どらごんたらしver.このすば   作:ろくでなしぼっち

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はじめてのおつかい

────

 

「あおい、何を買うかちゃんと覚えてる?」

「ん、たまごひとぱっくきゅーじゅーはちえりす」

 

 紅魔の里を手を繋いで歩く黒髪紅眼の少女と幼女。ジハードとあおいだ。

 

「偉いね、あおい。ちゃんと覚えてるんだ。それじゃどこで買うか覚えてる?」

「しょうぎょうく」

 

 今日はあおいの初めてのお使い。ママに頼まれた卵を買いにお目付け役のジハードと一緒に特売の卵を買いに向かっていた。

 

「うん、そうだね商業区だね。じゃあここがどこか教えてくれる?」

「わかんない」

「うん、そうだね迷子だね」

 

 ため息をつくジハード。途中まではあっていたが分かれ道で逆を選んだ時点でこの結果は分かっていた。それでも今回のジハードはあくまでお目付け役の付き添いだ。危ないことや致命的なミス以外は出来るだけあおいに任せるというのが彼女の親たちのお願いだった。

 

「それじゃ、どうしようか?」

 

 ここで自分に助けを求めてくるならジハードは手を引いて歩いていくつもりだった。

 

「だれかにきく」

「…………誰かって誰に?」

「わかんない」

 

 しかし、当のあおいにはそのつもりは全くないらしい。

 

「あんしんしてね、はーねえちゃん。あおいがちゃんとしょうぎょうくにつれていくから」

「…………、うん、そうだね安心だね」

 

 というより、むしろ自分が保護者のつもりらしかった。

 

 

 

「あ、くつやのニート」

「ん? あおいとジハードか。相変わらず見るたびに大きくなってるな。ちなみに俺は靴屋ではあるがニートではないぞ」

 

 二人で手を繋いで里を彷徨って。辿り着いたのは世界に名だたる頭のおかしい爆裂娘の実家の近く。そこで出会ったのは里一番のニートと評判のぶっころりーだ。

 

「お久しぶりです、ぶっころりーさん」

「そんなに久しぶりでもないだろ。…………いや、前にあった時はこんなに大きくなかったし、実は結構経ってるのかな? なぁ、あおい、お前今何歳だ?」

「にさい」

「お前のような2歳児がいるか。…………いや、絶対おかしいって。どう見ても5歳児くらいだろ。そけっとが5歳の時と同じくらいの大きさだから間違いないわ」

「あ、あはは…………」

 

 実際あおいが生まれたからこの世界で2年の時しか流れていないのに嘘はない。けれどちょくちょく地獄に遊びに言ってる影響であおいにしてもジハードにしても本来の時間の流れより成長していた。

 

「くつやのニートはここでなにしてるの?」

「だから俺は靴屋ではあるがニートじゃないって。誰だ俺の事ニートだなんてあおいに吹き込んだのは」

「こめっこねぇ」

「…………あいつかー。アクセルから里に帰ってきたのはいいが、相変わらずやんちゃ系というか魔王系というか…………。大きくなってもトラブル起こす体質は変わってないんだよな」

「まぁ、こめっこさんは大物なので普通の尺度で測ろうとするとそうなるかと。あの年で既に上級悪魔と本契約してて、バニルおじちゃんとも仮契約してるくらいですし」

「……あの子は一体何になるつもりなんだ?」

「さぁ? 世界征服の計画表を主に提出したのは知ってますけど」

 

 それを受けて彼女の主であるゆんゆんがバニルに泣きついて説得の協力を頼んだりしたのはまた別のお話。

 

 

「ねぇねぇ、くつやのニートはニートじゃなかったらなんなの?」

「ふふっ……聞いて驚けよ? 俺はこの間親父の後を継いで靴屋の店長にクラスチェンジしたんだ」

「てんちょー? てんちょーってなにをするの?」

「そりゃあ…………店長は店長だよ」

「…………、そう言えば今日は普通に営業日ですよね? ぶっころりーさんは何故ぶらぶらしてるんですか?」

 

 今いる場所はぶっころりーの自宅付近であり、商業区からは距離が離れている。

 

