俺は『簡易機動型 丁』 作:飯妃旅立
ユートペディアというものを知っているだろうか。
咎人、市民、そのどちらでもない者も含めて、パノプティコンにいる”資源”すべての情報が載っているデータベースだ。正確に言えば、載っているはずの、と言ったほうが正しいかもしれないが。
というのもこのデータベース、それなりの技術があれば書き換えは然程難しい事ではないようで、フラタニティの連中や市民たちが頻繁に書き換えている。故に、存在しない筈の咎人がいたり、データはあるのに実在しない市民がいたりと、正直役割を全うしているとは言い難いのだ。
とはいえ、普通に貢献して、普通に受刑している分には何も問題ない。
どころかユートペディア自体触れたことのある咎人が少ないので、技術分野にかかわらなければすっかり忘れてしまっていた、なんてこともあり得るようなのだ。
さて、どうしてこんな話をしたのか、といえば。
『どうしても君は捕まえられないようだったからね、君のWill’O粒子から君の意思パターンを割り出して、こっちでユートペディアに”仮登録”させてもらったよ。あぁ、安心してくれ。僕は君を民生院や安保に報告する気はないからさ』
コイツ……直接脳内にッ!!
なんてふざけている場合じゃない。
声からしてユリアン・サダート#eだが、そんなことまでできたのかコイツ。
『驚きか……すごいな、本当に人間の思考パターンに似ている。あぁ、もしかして僕のことを知っていたのかな? 彼女と協力している市民は少ないから、ばれるのは時間の問題だとは思っていたけど、まさか小型にバレているとは思わなかったよ。
君の驚きは……そうだな、君のパターンに割り込んだことと、その技術力に関して、かな?』
肯定する、が……。
あ、いや、そうか。アリエスさんも似たようなことやっていたし、出来ないわけではないってことか……それにしたって。
『僕の上司にね、こういう分析とか根回しとか改竄が得意な人がいて』
……あぁ、ベアトリーチェを追う安保を煙に巻いたっていう。
その上司有能すぎてなんか怪しいんだよなぁ。カルロスとかいう名前だったりしない?
『疑問? さすがにわからないな……。あ、そうだ。君、文字も理解しているんだろ? 天罰の時のプロパくんをクラックしたの、君しかいないと思うんだけど』
肯定。
すぐにユリアン・サダート#eの端末に入り込む。
コマンドプロンプトを勝手に立ち上げ、その場で書き換え。目の前の入退監視端末君のカメラを繋げて俺を映し出し、その下に簡易のテキストボックスを生成した。
うぃるおーってすごい。それっぽい事をしたい、という意思が大体の操作をしてくれる。
「うわっ……これ、君が?」
『そうだ。ユリアン・サダート#e。何か用か。ログは辿られないように処理しているが、物理的なスキャンは避けられん。用件は迅速に頼む』
「……本当に意思があるんだ。裏で誰か市民が操っている、とかでもなく」
『肯定する。それだけか』
……なんかすっごい久しぶりに会話をしたせいか、こう、無駄に威圧的になっている気がする。いや、なんというか、機械語ってこうなんだよ。全部命令口調っていうか、簡潔に話すもんなんだよ。
「待ってくれ。君と話したいのは確かにあるけど、用件はそれじゃあないんだ」
『そうか』
「君がノクィート達に協力してくれる姿勢なのを見込んで、頼みたい。彼女らを」
『助けてやれ、という用件であれば聞き届ける事はできない。彼女らは十二分に強く、俺たちの助けを必要としていない。加え、俺達が助け続けていては……何れ来たる憤怒に、幽光に抗う事は叶わないだろう。
無論俺達も出るが、あれらには有効的な手段が現状見つからない。俺単体ならば届くやもしれんが……先日の錆朱と戦って理解した。現在の小型部隊では天獄アブダクターには勝てん。ノクィート含め、咎人とアクセサリの成長が必要だ』
