カランコローンと涼やかになるベルが、来客の到来を告げる。
僕はそれまで薬棚を整理していた手を止め、スカートを翻してお客様に向き直った。
「いらっしゃいませー」
もう慣れたようだ。言葉がするすると口から出てくる。
しかしこの格好にはなれない。絶対に慣れるもんか、とひらひらのフリルの付いたエプロンドレスを見た。
僕こと奇野叡智は、ババ抜きの罰ゲームにて女装中であった。
誰得だよ、と愚痴を漏らすと、さっさと働け―との木石来の声。
「店長は僕なんだけど」
「私は医者だ」
「関係ないよねえ!?」
「ほらほら、罰ゲームなんですから黙って受けてください」
「お客さん引くでしょ、これぇ・・・」
「にあってますよ」
「一番言われたくないことをっ…!」
「だ、大丈夫です、ちゃんと可愛いです」
「だからそれを言うなって―――」
お客様だった。お客様は神様だ。リッチーであれ悪魔であれ猫であれお客様なら神なのだ。
お客様は巷で有名な紅魔族だった。
変な奴が多いことで有名な種族だそうだ。最近店の外で爆発音がするのはそれらのせいだとアンラから聞いた。
店とか壊されないといいな。
くりっとした目の可愛い子だ。
まあ楽薬には負けるがな!とか名づけ親バカを発動してみるも、さして面白くなかったので辞める。
「何をお探しでしょうか?」
「えーと、ここは、特製のポーションが売ってるってホントですか?」
「ええ、本当です。よく効きますよ」
病毒遣いの『特性』を活かして、ポーションにかかっている付与魔法の解析を行い、それにここの『薬』を混ぜ合わせたものだ。効果は普通以上。成分は基本楽薬が作ってくれる。産地直送だ。というかここが産地だ。
と、自分に突っ込みながら、僕はその紅魔族の娘にカタログを見せる。
これは木石来が一昨日徹夜で仕上げてくれたものだ。
可愛らしいイラストが薬の説明をしている。
かなりの完成度で、楽薬はめちゃくちゃ喜んでいた。
「うーん・・・、じゃあ、これで」
彼女が指さしたのは、ソロ向けの回復薬に様々な支援魔法を付与したものだった。
僕は魔法が扱えないのだが、木石来が使えるのだ。そこそこ高いスキルから、アークプリーストを選択していたと思う。
というか、パーティにプリーストを加えればいいのでは?と思うも、保険をかけることは重要である。
というか、この子そもそもソロなのだろうか。紅魔族といえど危ないんじゃあないかな?と思ったが、それは僕が干渉すべきところではない。世界は厳しいのだ。
だからでこそ、僕は優しくありたいのである。
「ソロは危ないですよ?」
「えっ?」
余計なお世話だったかな?と視線をさまよわせる。
視線の先には誰もいなかった。
あれ?二人は?と思うと、机の上に手紙があった。
『ちょっと二人でデートしてきます♡晩ご飯までには帰ります♡』
僕がカウンターに出た隙に、裏口から逃げたようだった・・・。
「……」
「……」
どうしよう、気まずい。
「…ありがとうございましたー」
「…ど、どうも……」
カランコロンと音がした。
お客様御一行、金髪金眼のクルセイダーの女性一人と、紅魔族の娘(この子よりちっちゃい)、黒髪黒目の初級冒険者っぽい服装をした若い男であった。
「ゆんゆん、おすすめの店ってここかー?」
「はい、ちょっと前から噂になっていて、一度来てみたかったんですよ」
パーティがいたのか、良かった。
紅魔族の娘(ちっちゃい方)が薬品棚を凝視している。
粉薬が珍しいのであろうか。
「ほほう、これはところてんスライムっ!」
なんだよそれ。
「いや、それは―――」
説明しようとしたところに。
「も~ちょっと何でおいていくのよ!ひどいじゃないの!」
聞き覚えのある声が、した。
遅れまくってごめんなさい。