「…………、ほら? 俺の嫁さん占い師だったけど、バニルさんが相談屋始めてから商売あがったりだったろ?」

「まぁ、売り上げが半分くらいにはなったという話は聞きますね」

 

 単純に占いの精度がそけっとの上位互換ということが一つ。また紅魔族とってバニルの『地獄の公爵』という称号はかなり琴線に触れるものなのが一つ。

 紅魔の里随一の美人とも呼ばれていたそけっとの器量の良さからすべての客が奪われるということはなかったが、半分になればそれだけで生計を立てるのは厳しい。

 

「だから、うちの靴屋で接客を担当してもらってるんだよ」

「はい、知ってます」

「凄いよね。そけっとが接客を始めてから店の売り上げが倍になったんだよ。やっぱりむさくるしい男より可愛い女の子がいいんだよね。そけっと可愛いよそけっと。それにそけっとは売り方も上手いんだ。在庫が捌けていないものを逆に店舗に並べるのを少なくして売れてるように見せたりしてるんだよ。そけっと賢いよそけっと。毎日店の掃除もしっかりしてくれるし、以前と比べて清潔感溢れるようになったんだ。そけっと家庭的だよそけっと──」

「──すみません、長くなりそうなので要件だけいいですか? つまり、ぶっころりーさんは接客はそけっとさんに任せて靴を作ってるということですか?」

 

 いつもの病気が出たぶっころりーの話を中断させてジハード。聞いてる時間ももったいないし、そのまま聞いていたら気持ち悪くてサンダーブレスを食らわせそうになるから仕方ないだろう。

 

「…………、靴は親父が作ってるよ」

「えっと…………ぶっころりーさんは店長として何をしてるんですか?」

「…………、自宅警備とか? ほら、俺は自警団の仕事もあるしさ」

「ばいばい、くつやのニート。ちゃんとしごとしろよー」

「えっと…………うん。じゃあぶっころりーさんさようなら」

 

 話は終わったとばかりにぶっころりーに背を向け歩き出すあおい。ジハードもそれに手を引かれぶっころりーに別れの挨拶をする。

 

「仕方ないだろ!? そけっとには店にいると売り上げ落ちるから邪魔と追い出されるんだよ! それにもともと俺は靴屋を継ぐのだっていやだったんだ! 俺にはもっと俺に適した素晴らしい職が──」

 

 去る二人に後ろからニートが何やら言い訳じみたことを叫んでいたが、二人は当然のごとく無視して歩いて行く。あおいはともかくジハードの方はせめてもの優しさであった。

 

 

 

「とーちゃーく。ここがしょうぎょうく?」

「うん、そうだね商業区だね。…………適当に歩いてただけなのに本当に着いちゃった。でも、何であおいは誰かに聞かなかったの?」

 

 ぶっころりー以外にもここに着くまでに色んな人に会っている。

 

「ママにおかしなひとのはなししんじちゃだめだっていわれてるから」

「…………いや、うん。確かに出会った人たちみんな紅魔族で一般的にはおかしな人だけだったけど、それでもあおいよりはまともだからね?…………ぶっころりーさん以外」

 

 そもそもおかしな人と言ってもママの言うおかしな人は不審者とかそういう意味だが、それを実質5歳児の2歳児に理解させるのは難しいだろう。

 

「……?」

「うん、いいよもう。ちゃんと着いたし。えーと…………卵を売ってるのは──って、あおい? どこ行くの!?」

 

 突然走り出したあおいに手を引かれてジハードもその背を追う。そうして辿り着いたのは──

 

「おじちゃん、このやりちょーだい」

「お、変わり者の族長の所の変わり者の娘じゃないか。その槍に目をつけるたぁ、流石はダストの娘だな。その槍はうちじゃ一番の業物だよ」

「あおい!? ここは鍛冶屋さんだから卵は売ってないよ!? というかいきなり何を買おうとしてるの!?」

 

 里唯一の武器防具専門店の鍛冶屋。魔法使いの里なのに杖はなく高性能な剣や鎧を取り扱ってる店だ。

 

