自転車競技には金がかかる。
自転車の維持費用、練習時の食糧やドリンク、大会に出るためのライセンスや出場費用etc.etc.
自転車部を設立出来れば維持費以外は部費で賄うことが出来るかもしれない。しかし現在帰宅部の彼は、
「金がない……」
金欠だった。
「おはようございます」
午前4時前。
彼が始めたのは新聞配達。高校生のバイトとしては朝が非常に早いこのバイト。選んだ理由は主に「自転車に乗って金が貰える」ということ。次いで教師含む大人受けが良い。コンビニ等と違い教師に見つかっても怒られることはない。というかむしろ誉められる。
この新聞配達というものの頑張ってる感はなんなのだろうか。
ともあれ、少なくとも一年はこのバイトで金を稼ぐ。
朝刊の入ったバッグを肩にかけペダルを漕ぐ。登り坂は身体を揺らして反動をつけて登ることができないので、軽いギアでケイデンスを上げて座ったまま登る。リハビリによる筋トレの成果だろうか、思った以上に軽快に登れたことに内心驚く。ぶれない体幹と鍛えた上半身の筋力により、登坂能力は飛躍的に向上していたことに八幡本人は気づいていなかった。
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この年、彼はバイト&トレーニング→金が入る→大会エントリー→金欠→バイト&トレーニング……というローテーションをひたすら繰り返していた。
ボッチ参加の八幡はチームエンデューロ(耐久レース)には参加できないが、ロードレースやタイムトライアルには数多く出場した。
タイムトライアルの成績はそこそこ良い。それどころか幾度か上位に食い込む程だった。
八幡のハイケイデンスによる平地の高速巡航は非常に能力が高い。緩い登坂も回転を落とすことなく高速域をキープできるようになった。
しかし、激しいヒルクライムやゴールスプリントで明らかに失速する。
「強く踏む」
言葉にすればこれだけのことなのだが、比企谷八幡は強く踏むことができなくなっていた。
ギプスが取れたときの脚を見たことが原因だろうか?
事故による骨折の痛みが原因なのか?
(強く踏み込むことが怖い……)
右脚の太さは左脚と全く変わらないほど回復している。
医者からも完治のお墨付きだ。
それでも踏めない。
強く踏もうと思えば思うほど脚がうまく回らなくなる。リズムが乱れ、バランスが崩れる。
比企谷八幡はイップスにかかっていた。
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八幡のイップスは重症だった。
とにかく右脚に強度な負荷がかかることを怖がる。サッカーの授業でシュートが撃てない時は自嘲の笑みすら溢れる程だった。
(俺、こんなにメンタル弱かったのか……)
事故からまもなく一年。
比企谷八幡はこのイップスを抱えたまま新年度を迎えようとしていた。
次回、2年生。
奉仕部……出せるかな。