なので当然鍵なんてない。というか外からだと扉って言えるのもないし)を開ける。

 

 

 そこには想像通りハーちゃんと添い寝が出来て幸せそうな――

 

 

「…………ダストさん? うなされてるんですか?」

 

 

 ――姿なんてどこにもなかった。

 

 

 

 

 悪夢でも見ているのか。ダストさんは苦しそうな息を上げ、うわ言のように何かを喋っている。

 そして肝心のハーちゃんはそんなダストさんを慰めるように汗や涙を舌で舐め取っていた。

 

(…………涙?)

 

 あのどうしようもないろくでなしのチンピラさんが涙を流している状況に私は夢でも見ているんじゃないかという気持ちになる。

 そしてもしもこれが現実なら私が見てはいけないものなんじゃないかと、ぐるぐると混乱している頭でそれだけは思った。

 

(このまま見なかったことにして出ていったほうがいいよね……?)

 

 冷静に考えてもそれが正解に思えた。

 普段のダストさんを考えればこんな様子を見せたいなんて思わないはずだ。リーンさんならともかく、クソガキだと言っていつも馬鹿にしている私にこんな姿を見せたいはずがない。

 そして何より、私にはここで踏み込む理由がない。この人にはいつもくだらないことに付き合わされてばかりで酷い目に合うことばっかりだし、恨みこそあれ恩なんて――

 

 

 

『……で、だ。お前ら、年近いだろ? リーン、よかったらこの生意気なのと友達になってやってくんねえ?』

 

『ほら、アクアのねーちゃんが案の定涙目で来たぞ。…………大丈夫だ、あのねーちゃんは俺と似たようなチンピラだが根は素直で単純だ。……きっかけさえあればお前ならすぐ仲良くなれる。……ちゃんと友達になりましょうって言うんだぞ?』

 

『おい、ゆんゆん。呆けてないでそいつに名前をつけてやれ。そいつはお前が死ぬまで…………いや、その子孫まで何百何千という時を共に過ごしてくれる『友達』だ』

 

 

 ――ないこともないけど。それでも、ここで踏み込むまでの理由にはならないと思う。むしろ中途半端に恩があるからこそ、ここで見ないふりをするのが正しく思えた。

 

 

 だから私は帰る。

 

 

 

 

「…………ダストさん、起きてください。あなたに言わないといけないことがあります」

 

 

 

 

 もしもこの場所に大切な使い魔の姿がなければきっとそうしていた。

 

 

 

(仕方ないよね。だってハーちゃんがこの人を助けようとしているんだから)

 

 大切な使い魔がそうすることを望んでいて、けど大切な使い魔は生まれたばかりでどう助ければいいか分からない。ならどうすれば助けられるか、それを教えてあげるのが主としての役目だと思う。

 そしてそれは同時に友達としての役目でもあると思うから。私はここで踏み込む。

 

 

 

「っ……ミネア、待ってろ……俺がすぐに――――になって迎えに行くから」

 

 ミネアって誰だろう? 女の人の名前だけど。迎えに行くって許嫁か何かなんだろうか。…………モテないっていつもナンパばかりしてるダストさんにそんな人いるわけ無いか。

 ダストさんのかすれかすれのうわ言にそんな感想を抱きながら。私は声だけでは起きないチンピラさんの身体を揺らして本格的に起こそうとする。

 

「ほら、起きてくださいって。もう朝ですよ」

「ぅ……母さん……?」

「誰が誰のお母さんなんですか。寝ぼけてないでさっさと起きてください」

 

 普段クソガキ言ってる相手を母親と見間違えるとかどんだけ寝ぼけてるんですか。

 

「…………なんだ、守備範囲外のクソガキで身体だけはエロい生意気ぼっち娘か」

「起こしてくれた相手に言う一言目がそれですか!?」

 

 まだ半分寝ぼけてるっぽいのになんでそんなにスムーズに憎まれ口が叩けるんだろう。

 …………普段から本当にそう思ってるからとかだったらこの人との付き合い方を考えないといけない。

 

「てかなんでお前がここにいるんだよ。馬小屋とはいえ人の借りてる部屋に入るのは不法侵入だぞ」

「ダストさんにだけは言われたくないんですけど……って、そうでしたその話をしたくてわざわざダストさんを起こさないといけないんでした」

 

 もともとその話をするために着たわけだし。

 起こしたことはハーちゃんのためだし、うなされていたことについて踏み込む理由はやっぱり私にはない。

 

「あん? 話ってなんの話だよ。お前にわざわざ朝早くから起こされてまでするような話は思い浮かばないんだが」

「とぼけないでくださいよ。ハーちゃんを私の部屋から勝手に連れていったことは分かってるんですからね」

「は?…………確かにさっきからジハードが俺の回りを嬉しそうに飛び回ってるが…………お前が連れてきたんじゃねーのか?」

 

 あれ? なんだか本当に意外そうな顔だ。ダストさんに腹芸なんて出来るはずないし、本当にここに連れてきたのはダストさんじゃないんだろうか?

 

「違いますよ。私は起きたらハーちゃんがいないのに気づいて探したんです。そしたらここにハーちゃんがいたからダストさんが勝手に私の部屋に入って連れて行ったんだろうなって……」

「その状況でなんで俺を疑うんだよ。お前紅魔族のくせに栄養が胸にばっか行って知力足りないんじゃねーか?」

 

 呆れた表情でそんなことを言うダストさん。

 

「むぅ……ドラゴンが好きなどうしようもないチンピラさんがいて、いなくなったドラゴンがその人のもとにいるんですよ? 疑って当然だと思うんですけど」

 

 普段呆れされてばかりの人にそんな態度をされたら紅魔族として喧嘩を買わないといけない気になるけど、今は原因究明が先だ。カースド・ライトニングをぶつけるのはダストさんの見解を聞いてからでも遅くない。

 

