アイシールド21 強くてニューゲーム   作:ちあっさ

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18th down 神龍寺ナーガ 其の参

神龍寺ナーガの攻撃。

まだ前半始まったばかりで王城ホワイトナイツが6-0でリードしている。

 

神龍寺にとって、大会を通じて初めて先取点を許した。

そもそも、タッチダウンで点を取られたこともなかったのである。

 

これまでの相手とは違う。

 

と、神龍寺の選手や、神龍寺の試合を応援に来ていた観客は思ったが、ヒル魔は逆に安堵していた。

あまり点を取られなさ過ぎると、逆に取られた時の選手の動揺が大きい。

負けてもいないのに、試合は終わってもいないのに、相手の力を高く評価することなどバカらしいことだ。

100点取られても101点取れば勝ちなのだ。

この先の、対帝黒戦の為にも、この程度の逆境は寧ろ望むところだった。

だからまだ、ヒル魔は切り札を全く切らず、阿含に好きなようにさせた。

 

阿含のマークに守備にも出ているセナを見て、ヒル魔は思う。

 

(…小早川セナ、確かにお前はスゲエ奴だよ、だがな、阿含も紛れもなく天才なんだよ、本当に本気になった金剛阿含を相手に…見せてみろ、セナ、お前の実力を、お前の限界を)

 

 

「HAT」

 

ヒル魔のコールで神龍寺の攻撃が開始される、ボールはヒル魔からに阿含に手渡された。

 

「あ”あ”ああああ!!!」

 

凄まじい咆哮と共に放たれた手刀でディフェンスを吹き飛ばし、正面にいるセナに向かって一直線に向かっていく阿含。阿含の気迫を一言で表すのならば、それは「殺意」と呼ぶのが一番相応しいだろう。

 

「テメーみてえなチビカスがこの俺の半歩前にいるだと?この世界はな、テメーのようなスピードだけのハンパな奴がいていい所じゃあねえんだよ!」

 

手刀を振る阿含、縦の唐竹割りだとかわされる可能性があるのを考慮したのか、横に薙ぐように水平に手刀を繰り出す。

例え腕でガードしても腕ごと吹き飛ばせるだけの力が篭っていた。

 

ガッ…っと激突音がし、阿含の手刀をセナは腕でブロックした。

が、体格差による力の差はどうしようもなく、真横に吹き飛ばされるセナ。

 

「…真横?…後ろじゃなく」

 

飛ばされる方向の違和感に最初に気付いたのは、全試合をビデオ撮影していた姉崎まもりだった。

進との勝負以降から、セナが相手の力の流れを見切って受け流す技術を身につけていることを知っていたまもりは、すぐにセナの真意にも気付いた。

 

「…セナ……自分から跳んだのね」

 

しかし、金剛阿含は気付かなかった。

いや、手刀に思ったより衝撃が少なかったことや、吹き飛んだ方向がおかしいことは、いくらセナに対する復讐に我を忘れていても、そこは天才金剛阿含、数瞬後には気付いただろう。

だが、その数瞬という僅かな間が彼には与えられなかった。

 

「へっ、オメーみたいな非力じゃ、俺を精々一瞬しか止めれねーよ」

 

勝ち誇る阿含、しかしそれは油断だった。

 

「十分だ、一瞬でな」

 

と、阿含の目の前で言ったのは、進清十郎だった。

 

「なっ」

 

驚愕する阿含だが、進はもうどうしようもない距離まで来ていた。

更に既に攻撃体勢に入っている。

次の瞬間、弓の様に引き絞った右腕を繰り出した。

隙だらけの阿含の胴体に、進の渾身の力を込めたトライデントタックルが炸裂した。

 

「ぐぁぁぁぁ!!!」

 

真正面からまともに食らい、水平に吹き飛んでいく阿含。

数メートルは空中を滑空し、地面に叩きつけられて更に数メートルをゴロゴロと転がってようやく止まる。

ボールは最初のタックルの衝撃で阿含の手を離れている。

空中に浮いたボールをすかさずキャッチしたのは、セナだった。

インターセプトしたボールを持ってそのまま走りだす。

攻撃開始直後だった神龍寺にディフェンスをしろと言う方が無茶であり、セナはあっさりとタッチダウンをした。

12-0となった。

 

 

「今のところはウチが圧倒してるな、あの神龍寺ナーガに何もさせていないんだから」

 

高見が言う。

だが、雲水は眉をひそめた。

 

「ああ、だが……」

 

と、懐疑的に何か言いかけた雲水を手で制して高見は続けた。

 

「わかってる、神龍寺は何も仕掛けてきていないんだ、ウチがさせてないだけだと楽観視はしてないさ」

 

冷静さを失っていない高見に満足そうに頷く雲水。

 

「それにしても、小早川と進のダブルチームで阿含のマークにつく作戦は上手くいったな」

 

「ああ、だがいきすぎたと言ったところか、阿含の奴はかなり本気のようだったがな、これで頭に血が上って冷静さを欠いてくれればいいんだが、阿含はそんな脆い奴じゃあない、これからの阿含は怖いぞ」

