【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども   作:ようぐそうとほうとふ

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食べたルートの番外編というか後日談というか、アナザーエンディングです。
孤児院の火事について、私の構成の失敗もあって曖昧になったので書き足しました。本来ボツになっものを再利用したものです。救いがないのであくまでイフです。
これでおそらくスネイプ先生の20周忌以外での更新はしません。改めてご愛読ありがとうございました。


番外編
おしまいの日


膨大な記憶の中で自分の思い出に出会えた時というのは酷く感動する。しかし、自分の記憶を見ている場合は私は私の意志で行動することができる。つまり、下手したら今ある事を改竄してしまう。ようやく手にしたハッピーエンドが消えてしまうから慎重にならざるを得ない。

と言っても、母の脳髄を食べてから私が今まで何をして何をしなかったかと言うのを思い出す事は容易なので、大きな過ちは犯さないだろう。

 

バタフライ・エフェクトというものがある。蝶のはばたきが地球の反対側で嵐を引き起こす事。つまり、ちょっとした出来事がのちの結果に大きな影響を与えるという考え方なのだが、この言葉は過ちだ。少なくとも、私の認識しうる世界はある結末に至ることが確定したカオスに満ちていない世界だ。母、リヴェンは「選択肢は無限だが、至る結末は片手に収まる程度しかないだろう。無限の中で私達の認識が及ぶものが、たったそれだけという意味だ」と書き残していた。

 

「サキー、昼寝なんてしてたら怒られるよ」

 

子供の高い声で私は目を覚まし、辺りを見回した。懐かしの百年ものなんじゃないの?ってくらいに古い二段ベッドの木枠が眼前に広がっていた。

 

「…アンナ…?」

「駄目だよ。今日は…」

9歳くらいの少女はハッとして口を塞いだ。

「まだ内緒だったんだ!」

「聞かなかったことにするよ」

私は自分の体を確認した。ぺたんこな胸、きれいなハリのある肌。

思い出した。今日は私の誕生日。そして孤児院が燃えた日だった。

 

「サキ、サキ!あんたって子は、どうしていつも居眠りばかり…」

「春うららかだったもんで…」

「言い訳ならもっとマシな事をおいい」

院長は呆れつつ、帳面をつける作業に戻った。私はこの日起きたことをちゃんと覚えていない。ダンブルドアが抜き出した記憶は何処かへ行ってしまった。不思議なことに、脳髄を食べる以前に抜き出された記憶は思い出せないようだった。

 

私は足元が突然崖になってしまったかのように不安になる。もししくじったら、また私はセブルスを失うのだ。

ただ一つはっきりしているのは、買い物を頼まれたら断ってはいけないという事だった。

 

「おーぅい。サキぃ、何怒られてたんだよ?」

「寝るなって。無茶言うよね」

 

エリックは一番としかさで、みんなの面倒をよく見てくれた。

 

「あー、サキ。今日は誰かの部屋に行くなら必ずノックしてよね?あんたなら分かってるだろうけど、サプライズパーティは驚かす人たちが楽しむもんなんだからね」

「相変わらず身も蓋もないなぁ」

 

ジェーンはシンガー院長の娘で、17歳。去年の秋から職員として働き始めた。どことなく目元が私と似ているせいか、妹のようにかわいがってくれた。

 

アンナの他に年下は三人。みんなかわいくて、私もみんなが好きだった。

孤児院が好きだった。

火事がーもし火事がなくて、みんな無事だったら、私の進学についてどう思っただろうか?喜んでくれただろうか。

抑えがたい郷愁の念は、すぐに私がすでに失くしてしまった闘争の日々の苦しみに上書きされた。

私は…やっぱりそれでもあの未来が欲しい。セブルスが生きている、リヴェンの望んだ未来が。やり直すことはやっぱり出来ないのだった。だからこれは、まごうことなき夢なのだ。夢でなければいけない。

 

「そーだ。ねえサキ。あんた邪魔だからさぁ、ケチャップ買ってきて。イーストストリートモールのちょっといいやつ」

「露骨な厄介払い!」

「いーからいーから。…ね?」

「うーん…わかった。わかったけどもう少しだけ待って」

 

私は小銭をポケットにしまうと、家事の火元になるはずの食堂をすみからすみまで眺めた。陰鬱な色合いの壁紙。玄関から一番遠く、奥まった食堂。気密性が高い、防火について無頓着な100年前の建築。みんなは出口があるにも関わらず、ここで死んだ。いや、死ぬ。

 

なぜみんなは火から逃げなかったんだろうか。

 

私は周囲をくまなく探索した。しつくしてようやくみんなの脱出経路となりうる場所がわかった。地面を這いつくばる私を院長がしかり、一つ上のフィリップが尻を蹴飛ばしたが、なんとか見つけた。

キッチンにある小窓、ここが最も煙から逃れるのに適している。

 

むしろなぜみんなはここから逃げなかったのだろうか?

