どらごんたらしver.このすば   作:ろくでなしぼっち

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今回はかなり時系列が前後します。


幕間2
いつかどこかで


──???視点──

 

「お忙しそうですね、エリス様」

「忙しい……とかそういうレベルじゃないですよ……。『悪魔の種子』で悪魔化した人間を全て『異世界転生』させるとか、アクア先輩は本当何を考えてるんでしょうか」

 

 そう言って不自然に胸をふくらませている女神さまは大きくため息をつく。

 今も部屋の外には転生を待つ者たちが行列を作っており、この休憩時間が終わればエリス様は転生の手続きに忙殺されることだろう。モンスターに殺されたものを中心に転生の案内をし、冬の季節以外は忙しそうにしているエリス様だが今回は何時にも増してというか、比べるのも申し訳なくなる忙しさだ。この部屋は時間の流れをある程度操作できる為、地上ではそう時間が経っていないが、エリス様が実際に働く時間は恐ろしいことになっている。

 

「…………、アクシズ教のご神体。女神アクアとは先輩後輩の間柄でしたか」

「ええ、はい。昔お世話になtt…………いえ、昔お世話した先輩になります」

 

 その言葉の端々からは苦労の色がにじみ出ている。本当に苦労したのだろう。実際私がエリス様の元で()()()()()からの事でも、あの少年を何度も生き返らせるためにエリス様が尽力させられているのは見ている。今回の事も手続きを簡略化してるとはいえ数が数だし、反則的な方法のため私の見えない所で相当苦労されているだろう。

 …………、私が会った時はそれほど滅茶苦茶な女神とは思っていなかったのだがなぁ。むしろ、女神だと言われてすぐ納得する程度には力と神々しさを感じたものだが。

 

「私に手伝えることはありますか、エリス様」

「えーと…………そうですね。自分の意志で悪魔化したものと、無理やり悪魔化された方で列を分けてもらえますか? 例によってアクア先輩が勝手に罪を許してるので罰を与える事は出来ませんが、前者には説教くらいしないいけませんから」

 

 悪魔やアンデッドを嫌うエリス様にとって、自分から悪魔化することなど言語道断なのだろう。微笑んではいるが、その後ろ怒気が隠れているのが分かる。

 …………私の立場としてはその言葉に色んな意味で苦笑いするしかないのだが。

 

「ところでエリス様。お忙しいのは分かるのですが、パッドのずれくらいは直した方が……。不自然すぎて言われなくてもパッドだと気づいてしまうレベルになっていますよ?」

「…………、そういう指摘はもう少しオブラートに包んでもらえますか?」

「いつも以上に胸が不自然にふくらんでいますが大丈夫ですか、エリス様」

「…………もういいです。そういう女性の機微をあなたに期待するのは、ろくでなしなドラゴン使いさんに期待するのと同じようなものですしね」

 

 そんなこと言われても、生きてた頃は研究研鑽の日々や愛する人と二人きりの日々だったしなぁ。彼女はむしろ衣着せぬ言葉を好んでいたししょうがないだろう。その後はずっと一人で過ごしていたのだし。

 

「ろくでなしなドラゴン使い…………例の最年少ドラゴンナイトのことですか? たまに話に出てきますが、私の知らない間に世界には凄い人間が生まれていたものだ」

「凄い…………うーん、実際の人物を知っていると素直に認めたくないんですが…………」

 

 私の時代でも暴れまわっていた『最凶』と『最狂』を……最狂については『公爵級』になったそれを倒したのだ。客観的に見れば凄いという言葉でも足りないはずの偉業のはずなのだが、それが主観的にだと認めたくないレベルになるとは、どれほどなろくでなしなのだろう。逆に興味がわく。

 

「一体全体、どのような人物なのですか?」

「そう言われると説明に困りますね。それほど彼と親交があるわけではないですし。とりあえずカズマさんやアクア先輩と意気投合するようなろくでなしです」

「なるほど」

 

 それは凄いろくでなしだろう。二人についてはエリス様からよく話を聞いているし、それと意気投合するというのは相当なものだと想像がつく。

 

