「僕が露払いをしよう、セナ君は心置きなく戦ってくれ」
ユニフォームに着替えてグラウンドに現れたセナに大和が言う。
フィールドに散らばる4軍に対し、セナと大和は二人で相対した。
「大和ぉ!俺が勝ったら1軍って約束マジなんだな!」
棘田が叫んだ。
「もちろん、勝てれば…の話だけどね」
大和は迷い無く確信を持って爽やかな笑顔で断言した。
それを聞いた棘田はほくそ笑む。
(よし、やってやるぜ、確かにあの小早川セナはバケモンだ、ビデオで見たけど俺じゃあ勝てない、だが最初の1プレーのみならなんとかなる、4軍の俺の得意技なんざアイツは知らねえだろ、俺のローズウィップに初見で対応するなんて出来るワケがねえ、大和の奴舐めやがってみてやがれ!)
・
プレーが始まった。
大和は流すように走りながらも相手選手を圧倒していく。
あっという間にセナと棘田の一騎打ちの状態になった。
走りながらセナは思った。
(棘田さんって何年生だっけ?忘れた。確か以前に対決した時は彼が横っ飛びした瞬間にタックルが決まって僕が勝ったんだっけな、何か技名があったはずだけど…うーん…忘れた)
考えながらも体はいつも通り動いている。
前回とは比べ物にならないくらい上がった身体能力。
加えて二度目の対決。
パソコンが複数のアプリケーションを同時起動できるように、セナも豊富な経験と長期の訓練によっていくつもの別々な状況に対し同時に判断出来る様になっていた。
そんな彼にとって今見るのは棘田の動きのみ、自分の動きも走るルートも味方の動きも敵の動きも見なくてもよいのだから試合に較べれば非常に楽な状況だった。
過去の知識から横へ飛ぶだろうことは知っていたが、念のために相手の動きを確認する。
棘田の動きが走ろうとする動きではなく、飛ぼうとするかのように重心が下がる。
これを見た瞬間、セナは猛烈なダッシュを開始した。
棘田が横っ飛びをしながらボールを投げようと腕を振りかぶる。
並みの選手ではこんな動きは出来ない、彼も伊達に帝黒に引き抜かれていないという証だった。
しかし、その振りかぶった腕にボールはなく、目の前にセナはいなかった。
「へ?」
棘田は状況が理解できずに声をあげる。
棘田がダイビングした瞬間にはセナは瞬時に距離を詰め、彼からボールを奪い、通り過ぎていた。
そして、彼がグラウンドに倒れた時にはセナは彼のすぐ背後でピタリと立ち止まっていた。
一瞬で勝負はついた。
「うわ…」
ヘラクレスが呻き声をあげる。
「生で見たらホンマすごいなカレ、速すぎるやろ」
「ああ、それに判断も的確だ、予想通り、いや、予想以上だよ」
そう言う大和は笑っていた。
だがそれはさっきまでの爽やかな笑顔ではなく、獰猛な戦う戦士の笑みだった。
そのまま息一つ乱さずに戻ってきたセナに声をかける。
「じゃあ…やろうかセナ君」
・
一方、鈴音と阿含。
「はっ、しまった、セナの応援に来たのに私は何してんだろ?」
鈴音がたった今我に返ったかのように驚いて叫んだ。
「さんっざんカニ食べまくって今も口一杯に頬張りながら言うセリフじゃねーだろそれ」
阿含、テーブルに頬杖をついたまま呆れて言う。
二人はあちこちの店を渡り歩いて食べ歩き、今はカニの専門店で食べ散らかしていた。
「いや~大阪は怖いね~、見どころ多すぎ」
「まー食うだけなら東京にも築地とかあるが雰囲気がなんか独特だな」
律儀に会話する阿含。
当然鈴音に対する好意ではなく、将を得んとすればまず馬からの諺に従ってここで鈴音の好感度を上げておけばコイツがまもりに伝えて結果的にまもりの好感度が上がるという計算によるものだった。
阿含にとって鈴音は女性ではなく、不可思議な生物であって人間ですらない。
「この後はデザートにたこ焼きと回転焼きと焼きソバかな?」
「それデザートじゃねーし、ってゆーかどうでもいいけどお前何しに来たの?」
