ええ、そうですよ。私が安楽少女ですよ。
きらきら輝く王子様が、やっと私を助けに来てくれた!なんて思っていた時期もありました。
ありましたとも。
でもね、こんな展開は望んでないんですよ。
なぜに私は、今まさに。
手術台に縛り付けられているのでしょうか!?
そこは手術台。上からはランタンがつるされ、簡易ベッドが中央に置いてあるが、周りにある機材がその平穏な風景を一気に塗り替えている。
ドリル、糸ノコ、メス、それからぶっとい注射器。
中にはタプタプと朱色の液体が、不思議な文様を描いている。
あれを全部体内に……。
考えるだけでもおぞましい!
なんかベルト的なもので拘束とかされてるし!?
若干赤いものが辺りに見えるし!!
「拷問されてから殺されるうううううううううう!!!!!!」
「ばっかおまえ、そんな物騒な真似しねーよ。ただの予防接種だよ」
「そうだよ。奇野くんは、拾ったペットは大事にする人だよ」
「やっぱ人権ないじゃないですかああああああああ!!!!」
「おらさっさとするぞ。子供みたいなマネしてんじゃない」
「うわあああああああああああああああああああああああああ……」
ぐさっ。
キノ、と名のる少年の注射の腕は確かだった。
ものすごく大きい注射だったのに、少しもいたくなかった。
でも、体内に注入されたものの異物感は残る。
血管の中を、血液でない液体が巡り巡って、私を侵食していく感覚。
うええ、きもちわるい……。
でもまだ寝かされたままで、なんだか少し眠くなてきた。
あの液体の中には、麻酔も入っていたのだろうか。
体内がごちゃごちゃになる異様な感覚が眠気と釣り合って、ただただ不快だ。
我慢できないほどじゃあない。でも気持ち悪い。
このまま眠気に任せたら、楽になるのでは、という一縷の期待を抱いて、私は目を閉じた。
「……やっと寝たか」
僕は、安楽少女が眠りにつくのを待って、声を発した。
隣にいる木石来に言ったのだ。
「ずいぶん長かったね」
「まあ、モンスターだからな。だが……」
『奇野特性』の麻酔に十分も耐えるなんて、さすがはモンスター。
人間用に抑えていたが、人間との規格が違う。
正直、驚愕だ。十分息をのめる。
見た目は完全に人間だが、その他の機関があんまりにも違う。
だから、それを修正する。
そのための薬品だ。
脆弱な機動性を強化し、日常生活に支障がないまでに引き上げる。
今は麻酔で何も感じてないようだが、目を覚ました時にはきがつくだろう。
とんでくるグーパンは甘んじて受け入れようと思う。
そんなことを考えて、顔をしかめている僕に、木石来が話しかけてきた。
「でも、なんでモンスターなんて拾ってきたの?こいつは十分人間に被害を与える、人を喰らうタイプのモンスターだよ?麻酔なら、奇野くんはいつでも出せるじゃない」
単純な疑問だった。それに対する答えなら用意済みだ。
「おいおい、僕はそれを数リッター出すだけで精一杯なんだ。大量生産には向かない」
「そういう問題じゃないんだよ!」
「お前だって、麻酔がほしいっていっつもこぼしてたじゃないか」
「……奇野くんは、そうやっていつも論点を切り替えるんだ。ずるいよ」
……ばれてたか。
「ずるいのはお前だよ。お前のリクエストにこたえただけなのに、こんなに攻め立てて」
「違うよ!」
彼女は叫んだ。何かを拒むように。何かを守るように。何を守りたかったのだろうか。
それは僕には分からない。
分からない。
「さっきからおかしいんだよ!何を聞いてもごまかして!何!?そのモンスターにひとめぼれでもしたの!?」
「実はそうなんだよ」
「ふざけないで!!」
かつてない激昂は、僕の鼓膜を揺らしたが、心は揺れない。
揺らがない。
「……」
「どうして?奇野くんはどうしてこのモンスターを拾ってきたの?」
息をのんで、言葉を継いだ。
「……あんま騒ぐな。こいつが起きるだろ。」
「そういう問題じゃあ、ないって言ってるのに……」
もういいよ、と木石来は部屋から去っていった。
ふと体から力が抜け、壁に体をもたれかけさせた。
とびそうになる意識を、どうにかつなぐ。
「……怖いんだよ……」
逃げた。
その自覚はあった。
現実からの逃亡、問題に対しての保留。
口をつぐんだ。戸を閉ざした。
軽蔑されてないといいな、と思った。これが僕だから。僕の卑怯な部分で、僕の本質だ。
理解していて、自覚していて、だからこそ気味が悪かった。
「……言えるわけないだろ……」
聞かれてないからでこそ吐いた弱音は、やはり誰にも聞かれることもなく消えていった。
同じ人殺しだったから、見捨てられなかっただなんて。
道端で僕を殺そうと向けた死線が、その姿が、あんまりにも前の自分に似ていたから。
君を殺した僕の姿に、似ていたからだなんて。
安楽少女を見ながら考える。
僕にとっての木石来に、今から僕はなろうとしている。
アクセルはストッパーとなり、ブレーカーとなる。
いざとなったらこの身焼ききれてでも、君を守ろうか。
それが救われたものの救いというもので、君にとっての最大の罰だろう。
だからまあ、その時は君も何かを助けるといい。
化物を人間にしてやるといい。
仕立てあげてやるといい。
その時君はやっと人間になるのだろう。
だからこの名はそれまでの仮名となるだろう。
一応考えておいたんだ、と笑って、マジックペンを取り出した。
過去最長———いつもが短いのですが。
ハイ、テスト入りましたぁ!
だりぃ……。
そんなことを覚えなくても生きていけるしぃ!というのは子供の戯言なのでしょうか。
とかまあ考えながら、今日もこうして現実から逃げるための脚力を鍛え上げる日々ですが。