「じゃあね、おやすみ、セナ」
「おやすみ、まもり姉ちゃん」
下校時のいつもの光景。
部活動の練習で遅くなるため、セナがまもりを家の前まで送って別れる。
セナが走って行くのを視界から消えるまで見届けた後、まもりは家に入った。
「ただいま~」
「おかえり、まもり」
母が迎えてくれた。
「まもり、アメフト部のマネージャーに専念してるそうだけど、こんな夜遅くまでたいへんね」
「ううん、たいへんじゃないよ、すっごく楽しいよ」
強がりではなく、本心からだった。
ここ数日、いや、マネージャーを本格的にやるようになってから楽しくてしょうがない。
「ふふ、その楽しいは、部活が楽しいというのとは少し違うんじゃない?」
アメリカ人とのハーフの真美は、とても女子高生の娘を持つ母とは思えない若々しい笑顔で言った。
「え、何が違うの?」
まもりは意味がわからず聞き返した。部活が楽しいと思い込んでいたからだ。
「そんなの、セナちゃんと一緒にいられるからに決まってるじゃない」
真美はあっさりと断言した。
「な!・・・え、せ、セナと?」
まもりにとって全くの予想外の母の発言に驚く。
それを見た真美は溜息をついて言った。
「はぁ~、まったくもう、全然気づいてなかったのね・・・・・・
あなたね、セナちゃんが王城に行くの決まってから、自分の後輩になるんだって、
小学校以来だって、それはそれは嬉しそうに私に何十回言ったと思ってるの?」
「え、そ・・・・そうだっけ?」
「・・・・まったく・・・・我が娘ながら純情というか鈍いというか・・・」
「え、お母さん、何か言った?」
「なんでもないわ、もういいからお風呂入っちゃいなさい」
「・・・・・・は~い」
・
脱衣所で服を脱ぎながらまもりは今のやりとりを思い出す。
(・・・・私が楽しいと感じているのは、部活じゃなくて、セナと一緒にいるから?)
アメフト部が楽しくないわけがない、確かに部員も多く、やることは山のようにあり忙しい。
その分やり甲斐もあり、毎日充実している。
(その楽しいと、今私が感じている幸福感は確かに違う・・・・気がする)
セナちゃんと一緒にいられるからよ
母の言葉が蘇る。
だとすれば・・・・・・・
(あれ?・・・・・・私ってもしかして・・・・セナのこと・・・・好き?)
降って沸いたような結論にまもりは慌てた。
(いやいやいや・・・・確かにセナのことは好き・・・だけど、それは、姉としてであって、
セナってば頼りないから弟みたいで放っておけないってゆうか・・・・)
頼りない
放っておけない
それは、セナが小学校低学年あたりの話だ。
セナは強くなった。
いじめっ子にも敢然と立ち向かい、負けない心を持つようになった。
(なら・・・私の今のセナに対する気持ちは・・・・・・いえ、落ち着くのよ、まもり)
一旦落ち着いて深呼吸した後、湯船に浸かって考えをまとめることにした。
(・・・・・・・・そもそも、私ってどういったタイプの男性が好みなんだろう?
よく考えたことなかったわ、そういうの興味なかったし・・・・・・・・・・・
・・・・ちょっと、考えてみよう)
まもりは、湯船に顔を半分沈めて口からブクブク泡を浮かばせながら自問自答を始めた。
(・・・身長は・・・・私より低くても全然おっけ~ね・・・)
(・・顔は・・・・う~ん、かっこいいより可愛い感じかな・・・)
(・・・性格、これは優しい人ね、ルールを守る真面目な人)
その他にも様々な項目の一番好感度の高いものをモンタージュのように繋ぎ合わせてまもりにとっての
好みの男性像を作り上げていく。
カシャカシャ・・・・・・・・チ~ン
まもりの脳内で好みの男性像が完成した、それは・・・・
「って、セナじゃない!」
そう、まもりが作り上げた理想の男性像は、セナそのものだった。
「・・・・私・・・・セナのこと・・・・弟としてじゃなくて、一人の異性として・・・・
・・・・・・・す・・・・好きだったんだ」
自分で正直に自問自答した結果なので疑いようがなかった。
・
お風呂から上がり、バスタオルで髪を拭きながらリビングでジュースを飲んで、
ようやく少し落ち着いてきた。
(でも私、セナと恋人同士になりたいとか思ったりしてなかったんだけどな・・・・・
・・・・もしも、セナに告白されたら・・・・ちょっと想像してみよう)
と、まもりはそんな状況を妄想してみた。
何故か豪華客船の甲板で、蝶ネクタイにタキシード姿のセナが、まもりを見つめて言う。
