【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども 作:ようぐそうとほうとふ
クリスマス休暇が終わり、冷え切った寮にまた人が溢れかえる頃。サキの夜間徘徊癖は復活の兆しを見せていた。
夕闇迫る空の下、サキは人の多い寮や図書館を避けて寒い風の吹き抜ける中庭を歩いていた。
勉強に最適な場所で、なおかつ寒くないところというと限られていた。
暖かくてテーブルのある場所を探すうちに、普通の生徒が入ることがない場所をたくさん見つけた。しもべ妖精がせわしなく働き続ける厨房や嘆きのマートルのトイレ(入ってウロウロしたら泣き言を小一時間聞かされた)。魔法生物飼育学か薬草学で使うであろうレタス食い虫の養殖場(又の名を肥溜め)。
忘れ去られた物品が山のように積み上げられた大きな部屋や使った形跡のない浴場など、ホグワーツには必要あるようなないような変な部屋がたくさんあった。
たくさんの選択肢の中でも一番暖かくて勉強ができそうで、暇も潰せるのはハグリッドの小屋とガラクタがつみあがった大きな部屋くらいで、サキはよく日が暮れるまでそこで過ごした。
「サキ!」
談話室に入るとドラコにみつかった。ドラコはクラッブ、ゴイルに待てでもしたらしく一人でずんずんとサキの元へ近づいてきた。
「また遅くまで出歩いてたな。時間ギリギリだぞ」
「ま、間に合ってるじゃん!」
「また君の放浪癖が出始めてる。」
その言葉は否定できず、サキはむっと黙るしかない。
ドラコはそんなサキの様子をみて、声をひそめる。
「まさか…君、あの犬のことを調べてるのか?」
「え…ああ…三頭犬ね」
ドラコがまだあの犬について関心を持ってるとは驚きだった。話題に出さないからとっくに忘れたのかと思ってた。
サキがまごつくのを見てドラコは追撃するように言った。
「君子危うきに近寄らずって言うだろう。あれがなにを守ってるのか知らないが、隠されてるなら隠されてる理由があるんだ。」
「まあそうだろうけどさ。それに、私あの廊下にはもう近付いてないよ。」
「じゃあなんで帰りが遅いんだ?」
「寮に居づらいんだもん…。ハグリッドの小屋とか、空き教室で勉強してるんだ」
「あの森番のところで?!」
「いいところだよ。ちょっと犬くさいけど」
「あんな所にいたなんて。居づらいならなんで僕に声かけないんだ」
ドラコは非難と僻みが混じったような口調だ。けれどもどこか寂しげな、拗ねたようなそんな顔をしている。
「だってドラコは…別の人といるし…」
「そんなの気にしなければいい。…それとも僕よりポッター達と仲良くしたいのか?」
「そんなことないよ!」
サキは思わず大きな声で反論した。周りがこっちを見るのを感じたが、騒ぎの中心がサキとドラコだとわかるとみんな視線を逸らした。
どうせ聞き耳は立てているんだろうけど、サキは気にせず言った。
「二人とも大事な友達だよ…比べられないくらい」
ドラコはその答えに満足いってない様子だった。ハリーとドラコは会えば喧嘩する仲だ。いわば宿敵と言える奴と仲良くするのは確かに心地の良いものではないのかもしれない。
「……いいさ、サキ。この寮が嫌いなら夜好きなだけ出歩けばいい。」
ドラコが拗ねたみたいにそっぽを向いて、クラッブとゴイルの方へ帰ってしまった。
サキは苦虫を噛み潰したような顔で、ぎゅっと縮こまる胸の痛みに耐えた。
ホグワーツに来て初めて喧嘩してしまった。
ドラコと話さないまま、何日も過ぎてしまった。顔をあわせると気まずくなって目をそらしてしまいなかなか仲直りのきっかけをつかめなかった。
サキはますます寮に帰るのが憂鬱になり、ここのところは宿題を終わらせた後もハグリッドからもらった木でチェスの駒を彫ったり湖のほとりで水草を集めたりしていた。
その日はスネイプ先生が審判をやっているクィディッチが終わったらしく、試合を見終わった生徒が続々と校舎に戻ってきた。
そんな気分になれないサキは読み終わった本を返しに図書館に向かう途中だった。
人気のない渡り廊下で、ハーマイオニーとばったり出くわした。
「あ、ハーマイオニー」
「ああサキ!よかったわ探してたの」
ハーマイオニーがサキの手を引いて、ロンとハリーのいる渡り廊下に連れて行った。ハリーはまだクィディッチのユニフォームのままで靴の泥すら払っていない。
「サキ、あの犬のこと覚えてるよね?」
「え?うん」
突然言われてびっくりしながらも返事をする。ハリーは神妙な顔をして続けた。
「あの犬の守ってるものがわかったんだ。ニコラス・フラメルは賢者の石の製作者だったんだ。」
「ニコラス…?賢者の石…?」
サキの知らないうちに三人は随分調べていたらしい。
賢者の石は聞いたことがある。石ころすら金に変え、飲めば永遠の命を授かる命の水の原料だ。
なぜそんな物が学校に置かれて守られているんだろう?
