アイシールド21 強くてニューゲーム   作:ちあっさ

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31st down はじめの一歩

夏休み前の期末試験まで後一週間になった。

 

普通の高校は試験前は部活が休みになるのが通例だが、王城高校には試験休みはない。

それはこの学校が文武両道を目指しているからだった。

普段から勉学を継続していれば試験前になって慌てる必要はないはずだ。

ということらしい。

もちろん赤点を取れば補習であり、その間は部活禁止となる。当然、試験後から始まる長期の合宿にも参加できなくなる。

セナや大田原といった特待生は赤点を取っても補習は除外される、特別待遇生徒とは入試や学費だけではなく、赤点による追試も除外される。

特に大田原は全教科ほぼ0点なため、この待遇がないと話にならない。

セナの成績は悪くはなく、中の上といったところ、王城はレベルが高いのでそのくらいであって、もし泥門高校に入学していたら上の上にいただろう。

当然、赤点とも無縁だった。

 

そこへ鈴音がヤバイ教科があるとセナに泣きついてきたので、まもりを交えて3人で勉強会を開いた。

チア部は夏休みの合宿には参加しないが、日頃からまもりの手伝いをしていた鈴音は臨時マネージャーとして同行が決まっていた。赤点を取れば合宿に同行できないのでなんとか試験をクリアしようと頑張っている。

 

最初、チア部の方も夏休みは練習があるのでどうしようと鈴音は思ったが、チア部のキャプテンが、

 

「応援の練習をするので手伝えませんでは応援部として本末転倒です、行って来なさい」

 

と、むしろ積極的に送り出された。

 

 

試験前の放課後の練習のある日、部員全員で校外をランニングをしていた。

 

マラソンのような競争ではなく、3列縦隊で声を出しながら軍隊さながらに整然と走っている。

付近では有名な王城アメフト部であるため、よく下校時の生徒や一般市民から声を掛けられる。

そしてその中で声を掛けられるのが一番多いのが桜庭であった。

モデル廃業宣言をしたにも関わらず応援してくれるファンは全く減らなかった。

 

桜庭に黄色い声援が飛ぶ。

その光景は以前と何も変わっていなかった。

 

しかし。

 

桜庭が変わっていた。

 

以前の桜庭なら、ランニング中に声を掛けられたら、

 

「ど、どうもありがとう」

 

と、戸惑ったように頭を下げるくらいだったろう。

アメフトとモデルの仕事の両立に引け目を感じての自信のなさがどうしても出ていた。

 

だが今は違った、まるで違った。

 

街道から声を掛けるファンの声援に迷いなく拳を突き上げ、

 

「おお!ありがとぉぉぉ~」

 

と大声で返事していた。

それを見ていた高見は、

 

「ははは、吹っ切れたなあ桜庭は」

 

と朗らかに笑い。

 

「いや、ちょっと吹っ切れすぎじゃん、もう別人じゃん」

 

と猫山がツッコむくらい桜庭のテンションは常時高かった。

 

 

 

(桜庭視点による独白)

 

俺は許さない

 

今日も街道からファンの人達が声を掛けてくれる、以前と同じように

 

俺はアメフトとモデルの仕事を天秤にかけ、アメフトを取ったのにだ

 

それでもファンの人達は俺を責める訳でもなく、いなくなる訳でもなく、応援し続けてくれている

 

以前と同じように、俺がしたことなど無かったかのように

 

俺は裏切ったのに

 

俺は見捨てたのに

 

俺を赦してくれている

 

ならばせめて

 

俺は

 

俺だけは

 

俺自身を決して赦さない

 

 

 

試験が終了し、ミーティングルームにアメフト部全員が集まっていた。

庄司監督が部員を前に声を張り上げる。

 

「よし、全員揃ったな、当たり前だが赤点を取った奴などいなくて安心したぞ、これで心置きなく合宿に入れるというものだ」

 

