【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども 作:ようぐそうとほうとふ
スネイプは立ち上がりダンブルドアに椅子を譲った。
「校長先生…あの…」
「たった今ハリーが目覚めて話していたんじゃ。君はもう丸2日も寝込んでおった」
ダンブルドアは机の上に置かれた暗褐色の液体の入った瓶を指で弾いた。
「ハリーは大丈夫でした?」
「ふむ。明日にはピンピンしているはずじゃよ。むしろドラコの方が重傷だったかもしれん。マクゴナガル先生のチェス駒は頑丈だからの」
「ああ…悪いことしちゃった」
サキはしゅんとしたがダンブルドアは優しく微笑んだ。
「さて…賢者の石は儂があの鏡に魔法をかけて守っておったのだが、君の魔法で粉々になってしまった。賢者の石は結果的に守られ、ヴォルデモートはひとまず去った」
「…先生、私の魔法って一体なんなんですか?母はなにものなんですか?」
「まず、君はヴォルデモートから何を聞いた?」
ダンブルドアは微笑んではいるものの真剣な目をしてサキをまっすぐ見据えている。
こうしてダンブルドアと対面するのは実に1年ぶりだ。警察署で見たのと寸分違わない深い青の瞳だ。
「ええっと…なんか我々とは違う魔力をもつ魔法がどうこうとか私は魔法族ではない、とか。」
「ふむ」
スネイプが考えありげに目を伏せるのがわかった。しかしそのあまり変化しない顔筋から真意は汲み取れなかった。
「ヴォルデモートの言ったことは概ね正しい。君の家系は代々広く使われている魔法と違う魔法を使う」
「血を使った?」
「そうじゃ」
ダンブルドアは包帯がグルグルに巻かれたサキの額をそっと撫でた。
「その魔法は、太古に多くの魔法族が使っていた魔法じゃった。しかし時代を経るにつれて杖という魔力を媒介する道具が生まれ、その方法は廃れていった。…それを脈々と受け継ぎ、洗練化していた一族が君たちマクリールの人間じゃ」
サキは何も言えなかった。なるほど確かに魔法使いと杖は鶏と卵ではないだろう。魔法使いがまずいて杖が生まれたはずだ。
「でもあの人は血をとって扉にかけただけで魔法を破りました」
「それはマクリール家の特殊性に関係している。普通の魔法使いも微量ながら血、そのものに魔力を宿しているが圧倒的に薄いのじゃ。君たちのその魔力の濃さは母親から多くの血を直接注がれることで濃さを保っている」
サキはぞっとして息を飲んだ。
「…直接、ですか」
「直接といっても、杖、魔法薬を用いた儀式だろうと推測しておる。なんせ儂にもわからんことだらけじゃからのう」
突然、嫌な感じが頭にいっぱいになる。口の中に血の味がした気がしてかぶりを振った。
ダンブルドアは儀式って言ってるじゃないか。
なのにどうしてこんなに胃液がせり上がってくるのだろう?本能が拒絶してるみたいだった。
「チョコレートをお食べ、サキ」
ダンブルドアがサキにチョコレートを持たせ、口に運ばせる。
「…でも私、いっぱい血を流しちゃいましたよ?もう魔力は無くなっちゃったんでしょうか」
「そんな事はない、サキ。それは君の血肉になっているのだから。…もっとも、当分は運動は控えたほうがいいかもしれんのう」
「しばらくベッドから起きたくないです…」
ダンブルドアは散々懲りたと言いたげな顔をしているサキにニッコリ微笑むと席を立った。
「母乳は母親の血を濾過したものじゃ。君がリヴェンの子どもだからこそ君はその力が使えるし、愛されていたからその力を手に入れたんじゃ」
サキは苦笑いのような困ったような渋い顔でもう一つのチョコレートの包みを破った。
「それじゃあ、わしらは行くかのセブルス?サキももう一眠りしなさい」
「はい…おやすみなさい」
「おやすみ、サキ」
マダム・ポンフリーは鬼のように厳しかった。同じ医務室にいるのにハリーとはこっそり手紙を飛ばし合う事でしか話すことが叶わなかった。
何度もなんども訪ねてきたドラコとロン、ハーマイオニーがマダム・ポンフリーに頼み込んでやっと5人は再会できた。
学校中がこの話題で持ちきりで、その冒険に参加した3人は連日質問攻めだそうだ。