「さっき箒小屋で、スネイプがクィレルを脅してるのを聞いたんだ!スネイプはあの犬、フラッフィーを出し抜く方法を探ってる…。もしかしたら、他にもいろんな魔法がかかってるのかもしれない。スネイプはそれを知りたがってるんだよ!」
「ちょっと待って。その賢者の石をスネイプ先生が盗ろうとしてるってこと?」
「そうだよ。」
「そんな、だって先生は…」
サキは一瞬ためらった。ハリーたちはスネイプに対して懐疑的でそもそもお互い憎み合ってる。
ここで自分がスネイプに言われたことを話して信用されるだろうか?
「先生は、クィレル先生に近づくなって言ってた。ハロウィンのことを覚えてる?」
サキの言葉にロンがちょっと自慢げに言う。
「ああ、僕たちがトロールをノックアウトした夜だ」
「あの日スネイプは足に怪我してたわ」
そんなロンとは反対に慎重にハーマイオニーが答えた。
「そう、トロールの騒ぎの裏であの犬を出し抜こうとしてたんだよ!」
「違うよ。実は、私はあの日列を離れてく君たちを追いかけたんだ。でも追いつけなくって、途中でクィレル先生を見つけた。」
「クィレルが?気絶してたんじゃ…」
「さあね。とにかく、クィレルの後を追っかけたらあの人、立ち入り禁止の廊下に行ったんだよ。そこにはすでにスネイプ先生がいて、足を怪我してた」
「それはクィレルがスネイプから賢者の石を守るためだよ!」
「だとしたらおかしいよ。どうしてあんな場所で気絶したの?ましてやすぐ起き上がるなんて…」
「それはスネイプを欺くためで…」
「先生はクィレルに気をつけろって言った!私からすればあっちの方が怪しいよ。だっておかしいじゃないか、自分がトロールを見つけたのに目覚めたら真っ先に廊下に行くなんて」
「他の先生がもういってたからそうしたんだよ!」
サキの意見にハリーが反論した。ロンも何か言おうと考えていたが、2人の議論がとんとん進むのでなかなか間に入れないでいた。
ハーマイオニーは深く考え込むように腕を組み、じっとサキとハリーの言葉を反芻していた。
「私にはどっちが守り人でどっちが盗人かわからないわ。でもどっちか決めつけで行動したら、きっと賢者の石は盗まれてしまう」
ハーマイオニーの言葉にサキもハリーも黙った。
「…もしスネイプ先生が盗人だったら、クィレル先生をよくよく見てないといけないね」
落ち着いたサキの言葉にハリーもはっとして、渋々ながら言った。
「うん…クィレルが犯人なら、スネイプは絶対に口を割らないね…」
「クィレルが犯人ならむしろ石はあ、あ、安全ってこと」
ロンのモノマネに二人はプッと吹き出した。
ハーマイオニーは咎めるような視線をやったが、さっきの張り詰めた空気よりよっぽどいいと思ったらしく何もいってこなかった。
「とりあえず二人の様子には注意してよう。何か変わったことがあったらすぐに伝え合うんだ」
四人はうなずき合い、すっかり日が暮れて暗くなった渡り廊下から、暖かいご飯があるはずの寮へ帰って行った。
「今日はちーっと特別な茶葉を使ってみたんだが、どうだ?」
「うーん。これ、紅茶っていうか烏龍茶だね?おいしいけど」
寮の気質に馴染めないうえにドラコと喧嘩してしまったサキをハグリッドは熱い紅茶と石より硬いクッキーで迎えてくれた。
しかしなぜか熱いのに暖炉は轟々と燃え盛り、紅茶もホットだった。サキはハグリッドが我慢大会を開きたがってるのかと思ったがそういうことでもないらしい。
「ねえ…ハグリッド。この本何に使うの?」
暖炉のそばの棚に革張りの分厚い本が収められているのを見たサキは思わずそう聞いた。
ハグリッドは動揺した様子で持っていたカップをがちゃんと鳴らしてしまった。
「ちーっと…読書がしたくなってな」
「ふうん…」
どんな本か見ようと腰を上げかけたとき、ハグリッドが慌てて棚とサキを遮るように座った。
「ところでサキ。ここのところハリーたちは元気か?怪しいことはしとらんか?」
「ハリー?相変わらずだよ。ハーマイオニーは試験のせいでちょっと神経質になってるけど…どうしてそんなこと聞くの?」
「いや、俺が前のクィディッチの試合でうっかりニコラス・フラメルのことを言っちまって…」