「かっこよくてつよそーなやり」

「うん、何を買おうとしてるか聞いてるんじゃなくてね? なんで卵じゃなくて槍なんて買おうとしてるの?」

「はーねえちゃん。たまごはいつでもかえるけど、このやりはいましかかえないんだよ?」

「なんか深いこと言ってるつもりなんだろうけど全然そんなことないからね!」

 

 ドヤ顔をしているあおいにジハードは頭を抱える。この年頃特有の突拍子のなさとは言えここまで自信満々だということを聞かせるのは難しい。

 

「嬢ちゃん、その槍欲しいってなら売ってやらない事もないが金はあるのかい?」

「ごひゃくえりすならあるよ?」

「それ卵! 卵買うためのお金だからね!」

 

 卵を買うためにママから少し多めに持たされたお金だ。

 

「500エリスかぁ……。ダストはお得意様だし少しは負けてやってもいいが、それじゃ流石にうちで一番の槍は売ってやれねぇなぁ。ギルドが出来て前より客が増えたし、大きな仕事が入るようになったが、流石に定価5000万エリスを500エリスで売る余裕はねぇんだ」

「そこをなんとか」

「なんとかならないよ、あおい! ほら、もう出よう?」

 

 なおも店主に言い募ろうとするあおいを無理やり引きずりジハードは店を急ぎ出る。

 

「うぅ…………しかたない」

「ほぅ……よかった。諦めてくれたんだ。そうだよね、あおいはママの言うことちゃんと聞けるいい子だもんね」

「はーねえちゃん、りゅーかして?」

「え? 竜化ってなんで? 卵買うのに竜化なんて必要ないし、そもそも私はミネア姉さんみたいに自力で竜化できないよ?」

「そんななきごとはききたくない。わたしたちはいまからえるろーどにいかないといけないんだよ?」

「うん、ごめんね。あおいが何を言ってるか分から…………うん、分かるんだけど分かりたくないから言わなくていいからね?」

 

 エルロード。ベルゼルグの隣国にであるその国にあるものと言われれば思い浮かべるものは一つだろう。

 

「えるろーどのかじのでごひゃくえりすをごせんまんえりすにふやさないと」

「言わなくていいって言ってるでしょ! 無理なものは無理だから諦めようよ!」

「あきらめたらそこでしあいしゅうりょうだってかじゅまもいってたよ?」

「あの人のなんか名言っぽいものは全部受け売りで実体験のないものだから参考にしちゃダメだっていつも言ってるよね!」

 

 そもそもそんな試合を始めた事実もない。

 

「そもそもなんであおいがエルロードのカジノの事を知ってるの? こんな小さい子にそんなことを教えるなんて……」

「とうさまがおしえてくれたよ? おかねをふやすならかじのがいちばんだって」

「ダスト様ぁぁぁぁぁあ! 娘に何を教えてるんですかーーーー!」

 

 ろくでなし流金策術である。

 

「うぅ…………あおいに悪影響を与える大人が多すぎる…………ママさんと主がいないとあおいは一体全体どんな子になっちゃうか…………私が目を光らせないと……」

「だいじょうぶだよはーねえちゃん」

 

 ぽんと、ジハードの肩に手を置いてあおい。

 

「はーねえちゃんもそのうちそまるから」

「染まらない! 私は絶対染まらないからね! あおいを真人間に育てるって主とも約束してるんだから!」

 

 その叫びは何故か虚しさを匂わせて里に響くのだった。

 

 

 

 

 

「しかたないね」

「うん、なんかもう嫌な予感しかないけど、何が仕方ないの?」

「ぎるどにいこう」

「うん、卵買うのにギルドに行く必要はないけど、あおいは何をしにギルドに行くの?」

 

 ミネアに泣きつくのだろうかとジハードは思う。ギルドで受付嬢をやっているミネアは自力で人化と竜化を出来る上位ドラゴンだ。なんだかんだでシェイカー家の血筋に甘いミネアであれば、あおいの願いを聞き届けてしまう可能性はあった。

 

「くえすとをうけててれぽーとやのだいきんをかせぐの」

「ちょっと斜め上の案が来た!?」

「というわけで、いこう?」

「というわけじゃないってば! あおい! ちょっ……引っ張らないで! なんであおい私より力強いの!?」

 

 抵抗空しく。ジハードはあおいに引きずられギルドへの道を進むのだった。

 

