「お兄ちゃん、お見舞いきたよー」
学校帰りの小町がやってきた。
入院着から着替えて松葉杖をついてリハビリ室へ。
「お兄ちゃん、退院してもしばらくはバス通学なんだよね?」
「ああ、ギプス取れてある程度筋力戻るまではな」
「じゃあお兄ちゃんに朝送って貰うのはしばらくなしかあ」
マイスイートシスターは兄をタクシーにでもするつもりのようでした。
「足が完治したらな」
「早く治るといいねー。小町お兄ちゃんの後ろに乗るの好きだし。あ、今の小町的にポイント高い!」
「はいはい、高い高い」
こんな軽口を叩きながらペダルを回す。
リハビリ初日にはペダル一回回すのに汗だくになっていたのだが、3日もすればゆっくりではあるが喋りながらペダルを回せるようになってきた。もちろん最低の負荷ではあるのだが。
ゆっくりゆっくりペダルを回していると、
「そういえば昨日、家にお兄ちゃんが助けた犬の飼い主さんがきたよ。お菓子持って」
「ほーん」
「お兄ちゃん入院してるって言ったら、ごめんなさい、また来ますだって」
「ほーん、どんな人だった?」
「んー、おっぱいがおっきかった!」
「……ほーん」
「あ、お兄ちゃん想像した?ダメだよ、エッチなのは」
しょうがないじゃない思春期だもの。おまけに入院中だもの。
「なんて名前の人だった?」
「忘れちゃった」
ペロリと舌をだす小町。ひょっとしてマイスイートシスターは頭がちょっと残念なのではないだろうか。
「んじゃ、貰ったお菓子とやらは?」
「美味しかった!」
残念な娘(確定)でした。
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入院中は規則正しい生活になる。
時間だけは有り余っているので基本的には本や雑誌を読むか勉強しかない。特に、入学早々に入院した身とあっては自学自習をしないと授業で取り残されてしまう。
ぼっちの自分としてはノートを見せてくれる友達もいない。そもそもノート貸してなんて声もかけることができない。つまり、死ぬ気で自習しないと夏休みに補習などに出なくてはならなくなる。
濁った眼を更には濁らせ数学の教科書と格闘すること数十分。
コンコン、と扉を叩く音。
「失礼します。比企谷さんはおいででしょうか」
もの凄い美人がやってきた。
「……比企谷は自分ですが。どちら様でしょうか」
「あ、貴方が比企谷君?私は雪ノ下陽乃。貴方を跳ねた車の家の者です」
完璧なまでに申し訳なさそうなその表情からは人間味が感じられなかった。
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「申し訳ございませんでした。」
ベッドの脇の椅子に座った彼女が最初に口に出した言葉がそれだった。
天辺がこちらに見える程に頭を下げる彼女に、
「頭を上げてください。そもそも自分が車道に突っ込んだんですから」
「それでも貴方に入院するほどの怪我を負わせてしまった……」
「別に貴女が運転してた訳じゃないのでしょ?むしろ運転手の方に申し訳ないです」
ようやく顔を上げた彼女は
「随分自分を軽んじる言い方をするんだね」
と苦笑いを浮かべた。
雪ノ下さんが言うには、
「治療費、入院費等の費用はすべてこちらが払う。もちろん慰謝料も払うので、示談にしてほしい」
申し訳ないのだがその辺のことはさっぱりわからないので、夕方にやってくる母に話してほしいと伝えると、
「じゃあそれまで君のリハビリを手伝うよ」
というわけで本日のリハビリwith雪ノ下陽乃。
リハビリの先生とリハビリ計画の話し合いのあいだ、手持無沙汰そうな雪ノ下さん。歩行補助棒の辺りからこちらを見ている。どうやら歩くリハビリだと思っているようだ。
先生との話し合いも終わり、エアロバイクに跨がると驚いた顔の雪ノ下さんが駆け寄ってくる。
「比企谷君?!骨折して1週間程度でしょ?!」
「ええ、でも動かしながら治して行かないと感覚が鈍っちゃいますから」
「アスリートの方なんかはトレーニングしながらリハビリ、治療をするんです。彼は高校生だけど、入院期間にもトレーニングをしないと落ちる筋肉を取り返せないんですよ。自転車乗りが足を怪我するということは非常にダメージが大きいんです」
眼を閉じて、右足と対話するかのようにゆっくりペダルを漕ぐ彼を唖然とした表情で見つめる彼女はいつの間にか3つも年下の少年の真剣な表情に魅せられていた。
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「君はペダルを漕いでるときと普段で眼の輝きが全然違うんだね」
事実、彼は自転車に乗っているときだけは表情が普段と明らかに違っている。本人は気づいていないが親い人(といっても家族しかいないのだが)は皆気づいていた。
「雪ノ下さんも最初の表情と今では大分違いますね」
「……どういう意味?」
彼女から笑みが消える。
「上手く言えないんですが……病室に入ってきたときの貴女は、見舞いの加害者を演じてるというか、仮面を被っているというか……」
「なんでそう思ったのかな?」
「貴女に非は一切ないのに、完璧なまでに申し訳ない顔をしてましたから。運転してた当事者ならとにかく、同乗者でもない貴女があそこまで頭を下げる必要を感じないですし」
「ふーん……なかなか面白いこと言うね、比企谷君?」
眼を鋭くさせ、獲物を見るように見つめる彼女。内心冷や汗をかきながらも表情は崩さない八幡。
変に緊迫してしまった空気を切り裂くように
「お兄ちゃーんお見舞いきたよー。」
「八幡、調子はどう?」
小町と母ちゃんがやってきた。
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母ちゃんと、雪ノ下さんが部屋を出て行く。件の入院費等の話だろう。
小町はというと
「お兄ちゃん、陽乃さんすっごい美人さんだね」
「お兄ちゃんのお嫁さん候補になってくれないかな」
などと宣う。すまんな小町よ。お兄ちゃんついさっき雪ノ下さん怒らせちゃったんだよ……。ていうかなんだよあの睨みは。ファイヤーさんもびっくりだよ……。ハチマンの防御力はもう下がらないよ……。
そんなこんなで数分後
「それじゃあ比企谷君。またお見舞いに来るね!今度はお勉強教えてあげるねー!」
とってもいい笑顔で帰って行きましたとさ。
「お兄ちゃん!あんな美人さんと仲良くなるなんて小町的にポイント爆上げだよ!」
小町よ、あれは世間で言う「社交辞令」ってやつだと思うぞ。
なかなか自転車に乗れません。
はるのん出てきましたがヒロイン枠ではないです。
っていうかヒロインなんてないです。