白猫プロジェクトのフローリアとカスミ、呪武器関連の思い出とイベントに準拠しています。
「巫さまー!」
「おお、巫さまがいらっしゃったぞ!」
そこかしこで歓迎の声があがる。他ならぬ私の親友、フローリアに注がれるものだ。
「すごいわ。大人気ね、フローリア」
「ええ、ちょっと恥ずかしいけどね」
そう言いつつも、あまり動じない様子で彼女は言った。注目されるのにはもう慣れてきたのだろうか。
「巫さま、腰を痛めてしまって毎朝の趣味のウォーキングができんようになってしまったんじゃ……」
「オレも脚を怪我しちまったばっかりに満足に仕事もできやしねえ。何とかしてくれ、頼む!」
「私も体調が……」
我先にと村人たちがフローリアに助けを求めてくる。いつものことながら、まるでどこぞの教祖様のような慕われっぷりである。
「はい、順番にひとりずつ診ていきますから、安心して待っていてくださいね」
誰かの勘違いから始まった巫の真似事も、大分板についてきたようだ。最初は私も戸惑ったけれど、彼女たっての希望で、クルーシャさんとの契約が終わっても、こうして各地への行脚は続いている。私はそれを補佐する役目だ。
もちろん、ただ困った人々の救済をしているだけではない。巫のもうひとつの仕事であり、私の一族の使命――
『まがこと』の浄化だ。
今までは孤独な戦いだった。
孤独であるべきだと思っていた。それが私の使命だと。
だからあえて他人とは関わらないようにしてきた。
そんな生き方を、間違っていたとは思っていない。
ただ、こうして彼女とともに、かつて孤独だった稼業に奔走する日々に充足感を覚える自分が不思議だった。
巫と勘違いされて間もない頃、彼女は思いつめていた。自分自身の『弱さ』に。
まがことは狡猾だ。そういった弱さには鋭敏に喰い付いてくる。まだ経験の浅かった彼女がそれに打ち勝てたのは、「彼」の打ち出す不思議な光によるところが大きい。私がついていたとはいえ、あの状態の彼女を連れていったこと自体が、今となっては悔やむべきことだ。
あの日以来、彼女は強くなった。何も巫としての能力だけではない。まがことと対峙するにあたって、本当に必要なのは心の強さだ。周りへの気遣いを絶やさない彼女にとって、『ただ守られていただけ』だったことを理解するのはよほどの苦痛だったに違いない。それを乗り越えられたのは、彼の発する光のせいか、彼女自身の意志なのか、それとも…… 。
思考はそこで中断された。
「カスミ」
仮設診療所の間仕切りをずらしながら、フローリアが神妙な面持ちで顔を出した。
「……ええ、どうしたの? フローリア」
「警備の途中で悪いんだけど……」
「『まがこと』が関係してるかもしれない相談があったの」
妙齢の女性が、フローリアの前で俯きながら座っている。
「私の大切な一人娘が、今朝遊びに行くと言ってからどこかへ行ってしまって……家族で手分けして探したんですが、一向に見つからなくて……」
この村は、魔物の溢れる森に囲まれたぽっかりとできた安全地帯で発展してきたようで、夜の森深くなどに入ってしまえば子どもは勿論熟練した冒険家でさえ遭難してしまうことがままあるらしい。
もう日も暮れかかっている。このまま見つからなければ、最悪の結果になりかねない。
私は尋ねた。
「何か、手がかりはなかったの?」
「村の北東に、子どもたちの遊び場がある。そこからさらに奥、普段は立入禁止の緩衝地帯があるんだが、その森と面した端の方に、魔物の足跡のようなものがあった……!」
若い母親の後ろに立っていた、猟師風の男が怒りに震えながら言った。
「魔物に攫われたに違いない! きっとそうだ! 森に近づくなと散々言ってあったのに、あんな近くまで行くなんて……!」
「私たち村人でも、あれより奥には近づくことができないんです。どうか、どうか巫さま……」
「どうか、ご心配なさらないでください」
聴く者を包み込むような優しい声。
私でさえも、本当に彼女が巫であると錯覚しそうなほどに。
だから私も努めて明るく振る舞った。
「あなたたちのお嬢さん、私たちが必ず見つけてあげるから」
それでも、最後まで両親の顔が晴れることはなかった。
無理もない話だ。ここまで決定的な証拠まで残っているとなれば、なおのこと。
それでも私たちには、「まがこと」が関わっているであろう事柄には猛然と立ち向かう覚悟がある。
災いの種は、ひとつひとつ摘んでいくことしかできないのだ。
私達は現場へと急いだ。
その途中、唐突にフローリアが立ち止まる。
「待って、カスミ」
「どうしたの?」
「スイレンの、香りがするの……」
私は息を呑んだ。
スイレンの人。
彼女を、二度助けた恩人。
そのスイレンの人が、なぜここに?