「ジハードはお前と一緒に寝てたんだろう? 羨ましすぎるから死んでくれ。だったら戦士の俺にはお前の部屋に入るのは無理だろ。もしくは俺も一緒に寝させろ。誰かを疑うなら俺よりも解錠スキルか『アンロック』覚えてるやつにしろよ」

「話が入ってきにくいんで願望を途中で挟むのは止めてください。…………実行犯的にダストさんが無理なのは言われてみればそうですけど、誰かを脅してダストさんがやらせたんじゃないんですか?……お金で雇ったということはないですけど」

 

 実行犯じゃないからと言ってダストさんの疑いが晴れる理由にはならない。

 

「なんでお金で雇った線はないって断言してんだよ」

「え? 誰かを雇えるくらいのお金をダストさん持ってるんですか? だったら私に借金返してくださいよ」

「…………誰かを脅してやらせたって可能性の話だったな」

 

 都合の悪い話になったらすぐ話を逸らすのはダストさんの悪癖だと思う。…………いや、それくらいこの人の悪癖の数々の中では可愛いものだけど。

 

「そりゃ入らせる部屋がそこらの一般人ならともかく、頭のおかしい爆裂娘やアクシズ教徒のプリーストと友達のお前の部屋だぞ? 俺に脅されたくらいで入るには割に合わなすぎるだろ」

「人の友だちを魔獣や悪魔みたいに言わないでください。…………今回の件でダストさんが潔白だというのは納得しましたけど」

「…………納得してるお前も十分酷いからな」

 

 いや……うん。だって……。…………これ以上考えるのはやめよう。

 

「でも、だったら一体誰が私の部屋からハーちゃんを連れて行ってわざわざダストさんの部屋に……? もしかしてダストさんに恨みを持った人がダストさんを陥れようと……陥れようと……? 既にこれ以上ないくらい落ちきってる人を陥れても仕方ありませんよね」

 

 謎は深まるばかりだ。

 

「おう、ちょっと表出ろ。クソガキの分際で年上の男に舐めた口聞くのもいい加減にしろよ」

 

 ダストさんの戯言はスルー。今はハーちゃんを連れて行った犯人を見つけるのが先だ。…………喧嘩は後で買ってさっきバカにされた恨みは晴らそう。

 

「一体全体誰がハーちゃんを連れて行ったんだろう。動機を持ってる人がダストさんくらいしかいなくてダストさんには状況的な証拠がある。これが噂の迷宮入りですか?」

「何が迷宮入りだよ。少し考えればなんでジハードがここにいるかくらい想像つくだろ。これだから胸だけ成長してるぼっち娘は……」

 

 あとで覚えててくださいね。絶対黒焦げにしますから。

 

「ジハードを連れて行くやつが誰も居ないけど、ジハードがここにいる。……普通に考えればジハードが自分でここまで来たって分かりそうなもんだろ」

 

 …………はい?

 

「ついに頭がおかしくなりましたかダストさん。……いえ、初めて会った時から頭はおかしかったですけど、それはあくまで欲望に正直なだけだと思っていたのに」

「人のこと頭おかしいやつ扱いしてんじゃねーよクソガキ! 頭がおかしいのはお前の親友の爆裂娘だけで十分だ! ……ったく、信じられないならジハードに聞けばいいだろ。使い魔契約してるならジハードのいいたいことだいたい分かるだろ?」

「あのですね、ダストさん。確かに使い魔契約のスキルのおかげでハーちゃんの気持ちとかは大体分かりますし、私の意志も大体伝えることは出来ますけど、流石にそこまで複雑なことを理解させて聞くことは出来ないです」

 

 スキルで分かるのは『お腹が減った』とかそういうレベルだし、私が伝えられるのも『あれを攻撃して』とかそういう大雑把なレベルだ。

 

「あー…………なるほど。お前と俺の間で見解の相違が出るわけだ」

「? 何を納得してるんですか? 微妙に馬鹿にされてる気配もするんですけど」

「馬鹿にはしてねーが呆れてはいるな。スキルなんかに頼りっきりだから気づいてないんだろうが、ご主人様としては失格言われてもしかたねーぞ」

「な、なんなんですか。ご主人様失格ってどういうことですか」

 

 確かに私はドラゴンの知識について足りないところがある。それでなぜだかドラゴンの知識を持っているダストさんに不本意ながら何度か助けてもらったのも認める。

 それでも私なりにハーちゃんのことを大事にしてる自信はあるし、ダストさんも意外だけど知識がないことで私を馬鹿にしたりすることはなかったのに。

 それなのにどうして今ここで私は今までで1番のダメ出しをされているんだろう。

 

「何でも何もねーよ。お前、ジハードのご主人様のくせしてジハードが俺達の言葉を理解してることにも気づいてね―のかよ」

「理解って…………え? 長く生きたドラゴンが人の言葉を理解するのは知ってますけど…………ハーちゃんはまだ生まれて一週間ですよ?」

 

 早く理解するようにならないかなとは生まれる前から願ってたけど。

 

「一週間だが理解してるもんは理解してるんだからそれでいいだろ。普通のドラゴンじゃ100年以上生きてやっと人語を解するが…………まぁ、ジハードは紅魔族のお前を始めとしてウィズさんやらアクアのねーちゃんと言ったこの世界でも有数の魔力持ってる奴らに温められて生まれたドラゴンだからな。知力が普通より高く生まれることもあるかもしれない」

「…………そうなの? ハーちゃん」

 

 私の問にダストさんの回りを飛び回っていたハーちゃんが嬉しそうにキュィと鳴いて返事をする。…………スキルで感じるハーちゃんの意志も肯定だ。

 

「そっかハーちゃん私の言ってることちゃんと理解してるんだ。…………それなら確かに自分で内側から鍵を開けて外に出るくらいは出来るよね」

 

 どの程度の理解かはまだ分からないけど、多少なりとも一週間で人の言葉を理解していることから相当賢いことは分かる。鍵の仕組みや扉の仕組みくらい分かってて器用に開けることくらい出来るんだろう。

 