「でも、そうですね。生い立ちだけならあなたと少し似ているかもしれません」

「というと?」

 

 

「彼も、愛するお姫様を攫って逃避行した経歴を持っていますから」

「…………なるほど」

 

 それは、確かに私と似ているかもしれない。

 

 

 

 

 

──ダスト視点──

 

「…………、本当に行っちまうのか?」

「なんだよ、ダスト。まさか寂しいとか槍が降ってきそうなこと言うつもりじゃねーよな?」

「そんなつもりはねーけどよ……」

 

 アクセルの街。旅の準備を整えて旅立とうというキースとテイラーを見送りに来た俺は言葉を濁す。

 何度も話したことだ。原因が俺たちにあることも分かっている。

 だが、ずっと一緒に冒険してきたこいつらと別れる事に未だに実感がわかなかった。城でゆんゆんたちと一緒に別れの挨拶をしてた時も、こうして見送りでついてきた今も。

 

「仕方ないだろう、ダスト。俺もキースも冒険者だ。だから旅を……冒険をする。族長となるゆんゆんについて紅魔の里へ行くお前やリーンと一緒にはいられない」

「…………、何度か言ったが紅魔の里を拠点にするって方法もあるだろ?」

 

 確かに俺らは冒険者をやめる。ゆんゆんは紅魔の里の族長になり、俺はその夫として、リーンは俺らの家族として支えていくことになる。

 たまに冒険をすることはあるだろう。でも冒険者として過ごすことはきっともうない。

 

「中級程度の実力しない俺らがか? テイラーはまだ上級職だし何とかなるかもしれないが、それでも俺と二人だけで一撃熊とかが群生してるような場所を拠点にするのは無謀だろ」

「そこは、俺やゆんゆんが手伝って──」

「──ダスト。確かにお前たちが手伝ってくれるなら紅魔の里で生計を立てることは可能だろう。だがそれはけして冒険者ではない」

 

 冒険者でもないものの力を借りて……守られて。そうしてクエストをクリアしていく姿は確かに冒険者とは言えないだろう。それが悪いとは思わないが…………キースとテイラーは冒険者であることを選んだのだから。

 

「なんて、テイラーはもっともらしいこと言ってるけどよ? 実際はただ悔しいだけなんだけどな」

「悔しい? そりゃ、守られるのが男として悔しいってのは分からないでもねぇが…………仲間なんだからそんな気にすることでもねぇだろ」

 

 仲間の力を借りることが恥だと俺は思わない。というかドラゴンの力を借りなきゃ大したことは出来ないドラゴン使いとしてはある意味当然のことだ。

 

「そうだな、俺も仲間の力を借りることが悪いことだとは思わない。…………だからこそ、俺もキースも悔しいんだ」

「力不足だってのは分かってる。それでも…………仲間として頼りにされたかったんだよ」

 

 ……そう言うことか。地獄での戦い。俺はキースやテイラーを危険に遭わせないようにリリスと一緒に対策を打っていた。

 当然だ。もしもこいつらがあの戦いに巻き込まれてたらまず間違いなく死んでいたから。

 

「別に、ダストの選択が間違っていたとも気に入らなかったわけでもない。ただ、自分の無力さ加減が悔しかっただけだ」

「ま、俺達だけじゃゆんゆんたちを守れなかったのも確かだ。俺も仕方なかったとは思ってるぜ? それでも、それを仕方なかったって自分を納得させて今を続けるのは我慢ならないんだよ」

 

 そして、その選択をこいつらは理解は出来ても心が納得していない。…………その選択をさせた自分たちの弱さが許せないんだろう。

 

「…………、仕方ねぇか」

 

 誰もがゆんゆんのように強くあれるわけじゃない。俺らと一緒にいればこいつらは自分の弱さを直視し続けなければいけない。

 …………、ゆんゆんみたいに自分の弱さを直視しながら遠い目標に追いつこうと努力し続けるなんて出来る方がおかしいんだ。

 

「ああ、仕方ない」

 