ハリーとサキで鏡の前で起こったことを話し、逆にサキはロンとドラコのチェスでの活躍をハーマイオニーとハリーから聞いた。
サキは自分の魔法を内緒にして話したが、クィレルとハリーの一騎打ちの方が話的には盛り上がりなんとか突っ込まれずに済んだ。
「ドラコ、かっこいいね!君が来てくれただけでも嬉しいのに…キスしていい?」
「や、やめろバカ」
サキの冗談にドラコが本気で額を叩き、サキの頭からまた血がドバドバ出てしまいドラコはマダム・ポンフリーに叩き出されてしまった。
「まったく。でもあいつ、本当見直したぜ」
「ロンのことも見直したよ」
「サキ、今まで僕をなんだと思ってたの…?」
4人は笑いあった。
巻き直された包帯の位置を調整しながらサキは彼らに出会えて本当に良かったと思った。
自分の出生については特に、だからどうした?といった気持ちで構えていられた。
けれどもいずれその力が復活したヴォルデモートに狙われるであろうことを思うとゾッとした。
「私さ、ハリー」
「ん?」
「生きててよかったよ」
学年度末パーティーには包帯が取れないまま参加した。マダム・ポンフリーは大反対だったが無理やり押し切った。
大量のくだらないいたずらグッズを送って(全部没収された)くれたフレッド・ジョージやちょっと話しただけのグリフィンドール生、そして一部のサキを見直したと考えてるらしいスリザリン生に見舞い品のお礼をしながら、サキは席に着いた。
こんなに注目されるのは初めてでサキは緊張した。
しかしながらドラゴン騒ぎの時の深夜徘徊やその他もろもろ(のサキの失点)でスリザリンは学年優勝杯をあと一歩で逃していたのだ。
そういう意味でもジロジロ見られ、サキは居心地の悪さと嬉しさの同居する複雑な気持ちでいた。
隣にいるドラコはチェスでの活躍を周りの同級生に演説するのに忙しかったのでそうでもなさそうだ。
クラッブとゴイルのうんざりした顔を見るに3回…5回は聞かされているんだろうなと思ってサキはクスッと笑った。
「…各寮の点数は次の通りじゃ!4位、グリフィンドール。312点!3位、ハッフルパフ。352点!2位、スリザリン。382点!1位、レイブンクロー。426点!レイブンクローは真面目に点数を重ねておった。よくやったのう」
しかし、大広間には飾りつけはされていなかった。
「しかし滑り込みで加点対象のものがおるでの。決着はもう少し待っておくれ。…さて、まずは…ロナルド・ウィーズリー」
突然名前を呼ばれ、ロンが驚きのあまり椅子から跳ね上がるのが見えた。
「見事マクゴナガル先生のチェスゲームに勝利した!近年稀に見るチェスの名勝負じゃった。それを称えてグリフィンドールに50点じゃ」
グリフィンドールから歓声がきこえる。
「そして、ドラコ・マルフォイ!敵対していた者のために自ら犠牲になり、仲間を大いに前進させた。その高潔さを称えて、スリザリンに50点を与える」
スリザリンの席から歓声が上がった。ドラコの耳が真っ赤になるのが見えてサキは微笑んだ。目が合うと慌てて逸らされた。
「そしてハーマイオニー・グレンジャー!様々な罠で知識を活かし、論理的に突破したその知性をたたえ、グリフィンドールに50点じゃ」
またグリフィンドールから歓声が上がった。
「サキ・シンガー!」
突然自分まで名前を呼ばれ、驚きで思わずむせてしまう。
「強大な力の前に屈することなく、信念を持って重大な選択をした君の意志を称えて、スリザリンに50点をあたえる」
スリザリンが湧いた。周りの同級生からバンバンと肩を叩かれ祝福を言われた。
「そして、ハリー・ポッター。その完璧な精神力と並外れた勇気をたたえ、グリフィンドールに60点を与える!」
会場が湧いた。スリザリンにはまだ届かなかったが、グリフィンドールは一気に160点も加点された。
「さて…勇気にも種類がある。敵に立ち向かうのではなく友達に立ち向かうのは、それ以上に勇気がいることじゃ。そこで、わしはネビル・ロングボトムに10点を与えたいと思う」
グリフィンドールから爆発みたいな歓声が響いた。
同点だった。スリザリンとグリフィンドールの同点だ!