「ところで、はーねえちゃん」

「なに? あおい。諦めて卵買う?」

「ぎるどってどこにあるんだろう?」

「…………、本当、諦めて卵買って帰ろうよ……」

 

 

 

 

「バニルさん…………私、もう限界なんです」

「ふむ、若返ったというのに未だに男の影も形もない受付嬢ではないか。限界とは何のことだ?」

「それですよ! なんで私若返ったのに全然色恋の話がないんですか!?」

「そんなことを我輩に聞かれても。汝の男運が壊滅的に悪いだけではないか?」

「それで納得できるなら若返りなんてしてませんよ。あーあ……アクセルを出ればいい出会いがあると思ってたのに……」

「出会いを求めるにしても変人揃いのこの里でそれを求めるのは正気とは思えんがな」

「私も最近それに気づきました」

「…………遅くはないか?」

「でも! 里の住人はともかく普通の冒険者の方との出会いはもっとあってもいいと思うんですよ!」

「そうだな、それなら確かにあってもおかしくないな」

「…………、バニルさん、なにかやってませんか?」

「はて、異なことを聞く。何か知らないかという質問ではなく、やったのではないかという質問ではまるで我輩を疑ってるようではないか」

「よう、ではなく疑ってるんです。バニルさんには前科がありますから」

「疑われても別に特別なことは何もやっておらぬぞ。せいぜい汝に恋心を持つ冒険者にもっと素晴らしい出会いを紹介しているくらいだ」

「してるじゃないですか! 決定的に特別なことしてるじゃないですか!」

「そんなことを言われても。これはこの里に来る前……アクセルにいるときからの我輩が日常的にやっていることだ。今更やめろと言われても困るのだが」

「困るのはどう考えてもこっちです! 本当にいい加減バニルさんに責任取ってもらいますよ!」

 

 

 

「えーと…………あおい? なんだか取り込み中みたいだし出直さない? ミネア姉さんも今は取り込み中みたいだしさ」

 

 ギルドに入って。真っ先に目につくのは看板受付嬢の一人と地獄の公爵が悲壮かつ楽しそうに言い争っている様子だ。奥の受付ではもう一人の看板受付嬢であるミネアがもう一人の分の対応まで引き受けて忙しそうにしていた。

 

「だめだよ、はーねえちゃん。ゆうがたまでにはかえらないとごはんぬきなんだよ?」

「うん、そうだね。……それが分かってるなら普通に卵買って帰ろうよ」

 

 そんな正論など聞こえないようにあおいはルナの元に歩いていきその袖を引く。

 

「あら? あおいちゃん? どうしたの? 今日はジハードお姉ちゃんとお出かけ? それともバニルさんに用事かな? フィーだったら今日はお休みですよ」

「くえすとをうけにきた」

「……………………ジハードさん?」

「えっと…………すみません、間違いなく本気で言ってるし私には止められませんでした」

 

 本気ですかと言外に聞いてきたルナにジハードはそう答える。

 

「ま、まぁ簡単なクエストならジハードさんと一緒なら何とかなりますか」

「いちばんたかいくえすとで」

「…………えっと…………ジハードさん?」

「止められるならそもそもここに私たちは来てません」

「…………バニルさん、今度愚痴をこぼしますからお願いします」

「確かにそれは我輩にとって御馳走だが、汝にも得があるそれで我輩への貸しにはならぬと思うのだが……」

 

 まぁ、よいとバニル。

 

「別に受けたいと言ってるのだから受けさせればよかろう。保護者もいるようだし見通す限り致命的な危険はなさそうである」

「それって多少は危険があると言ってる気はするんですが…………まぁ、致命的じゃないなら大丈夫ですか」

「ルナさん!? 諦めないでください!」

「ジハードさんに説得できなかったのに私に説得できるとは思えませんし…………」

「それは…………そうですけど…………」

 

 彼女の主やママを除けば、あおいに言うこと聞かせられるのはジハードが一番だ。なんだかんだで姉妹のような関係(どちらが姉かは当人たちで違う)の二人。あおいのドラゴン好きもあってあおいは比較的ジハードの言うことは聞く。

 聞いてこれである。

 

