アイシールド21 強くてニューゲーム   作:ちあっさ

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20th down 神龍寺ナーガ 其の五

後半に入っても、セナと阿含はほぼ全プレイで激しく遣り合っていた。

 

そして、ぶつかり合うほどに、阿含はセナの実力の高さを認めざるを得なかった。

 

(俺の方から安易に先制攻撃するとかわされて進まれてしまう。

ならばと先に仕掛けさせ、その動きを見てから超反応で対応しようとすると、最初のプレーのように死角から手が伸びてくる。

このセナ(チビカス)はどうも、それを計算した上で誘った動きをしているようだ。

つまり、俺の超反応の対応を予想し計算した上での走りだということだ。

ならば、こっちはさらにそれを考慮して上回らなければならない。

 

俺が奴の予測を上回った時は、コイツを一歩も進ませずに潰せた。

だが、奴が上回った時は、数歩進まれる。だが俺が神速のインパルスで追いついて攻撃し、それをまた…という状態の繰り返し。それが前半だったが、後半に入っては、俺をかわしてもヒル魔のリードブロックで結局は進めずに止められている状態だ。

 

コイツと戦うには、とんでもない集中力とスタミナが必要だ。

たった1プレーで今までの1試合分のスタミナは消費しているだろう。

 

集中し、考えて、常に思考を止めず、動き続けなければならねぇ…)

 

「……ククク」

 

阿含は、知らずに笑っていた。

そして、次の瞬間、笑っていた自分に気付き、愕然とした。

 

(この俺が…笑っていた、こいつと戦うのが…楽しかったからか…結果的に噛み合っているということか)

 

金剛阿含は、生まれて初めて、アメフトを、スポーツを純粋に楽しむという行為に触れてそれに気付き…

 

油断した。

 

「また一瞬「空いたな」金剛阿含」

 

その隙を逃す、進清十郎ではなかった。

 

「なっ!」

 

前半の最初のプレーと同じように、阿含がもうどうしようもない距離にまで進は詰めて来ていた。

 

(くそっ…同じミスをするなんて、俺は馬鹿かよ…もう0.1秒速く気付ければなんとかなったのによ、今のこの疲労状態で食らったら…今度は耐えることも受け身を取ることもできねえ…終わったな…終わるときはこんなにあっけないのかよ…畜生)

 

諦めが入る阿含に、進は手加減なくトライデントタックルを放った。

 

凄まじい激突音があたりに響く。

 

だがしかし。

 

それを食らったのは阿含ではなかった。

 

阿含と進の間に割ってはいる者がいた。

 

「阿含くんは…ボクが…絶対に護る!」

 

阿含をガードしたのは、栗田だった。

 

「くっ」

 

栗田に護られた阿含は、一瞬でパスをする相手を見つけて投げた。

パスは綺麗に通り、数ヤード進む。

 

見事なチームプレイに沸き上がる神龍寺。

 

「阿含くん、大丈夫?」

 

栗田が走ってきて阿含を心配する。

 

「…ふん」

 

阿含は礼はもちろん、何も言わずに鼻を鳴らすだけだった。

しかし。

 

「ケッ…ラインが壁と言う本来の役割を果たしただけじゃねえかよ」

 

とだけ言った。

 

「…え、それってどういう…」

 

戸惑う栗田に、ヒル魔が言った。

 

「今のを通訳するとだな、お前はちゃんと仕事をしている、よくやったって言ってんのさ、なあ阿含?」

 

「うるせえよ」

 

楽しそうに言うヒル魔に、ぶっきらぼうに目も合わせない阿含だったが、否定もしなかった。

 

 

進の一瞬の隙をついたブリッツも防がれ、その後も反撃の糸口が掴めないまま更に神龍寺に追加点を奪われて13-21と点差が広げられて第3クォーターが終わる。

 

そして最終クォーターである第4Qが始まった早々にタッチダウンが奪われ、13-28になってしまった。

 

 

試合も終わりが見えてきた所で、ヒル魔はチラリとセナ以外で自分の予想以上の選手を見た。

それは金剛雲水だった。

 