「まもりさん・・・・僕と、結婚してください」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・はい、喜んで、セナさん」
(・・・・・うわ・・・・嬉しい!・・・・これ以上ないくらい)
クッションを抱きしめたままソファーで転げまわるまもり。
「・・・・・・・・・・・」
母親が目の前で呆れていた。
「・・・・まもり」
「ななななななに、お母さん」
母親が目の前にいることにようやく気づいたまもり。
「まもりがお婿さんを連れてきてくれる日もそう遠くないようね」
「な、何言ってるのよ、セナとはまだそんなんじゃ・・・・」
「・・・まもり、誰もセナちゃんだなんて言ってないわよ、しかも「まだ」って、
これからそんな仲になるつもり満々ね、頑張ってね、母さん応援してるわ」
「・・・・・・・・・・・・・わ~~~~ん」
顔を真っ赤にして逃げるように部屋に走っていくまもりだった。
部屋に戻って頭から布団をかぶってなんとか気持ちを落ち着けようとするが、
全然動悸が治まらない。
(・・・・はぁ、明日からどうしよう)
セナは自分にとって世話のかかる弟だと思っていたのに、
今更好きですなんて言えない。
そもそも肝心のセナは自分のことを姉としか思っていないのは明白だ。
姉と慕ってくれるのは嬉しいが、告白すればそれの成否に関わらず姉弟という関係は終わる。
成功して恋人同士になれるのならいいが、失敗すれば目も当てられない。
怖くて言えない。告白なんてしたこともない、自分にとってこれは初恋だ。
まさか相手がセナだとは夢にも思わなかったけど、好きになってしまったのはしょうがない。
(・・・とにかく、今の関係が終わるのは嫌だし、うん、セナもアメフトに集中しなきゃいけないから、
あんまりそれを乱すのも悪いし、マネージャーとして一人の部員とつきあっているなんて知られたら、
他の部員との関係にも良くないし・・・・・・・・・・・
とにかく、そう、いつも通りにやっていかなくちゃ・・・・)
母親の見立て通り、純情で奥手なまもりは、なまじ頭がいい分、大量の言い訳を思いつき、
現状維持を選択してしまった。
そして、自分の気持ちに気づくのと同時に、セナを弟してではなく、異性として正確に見た時、
元々洞察力も優れていたまもりも、恋愛に関してだけは疎かったフィルターは外され、
周りの人の様子も正確に判るようになっていた。
(・・・・・・・落ち着いて周りの様子を思い出してみると、
セナに惹かれている女生徒って、結構な人数いるわね・・・・・・
・・・・あ、干徳さんは進君のファンみたいね・・・・・・
・・・小春ちゃんは・・・恋愛というより芸能人に対する憧れに近いわね・・・
・・・鈴音ちゃんは・・・・間違いない、セナを見る時のあの娘の目・・・・・
うわ・・・・もうセナにベタ惚れじゃない・・・・・・・気づかなかったわ・・・
・・・私・・・全然周りを見てなかったんだな・・・・マネージャーなのに・・・)
自分の気持ちに気づいて動揺し、周りの人達の気持ちに気づかなかったことに落ち込み、
まもりはその夜、なかなか寝付けなかった。
・
翌朝
「おはよう、まもり姉ちゃん」
「お・・・おはよ・・・セナ」
家が近いこともあり、二人はいつも一緒に朝練の為に登校していた。
「どうしたの、まもり姉ちゃん?」
いつもと様子の違うまもりにセナが訝しんで声を掛ける。
「だ、大丈夫よ、セナ、昨日ちょっと夜遅くまで勉強してて寝不足なだけだから」
まもりにしてみれば、顔が真っ赤になっているのを誤魔化すので精一杯だった。
「そうなんだ、無理しないでね、まもり姉ちゃん」
「うん、大丈夫大丈夫」
朗らかに答えがまもりだが、内心ではそれどころではなかった。
(は、恥かしくてまともにセナの顔が見れないし、喋り掛けられない・・・・
・・・セナの顔って・・・すごく整っていて可愛いのに、目がキリッとしててかっこよくて・・・
・・・私の好みのタイプそのものだったんだ・・・・よく今まで私は・・・・)
二人は他愛ない会話をしながら登校していった。
「あ・・・・でも、今何だか私、幸せ」
「え?」
「えっとね、私、今すっごく毎日が楽しいなって思って」
「うん、そうだね、僕も今、毎日が充実してて楽しいよ」
そう答えるセナを見つめてまもりは、何かに祈った。
(あともう少し、あともう少しだけ、このままでいられますように)