【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども 作:ようぐそうとほうとふ
クリスマスプレゼントのマフラーを巻いて外に出ると、あたり一面銀世界だった。
フィルチが雪かきをサボったんだろうか?中庭はほとんど雪で埋もれてしまっている。塹壕みたいに掘られた道を生徒がぞろぞろと列をなして校舎に向かって進んでいる。
「足元が嫌だね、こういう日は」
「全くだ」
ドラコも鼻を真っ赤にしながら踏み締められて凍った道を歩く。
トムの日記が消えて以来、サキは寝ても寝ても寝た気がしなくていつもぼんやりとしていた。今も意識を必死に足元に集中させてなんとか滑らないように踏ん張っている。
「あーあ…移動教室が憂鬱だなあ」
「それまでにフィルチが雪かきしてくれることを祈るしかないな」
「この量はさばききれないかもね…おっと」
早速足を滑らせた。ドラコがすかさず首根っこを掴みなんとか尻もちは免れたが首が締まって死にかけの鶏みたいな声が出た。
クリスマスにハリーたちがしでかした事は、まだバレていない。
ドラコには申し訳ないなと思いつつ、サキはほんのちょっぴりハリーに拗ねていた。
サキがいくらドラコに聞いたところで何もわからないよと言っても聞き入れないどころか怪しげな薬まで作って実行した。
それってつまり…私って信用されてないってこと?
校則は一度破ると何度も破ってしまい、挙句破ることが快感になる。
彼らは校則破り中毒なんだろう。だから無駄だとわかっても薬を試さずにはいられなかった。
でもさ…結果もハーマイオニー越しに聞いたんだよ。
悪巧み仲間で友達なんだし、教えてくれたって…。
そんなわけでハリーとは気まずいしハーマイオニーはまだ病室だし、トムの日記もなくなってしまったしでサキの心は疲れていた。
それに加え…
「あらサキ。…ねえ、朝ドラコと手を繋いでなかった?」
パンジーがやたらつっかかってくるし。
「やあシンガー!チョコレートならまだはやいですよ?」
私がロックハートにチョコを送ろうとしているという悪質な噂を流された。
「いいえ…宗教的にだめなんです」
「君は冗談が上手いねえ。もし出すなら早めにしないと、フクロウが溢れて受け取れなくなってしまいますよ!そこの君も、シンガー同様乗り遅れないようにね」
ロックハートはサキをだしに誰かれ構わずチョコレートを強請っていた。
最近はハリーのようにロックハートを見るたびに逃げ出している。
「あー…」
秘密の部屋事件は目下硬直状態。
新たな犠牲者が出ることはなく、クリスマス休暇も相まってスリザリンの後継者の噂話は一段落付いた。
ああ、人間関係のいざこざのほうがよっぽどたちが悪いよ
いっそ誰か秘密の部屋の化物とやらにやられてしまえばいい
そんなひどいことを考えながら頭を抱えてうたた寝しているうちに魔法史の授業が終わった。
「ドラコ。こんな事ってない?寝ても寝ても頭がぼーっとするし、なにかが頭の隅に住んでるみたいに左側が空白なの」
「…サキ、君何か良くない呪文でも食らったんじゃないか?」
「うー…うまく伝わらない〜」
こういう雪の日、地下牢はむしろ温かい。暖炉の熱と、大鍋の蒸気ですっかり暖まった魔法薬学の教室に入ると生徒たちはほっとしながらマフラーや手袋を外す。
眼鏡をかけてる子は真っ白になったレンズを必死に擦ってた。
スネイプ先生は相変わらず不機嫌そうに現れ、ネチネチハリーに嫌がらせをしながら授業を進めていく。もう見慣れた光景だ。
最近のスネイプ先生は秘密の部屋事件のこともあってか誰に対してもだいたいあたりが強かった。
「先生、チョコとお花とカード、どれが欲しいですか?」
ある週末、サキがなんとなく世間話をふっただけなのに
「何か企んでいるのなら毒入りチョコレートを食べさせる」
と脅された。
優しくしてくれるのは機嫌のいいときのドラコくらいだ。(大体ハリーが何か失敗をした時だ)絶好の話し相手だったトムは消えてしまったし…それにしても日記はどこに行ってしまったんだろう。足でも生えたんだろうか?
あ、足の生えたお菓子ならこの世界にはたくさんある。
そう、いや違うそうじゃなくって…
サキは迷走する思考を追い払うように頭を振った。
何かがおかしい。
トムの日記について考えるといつもこうだ。勝手に思考が脱線していくような気がする。
日記が消えた日の記憶もこんがらがって、賭けの必勝法がどうしても思い出せない。
賭け…ああ、元手があればいくらだって賭けるのに。
賭け事のためにスネイプに無心に行くなんて流石にかっこ悪いよなあ…
じゃない、今は日記のことだ。
あの日の夜、誰かが盗み出した?
