【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども 作:ようぐそうとほうとふ
ハーマイオニーからマルフォイとサキが喧嘩していると聞いて、ハリーは少なからず愉快な気持ちだった。
入学してすぐはサキがスリザリンに行ってしまってやや複雑だったが、違う寮でも汽車の時となんら変わらず話しかけて一緒に遊ぶサキが好きだったし、気楽そうでいて冒険心に溢れているところを尊敬していた。
だからそんなサキがマルフォイと教科書を並べて一緒に大鍋を混ぜてるのを見たときは嫌な気持ちになった。
汽車では怒ってたくせに。
はじめに友達になったのは僕だ。
マルフォイなんてお家自慢だけが取り柄じゃないか。
マルフォイとは何かとつけて争ってきて、一度も負けたとも勝ったとも思ったことはなかった。
しかしサキと一緒に薪を割ってる今はほんの少しだけ優越感を感じる。
「あと1日って昨日も言ってたけど本当かなあ」
サキが斧を振り上げるために杖をいちいち振るのにうんざりした様子で言った。
「さあね…そもそも僕には一週間前と今の卵の違いがわからないよ。一日中暖炉の前に座ってたらわかるのかもしれないけど」
かーんと乾いた音を立てて薪が割れた。サキがついっと杖を振る。
「もっと効率的なやり方があると思わない?」
「そうだね…ハーマイオニーのやってるところ見ておけばよかった」
「そーだね。あーあ、早く孵らないかなあ」
四人は二人組になってハグリッドの説得に取り掛かったが梨の礫で、結局済し崩し的に手伝いをすることになってしまった。
しかも卵が孵化しそうになってからは四人全員で授業が終わってハグリッドの小屋に行っていた。
今日もハリーたち三人は薬草学の授業が終わってすぐハグリッドの小屋へ行き、早く来て仕入れたブランデーの箱を積んでいるサキと合流した。
ロンとハーマイオニーは茹だるような小屋の中で燃えそうな家具に片っ端から防火呪文をかけていた。ロンは呪文に自信が全くなさそうだった。
ドラゴンは生まれてから30分ごとにバケツ一杯分のブランデーを混ぜた鶏の血を飲まなければいけない。
そのために鶏の世話もしなければいけないのだが、ハリーがやる餌に群がる鶏がどのくらい生き残るか考えるとちょっぴり憂鬱だ。
「ハリー、あのさ。賢者の石のことなんだけど…」
サキが珍しく賢者の石の話題をふってきた。サキはハロウィン以来この話題を意図的に避けていた。
「あれを狙ってるのはいったい誰なのかな」
「え…?この前散々話したじゃないか。スネイプ…か、クィレルだって。」
「あのあと考えたんだけど、スネイプ先生にもクィレル先生にも石を必要とする理由がないと思うんだ」
「黄金と、命の水。ううん、確かに…二人とも黄金が欲しそうな感じでもないし死にかけてもないね」
「でしょう。だから誰かが裏にいるのかもしれないって思ったんだ。」
「裏って…」
聞こうとした時、小屋からロンが転がるように出てきた。
「二人とも早く!そろそろだ!」
慌てた様子のロンに続いて大急ぎで小屋に入ると、暖炉にある卵に真っ赤なひび割れができていた。
コツンコツンと突くような音がして、黒板を引っ掻くような甲高い嫌な音がした。
すると爆ぜるように殻が割れて、中からくしゃくしゃの蝙蝠みたいな黒い羽つきの痩せっぽちのトカゲのような醜い生き物が出てきた。
オレンジ色の体をくんと伸ばして、勢いよく鼻から火を噴き出した。
サキがびくんと身を竦めるのがわかった。
「おお…!なんて美しいんだ」
ハグリッドが愛おしげに手を伸ばすとドラゴンはがぶっと噛みついた。
「ほれみろ!誰がママちゃんかちゃーんとわかっとる!」
ハグリッドの言葉にロンが"いかれてるぜ"と言わんばかりに苦笑いした。
ハーマイオニーがちりちり音を立てて焦げ付いたテーブルを横目に、怯えながらハグリッドに何か尋ねようとした時、ハグリッドは真っ青になって立ち上がっていた。
「今誰か窓のところにいた!」
ドラゴンがびっくりしてまた火を吹いたが幸いハーマイオニーが防火呪文をかけた戸棚だった。
「誰だったの?!」
「いーや、わかんねえ。背からして子供だったと思うが…」
ハーマイオニーの問いにハグリッドは力無く首を振った。四人は顔を見合わせる。
マズイことになったぞ…。
なんて言葉をかけるか迷ったまま、四人は日暮れとともにハグリッドに追い出されてしまった。
「なんとか飼うのをやめさせないと…学校に知らされたら大変だわ」
「それができたら今頃苦労してないよ」
ロンの皮肉にハーマイオニーがムっとしてドラゴンの危険性を説きながら歩いてる間ハリーはサキとの会話をすっかり忘れて、不安な気持ちで沈みゆく夕陽を見ていた。
次の週、マルフォイが不敵な笑みを浮かべてハリーたちを見てるのがわかった。