所詮小型は”UZEEEEE”止まりなのだ。
それが脅威に成り得るのは、俺のように意思が乗っている場合だけだろう。天獄アブダクター……特に範囲攻撃に長けたペルタトゥルムやディオーネを相手にした時、小型と大型軍団で相手足り得る自信は、少なくとも今は、ない。
せめて全小型が俺……つまり簡易型の丁クラスの硬さを手に入れられれば話は別なんだが。
「すごいな……君、どこまで見据えているんだ? Will’Oに発現した意思。意思を持つ電気信号が、完全な偶然で生まれた人間に近しい自我。
『協力の要請は理解した。彼女らがロストする可能性のある場合のみ、力を貸そう。その代わり、協力を要請する。ユリアン・サダート#e』
「なんだい?」
つまるところ――俺達も強化しないといけないのだ。
ランクアップ、をな。
『彼女らにボランティアを発行したい。今はまだ
「わかった。つまり君が僕にお願いしたいのは、ボランティア発行のプロセスと、名前の貸し出しだね?」
『素晴らしい。さすがに
そんなことをすれば発行された側の彼女らが真っ先にブタ箱行である。
まぁ、ここがすでにブタ箱ではあるんだけど。
「よし、じゃあ交渉成立だ」
『無欲だな、ユリアン・サダート#e。お前の願いはないのか』
「恩があるからね。当然だとも」
……良いヤツだなぁ、本当に。
よーし、突き放すような言い方はしたけど……ま、見守るよね!
さて、と……ユリアン・サダート#eは、ようやく、といった様子で肩を撫でおろし、一息ついた。
ユリアンの上司が、例の小型を補足できたかもしれない、と言ってきた時は肝が冷えた。あの小型は彼女たちに協力している機体であり、それが捕獲されてしまおうものなら彼女へ仇を返すことになってしまう。
しかし上司は、ハハハッ! と笑って、ユリアンに一連の件を一任する、と言ってくれた。元から理解ある上司だったからその時は例の一言で済ませてしまったが、本来であれば完全な反逆である。
その技術力の高さと豪快さには舌を巻く思いだった。
そんな上司の協力もあって、小型――彼と、対話する事が実現したのだ。
「
まるで、ひとりの人間を相手にしているようだった。
否、それ以上の……何か、別の次元の魂と対話しているような気さえした。
意思を持つ電技信号が、自我を持つ電気信号へと進化した。
その事実に技術者として、多大なる興奮と……僅かな、しかしゼロではない恐怖を覚えている。
今でこそこのパノプティコンに協力してくれている彼だけど、もし、他のパノプティコンや……天獄に、彼がついたら。
いや、全てのアブダクターを、反乱させでもしたら。
……こんな、僅かに残された咎人を制御する技術だけで成り立っている砂上の楼閣など崩れて消え去るだろうな、と笑う。
「……仮定の話をしていても仕方ないか。とりあえず……強力な味方がついたことを、喜ぼう」
……細部まで思い描いてしまえば、それが現実になってしまうような気がしたから。
と、いう
晴れて俺は――市民権を、獲得したわけである。
だってそうだろう。仮とはいえ、ユートペディアに載ったのだ。
ならばやる事は一つだろう。
咎人を――非実在咎人を――無駄な資源を――!
ユリアン・サダート#eとの対話で思い浮かんだ事なのだ。
裏で操っている人物。そんなものはいないが、そんなものが
俺に原因があると断定されて、ウィルス等のソフトの可能性から今いる小型が全部廃棄処理、なんてことにもなりかねんからな、現状。
決して尻尾を掴ませない、実在すら怪しい
さぁ、キャラメイクのお時間だ。バックストーリーとかも決めよう。一応咎人として武器も決めておくか? いや、二級市民扱いで技術を得た、みたいなのも……。
ふ、ふふ……安保を撒くためだけとはいえ、いい仕事をしてくれたユリアン・サダート#e。
これはいい暇つぶしになりそうだ――。
ようやく会話ができたー!