進も実力は確かに脅威だったが、予想範囲内だった、人間はそう急激に成長するものではない。

だが雲水の成長は予想外ではなく、予想以上だった。

それは彼が天才ではなく、凡人だったからだった。

凡人にしかできない地道な積み重ねで、彼はヒル魔の予想を上回り、このフィールドに立っていた。

彼のプレイは周りの選手を上手く使い、自分を活かすプレーをしている。

しかも、プレイの合間のハドル(作戦会議)をほとんど行わない。

ハンドシグナルでも使っているようだが、それは一朝一夕で可能なものではない。

日頃からの綿密な打ち合わせとコミュニケーションがなければ到底出来ないものだ。

更に雲水はそれをほぼチームメイト全員と行うことが出来る。

 

ノーハドルによる誰とでも組めるコンビプレイ。

 

凡人でありながらここまで自分を練り上げた雲水に、ヒル魔は畏敬の念を禁じえなかった。

 

(…阿含よ、お前の兄ちゃんは凡人だがスゲエ奴だぞ、お前にゃあ到底マネ出来ねえ芸当で俺達の前に立ちはだかっている…マジで尊敬するぜ…)

 

だが、と、ヒル魔は続けて思う。

 

(もう俺達の勝ちだ)

 

視線の先には、俯いて荒い呼吸でいるセナがいた。

王城の選手は全員が自分の策に嵌っている。

あの小早川セナにしてもそうだ。

おそらくこの展開に、詰んでいると思っているだろう、これは将棋ではないのに。

 

そう思った次の瞬間、俯いていたセナが弾かれたように顔を上げて自分を見た。

 

 

セナは脳内で試合全体を俯瞰視点で見渡して思った。

 

(…これ、詰んで…る?)

 

突破口がまるで見えない。

オフェンスもディフェンスも。

ランもパスも。

何をやっても即座に対応されている。

このまま特に何も出来ずに試合が終了してしまうビジョンが明確に見えてしまっている。

庄司監督も、高見さんも、雲水さんも、やれることは全部やっている。

それでも、届かない。

チームメイトの疲労度もかなりのものだ。

自分も限界が近い。

そう考えた時、ふとセナはこう思った。

 

(でも………これでいいんじゃないか?)

 

思ってしまった。

一度思うと、思考は止まらなかった。

 

この敗北は、更に皆を強くさせる。

泥門時代でも、春大会ではあっさりと負け、富士の樹海とかで特訓し、バリスタを完成させ、

秋大会では守備のベストイレブンはほとんどが王城の選手だった。

ここでの負けは、次の勝利へのステップとなるのは間違いない。

よく言うだろ、高く飛ぶ前には大きく屈むって。

 

だから…

 

だから…

 

 

『ここで負けていい、な~んて考えてる奴ぁ泥門にゃあいねえだろうなあ!ケケケ』

 

声が聞こえた。

 

「えっ!!?」

 

いつの間にか両手をヒザに当て、俯いて考えてしまっていたセナは、驚いて顔を上げる。

そして、その声の主、ヒル魔を見る。

そこにいるのは、神龍寺ナーガのユニフォームを着たヒル魔妖一。

 

「…?」

 

ヒル魔は突然驚いたように自分を見るセナに怪訝な顔をしている。

 

「…あ…そうか」

 

そんなヒル魔の顔を見て、ようやくセナは理解した、今聞こえた声の主が。

 

(僕の中にいる、泥門時代の蛭魔さんだ……うん、そうだ、間違いない、

こんな時、あの人ならこう言う、絶対言う)

 

セナは、自然と笑みがこぼれていた。

 

(そうだよね、諦めるなんて、「元」泥門デビルバッツの選手がやることじゃない)

 

目を閉じると声ははっきりと聞こえる。

 

『勝ち目が1%でも残っているのに諦める奴に「次」はねえんだよ、

その「次」ってのはな、「今」のことなんだよ、

次なら勝てる?

次ガンバリマス?

じゃあそれを今やれってことだ』

 

「うん、やろう、今僕に出来ることを、出来る事全てを!」

 

セナは自分の内から聞こえる声に、力強く答えた。

 

神龍寺ナーガのヒル魔の策では、この試合はこのまま終わる筈だった。

王城は何もできるわけがなく、何も起こるはずもなく。

 

しかし。

 

皮肉なことに、ヒル魔の策を破ったのは蛭魔だった。

 

(…何をやっても即座に対応されている?