「……確かに私がハーちゃんのことちゃんと理解してあげれてなかったのは認めます。でも、ご主人様失格だって言われるほどじゃないと思うんですけど」

 

 これが一年以上気づいてなかったって言うなら確かにご主人様失格かもしれないけど。私だってまだハーちゃんの主になって一週間なんだから。

 

「確かに気づいてなかった事自体は仕方ねーかもな。俺もそれだけだったらご主人様失格とまでは言わねーよ。知識や経験はまだまだだが、お前なりにジハードを大切にしようってのは分かってるしな」

「だったらどうして…………」

「お前がやる前からジハードが理解できないって決めつけてたからだよ。…………ドラゴンってのは可能性の塊だ。その可能性を主であるお前が信じてやらないでどうするんだ」

 

 言われて考える。

 確かにダストさんが言った事を私は否定できない。でもそれはハーちゃんのことを信じられなかったというより……。

 

「…………ぼっちのお前のことだ。自分の気持ちを相手に伝えるのが苦手だってのは理解してやる。だけどな、それを理由にして言い訳すんなら本当にご主人様失格だからな」

「っ……」

 

 何でこの人は……普段は馬鹿でアホで呆れる言動しかしないのに、ハーちゃん……ドラゴンのことになると真剣で鋭いことを言うんだろう。

 ここまではっきりと……それも真正面から言われてしまえば誤魔化すことが出来ない。…………こんなどうしようもないチンピラさんの言葉でも素直に受け取らないといけないなんて凄い納得がいかないのに。そういうことがこの一週間でも何度かあった。

 

 

「えっと…………ハーちゃん? その……ごめん、ね……?」

 

 流石のハーちゃんも私が何を謝ってるのか分からなかったんだろう。人と同じように首を傾げて困惑の感情を伝えてくる。

 

「きゃっ……もう、ハーちゃん、くすぐったいよ」

 

 でも、私が落ち込んでいることは分かったんだろうか。慰めるようにして私の顔を舐めてくれる。

 …………うん。この子になら自分を出すことを怖がる必要なんてないのかもしれない。

 

「ちっ……イチャイチャしやがって……。おい、ゆんゆん用はもう終わっただろ? 俺はもう少し寝るからお前らもさっさと自分の部屋に帰れ」

「あ、はい。それと今日のことなんですけど……」

 

 確かにもうダストさんなんかに用はないしここにいる理由はない。…………というかいろいろあってちょっと気まずいし。

 ただ、この後、今日の予定については確認しておきたかった。

 

「分かってる。バニルの旦那の所に付き合えって話だろ。もともと俺から勧めた話でもあるしちゃんと覚えてるから安心しろ」

「そうですか……よかったです」

 

 ダストさんに付き合ってもらって良かったというのはなんだか凄い不思議というか落ち着かないことだけど。バニルさんに言われた通り、ドラゴンのことに関してはダストさんは頼りになる…………というより、その部分に関してだけは信頼してもいいんじゃないかというのはこの一週間、そして今回のことで理解した。今回バニルさんのところへ行く用事を考えればダストさんに付き合ってもらえるのは不本意ながら心強い。

 

(それ以外のことは相変わらずと言うか……怒ったり呆れたりすることばっかりだけどね) 

 

 

 

 どうしようもないろくでなしだけどドラゴンのことだけは頼りになるチンピラ。それが今の私のダストさんに対する印象だった。

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……バニルさん、もう限界です。確かに私はリッチーですから死にません。たとえお砂糖とお水しかもらえなくても働けます。だけどたまにはもっとお腹に残るものを食べさせてください。具体的に言うとたんぱく質をください。そうすればもっとお仕事がんばれますよ」

「汝にはむしろ頑張ってなど欲しくないのだが…………まぁ、仕方あるまい。汝がそろそろそんなことを言うと思って串焼き屋に余った肉を貰ってきている。我輩の人徳によりただで貰ってきたものゆえ遠慮なく食べるがよい」

 

 小さな鐘の音を鳴らして入ったウィズさんのお店。リッチーな店主さんとバイトの大悪魔さんは二人でなんとなく楽しそうに話していて、私が来たことに気付かず話を続けている。

 

「…………そんなこと言ってまた私の前で美味しそうに食べるつもりじゃないですよね? バニルさんがそんなに素直にくれるなんてちょっと信じられないです」

「我輩も鬼ではない。昨日の汝は珍しく赤字を出さずに大人しくしていた。……店を開いているのに冷やかしだけで一人も客が来なかったのもどうかと思うが、それでも汝にとっては大きな前進だ。その褒美だと思うが良い」

 

 …………なんというかいろいろ突っ込みどころのある会話だなぁ。バニルさんは鬼じゃなくて悪魔ですよねとかすごく突っ込みたい。

 そんなことを考えていたらバニルさんはポケットの中から袋に入ったお肉のようなものを取り出してウィズさんへと渡す。

 

「…………あの? バニルさん。これどう見ても生肉なんですが…………普通串焼きって焼かれてるものですよね?」

「串焼き屋に余った肉を貰ったと言ったが別に誰も串焼きをもらったとは言っておらん。文句があるなら捨ててくるがよい」

「だ、誰もいらないなんて言っていませんよ! ちょっと期待したものと違っただけで十分うれしいです!……あぁ、でもどうしよう……うちにはタレなんてものあるわけありませんし、塩コショウもなければ塩すら……。調味料であるのは砂糖だけですし………………砂糖?」

 

 塩コショウくらいいくらでも私が買ってきますからその選択肢を本気でありか考えないでください。というか串焼きくらい私に言ってもらえばいくらでも買ってきてきますから。

 …………あぁ、でも私が買っていったらバニルさんが奪ってウィズさんの目の前で美味しそうに食べて二人分の悪感情を美味しくいただく未来しか見えない。

 

「ところでバニルさん、一つ気になることを聞いてもいいですか?」

「何を遠慮することがあるのだ。我輩と汝の仲であろう。1つと言わずいくらでも聞くがよい」

 

