アイシールド21 強くてニューゲーム   作:ちあっさ

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19th down 神龍寺ナーガ 其の四

神龍寺ナーガのリードで前半が終了した。

 

両チームの選手が引き上げていく中、桜庭春人の足は重かった。

疲労も確かにあるが、それ以上に彼は打ちのめされていた。

 

(…俺は、何をしているんだ…何も出来ていない、いや、それどころか、これ以上ないくらい足を引っ張っている……せっかく皆が頑張ってリードしていたのに、俺のせいで逆転されてしまった…高見さんからのパスはまだ一本もキャッチできていない、インターセプトもされた、両面で守備にも出たけど、俺のマークは全て振り切られ、相手のパスを通させている……本当に、何やってるんだ俺は…でも…細川一休…こんな天才相手に、どうしたらいいんだよ…俺…どうしたら…)

 

「おい、桜庭春人!」

 

「えっ?」

 

落ち込んで引きずるような足取りの桜庭に後ろから強い口調で声をかけたのは、桜庭が落ち込む原因となっているその人、細川一休だった。

 

「え、細川…一休?」

 

強い口調で声をかけ、こちらを睨みつけてくる一休に、桜庭は驚いた。

さっきまで散々負けていたのは自分の方なのだ、自分は一度も勝っていない。

なのに自分を見る彼の目は明らかに怒っている。

桜庭の動揺など一切無視して一休は続けて言う。

 

「お前、俺をナメてんのか?」

 

一休は桜庭に詰め寄り、睨み上げながら言う。

 

「なめてる…ワケないじゃないか、俺は精一杯…」

 

怒りを隠さずに睨みつけられ動揺するも、少し自虐的な心情を吐露しようとした桜庭だが、最後まで言い終わる前に一休に遮られた。

 

「いーや、ナメてるね、精一杯?アンタのプレイはビデオで見たよ、見た時はこんなもんかと思ったさ、で、実際に試合で当たってみればよ、まさか、俺の想定以下だとは思わなかったよ」

 

「そ、想定以下って言われても…そんなの、俺のせいじゃ…」

 

一方的ではあるが、言い争う二人に、引き上げかけていた両チームの面々も気付き始めた。

 

「んだよ、テメエのプレイわよ、鬼入ってねえよ、やる気ねえのかよ!他の事考えてんじゃねえよ!」

 

「え…?!」

 

ドキリとした。

 

一休の最後の一言が、桜庭の心に深く突き刺さった。

誰にも言ったことのない深層の思いを見透かされたような気がした。

 

~他の事考えてんじゃねえよ!~

 

図星であると自分でわかってしまったが、認めたくなく、桜庭は言い返した。

 

「他の事なんて、考えてないよ、俺は全力で、なんとか、お前達天才に追いつこうと…」

 

何とか言い募るが、一休には通じなかった。

 

「自分自身にも嘘を吐いてんじゃねえよ、わからねえとでも思ったのか、だから最初に言ったろう、俺をナメてんじゃねえよってな!」

 

「………」

 

一休の迫力に、桜庭はついに何も言えなくなってしまった。

 

「自分が凡人であることを自覚しているくせに、モデルの仕事とアメフトを両立させてやっていけると思ってる事そのものが、アメフトをナメてんだよ、さらにそんなどっちつかずの中途半端で、俺と戦えると思ってること事体、俺をナメてんだよ、いいか……」

 

一休は桜庭の目の前に詰め寄り、人差し指を突きつけ、実際に桜庭の鼻に押し当てて捲し立てた。

 

 

「どうしたんだ、一休の奴、えらいテンションで桜庭に突っ掛かっているが、いや、突っ掛かるというより、説教し始めてるぞ」

 

控え室に戻りかけた所で、後方で一休の声を聞いて戻ってきた武蔵が少し困惑して言った。

 

「そうだね、もう説教というより、アドバイスみたいになってるよね」

 