 仕方ない。はっきりとテイラーにも言われ、俺は大きく息を吐く。

 きっとこれは、遅いか早いかの話なんだろう。いつまでもただのチンピラだったのならずっと一緒にいれたかもしれない。でも、俺はシェイカー家の名を取り戻すと決めた。最強であるドラゴン使いであることを選んだ。

 だから…………仕方ない。そう受け止める。

 

「だから…………待っていろ、ダスト。俺たちが強くなるまで」

 

 そして、だからこそテイラーが続けた言葉に衝撃を受ける。

 

「もう、一緒に冒険することはないかもしれねぇ。それでも、俺らは強くなってやる」

「お前やゆんゆんに追いつけるとは思えん。だが…………お前に頼りにされる程度には強くなれるはずだ」

「お前が本当に困った時に助けになれるくらいにはな」

 

 …………、なんで、俺の周りにはこんな奴らばっかりなんだよ。

 

「…………言うほど簡単じゃねぇぞ? 今の俺が困る状況とか相当だからな」

「かもな」

「だが、それは諦める理由にはならないだろう」

「…………なんでだよ?」

 

 それは本当にきつい道のはずだ。アホなキースはともかくテイラーが分からないはずがない。

 そんな俺の疑問にキースは「決まってるだろ?」と悪戯な表情で笑い、テイラーと声を合わせて言った。

 

「「仲間だからな」」

 

 

 

 

 

 

 

────

 

「んー、バリトー? あなたがここに来るなんて珍しいねぇ?」

 

 地獄の奥底。深淵の奥底にあるというにはどうも気の抜けた部屋で。その部屋の主はクッションに横になりスナックを食べながら訪問者を迎える。

 

「まずは報告を。序列第七位。死魔が滅びました」

 

 訪問者、序列五位の公爵級悪魔であるバリトは部屋の主の態度を気にすることなく話を切り出す。この程度のことを気にしていたらこの部屋の主とは話など出来ないし、そもそもバリトにそれを咎める権利もない。

 

「知ってるー。死魔ったら、滅びないように気を付けてって言ったのにぃ。…………バリトもごめんねぇ? せっかくあの子手伝ってくれたのにー」

「いえ、自分は自分で収穫がありましたので」

「ふーん? それはもしかして後ろにいる子のこと?」

 

 その言葉にバリトの後ろにいた黒髪碧眼の娘が部屋の主の前に出る。

 

「…………、ねぇ、バリト。本当にこれが『悪魔王』なの? 全然力を感じないし、なんか気の抜けたというか…………どっかの貧乏店主を幼くしたような女にしか見えないんだけど?」

「間違いなくこの方が我が主にしてすべての悪魔の王ですよ。まぁ、見た目は我ら上位悪魔にとっては意味をなさないので」

 

 黒髪碧眼の娘……アリスはその言葉にもう一度『悪魔王』の姿を見る。にこにことこっちを見ている姿には力はもちろん威厳も欠片も感じられず、バニルやバリトの上位存在には思えない。

 

「それに、力に関しては隠されているのでしょう」

「隠してる? まぁ、そりゃそうなんだろうけど……」

 

 だとしても多少は感じられるもののはずだとアリスは思う。目の前のバリトも今は力を押さえ隠しているが、それでも今の自分とは隔絶した力を持っているのくらいは分かる。

 

「ええ。そしてそれを()()()()()()が感じることができない程度に力量の差があるというだけの話です」

「…………冗談でしょ?」

 

 『悪魔王』。その存在がすべての悪魔の頂点に位置するのは分かる。だが、『天災』とも言える『公爵級悪魔』ですらその力を感じられないほどの力量の差があるなんてことをアリスは信じられなかった。

 

「んー? 気になるなら力を解放しよーかー?」

「ご冗談を。まだ話は終わってないので、されても困ります」

「あー……わたしが力解放してもいつも通り話せるのってバニルとマクスくらいだもんねー。まぁ、バニルはともかくマクスは誰に対してもあんな感じだし実質バニルだけかぁ」

 