 うわぁ…………バニルさんすごいいい笑顔だ。経験上あれは絶対ろくでもないことを考えている。言うなればごちそう(悪感情)を前にした時の顔。

 

「では遠慮なく。…………この生肉バニルさんのポケットの中から出しましたよね? 『カースド・クリスタルプリズン』で作った氷の箱の中じゃなくて」

「うむ、我輩のぬくぬくポケットの中でしっかりと保存しておったぞ」

「…………このお肉、余った肉だと言っていましたが、もしかしなくても」

「うむ、腐りかけゆえ商品にならないものを串焼き屋の店主よりもらってきた」

「……………………袋の中から凄い臭がするんですが、一体全体いつもらってきたんでしょうか?」

「一週間くらい前だな」

「どう考えても腐りきってるじゃないですか!」

 

 ある程度予想してたけどこれは酷い。いつも砂糖水だけで生きてる人にこの仕打はないと思う。…………いや、前提条件が何よりもおかしいけど。

 

「なんだ気に入らないのか? これでも大変だったのだぞ。匂いにつられてカラスにまとわり付かれて追い払うのに苦労した。危うくカラススレイヤーの称号を失うところであったわ」

 

 …………そこまでしてウィズさんからかいたかったんですね。

 

「まぁ、汝がいらないというのであれば仕方あるまい。その肉は野良ネロイドにでも食べさせてこよう。よこすがいい。……ムシャムシャ」

「少しもったいない気がしますけどしょうがn…………って、何を美味しそうに食べてるんですか!?」

「見ての通りの串焼きである。今日の朝、ゴミを捨てに行った帰りに串焼き屋の店主に『いつもカラスを追い払ってくれてありがとう』ともらったのだ。少し冷めているがタレが染み込んで美味しいぞ」

「私の前で美味しそうに食べたりしないって言ったじゃないですか! 悪魔は嘘をつかないんじゃないんですか!?」

 

 悪魔は嘘をつかない。そう言えばそんなことを前にホーストとかいう悪魔が言ってたような…………あれ? 微妙に違った気もするけど。

 

「ふむ……確かに悪魔は基本的に嘘をつかぬが、嘘を言えないわけでもない。口約束だけとしても『契約』は破らぬがな」

 

 そういう所はある意味人間よりよっぽど律儀なんですよね悪魔って。曲がりなりにもバニルさんと友達をやれているのはそういう所があるからだと思う。

 …………ウィズさんとの今のやり取りを見ていると友達を続けて大丈夫なのかと本気で考えさせられるけど。

 

「そうなんですか? それなら仕方な…………仕方なくないですよ!」

「そもそも我輩は別に嘘などついておらぬぞ。我輩は汝の問いに『鬼ではない』と答えただけだ」

「そんなのただの屁理屈じゃないですか! バニルさんの鬼! 悪魔! 人でなし!」

 

 あまりの扱いに限界だったんだろうか? ウィズさんはそこまで言ったと思ったらそのまま私の横を通り抜けて店を出ていってしまう。

 

「だから我輩は鬼ではないと…………。ふーむ、少しばかりやりすぎてしまったか。あれは『見通す力』で未来が見えぬゆえ、反応を予測できぬのが面倒だな」

 

 ウィズさんにあげるつもりだったんだろう、隠していた串焼きを持て余しながらバニルさんは嘆息する。

 

「……だったら、からかったりしなければいいじゃないですか」

 

 そんなバニルさんにため息を付きながら、私はハーちゃんと一緒に近づいていく。

 

「なんだチンピラごときに使い魔の主としてダメ出しされたぼっち娘ではないか。来ていたのか」

「それだけ高性能な見通す目を持ってて気づかないなんておかしくないですかね!?」

 

 ダストさんなんかにダメ出しされたとか誰にも知られたくなかったのに……。

 

「そんなこと言われても、気づかなかったのは本当に気づかなかったのだから仕方あるまい」

「あの……? からかうのはバニルさんの趣味だから仕方ないですけど、そういう時はちゃんとトーンを変えるというか、いつもみたいに悪い笑みを浮かべて言ってくださいよ。そんな風に普通に言われたら本当に気づかれなかったかと思うじゃないですか」

 

 最初は気づかなかったかもしれないですけど、流石に今の今まで気づかないとか……。

 

「…………そうだな、次からは気をつけよう」

 

 だから本当にそんな思わせぶりな言い方はやめてくださいよ!

 

 

 

「さて、ぼっち娘にとって悲しい現実の話はここまでにして商談に移るとしようか。確かそのトカゲの能力を見通して欲しいという件と取り寄せたドラゴンフードの売買の件であったな。ドラゴンバカなチンピラと一緒に来るという話だったが先に進めてもよいのか?」

 

 話の調子を変えてバニルさん。からかいモードから商売人モードに移ったみたいだ。

 

「えーっと…………ダストさんならちゃんとここにいるじゃないですか」

 

 少しだけ気まずさを感じながら私は左手に掴んでいる物体を指差す。

 

「…………はて、我輩の殺人光線を受けた貧乏店主のような物体しか見えぬのだが、まさかそれがあのチンピラとでも言うつもりなのか?」

「はい…………。ちょっとむしゃくしゃしてていつもの喧嘩でやりすぎてしまって……」

 

 カースド・ライトニングの威力の調整をちょっと間違えてしまった。

 

「…………汝は本当にそのチンピラには遠慮がないというか容赦がないというか…………ある意味あの爆裂娘より遠慮がないのではないか?」

「んー……言われてみればそうですね。ダストさんになら別に嫌われても全然困りませんし、遠慮する理由がないですからね」

 

 それにダストさんに遠慮なんてしてたらどんどん利用されるだし。色んな意味で遠慮なんてやってられない。

 

「まぁそのあたりはどうでもよいか。その黒い物体がどうしようもないチンピラなのは分かったが、そのまま商談を進めてもよいのか?」

「…………回復ポーションを買わせてください。適当にかけてたらそのうち復活すると思いますんで」

 