「それじゃあ冒険者カードの登録と武器の貸し出しの手続きをしましょうか。里の子どもは普通学校に入る前に登録するんですが…………まぁ、族長の娘さんですしどうとでもなりますよね」

 

「ああ……主の知らない所で主の権力が勝手に使われている……」

 

 ルナに案内されてあおいがいろいろな手続きをする様子を遠巻きに見ながら。ジハードは複雑な表情でため息をつく。

 

「あのぼっち娘は普段全く権力を使おうとせぬから周りが使うくらいがちょうどいいだろう」

「…………バニルおじちゃんもあんまり無責任なこと言わないでね? 保護者って言うけど今の私じゃあおいを守り切る自信はないんだから」

「それはそうであろうな。今の汝では仮に竜化していようともあおいより弱いであろう」

「…………というより、あおいがあの歳で強すぎるんだけどね」

 

 周りにいる大人たちが面白がって育てすぎた。普通であればどこかで根を上げるが、あおいは大人たちの指導を全て楽しそうにこなしてしまった。その上周りにいる大人たちは英雄やら勇者やら魔王候補やら地獄の公爵やら不死の王やら頭のおかしい爆裂娘やら…………本当にこの世界トップクラスの存在だ。歳に見合わない能力を持つのも当然だろう。

 

「あれは、場合によっては勇者になる器であるからな。どこぞのぼっち娘がその道を完全に潰した故にあり得ぬ未来ではあるが」

 

 それは最寂最強の魔王の生まれた世界での話。魔王になった母親と勇者となった娘が戦う…………そんな今とは繋がらない未来のお話だ。

 

「勇者の器かぁ…………むしろ魔王の器と言われた方がしっくりくるんだけど」

「分からんでもないが本物の魔王の娘や世界征服を企む悪魔使いに比べれば可愛い者であろう」

「比較対象がおかしい……」

 

 その二人は本気で魔王やら世界征服を目指しその実力や才能を持っている存在だ。そんな存在と才能は置いとくにしても実質5歳児な2歳児を比べるのはおかしいだろう。

 

「心配せずとも我輩の見通す目にはあれが勇者になる未来も魔王になる未来も見えぬ。なるとしたら──」

 

 

「──はーねえちゃん! じゅんびできたよー!」

「うん、分かったから槍をぶんぶんギルド内で振り回すのはやめようね? 目にも映らない速さで回してるからあんまり気づいてる人いないけど。…………それじゃ、バニルおじちゃんまたね?」

「うむ。一応気を付けて行くがよい。ぼっち娘とろくでなしにもよろしく言っておいてくれ」

「うん、分かった」

 

 あおいの元へかけていくジハードを見送りながらバニルは途切れた言葉の続きを紡ぐ。

 

 

「なるとしたら英雄であろう。あれは英雄の娘であるからな」

 

 

 

 

 

 

「くえすとかんりょう?」

「うん、『一撃熊の生け捕り100万エリス』成功かな?」

 

 前衛のあおいが一撃熊の攻撃をいなしている間にジハードがサンダーブレスを数度食らわせて。目的の一撃熊は既にダメージと痺れで動けなくなっている。

 

「というか、本当にあおいは危なげなく戦うね……。倒すだけなら私いらなかったんじゃない?」

「? あおい、つよいの?」

「うん、ちょっとおかしいレベルで強いかな」

 

 本来一撃熊は中級冒険者がパーティーで戦うような相手だ。紅魔族であれば魔法を使うことで難なく狩れる相手ではあるが、魔法なしで戦おうとすると上級冒険者でも苦戦する。

 

「?? でもとうさまやかあさま、ありす、ばにる、うぃず、こめっこねぇ…………みんなにかてないよ?」

「うん、だから比較対象がおかしいよね」

 

 あおいが名前を挙げたのはこの世界でトップクラスの実力を持つものたちだ。地獄でも上位の力を持つような存在達を相手に勝とうとする方がおかしい。

 

 

 

「大体あおいは────っ!? あおい、下がって!」

 

 異様な気配を感じて。ジハードは後ろにあおいを庇いその存在へと目を向ける。

 

「……グロウキメラ。どうしてこんな所に」

 