 くすくすと笑う悪魔王からは全く悪意や敵意と言ったものを感じず、アリスは毒気を抜かれる。本当にバリトや悪魔王の会話通りの存在なら『天災』という表現すら生温い存在のはずだが、アリスには目の前の少女(のように見える)がそうとは思えなかった。

 

 

「それでー? 結局本題はなんなのー?」

「決まってるわ、私を地上の魔王として認めて欲しいの」

「別に、地上の魔王くらいわたしの許可なんていらないよー?」

「でも、おじいちゃん…………魔王になった勇者は、あなたに認められたんでしょ?」

 

 おとぎ話の一人ぼっちの勇者。少し戦うだけで簡単に強くなるチートを持った転生者。そしてアリスの祖父であった魔王は、当時の魔王を倒した後に勇者から魔王になった。

 

「うん。そうだねー。あなたにも受け継がれてる強化能力は、わたしがあの子にあげたものだよ? 魔王としてその役目を果たした特典としてねぇ」

 

 それが悪魔王に認められた魔王の特典。その役目を果たした時、魔王は望んだ特典を手にする。それはまるで『チート持ち』が神々から才能や神器を貰って転生をするように。

 

「でも……あなたに必要かなぁ? あなた地上じゃ敵なしなくらいつよいでしょー?」

「それならいいけど、どうしても勝てそうにない奴がいるのよ」

「…………ふーん。まぁ、そこまで言うなら認めようかなー。でも、あなたって自分の力で何でもしようとするタイプだと思ってたけど、他人から力を与えられてもいいんだねー」

「自分だけでどうにかなるならそうするけど、出来ないなら他人の力を借りるのは普通でしょ?」

 

 本人自体も理不尽な程度に強いアリスだが、その本質は魔物使い。ドラゴン使い同様力を借りるのを当然とする存在だ。

 そして、それは祖父の代から続く教えでもある。彼女が『一人では意味を持たない、強力ながらも特殊な力』を受け継いだ日に教えられた彼女の原点。

 

「くすくす…………うん、あっちの()()()の方が面白そうだったけど、こっちはこっちで面白いかなー」

 

 おかしそうに笑う悪魔王は、スナック菓子を一つ摘まみ、またバリトへと目を向ける。

 

「それで、アリスちゃんの要件は分かったけど、バリトの要件はなにー?」

「自分が地上に行く許可を。魔王となる以上後見人が必要でしょう。先代の魔王とバニル様が契約していたように」

「そんなこと言ってバニルがいる世界に行きたいだけでしょー? そのタキシードと言いバリトは相変わらずバニルの事好きすぎだねー?」

「…………、否定はしませんが、一番の理由はこの娘に興味を持ったからです」

 

 地上の存在でありながら『公爵級』であるバリトに届く力をアリスたちは見せた。神々や悪魔に与えられた力があるとはいえ、それをそこまで引き出せるものはそうそういない。

 強き者に惹かれる性質を持つ悪魔が興味を持つのは当然だろう。

 

「まーいいよー。バリトも一緒の方がいろいろ面白そうだし都合もいいしねー」

 

 そう言って悪魔王はまたスナック菓子をつまみ、そして読みかけの漫画を開く。

 

「くすくす…………あー、やっぱり人間はいいなー。こんな面白い話を創れるんだもん。──って、あれ? あなたたちまだいたの? 話は終わったよねぇ?」

「……ええ、失礼します。アリス、話は済んだのだ。出よう」

「…………あなた、上司とはいえよくあの態度許せるわね。ま、実際なんか話あるわけじゃないしいいけど……」

 

 複雑な表情をしながら、アリスもバリトに続いて部屋を出る。

 

 

 そして部屋に残ったのはスナック菓子をつまみ名がら寝転んで漫画を読む悪魔王。

 

「それで? バニル。あなたはいつまで隠れているの?」

「…………気づいていたか」

 

 そして姿を隠していたバニル。公爵級悪魔にして序列一位の見通す悪魔。

 

「あなたの強大な魔力に気づかないわけないでしょー?」

「アリスはもちろん、バリトも気づいていなかったようだがな」

「まぁ、バリトは力はともかくまだ若いからねー。力を上手く使うことにかけては右に出るものがいないバニルが本気で隠れたら気付けないかもねー」

 

