セナと大和がものすごいスピードで接近していく。
二人が激突しそうな瞬間、大和の突進と同じ速さでセナが一歩下がった。
フォースディメンション
「ひゃっ!」
セナが下がると予想していても二人のそのスピードと迫力に思わず手で目を覆って悲鳴をあげてしまったのは花梨。
一方目の前でこれを見た大和は衝撃を受けつつも冷静に思考していた。
(素晴らしい!…君はまぎれも無く天才だよセナ君、僕にだってこれは出来ない…でもこれはね…一度見たよ!)
セナの動きに動揺せず、更に強くもう一歩踏み込み、加速した。
・
勝負の前に既にヘラクレスはここまでの展開は予想していた。
始まる前の花梨との会話。
「相手が下がるんや、自分も止まれば距離が開いてとりあえず抜かれることはない、まずは負けの可能性を潰しといてから勝負する…ってのが普通の人間の思考やろう」
ヘラクレスが腕を組みながら話す。
「だが大和は違う、勝つために負うリスクなんてこれっぽっちも恐れない、いや、恐れてないんやのうて、そもそも比較すらしてへんのやろう、勝敗を天秤にかけへんのや、自分が勝つことに疑問の余地がないんや」
「天才やからですか?」
花梨が聞く。
「いや、これは天才っていうより、天然って言うたほうが合っとるかな、ほらアイツって偶にハナシが通じん時があるやろ?」
「偶にじゃなくてしょっちゅうですよ、私がアメフト部入る前にボール投げ返してあげて以来一度もちゃんと話が通じたことがないんですよ」
「そうなん?」
「そうですよ、じゃなきゃなんで今私がアメフト部にいるんですか」
「いややったら辞める言うたらええやん」
「言いましたよ、怖いからもうイヤですって、そしたらラインとの連携がどうこういって勝手に盛り上がって、よし今から特訓だ~ってなって…」
身振り手振りを沿えてバタバタと手を動かしながら懸命に話す花梨。
「ああ~、アイツなりに何故花梨がそんなこと言うのか真面目に考えとるんやろうけど、アイツの思考は最後には全てアメフトに帰結するからなあ…まあ、アドバイスするとすれば…人間諦めが肝心やってことちゃうかな」
手の平を額に当ててしょうがないなあといった感じでのたまうヘラクレスだが、すぐに素に戻って諭す。
「選択の余地なしですか、まあ今辞めるなんて大会中にそんなみんなに迷惑かけるようなマネしたりはしませんけど…セナ君にだって会えたし」
「いや、大会終わってからでも同じやで、辞めんのは無理や」
「いえ、大会後はっきりとさせます、私にはアメフトは向いてないんですよ」
「向いとるし、才能あると思うけどなあ、帝黒の一軍は伊達やないで」
少し話が逸れつつもこんな会話がされていた。
・
セナとしても、この状況で大和が停止するとは考えていなかった。
関東大会で一度見せた技なのだ、驚くなんてのは論外で、必ず対応してくると確信していた。
万が一止まった場合は距離が開いて状況に余裕が出来るのでその時考えればいい。
そしてその予想通りに大和は停止せず、逆に加速してきた。
ここでセナは大和はもちろん「この世界」では誰にも見せていない技を使った。
泥門時代の対帝黒戦の最後で大和を抜き去った技。
その時は特に技の名前は決めていなかったが、セナは、
「フォースディメンション縦横無尽バージョン」
ととりえず名付けていた。
フォースディメンションで後ろに下がっている途中でクロスオーバーステップを組み合わせる。
前後左右に選択肢が出来ることでそのバリエーションはほぼ無限と言ってよいこの技。
大学に進学後もこれが破られたのは大和や阿含、進等の一流プレーヤーの「勘」が当たった時のみだった。
今回は初めて見せる技であるだけに抜けるハズだと思うセナ。
突っ込んでくる大和をクロスオーバーステップで横にかわしながらそう思ったが、
しかしその直後、セナは大和に対する評価がまだ甘かったと思い知らされる。
突っ込んでくる大和に合わせて横に跳んだつもりが、タイミングをずらされてしまったのだ。
(これは……グースステップ…ってことは、トライデントタックル?!)
既に一歩踏み出してしまっていたので次の動作が可能な次の一歩までのほんの僅かな時間、
その瞬間を狙って大和はセナに向かってダイブした。
大和はこの時の行動を後にこう語った。
「一度出来たことを二度出来ないとは限らないだろ?
