アイシールド21 強くてニューゲーム   作:ちあっさ

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17th down 神龍寺ナーガ 其の弐

コイントスの結果、選択権は神龍寺が取った。

そして、ヒル魔が選んだのは、後攻だった。

 

(ヒル魔なら攻撃を選択するとばかり思っていたが…何を考えている?)

 

怪訝に思い、ヒル魔を見る高見だが、ヒル魔はいつものように笑っているだけで全く意図が掴めなかった。

 

 

キックオフで王城の攻撃が始まった。

神龍寺はキックはセナのいない石丸の方へ蹴った、

セナに走られればどこまで持っていかれるかわからないので、どのチームもする当然の策だった。

ボールをキャッチした石丸は、そのまま走ってほぼ中央までリターンした。

 

 

王城の最初の攻撃時、観客が大きくざわめく。

いきなり守備に金剛阿含が登場し、更に阿含が明らかにセナのマークにつこうとしていたからだ。

 

100年に一人の天才と、史上最高のランニングバックの対決といういきなりの展開に観客は盛り上がった。

しかし、明らかに自分に向かってこようとしている阿含を見て、セナは違和感のようなものを感じていた。

 

(…なんだか、阿含さん……気が抜けてないかな?)

 

自分を見て見下したようにニヤリと笑ったかと思うと、次に王城のベンチを見てクククと笑う。

どうみても集中していない。

 

(つまり僕は…舐められているんだな)

 

今までならそれでもよかった、自分個人に言われているなら気にしなかった。でも今は違う。進さんに王城のエースだと言われ、自ら最強の選手である証のアイシールドをつけて試合に臨んでいる、舐められるのだけは許してはならない、誰であろうとも。

 

セナは深く、静かに集中を増していった。

 

実際の所、セナの思いは正しかった。

阿含はセナのプレーはビデオで少し見ただけでセナの実力を決め付け、見下してダレていた。

 

(確かにスピードはある、あるが、それだけだ、パワーが無さ過ぎて相手にならねえな。

俺の神速のインパルスで反応すれば捕らえるのは容易い。

俺の反応速度が人類のほぼ限界である以上、それより早く動けるわけがねえので懸念材料など全く無い、

後はどう派手に倒して姉崎のナンパに繋げるかだ、何もさせずカッコよく派手にブチのめして強さをアピールするか?

いや、このカスチビは足だけは速いので有名らしい、ならば、わざと泳がしてそこを俺が捕らえることによって俺の才能をアピールするか…)

 

阿含は試合が始まっているのにそんなことを考えていた。

そんな阿含の様子を王城側から見ていた雲水は、阿含の油断にチャンスとは思ったが、それ以上に不気味さを感じていた。

 

(阿含は例え試合終盤からしか出なくても、出るときは集中していた、あいつの集中力は常人よりも遥かに高い、今は確かに小早川を軽んじて珍しくダレている、と言うより、あいつの視線から判断するに、姉崎へのナンパ方法に集中しているといったとこか、これはチャンスだ…だがしかし、それに気付かないヒル魔ではないだろうに、何故阿含に何も言わない、これまでだって、試合までに小早川のプレーをちゃんと見せていれば頭のいい阿含は彼の才能と危険性に気付き、ここでダレるようなことはしなかったはずだ、そして今も、ヒル魔は阿含に一声掛けるくらいしてもいいだろうに、俺から見るに、アメフトに関してだけは阿含はヒル魔を信用している、言い方によってはちゃんと聞くはずだ。

にも関わらず、阿含を放置している。

ヒル魔も小早川を舐めている?

いや、ヒル魔に限ってそれはない、断言できる。

ならば、ヒル魔にとって、この状態が望み通りの状態なのだということになる。

……わからない、自分のチームを不利にすることがか?

阿含に小早川との勝負で負けさせることがか?

……!…負けさせる…だと)

 

雲水がそんなことを考えている間に、両チームがポジションについた。

 

「おっと、始まっちまったか、それじゃあ…プチっとチビカスを潰しちまおうかね」

 

驚くべきことに、阿含はプレーが始まる瞬間に思考を試合に切り替え、深く集中し、それを完了させた。

即時反応し、正しい行動に移れるのは瞬時の状況認識の高さを現している。

神速のインパルスという呼び名は伊達ではないということがこの一連の行動からでもわかった。

 

ポジションにつきつつ、阿含はセナに声をかける。

 

「おい、そこのチビカス、この俺が直々にマークしてやるんだ、喜べ、そして死ね、クァハハハ」

 