 そう言って楽しそうに笑う悪魔王。その心内をバニルは見通そうとするが、それは叶わない。どこまでも暗い闇がそれを覆い隠している。

 

「それで? バニルは何の用なのー?」

「…………、今回の件、どこまでが貴様の予定通りだった?」

 

 『悪魔の種子』を核とし、地上を混沌へと陥れ、地獄の公爵を三柱も巻き込んだ今回の事件。その裏で悪魔王が手を引いていたことをバニルは最初から気づいていた。

 

「んー…………一つを除いて全部? バニル、上手くやったねー?」

「やはり、死魔が滅ぶことは織り込み済みだったか」

「まぁ、死魔ってば死にたがりだったしねぇ? まぁ、公爵級悪魔って言っても第七位…………遊び枠だからいいよね?」

「我輩もあの悪魔は気に食わん。だが、その力は時を掛ければ我輩にも届きうるものだったはずだ」

 

 レギオン。『悪魔の種子』と合わさったそれは、時を経るほどに強力になっていく。だからこそバニルは決戦の時、分水嶺を早めるためにダストたちを地獄へと招待したのだから。

 

「あはは! 面白い冗談だね! 玩具はどこまで行っても玩具だよ? バニルやマクスに追いつけるはずないでしょー?」

「…………、だから貴様は気に食わんのだ」

 

 『悪魔王』。全ての悪魔の頂点。死魔やバリトといった公爵級悪魔ですらその命令には従う。その存在の為にすべての悪魔は存在していると言ってもいい。

 悪魔王にとってすべての悪魔、そして人間は楽しむための娯楽でしかない。

 

「でも、まさか最年少ドラゴンナイトが生き残るとはねー。最寂の魔王候補がまさかあそこであんな選択するなんて思わなかった。わたしもまだまだ人間の勉強不足だねー」

「…………やはり、あのチンピラを…………ダストを始末するために死魔を公爵級にし『悪魔の種子』なんてものをバラまいたか」

「そだよー」

 

 今回の事件。その結末を変える分水嶺。それはバニルがどんなに見通す力を使っても変えることが叶わなかった。どんなに場所や時間を変えようとも、それはゆんゆんが子どもを産もうとするその日に固定されていた。

 それはつまりバニル以外の作為が、バニルの行動すら見通して影響されていたということで。

 

「なぜ、人間ごときを始末するためにこんな大事にした?」

「決まってるでしょ? そっちの方が面白いから」

 

 ダストなんていう人間を殺すのは簡単だ。それこそ死魔になりふり構わず──自分が滅ぶなんて願望を捨てさせ──殺させるだけで済んだ話だ。

 だが、それでは面白くない。悲劇にも喜劇にならない意味のない物語を悪魔王は求めていない。

 そう、人間が作る漫画や小説。そんな物語を悪魔王は見たいのだ。

 

「…………では、なぜ、ダストなのだ」

「そうねー…………一つはバニルのお気に入りだから?」

「…………」

「最近のバニルは落ち着いててつまらないからねー。昔の……人間を恐怖の底に陥れてた頃に戻れとは言わないけど、少しは心乱さないかなーって」

「…………他の理由は何だ?」

 

 もしもそれが一番の理由ならダスト以上に殺され……滅ぼされなければいけない存在がいる。

 この性悪な悪魔王が()()を幼くした容姿を取っている理由を考えれば、そうであるはずだ。

 

「うん。あの最年少ドラゴンナイト。あなたの宿敵の古龍と仮契約してるんでしょ? もしも、最年少ドラゴンナイトが望めば、本契約してその力となる」

「…………らしいな」

 

 エンシェントドラゴン。バニルと比する力を持つ古龍はダストと仮契約をしており、ダストが望んだ時それは本契約となる。

 それこそがダストが持つ最後の『切り札』。もしも、それを成せば死魔はもちろんバニルすら超える存在となるだろう。

 