 

私は思案する。

運命について考えるとき、その世界の閉じざまについて必ず頭に入れておかねばならない。この素朴な道筋、つまり「かえる場所がなくなり、セブルスと出会う」こと。これをこなさない限り、セブルスの生き残る世界へ移ることはできないだろう。

「選択肢は無限だが、至る結末は片手に収まる程度しかないだろう。」母の言葉通り、私の片手にはすでに十分すぎる結末が乗っかっている。

セブルスが死ぬ、ハリーが死ぬ、ドラコが死ぬ、みんな死ぬ、セブルスが生きる。

至ってシンプルな世界。これに至るために私がどれだけの代償を払ったかはもう回想するまでもない。

 

もし、私がここで孤児院の無事を選び取ってしまったら?

6本目の道を見つけてしまったら?

改竄する世界の情報量は確実に私の脳を破壊するだろう。

13人。私の望む世界に要らない13人の大切な命。

 

私はキッチンの小窓の前で佇んだ。

 

この小窓を開けてれば、誰かがここから煙が外に流れ出てくのに気づき、みんな生き残るかもしれない。みんなじゃなくても、数人は。孤児院だけ焼けて、結局セブルスと出会えるかもしれない。…けれどもやはり脳の上書きはなされ、私は“みんなの生き残った世界”の1998年に死亡する。その世界にセブルスが生きているか、私にはわからない。

狂いそうなほどの絶望が私の心の中で暴れだした。深呼吸してなんとか鼓動を整える。セブルスが死んでるかもしれない世界を選ぶなんてあり得なかった。私のすべてがなんの意味もなくなってしまう。

 

「あー、まだいた!」

 

ジェーンがプンスカ怒って私の頭を引っ叩いた。そして私の顔を笑顔でのぞき込む。

「な、なに。サキ、泣いてるの…?痛かった?」

ジェーンはとても動揺して、私の頬をぎゅっと両手で包んだ。その暖かさは過去に感じたことはなかった。

「泣いてないってば。もう行くから、ちゃんと間に合わせてよ」

「なによ。変な子。気をつけてね」

 

このぬくもりが蝶の羽ばたきになりません様に。

信じていない神様に祈りながら、私は孤児院を出た。そして孤児院の、窓という窓、ドアというドアに呪文をかける。

 

誰もここから出ることがないように。

突然炎が燃え上がるように。

窒息ではなく、突然全てが焼き尽くされるように呪いをかけた。せめて苦しまないように、青白い炎を心に描いた。

 

私が、私の望む世界に辿り着くために。

世界が閉じたままであるように願いながら。

 

私はそういう理に支配された残酷な世界を、憎いと思ったり愛おしいと思ったりする。

その全てが私を生かし、存在せしめている。愛しいものを生かしている。

 

脳髄を食べた時点で私はすべての時間軸で脳髄を食べた状態の自分になれる。だとしたら、私が本来経験した孤児院の火事の原因はきっと私だ。

因果は閉じている。この世界は閉じ切っている。

私が脳髄を食べるという未来が実現した瞬間、過去と未来の因果関係が繋がった。私達は時間の旅人。過去と今を、自由に行き来する。

リヴェンが私を産もうと決意したのも、多分そのせいだ。

リヴェンが恋をした瞬間、報われない未来が確定した。

世界はそういうふうに出来ている。どこまでもどこまでも、主観的な閉ざされた世界だ。

 

絶望したくなる。

私の罪悪感は間違ってはいなかったのだから。

けれども、その罪を全て背負っても価値のある人生だった。

 

私は目を開けた。

目の前には、ロドルファス・レストレンジの醜く歪んだ顔があった。

 

「走馬灯は見終わったか」

「ええ。…いい夢だった。ありがとう」

 

白い月明かりが差し込むベッド。庭の様子を見るために開け放っていた窓からやってきた復讐者。私は、薄々彼の来訪を予感してきた。

 

「よくもベラを殺したな」

「ごめんなさい」

「そんな言葉で、足りると思うか?」

「いいや。足りない。けれども、相応しい言葉はこれしかないと思う。ロドルファス。私は、たくさんの人を殺した」

「そうだ。お前は…ひ、人殺しだ。ベラを…どうしてベラを殺した?そんな必要があったか?あいつは、あいつは確かに大罪人だよ。けれどもようやく、ようやく俺たちの子供を妊娠していたのに」

 

ロドルファスは泣いた。自分だってたくさんの人を殺したり、盗んだり、傷つけたりしたくせに、ロクに構ってもくれない妻ベラトリックスのためにさめざめと泣いている。その涙は月明かりを受けて宝石のように光って、私の白いパジャマにシミをつくった。

彼の涙は、きっと私の涙だ。だからこんなに美しく感じるんだろう。

 

「そう。じゃあこれで17人。地獄に落ちるには充分だね」

「そうだ、地獄に落ちろ。そして地獄で、ベラに謝れ」

 

私の震える首筋にロドルファスの節くれだった手が覆いかぶさった。私の体はもうまともに動かないのでその手をどうにかしたくてもできなかった。震えはもう、止まらない。最近はまともでいる時間のほうが少ない。用すら足せなくなった。もう頃合いだろう。

 

「…死ぬには、悪くない月だ」

 

闘病の末空っぽになって死ぬなんてあまりに未練がましい。

私は愛に生き、愛に死ぬ。こんなに美しい終わりはないだろう。

せめてもの救いに死ぬ前の一瞬、セブルスの、今まで愛した人たちの顔を思い出す時間があることを祈ろう。

 

窓の向こうの月が陰った。

ロドルファスの両手に、力が籠もった。

 

 

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