「ニコラス・フラメル?」
サキがその名前を繰り返すとハグリッドはまたもしまった!という顔になり手で顔を覆った。
「ああ、なんで俺はいつもこううっかり言っちまうんだ。…サキ、今のは聞かなかったことにしてくれ」
「いやいや…無理だよハグリッド。それにもうあの犬の守ってるもののことはハリーたちも知ってるよ」
ハグリッドはうう、と大きな獣のようなため息をついた。
きっとハリーたちもこういう具合にハグリッドからヒントを聞いたんだろうとサキはぼんやり思った。
ハリーたちの一番の関心ごとは、間違いなくあの部屋と三頭犬だ。サキもスネイプの忠告さえなければ夢中で調べてるに違いない。
「ハグリッド、そのことについてあんまりしゃべんないほうがいいよ…。ハリーたち結構勘がいいし」
サキはちょっと考え込むように頰に手を当てた。
あの三頭犬は間違いなく学校が用意したもので、スネイプ先生をはじめとして何人かの先生が関わっている。多分ハグリッドもその一人だ。
ハリーの言った通り何者かから賢者の石を守るためにああいう犬や魔法がかかっているのだろう。
だとしたらその何者とは?
スネイプ先生の忠告をもとに考えればクィレル先生だ。しかし、ハリーたちからしてみればスネイプ先生なわけで…。
うーん、とサキは唸る。それを聞いてハグリッドが狼狽したような声で言った。
「サキ、変なこと考えないでくれ…只でさえ今…」
バチッと音を立てて暖炉の薪が爆ぜる音がした。あんまりに大きな音に振り向くと、暖炉に先日まではなかった大きな卵状の黒い石のようなものが置かれてるのに気づいた。
「…変わった置物だね?」
サキの言葉にハグリッドはびくんと肩を震わせ、テーブルをひっくり返して立ち上がった。
サキは思わず杖を掴みそうになったが、ハグリッドの目に涙が浮かんでるのに気づいた。
「頼む!このことは誰にも言わんでくれ!」
あまりの迫力に"このこと"が何なのかいまいちわからないまま、サキは曖昧に頷いた。
「う、うん…言わない、言わないよ。だから落ち着いて」
サキが必死になだめると、ハグリッドはやっと椅子に座った。
「俺の夢でもあったんだ。ちーっと危ねえ橋を渡ってるかもしれんが…。誰かに迷惑をかけるつもりなんて、さらさらない」
「うん…迷惑じゃないならまあ、いいんじゃない?」
「サキ、おめえさんは話のわかるやつだ。…ニコラス・フラメルの事もくれぐれも探ったりしちゃなんねえ」
「うん。スネイプ先生にも言われてるから調べるつもりはないよ。この暖炉の石が何なのかも聞かないよ」
なんなのかを聞かなくてもこの黒い塊はいずれ大きなトラブルを招くだろうとサキの第六感が告げていた。
どうせ近々わかるだろう、と半ば諦めの気持ち混じりで残り少ないお茶をすすった。
「ええ子だ、ええ子だ。さあもう日が暮れる。お前さんが夜うろついてたら問答無用で捕まえろって言われてるからな。早く寮に帰れ」
「えっ。そんな指示出てるの…?」
しかも以前クィレル先生に聞いた時より厳しくなっている。
サキはしょんぼりしながら寮へ帰った。
翌日、またハグリッドの小屋が蒸し風呂状態だったら嫌だなと思いつつ、校舎から少し離れた丘から山のほとりの様子を見てみた。
細い煙が登っているところを見るに、どうやら今日もがんがん薪を燃やしてるようだ。
「サキ!」
代わりに行く場所を決めかねていると、突然後ろから声をかけられた。
「ああ、やあ…」
おなじみの三人組だ。
「大丈夫?元気なさそう」
ハーマイオニーが気遣わしげに言った。察しの良い彼女はドラコとサキが一ヶ月経った今も喧嘩中なのをわかっている。
「ああ、まあいつも通りさ。ハグリッドの小屋に行くの?」
「うん。サキもどう?例の石のことを聞こうと思ってるんだ」
「ああ…そういうことなら行こうかなぁ。」
躊躇いがちのサキも一緒に四人はハグリッドの小屋へ続く坂道を下った。
ハリーはハグリッドの小屋の扉をノックしたが、返事がない。カーテンも閉まっている。
「あれ?いないのかな」
「ハグリッド。僕たちだよ、ロンとハリーとハーマイオニー。それとサキ!」
ロンが追い打ちをかけるようにどんどんと扉を叩くと、細い隙間が空いてハグリッドのクリクリした目が見えた。