だとしたら一番怪しいのはパンジーだけど、一見白紙のオンボロ日記帳なんてその場でめくってすぐ戻してしまうだろう。
つまり盗み出したのはこの日記がただの日記じゃないと知ってる人物。
この日記の話は誰にもしていないから、予めあれが特別な……
サキの思考がそこそこ論理的にまとまってきたとき、ぼんやりしながらかき混ぜていた大鍋が突如泡を吹いた。
煮だった中の液体が金色の蒸気になって教室内に拡散した。
「混ぜ過ぎだよ!」
大慌てでドラコが火を消して、スネイプがすっ飛んでくる。
金色の蒸気を吸った人はなぜか物凄く甲高い声になって咳き込んでいた。
スネイプが杖を振ると蒸気はぱっと霧散した。
「魔法薬の調合中に他のことを考えるな、と。我輩は散々諸君らに忠告したはずだが?」
「すみません…」
「罰則だシンガー。放課後教室にくるように」
スリザリン贔屓のスネイプはいつもサキには罰則を与える。いつもなら恨みがましい目で睨みつけるところだが今のサキにはそんな気力もなかった。
スネイプはきんきん声で無理やり喋らされてるネビルと必死に笑いを堪えてるシェーマスを叱ると、何事もなかったかのように授業を再開した。
憂鬱な気分で残りの授業を終えてまた地下牢へ降った。
ネビルの声はまだ甲高いままでグリフィンドール生たちはここぞとばかりにネビルに世間話をふっかけては笑っていた。
ハリーがこちらに手を振ってたので、サキはちょっと微笑んでその場から逃げてしまった。
…そういえば…どうしてハリーを少し避けてるんだろう?
ポリジュース薬のことだってまあ、怒ってはいるけどそんなに根に持つことじゃないような気がする。
疑問はシャボン玉のように浮かんだ瞬間弾けてしまう。
「失礼します」
スネイプは不機嫌そうに羊皮紙の束の中でガリガリとペンを走らせていた。課題の採点中らしい。
「そこに座り給え。」
「はーい…」
よく見ると使ってる羽ペンはクリスマスプレゼントにサキが送った極楽鳥の羽根で作られたペンだった。
細くて頼りないので飾りにでもと思って送ったのだが実用しているらしい。
ちなみにスネイプからのプレゼントはクリスマスディナーの七面鳥だった。かなりの絶品なので来年も頼みたいとすら思った。
ちゃんと飾りだって言えばよかったな…と思ってると採点を終えたらしいスネイプは羽ペンを置いてサキの顔をじっと見た。
「また何かトラブルに巻き込まれているのか?」
「へ?」
「最近の君は…はっきり言おう。不審だ。まさか深夜徘徊をしてるんじゃないだろうな」
「ま、まさか!ガチガチに見張られてて無理ですよ」
「……」
スネイプはサキが嘘をついていないかを見透かそうとしているようにじっと目を見つめてくる。サキも負けじと睨み返す。
よくよく眉間のシワなどを観察すると今日のスネイプは疲れてるようだが別に不機嫌じゃなさそうだ。
「あの、本当に大丈夫です。ただなんか…ちょっと考え事にふけっちゃって」
「考え事?」
「ええ。悩める年頃でして…」
雑なごまかし方だったかとヒヤヒヤしたが、スネイプは特に突っ込んでこなかった。
「どんな内容にしろ、魔法薬の調合中までああでは困る。」
「ごめんなさい」
「もしまた寮に居づらいのだったら…」
「違うんです!ただ…ええっとなんて言えばいいんだろう。先生、思考を操作する魔法とかってあるんでしょうか?」
「なに?」
「最近考えれば考えるほど、本当に自分が考えたいところから無理やり遠ざけられちゃうというか…そんな感じがするんですよね」
「心を操る魔法は存在する。だが…」
スネイプはじっと私の頭からつま先までを見る。
「多くの場合、わざわざ思考を迷子にさせたりはしない。むしろ明確な目的を植え付けるようなものが多い。君からその気配は感じないが」
「そうですか。じゃあなんなんですかね?」
「………」
スネイプは顎に手を当て目を伏せた。
「何について考えようとしている?」
「えっと」
サキは必死に'あれ'のことを言おうとした。
あれってなんだっけ?
そうだ!夕飯は私の大好きなソテーが出るはず。一度厨房に行ってみたいな。次のクィデッチはどこが戦うんだっけ?試合前日はチームによってメニューが少し変わるんだよね。
そうじゃない。
えっと、あれだよ…なくしもの。
そういえば随分前にボールペンをなくした。珍しがられてパンジーに貸したっきりだ。
違う違う!
「ごめんなさい…なんか思い出せません」
「忘却呪文…それとも他言無用呪文か?」
「わかりません。ただ思考がとりとめなくなるんです」
「……その状態はいつから?」
「一週間くらい前です」
「なるほど。次はそれについてメモにとって我輩に見せること。今は些細な異常も見逃せん」
「秘密の部屋、ですか?」
「左様」
「ぶっちゃけ先生たちはもう見つけてたりは…」
「いいや。ダンブルドアでさえ見つけていない」
「怪物っていうのも?」
「目下捜索中だ」
それじゃあ今の学校は全然安全じゃないわけだ。スリザリン生は安全が保証されてるようなものだからみんなのほほんとしているが他の生徒たちはたまったもんじゃないだろう。
中には休暇から帰ってこない生徒もいるらしいし。
「…ねえ先生、後継者は見つかったの?」
このとき、スネイプの視線が一瞬不自然にサキに向けられた。
スネイプはすぐに平静に戻りまた机の上の羊皮紙の山に目をやった。
「それもまだだ」
「えー不安だなあ…」
サキは椅子の上にゴロンと横になる。
「あー寮戻るのめんどくさい。襲われるかもなー」
「本当に罰則を食らいたいのか?」
「ま、まさか」
ちょっと談笑でもしようとすればこれである。休暇中マクリールの屋敷にいる時なんかは結構話すようになったのだが学内ではこのとおりだ。
公私は確り分けるタイプらしい。
「先生ってあれですよね…く、クーデレ?」
「スリザリン5点減点」
「そんな!」