「とにかく、急ぎましょ」
「……ええ」
緩衝地帯はそこからそう遠くない場所にあった。
「まずは詳しく調べないと」
森の中には父親の言葉通り、魔物のものらしき足跡が残されていた。
足跡は二通り。
人間とほぼ同じ間隔ながら、足型のみが異形のそれであるもの。
四足歩行と思われる間隔の、より沈み込んだ足跡。
こちらの方が体重ははるかに大きいと考えられた。
後者の方が、前者を追跡しているかのようだった。
「やっぱり、あの人の香りだわ」
フローリアが言った。
「この足跡が、スイレンの人だっていうの……?」
「うん、間違いない」
スイレンの人が、無意味に誘拐を働くような人物でないことは、私も知っている。
つまるところ。
スイレンの人が、女の子を庇いながら、大型の魔物に追われている。
そう考えるしかなかった。
足跡はまだ新しい。今から追っても追いつけそうなほどだった。
「とにかく、この足跡を追うしかないわね」
隣でフローリアが力強く頷いた。
彼女ならスイレンの香りを追うこともできるだろう。
二つの足跡は長く続いていた。
今もなお、彼は逃げ続けているのだろうか。
隣を走るフローリアの表情も、心なしか暗い。それでも、速度を緩めることは決してなかった。
私たちの眼前に、唐突に毒沼が現れた。
「これ、ただの毒沼じゃないわ」
猛毒。
冒険家といえど、手当てを急がねば戦闘不能に陥る、至極危険なものだ。
この森は危険が多いが、まだ村と近い位置にある。猛毒の沼が突然姿を現すことそれ自体が不自然だった。
こんなものを生み出せるものは、ごく限られた凶悪な魔物しかいない。猛毒をかき集めて沼まで作ってしまう存在が、スイレンの人を追っている。
足跡のひとつは毒沼に消え、もうひとつは自身の作った毒沼を渡って向こう岸に続いていた。幸いにも、この攻撃は避け切れたようだった。
「フローリア、戦闘の準備はできてる?」
彼女は黙して頷いた。
この先、スイレンの人を追う強敵を討たねばならない。弓を握る手に力がこもった。
「……!」
いた。その身体は紫色に染まり、溢れんばかりの瘴気が立ち上っている。
今まで出くわしたどの魔物にも当てはまらないその外観は、人工的に合成された魔瘴獣種を想起させた。
そいつは今まさに、毒液を発射しようとするところだった。
その先には、スイレンの人。
急がねば。
「フローリア!」
「ゆきます……!」
「「祓いたまえ……」」
「「清めたまえ!!!」」
各種ルーンの力と、魔を祓う神通力。
そのありったけを込めた矢が降り注ぐ。そいつは矢を全身に受け、あっけなく倒れた。
が、遅かった。着弾までの間に、そいつは攻撃を完了していた。
遅れて、大爆発。
辺り一面に猛毒の雨が降り注いだ。
「危ない!」
私は咄嗟に飛び退く。ほぼ同時にフローリアも飛び退いた。
ちょうどさっきまで自分たちのいた場所までが、猛毒の沼と化した。
「スイレンの人は!?あの子は!?」
フローリアが叫ぶ。
猛毒の霧が徐々に晴れると、その中で遠くに蠢く小さな影が見えた。
「助けないと……」
「わたしが、助けないと……」
フローリアが、ゆらりと立ち上がる。
「……っ! フローリア、何を……!?」
私の制止もきかず、彼女は毒沼へ足を踏み入れた。
「……ううぅッ…ぁぐっ……」
どんどんと進んでいく。苦痛に顔を歪ませながら。
「無茶よ、フローリア!」
言いながら私も足を踏み出しかけ、すんでのところで思い直した。
……ダメだ。私まで行ってしまったら、誰がフローリアを助けるのか。
共倒れは絶対に避けたかった。
解毒の薬草は最小限持参して来ていたが、猛毒までは想定していなかった。効力があるはずもない。
「はァッ……あっ、ふっ……ううう……」
後ろから見ていることしかできない。
己の無力さを、呪った。
毒にその身体を蝕まれても、彼女は速度を緩めることはなかった。
「はっ……もう…すこし…まっていて……くださいね…ぅうッ、みな……さん…」
一瞬が数時間に引き伸ばされたような時が過ぎた。すべてがスローモーションに見え、思考は混濁した。
気がつくと、私は泣き叫んでいた。
「もう止めて! フローリアああっ! 今からなら間に合う! それ以上進んだら……それ以上は……」
「帰ってこられなくなる!」
「大丈夫よ、カスミ」
私は目を見張った。
フローリアは、笑っていた。
いつものように。
どうして…?