「おめーさんたちか。」
「いれてよハグリッド。話があるんだ」
「あー…まあ、入れや」
中は昨日と変わらず暖炉が付いてて蒸し暑い。人が多いのもあって室温がさらにあがっている。サキはやっぱり…とがっかりしながらシャツをまくりロンはネクタイをむしり取った。
「ハグリッド。僕たち聞きに来たんだ…賢者の石について」
ハリーが単刀直入に切り出すと、ハグリッドは眉をぎゅっと寄せて紅茶を注いだ。
「ハリー、何回も言っとるが。あんまり関わらんほうがいい。」
差し出されたホットの紅茶を四人は曖昧に頷きながらうけとった。
「でもひょっとしたらあの石が危ないかもしれないんだ。狙われている…」
「仮に狙われてるとしても、あの石は何人もの先生が守ってる。ダンブルドアをはじめ、マクゴナガル先生、フリットウィック先生。スプラウト先生にフーチ先生。それにクィレル先生とスネイプ先生だ。」
「スネイプが?!」
「クィレルが?!」
ハリーとサキの驚きの声にハグリッドが目をパチクリさせた。
あららと言いたげなロンが説明するように付け加えた。
「えーっと…ハリーとサキはちょっと二人を疑ってて…」
「疑ってる?」
「えーっと…つまり私たち、二人のうちのどちらかが石を盗もうとしてるんじゃないかと思ってるの。色々な状況証拠があって…」
「馬鹿な!盗もうとするならどうして守る必要がある?」
ハグリッドの言うことは最もだった。しかしサキもハリーもだからと言って疑いを簡単に拭えるほど単純じゃない。
サキは肩をすくめ、また一段階シャツをまくった。
ハリーは思い切ってセーターを脱いだ。
そしてロンは暖炉で火にくべられている例の黒い石を見て目をまん丸にした。
「すごいや、ハグリッド。どこで手に入れたんだ?」
ハグリッドはバツの悪そうな顔をした。昨日サキに指摘されてたぶん覚悟はできてたんだろう。昨日みたいにごまかす事はしなかった。
「ハグリッド、それであんな本を借りてたのね?!」
ハーマイオニーは非難がましい声を上げた。
しかしハグリッドの口がちょっぴり自慢げににやけるのをハリーはしっかり見ていた。
「これなんなの?」
サキの言葉にロンが自信ありげに答えた。
「ノルウェー・リッジバック種の卵さ!ドラゴンだよドラゴン」
「そーさ。貴重なもんだ。」
「どこで手に入れたの?ドラゴンの卵の取引なんて違法のはずよ」
興奮気味の二人を諌めるようにハーマイオニーが言う。ハグリッドはハーマイオニーの口調にちょっと控えめになりながらも心の底から湧き上がるわくわくを抑えきれないようだった。
「ああ、酒場で手に入れたんだ。妙な男でな、賭けに勝ったから貰ったんだ」
「なにそれ、怪しすぎるよ!」
ハリーとハーマイオニーの忠告もハグリッドには届いてないらしい。ロンとサキはしげしげと卵を眺めた。
「すごい…いつ孵るの?」
「あと一週間もありゃ孵るだろうな。そしたら…」
「まさか飼う気なの?ハグリッド、この家は木の家なのよ!」
ハーマイオニーが信じられないと言いたげに言うがなんのそのだ。
四人はハグリッドには何を言っても無駄だと判断し、話を切り上げて暑い小屋から退散した。
「孵って一週間も経てば僕ら、ドラゴンの餌だぜ」
ロンが呆れ気味に言った。
「ハグリッド…信じられない…なんとか説得しないとマズイことになるわ」
「はやくみたいなあ。ドラゴン」
サキの呑気な発言にハーマイオニーの咎めるような視線から隠れてハリーが同意したそうな顔で頷いた。
「とにかく、近々絶対に後悔するわ。ドラゴンって本当に危険なのよ」
「チャーリーが…二番目の兄なんだけど、ドラゴンの仕事をしてるんだ。成熟したドラゴンはすごいよ。君、たまげるぜ」
「間違いなくハグリッドの小屋には入らないね」
ハリーの冗談にサキとロンが笑うとハーマイオニーが溜息をついた。
「とにかくなんとかして、ハグリッドを説得しましょう…。絶対に助長させるようなことしちゃダメよ。特にサキ」
「わかったよ」
サキは肩を竦めた。
そうこうしているうちに日はくれて、夜出歩く生徒を血眼で探しているフィルチから逃げるように四人は解散した。
誤字報告ありがとうございます。助かります。