一旦話すのを止め、周りを見回す。

全員がまっすぐに自分を見ており、気の抜けている部員などいないのを確認して満足そうに頷き、続きを話だした。

 

「今年の夏休みは秋大会に向けて長期の合宿を行う、今までは高地トレーニングが行える海外の一箇所で行っていたが、今年はそれでは足らぬ、神龍寺に勝つために、いや、日本一になるためには今までと同じレベルのトレーニングでは絶対に届かない!お前達も前回の大会でそれが骨身に染みてわかっただろう」

 

全部員がそれを自覚しているのだろう、ぐっと臍を噛む。

 

「今回の合宿では、やれることは全てやる!

連携やサインプレー等の反復が必要な通常練習は合宿中も絶えず行うが、更に練習量を増やし、現地では普段の合宿メニューに加えて特別訓練も行う、かなり過酷な工程になるだろう、ついて来れない奴は容赦なく置いていく!だが一つ約束しよう、この合宿を終えた時、お前達は現在と比べ物にならないくらい強くなっていると」

 

「………」

 

誰一人気負される者はいなかった。皆静かに監督の次の言葉を待っている。

 

桜庭に至っては「そうでなくては困る」と言わんばかりに不敵な笑みすら浮かべていた。

自分自身に対する容赦がなくなっている彼にとって、強くなれるのならどんな過酷な練習でもそれは寧ろ歓迎すべきことだった。

 

「今回の合宿では………死の行軍(デスマーチ)を実施する!」

 

庄司から放たれる不吉な単語に部員達がざわめく。

 

「か、監督」

 

高見が代表して手を上げる。

 

「それは…その不吉な名前の特訓は…監督が大学時代にやったという噂のアレですか?」

 

「そうだ、そしてその特訓で同期の部員が…いや、相棒とも言うべき友が一人潰れている」

 

脅かすような庄司の言葉に動揺する部員達。

だが、それに構わずに庄司は話を続ける。

 

死の行軍(デスマーチ)の舞台はアメリカ!ロサンゼルスからテキサス州ヒューストンまでの約2200キロを横断する、無論、ただ走るなどという甘っちょろい内容ではない!」

 

「な…何をするのですか?」

 

「…ふ、それは行ってからのお楽しみだ、まあ、期待は絶対に裏切らんから安心しておけ」

 

ニヤリと笑ってのたまう庄司。

それを聞いたセナは、

 

(…やっぱりトラックとか押したりするんだろうなあ)

 

と知っていたのでほぼ正解を当てていたが言わなかった。

 

庄司の言葉に対し部員達が口々に庄司監督に対して質問や意見を述べ出した。

 

「で、でも監督、実際の所、夏休み中に2200キロ走破は無理じゃないんですか?」

 

「そうですよ、それにアメリカは日本と較べて治安が悪いって言いますし…」

 

「確かに、OB会とか父兄会とかが反対するかもしれませんね」

 

反対はしていないがビビり気味の部員を尻目に、1人の男が静かに立ち上がると。

 

「やりたくない奴は、ここから出て行け!」

 

そう一喝した。

 

桜庭だった。

 

喧々轟々だったミーティングルームは一瞬で静まり返った。

桜庭は監督の方に向き直ると、「監督」と話し続ける。

 

「足りるんですか、それで……それで強くなれるんですね」

 

「ああ、約束しよう」

 

そうのたまう桜庭にニヤリと笑った庄司はキッパリと言い切った。

 

デスマーチには当然潰れる危険が伴う、事実として学生時代に親友が潰れているのだ。

だがあれは他のチームメイトが彼を見捨てて逃げたからに他ならない。

皆で挑めばそんな事態になる前にフォローできるはずなのだ。

それでも危険はある以上、打てる手は打っておこうとは考えている庄司ではある。

 

今の部員とのやりとりを見て庄司は思う。

 