「だが、その程度のことを気にする貴様ではあるまい」

 

 だが、悪魔王はその程度の事を気にするような存在ではない。仮にエンシェントドラゴンとダストが本契約をしようと、この悪魔王やあの創造神にとっては児戯に等しいのだから。

 

「まぁ、現状はそうなんだけどねー。でもちょっと不都合なことがあってねー?」

「不都合? 絶対者である貴様にとってか?」

「うんー。そのバニルの宿敵の古龍なんだけどね? 次の『竜帝』に決まったみたいなのよぉ」

 

 『竜帝』。ドラゴン族の帝王。それは生きとし生けるものその頂点に位置する正真正銘最強の生物だ。それを超える存在はそもそも生物ではない目の前の悪魔王と創造神くらいだろう。

 

「…………、あのエンシェントトカゲが『竜帝』の力をすべて引き継ぐのか」

「まぁ、今代の『竜帝』は結構長生きだったけど、流石にそろそろ寿命だからねー」

 

 魔力を持った生物はその魔力に比して老化が遅くなる。『竜帝』、すべての生物の頂点に立つ生物の魔力であればそれは永遠に等しいものだろう。…………あくまで人間という尺度での永遠だが。

 

「それでもしも『竜帝』と最年少ドラゴンナイトが契約するとなると、下手したらわたしやあいつを越えられる可能性があるのよね」

「マジか」

「マジよー」

 

 悪魔王や創造神。その力を正しく理解しているバニルとってそれはとても信じられることではない。ドラゴン使いがイレギュラーな存在……その中でもダストがバグってるとしか言えない存在だとは分かっていても到底信じられることではなかった。

 

「まぁ、もしそうなった時は全力でわたしとあいつで潰すから安心してね?」

「何を安心すればいいのか分からぬのだが」

 

 神魔のトップが協力して戦いに挑むなどあらゆる神話にも語られていない出来事だろう。

 

「そうよねー。あのブラックドラゴンの能力を考えたらわたしとあいつが協力しても絶対とは言えないもの」

「…………マジか」

「さっきからその喋り方は何なのー?」

「どこぞのチリメンドンヤの孫娘の口癖が移っただけだから気にするな」

 

 水戸黄門ー? とか本性を知っていたらイラっとする感じで首を傾げる悪魔王を尻目にバニルは思考の海に潜る。

 

(性悪魔王を言ってることが本当なら、ダストに忠告をしておくべきか)

 

 ある理由からダスト自身も『切り札』を切ることを躊躇っているようだが、それ以外の理由でも軽々しく切るべきものではない。

 

(……忠告しようとあのチンピラは、必要があれば躊躇いなく切るのだろうがな)

 

 必要……大切なものたちを守るためであれば。ダストというろくでなしなドラゴン使いはそういう男だ。

 

「ところでバニルー。バニルが最年少ドラゴンナイト殺してくれない? 仲のいいあなたに殺されるなら面白い悲劇になりそうなんだけど」

「…………それは命令か?」

「んーんー。ただのお願いだよー?」

 

 首を振って悪魔王。

 

「ならば、聞く理由はない。我輩はあのチンピラを人間の中では一番気に入っているのだ」

「そっかー、じゃあ仕方ないかなー」

 

 くすくすと笑う悪魔王。その姿はお気に入りの玩具でどう遊ぼうか悩む小さな子供のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

──???視点──

 

 目を開けると、目の前には不自然に胸を膨らました少女がいた。この少女があの子が言っていた女神だろうか?