武蔵と一緒に戻ってきた栗田も同意する。

その二人の後ろにいたヒル魔はそれを聞いて笑った。

 

「ケケケ、大方、阿含とセナの激しいやり合いにアテられたんだろう。

あの二人はあんなにスゲエ戦いを繰り広げているのに、何で自分の相手はこんなにショボイんだ…ってな」

 

そう言っている間にも、一休の説教?は続く。

 

「いいか、アメフトの神様、いや、仏様はな、なんもかも捧げねえと何一つ与えてはくれないんだよ、生活の全てをアメフトに捧げて初めてたった一つのことを成し遂げられるんだよ、そうしないと何も得られない、お前みたいにモデルの仕事をしながら女の子にキャーキャー言われてついでにアメフトするような奴には特にな」

 

「ヒル魔、止めなくていいのか?一休のアドバイスみたいな愚痴を聞いた桜庭が悩みが解決して吹っ切れちまったら面倒になるぞ」

 

武蔵が耳をほじりながらそれほど深刻でもなさそうに言う。

 

「いいさ、ほっとけ、前半の一休はまだまだ本気には程遠い、それに、無理に話の腰を折ってしまうより、今の一休らしさを損なわない方を優先する、そっちのほうが、勝つ確率が高けえ」

 

「…それぞれの人間がソイツらしくいることも確率のうちってか…お前らしいな」

 

武蔵はニヒルに少し笑うと、控え室に戻っていった。

 

 

武蔵を見送ったヒル魔は、一休が大いにやる気を触発された二人の様子を見た。見て、驚いた。

金剛阿含が、大きく肩で息をしていたからだ。

腰に手を当てて荒い息を吐きながら歩いている。汗もすごい量だ。

 

(スタミナ無尽蔵のコイツがここまで息を荒くするのは初めて見る。前半で走った走行距離だけなら阿含はこれくらいでバテたりしねえ、相手が今までの凡人じゃない、同格の天才、小早川セナだからだ。どんなスポーツでも練習と試合ではスタミナの消費量が段違いだ。それは、緊張と集中のレベルが違うからだ。つまり、スタミナを最も消費する行動は、脳の使うことだからだ…阿含はそれだけ思考して動いてるってことか、単純に超反応しただけではあのセナには対抗出来ねえってことか…)

 

そして、その阿含をここまでバテさせた相手、小早川セナを見る。

 

「ふ~~~」

 

大きく息を吐いていた。汗もかいていた。しかし、阿含に較べるとバテているようには見えなかった。

足取りも全く変わらず、進と打ち合わせしながらスタスタとフィールドを出て行った。

 

(つまり、この差は才能の差じゃない、日頃積み上げてきた走り込みの差、そして、思考の訓練の差だ…セナの脳は、訓練で鍛えられている、言い換えれば、こんな状況にも慣れているんだ…その差だ)

 

阿含の不利を判断したヒル魔だが、彼はニヤリと笑った。

 

(これで終わるお前じゃねえよな阿含、このまま天才同士でぶつかれば変われるさ、でもな、それだけじゃあモノ足りねえ、変化じゃなく、進化してみせろ)

 

 

一方、王城の控え室では後半に向けてのミーティングが始まっていた。

 

「バリスタは…まだ駄目だな、未完成だ、ただでさえ崩れかけている守備でやっても、ヒル魔にスキをつかれてしまうだけだろう」

 

雲水が冷静にそう結論した。

 

「相手はまだ、得意のあのドラゴンフライすら見せていないのに…」

 

高見が溜息と共に口惜しそうに言う。

 

「いや、高見、それは違う、見せていないんじゃない、見せられないんだ、出来ないんだよ」

 

「なんだって!…そうか、金剛阿含と小早川か」

 

雲水の言葉に驚いた高見だが、すぐにその意図に気付いた。

 