阿含の一言に鈴音がピタリと止まった。
さっきまでのハイテンションが嘘のように静まり、下を向いてしまう。
「ん?」
鈴音の様子がおかしいのに気付いた阿含が頬杖をついていた顔を上げる。
しばらく停止していた鈴音はポツリポツリと言いはじめた。
「……やっぱり寂しいよ…応援しか出来ないって、ワガママだってわかってる…でもね、私はもっと…もっとセナと支え合って生きて行きたいって思ってるの、一方的に頑張れ~って言うだけじゃなくて…もっと…もっと、頼ったり頼られたり、何て言えばいいのかわかんないけど…今回だってたいしたことしてないし…」
「…………」
阿含は自分に話すでもなく心情を吐露する鈴音を見ながら思った。
(あれ?…コイツ、セナにマジで惚れてんじゃんか、俺みてーに恋愛はゲームだなんて考えてるんじゃなく…軽い奴かと思ったら中身は雲水並みの堅物かよ…いや、恋愛に関してだけはウブなだけか…)
鈴音は少しスッキリしたのか、下を向いたまま目だけ動かして阿含を見上げて言う。
「…だから私はあなたが羨ましいよ、フィールドの上でセナと解かり合えるなんて…」
「ハァ?…解り合う?俺が?アイツと?」
鈴音の予想外の一言に全く理解できない阿含。
「うん、だって楽しかったでしょ?」
「楽しかねーよ、あんなバケモノチビ、忌々しいったらなかったぜ」
別に強がりでもなんでもなく、思ったことを阿含はそのまま口にした。
鈴音はそれを聞いてもまったく揺るがず、続けて言った。
「ふーん、でもさ、覚えてる?あの試合の最後のプレー…あの時、セナの動きを理解していたのって…あなただけだったんだよ」
「…」
絶句する阿含に鈴音は続けた。
「あなただけが、セナを理解できていた…それってすごいことだよ、すっごく羨ましかった」
鈴音は両の目でまっすぐ阿含の目を見て言った。
「……」
阿含はそれを聞きながら、先日王城との試合後にヒル魔が言ったことを思い出していた。
「他の事が考えられないくらい集中出来たろ?」と。
「周りの雑音が消えて気持ちよかったろ?」と。
「それが「楽しい」ってことだ」
そんなことをヒル魔はいつものように笑いながら言っていた。
「…わかんねーよヒル魔、テメーの言うことはいっつもわけわかんねー」
阿含は静かにそれだけ言った。
「ねえ」
鈴音が阿含に呼びかけた。
「なんだ?」
「そろそろ戻ろっか、もういいと思うんで」
「もういい?まあいいだろう、このままいても気持ち悪いってゆーかつまんねーしな」
心情を言いかけて状況をに言い直した阿含だった。
「戻るぞ、鈴音」
立ち上がって言う阿含に鈴音がにっこり笑って返事する。
「うん、ゴン兄」
「…あ、ごんにい?」
「呼びやすいし」
「やめろ、殺すぞ」
「まーたまた、照れちゃって」
「…駄目だコイツ」
二人は帝黒学園に戻るため、来た道を折り返した。
・
「一対一の勝負、セナ君がボールを持って走る、僕がそれを止める、それだけだ、いいね」
グラウンドに立っているのはセナと大和の二人のみ。
「うん」
そうセナは返事をするとフィールドの中央にボールを持って立った。
大和はゆっくりと歩いて自陣の手前に立つ。
「さあ、いつでもいいよセナ君、僕を抜いてタッチダウンできれば君の勝ちだ」
「…」
「…」
距離を置いて二人は無言で向かい合う。
そして、開始の合図も特にないまま、二人は同時にお互いに向かって走り出した。
「ボール持ってる方がディフェンスにまっすぐ向かって行くなんて、やっぱりセナ君…」
「普通やないな」
花梨の言葉にヘラクレスが続けた。
「まあ当然、アレ使うよな、出し惜しみしてる場合じゃねえし」
「フォースディメンション…でしたっけ、大丈夫かなセナ」
ヒル魔とまもりが並んで見ている。
「問題ねえよ、さっき棘田相手にボール取った直後に奴の後ろで止まったろ?」