どうしてそんな顔をしてるの?
まるで……まるで、覚悟を決めたみたいじゃない……。
それからのフローリアは、もう苦しむことはなかった。ただ静かに、静かに毒沼を進んでいった。
「ああ、苦しかったでしょう、スイレンの人」
彼女の声がした。
「いま、助けます」
ああ、辿りついたのね、フローリア。
彼女は矢をつがえ、真上に放つ。
「いのちの芽吹きをここに」
矢は彼女の目の前、スイレンの人のすぐ後ろに突き刺さった。
次の瞬間、
私は毒沼に咲く一輪の白百合を見た。
その百合を中心に波紋が広がる。いのちの波紋だ。その中心に立つ彼女は、この光景の中にあって、ひときわ輝きを放っていた。
猛毒すら浄化する力。植物、その魂にまで祝福された彼女の、真の力だった。
気がつくと、猛毒の沼は跡形もなくなっていた。
森の中にぽっかりと出来た草原。横たわるスイレンの人と、彼に守られるようにして眠る女の子のそばで、フローリアがただ佇んでいた。
夢中で駆け寄り、抱き寄せる。
「フローリア、平気なの!?」
「ええ、平気……よ……」
「……」
腕の中で、力が抜けていく感覚。
彼女は、精神力だけでこの場に立っていたのだろう。倒れるようにして眠ってしまった。
念の為フローリアと女の子の容態を確認しようとしたとき、目の前にスイレンの人が立っていた。
「――」
彼は何も言わず、優しい手つきでフローリアを抱き上げた。彼女を見るその眼は、いかめしいその外見と正反対に穏やかだった。
「――」
「ねえ」
スイレンの人が、顔を上げた。
「いつかまた、会いましょう。すべてが終わったあとに」
しばらく無言だった彼は、そっとフローリアを地面に降ろし、一つの咆哮を響かせて森の中へ消えていった。
「ありがとう、スイレンの人」
投げかけたその言葉すらも、森の闇に吸い込まれて溶けていった。
フローリアは丸一日眠ったあと、何ごともなかったかのように目を覚ました。
あのとき彼女は自分の持てるすべての力を振り絞り、自分と周囲の毒を根こそぎ消し去ったらしい。
女の子も擦り傷程度で、両親も泣いて喜んでいた。
お礼にとなぜか大量のクマの剥製を勧めてきたが、そちらの方は丁重にお断りしておいた。
数日後。毒沼の残骸まできちんと処理した後、私たちは村を発とうとしていた。
「ねえ、カスミ」
「巫としての初仕事、覚えてる?」
「あの遺跡で……彼の力を借りて初めてまがことを祓ったとき」
「あれは自分の弱さだったの。いろんなものに守られて生きてきて、それを見て見ぬ振りしてきた……」
「あれを撃ち抜けたのは、彼の力もあってこそだけど、彼は私を動ける状態にしてくれただけ」
「カスミの教えてくれた弦打がなければ、私は私でなくなっていたかもしれない」
「あのときからずっと考えていたの」
「どうしたら、私は『守られるだけの存在』から卒業できるのか」
私はただ黙ってフローリアの話に耳を傾けていた。
「でも、こんなに近くに答えがあったなんて知らなかった」
「私が我を忘れて毒沼に入っていったとき、不意に後ろから声が聞こえた」
「カスミが呼びかけてくれた時、私は安心したの」
「もし私がすべての力を浄化に使って動けなくなったとしても、きっと助けてくれるだろうと思って」
「だから、私は力を出し切ることができた」
「私は、いつの間にか強さを得ていたの」
「自分一人では、決して出せない力」
「『頼ること』で得られる力」
「やっと……見つけた」
不意に、抱き寄せられる感覚がした。微かな花の匂いと温もり。
「ありがとう……カスミ」
「巫さまー!お達者でー!」
「是非また来てくださーい!」
「やべえ……オレ巫さまめっちゃタイプなんだけど……」
別れの挨拶の中、聞き捨てならない台詞も聞こえたので、とりあえずガンを飛ばしておく。
「ヒッ、なんでもございません……」
「ちょっと、カスミ……」
「あんたはもっと用心した方がいいのよ! ほらほら」
沸き立つ群衆の中、フローリアの手を引いて急ぎ足で歩いてゆく。
「……ねえ、次はどこに向かおうかしら、カスミ?」
「さあ、どこでもいいわよ?」
「フローリアと」
「カスミと」
「「一緒ならね!」」