ニヤニヤ笑いながら超上から目線でのたまう阿含。だがその様子に、さっきまでのダレた様子は微塵も無い。

阿含がセナにかけた言葉は、まもりにも聞こえていた。

セナをチビカス呼ばわりされ、まもりの目がスッと細められる。怒っているようだった。

セナとまもりが幼馴染であることを知らない阿含は、セナをチビカス呼ばわりしたことでまもりを怒らせ、ナンパ成功フラグを自らヘシ折っていたことに気付いていなかった。

もっとも、結果的に阿含はそのことに気付くことはなかった。何故なら、試合後にまもりに声をかけようと思っていた阿含だったが、試合後にはそんな余裕は欠片も残っていなかったからだ。

この試合以降の金剛阿含の目には、心には、小早川セナしか見えていなかった。

 

阿含の潰し宣言を聞いた細川一休は密かに息を吐いた。

 

「阿含さんはやるって言ったらやるからな、あのアイシールド、死んだな」

 

 

「HAT!」

 

高見のコールで王城の攻撃が開始された。

セナがボールを受け取ってサイドを回って走る。

素晴らしいスピードで走るセナだが、走る先には当然のように阿含が回りこんでいた。

それを見てもセナは阿含を避けず、真正面から向かって行く。

事実上の一対一の勝負になった。

最初の1プレー目で両チームのエース同士の激突に観客が固唾を飲む、

プレー中の選手でさえも一瞬二人の対決に見入ってしまった。

 

「行くよ、阿含さん」

 

セナは深く集中したまま阿含に向かっていった。

ザザザっとセナの身体がブレるように揺れる、

細かいステップで身体が分身したように見えるほどの速さだった。

クロスオーバーステップでセナが阿含の脇を一瞬ですり抜ける。

 

「出たァアア、阿含相手にいきなり蜃気楼の騎士(ナイトオブミラージュ) だ、小早川の勝ちだ…あ?」

 

王城の選手の誰かが叫んだが、その言葉が言い終わる前に、阿含はセナの前に立ち塞がっていた。

 

神速のインパルス。人類の限界とも言われる超反応だった。

 

「テメー、この前見た時より速くなってやがんな」

 

「……」

 

セナは周りの驚愕をよそに、阿含の反応をむしろ予測通りと言わんばかりに続けて行動に入っていた。

阿含を軸として自分の身体をスピンさせて、まるで阿含の身体の表面を横に転がるように抜き去った。

 

「こ、今度はホワイトトルネードだ、これで決まっ…ああ」

 

しかし、さっきと同じだった。

セナがその超スピードで抜いたと思った次の瞬間には阿含は超反応で回りこんでいる。

 

「ま、だからといって、100の力に対して10の力が15になったっつう…」

 

余裕綽々に阿含が言い放つ、セナの力など取るに足らないと。

しかし、そのセリフは途中で止まってしまった。

何故なら。

セナが手を伸ばして攻撃してきたからだ。

 

「この俺を…攻撃」

 

絶句して一瞬動きが止まってしまうが、そこは超反応で対応し、セナの手を手刀で叩き落す。

しかし、セナは止まらずに叩き落された手をもう一度手を伸ばして阿含を攻撃する。

 

「この…非力なチビがぁ!」

 

二度目は虚を突かれなかった阿含は、さっきより遥かに強い力で手刀を振り下ろした。

まともに食らえば腕ごと地面に叩きつけられる程の力が入っていた。

しかし、この手刀は空を切る。

二度目のセナの攻撃はフェイントで、阿含の手刀をスピンでかわし、横をすり抜けた。

が、阿含はそれにすら反応する。

阿含はスピードだけでパワーのない「ただの」チビに攻撃されたという怒りに任せて放った手刀をかわされ、一瞬、虚を衝かれたが、

それから反応し、セナを追いかけ、追いついた。観客から見れば、セナと阿含は同時に動いたように見えた。

それほど阿含の反射速度は速かった。

努力でどうこうできる世界ではない、神に愛された、天賦の才能。

いくらスピードがあっても、見てから超反応できる金剛阿含を抜くことなど出来ない、と誰もが思うような動きだった。

だがしかし、セナはそれを「知っていた」。

 

ガッ

 

セナの手は、視線は前を向いたまま、別の生き物のように、来ることが判っていたかのように、横に並んだ阿含の後頭部を押さえた。

 

「阿含の死角から腕で押さえた!」

 

「いくら神速のインパルスでも、見えなきゃ何も…できない!」

 

完全に体勢を崩された阿含は、もうどう反応してもどうしようもなかった。

 

「がああああ!…このカスが…俺を…この…」

 

セナはそのまま、腕を振り切って阿含を地面に叩きつけ、完全に抜き去った。

阿含のフォローになど、誰も入っているわけもなく、セナはそのまま一直線に走りきった。

 

「タッチダァーウン!」

 

審判が両手を挙げて宣言する。

 

「…………」

 

一瞬だけ静まり返った観客が、審判のコールに我に返ったように爆発的に歓声が上がる。

 

「すげ~、小早川セナ、あの金剛阿含に勝っちまったぜ!」

 

「…阿含くんが負けるとこなんて初めて見た」

 

「阿含って100年に一人の天才って呼ばれてたんだろ?