 ダストさんって戦士の割には魔法防御力高いし、見た目は酷いけど実際はそうでもないはずだ。

 

「まいどあり。…………では商談を始めようか。我輩としては先にドラゴンフードの売買の話をしたいのだが」

 

 ダストさんに回復ポーションを掛け終わった所でバニルさんはそう言って商談を進める。

 

「そっちはダストさんと一緒に進めたほうがいい気がするんで先にハーちゃんのことを見通してもらえますか?」

 

 私にはドラゴンフードの良し悪しなんて分かりませんし。

 

「ふーむ…………。とりあえずブレスに関しては卵の時に見通した通り雷属性のブレスを使うようだな」

 

 雷属性ってことは『サンダーブレス』かぁ。威力はともかく『ライトニング』とかと同じような形で使えそうかな。

 

「それと二つの固有スキルを持っているようだな。…………だがこれは…………」

「? 固有スキルってなんですか?」

 

 なんだか難しい顔をしているバニルさんに私は聞く。

 

「うむ、固有スキルというのはその名の通りブレス能力以外でそのトカゲが持っている固有のスキルのことだ」

「もしかしてその固有スキルというのはとても珍しくてハーちゃんは凄い特別なドラゴンなんですか!?」

「ええい、暑苦しいからそんなキラキラした目で聞いてくるでない、変な名前の一族の血を引く娘よ。…………別にトカゲが固有スキルを持っていることはそう珍しい話ではないし、3つくらいなら固有スキルを持って生まれるトカゲもいたりする。別に固有スキルを二つ持ってる事自体はないこともない程度の話だ」

 

 そうなんだ……少しだけ残念というか…………ハーちゃんが凄いドラゴンだったら邪神を使い魔にしてるめぐみんにも自慢できたかもしれないと思ってしまった。

 もちろん凄かろうが凄くなかろうが私にとってハーちゃんが大切な使い魔だというのは何も変わらないけれど。それはそれ、これはこれ。めぐみんに対するライバル心はいろいろと複雑だ。

 

「んー……でも、固有スキルを二つ持ってることがそこまで珍しくないのならなんでバニルさんはさっきから難しい顔をしてるんですか?」

 

 気のせいかなとも思ったけど、やっぱりバニルさんはなんだか難しい顔をして私と話しながらも思案している様子だ。

 

「覚えている固有スキルが最高の組み合わせというべきか最悪の組み合わせというべきか……。卵を温めていたあれとあれの影響だというのは分かるが…………。とりあえず、その治りかけの黒い物体で1つは実演させるとしよう」

「黒い物体ってダストさんですか? これ以上ダストさんを痛めつけるとかでしたら流石の私も止めますよ?」

 

 不本意ながらハーちゃんはダストさんに懐いてる気がするし、そんなダストさんをハーちゃんに傷つけさせるのは可哀想だ。

 

「その逆のことをさせるのだから安心するがよい。ぼっち娘よ、そのトカゲにチンピラの傷を治すよう命令するのだ」

「傷を治す……? ハーちゃん、そんなこと出来るの?」

 

 私の問いに応えるように、ハーちゃんはダストさんの傷ついた身体を小さな舌で舐めていく。すると、回復ポーションで治りかけていたダストさんの身体の傷が舐めたところからどんどんと治り消えていった。

 

「バニルさん、これってもしかしなくても……」

「うむ、回復魔法。それがそのトカゲが持つ固有スキルの1つである。…………どっかの自称女神が魔力を与えた影響であろうな」

 

 アクアさんはプリーストとしての能力は文句なしで高いからなぁ。その影響を受ければ確かに回復魔法くらいは覚えるのかもしれない。

 

「っ……ん? ここはウィズさんの店か? 何で俺はこんなところに……」

 

 左手に引っ張られるような感覚を感じてみてみれば、掴んでいたダストさんが身じろぎをしてその目を開けていた。

 

「起きたか。最近ドラゴンと触れ合えてご機嫌なチンピラよ」

「お、バニルの旦那じゃねーか。奇遇だな……って、ウィズさんの店だから奇遇でもなんでもないか。旦那はなんで俺がこんなところにいるか分かるか?」

「それは汝の右にいるバレぬよう手を放そうとしているぼっち娘に聞けば分かるのではないか?」

 

 バニルさんの言葉にビクッとしてそろりと放そうとしていた手を掴み直してしまう。

 

「ゆんゆん……? あー……そういやまたゆんゆんと喧嘩したっけか。それで惜しくも負けちまって気絶したのまでは思い出したわ」

 

 いえ、全然惜しくはなかったですけどね。私の圧勝でしたよ。

 

「…………で? 人のことぼろぼろにしたぼっち娘さんよ。何で俺はお前に掴まれてここにいるんだ?」

「ほ、ほら、今日は一緒にバニルさんのところに行ってくれるって話でしたし、今朝確認しても分かってるって言ってくれたじゃないですか」

 

 ジト目でみてくるダストさんの視線から目をそらしながら、私はそう答える。

 

「それは喧嘩してボロボロにされる前の話だろうが! 普通ボコボコにした相手をその日のうちに自分のことに付き合わせるかよ!」

「私もちょっとどうかなぁとは思いましたけど、喧嘩売ってきたのはダストさんですしいつものことだから別にいいかなぁって」

 

 それにダストさんは連れてこなければ連れてこなかったで多分文句言ってくるし。………………この人本当に面倒くさいなぁ。

 

「…………ま、男に二言はねーからいいけどよ。今度喧嘩する時は俺が勝つからな」

 

 面倒くさい上に懲りない人だなぁ……。

 

「それよりぼろぼろになってたのを治してくれたのバニルの旦那なのか? どっかの凶暴ぼっちは手加減なしに上級魔法撃ってきたから結構ひどい傷だったと思うんだが」

「半分はそうであるな。ぼっち娘が割高で買った安い回復ポーションを汝に使ったのは我輩だ」

「別に割高で買った覚えはありませんよ!?」

「半分ってことはもう半分は違うってことか。もう半分はなんなんだ? 旦那」

「後の半分はどこかの友達いないぼっち娘の使い魔の能力である」

「と、友達いないなんてことないですよ! というか二人共、人のことをぼっちぼっち言わないでください!」

 