 色んな存在が混じりあった獣。それはかつて彼女の主と一緒に戦った相手だ。

 

「あおいは里に帰って助けを呼んできて。今の段階ならまだ上級魔法で問題なく討滅できるはずだから」

 

 グロウキメラはその成長段階でその危険度が大きく違う。まだ何が混ざってるか分かる程度の混じり具合である目の前のグロウキメラであれば一般的な紅魔族が複数人いれば問題なく倒せるだろう。

 裏を返せば里の援軍なしでは倒せない相手というのがジハードの見立てだった。

 

「はーねえちゃんといっしょじゃだめなの?」

「うん。この里に昔魔王軍のグロウキメラが来た時の惨劇は知ってるでしょ? この里は得体の知れないものが里の人も知らない所にあったりするから、それをグロウキメラが吸収したらどんな化物になるか分からない」

 

 魔王軍幹部シルビア。グロウキメラである彼(彼女?)が魔術師殺しを吸収し里で大暴れした出来事は今でも里で語り草だ。語っている人はみんな楽しそうであるが、魔法の効かないグロウキメラであるシルビアは恐ろしい難敵だった。

 結果的に大きな被害こそなかった(なかったことにした)がシルビアに里のものが全員吸収されるなんて可能性もあっただろう。

 

「とにかく────行って! あおい!」

 

 襲ってきたグロウキメラがあおいの方へ向かわないように。体術でいなしながらジハードは叫ぶ。

 

(……と言っても、私もいざとなったら逃げないといけないんだけどね)

 

 あおいには得体の知れないものが吸収されたら困ると言ったが、それ以上にグロウキメラに吸収されたら困る存在が今ここにいる。

 ドレインと回復の固有能力を持つブラックドラゴン。それは魔術師殺しと同じかそれ以上に吸収されたら困る存在だろう。

 

「せめて、固有能力が使えたら……!」

 

 今現在ジハードはその稀有な二つの固有能力を使えない。彼女のもう一人の主であるダストによって封印されている。

 それはダストがいない状況で暴走の可能性を抑える為であり、また固有能力に頼りがちな戦いをしていたジハードの成長を促すためであった。ドレイン能力と回復能力を持つジハードの戦い方は大雑把になりがちであり、傷ついても簡単に治せるために自分の身を顧みない戦い方に傾倒しかけていた。それを正道へ戻すという意味も大きい。

 

「っ……やっぱり、ミネア姉さんのようにはいかないか……」

 

 散漫なグロウキメラの攻撃を体術でいなすジハードだが、その身には少しずつ傷が増えていく。固有能力さえ使えればこの状況でも問題なく相手を弱らせ自分の傷は治せるが、今はそうではない。もしくはミネアであれば傷一つつかずいなすどころか殴り倒してる頃かもしれないが、残念ながら彼女のような格闘の才能はジハードにない。

 

 少しずつ少しずつ追い詰められている。

 

 

「でも、まだあおいは里にたどり着いてないだろうしもう少し時間を稼がないと──」

「──はーねえちゃんを……いじめるなー!」

「って、あおい!? なんでまだここにいるの!?」

 

 傷ついた体に気合を入れて。もうひと頑張りしようとしたジハードとグロウキメラの間に入るのは逃がしたはずの幼女。

 

「かくれてかんさつしてた」

「えっと……観察って何のために?」

「もちろんたおすため」

「うん、そうだよね。それしかないよね」

 

 そしてそれを目指したあおいが出てきたということは……。

 

 

 

「しょーり!」

「私の悲壮とは言わずともそれなりにした覚悟は一体……。もうあおい一人でいいんじゃないかな」

 

 封印状態とはいえ自分が苦戦した相手にこうもあっさり勝たれるとジハードもプライドが傷つく。少女のように見えても彼女もまた最強の生物と関するドラゴンなのだから。

 

「だめだよ。いまのわたしじゃひとりじゃかてない」

「と言いながら一人で普通に勝ってたよね?」

 

 ジハードに言葉にあおいは首を振る。

 

「はーねえちゃんがさきにたたかってくれたから、みきれた」

「……まぁ、そう言ってくれるなら少しは頑張った甲斐があるけど」

 