 

そう言って雲水は神龍寺サイドにいる阿含を見ると…

 

阿含は静かに佇んでいた。

 

さっきまでの激昂は嘘のように止み、冷たい目と静かな殺気でセナを睨んでいる。

それを見て雲水は確信した。

 

(…阿含は、ようやく認めたんだ…小早川が、自分と同じ場所にいる天才だと…)

 

その後のキックが決まって13-0となる。

 

 

その後の神龍寺の攻撃は、神龍寺の選手が阿含の完敗で動揺したのか、阿含から放たれる殺気にビビッたのか、あっさりと攻撃に失敗し続け、4回目の攻撃で武蔵がキックでなんとか王城サイドまでボールを戻すのが精一杯だった。

王城に攻撃権が移る。

 

 

次の王城の攻撃も、セナと阿含の攻防は続いた。

 

阿含が手刀を繰り出す、速く、鋭く、正確で、体重の乗った力の篭った一撃。

普通の選手ならば、食らえば怪我をして退場することになるであろう強力な攻撃。

 

それに対してセナは、先ほどのように横っ飛びで弾くようにかわすことができた。

阿含がいくら神速のインパルスを持つ天才でも、すぐにスピードが上がるわけではない。

 

真横にかわし、そのまま斜め前へ進もうとするが、少し前へ進んだところへ、阿含はすぐに超反応で追いつき、再び手刀、セナ、それを弾き、真横に跳躍、前へ進むとすぐに阿含に回り込まれる。

 

これの繰り返しで最後にはセナはサイドラインに押し出されてしまった。

 

しかし、少しずつだが前へ進み、そんな攻撃が4回も続くと…

 

「ファーストダウン!」

 

審判による計測の結果、10ヤード進んでいた。

ここまで王城ホワイトナイツは、神龍寺ナーガに何もさせず、得点を重ね、今も着実に進んでいる。

まだ前半始まったばかりとはいえ、圧倒的な展開に声も出ない神龍寺側の応援客。

 

そして、細川一休も、声が出ないくらい驚いていた。

 

(…いたのか……阿含さんと互角に戦える奴が、あの小早川セナっていうアイシールド、鬼スゲェ)

 

そしてセナも、自分自身に少し驚いていた。

 

(この試合の最初に勝てたのは、僕の泥門時代の記憶があったればこそだけれども、今のファーストダウンは違う、今の僕が阿含さん相手にファーストダウンを取れたんだ…前は一回勝っただけで後は阿含さんの手刀にもんどりうって倒されていただけだったのに、今の僕は違う、戦える、戦えるんだ、あの阿含さんと)

 

セナは、進と戦った時以来の成長の実感を得、嬉しかった、心が震えるのがわかった。

 

ここで、神龍寺がタイムアウトを取った。

 

 

「このままじゃジリ貧だな、どうするつもりだ、ヒル魔」

 

武蔵がそうヒル魔に話しかけた。

状況は武蔵の言う通りよくないが、ヒル魔はこれっぽっちも焦っていなかった。

 

「阿含はこれくらいで心が折れて大人しくなる奴じゃねえ、だからといって口で言っても聞きはしねえ、だから、さらに突っ込ませた、結果として、あのセナの奴が予想以上にすげえ奴だったので阿含は負けちまったが、まあ、想定範囲内ってとこだな」

 

「負けを知らない天才は挫折しやすいっていうが、大丈夫なんだな、阿含は」

 

武蔵は言った。本当にそう思っているわけではなく、状況の整理も兼ねての発言だった。

 

「ケケケ、問題ねえよ、見ろよ阿含のあの顔、楽しそうだろ?」

 

ヒル魔に言われて阿含を見る武蔵。

 

「…殺人鬼みたいな顔で小早川を睨んでいるぞ、楽しそうか?」

 

「ああ、楽しいさ、天才の阿含にとってはな、才能のない一般人を潰すのはただの暇つぶしなのさ、よく言うだろ、敵がいてこそ生き甲斐となり、張りのある人生となるって、今のアイツは倒すべき敵を得た、暇つぶしではなく、戦う理由が出来た、この状態を「充実」してるっていうんだよ、愉しいさ」

 

「…苦しいことも、生きることを充実させるスパイスになるってことか…なるほどな…で、阿含はいいんだが、これからどうするんだ、まだ動かんのか?」

 

そう聞いてくる武蔵に、ヒル魔はニヤリと笑って。

 

「いや、これ以上離されるのはよくねえ、そろそろ動くかな、攻めるなら黄金世代が抜けて一番弱体しているラインだな……」

 

神龍寺ナーガの蛭魔妖一が動き出した。

 

 

「ヒル魔が攻めてくるとなれば、ラインだろうな、口惜しいが黄金世代の先輩達が抜けて一番力が落ちている」

 

高見がヒル魔の作戦を予測して言った。

 

「そうだな、それに較べて向こうは栗田、山伏と強力な二枚看板で磐石だ、対抗するのは容易ではないぞ」

 