 私にだって里になら友達それなりにいますし、アクセルにだってそれなりに友達できたんですからね。

 

「へー……ってことはジハードの固有スキルは回復魔法か。回復系の固有スキル持ってるドラゴンは多いけど、他人にも使えるってなると少し珍しいな」

「? 回復系の固有スキル自体は珍しくないんですか?」

 

 人間だと回復系のスキル使えるのは私が知ってる限りだとプリースト系の職業の人かそこから教えてもらった冒険者の人だけなのに。

 

「ジハードが回復魔法使えるならどっかの身体がエロいのだけが取り柄のぼっち娘にボコボコにされても安心だな」

「それは困るな。うちで数少ないまともな商品である回復ポーションを買うものが一人でもいなくなれば、どこかのお金を余らせているぼっち娘にでも割高で買ってもらわねば店が潰れてしまう」

 

 ……………………

 

「分かりましたよ。ダストさんのことをボコボコにしたのは謝りますし、回復ポーションも割高で買いますから。…………だから、私を無視して話を進めるのは止めてください」

 

 あと、私の事ぼっちぼっち言うのも二人がかりで言われると地味にへこみます。

 

「最初っから素直にそう言っときゃいいのに。本当可愛くねーガキだぜ。今度酒奢れよ」

「紳士として知られる我輩としたことが何やら強請ったようになってしまったな。ぼっち娘よ、無理して割高で買う必要はないのだぞ。…………ところで話は変わるのだが、うちの貧乏店主が勝手に売れると言って買い集めたガラクタの数が少し洒落にならない在庫になっていてだな……」

 

 …………なんで私はこの人達に頼ろうって思ってしまったんだろう。

 

 

 

 

 

「……で? なんだっけか、ドラゴンが回復系の固有スキルを覚えてるのが珍しくないってのが聞きたいのか」

 

 一通りウィズさんが仕入れた魔道具を買わされた後。ダストさんが話を再開する。

 

「はい。回復スキルって結構レアなイメージなんですけど、ドラゴンだとそうじゃないんですか?」

「まぁな。もともとドラゴンってのは傷の治りは早い。魔力の塊って言われてるだけあって生物でありながら精霊のような魔力の集合体に近い性質を持ってるんだ。だから魔力さえ十分ならその回復は人間のそれとは大きく違う。だからそれがスキルといえるくらい異常な回復能力となったドラゴンはそう珍しくはないんだ」

 

 なるほど。精霊は攻撃しても魔力が減るだけで傷が出来ないって話も聞いたことあるし、それに近い性質をドラゴンが持ってるなら回復が早いって言うのも納得だ。

 

「というか、回復スキル持ちのドラゴンならお前だって見たことあるだろ」

「え?…………あっ、クーロンズヒュドラ!」

 

 大物賞金首クーロンズヒュドラ。あの亜竜は確かに恐ろしいくらいの自己再生能力を持っていた。

 

「ジハードの回復魔法は流石にクーロンズヒュドラの自己再生ほどの回復量はないだろうが、他人にも使えるって点はヒュドラよりも勝ってる。魔力やそれを扱う技術が上がれば回復量もあがるだろうし……ジハードが上位ドラゴンになった時が恐ろしいくらいだな」

「つまり私の使い魔は大物賞金首よりも将来的には凄いドラゴンになるんですね!」

 

 これはめぐみんにも自慢できるかもしれない。それに大物賞金首よりも凄いとか紅魔族の琴線に凄い触れる。

 

「まぁ、回復能力的にはそうだし、亜竜のヒュドラよりも純血のドラゴンであるジハードのほうが最終的に単純な能力は高くなるってのは確かにそうなんだが…………あの大物賞金首は自己再生スキルよりももう一つの固有スキルが厄介だったから一概にジハードのほうが凄いとは言えないんだよな」

「クーロンズヒュドラにもう一つ固有スキルですか? 自己再生以外に何かありましたっけ?」

 

 戦った時に厄介だと思ったのは自己再生くらいだったんだけど。

 

「ドレイン能力…………あのヒュドラは土地から魔力を吸い取る固有スキルを持ってたからな。そのスキルがあったからあの亜竜は普通よりも大きくなるのが早かったようだし、潤沢な魔力で自己再生能力もたくさん使えた。どっちか片方だけならあのヒュドラは大物賞金首とまでは言われてなかったろーよ」

 

 クーロンズヒュドラってそんな能力まで持ってたんだ。カズマさんの説明じゃ自己再生能力くらいしか説明されなかったし知らなかった。

 …………というか、なんでこの人はそんなこと知っているんだろう。調べれば簡単に分かることだろうけど、普通そんなこと調べない。やっぱりこのチンピラさんはドラゴンバカなんだろうか。

 

「そのことなのだがな、ぼっち娘にドラゴンバカと思われているチンピラよ。そこの使い魔だが…………ドレイン能力を持っているぞ? しかもドレイン能力としてだけなら完全にあの大物賞金首よりも上位互換のものを」

「「……え?」」

「その黒いトカゲの二つ目の固有スキル。それは相手の生命力と魔力を奪い、時には逆に分け与える……リッチーの使うドレインタッチと同じスキルだ」

 

 つまり私の使い魔は大物賞金首よりも凄いってこと……?