「ああ、なるほど、セナはあのプレーで試してたのね、急停止しても足が大丈夫かどうか」
「そうだ、それにクロスオーバーステップじゃあ大和は絶対かわせねえ、捕まったらお終いだ」
ビデオで撮影しつつ語るヒル魔とまもり。
「一方大和も普通に向かって行くだけじゃセナを捕らえられない、反応速度で大和を上回る阿含でさえ止められなかったんだ、その試合を見ている大和が策なしとは考えられない」
「つまり、大和君がこの勝負を受けたのは彼なりに勝ち目があると、ヒル魔さんはそれが見たかったのよね」
「ケケケ、そうだ、秘策かなんか知らんが実行するには本気出さなきゃセナレベルには対応できねえ、見せてもらうぜ大和猛、お前の全力をな」
ヒル魔とまもりが話している間にもセナと大和の距離は縮まっていった。
お互いに全く脇目も振らずにまっすぐに向かって行く。
・
カニの店を出て帝黒に戻る道中での阿含と鈴音。
一緒にいる鈴音に全く歩幅を合わせようとしない阿含だが、鈴音はローラーブレードを履いているので問題なく並走していた。
「そーいやお前、さっきも聞いたがホント何しに来たんだ、セナの応援しか出来ないっつっといて今はそれすらしねえで俺と食べ歩きしてんじゃねえか」
「応援といってもね、ただ声をかけるだけじゃあないんだよゴン兄」
「だからその呼び方は…ってもういい勝手にしろ…で、どういうことだ?」
「ここへ来る行きの車内でね、私はセナが大和って人と戦うのを楽しみにしているのに気付いたのよ、サービスエリアで休憩してる時だったかな、セナってば楽しそうに笑ってたのよ」
鈴音はローラーブレードで走りながら楽しそうに話す。
阿含は歩く速さも歩幅も自分のペースだが、話は聞いているようだった。
「だったら私はセナにその大和って人と一対一で戦えるように邪魔が入らないようにする、これが私の応援なんだと考えたの、今回はチアはいらないしね」
「…その邪魔ってのはひょっとして俺のことか?」
「ピンポーン、正解!」
「ハッ!俺は元々やる気なんざねえさ、無駄な努力だったな」
「そーかなー、じゃあゴン兄は何しに来たのよ?」
「姉崎のナンパだ」
「うわ、ヨコシマな想いを清清しい程堂々と言うね」
「ああ、お前には下手な取り繕いは逆効果だと判断した、だから姉崎には俺の好感度が下がるようなことは言うなよ」
「まあ別に言わないけどさ」
(少々好感度が上がろうが下がろうがまも姉えにとってセナ以外は眼中にないし)
「最初に帝黒に着いた時に何か言おうとしてたよね、私が口を挟まなかったら邪魔してたでしょ、まも姉えの好感度を上げるためだけに」
「あー、そういえばそんなことしようとしてたっけな」
当然阿含は覚えていたが白々しくしらばっくれた。
「やっぱり、私の直感は正しかったんだ」
「だがよ、ヒル魔が俺について行く様に仕向けなかったらどうしてたんだ?」
「妖兄が何も言わなかったら私が自分でゴン兄について来てってお願いしてたよ」
「腹が減ったというのも咄嗟に考えたのか?」
「いんや、あれはどっちにしても後で行くつもりだったのをあの時言っただけ」
「ほー、見かけより頭の回転速いな、顔に似合わず身体に似合わず、お前漫画の主人公みたいだな」
「何それ?」
「見た目は子供、頭脳は大人みたいなアレ、テレビでやってるだろ」
「見た目は子供ってゴン兄、レディーに失礼だよ」
「れでぃー?クハッハッハッハ」
お互い取り繕う必要が無い相手であるためか、会話が弾んでいた。
阿含がアニメ見るのか?
女性を口説く為に必要とあらば見る。
同じ趣味を持ってますよとアピールするため。
自分の見た目を計算に入れた上でのギャップで油断させるため。
「阿含君って子供っぽい趣味もあるのね」
と年上の女性に思わせるための努力を惜しまずチェックしている。