春の東京大会初戦、対戦相手は恋ケ浜キューピッド。
地区大会とは思えない大観衆だった。
大勢の観客に、録画中継するためのテレビカメラ。
リポーターのお姉さんが、
「エース桜庭君率いる王城ホワイトナイツの試合が間もなく始まります!」
と元気にテレビカメラに向かって喋っていた。
それを聞いた桜庭さんは、落ち込んでいた。
「お、俺が率いているわけじゃ・・・・ないんだけどな」
「気にするな桜庭、注目されるのもモデルの仕事だろ?
それに・・・・・悔しければ本当のエースになってやればいいじゃないか」
高見がフォローを入れる。
「お、俺なんかが・・・・・・・・・・・・・」
(無理だ・・・・進と小早川に勝ってエースになんてなれるわけが・・・・
・・・・・でも、無理だなんて、言いたくない)
そんな桜庭の心情を察したように、高見は言った。
「できるさ・・・・お前なら・・・だがそれは、お前の覚悟次第だがな」
「それは、どういう・・・・」
「サクラバちゃ~ん、テレビの方がインタビューしたいんだって」
マネージャーが割って入り、桜庭を連れて行ってしまった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・まだか」
高見の呟きは誰にも聞こえなかった。
例え聞こえていても、理解できたのは庄司監督だけだったろう。
・
それは、試合開始二時間前に、最後の栄養補給をしている時だった。
最初に気づいたのは大田原さんだった。
「お、やっぱり来たな、あいつら」
「あいつら?」
「神龍寺ナーガだよ、うちと神龍寺が関東では双璧って言われてるんだよ」
僕の問いに高見さんが答えてくれた。
桜庭さんのインタビューを終えたリポーターとカメラクルーがその神龍寺の人達に向かっていく。
「去年、うちの先輩達、黄金世代って言われている三年生がいる時、うちは惜敗してるんだ」
高見さんが説明をしてくれる。
リポーターが神龍寺のドレッドヘヤーの選手に声を掛けている、阿含さんだな。
あ、ここなんか憶えている。
「桜庭君の偵察ですか?」って聞くリポーターに、阿含さんが鼻で笑って、
「そーでーす、サクラバ君のてーさつで~す」と答えるの。
聞こえないけど、そうであろう場面が見えている。
「本当に惜しかったんだ、最終クォーターまで勝ってたんだよ、彼らが出てこなければ勝ってた、
神龍寺の監督は出来れば出したくなかったんだろうね、彼ら四人を・・・・・」
高見さんの話が続いているが、僕はもう聞こえていなかった。
「・・・・・・・・・え?」
思わず立ち上がっていた。
阿含さんの隣に座っている人に目を奪われていた。
そこにいたのは・・・・・・・・・・
ヒル魔さんだった。
神龍寺の制服を着た、蛭魔妖一が座っていた。
よく見ると、その隣に栗田さんが、さらにその隣に武蔵さんもいた。
(・・・・・うそ・・・・ヒル魔さん達・・・・いるじゃないか、それも、神龍寺に・・・・
・・・・じゃあここは、ヒル魔さん達がいないパラレルなワールドじゃ・・なかったんだ)
「・・・・・・ヒル魔・・・・さん?」
僕の呟きが聞こえた高見さんが話す。
「ん、ああ、そうだ、今言った四人とは、彼らだよ・・・・・・
金剛阿含、雲水の弟だね、神速のインパルスと言われる天才だ、
栗田良寛、ベンチプレスで進や大田原を越える怪力ライン、
武蔵巌、60ヤードマグナムと呼ばれる高校屈指の強力なキッカー、
そして、悪魔の司令塔と呼ばれるQB,蛭魔妖一、
彼らの加入で、試合はあっというまにひっくり返されてしまったんだ」
そういえば、泥門時代に聞いたことがあった。
最初は三人は泥門ではなく、神龍寺に行く予定だったと、
しかし、学力では入れない栗田さんの特待生入学を、阿含さんが潰してしまった。
なので、ヒル魔さんと武蔵さんも栗田さんとアメフトをやるために、
神龍寺ではなく泥門に入学したんだと。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
つまり、ここは三人がいない世界ではなく、うまく神龍寺に入学できた世界ということなのか。
阿含さんに何があったのだろう?