 

「キャー! ハーちゃん凄いよ! ハーちゃんってば可愛いだけでも最高なのにすっごく賢くて、その上能力も凄いなんて!」

 

 ハーちゃんの前足を掴んで一緒にぐるぐると回って喜びを表現する。ハーちゃんもそれが楽しいのか、それとも私が喜んでるのが分かっているのか、使い魔契約のスキルで喜びの感情が伝わってくる。

 可愛いドラゴンってだけでも私にはもったいない使い魔なのに、それだけじゃなくて人の言葉もわかるくらい賢くて、大物賞金首にも負けない潜在能力を持ってるなんて。

 

 

「…………なぁ、旦那。流石にやばくねーか?」

「うむ。駄女神とポンコツ店主の影響なのは見通す力を使わずとも分かるが、この二つの能力を持った純血のドラゴンとなれば…………下手すればあの機動要塞をも超える史上最悪の賞金首が生まれかねないであろう」

 

 喜んでいる私とハーちゃんとは裏腹に、バニルさんとダストさんはなんだか別世界のように難しい顔をして話している。…………朝も思ったけど、ダストさんって真面目な顔が本当に似合いませんね。別に変な顔ってわけじゃないし、むしろいつものチンピラ顔よりはかっこいいんだけど、イメージと合わなすぎる。

 

「なぁ、ゆんゆん。俺と約束してほしいことがあるんだがいいか?」

「なんですか改まって。ダストさんに真面目な顔されるとなんだか背中が痒くなっちゃうんですけど」

「このクソガキは本当に口が減らねーな!」

 

 それはわりとこっちの台詞だと思います。

 

「すみません、ちょっと本音が漏れてしまいました。……それで、ダストさん、約束というのは?」

「お前は後でちゃんと謝罪の意味を調べろよ。全然謝れてねーからな」

 

 ダストさん以外の相手ならちゃんと謝罪出来ますけどね。ダストさん相手だとまぁ…………私に限らず誰でもこうなると思う。

 

「ま……お前の毒舌な生意気っぷりは置いといて真面目な話だ。…………ジハードを戦わせる時は絶対に俺と一緒にいるときだけにしろ」

「なんでですか? やっと私にもいつも一緒に戦ってくれる大切な友達ができたのに、どうしてそんなこと言うんですか?」

 

 やっぱりまだボコボコにしたことを根に持ってるんだろうか。それともぼっちはぼっちらしくしてろということなんだろうか。

 

「一人で戦うのが嫌なら爆裂娘でも残念プリーストでもリーンでも誘えばいいだろ」

「誘うって…………それができたら苦労しませんよ!」

 

 誘われて一緒に誰かと戦ったりというのは結構増えたけど、自分から誘うとなると今でも凄い難易度が高い。だからこそ誘うまでもなくいつも一緒なハーちゃんと戦えるのは私にとってすごい大きいことなのに。

 

「お前の悲しいぼっちの習性は分かってやらないこともないが、それとこれとは話が別だ。…………いいからとにかく約束してくれ」

「見通す悪魔が助言する。ぼっち娘よ、チンピラと約束するがよい。そうするのが汝と汝の使い魔のためだ」

「…………理由を話してくださいよ。そうじゃないと納得できません」

 

 ドラゴンのことに関しては間違ったことを言わないダストさんに、契約を重んじるという悪魔のバニルさんがそこまで言うってことは、きっと約束した方がいいんだとは思う。

 でも、だからといって頭ごなしに言われただけで納得できるはずもない。…………大切な使い魔で友達のことで、知らないままに約束なんて出来るはずないのだから。

 

「単純に危険なんだよ。ジハードの能力は」

「確かにハーちゃんの能力が凄いってのは分かりましたけど…………危険って何でなんですか?」

 

 回復能力とドレイン能力。確かに凄いけど、それがどうして危険って話になるんだろう。ハーちゃんは賢くて私の言うこと聞いてくれるし、本能を封印されてるのもあるだろうけど、凄く大人しいのに。

 

「多分お前はその凄いってのもちゃんと分かってない。亜竜のヒュドラと違って純血のドラゴン……それも上級種のブラックドラゴンがドレイン能力を持ってる意味がどういう意味か本当に分かってんのか?」

「えっと…………相手から魔力を奪えればいくらでも回復魔法やブレス攻撃ができるってことですよね?」

「それだけじゃない。純血のドラゴンならどのドラゴンでも持ってる特性、それは魔力を持っていれば魔力を持っているほど強くなる。亜竜のヒュドラならどこかで肉体的な制約がかかるが純血のドラゴンならそれがないに等しい。……ジハードがドレイン能力を使えば本当にどこまでも強くなるんだよ」

「それは……」

 

 それは本当に凄いって言葉で片付けていいんだろうか?

 

「た、確かにハーちゃんが凄いって言葉じゃ収まらないくらい凄いのは分かりました。でも、だからと言ってハーちゃんを危険な存在みたいに言うのは止めてください」

 

 ハーちゃんはこんな私でも主だって認めてくれる優しい子なんですから。

 

「俺だってジハードが可愛くて賢いのは分かってるし危険な存在だって言うのは本当は嫌なんだよ。それでもこれは言わなきゃいけないことだ」

「…………どうしてですか?」

 

 嫌だというのなら。ハーちゃんの優しさを知っているのなら。どうして危険だと言うんだろう。

 

「どこまでも強くなる。だけど、その強さをどこまでもジハードが制御できる訳じゃない。幼竜のジハードじゃ中位ドラゴンくらいの力を振るおうとすれば暴走しちまうだろう。……その先はヒュドラどころかデストロイヤーすら凌駕する史上最悪の賞金首の誕生だろうな」

「もしそうなった時は人にはどうにもできぬ。恐らくは天界から神が派遣されて滅ぼされることになるであろう。むしろそこで終われたら幸運なほうだ。滅ぼせなかった場合の未来はこの世界にとどまる話ではなくなる」

 

 バニルさんの補足はちょっと壮大過ぎて把握しきれないけど、ダストさんの話だけで十分に危険性は分かった。というよりハーちゃんのためを思うならダストさんがいようといまいと戦わせるのは止めたほうがいいんじゃないだろうか。

 そんなことをダストさんに聞いてみると。

 

「力の扱い方を学べば暴走の可能性は低くなるし、そのためなら能力も含めて実践で戦ったほうが効率的だ。俺が目を光らしてたら絶対に暴走なんてさせねーし。お前もジハードと一緒に戦いたいって気持ちは変わらねーんだろ?」