それに雲水も同意する。

 

「まあ要するに大崩しなければいいんだ、栗田には当然大田原を当てる、相殺出来ればそれでいい、問題は残った山伏だが、今の王城のラインで彼に対抗できる選手はいない、だから、二人がかりで山伏を止める、これしかないと思う、相手が一人浮くが、数秒持ってくれればいいんだから、なんとかなるはずだ」

 

高見はそう判断した。

 

 

王城の攻撃、高見のコールでプレイが開始される。

お互いラインの中央にいた大田原と栗田が激突し、動かなくなる、パワーでは栗田が少し上だが、大田原にはスピードがある分、瞬間的には押し合いは互角となっていた。

 

(よし、ライン持ってる、これなら…)

 

高見が安堵した次の瞬間、山伏の突撃技「粉砕ヒット」が、大田原に炸裂した。

 

「え!…山伏が…いや、山伏も大田原マークだと!」

 

驚愕する高見、驚いている間にも、栗田の相手で一杯一杯だった大田原は、山伏の攻撃を食らって仰向けに倒されていた。

それを見てヒル魔は笑う。

 

「大田原は高校アメフト界屈指のラインだ、アイツなら栗田を止めてくれるだろう、ならば後は山伏をなんとかすればラインの崩壊は免れる……と、高見は考えていたはずだ…間違っちゃいねえよ……普通は王城の相手チームは大田原を避ける、奴以外から突破を計る、ある意味、敵味方からそれだけ信頼されている選手だ…」

 

ヒル魔は一旦言葉を区切ると、はっきりと言い切った。

 

「だからこそ!…大田原を狙う」

 

高見は何も出来ず、なんとかボールを投げ捨ててパス失敗でこの攻撃は失敗した。

 

「…二人がかりとはいえ…大田原さんが青天だなんて…」

 

「これが神龍寺の本気なのか」

 

「今までは様子見だったってことなの?」

 

ここまで順調な試合運びで押していただけに、この攻撃失敗は、しかも、ラインの要である大田原を抜かれての失敗にチームメイトは動揺を隠せなかった。

 

(…嵌った)

 

ラインの動揺を見て取ったヒル魔はこの時点で勝利を確信した。

 

ヒル魔は思う。

 

(アメフトには詰将棋と違って絶対はねえ。だが、そう思わせることができれば勝てる。

高見は理屈で動いた、あいつの判断は理に叶っている、だがな、守備の柱が負けるというチーム内における動揺を考えていなかった。今まで無敗を誇っていたラインの要が抜かれるというのはメンタルに大きな影響を及ぼす、それはこの試合中に回復するようなもんじゃねえんだよ…いいか高見、カード捌きってのはな…

 

~あの大田原でも抜かれる可能性がある~

 

って一瞬でも思わせたら勝ちなんだよ…)

 

神龍寺と王城のラインの選手の力は、栗田、山伏、大田原の三人を別格として除けば実は拮抗している。

だからこそ、ほんの小さな綻びが差を分ける。

一抹の不安は一瞬の迷いとなり、その迷いは踏み出しのコンマ何秒の遅れとなり、その遅れが完璧だった王城のゾーンディフェンスに隙間を作る。

その一瞬の隙間を縫うように攻めることができるのがヒル魔という男だった。

 

ここから、状況は少しずつ少しずつ神龍寺に傾いていった。

セナと阿含が互いに潰し合っているため、ランはほぼ相殺状態。

ラインは完全に神龍寺が押しているが、雲水と進の連携のフォローが効果的に機能し、崩壊には至らずになんとか留まっている。

ここまでなら両チーム点が入らずに膠着していただろう。

 

しかし、膠着しなかった。大きな差が出た。

 

桜庭春人と細川一休。

 

パスにおけるキャッチ勝負。

 

攻守においてマッチアップしている二人だが、この二人の力の差が、そのまま点に繋がってしまった。

 

高見の投げるパスは、一休に全て防がれた。

よくて叩き落され、悪いとインターセプトされた。

 

桜庭春人は、細川一休には全く及ばなかった。

 

セナに渡してランで攻めようにも、本気の阿含を相手にしている上に、ラインやディフェンスの位置をヒル魔にコントロールされて壁となって進路を塞がれ、一回の攻撃で精々1,2歩ゲインするのが手一杯となっていた。

 

ファーストダウンを取るためにはパスしかなかったが、ショートパスすら桜庭は一休には勝てないでいた。

 

そうやってパスをインターセプトされて第一クォーター終了直前にタッチダウンとキックを決められてしまった。

 

13-7。

 

第二クォーターに入るも、流れは変わらず、神龍寺にはロングパスを決められてあっさりとタッチダウンを取られてしまう。

 

キックも決まって13-14とあっという間に逆転されてしまった。

 

高見や雲水、庄司監督も流れを変えようと手を打つが、精々時間稼ぎにしかならず、それ以上の追加点を奪われないようにするのが精一杯だった。

 

結局、前半は神龍寺が1点リードの13-14のまま終了した。

 

 

 


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