【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども 作:ようぐそうとほうとふ
まず日記を触った指を舐めた。舌にじゃりっと埃がついた。
そして嗅いでみる。妙な匂いはせず、ただ古びた本特有の黴と若干の腐食と埃っぽい匂いがくしゃみを誘う。
次にサキはちろっと舌を出して本の端を舐めてみた。数秒待っても舌の痺れや本の変色、異常は見られない。
全く馬鹿げているけれどもこれで少なくとも触っただけでどうにかなる類の呪いや毒は仕込まれていないのがわかった。
次にページをめくる。
中身は50年前の日記らしからぬ真っ白いページ。
ペラペラと何ページめくっても日記には何も書かれていなかった。
「ディフィンド、裂けよ」
ページを破ろうと呪文をかけたが不思議と呪文がうまくかからずなかなかページを破れない。仕方なしに自分でも引っ張り、終いには噛みちぎってでも破いてやろうとしたがページは頑として裂けなかった。
真っ白な日記をこうまでして保護する理由はなんだ?
サキは次にろうそくの炎で炙ってみたが日記は燃えずに火の中にあった。
その時点で隣のベッドのダフネが気味が悪いからやめてくれと言ってきたので、サキは仕方なく日記をベッドの上に置いて考えた。
考えに考え、サキは日記に文字を書いてみた。
《あああああ…》
インクがじわっと白いページに染みて、そして消えた。あっと思ったのもつかの間で消えた箇所に今度はサキの筆跡とは違う綺麗な文字が浮かび上がってくる。
《はじめまして》
サキは驚いてその文字を指でなぞった。しかし浮かんできた文字はまたすぐに滲んで消えてしまう。サキは慌てて返事を書き入れた。
《あなたは誰?》
《僕はトム・M・リドルです。貴方の名前は?》
返事はすぐに来た。どうやらT・M・リドルのTはトムらしい。
サキは自身の名前を書き込もうとしてしばし悩む。この日記は明らかにジニーの異常に関係している。そんな怪しい日記帳(しかも話ができる)に自分の本名を教えていいものか。
サキは文字が消えてからちょっとして書き込む。
《私はサキといいます。ホグワーツの生徒です。この日記は校内で拾ったんですが、あなたは一体なんですか?》
《こんにちは、サキ。この日記は、昔ホグワーツに在籍していた僕の記憶を閉じ込めたものです》
《貴方は記憶そのものなんですか?なぜそんなあなたの日記が今校内に存在するのでしょう?》
《そうです。トム・リドルの記憶です。僕はこの日記に記されたこと以上のことは知らないので貴方の質問には答えられません。残念ですが》
サキは頭から滲んで消えていってしまう文字を目で追ってまた考える。この日記は以前の持ち主であるはずのジニーのことは言わない。こちらも落し物を拾ったていで話しかけているので変にジニーのことは言えないので話がうまく進まなくなってしまった。
《そうですか。誰かの持ち物ならその人に返そうと思っていたのですがご存知ないなら仕方がないですね》
《けれどもこの日記を落とした人はさぞかし動揺しているでしょうね》
《なぜ?》
《この日記には50年前のある真実を記してありますから》
《50年前に何があったんですか?》
《これ以上は答えられませんよ、サキ。僕は日記の記憶にすぎないけれども、だからこそ狙う人間がいる。貴方が信用できる人間か僕にはわかりません。貴方の事をもう少し教えてください》
《わかりました。いいでしょう。ただしもう遅いのでまた明日》
《もうそんな時間でしたか。僕の時計は止まってしまっているものでね。おやすみサキ》
日記は上手いことを言ってからそれ以上語りかけてくることはなかった。
サキの質問にノータイムで返答したりホイホイ情報を与えなかったりと随分人間的な日記だ。人の記憶を記したというよりもまるでその人そのものが入ってるようだ。
さすが魔法だと感心しながら、その古い日記を閉じて隅々と眺める。
ジニーについてなにか知っていても、こいつはそう簡単に吐かないだろう。こういう口の上手い奴は多くを喋るくせに大切なことは何一つ口にしないものだ。
サキは日記をカバンに放り込み、ベッドに潜った。
それからサキは自分のことを日記に書き始めた。適度に嘘を交えつつトム・リドルという人間についても聞き出していく。
ジニーは翌朝医務室から出て行ったらしいが、ジャスティンがやられた件でハリーが犯人扱いされていたり生徒全員が疑心暗鬼に陥って先生たちも殺気立ってるせいで声をかけることはできなかった。
かわいそうに、ハリーは今学校の至る所で針の筵だ。
サキはサキで何やら噂されてるらしいが元からスリザリンでは浮いてるし他の寮の生徒と関わりがないので気にならなかった。
「君が継承者の敵らしいな」
と言って肩を小突いてくる上級生に向かってそう思ってるなら夜中蛇をけしかけるぞと脅しかえしたらそいつは黙っていなくなり、翌日にはサキが真の継承者だという噂が流れていた。
バカバカしいと思いながらサキは来たるクリスマス休暇をどう過ごそうか悩んでいた。
「僕は今年は残るよ」
「えぇ?!」
「なんだよ、こんな面白いことが起きてるのに帰ってられないだろ?」
「今年こそお呼ばれする気だったのにな」
サキの冗談にドラコはあんまり笑ってくれなかった。純血で、代々スリザリンなのに自分が継承者だと噂されないのを愚痴っているのを前に聞いてしまったのでサキはなんとも突っ込みがたかった。
「君も残るだろう?」
ドラコの言葉にサキは迷う。先日、トム・リドルにクリスマスは実家に帰るようアドバイスされたのだ。
