比企谷八幡は自転車に乗る   作:あるみかん

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比企谷八幡の能力はついに開花する

前を行く大学生の6人編隊のトレインを2人で追う。

 

 

(風は緩い追い風、6人対2人、高校生ってことで嘗めてくれているからか差は10秒程度。このままだとジリ貧か……)

「篠崎、動くぞ!前のトレインに合流する!」

 

「了解!20秒で先頭交代、登りの前に追い付こう!」

 

 

シフトアップし追撃体制に。ハンドルのややボトムに近い部分をグリップし、通常よりも少しだけ前傾が深くなる。ケイデンスは110rpmをキープ。

篠崎と協調して先頭集団への早期の合流を目指す。……まあ、最後には篠崎にも勝たないといけないのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「陽乃さんの大学の自転車部とレースさせてください。」

 

 

先日の電話の内容である。

雪ノ下を思考の負のスパイラルから解放するには、格上にも勝てる程に強くなっていること、怪我の影響など欠片もないことを証明しなくてはならない。

 

 

俺にとっての格上はまず篠崎。こいつは昨年の選抜メンバーで、なんと日本代表でヨーロッパを転戦していた程のライダー。短く急な坂でのヒルスプリントに代表されるスプリント能力は恐らく同年代に敵はないだろう。おまけに登りも下りも決して遅くはない。

……どうやって勝とうか。

 

陽乃さんの通う大学の自転車部も学生トップクラスの集団だ。飛び抜けた選手はいないもののインカレでも安定して上位に食い込むチーム。

単騎で逃げても集団に飲み込まれ吸収されるのがオチ。それくらい速いチームだ。

 

このレースは近隣の大学の自転車部の合同練習の一環。他にも速い選手などいくらでもいる。

そのなかで高校生は篠崎と俺の2人だけ。しかも周りはチームライド、こっちは個人。条件はかなり悪い。

 

それでも勝たなくてはならない。

 

 

 

 

 

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比企谷八幡は自分の能力を正しく評価していた。

スプリント能力は篠崎ミコトに水を開けられるが、ハイアベレージの平地航行では自分に分があると分析していた。そしてその分析は間違いではなかった。

自身には絶対的な武器はないもののトータルでは苦手分野もなく、バランスよく登りも平地もこなせるとおもっていた。事実、彼は草レースなどでも上位の成績を残しているのだが。

 

一方で、比企谷八幡は自分の実力を正しく評価できていなかった。

高い心肺機能、単独で長距離を高速走行できる脚質、マークした相手の状況を観察しアタックを図る観察力、ぼっちライダーだったからか単独アタックを仕掛ける勇気とそれを複数回実行する策略と回復力と引き出しの数……。

 

 

怪我からの復帰以来全開走行できなかったからだろうか?

 

篠崎ミコトという超A級スプリンターにあっさりちぎられたからだろうか?

 

 

比企谷八幡に足りないのは自覚と自信だった。

選抜メンバーの篠崎には負けて当然というおもいがあったのだろうか。

 

しかし今、自分の不甲斐ない走りを見て涙を流した少女がいた。彼女は自分を責め続けていた。

 

彼女を救うためには怪我をする前よりも強くなっていると証明しなくてはならない。

事故なんかこれっぽっちも関係ない。彼女に伝えるために。

 

 

(さあ、先頭グループには追いついた。スプリントときつい登り坂だと篠崎に潰される……。なら……)

 

 

 

 

追い風を捕まえて単独アタックを「繰り返す」!

 

 

 

 

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私は何回かレースを見てるからわかるんだけど、と前置きして雪ノ下陽乃は横に立つ妹に告げる。

 

「あの子たち、きっと物凄く速いんだよ。多分、雪乃ちゃんがびっくりするくらい」

 

「……そうね、篠崎くんは去年ヨーロッパ遠征に参加してたようだし」

 

「そうだね。でも私が本当にヤバいと思ったのは比企谷君」

 

えっ?と小さく声をあげ雪乃は姉を見る。表情こそ穏やかな笑みを浮かべていたが、その目は真剣そのものだった。

 

「考えてもみてよ。100%で走れないのにその篠崎って子とそう大差なく走れるんでしょ?それに比企谷君は自分の長所や武器を自覚してないのに」

 

表情を変えずに雪ノ下陽乃は続ける。

 

 

 

 

「もし比企谷君が本当に本気で走ったら多分めちゃくちゃ速いよ。」

 

 

 

 

 

 

 

「もしかしたら同年代では敵がないくらいに」

 

 

 

 

 

 

 

 

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先頭を走る八幡を追走するのは3人。

篠崎と大学生の2人だ。大学生は恐らく後ろの人がエースだろう。前で引く時間が明らかに短いことから八幡は推察する。

 

風向きが横から追い風になったことを感じとり、八幡はすぐさまダンシングでアタックを仕掛ける。すると篠崎や大学生のアシストが潰してくる。隙をみて再アタック。も、悉くそのアタックはつぶされていた。

その八幡の表情は笑っていた。

 

 

緩やかな登り。何度目だろうか。八幡はアタックを仕掛ける。何度目だろうか。篠崎は八幡のアタックを追走し潰す。

 

そのタイミングだった。

 

篠崎がアタックを潰して八幡に追いついた瞬間。

 

正確には篠崎がサドルに腰を降ろした瞬間。

 

 

 

 

 

 

八幡が「本気の」アタックを仕掛けたのだ。

 

 

 

 

度重なる八幡の偽装アタックをすべて潰してきた篠崎とアシストは本気のアタックについていく反応が遅れる。

 

やや間をおいてエースが飛び出すが既に八幡の背中は遥か遠くになっていた。

 

 

(((やられた!!!!)))

 

度重なるアタックで脚を消耗させられてしまった。

しかし偽装アタックを放置したらそのまま八幡は独走でゴールをくぐり抜けていただろう。

 

 

 

エースが勝負どころまで脚を溜めていたこと。

 

2人以外の大学生がちぎられてしまったこと。

 

チームメイトの篠崎ミコトですら彼の武器を知らなかったこと。

 

そもそも、比企谷八幡に先頭を走らせ、彼のペースに巻き込まれたこと。

そして比企谷八幡が追走組に彼の実力を、武器を把握させなかったことが。

 

残り数キロあるにも関わらず決定的なタイム差を作り出してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

比企谷八幡 脚質……スピードマン

 

 

 

 

 


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