後ろに動くより横のほうが若干楽だ、セナ君なら続けて動くことが出来るかもしれないと考えたんだ。
一度も見せていないからってあり得る以上、予想は可能さ」
そこから繰り出された技は正にトライデントタックルそのものだった。
これに関しても後にこう語る。
「セナ氏と対戦する以上、王城にはもう一人の天才がいる、言うまでも無く、進清十郎氏だね、
彼に対抗するには、彼の技に対応するには、その特性を見極めるためには、
その技を身につけるのが一番なのさ、だから練習したんだよ、トライデントタックルを」
と、進対策に身につけた技がセナ対策にも使えるとわかったということだった。
伸ばされた大和の指先、人差し指一本がセナのユニフォームに引っ掛かる。
同時にセナは次の一歩を踏み出し、大和から距離をとろうとする。
掴んだのはたかが指一本、通常の相手ならそれで引き剥がされたはずだが、相手が悪かった。
「え?!」
セナが驚く、なんとビクリとも動けなかったのだ。
大和は一本でセナの動きを止めていた。
そして、一瞬停止した間を利用してダイビングしていた体勢を建て直した大和は両手でセナの肩を掴んだ。
真正面から組み合う形になる両者。
完全に捕まってしまった。
「…セナ」
ここまで完璧に捕まるとは全く予想すらしておらず呆然とするまもり。
一方ヒル魔は冷静に状況を分析していた。
(…あのスピードからのトライデントタックル…強引な停止…指先一本でセナの動きを止める力…大和猛はスピードだけじゃねえ、進に匹敵するほどのパワーもありやがる、関西での大会では速さで翻弄していたからパワーは目立たなかったが、寧ろこっちが本当の姿…いや、というよりスピードとパワーが高次元のレベルで融合したプレーこそが大和猛だってところか…どっちにしても……)
そこまで思考したヒル魔は目の前の状況を見る。
指一本でも動きを止められていたのに今は両手でがっちりと肩を掴まえている。
(…どっちにしても、この勝負はセナの負け…か)
ヒル魔もそう結論するしかなかった。
スピードではややセナが上かもしれないが、パワーでは全く相手にならない。
(セナの奴も今回のことを教訓に捕まらないことを前提に練習していくしか…ん?)
ここでヒル魔はあることに気付いた。
「…セナの奴…なんで…………笑ってやがるんだ」
・
セナを捕まえた大和は止まっていたわけではなく、そのまま間髪入れずフィールドに倒そうとしていた。
大和はセナの両肩を掴んでいる、セナは片腕でボールを抱え、もう片腕は大和の胸辺りを押している。
しかし腕力も体格も大和が圧倒している以上、片手で押されても全く問題にならない。
「終わりだ、セナ君」
そう言いつつ、最後の一歩を踏み込んだ瞬間。
セナは…微かに微笑んだ。
(この時を待っていた…僕が捕まってしまった時の対処方法、それを試すに大和君以上の適任者はいない…彼なら、僕が全力で動いても捕まえてくれると信じてた…今だ!)
それは、セナがこの世界に生まれてからはもちろん、泥門時代にも一度も使ったことのない技だった。
と言われていたこの技。
相手が踏み込む際、一瞬後ろに体重が掛かる瞬間を狙って押すことで筋力や体格が上の相手にも押し勝てるという驚愕の技。
泥門時代に完璧に使えたのは盤戸スパイダーズの赤羽隼人ただ一人。
「なっ!」
踏み出すその一瞬にセナからの圧力が急激に増し、大和は押し倒すはずが何と逆に押し倒されてしまった。
「は?」
「え?」
ヘラクレスと花梨は目の前で起こった状況が理解出来ず、口をあけて固まっていた。
セナは大和を倒してそのまま走り去り、タッチダウンを決めた。
・
「……」
勝負は終わったが誰も一言も無く沈黙がフィールドを覆っていた。
「…セナ…勝っちゃった、ねえヒル魔さん、これはどうして…」
ようやくにしてまもりは呆然としながらも隣のヒル魔に聞くが、
「…………」
ヒル魔は無言で目を見開いたまま微動だにしなかった。
今彼の頭脳は高速で回転しセナの行動を分析しているのだろうが、答えには辿り着いていなかった。
「………」
大和自身もグラウンドに大の字に倒れたまま動けなかった。
何が起こったのか理解出来なかったからだ。
セナはなんとか上手く出来たことに安堵していた。
(よかった、成功した…大和君は泥門時代の高校から大学まで何度も対戦してたから彼のクセとかよくわかってたからだな)
・
セナが皆の所へ戻ってくると同時に、大和はガバりと起き上がり、猛然と走ってきてセナに抱きついた。