 

「────。ようこそ、死後の世界へ。私は、あなたに説教と新しい道を案内する女神、エリスです」

 

 やはり、この胸を不自然に膨らましている少女がエリス教のご神体エリス様らしい。あのプリーストの子の言っていたとおりだ。

 説教と新しい道を案内してくれるということだし、私はここであの子が言った通り──

 

「──って、説教とは一体……?」

「あなたは許されざることをしました。本来であれば天国はもちろん転生することも許されません」

「そう……なのですか…………」

 

 確かに私がしたことを思えばそれも致し方ないだろう。彼女を守るために必要であったし欠片も後悔はしていないが。

 …………彼女ともう一度会えると希望を持ってしまっただけに少しだけ未練はあるが。

 

「ですが…………アクア先輩があなたの罪を許しちゃったんですよね……。なので天国か転生か選ぶことができます」

「ええと…………アクア先輩ということは…………あのプリーストの子は本当に?」

「はい。単なるそっくりさんじゃなくて本当にアクシズ教徒のご神体、女神アクアです」

 

 確かにそう名乗ってはいたが、本当だったとは。だが、そう言われれば信じるしかない。言われてみればあの力も神々しさも普通のプリーストであればあり得ない域だった。

 

「というわけで、そのアクア先輩が罪を許しちゃったので私はあなたを罪に問えません。…………あたしがその場にいたら銀のダガーで地獄に送ってあげたのになー

「何か小声で怖いこと言いました?」

「気のせいです。とにかく、あなたの罪は許されましたが、やったことがなくなったわけじゃありません! 二度と同じことをしないようにみっちり説教してあげます!」

「えーと…………確かエリス様は死んだ者の案内をしているのですよね? 私以外にも案内するものは待っているでしょうし、そんなに気合を入れずとも……」

「大丈夫ですよ? この部屋は時間の流れをある程度操作できますから」

 

 そう言ってにっこりとエリス様は笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハイ。二℃とワルイコトハシマセン」

「分かってもらえたようで何よりです」

 

 満面の笑みを浮かべるエリス様を見て思う。あれは断じて説教という生易しいものではない。拷も──

 

「まだ説教が足りませんか?」

「ダイジョウブデス。しっかり身に沁みました」

「ならいいですけど…………本当もうしちゃダメですよ?」

 

 そう言って悪戯っぽく片目をつぶり、めっとするエリス様は妙に可愛く、先ほどまでの般若と同一人物とは思えない。彼女と出会っていなければ少しはときめいていたかもしれないな。

 

「それでは分かってもらえたみたいですし、本題に入りましょうか。あなたは、天国と転生どちらを願いますか? …………って、これは愚問でしたね」

「はい。転生をお願いします」

 

 それ以外の選択はない。彼女が天国に行ってるなら話は別だが……。

 

「そして厚顔無恥なお願いだとは分かっていますが…………私を彼女の……愛した女性の傍に転生させてもらえないでしょうか」

 

 許されたとはいえ罪を犯した私にそんなことを望む権利がないのは分かっている。だが、それでも…………私はもう一度彼女に会いたい。

 

「あなたの願い、気持ちは分からないでもありません。あなたのお話は私もよく知っていますから」

「では──!」

「ですが、そんな都合のいい話はありませんよ?」

「…………、そう、ですか……」

 

 本来であれば地獄に落とされても文句を言えない身だ。転生させてもらえるだけでも僥倖なのだろう。

 それに転生させてもらえるなら、再会できる可能性もゼロではない。私も彼女もきっと互いを覚えていないだろうが…………それでも可能性はある。

 

「なので、そのお願いを聞いてほしければちゃんと仕事してくださいね?」

「…………はい? 仕事?」

「ええ、仕事です。私のお仕事を手伝う簡単なお仕事ですよ?」

「あの……エリス様?」

「期間は…………そうですね。あなたの愛する彼女がまた転生するその日まで。……どうですか? いい条件だと思いますが」

 

 それはつまり、私に彼女と同じ日近くで転生させてくれるということで──

 

「エリス様……あなた、実は女神だったんですね?」

「なんだと思ってたんですか!?」

 

 あの説教を受けたら鬼か何かの類だとしか思えない。まぁ、今のでそれ含めてもギリギリ女神になったのだが。

 

「というわけで、これからよろしくお願いします。エリス様。報酬分はしっかりと働かせていただきますよ」

「なんだか誤魔化された気がしますが…………」

 

 そう言って大きくため息をつき、けれどその後は、優しい笑顔を浮かべてエリス様は手を差し伸べてくれた。

 

 

 

「はい、こちらこそよろしくお願いします…………キールさん」


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