窓から見ていたのはマルフォイかも知れないという不安でハリーたちはいつもソワソワしていた。
マルフォイは同じようにサキもチラチラ見ていたが未だ話すきっかけはつかめてないらしい。サキはマルフォイには何も聞かれてないと言っていた。
どうやらサキとスリザリンの女子との溝は深まる一方で、サキは授業が終わるとすぐにハグリッドの小屋でドラゴンの世話を手伝っていた。
「ロンが散々言ってたけど、クレイジーだよ」
ハリーがドラゴンの堆肥で汚れたまま来ると、サキは灰まみれの髪の毛をばさばさと振りながら大量の空っぽのバケツを小屋から出していた。
「シンデレラだね」
ハリーの冗談にサキは照れ笑いとも愛想笑いとも取れない下手くそな笑みで答えた。
「ノーバート…あのドラゴンの名前だってさ。あの子もう飛ぼうとしてるのか翼をばたつかせるんだ。おかげで灰被りだよ。」
「ドラゴンが飛べるようになるのはいつ…?」
さあね、と言いたげにサキは肩をすくめた。
「とりあえず言えるのは、このままノーバートがここで大きくなったらあの子はこの小屋ごと飛んでくね。」
「笑えないや」
ハリーの渋面にサキはクスッと笑った。
ドラゴンは日に日に大きくなり、一週間経つと羽根つきの不気味なトカゲから小さいドラゴンへ変わっていった。
ハグリッドに愛おしげにノーバートと呼ばれて火を吹く姿は遠目に見れば牧歌的だが、近くで見ると捕食者対捕食者の牽制にも見えた。
ハグリッド曰くママちゃんの見分けがついているし、自分の名前もわかっているそうだがハリーにはそうは思えなかった。ハーマイオニーたちも同じ意見だ。
ノーバートがもう抱えられるほど大きくなった頃、世話当番のロンが指をズタボロに噛まれた状態でやってきた。
「あいつほんとうにいかれてる。僕が指をミンチにされかけてるのに、それは僕がノーバートを脅かしたせいだって言うんだ」
本当にどうにかしないと来週には誰かの手から指がなくなってしまいそうだった。
「そうだ、チャーリー!」
「君までおかしくなったの?僕の名前はロンだよ」
「ちがうよ!君のお兄さん、ドラゴンの仕事をしてるんだよね?」
「うん、そうだよ。…あ、なるほど!」
「専門家にならハグリッドだって安心して任せられるさ。それにハグリッドもそろそろ限界を感じてきてるようだし」
「僕早速手紙を書くよ!」
ロンはそそくさとフクロウ小屋に向かっていった。
ハグリッドもやっと説得に応じ、チャーリーに引き取ってもらう事に同意した。土曜の真夜中に天文台の上で引き渡す約束を取り付け、ハリーたちは一安心した。
ただし、肝心のロンが噛まれた指から大量の膿を出し、発熱して倒れてしまった。
やっぱり毒があったんだ…と以前危うく指を噛まれそうになったハーマイオニーはゾッとしていた。
授業が終わり、ハリーとハーマイオニーとサキの三人は医務室へお見舞いに行った。
マダム・ポンフリーは怪我の理由を深く聞くようなことはない。ただし面会については異常に厳しかった。高熱にうなされるロンの面会に許された時間はわずか5分だった。
「やっぱりあれはろくな生き物じゃないよ…」
力なく言うロンに三人で顔を見合わせた。
「土曜は僕たち3人で行くよ」
「土曜…ああ、そうだ!」
ロンが突然思い出したように大声を出した。マダム・ポンフリーがじろりとこっちをにらんだ気がしてハリーは慌ててロンに静かに!とジェスチャーを出した。
「僕…寝てる時にマルフォイが来たんだ!その時僕の本を借りたいとかで、勝手に本を持ってったんだよ。そこにチャーリーからの手紙を挟んだままだ!」
ロンは(器用なことに)押し殺した声で叫んだ。
やっぱり窓から覗いてたのはマルフォイで、しかも真夜中にドラゴンを運ぶことを知られてしまった。
ロンは申し訳なさそうに呻いた。
「ごめんよ…あの時は朦朧としてて止められなかったんだ」
「あなたが悪いんじゃないわ」
「うん。もしかしたらドラコは私をつけてたのかも…ごめん、みんな」
サキも申し訳なさそうに謝った。
「誰のせいでもない。それより当日どうするか一度考えないとね…」
残念ながらロンが回復する見込みはなかった。
何か提案する前にマダム・ポンフリーがせかせかとやって来てハリーたちを追い払った。
医務室から戻る廊下でサキが決心したように言った。
「ドラコは私が見張るよ。土曜日も何か変なことしないか監視する」
正直、助かる提案だった。他の寮のこと、ましてやスリザリンの中の様子なんてハリーたちに知りようがなかった。
「ノーバートとのお別れができないのは残念ね」
ハーマイオニーはほんのちょっぴり寂しげに言う。半分くらいは本音なのかもしれない。
「そうだね。まあでもノーバートに私たちと餌の区別がついてるとも思えないし」