 自分の頑張りのおかげであおいが傷つかず勝てたのならそれは良かったとジハードは思う。

 

「でもあおい? 逃げてって行った時はちゃんと逃げなきゃダメだよ? 今回は何とかなったからいいけど、最悪の可能性だってあるんだからね?」

 

 今回は見通す悪魔のお墨付きだったからそれほど心配していなかったが、あおいが今回と同じような選択をすれば里全体を危険にさらす結果もありえるだろう。

 

「できないよ。なんていわれても。はーねえちゃんをおいてにげることはできない」

「…………それが私の願いでも?」

「うん。たとえはーねえちゃんにきらわれても」

 

 その言葉に込められた意味は聞くまでもなくて。生まれながらのドラゴンバカには正しい理屈など通じないらしい。

 

「はぁ…………あおいのバカ。本当にドラゴンバカなんだから……。主の後を継いで紅魔族の族長になりたいんでしょ? だったら里の安全を何より優先しないと」

 

 あおいにはドラゴン使いの才能はない。だからこそあおいは悩まずに母親の後を継ぐという夢を小さな子供らしく持った。

 

「だいじょーぶ。わたしはだれよりもつよくなるから。はーねえちゃんも、さとのみんなも、わたしがまもるから」

「…………、子どもらしい荒唐無稽な夢なんだけど、この子が言うと本当にそうなりそうだから怖い……」

 

 そもそも、彼女の両親はその座に最も近いところにいる人間だ。ドラゴン使いの才能がないのは大きなハンデだが、それに負けずとも劣らない槍と魔法の才能を引き継いでいる。

 

「だって、とうさまがいつもいってるよ? 『こはおやをこえないといけない』って。とうさまはさいきょーだから、それをこえるわたしもさいきょーにならないと」

「…………そうだね。ダスト様を超えるのは並大抵の事じゃないだろうけど…………あおいならいつかそこにたどり着けるかもね」

 

 高すぎる壁に絶望しない心があるのなら。その願いはきっと叶う。

 だってそうだ。彼女の主もまたその高すぎる壁を前に諦めず、上り続け辿り着いたのだから。

 

「うん。そのためにも──」

「そのためにも?」

「あのやりをかう!」

「結局それかー……。言っておくけどもうすぐ夕方だからエルロードには行けないからね?」

「うぅ……わかった」

 

 不満そうながらも素直にうなずくあおい。

 

「くすっ……じゃあ、帰ろうか、あおい」

「うん!」

 

 手を繋ぎ歩き出す。それは秘めたる力に反して見た目通り子供らしく、仲睦まじい姉妹のようであった。

 

 

 

 

 

 

「──ったく、あおいもジハードも詰めが甘いな。グロウキメラはその性質上再生力が高い。細切れにしたくらいで倒したと思ってんじゃまだまだだな」

「仕方ないよ。あおいはもちろん、ハーちゃんもまだまだ子供なんだから」

「俺がジハードくらいの時は既に一人でグリフォンとか倒してたぞ?」

「……、ダス君はいろいろ参考にならないから」

 

 グロウキメラの残骸。それがうごめき始めたのを前にして。二人の男女は緊張感もなく話している。

 

「で? どうする? 後は燃やすだけだが任せて大丈夫か?」

「大丈夫じゃないと思う?」

「お前は前科があるからなぁ……」

「もう、いつまで昔の事引っ張るのよ。あの時の私とは違いますー」

 

 ゆんゆんがグロウキメラと戦ったことがあるのは2回。そのうち1回はダストに助けられるという醜態をさらしたが、その頃と比べるまでもなくゆんゆんは強くなっている。そして今回のグロウキメラはその時と比べれば数段落ちる強さしかない。

 

「そーだな。じゃ、ここはお前に任せて俺は娘たちの見守りを続けるとするか」

「なんていうか…………私たちって過保護だよね」

「別にいいんじゃねぇの? 紅魔の族長の仕事なんて何もなければニートみたいなもんだし」

「あるえやぶっころりーさんに比べればちゃんと仕事してるからね!」

 