じゃあその阿含に勝った小早川セナって…どうなんの、千年に一人の天才?」

 

「阿含は百年に一人ってわけじゃなかったんだろ、進だって天才だって言われてんじゃん、セナもそうだから、阿含を入れて三人で、100年を3で割って…33年4ヶ月に一人の天才ってことだったんじゃねえの」

 

「速すぎてわけわからんかったけど、とにかくすっげ~!」

 

 

チームメイトに祝福される中、セナは泥門時代にヒル魔が言っていたことを思い出していた。

 

~同じコマ22枚なんてチームほど、ぶっ殺しやすいカモもねえわなぁ~

 

~同じ奴は同じ状況で同じ行動を繰り返してくっからだ~

 

今のプレーも、最初は意識して狙ったわけではなかった。

以前と同じ状況に陥ったので、同じ行動を繰り返してしまったのだ。

セナと、阿含が二人とも。

もっとも、セナの場合は途中からは「憶えていた」分、一瞬速く動けたので差が出たのだった。

 

 

 

「…阿含……金剛阿含」

 

目を見開いたまま呆然とする阿含。誰もが恐れて声をかけられなかった彼に、ヒル魔は静かに語りかけた。

 

「認めろ、阿含」

 

「あ”?何をだ」

 

返事はするが、阿含は微動だにせず、ヒル魔に目もくれない。

 

「わかってるだろ、あいつは、小早川セナは、お前の隣にいるぞ」

 

ヒル魔の声に、ギョロっと目を剥き身体ごとヒル魔に向く阿含。

 

「……!」

 

「小早川セナは、お前のいる天才達の世界へ一歩足をねじ込んできた…どころじゃねえ、とっくの昔に、お前の隣にいやがるのさ、そして今、半歩前を行った」

 

「…………」

 

ヒル魔の言葉をを聞いた後、血走った目でしばらく無言でいた阿含だったが、ようやく口を開いた。

 

「………ヒル魔」

 

「なんだ」

 

「次…ダイレクトスナップで俺によこせ、小早川セナを…ぶっ殺してやる」

 

「ケケケ、そーかいそーかい、ま、せーぜー頑張りな」

 

目が据わって人を殺しそうな阿含の様子に、軽い調子で明るく返すヒル魔。

 

王城サイドでは、ヒル魔と阿含の会話は聞こえなかったが、笑うヒル魔に高見はいぶかしんでいた。

雲水が懸念していたように、負ける事すらヒル魔の計算ではないのだろうかと。

 

実の所、ヒル魔もかなり驚いていた。

阿含を中学の頃から知っているヒル魔は、阿含の自信が過剰でも不遜でもない、本物の天才であることを理解していた。だからこそ、まさかあの阿含に真正面から勝負して勝つとは実は思っていなかったのである。

 

(確かに俺の分析では小早川セナは阿含より少し上とみた、だが少しの差だからこそ阿含の目を覚まさせるにはちょうどいいと思ってたんだがな、元々阿含は予習も練習も全くといっていいほどしねえ、言っても聞きゃあしねえ奴にいくら話しても実感が伴わなねえ、小早川…セナの才能を直接体験できるんなら1プレーくれえ安いもんだと思って後攻にして阿含を放置してたんだがな、阿含の完敗は予想外だったぜ、本当にたいした奴だ、あのヤロウは、だが驚いてなんかやらねえ、高見がこっち見てやがる、笑えオレ、計算どおりってカオをしろ)

 

確かに、身体能力のみで見れば、ヒル魔の分析通り、セナと阿含はかなり競っていただろう。

しかし、流石のヒル魔も、セナの前世ともいうべき「泥門時代の記憶」など考え付くわけもなく、

その差が大きな結果の違いとなっていた。

 

 

かくして、王城ホワイトナイツがタッチダウンで先制点を取った。

しかしトライフォーポイントでタッチダウンを狙ったが失敗し、点差は6点差のまま。

神龍寺ナーガに攻撃権が移る。

 

 


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