サキはこともなげに言う。そういえばサキはノーバートが孵ってそこらじゅうに火を吹くようになってからはあまり小屋の中に入らなくなった。
「それにそろそろドラコとも仲直りしたいし」
「無理して仲直りする必要ないじゃないか。サキには僕たちがいるし」
「そうもいかないよ。まあハリーたちはドラコと仲悪いからしょうがないけど」
サキは力なく笑った。
「同じ寮に一人でも友達はいた方がいいわ。それに、マルフォイならパンジー・パーキンソンとかなんかよりマシよ」
「マルフォイがマシ?」
「ええ。あの子本当にひどいわ…ノーバートの方がよっぽどいい…」
「それ言えてる」
女の子の間でしかわからない最悪さというのがあるんだろうか?パンジー・パーキンソンの意地の悪さは魔法薬学の時に垣間見る程度なのでどうしてもマルフォイの方が最悪だとしか思えなかった。
サキはハラハラしながら土曜の夜を迎えた。
昼間はずっと落ち着かず、ハグリッドの小屋と図書室と湖をうろうろと三周してしまった。
途中慌てふためいたネビル・ロングボトムと鉢合わせて、彼を湖に落としてしまった。
陳謝してネビルの服を乾かしてると、ドラコが今夜ハリーを捕まえると豪語しているとサキに教えてくれた。
やっぱりと思いながらネビルをなだめ、塔まで送ってやった。
ドラコを止めるのがサキの役割だが、かれこれ一ヶ月以上口もきいてないドラコに向き合うのはサキにとってはなかなか困難なことだった。
孤児院ではトラブルの種はすぐに発覚しどんなに小さなものでも罰に結びついたのでそもそも喧嘩が起きなかった。
今こうしてホグワーツで過ごしてから考えると、非常に子どもらしくない子どもたちだったと思う。
そういうわけで、時計の針が11時を指した。
天文塔にチャーリーが来るまで残り一時間。
サキは談話室の隅で本を読むふりをしながら、いつまでも暖炉の横から動かないドラコを見ていた。
クラッブとゴイルはうとうとして時折体勢を崩して暖炉に突っ込みそうになっていた。
ドラコが忌々しげに二人の尻を叩いてベッドに行かせた。
談話室にはもうドラコとサキしか残っていない。
ドラコは立ち上がり、コートを羽織った。追いかけるようにサキが立ち上がるとドラコはキッとサキを睨んだ。
「サキも行くのかい?」
「い…行かないよ。ドラコ、夜間外出はダメなんでしょ」
「君の口からそんなこと聞けるとはね!」
ドラコはスタスタと出口まで行ってしまう。サキは慌ててドラコを追い抜き、両手を広げて出口を塞ぐ。
「どけよ、サキ」
「行かせない」
「どうしてあいつらの肩を持つんだ?」
「私も共犯だからね。ドラゴンにはルーマニアでのびのび育って欲しいし」
「呆れるね!君がグリフィンドールに肩入れしてるなんて。誇り高きスリザリン失格だ。」
「寮なんてどうでもいいんだ」
興奮で青白い顔がほんのり紅潮しているドラコに、サキが静かに言った。
「私は友達を自分で選べる。ドラコもハリーも大切で、寮なんて関係無い。それだけ」
サキの言葉にドラコは呻きそうになった。しかしここまで来たらもう意地だった。
ドラコは杖を抜き、サキの足元めがけて魔法をかけた。
「グリセオ!」
サキが対応する間もなく、足元の床が突如ツルツルになりサキは無様にすっ転んだ。
「ふぐうううっ…!」
尾てい骨を強打し痛みで周りに星がまった。その隙にドラコがぴょんとサキを飛び越して慌てて出口から出て行った。
「待てー!」
サキは慌てて立ち上がりよろめきながらドラコのコートの端を必死に追いかけた。
「ロコモーター・モルティス!」
サキはとっさに足縛りの呪いをかけた。しかしドラコには当たらず閃光はその先の石壁にあたって消えた。
「まって!ドラコ!大声出すぞ!!」
サキの脅しに屈することなくドラコは一直線に天文塔へ向かって登っていく。
螺旋階段に差し掛かると、ほとんど一階上にいるドラコが見えた。
サキはやけっぱちで自分自身に浮遊呪文をかけた。
慌ててたせいか呪文をかけ損なった。
身体は一気に上昇し、あっという間にドラコを追い抜き、10メートルほどのところでぴたっと一回止まって
「やば…い!」
そのまま一気に急降下した。
ドラコの唖然とした表情が落ちる最中でもわかった。そしてドラコは必死にサキをつかもうと手を伸ばしたが、その努力もむなしく爪先をかすってサキは落ちた。
こんな形で死ぬなんて…。
そう頭の片隅で思い浮かべた瞬間、突然体が無重力になった気がしてはっと自分の体を確認した。
地面に落ちる直前で体が浮いている。
いったい何が?と混乱していると、階段の入り口から咳払いが聞こえた。
「貴方たちはこんな夜中に何をしているんです?」
寝巻きに上着を羽織り、ランプのように怒りにめらめら燃えているマクゴナガル先生だった。