 ぶっころりーはともかくあるえは書いてる本が一部に売れてたりするのだが、ゆんゆんはその事実を頑なに認めようとしない。あるえの書いた本には度々酷い目にあわされてるのが大きな原因だろう。

 

「そーかよ。じゃ、族長の仕事ちゃんとこなしてから帰ってこいよ」

「うん。ちゃんと再生しないのを確認してから帰るから。一応ご飯までには帰るつもりだけど」

「リーンにはそう伝えといてやるよ」

「よろしく」

 

 妻に背を向けてダストは娘たちの方へ急ぎかけていく。その姿には妻への不安など一つもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「「ただいまー」」

「おかえり、あおい、ジハードちゃん」

 

 帰宅したあおいとジハードを迎えるのはママ──リーンだ。

 

「まま、きいてきいて! わたしはーねえちゃんといっしょにぐろうきめらをたおしたんだよ!」

「グロウキメラ? え? なんでそんなことになってるの?」

「それは私が聞きたいです……」

 

 遠い目をしてジハード。本当にただの卵を買いに行くだけのお使いでそんなことになったのか。

 

「…………って、あ!?」

「ん? どうしたのジハードちゃん。なんかやらかしたような声上げて」

「い、いえ…………その…………」

「…………まさか卵買うの忘れたとか?」

 

 そのまさかであった。

 

「ねぇ、あおい。あたしはあおいに何を買ってきてってお願いした?」

「つよそうなやり!」

「違うよね卵だよね?」

「??」

「す、すみません! 私がついてたのに…………」

「はぁ…………ま、いいよ。今日は『SUKIYAKI』だから最悪卵なくても食べられるし」

 

 初めてのあおいのお使い記念として割と奮発した材料で作ったSUKIYAKIだったが、だからこそ卵がなくても十分美味しく食べられるだろう。

 

「えー! リーンさんSUKIYAKIに卵なしなんてあり得ませんよ!」

『そうだそうだー!』

「うっさい悪魔ども。あんたたちは本来食べなくても生きていけるんだから文句言うな!」

 

 リーンの一喝にロリーサとメアはぶーぶー言ってるが、それ以上リーンに抗議をする風でもない。この場で一番強いのが誰か彼女たちはよく分かっていた。

 

「いや、ロリーサの言う通りだろ。SUKIYAKIに卵なしなんてあり得ねぇよ」

「あ、ダストお帰り。ん……もしかしてそれって……」

「おう、卵だ。ちょいと奮発して1パック300エリスの奴買ってきたぞ」

 

 帰ってきたダストがお土産のように卵を渡す。

 

「どうせ卵の良しあしなんて分からない貧乏舌のくせに……」

「あん? 俺は何でもおいしく頂けるだけでちゃんといいものかどうかは分かるぞ」

「あーそうでしたそうでした。そういやあんたって元貴族だったね。すっかり忘れてたわ」

 

 本当に。リーンがダストが貴族であったことを意識する日は少なくなった。

 それはきっとラインと過ごした日々が薄れているということで。

 それはきっとダストと過ごした日々が濃いものだということで。

 

 それがいいことなのか悪いことなのか。それはまだリーンには分からない事だった。

 

「ただ今帰りましたー。あ、ダス君もちゃんと帰ってきてるね。どっかで寄り道してるかと思ってた」

「おう、おかえり。寄り道してたら卵抜きだったからな。しょうがねぇよ」

「? 卵抜き?」

「あおいとジハードちゃんがお使いから帰ってきたって? んー! お疲れ様! ちゃんとお使いから帰ってくるなんて二人とも偉いわね」

「こら、母さん、私にもあおいやジハードを抱かせてくれ。一人だけずるいだろう」

 

 

 

(…………本当、騒がしいね)

 

 リーンは思う。自分が選んだ道が正しかったのか、この先後悔しないのか、それはまだ分からない。けれど──

 

(──この騒がしさは幸せだな……)

 

「まま? どうしたの?」

「んーん。なんでもないよ。ごはんにしよっか」

「うん! ままのごはんだいすき!」

 

 

 

 それは日々を重ねて日常となった彼女たちの風景。騒がしく今日も族長宅の夜は更けていった。




日常コメディ回とは一体……。
あおいの話し方が読みにくいのは正直申し訳ないです。

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