 

 そう言って私にまた約束を迫ってくる。

 自分がいたら暴走させないなんて言う謎の自信はともかく、言ってきた事自体はまともだし、一応とは言え私の気持ちも汲んでくれている。

 …………ここで撥ね退けたら子供みたいだよね。

 

「分かりましたよ。約束します。ハーちゃんと一緒に戦いたい時はダストさんを呼ぶ。…………それでいいんですよね?」

「上出来だ。ま、俺が無理な時はバニルの旦那でもいいんだろうが…………旦那は基本的に忙しいからなぁ」

「うむ。未だにまとまった資金が溜まらぬゆえ相談屋をやめられぬし、貧乏店主一人にこの店を任せていればすぐに潰れる。カラススレイヤーとしてカラスを追い払うのも毎日かかせぬし、行き遅れ受付嬢の愚痴を聞かねばならないときもある。我輩めっちゃ忙しいぞ」

 

 …………この悪魔さん、本当に地獄の公爵なんですかね?

 

 

 

 

 

「お、流石旦那だな。頼んでたドラゴンフードをちゃんと取り寄せてくれるなんて」

「少しばかり苦労したが未来の大手取引先を作るためなら当然のことである。今は取引量が少ないがあのドラゴンが大きくなれば食べる量は膨れ上がる。10年後が楽しみだ」

「下位ドラゴンの成長期はすごい量を食べるからなぁ。まとめ買いにして多少安くなるにしても金額は凄いことになる。…………ま、ドラゴンがいればそれくらいのお金はすぐ稼げるから別に問題はないだろうけど」

「というわけでぼっち娘の代理人よ。単価はこれくらいでどうだ?」

「旦那ー? 流石にそれはぼったくりすぎだろ? 旦那には俺もゆんゆんも世話になってるし多少は多く手数料取ってもらってもいいけどよ、この単価じゃ成長期は払いきれない。せめて……このくらいだな」

「ふーむ…………また絶妙な所を」

「一応、旦那が得してゆんゆんが損しすぎないところだと思うんだが……」

「確かにこれくらいが妥当と言ったところか。…………妥当すぎてつまらぬ。こうなるから汝が起きる前にぼっち娘とドラゴンフードの売買契約を結んでおきたかったと言うのに」

「ま、そのあたりはゆんゆんにウィズさんが仕入れた品を買わせればいいんじゃないか? ドラゴンフードのこと以外は別に俺は何も口だす気はないし」

 

 

「何ていうか…………ダストさんって本当にドラゴンのことは詳しいんだなぁ」

 

 店の窓によりかかりながら。バニルさんとドラゴンフードの売買契約を話しているダストさんを見ながら私はそんなことを呟く。

 

「ハーちゃんには凄い優しかったり…………ドラゴンのことになると人が変わるっていうか。……ハーちゃんもダストさんには妙に懐いてるし」

 

 はぁ、と大きなため息をつく。そんな私をどうしたのと言った瞳でハーちゃんが見つめてくるが、その純粋な瞳が今はなんだか辛い。私はその視線からそらすように身体を振り向かせて窓の方へ向く。

 

「あ……」

「…………何してるんですか? ウィズさん」

 

 そして何故か窓の外から店内を見ていたウィズさんと目があった私は窓を開けて声をかける。

 

「いえ……そのですね? ちょっとバニルさんと喧嘩をして店を出たんですけど…………ほとぼり冷めたらなんだか帰りづらくて」

 

 喧嘩? あれはウィズさんにとっては喧嘩だったんだろうか? 私にはそうは見えなかったんだけど。

 …………というか、私はウィズさんが出ていったところに出くわしてたんですけど。…………本当にバニルさん含め気づかれてなかったんだろうか。

 

「どうせ、バニルさんがいつもみたいに酷いことをしたんじゃないんですか? ウィズさんが気を使う必要はないと思うんですけど」

 

 少なくともあれはバニルさんが悪いと思う。

 

「そうなんですけど…………よくよく考えたら店を出ていくほどでもなかったかなって。ゆんゆんさんの言う通り『いつも』のことですから」

 

 それはそれでどうなんだろう。あんな扱いをいつもされたら私なら耐えられない気がする。

 

「それにバニルさんは平気で酷いことをする悪魔ですけど、酷いことだけをする悪魔じゃありませんから。……よくよく考えたら今日のパターンは上げて落として上げる、悪感情の回収と次の悪感情回収への繋ぎのパターンだったのに上げて落とされた所で私が逃げちゃうのはバニルさんにとって予想外だったんじゃないかなって」

「すみません、ウィズさんが何を言ってるのかよく分からないです」

「ふふっ……そうですね。私も自分で何を言ってるかよく分からないです。ただ、その……私もバニルさんの友達としてまだまだだなぁって」

 

 ウィズさんの言葉。その意味は私にはよく分からなかったけど、感じている気持ちは今の私と一緒なんじゃないかってそう思った。

 

「……そういう時、ウィズさんはどうするんですか?」

「そうですね……とりあえず謝ります。そしてたくさん話して相手のことを理解できるように頑張るんです。相手にふさわしい自分になれるように」

「…………そうですよね。それしかないですよね」

 

 うんと、ウィズさんの言葉を胸に刻んで頷く。

 ハーちゃんの主として、友達として今の自分が相応しくないというのなら。相応しい自分になるために頑張るしかない。

 そのためならどうしようもないチンピラであろうとも認める所は認めて知識や経験をもらっていくのも必要だ。

 

 そう思ったらなんだかもやもやしていた気持ちが嘘のようになくなり、自然と安堵のため息が出た。

 

「ところでゆんゆんさん。バニルさんとダストさんって凄い仲がいいですけど、実はあの二人が付き合ってるということはないですかね?」

「…………ウィズさんって意外に恋話とか好きですよね」

 

 なんだか目を輝かせているウィズさんに気づかれないよう私は小さくため息を付いた。


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