(…神龍寺に完敗した部員達にもう一度自信をつけさせる必要がある。

今のやりとりにしても、神龍寺と戦う前はあそこまで後ろ向きな発言はしなかったはずだ。

自らの自信と誇りを取り戻すためには、勝利と、もう一つ土台となる信念を植えつけるのがよい。

自分達は強いという確固たる信念があれば、さっきのようにうろたえずに構えていられるのだ)

 

「デスマーチの後、その成果を試すために現地で練習試合を行う、相手はNASA高校のNASAエイリアンズだ」

 

それを聞いた瞬間、セナは気付いた。

 

(エイリアンズって、パンサー君のチームだ!)

 

「練習試合の相手がNASAエイリアンズなのはそのチームがデスマーチのゴール地点にある学校だからですか?」

 

理由を聞く高見に庄司はすぐに返事をした。

 

「いや逆だ、デスマーチのルートはいくらでもあったが、ゴールをヒューストンにしたのはこのチームと試合をするためだ」

 

偶々ゴール地点にいるチームに練習試合を申し込んだ訳ではなく、最初からNASAエイリアンズと戦うつもりだったということらしい。

 

それは何故?という疑問は当然なので、庄司が続けて話す。

 

「まあ、これについては少し個人的な事情があってな、お前達はある雑誌社の主催でこのNASAエイリアンズが来日して太陽スフィンクスと親善試合をする予定があったのを知っているか?」

 

「ああ、思い出しましたNASAエイリアンズ、雑誌で告知を見てました、でもそのエイリアンズの都合で急遽中止になったんですよね?」

 

「そうだ、その主催した雑誌社の編集長がワシの学生時代からの知り合いでな、前に会った時にその中止理由を話してくれたのだ、泣きながらな」

 

「泣いてたんですか」

 

「ああ、なんでもドタキャンの理由を要約すると「黄色い猿となんか試合してられん」だったそうだ」

 

「なんですかそれ」

 

「あのアポロ監督って人種差別主義者らしいよ」

 

「それでその編集長はキャンセルでかかった費用より舐められているのが悔しいと、それで仇を討ってほしいと泣きながら頼まれてな、監督はクズでも実力は折り紙つきのチームで合宿の仕上げにはちょうどいい、何より舐めた発言は許せんのでその鼻っ柱をへし折ってやりたいので引き受けたわけだ」

 

「なるほど」

 

庄司の言葉に納得する部員達だが、次の言葉にまだ驚く。

 

「その練習試合、もし勝てなかったら…負けは勿論引き分けでも秋大会は辞退するからな」

 

「ええっ!?」

 

さらりと衝撃的な発言をする庄司に固まる部員達。

 

「どうした?自信がないのか?」

 

「………」

 

少し言葉を言い募っただけの安い挑発で言葉も出ない部員達に、思ったより重症だなと思う庄司。

すると高見が立ち上がり、部員達に向かって話し掛けた。

 

「みんな…まずは我々に出来る事を全てやろうじゃないか。後悔とは後で悔やむことだけど、俺達はまだ始めてもいないんだ…まずは、一歩踏み出そう」

 

そう言う高見の言葉を受けて雲水が続けた。

 

「そうだな、勝つにしろ負けるにしろ、俺達がまず最初にしなければならないのは…戦うことだ」

 

「まず戦うって…何と?」

 

「自分自身とさ」

 

「………………」

 

そうして、少しずつではあるが、王城ホワイトナイツは前進を始めた。




現在継続ひきこもり中。
サインバルタとかいう薬全然効かないぞ。
偶になる躁状態の時に書いてます。

原作と同じ様にアメフトワールドカップまで書こうと思っているけど辿り着ける気がしない。

一時期はこの31話の最後に、

「どこまでも登り続けるよ、このアイシールド坂をね!  未完!」

で終わらせようかと思ったけど寸前で思い留まった。

更新期間は開くけど気が向いたら少しずつ書いていきます。

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