その顔は、子供のように目をキラキラさせて笑っていた。
「セナ君、すごいよセナ君、今のどうやったのさ、何今の?必殺技?あ、わかった、気をコントロールして力を一瞬だけ何倍にもする技を世界の王様とかに教わったの?教えてくれ、ねえ…」
「落ち着け大和ぉ!」
セナをガックンガックン揺すりながら興奮して捲し立てる大和を宥めるヘラクレス。
セナがそんな大和に圧倒されている間に口を開いたのはヒル魔だった。
「セナ……今のは…合気……か?」
確信がないのか珍しく少し疑問符が混じっていたが、この短時間でヒル魔は正しくセナの技を理解し、正解に辿りついていた。
「はい、そうですヒル魔さん」
セナはあっさりと認めた。
ここで正体不明の技にしておけば次に対戦するときは少しは有利になれるかも。
とは全く考えず、セナは今見せた技の術理を説明した。
・
「………と言うわけで、まとめると相手のクセを見切って後の先を取る…といったところでしょうか、イメージ的には僕が押してるんじゃなくて大和君が壁に手を当てて思いっきり押して後ろに吹っ飛ぶって感じかな」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……出来んの、そんなこと?」
「まあ、なんとか運良く出来ましたね」
「反射神経でどうこう出来るモンじゃねーな」
そう言ったのは帰って来た阿含だった、後ろに鈴音もいる。
「いたのかよ阿含」
「いたよ、で、クセってなんだよセナ?」
「え~っと、なんとなく来るかなって感じがそこはかとなくわかるっていうか、確実じゃないし」
「つまり才能と」
「まあ、クセを知れば誰だって出来るっつう技じゃねえな」
そう言いながらもヒル魔はセナの評価とこの技の対策について考えていた。
(正に天才と呼ぶに相応しい奴だな、コイツが合気道やってたら実践で使用できる達人になってたろうぜ、だがこの天才にしか使えない技だが防ぐのは俺でもなんとかなりそうだ、タイミングをずらせばいい、自分のクセを自覚してダミーの体重移動をすればそれだけで単純な力の押し合いになる、セナもそんなことわかってんだろうな、だからいちいち説明したりするんだろう、いずれ術理はバレる、勝負はそこからだって考えてそれを含めた攻防を楽しむんだろうな、手の内を明かすことも戦術の一環ってわけだ)
・
東京に帰ろうかと皆が準備してる時にヒル魔と阿含が話をしていた。
「出来るか阿含?」
何が出来るのかという主語を省いてのヒル魔の問いだったが、阿含は当然のように返事した。
「…ん~、まずクセってのを掴めるかどうかだな、反射神経でどうにかなるレベルの技じゃねえし、セナの奴は後の先なんて簡単に言ってやがったがそんなもんほとんど予知能力に近い、そんな簡単に実践で合気が使えるなら大相撲の力士は皆合気道の有段者だ」
皮肉げに口を歪ませて話す阿含。
「で?」
「このオレが他人の動きなんざ気にしてるワケねーだろ、知るかよ対戦相手のクセなんざ」
「あ~、お前は相手がどう動こうと神速のインパルスで対応出来るからな、しょうがねえか」
吐き捨てるように言う阿含に納得するヒル魔。
「大体クセって何だよ、個人個人で明確にあるとは思えねえんだがな」
「そうだな…、クセっつうか、その人間が一番力を出しやすい体勢と言ったところか、付き合いの長い相手なら習慣として理解出来てるかもしれねえな、アイツならこんな時はこう動く…とか、テメエで例えると雲水ならある程度行動パターンがわかるんじゃねえか?」
「…まあ、ある程度ならな」
「それの更に一歩先に進んだのがクセを見切るってことなのかもしれん、曖昧すぎてとても定義できねえがな」
「…だがよヒル魔、セナの奴は大和の野郎に今日初めて会ったんだぜ、それでクセがわかるってのは…」
正に天才ってやつじゃねえか。
と阿含は思ってしまったが、彼のプライドがそれを認められず、口には別の言葉が出た。
「…アイツ、バカじゃねえの」
「…まーな、ケケケ」
それを理解したのかヒル魔の返事は肯定しながらも若干からかうような響きがあった。
・
もう一回勝負しようと何故かハイテンションで迫ってくる大和を宥め、
花梨の提案でメールアドレスと電話番号を交換しようとヒル魔以外の全員(ヒル魔は既に全員の個人情報を知っていた)が交換しあい。
今回の大阪遠征は幕を閉じた。
スパイダーポイズンについて色々思う所があったので、活動報告に「赤羽君に花束を」という題で書きました。
PS
現在リアルジョブを休んで通院中につき、更新速度は期待しないでください。