「そうだ、神龍寺のドラゴンフライは、ヒル魔と阿含の二人のクォーターバックによる連係プレイだ、だが、今その片方のQBの阿含はうちの小早川の相手をしていてそんなことをする暇は全くない、出来るわけがないんだよ」

 

雲水は相変わらず冷静に延々と話す、それを聞いていた高見も落ち着いてきたようだった。周りの部員達は全く気付いていなかったが、ヒル魔にしてやられて逆転されたことで、高見は実は結構落ち込んでいた。

 

「そうだな、もしドラゴンフライをしようとすれば、小早川はフリーになる、阿含以外の選手で小早川のマークをしようとすれば、3人以上必要になる、そうなれば向こうの陣形は崩れ、こちらのいつもの勝ちパターンに持ち込める。攻撃大好きのヒル魔じゃあないが、たとえ100点取られても101点取れば勝ちなのだからな」

 

「そうだ、問題は、どうやってうちの勝ちパターンに持ち込むかだが……」

 

「…奇策をしてこないヒル魔がこんなにやっかいだとはな…」

 

 

「う~ん、王城は黄金世代がいなくなって弱体化したと思っていたのに、しぶといっすね」

 

と言ったのは、言いたいことを言ってスッキリして戻ってきた一休だった。

 

「そりゃあ、弱体化どころか、去年より強くなってるからな」

 

ヒル魔が、ノートパソコンに何やら入力しながら画面から目を離さずに答えた。

 

「あ、そうなんすか、やっぱり」

 

一休も内心そう思っていたのか、あっさりと納得する。

 

「ああ、去年の黄金世代は、確かにラインは強力だったが、逆に言えばそこしか強みがなかったんで対抗策が取り易かったんだよ、同じタイプばかりのチームなんて、カモでしかなかったな、それに較べりゃあ、今年の王城はラインの粒は小さいが、それぞれのポジションに強力なのが揃ってて、何でもできる、よっぽど強えよ、まあ、その強さも真価を発揮する前にウチが勝っちまうけどな」

 

「もう決まりっすか?」

 

「ケケケ、奇策やギャンブルが大好きなオレが手堅いプレイしかしてこない、まるで詰将棋のように、このままではラチが空かない、思い切ってこっちから仕掛けてみるか、いや、それこそ相手の思う壺かもしれない…って王城が思っているうちはな、まあ、今までのオレの考えやプレイを分析すればそう判断するのが当たり前なんだがな」

 

そう言いながらもヒル魔は、自分の策を崩すかもしれない人物の姿が頭から離れなかった。

 

(…小早川セナ、このまま本気の阿含が相手を続ければ、セナ個人の脅威は無視していい、そのはずだ…そのはずなんだが、アイツはこの試合でオレの予想を一度覆している、油断していたとはいえ、一対一で阿含に勝つなんて、オレは考えもしなかった、まあ、皆には予想以上想定内だなんてハッタリかましたが…その後の潰し合いは予想通りだが、その状態が最初から続くと思っていた、たった一度とはいえ、オレの予想外の行動をした、ならば、この試合でもう一度予想を超えるプレーをするかもしれねえ、だが、今のマジ阿含を相手にどうやって…それこそ想像できねえ…あり得ねえか…考えすぎか…)

 

そのヒル魔から少し離れた場所では、金剛阿含が栄養補給をしていた。

レモンの蜂蜜漬けやらスポーツドリンクやらを手当たり次第にガツガツ詰め込みながら、

「ゆるさんぞ~、ゆるさんぞ~、あのカスが~、カスチビが~、ゆるさんぞ~~」

と、呪詛のように呟きながら食う姿はあまりに恐ろしく、誰も近づけなかった。

 

ちなみに、この時点で阿含の頭の中から姉崎まもりをナンパすることなど綺麗に消え去っていた。

ヒル魔の言う通り、今の彼は充実し、愉しんでいるのだろう。

 

ハーフタイムは終わり、後半が始まる。

 

 

 

 


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