少なくとも、栗田さんを見て、ぷちっと潰してやろうとは思わなかったようだ。
雲水さんが王城にいることに関係がありそうな気もするが、理由はわからないだろう。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
驚愕に声も出なかった僕だが、徐々に沸きあがってきたのは・・・嬉しさだった。
ヒル魔さんがいる。今度は敵だけど、一緒にアメフトができる。また戦えるんだ。
高校の時、一緒にプレーして思ったことは、彼が敵でなくてよかったと心の底から安堵した。
そして大学で敵となったときに思ったことは、その逆ではなかった。
ヒル魔さんは敵に回してはいけない。とは思わなかったのだ。
思ったのは、ヒル魔さんと戦うということは、アメフトを100%楽しめるということだった。
何をしてくるかわからないということは、次は何をしてくるのだろうと思うことであり、
予想を裏切るということは、ある意味期待を上回るということでもある。
何も考えず身体能力にあかせて突っ込むだけでは勝負にすらならない。
アメフトというスポーツを「100%使いこなして」初めて対等な勝負ができる相手。
そんな相手だった。
ヒル魔さんという人物を何も知らなければ、ただの怖い人なのだが、
一緒にいて知ってしまえばこんな評価にかわってしまう。
それが、高校大学と「一緒に」プレーした僕から見た蛭魔妖一という人だった。
・
「あ、ヒル魔~、あの小早川セナ君、こっち見てるよ、ヒル魔を見てるんじゃない?」
栗田がフランスパンを頬張りながら言った。
「確かにヒル魔を見ているな、なんだ、知り合いか?」
武蔵が言う。
「・・・知ってるわけねーだろ、会った事もねえよ」
間を置かず返事をするヒル魔だったが、確かに自分を見ているセナに疑問を感じていた。
(あのセナっていう
・・・・・いや、俺の記憶にはねえ・・・あいつの目は・・・・・・・驚愕?
・・・何にだ・・・俺がここにいることがか、神龍寺が偵察に来ることはおかしなことじゃねえ、
・・・警戒してるわけでもねえ、俺個人を見て驚いてやがる・・・・なんだ?)
相手が自分を見て怖気づくというならわかるが、
まるで昔の知り合いに会ったかのような目で見られるなどということは想定外であったので、
相手の対処方の分類ができず、セナに対して警戒と興味が沸いたヒル魔だった。
(・・・よくわからねえが、こいつは本気で小早川セナについて調べなきゃな)
・
ともかく、試合が始まる。
恋ケ浜は選手全員が彼女持ちらしいのだが、
あいにくその彼女全員が桜庭さんの応援に行ってしまい、
ベンチは寂しいことになっていた。
こっちを睨まれても困るのだが・・・・・・
「試合前のこの感じはいいよな、なんだかこう、血が冷たくなるっていうか・・・」
石丸さんが懐かしいセリフを言っていたが、誰もリアクションを取っていなかった、
おそらく去年も毎試合毎に言っていたのだろう。
・
円陣を組み、大田原さんが声を掛ける。
「騎士の誇りにかけて勝利を誓う、そう我々は敵と戦いに来たのではない、
倒しに来たんだ!」
全員が拳を握った手を出し、ガチガチと合わせあう。
「
・
恋ケ浜が先行で攻撃、なので僕はベンチスタート。
僕の仕事は攻撃のみ。両方出てもいいのだけど、実際の話、王城ディフェンスの守備ゾーンと
フォーメーションに僕なんかが入っても邪魔になるだけだ。
今の王城の守備を完全に破れるチームでも出てこない限り、僕が守備をする機会はないと思う。
・
最初のワンプレーで、相手のQBが、進さんのトライデントタックルの直撃を食らい、
数メートル吹き飛ばされて動かなくなった。
こぼれたボールを進さんが自ら拾い、そのままタッチダウンして先制した。
進の凄まじいプレーに観客がざわめく。
「すっげえ、あれが高校最強のラインバッカー、進清十郎か」
「社会人リーグでも即戦力として欲しがっている逸材なんだってさ」
「おい、進のプレーは全部撮れよ」
「なんつーパワーとスピードだよ、バケモンだな」
「すご~い、さすがサクラバくん!」
「いや、桜庭出てないし」
試合を理解していないリポーターのお姉さんがプロデューサーにツっこまれていた。
吹き飛ばされた主将でQBでキッカーの正にチームの柱の初條さんだったかは退場。
応援してくれる彼女もおらず、残された選手は士気だだ下がりで早くも勝負が見えた感じがする。
その後は1ヤードも進めずに攻撃権が王城に渡った。
「監督、神龍寺が偵察に来ています、小早川は温存してもよいのでは?」
高見さんが監督に提案する。
「・・・・いや、データはいずれ取られる、勝負はそれからだ、小早川、行け」
「はい」
いよいよ高校デビューだ。心地よい感じで緊張している。