《君は自分の生まれを気にしてないようで、気にしている。家系図があるのならもう一度見て名簿と照らし合わせてはどうですか?》
と、自分の生い立ちと寮での立ち位置について話した時に言われたのだ。
サキは帰るついでにマルフォイ邸で美味い飯を食べる気でいたのだが思惑が外れてしまった。
「私は忘れ物があるから帰るよ」
「送ってもらえないのは不便だな…」
サキは結局荷物をまとめてクリスマス休暇へ向かうことにした。
「ハーマイオニー、約束のもの」
出かける前に依頼されてた品物、ポリジュース薬の仕上げに使う相手の体の一部を小さな試験管に入れて渡した。
「こっちが、クラッブ。これがゴイル。それで私のと、一応他の女子の。ミリセントだけど」
「ミリセントの毛なら私も持ってるわ」
ハーマイオニーはクスクス笑って三人の毛髪を照らしてみる。
「わあ、サキ!あなたの毛ってちょっと青いのね?」
「そうなの?」
「この髪色、濡れ羽色っていって珍しいのよ」
ハーマイオニーは試験管をカチャカチャ揺らしてカバンにしまった。
「ところで、ホグワーツに残るわよね?実行当日にクラッブとゴイルをおびき出して欲しいんだけど…」
「ああ!そのことなんだけど、今年は家に帰るんだ」
「そうなの?」
「大丈夫、ドラコは学校だから」
「じゃああなたの住所教えてもらわなきゃね。プレゼントが届かないと困るわ」
「そーね。書いて渡す」
ハーマイオニーは難なく上級魔法薬を完成させたようだ。さすがハーマイオニー。
「マルフォイから有益な情報がつかめるといいけど」
「さーね。何事も無駄ではないと思うけど…ジニーは元気?」
「最近参ってるみたい。どうして?」
「最近参ってるみたいだからさ」
ハーマイオニーは肩をすくめる。
「継承者がクリスマスくらいはお休みしたいと思ってくれればいいんだけど」
ホグワーツに残る生徒は去年と同じでほとんどいなかった。
多くの生徒が荷造りしてキングスクロス駅に着く急行へ向かう。
サキが家に着くにはまずタクシーを拾い、バスを乗り継ぎ、雪の積もった道を歩かないといけない。
荷物も少なく身軽で来たが着くのは夜だろう。
ネビルのコンパートメントに入れてもらい、いま石にされている人を治せるマンドレイクについて二人で復習した。ネビルは薬草学が好きらしく、サキは成績は良かったので話が合った。
家から密輸入した薬草群をこっそり森で栽培して販売するという密売計画について話す頃には汽車はロンドンへ着いてしまった。
屋敷は異常に寒かった。自室とキッチンの動線に明かりを灯してからすぐにサキは暖炉の前から動けなかった。
取りやすい場所に置いておいた家系図を引っ張り出して隅々を見る。
名前を追っていくと夏に抱いた違和感の正体が分かった。
マクリール家は母系制だ…
すべて入り婿で、家督はたとえ男が生まれていても女児が継いでいる。
記された名前を見れば一目瞭然だった。ぱっと見名前が男性名だったりするが、この家に生まれた男児は必ずジョンと名付けられているのでおそらく違う。
仮に母系出自、母系相続だとしたら古くから続く家系にも関わらず魔法界の日陰者であるのも頷ける。
ここまで偏向した女系家族は男系の出自を重視する社会では異質だ。
入り婿の名前も元の家の名前すら記述されず、男児の名前は書かれただけでその後新しく家族を作ったかもわからなかった。
他の家系図は見たことないが、一般的には枝葉が伸びるような図になるはずだ。しかしこの家系図はほとんどまっすぐ、一本の幹で出来ている。
よく見たら家督を継ぐ女性の名前もA.B.C.Dと繰り返しで付けられているではないか。
この家、超根暗そう
サキはリヴェン(R)の次に来る名前を探した。辿り辿って、最早配偶者すら記されていないほとんど名簿扱いの名前の列にようやく見つける。
セレン
セレン…いい名前とは思えない。私は歌が上手くないし。
というかあらかじめ決まっている名前があるにもかかわらず名前をつけなかった母のことを思うと益々自分の名前だったかもしれないという気持ちは薄れていく。
ふうん…と思って先祖代々の名前をざっと眺めていく。
アリス……クロエ……エリス…普通の名前もあればイリス、ミノス、ヨグなんて変わった名前もある。ハズレネームの中ではセレンはましかもしれない。
サキは手持ち無沙汰に上から下へまた家系図を見返した。
ため息が出るほど身内で完結した魔法だ。
サキはダンブルドアから聞いた以上の事は知らない。夏中家を探したけれども血の魔法に関する本も見つからなかった。
謎ばっかりだ。
《貴方の家がそんなに古いとは驚きました。そういえば、僕の世代にマクリールという子がいた気がします。学年は違いましたが》
《スリザリンでしたか?》
《いいえ、確かハッフルパフでした。話したことはありませんが》
トムの感想は面白くもなんともなかった。
トムの生い立ちと自分の生い立ちはかぶるところが多く、彼も両親を幼い頃に亡くして孤児院育ちだと言っていた。
懐柔する為の嘘かと思ったが、孤児院あるあるネタが通じたので彼もなかなか苦労人だというのは確信した。
《現実の貴方と会ってみたかったです》
《今会おうとすれば50歳年上になってしまいますからね、話は合わないでしょうけど》
《今と昔で変わらないものについてなら語れるんでしょうがね。そういうのは価値観で対立しそうですね》
穏やかな交流は適度な嘘と距離を保ちつつ続いた。ジニーには悪いが、トムは理想的な話し相手だった。
例えこれが無害でも、彼女に日記を返すのは惜しい。そう思っている自分がいることに気づいた。