「さて、これ以上加点対象者が見つからないのでの…しょうがない!前例もないが飾りつけはこうじゃ!」
大きなライオンと蛇の旗が大広間を二分して飾られた。
豪華なご馳走が現れて、生徒たちはきゃあきゃあとそれを食べ始める。
サキは半年前よりよっぽどいい笑顔で、寮のみんなと笑いながらご馳走を食べた。
ただひたすらに騒いで、楽しんで。人生で一番楽しい時間を過ごした。
一年が終わり、発表された成績をドラコと見せっこした。
当然総合では負けているが、変身術と薬草学、呪文学においてはサキが優っており魔法薬学、闇の魔術に対する防衛術、その他の座学はドラコの圧勝だった。
「グレンジャーに負けた!!!!」
ドラコが珍しくオーバーリアクションでショックを表現していたのが面白く、ハリーたちの成績も見せてもらいに行くと、軒並み悪いロンの成績を見てドラコはほっとしながらロンをバカにした。
喧嘩になりかけそうになる2人の間でハリーとサキがこのままじゃ魔法史落第寸前であることを発見し大騒ぎになった。
当然のように学年トップをとったハーマイオニーには軽い嫌味を言うドラコだったが、あの冒険の前よりよっぽど仲よさそうに見える。
喧嘩してても、友達。
あの夜以降何となく関係性が変わった。それは、すごく居心地が良かった。
ホグワーツ特急に乗って、来た時と同じロン、ハリー、サキにハーマイオニー、ドラコを加えた5人でコンパートメントでチェスやトランプをした。
ドラコは来るときイヤイヤだったが、いざお菓子をかけて戦うとなるとなぜか鬼のように強く、ドラコが親のブラックジャックは高レートギャンブル化し、サキとハリーがカモられていた。
汽車がロンドンに着く頃、ドラコとサキはコンパートメントから出て行った。
「父上に見られたらうるさいからな。じゃあせいぜいどこにもいかない夏休みを楽しめよ、ウィーズリー」
「黙れマルフォイ!旅先で事故れ!」
「あはは。私もこのあとドラコんちでごはんいただくんだー!んじゃ手紙書くからね!」
サキは楽しそうに笑って出て行った。
ホグワーツでの一年は終わった。
人でごった返すキングスクロス駅を歩いて、1年前を思い出す。はじめて、ハリーと話した日だ。なんだかこそばゆい。
雑踏の中、荷物を引きながらふとドラコに言った。
「ねえ…ドラコ。私本当の名前がないらしいんだよね」
「本当の名前?」
「親に付けられた名前。やっぱそういうのって必要なのかなあ?」
「うーん……そんなの気にしなくていいんじゃないか?」
「どうして?」
「サキはサキだろ」
サキはふっと笑った
「そうだね。私は私だね」
春の柔らかい光の中、二人は手を繋いで人ごみを抜けていった。
もうそろそろ夏になる。
明るく照りつける太陽が二人の行く先を照らした。