相手が誰であろうと負ける気はしない、甘く見たりもしない。
対戦相手に敬意を払って全力を尽くし、そして必ず勝つ。
それが、進さんからお前がエースだと言われるということであり、
自ら最強の選手であるアイシールド21を名乗るということだと思っている。
プレー前から観客がざわつきだした。
「王城ホワイトナイツの攻撃、つまり、サクラバ君の出番ですね」
リポーターのお姉さんが嬉しそうに言う。
「そうだけどね、でもこの観客のざわつきの半分は、彼に対するものだろうね」
プロデューサーが言う通り、歓声の半分は、ミーハーな女性の黄色い歓声とは違った、
彼に対する期待のようなものが窺えた。
「ついに出るぞ、小早川セナが」
「今日高校デビューなのに既に日本最高のランニングバックって言われてるあいつが」
「噂では進と一騎打ちで勝ったそうだぜ」
「マジかよ」
「おい、小早川セナのプレーも全部撮れよ」
「ケケケ、アイシールド21か・・・知ってて付けてんのか、アイツは、
だとしたら・・・・顔に似合わず豪胆なヤロウだぜ」
「そうなの、ヒル魔?」
「知ってて付けてんならな、謙遜なんて誰だって出来るんだよ、
自らの最強を謳って自分を追い込むなんて、そうできるもんじゃねえ」
(・・・・出し惜しみはしない・・・今までの自分が身に付けたこと・・・
・・・新しく身につけたこと・・・・・全部出そう・・・・・
彼がみているんだ・・・・ヒル魔さんが・・・今の僕のことは知らなくても、
僕は彼を知っている・・・・自己満足なのだろうけど、これは僕の「恩返し」なんだ)
・
ポジションにつく。
リターンで石丸が持って走ってかなり進み、ゴールまでもう残り約20ヤードとなっている。
「くっそ~、もうこうなりゃ、あのアイシールド21だけは潰してやるぜ、
パスも他の奴のランもどうでもいい、噂のあいつだけは止めてやる」
恋ケ浜の選手が自棄になってそんなことを言っていた。
それを知って尚、高見は最初のプレーをセナによるランを選択した。
(これは恋ケ浜だけに対するプレーではない、これを見ている神龍寺に、
これから対戦する相手に、今年の王城は違うぞと見せつける為のプレーだ)
「HUT」
セナがボールを受け取り、中央を突破にかかる。
大田原に蹴散らされ、がら空きのラインを突破する。
しかし、そこにパスも他のランも無視した恋ケ浜の選手の残りがわらわら詰め寄ってきていた、
その人数、ディフェンスラインの4人を除く残りなんと7人。
「わ、恋ケ浜、捨て身の作戦がズバリ的中だ」
「あれじゃあランだけじゃあ抜けるスペースがねえ」
観客から声があがる通り、すり抜けるスペースすらないように見える。
(・・・スキマがない・・・スピードだけで抜けようとしてもどこかで捕まる・・・・
横一列にラインを作られたらどうしようもないけど、個別に寄せられているだけなら・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・ないならば・・・・作るまでだ!)
一人、二人、三人
クロスオーバーステップを使ってすり抜けるルートをジグザグに走る。
しかし狭く、そのまま走っても相手の腕に当たってしまう。
一人目は、伸ばしてくる腕を、手刀、泥門時代でいうデビルスタンガンで打ち落とし抜き去る。
二人目は、一人目に近く走った分、急なカットで横を抜けた。
三人目は、真正面に来てしまったので、スピン、泥門時代でいうデビルバッドハリケーンで、
相手を弾いてこれを抜いた。
四人、五人
左右からタックルの体勢に二人が既に入っている。
このまま加速しても捕まってしまう。
相手のタイミングを崩させるロデオドライブを使ってスピードに緩急をつけ、
加速直前の位置にタックルがくるようにズラすことに成功し、一気に二人を抜いた。
六人
セナは、スティフアームを使って相手を抜き去った。
スティフアームとは、伸ばした腕をつっかえ棒にして距離をとる技術のことだが、
普通、小柄なセナが使うと、相手のほうが腕が長いので逆に捕まってしまうが、
セナは、相手の身体を押すのではなく、その脅威の動体視力で相手が伸ばしてきた腕に対して、
手を当て、自分の身体を押し出すようにして抜いていた。
これは、紅白戦で進を相手にとっさに使った技だが、
セナはあれ以降、練習し、今では意識して使えるようにまでなっていた。
七人
ゴールラインまで残り数ヤード、
真正面から突っ込んで行き、相手とぶつかった瞬間、
相手との接点を軸として「縦」に回転して相手を登り上がり、越えた。
縦のデビルバットハリケーン。
泥門時代に白秋のマルコ相手に一度だけ使った技。
凄まじいスピードで回転しながらもセナは空間を把握し、足から着地した。
「タッチダウーン」
審判が宣言する。
瞬間、大歓声が沸き起こった。