いや、違う、僕自身が出来る事を全てやっていないんだ、

前提が違ったんだ、阿含さんに対抗してどう動くかではなくて、

僕の全力をただぶつければよかったんだ…

酷いなあ僕は…

手加減しているつもりは全くなかったんだけど、この時点ではまだ早いと勝手に思い込んでいた、もう出し惜しみも後先も考えない……使おう)

 

 

「ハット!」

 

王城の攻撃、残り時間から考えても、ここで攻撃が失敗に終わればもう勝ち目がない。

セナは、高見からボールを受け取り、サイドから突破を計る。

当然のように阿含が真正面に立ち塞がった。

ここで阿含の攻撃を弾くか避けるかして斜めに少しずつ進むのがこの試合のパターンとなっていた。

しかし、このプレイでのセナの動きは、これまで一度もしなかった動きだった。

それは、セナのプレイを映像で集められる限りでは全てのプレイを見て研究していたヒル魔でさえも一度も見たことのない動きだった。

 

一方、阿含がこのプレイで選択したのは見てから超反応するのではなく、意表を突いての先制攻撃だった。

セナは左右どちらにも動く様子を見せず、阿含の攻撃が成功するように見えた。

 

しかし、次の瞬間、この二人を視界に捕らえていた敵味方両方の選手、彼らのプレイを見ていた全ての観客は、夢を見ていたかと思わせるような信じられない事態を目撃する。

 

激突するかと思われたセナと阿含の二人だったが、

セナが、阿含の体をすり抜けて抜き去ってしまったのだ。

スルリと、まるで身体が透明になったかのように。

 

「……!」

 

攻撃に手を伸ばしたままの状態で固まる阿含を尻目に、セナは走っていく。

 

あっさりと阿含を抜いたセナは無人のフィールドを駆け抜けてタッチダウンした。

 

19-28。

 

 

「…え…何今の?」

 

呟いた一人の観客の声があたりに聞こえるくらいに静まり返っていた。

 

二人のプレイが見えていた選手も呆然と動かずにいる。

 

「普通は真正面からぶつかるよね?」

 

「どうしてセナ君は抜けたの?」

 

「ってゆーかさ、あの二人、一瞬だけど動き止ったように見えなかった?」

 

「あ、私もそう見えた、まるでさ、時間が止まったみたいにさ、二人だけが一瞬だけ」

 

観客がざわざわと騒ぎ出した。

しかし、観客の中には誰も何が起こったのか理解していなかった。

理解出来たのは、選手の中でほんの数人。

間近にいた阿含にヒル魔。

ベンチで見ていた進。

高見や雲水は同じ方向を向いてのプレーであったためによく見えていなかったので理解しきれなかった。

 

 

セナの信じられないプレーを目の当たりにしたヒル魔は、呆然としていたが、漸くに我に返った。

 

(…あり得ねえだろ…無茶苦茶だぜ、目の前で見なきゃあ絶対信じらねぇプレーだ…アイツ、本当に人間か?)

 

ヒル魔は近距離で見ていたのでセナが阿含の身体をすり抜けた技の正体はわかった。

言葉にすればなんのことはない、阿含の腕がセナに触れるその一瞬、その一歩のみ、後ろへバックステップしてかわすというものだった。阿含の腕が伸びきった所で、腕を辿ってすぐ横をすり抜ける。セナが阿含の腕の速度と同じ速さで下がったので、周りにはこの二人が停止したように見えたのだろう。

この一連の動作が瞬時に行われたので、まるで身体をすり抜けたように見えたのだった。

 

しかし、全力で走っている人間が、たった一歩で後ろへ下がれるものなのか?

止まるだけでも足の裏が地面を滑ってすぐには止まれないし、滑らなければつんのめって転ぶのが普通だ。

それをセナは止まるどころか後ろへ飛んでみせたのだ。常識外の動きである。

 

(…長期間に渡って鍛えられ続けたセナの脚と、体重の軽いチビだからこその技か…こりゃあ阿含がいくら天才でもマネんのはむりだな、止まろうとした瞬間に足がオシャカになるだろうぜ…

…そもそも、あのプレイの直前まではアイツは諦めかけてたハズだ、いや、諦めていた…なのに、一瞬でメンタルを振り戻しやがった…俯いていたのに俺の顔を急に見た時だ…何があった…アイツの中で…?)

 

「……小早川セナ…オマエは一体………何処に辿り着いてんだ?」

 

ヒル魔の口から出たのはこれだけだった。

 

キックが決まって、20-28。

 

 


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